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【南蛮戦役 ~狗~】

塞王。
我が大延国最大最強の拠点にして、あの忌まわしい南蛮との闘争で酷く傷つきながらも、
なおその威容を維持し続ける鉄壁の要塞。
そしておそらく、私の人生の終焉の地になるであろう墓所。
黴の臭いが鼻をつく。溝鼠どもが小うるさい。
いつもと何らかわる事のない環境。文字通りの牢獄。
私はいつまでここにいなければならないのであろう。
何も変わらない。ただいつも通りなのだ。
そう思っていた。そう、思い込んでいた。何年も。

「面会だ。出ろ」
牢獄の監視員が私に声を掛ける。
そんな話を何も聞かされていない私は、正直面食らった。
この闘争で、私にはもう誰一人身内は残っていない。
仲間もことごとく戦死したはずだ。
「何かの間違いではないのか?
 俺の隣の男は、10人の家族が故郷で帰りを待っているらしいぞ」
「その男が虚言癖を持っているのは、貴様とて知っているだろう。
 つべこべ言わずに来るんだな。将軍がお待ちかねだ」
「将軍だと。尚更人違いではないか。私には将校の知り合いなぞいない」
監視員は鼻息をひとつ鳴らした後、哀れみの視線で私をねめつけてから言った。
「そんな事、俺が知るかよ。
 長い牢獄生活で脳みそが腐ったのかい。
 いいか、よく聞け。
 俺は軍人だ。
 いくら脳みそが腐ったからといって、アンタだって軍人だ。
 軍人の仕事とは何だ!
 戦争をする事!?
 否!殺し合いをする事!?
 断じて否!!
 我々の職務とは、ただひたすらに上官の命令を守る事だ!
 思い出したか、この狗ッコロが!」
そう言うと、監視員は私を殴りつけていた。
もんどりうって倒れる私を無理やり立たせて、彼は引きずっていく。
そうだ。思い出した。
いつだって俺達は『戦争の狗』だったじゃないか。

「ふん、遅かったじゃないか。
 どこで道草を食っていたのかね。
 いや失敬。
 『狗』が草を食うわけがなかったな」
顔を腫らしながら将軍の部屋につれてこられた私の目の前で、無礼が軍服を着たかのような男が何かしゃべっていた
言葉の意味が理解できない。
おそらく糞ったれの都人の言いまわしか何かだろう。
部屋を見渡してみる。
中央には将軍が。その脇に二人。
赤ら顔の男に、貧相ながらも抜け目がなさそうな男。
将軍の姿には何か違和感を覚える。
それよりも、あの後ろに控えた貧相な男。
あれもどこかで・・・

「ようこそ『狗』殿。
 私がリヒオウ将軍だ。
 当然君とは初対面だな。
 随分と面食らっているようだな。
 それはそうだ。
 こんな訳のわからない状況では、仮に私が君の立場であっても困惑するだろうからな。
 戦犯の君がだ。
 ある日突然面会を求められてだ。
 強制的に連れてこられた先には、なるほど聡明そうな人物が待ち構えている。
 これは謎だ。
 実に謎だ。
 そうは思わないだろかね、『狗』殿。
 それとも本名で呼ぼうか?
 元独立追撃部隊『猟犬隊』所属のシロブチ殿」
陰鬱な声で、よくもまあしゃべる男だ。
軍の上層部は、この手の男で溢れているのだろうか。
そんな事もあるまい。
もっと立派な将校だっていたはずだ。
皆が皆、戦死した訳でもあるまいにな。
「いえ、結構です。将軍。
 我々『狗』には、与えられた偽名で充分です。
 それゆえに、我々は『狗』だったのですから」
随分と久々に、人と会話をしたように思う。
いや、これは会話と呼べる部類ではないか。

