0395:善でも、悪でも、  ◆bV1oL9nkXc





     ※     ※     ※     ※


「そうよ、琵琶湖よ! どうして思いつかなかったのかしら!」

麗子は、居間に入ってすぐにリョーマの話を切り出していた。
両津と星矢がまだ部屋に入ってきていないのにも関わらず話を始める麗子に、
まもりは苦笑しながらもリョーマの情報――正確にはリョーマの連れ合いである新八の情報を教えた。
それを聞いた麗子は、まずリョーマの友人の無事を喜び、それからリョーマの居場所を推測した。

(リョーマちゃんは確かこう言っていたわ。
 『その友達、こっちに向かってきてるはずだから、勝手に移動するわけにはいかないんスよ、ここで合流する予定だし』
 そのお友達を探すために大阪に行く、と。
 リョーマちゃんのお友達が琵琶湖に、しかも私達がいた小屋に辿り着いているなら、
 リョーマちゃんもそこにいるかもしれない)

しかし、二人がそのまま琵琶湖の小屋にいる保障はない。
何せ、琵琶湖に集まる原因を作った藍染は既に死亡しているのだ。
第六放送で藍染の名前が告げられれば、二人とも別の場所に移動してしまうかもしれない。
そうでなくとも危険な舞台。力を持たない少年だけでは危険すぎる。

(でも、これ以上四国行きを遅らせるのは、両ちゃんとダイちゃんに悪いし……)

どうしようか。
麗子は無意識の内にその場をぐるぐると回っていた。
その様子を見たまもりは、思わず笑ってしまった。

(まるで、手間のかかる弟を持ったお姉さんみたいね)

悩み続ける麗子を、穏やかな目で見つめるまもり。
他人のことを守ろうと必死になっている麗子に、まもりは親近感を――

(ダメ)

何を考えているのだ自分は。
これから殺すかもしれない相手に情を移してどうする?
下手に仲良くなってはいけないのに……
大体、リョーマの情報を教えたのも、麗子達から情報を引き出すためだ。
相手の信用を得て、仲間だと錯覚させることでお人好しを利用する。
そのために情報を教えたのに、自分が情にほだされてどうする。
最終的に、麗子達は敵になる。
敵はいつか殺さなければならない。殺さなければ―――

「―――ぞ星矢! ダイは麗子達を頼む!」

まもりが自らを戒め始めたとき、玄関から野太い声が飛んだ。
どこか焦ったような、両津の声。

「両ちゃん!?」
「まさか、敵襲じゃ」
「二人とも、オレから離れないで!」

クライストを構えたダイが居間の中央に陣取り、麗子とまもりがそれぞれの鈍器を持ち上げる。
三人は互いに背後を守るように立ち、耳を澄ませた。
家の外で話し声が聞こえた後(雨の音ではっきりとは聞こえなかったが)、玄関のドアの閉まる音。
そして足音、三人分。
足音が居間に近づくにつれ、ダイ達三人の陣形は崩れ、三人とも居間の入り口を注視する。

ドアの前で足音が止まった。
居間と廊下を隔てるドアが開け放たれ、両津が姿を現す。
その後ろには、初めて出会う少女。あからさまに緊張している。
当然と言えば当然だ。こんなゲームの中で五人もの他人に囲まれ、しかも注目されているのだから。
藍染との戦闘直後で皆過敏になっているとはいえ、一人の少女にこんな対応はあんまりだ。
麗子は無遠慮な自分の行動を後悔し、できるだけ優しい笑顔を作ってから挨拶した。

「初めまして、こんにちは。 私は秋本・カトリーヌ・麗子よ」
「……私の名前は斗貴子。 津村斗貴子だ」
「よろしくね斗貴子ちゃん。 ほら、まもりちゃんとダイちゃんも」
一瞬の逡巡の後、まもりとダイも麗子に続いた。
「姉崎まもりです」
「オレはダイ。 よろしく」
(この少年は確か……)

