幕がするすると揚がる。
その村には秘密があった
村を栄え護るために
一つの秘密があった
「今年一年、“おしろ様”を奉るのが我が家に決まった」
父が家族全員と使用人一同を集めて一言。
場がどよめく
「村一番の大義、喜ばしい事ですわね」
満面の笑みを湛え、母が両手を合わせた。
次々に起こる歓喜の中に私はいた。
“おしろ様”
昔々、村に空より降り立った人ならざる人。
ひどく傷つき弱ったその者を介抱したところ、
猛陽にて乾き果てようとしていた田畑を潤す様に雨が降った。
かと思えば、新たな山の恵み盛る森間などが見つかり、
常々村を荒らしに降りてくる獣達がはたと来なくなったりなど。
そして程無くして、国を燃やしていた戦は平定され
皆は安堵と幸せで包まれた。
村は恵みを齎した彼の者を“おしろ様”と呼び奉る事となる。
やがて村の有力者の中より一家が一年、最上の礼をして
おしろ様を奉る習わしが生まれた。
そして時代は移り、国の都も何もかも焼き払った戦火が起こるも
村には及ばず、何もかもがおしろ様の御陰とされ、今に至る。
── 昭和、中頃
「あぁ緊張しますわ…」
表戸が開くのを今か今かと小躍りして待つ母。
同じく私も気が気ではなかった。
過去、父の前の代で二度ほど巡ってきた御役目。
家の離れにあったその名残を新たに清め整え、準備は万端である。
各家にて深く恭しく奉られるも、一年の事一切を口外してはならぬため、
おしろ様を知るのは御役目を果たした家の者だけである。
“人ならざる人”
稀に村に入ってくる世の大衆文化。
その中の映画なるものの中で見た様々な“人ならざる人”を想起する。
手が四本? 百の眼? 人を丸呑みする大きな口?
よく、歳も十五にしていつまで子供でいる気だ?と揶揄される自分の性根に苦笑した。
がらり
開いた先より父。
何か熱心に、何時にも増して真剣な顔で集まっている者達に語っている。
何も耳に入っては来なかった
目の前の、御被せより覗く真白い肌
私より低い子供の背丈
深く覆われているにも拘らず、その薄膜の向こうよりこちらを覗く紅い瞳
流れる様に沙羅と靡く蒼銀の髪
ひと目で心は彼の者に、目の前の世界には“人ならざる人”だけが在る世界。
「よし、これより一年の役目たる気構えにもなるだろう。
息子よ、おしろ様を座敷へ案内して差し上げるがよい」
広間にて広げられた御馳走に伸びる手がびくん縮こまる。
父の突然の振りに息が止まる。
「私がですか?」
「くれぐれも粗相の無い様にな」
何を返そうとしても、既に父は母や使用人と急ぎ話に入り込んでいたので無駄だった。
「さて、若様」
使用人の中では古株の、爺がそうと恭しくおしろ様を私の直前まで導いてきた。
鼻腔を抜けるほのかに甘い香り。
こちらから手を差し伸べるのも憚られるその気風漂う御様に、
おそるおそる半歩、歩み寄った。
それが私の精一杯だった。
ポートアイランドに引っ越す前は三田に住んでいた。
周りは畑で後ろは山。 学校までは自転車三十分。
父と母と弟と俺、四人家族。
父は劇団員で様々な場所や舞台に呼ばれたりなどして各地を転々としている。今でも。
主な演目は歌劇、舞。
少々見た目は頼りなげで青白いし細いし化粧をすると女性と見間違えてしまうくらいだが、
信念は曲げない変に頑固な性格だ。
母は住宅建設会社の現場監督兼作業員。 人間の女性の皮を被ったゴリラだ。
足場のポールは曲げるし泥に嵌ったトラックは持上げるし、もう野獣が図面を読んで引いている様なものだ。
そんな二人の出会いはとある公演の舞台設置の折、
現場から少し離れた所で稽古をしていた父の姿を、母が
舞台建設現場の最も高い場所から捕捉し、一目散に駆け寄って、樹齢そこそこはある杉に体を隠しきれずに
稽古を覗いていた所、父が思わず肉食獣が喉を鳴らす音がした様な気がして
背後で双眸をギラつかせていた母に声を掛けた、らしい。
その翌年に俺が生まれ、その翌年に弟が生まれた。
弟が家にやってくるまで誕生から一年が経っていた。
生まれた頃より体が弱く、ずっと療養していたのだと言う。
そして弟が家にやって来た時、父と母に真面目な顔で面と向かわれ告げられる。
「これから見せるものを鋼矢(こうや)が受け入れれるのなら」
「私ととーちゃんは結婚する」
そう言って弟に被せられていたタオルケットを捲ると、
そこには雪の様な白い肌の玉の様な赤ん坊が眠っていた。
まだ生え揃わない銀の睫毛、親指を食む桃色の唇、ほのかに香る柔肌。
それらを押しのけて自分の目に入ったのは ──
「かぁこいい! かぁこいい!」
俺はそう言って弟の額より生えた“二本の角”をぺたぺたと触ったのだ。
御丁寧にビデオでばっちり録画され、後から何度も母に
「言質取ったじゃん?」
と見せられることになる風景。
そして次に、父がそろりとベレー帽を脱ぐとそこにも角が二本。
帽子で隠れる程だが、見た目にも角だとはっきり分かるもの。
「とぉと、おしことするん?」
そう父に尋ねた当時の俺。 言質は取られていないが。
思えば父の演目は鬼絡みのものばかり。
平時であれ角出しっぱなしでも
舞台衣装だのと思われ、早々何者かと怪しまれる事も無かったという。
弟と対面した年、晴れて父と母は結婚し夫婦となった。
父は鬼、母はゴリラ、弟も鬼、俺は ──
越してから付いた仇名が、プロレス部の“野獣戦車”だ。
幾つかの流れが一緒に進んでいきますが、
同じ舞台の上での出来事ですので御容赦を
次回に続きます
- 上半分の私は男で下半分の俺の性別は?上のおしろ様の性別も気になる挑戦的な一本 -- (tosy) 2012-10-15 13:43:23
- >幕がするすると揚がる。 ということは劇中劇?秘密のある村が変わり行く時代の流れでどうなっていくのかは興味がわく -- (としあき) 2012-10-21 16:01:54
- 時代も舞台も変えて鬼と人との出会いから描いていくんだろうか -- (としあき) 2012-10-30 22:52:35
- 現代と劇(?)の交互構成で進んでいくのかな?次回を待つ -- (名無しさん) 2013-02-16 18:28:31
- 過去に地球へゲートでやってきた異種族のその後の人生や人間との関係は興味がありますね。おとぎ話や伝説の元になったのが異種族だとすれば納得できます -- (名無しさん) 2015-03-15 18:02:50
最終更新:2013年03月30日 13:14