計画は万全のはずだった、一度捕獲した何体かの蟻人にいくつかの細工をして木偶として一旦巣に戻して内側から巣の警戒網に小さな穴を開けさせた事で半ば計画は成功したとさえ思えた。
堅牢な防壁に空いた針の先ほどの些細な穴、しかし彼女にとってはその程度さえあれば十分だった。
内側に潜り込ませた木偶を介して警戒網の内側に侵入した彼女は、たちどころに巣のいくつかの区画を巧妙に乗っ取ることに成功し、表面的には通常通りの行動を行わせつつさらに深い階層の警戒網に探りを入れていった。
そしてあとは薄皮一枚の警戒網を突破すれば巣の主でさえ彼女の思うがままにできるところまで仕込みが完了したところで勘付かれてしまった。
<私ノ巣ニ入リ込ンダノハ誰デスカ?>
その無機質な声を脳裏に感じた瞬間、彼女はその声が死刑宣告と等しく思えた。
群れを率いる巣の主にたかだか一匹のアラクネが抗ずることなど出来るはずもなく、巣の主に自分の存在が気が付かれたと感じたのとほぼ同時、彼女が掌握していたすべての区画の情報網が閉鎖され孤立した彼女はあらゆる偽装が瞬く間に剥ぎ取られ丸裸にされる。
彼女は残された最後の命綱を手繰ってなんとか自分の巣へと戻ってきたがそれすら相手の思う壺だということは彼女が一番よく分かっていた。
あえて相手に退路を与えて拠点に戻ったところを殲滅する。極めて効率的に敵対勢力を排除する彼ららしいやり方
「上手くいくと思ったのに失敗しちゃった・・・」
粘菌の塊の中に埋もれるようにして体を預けた自らの肉体に意識を戻した彼女が口にしたのは、そんなかわいらしいイタズラが親にバレたかのような何気ない言葉、それが彼女の最後の言葉となった。
次の瞬間、巣の主が放った毒が彼女の命綱を辿り彼女の中へと侵入し彼女のありとあらゆる神経節をズタズタに破壊し駆け上り、やがて彼女の頭部へと至ると彼女の頭部はまるで果実のように爆ぜ、辺りに青白い体液と脳漿をまき散らした。
こうして一体のアラクネ種の不届き者は巣の主の手によって報いを受け無惨な末路を遂げた。
そう、そのはずだった
ミチリ・・・ミヂリ・・・
主を失ったアラクネの巣の中でくぐもった音が響く
頭部が爆ぜ無惨な姿を晒したアラクネの死体の胎がまるでそれだけは別の生き物とでも言うように蠢く
ほどなくして腹部先端が内部から押し開かれヌラヌラと粘液を滴らせた卵管が露出し、それが一際膨れたかと思うと粘ついた粘液とともに一抱えほどの卵が産み落とされる
卵が産み落とされると、まるでそれですべての仕事は終えたとでもいうようにそれまで蠢いていた腹部は動きを止める。
死した母胎から産み落とされた卵は孵化寸前の状態で、半透明で弾力のある卵殻の中で小さいが完全な形のアラクネの幼生がその小さな手足を盛んに蠢かせている。
産み落とされた卵からすぐさまその殻を破って一体のアラクネの幼生が這い出し羊膜のようなゲル状の粘液を誰に教わったわけでもなく器用に手足を使って拭うと、それを舐めとり自分の体を乾かしていく。
巣の中には生まれたばかりの幼生を養うには十分な餌があった、そして何より生まれ落ちた仔の目の前には何より新鮮な餌が用意されていた。
そう、死した母の身体という最高の餌が・・・
- 蟲人の特異な価値観などは命の在り方から始まっている気がする -- (名無しさん) 2012-10-30 17:13:13
- 正常なのかイレギュラーなのか境界が分らない怖さよ -- (としあき) 2012-10-30 22:34:28
- うむ。 -- (名無しさん) 2012-12-29 02:22:36
- マセバズークの中で行われている領地間競争では力同士の衝突から知略をめぐらせたものまで幅広くありそうですがその結果も併合か食らい尽くすのかと多岐にわたりそうですね -- (名無しさん) 2015-04-05 17:16:19
- 蟲人同士の関係ややり取りも種別ごとでかなりの温度差あるな -- (名無しさん) 2017-02-01 13:37:21
最終更新:2012年10月30日 17:11