斗貴子は無意識の内にデイパックを押さえつける。
この中には『ダイの剣』がカプセル化して入っている。
ゲームが始まった当初はこの剣をダイに届けることが目的だったのだが、
目的が変わった今はどうしても渡す気になれなかった。
少なくとも、協力を得られる保障ができるまでは迂闊に行動すべきではない。

「名乗り忘れていたな。 俺は星矢だ」
星矢が最後に居間に入り、ドアをバタンと閉めた。
居間に全員が揃うと同時、いきなり両津が質問を始める。

「さて斗貴子、さっそくだがヤムチャ達のことを」
「ダメよ両ちゃん!」

麗子の制止が両津の詰問を打ち切った。

(全く、両ちゃんは相変わらずせっかちね。
 そんなだから、派出所に道を尋ねてきた人にさえ怖がられるのよ。)

何か言いたそうな両津を無視して、麗子は優しい声を出す。

「斗貴子ちゃんは今、何か困っていることはある?
 友達を探すとか、仲間が欲しいとか、私達にできることなら協力するわ」
「……ピッコロという人物を探している」

斗貴子は一縷の望みをかけて、ピッコロのことを尋ねた。
この五人の中にピッコロはいなかったが、誰かピッコロの情報を持っている人物がいるかもしれない。
しかし、結局誰もピッコロのことを知らなかった。
うなだれる斗貴子に、今度こそ両津が質問を浴びせかける。
麗子が非難めいた目線を向けるが、今度はこっちが無視。

「ヤムチャとサクラはどこにいる? 何故一緒に行動していないんだ?」
「……効率を優先して、名古屋で二手に別れた」
「ふむ」

(スカウターを渡すことで斗貴子の身を守り、戦闘力の高いヤムチャがサクラを守りながら仲間集めをする、か。
 確かに筋は通るが……まあいい。この辺りは後でじっくり聞こう。
 それより今は、最優先事項の確認だ)

「一つ聞きたいんだが……ヤムチャは、その、錯乱していなかったか?」
「……どういうことだ?」
「うーむ、何と言ったらいいのか。つまりだな、まもりを襲った男がいて、
 ”その男がヤムチャかもしれない”。 特徴が酷似しているんだ。
 わしもないだろうと思ってはいるのだが、完全にないとは言い切れない雰囲気がヤムチャにはあるからな……
 率直に聞こう。”ヤムチャが一般人の女の子を襲う可能性”はあるか?」

無論、斗貴子には心当たりがある。
ヤムチャは、参加者を減らすことを共に誓った同類なのだから。
彼は今も自分の役割を果たしているらしい。
迷うことなく、怯むことなく、参加者減らしに精を出している。
それに比べて、自分は―――

「……」
「おい、どうした?」
「……質問に答えよう。『その可能性は大いに有り得る』。 まもりの言っていることは、おそらく本当だ」
「な!?」

両津にとって衝撃的な答えだった。
予想はしていたが、それでも俄かには信じ難い。

「本当か!」
「嘘だと思うなら、サクラに聞いてみるといいだろう。 おそらく、同じ答えが返ってくる筈だ」
「サクラはヤムチャと一緒にいるんじゃないのか!?」
「私が名古屋で最後に会ったのは、サクラ一人だ。 ヤムチャはいなかった」
「くっ……」

砕けるくらい歯を強く噛み締め、あらゆる感情を押し込めてただ立ち尽くす両津。
最もショックを受けているように見えるのは両津だが、他の四人も似たような反応をとっていた。

「くそォッ、何でだァーーーーーッ!」
元は脱出の為に戦っていた人間がゲームに乗ってしまったことに対して、憤慨する星矢。

「……」
無言でクライストを握り締め、静かに怒りを滾らせるダイ。

「なんて、こと」
口を両手で覆い、目を大きく見開いて驚愕する麗子。

(……無理だ、な)
その反応を見て、斗貴子はドラゴンボールについて説明することを断念する。
ここまで正義感(パピヨンなら偽善と言うだろうが)溢れる者達が、人を殺すことが前提の計画に協力してくれるわけがない。
大体、ドラゴンボールのことを疑っている自分に、どんな説得ができるというのか。
相手を説得することは、自分が信じていることが大前提だ。
今の自分は、説明することすらできそうにない。