「ふん、ずいぶんと殊勝な態度をとるじゃないか。
 狂犬とも思えんな。
 本当に君はあの、血みどろシロブチなのかね。
 そもそも君は、何故に私が面会を求めたかも理解できてなかろう。
 五年も世間から隔絶されていたのだからな。
 何一つ理解すらできていない。
 いいか良く聞きたまえ、『狗』殿。
 私は君を救いに来たのだよ」
救うだと。
この私を?
この、泥に塗れた薄汚い『狗』をか?
この男、何を考えている。
将軍・・・将軍か。
そうか、道理で違和感を持つ訳だ。
「将軍殿。
 たしかに私は世の流れを理解できているとは思っておりません。
 それを承知で一つ確認しておきたい事があります。
 あなたは何ゆえ、大延国将軍の軍装を着用しないのですか。
 その奇異な軍装は一体何の冗談ですか」
その問いに対し、将軍は大いに笑い、そしてこう言った。
「そうだ。
 それこそが君が何一つ理解できていない証拠なのだ
 結論から言おう。
 『狗』殿。我々南王連盟は、君の身柄を確保する。
 その上で君から聞かなければならない事がある。
 拒否権は無い」

南王連盟?
私から聞かなければならない事?
疑問は尽きない。
この男は何を言っているのだ。
私が理解していないのではない。
理解する機会すら与えられていないのだ。
いつだって『狗』に対する運命は過酷なのであろう。

「日が変わると我々は王臥下へと向かう。
 何か質問はあるかね」
「ならば、質問は三つ
 まず一つ目、南王連盟とは一体何の事でしょうか。
 二つ目、私には将軍殿に話すような事は無いと思われます。一体何の目的ですか。
 三つ目、何故に王臥下へ向かうのですか。話すだけならばここでも充分でしょう」
「ふむ、胡乱な訳でもなさそうだな。安心したぞ。
 五年も牢獄にいたのでは満足に会話するのも難しいと思っていたからな。
 では、できうる限りの質問に答えよう。
 まず一つ目、これはそのうちわかるだろう。君も南王連盟の一員となるのだ。
 二つ目、君はあの戦争について我々に語らなければならない事がある。
 憶えているだろう。忘れたとは言わせんぞ。
 『漆黒の戦乙女』
 彼女について聞かなければならないのだ。
 あの日あの時、我々の躍字装備十二戦獣全てを撃破した魔女。
 貴様ら『狂犬』どもが宝貝を強奪してまで追撃した化け物。
 あれは一体何だったのだ?
 噂通りの亜神だったのか?
 それともただの小娘か?
 薬物?躍字実験?
 何をすれば人はああなれる。
 そんな化け物を、宝貝すら破壊された貴様等がどうやって仕留めた。
 任務に忠実であるが故に生かされた君等『狂犬』が、戦闘後何ゆえ任務を放棄した。
 我々には戦力が大量に必要なのだ!
 人造だろうが強化だろうが何だっていい!
 どんな小さな情報でもいい!
 この地の覇権を握り、薄汚い南蛮人どもを駆逐する為に!
 塞王!王臥下!ありとあらゆる所で量産しなければならんのだ!
 なあ『狗』殿、なあ『血みどろシロブチ』、なあ『味方殺しのシロブチ』、猟犬隊の面汚しさん。
 問いたいのはこちらなのだ。
 貴様は一体何をした?
 あの化け物の死体はどこにある?
 貴様は、語らなければならないのだ!」

将軍のたわごとを、私は自然、聞き流し始めた。
そうか、私はまた語らなければならないのか。
あの戦争を。
あの出来事を。
あの物語を。
ああ、あの虹は今でもあの地を彩っているだろうか。


  • 犬は狗、そして戌。戌の本義は「滅」の意を持つ。この狗、何を知っているのだろうか。 -- (としあき) 2012-12-03 10:19:22
  • 力同士のぶつかり合い意外の情報戦もあるんだよと示唆したような作品 -- (とっしー) 2012-12-03 23:18:27
  • 「虹」という単語が妙に禍々しい響き。かの地で何があったのか -- (名無しさん) 2012-12-05 20:38:34
  • 話の持って行き方、見せ方の転がし方がなんとも妙技。 流石に五年は長いブランクだけども、シロブチの以前とその後の話に興味がわいた引き方だ -- (名無しさん) 2013-04-12 02:48:16
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最終更新:2014年08月31日 01:55