【新天地が生まれる少し前の話】

ある夏の日のことである。
ペンギン族の若き勇士マグウィッキーは木上にて息をひそめていた。
荒くなりそうな息を必死に沈めギラギラと目を充血させて、天上を睨んでいる。
(我らが憤怒よ積もれ積もれ積もれ────!)
最近流行りのワードを胸の内に唱え精神の静けさを保ちながら──
──と思い込めるのは本人だけで、むしろその言葉は興奮を生み出している。
腕はプルプルと震え掌の中の槍を今にもとり落としそうで、
マグウィッキーは彼らの一族に汗腺がないことを感謝すべきだろう。
幸いにも、脳味噌の血管という血管がぶち切れる直前で、マグウィッキーの忍耐は報われた。

ラ、ラ、ラ、ラ、ラ、ラ────────────♪

歌だ。飛鳥族の巡回士の歌だ。
マグウィッキーの心臓がバクバクと脈打ち、手足がスッと冷えていく。
(落ち着け、我よ。チャンスは一度と思うんだ。見つかってはいけない。しかし思うより高すぎるか──?)

その時、太陽の光が木々に隠れるマグウィッキーの槍をキラリと照らし、
飛鳥族の巡回士が目ざとく見つけ下へと滑降していく。
(くそったれ!しかしチャンスだ!)

  //《これも試練である》とはどちらに向けての言葉だろうか。
  //そのささやかな言葉を注視する者はその場に誰もおらず、ただ虚空へと消えていく。

近づく飛鳥族に狙いを定め、マグウィッキーはとっておきのジョークを纏わせ槍を打ち出した。
「土よ風よ、鋭く進め疾く進め!」
まさしくその通りに槍は閃き、ああしかし打ち出すのが早すぎた。
突き刺さるまでの時間のその内に飛鳥族はルルルと歌い、
「返し矢って格好いいよなー♪」と口ずさむ。
《なるほどー》と槍に絡みつく精霊たちは向きを翻し、槍はマグウィッキーへと走る。
しかしさすがのペンギン族の若き勇士マグウィッキー、自らを風精によって打ち出させ、
《おお》と精霊たちの驚きに鈍った槍を掴み、宙を行っては当然のごとく落ちる。

地へまっすぐと落ちるマグウィッキー。
(いい的じゃん)と飛鳥族は自らの槍を構えて突撃する。

するとマグウィッキーが突如叫ぶ。
「油断だな!我が仇敵よ!」
突然の発言に、どういうこっちゃ、と精霊と飛鳥族が戸惑えば。

「輝け我の体!」
その言葉に《うわあ、俺の出番!?》と空気を読んだ光精がマグウィッキーの言葉を現実にする。

「糞っ!」
飛鳥族が目を眩ませる。
「突き抜けろっ!」
マグウィッキーが槍を飛ばす。
「止まれっ!」
飛鳥族が願う。

‘突き抜けろ'と‘止まれ'という相反する願いを受けた精霊たちは、
3秒間に及ぶ大会議の結果《まあ、あいだをとればいいでしょ》という結論に達した。
すなわち土精霊は金属製の穂先を丸め・風精霊は少しばかり速度を落とし・光精霊は七色に輝かせ・
水精霊は槍の柄を湿らせて光精霊の突っ込みを受け・さらに光精霊が他の精霊に突っ込みを入れられた。

鈍った槍は命を奪わないまでも骨を砕くには十分で、バランスを崩し飛鳥族はふらふらと。
一足先に木へ降り立ったマグウィッキーは間髪入れずにまた打ち出され、
まっすぐに飛鳥族へ吹っ飛び、嘴をその胸に突き入れ血反吐を浴びた。
そして喜ぶ間もなく腹を槍に突き刺される。
飛鳥族が最期の力でそれを成し遂げたのだ。

二人一緒になってきりもみ落ちる。
しかしルルルと天上より歌が舞い降り、
新たに登場した飛鳥族が巡回士の骸を抱き留め、マグウィッキーを蹴り離す。


弔いの歌が悲しげに天を満たす────

それは飛鳥族だけへと向けられたもの。
戦友とした精霊も歌に惹かれて、マグウィッキーを看取るものも弔うものも誰もいない。
涙を流し歌い友を抱きしめる飛鳥族を、かすれた目でマグウィッキーは遠く睨む。
(そうだそうだそうだ、我らに弔い必要なし、灰となって天に舞うことなし────)
(我らが憤怒よ積もれ積もれ積もれ────)
(積もり積もりて、きざはしと成れ────)
(憤怒の炎の薪と成れ────)
────こうしてペンギン族の若き勇士マグウィッキーは憤怒の内に短い生涯を閉じた。

そして見よ、北の大地を。憤怒に燻る北の大地を見よ。
今まさに薪は積まれ、やがて炎は轟々と伸びあがり天を舐め焦がすことであろう。
少なくともマグウィッキーはそう信じて逝き、多く勇士たちもそう信じて逝ったのだ。


  • 命のかかったガチンコの中でライバルという関係は成立するんだろうか -- (としあき) 2012-12-02 20:56:28
  • マグウィッキーの死に際の独白がかっこいい -- (名無しさん) 2012-12-06 00:02:39
  • マグウィッキー精霊の戦士!もはや見つければ刃交えるお互いの死力を尽くした戦いの終わりはあっけなくもあるがその継承は永遠に続くのかと思った -- (名無しさん) 2014-07-29 23:18:36
  • 精霊の何ともゆるい空気と真逆の血で血を洗うような二人の戦い…もどことなくゆるかったのですが戦士の生き方というものが見えました -- (名無しさん) 2015-05-17 18:00:56
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最終更新:2013年08月11日 10:57