両津達は、それぞれがそれぞれの方法で憤りをぶつけている。
それは驚きと悲しみと怒りと、その他の幾つもの感情が組み合わさった結晶体。
ただ、その中で一人だけ、

「…………え?」

まもりだけが、純粋な驚きのみを発露させていた。

(あの、男が、マーダー!?)
あの油断だらけの情けない男がゲームに乗っている?
毒薬を飲まされて失禁までしたあの男が本当に殺人者?
しかも、よりによって両津勘吉の元仲間。
やっぱり情報を隠していた。
それなら、自分が最初から疑われていたことも納得がいく。
やっぱり、迂闊に嘘を吐くべきではなかった。最悪のミスだ。最低の失敗だ。
いや、もはやそんなことはどうでもいい。
問題は”ヤムチャがゲームに乗っていること”ただ一点。
彼は、必ず復讐しようとするだろう。
そのとき危険になるのは誰?
『あなたは小早川セナという少年を知っていますか?』
確かにこう言った。言ってしまった。小早川セナが大事な人だと言ってしまった。
自分が復讐の対象にされて、危険になるのは誰?
決まっている、セナだ!

唯でさえ高かったセナの死亡率が急激に上昇する。
もう、一刻の猶予もない。
どうにかしなければ。
なんとかしなければ。
セナを、守らなきゃ。
でも、居場所がわからない。セナ、一体どこにいるの?
藁にも縋る思いで、眼前の少女に向かって絶叫するような声を出す。

「セナを! 小早川セナを知っていますか!?」

そのとき生まれた斗貴子の表情の変化を、まもりは見逃さなかった。
何の脈絡もなく叫ばれた名前。
何も知らないなら、また、会ったことがあるだけなら、ただ戸惑うだけだ。
しかし、斗貴子の戸惑いは瞬間的なものだった。
戸惑いの表情から、辛そうな、それでいて哀れむような表情へと変化する。
「可哀相に」とでも言いたげな、嫌な表情。
最悪な予感に顔は青ざめ、胃は吐き気を訴え続ける。

「セナのことを知っているんですね! セナはどこ!? どこにいるのッ!?」
「……セナ君とは大阪駅で出会った。 そのとき彼は、四人の仲間と一緒だった」
「一緒だった? 遠回しな表現はやめてください! セナは無事なのッッ!?」

凄まじいまでの気迫に、一瞬たじろぐ。
その表情、鬼神の如し。
まもりの勢いに押され、斗貴子の口は思わず動いてしまっていた。

「セナ君達五人の反応のうち、一つが消滅した。 セナ君は……死んだかもしれない」

そう、最低な言葉を吐き出した。


違う。今、私が言うべきはこんな言葉ではない。
こんなその場しのぎの、偽善ぶった言葉ではない。
消えた反応は確実にセナ君のものだった。
こんなところで嘘を吐いても何の意味もない。どうせ、第六放送でわかることだ。
それに、何を他人事のように言っているんだ?
小早川セナが死んだのはお前のせいだろう津村斗貴子!

「そうですか」

違う。違うんだ姉崎さん。
セナ君は―――


何かを言おうと開けられた口は、結局何の言葉も発さなかった。
目の前に、まもりの姿がなかったから。
まもりは既に、居間の入り口まで移動していた。
他の四人に向かって深々と頭を下げる。

「今まで、本当にありがとうございました」
「おい、まもり!?」
「四国には両津さん達だけで向かってください。 私は大阪駅へ向かいます」

両津達が驚きの声を上げる中、斗貴子は反射的にまもりの元へと飛んだ。
鉄パイプを握り締め部屋を出て行こうとする、まもりの肩を掴む。
斗貴子のこの行為に何の意味があるのかはわからない。
ただ、必死だった。

「無茶だ! 途中で敵に遭ったらどうするつもりだ!」
「セナが殺されてるかもしれないのに、そんなことを気にする余裕があるの?」
「セナ君は、彼の仲間に殺されたかもしれないんだぞ!(ああ、この期に及んで何を責任転嫁しているのだ私は!)
 今行ったら、キミも殺されるかもしれない!」
「そうですか。 それはいいことを聞きました。 セナは、仲間に、殺されたかもしれないんですか」

止まらない。
姉崎まもりは止まらない。

「――ッ! セナ君を殺したかもしれないパピヨンという奴は、ホムンクルスという常識を超えた存在だ!
 圧倒的生命力を誇り、人を喰らい、錬金術まで使いこなす化け物だ!
 ただの人間に勝てるわけがない!」
「もし、そのパピヨンとかいう奴がセナを殺したのだとしたら――」

幽鬼のように振り返るまもり。
その瞳に宿るのは、決意の色。覚悟の色。
燃える、瞳。

「私はそいつを許さない! セナをいじめるやつは、この私が許さない!
 たとえ首だけになっても、私の首はそいつの喉笛に喰らいついて噛み千切るでしょう!
 もしセナが生きていたならば、私は全力でセナを守る! 
 その目的が果たせないなら、私の命など路傍の石ほどの価値もないッ!
 私は最後まで諦めない! もしここで諦めたら、今まで私がしてきたことの、」

今まで私が奪った命の、

「全てが無駄になるッ!」

斗貴子は、まもりの言葉を理解すると同時に、
ハンマーで頭をぶん殴られたような気がした。

他の四人もまもりの気迫に押され、動くことができない。
その隙にまもりは斗貴子の手を逃れ、外に駆け出していってしまった。
パシャパシャパシャ。水溜りが砕ける音が遠ざかる。
ザァザァザァ。雨粒が砕ける音が大きくなる。
誰もかれもが無言の中、一人の女性が立ち上がった。

「両ちゃん、ごめんなさい。 私はまもりちゃんを追うわ。
 あんなコ、一人にするわけにはいかないでしょ?」

そう言って荷物をまとめ、出て行こうとする麗子。
「おい、麗子!?」
「麗子さん、落ち着いて!」
両津や星矢の静止の言葉を無視して、居間のドアを開け放つ。
そうした周囲の喧騒に構わず、斗貴子の口からは戸惑いの言葉が漏れていた。

「何故、そこまで意志を貫けるんだ……」
自分の命など、目的を果たせなければ価値がないと言い放ったまもり。
その言葉が、斗貴子の胸の奥で眠っていた”何か”を揺さぶった。
錬金の戦士である自分が、今まで当然のように持っていて、しかし今持っていないもの。
それを、まもりは持っていた。
独り言のつもりだったが、それを麗子は自分への質問だと思ったらしく、
振り返って返答をよこしてくれた。

「私は警察官よ。警察官は、力無い人々を守ることが役目。
 それじゃ、理由にならないかしら?」

また、揺さぶられた。
斗貴子からいつの間にか失われていた意志が、信念が、闘争本能が息を吹き返す。

「両ちゃん達は四国に向かって。 もうこれ以上、私のわがままに付き合う必要はないわ」
一方的に別れの言葉を言った後、麗子は両津の手を振り払い、雨の中を駆け出していった。
あまりに予想外の展開に、ヤムチャマーダー化のショックを受けていた両津は対処できなかった。
これではいかんと苛立たしげに荷物を背負い、ダイと星矢に向かって大声を出す。

「くそっ、あいつら、勝手な行動とりやがって! ダイ、星矢、行くぞ!」
両津の呼びかけに、ダイはしかし、

「……イヤだ」
はっきりと拒絶の言葉を口にした。

ダイの言葉に驚いた両津と星矢が振り返ると、ダイは既に出発の準備を整えていた。
ただし、その目が向いているのは大阪ではなく、四国へ続く瀬戸大橋。

「四国はもう目の前なのに、これ以上、公主さんとターちゃんを放っておくのはイヤなんだ。
 それに、すぐそこにオレの仲間を傷つけて殺したやつがいるかもしれないのに、
 そいつを放っておくことなんかできるもんかッ!」


――……すまぬ。下界の空気は私にとって毒のようなものでな、だいぶ慣れてはきたが……
――空気が毒? そうか、確かにこの辺の空気は汚れてる気がする。山の方にでも行けば楽になるかな?
――……おぬしは優しい子じゃな。名は?
――おれの名前はダイ。元の世界じゃ一応勇者って呼ばれてる。
――ふふっ、頼りがいのありそうな勇者じゃな。

――それじゃあ、ターチャンさんだっけ。
――ターちゃんでいいのだ。
――じゃあターちゃん。とりあえずそっち側の木の根にでも座って話をしよう。
――ありがとう。

それは、在りし日の会話。
平和だった頃の四国での思い出。

――……ダイ……お主が行くのなら、私も行く……
――……頼む、私から離れないでくれ…………
――ダイとターちゃんに出会えなければ、私は何も出来ないまま死んでいたかもしれん。二人には感謝の言葉も無い…
下界の毒で常に苦しんでいた仙女。
自分を頼ってくれ、守ろうと誓った人。
でも、守り切れなかった人。

――君は強い、公主さんをしっかり守るのだ。
――両津さん、すまないのだ。ここは、ダイに行かせてやってほしい。
――ダイは子供ではない!!・・・・・・立派な男なのだ。
ジャングルの平和を守る王者。
自分の力を認めてくれ、共に戦うと誓った仲間。
でも、その約束はもう果たせない。

二人とも殺されてしまった。
オレがいない間に、何者かの手によって。

「オレはッ、二人を殺した犯人が許せないッ!」
「落ち着けダイ! お前一人で行っても何にもならんぞ!」
両津の制止は、しかしダイには届かない。

「両津さんは他の皆と一緒に行ってくれ……オレは一人で大丈夫。
 オレの大事なものをたくさん奪ったやつは、絶対にぶちのめしてやるッ!」

ダイは、窓を剣の一振りで破壊する。
もはや、忠告を聞く耳は持っていなかった。
誰にだって、曲げることができないことはある。

「じゃあ星矢……後は頼んだ」
そう言って窓枠を潜り抜ける。
両津が慌てて窓際に寄ると、ダイの後ろ姿は殆ど見えなくなっていた。

「バカヤローーーーッ! 鵺野先生や乾の仇を討ちたいのはわしも同じなんだよ!」
そう吐き捨てて両津も窓枠を飛び越える。 
砕かれきれずに残ったガラスの破片が両津の身体を切り裂くが、両津は全く気にしない。
斗貴子の中で、何かがまた騒いだ。

「星矢、お前は麗子達を守れ! いいか、絶対に守れよ! 集合場所はここだ!
 斗貴子はここで待ってろ! すぐ戻る! ヤムチャのことはその時たっぷりと聞かせてもらうぞ!」
「両津さんは!?」
「わしはダイを追う! ガキを一人で放っておけるか! わしは警察官だ!」
両津は雨を突き破って駆け出す。
これも、意志。
曲げることのできない、戦士の意志。

「クソッ。 麗子さんもダイも両津さんも、俺の気持ちを何にも考えてないな」
最後に残った星矢が、頭を掻きながら出て行こうとする。
その星矢に向かって、斗貴子は殆ど縋るように叫ぶ。

「キミはッ、このゲームで死んだ皆を生き返らせることができると思うか!?」

他に、もっと言うべき言葉はあっただろう。
今更こんなことを尋ねるのは、無様以外の何物でもない。
まだドラゴンボールについての疑念に拘泥しているとは、どこまでも軟弱。
それに対する星矢の返答はたった一言。
振り返りすらしなかった。

「 当たり前だっ! 」

言い切った。
何の迷いもなく、何の逡巡もなく言い切った。
「キルアも石崎さんも太公望も! 一輝もサガもデスマスクも! 皆必ず生き返らせてやる!」
断言する。
その言葉は、斗貴子の胸に深く染み渡った。
焦燥感が、消えていく。

星矢はそのまま歩みを止めることなく部屋を出て行き、居間には斗貴子一人取り残される。
一人だけ、置いていかれる。
誰も斗貴子のことなど気にかけず、自らの意志に従って突き進んでいる。
彼らの意志は些事を気にしない。
それに比べて自分はどうだ?


―――――――――――――――軟弱者以外の何者でもないッ!


「オオオオオォォォォォッッッ!!」

咆哮が轟き、ミシリと家が揺れる音。
斗貴子は骨が砕けるほど強く、柱に拳を叩きつけていた。
打ちつけられた拳の皮は捲れ、中手骨と血管が露出する。
流れ出る血は、柱に赤い線を引く。

(情けない! 戦士の恥晒しもいいところだ!)


――以前、カズキに言ったことがある。
早坂姉弟との死闘の後でのことだ。
敗北した二人を殺そうとした私に、カズキは言った。
殺さないで欲しい、と。
そして私は言った。 カズキに向かって確かに言った。
『キミのその優しさが、戦いの中では”甘さ”になる。その”甘さ”は、いずれキミを殺す』

――笑わせる!
どの口が言えた言葉だ!
私も、結局あの少年達を殺せなかった!
これが”甘さ”でなくて何だと言う!?
見ず知らずの少年二人に何か言われたくらいで崩れるほど、私の信念は脆かったのか!?

私は、クリリン君に誓った筈だ。
――今度は、私が背負おう。君の分の決意も、覚悟も、その全てを……私が、引き受ける。
そう……誓った筈だッ!
それが何だこの体たらくは!?
秘密にしておく筈のドラゴンボールの話を、私は一体何人に話した?
アビゲイル、越前リョーマ、志村新八。 あろうことかパピヨンにまでッ!

――理由はわかっている。
色々と言い訳をしていたが、つまるところ理由はたった一つ。
私は、誰かに理解してもらいたかった。
誰かに許してもらいたかった。
無実の人間を殺すことへの、免罪符が欲しかった。
『どうせ後で皆生き返る』ことを認めてもらうことで、罪の意識から逃れようとした。

「ふざけるなァァァァァァァッッ」

再度、拳を打ち付ける。
指の肉は完全に削がれ、白と赤のコントラストが惨たらしい。

ピッコロを探してドラゴンボールの存在を確かめる?
本当にドラゴンボールが使えるかどうかわかってから計画を実行する?

――甘えるのもいい加減にしろ!
甘えるな! 逃げるな! 目を逸らすな!
今私がやっていることは、学生が夏休みの課題を後回しにすることと何も変わらない。
ただ、嫌なことから逃げているだけだ。

――いつかの、カズキの言葉を思い出す。
『偽善者と呼ばれるのも、自分の不甲斐無さに辛くなるのも、
 皆が苦しんだり悲しんだりするのの代わりだと思えば、大丈夫、何とか耐えられる』
これが、カズキの覚悟。
貫き通した、カズキの信念。

――本当に、合わせる顔がない。
カズキに、戦士長に、そしてクリリン君に。

『オレが……死んだら、みんなは、一体、何のために……』
クリリン君の、最期の言葉。
彼は最期まで信念を貫いた。
誰よりも重い志を、誰よりも重い罪を背負い込んで。
それを……それをッ!
そのクリリン君の志を私は疑った!
疑って、足を止めて、情報を漏らして、クリリン君を裏切った!

――身体の奥から熱いものが込み上げてくる。

「武装、錬金ッ!」
四本のアームが具現化される。
戦乙女の、四枚の翼。

まだだ。
まだ、私の闘争本能は死んじゃいない。
これから私はクリリン君の遺志を継ぐ。
随分と遅くなったけれど、私の意志で後を継ぐ。
四の五の考えるのはもうヤメだ。
ドラゴンボールの話は本当か?
主催者が何か対策を打っているんじゃないか?
そんなことは”どうでもいい”。

私はクリリン君を信じる。
戦友の言葉を信じるというだけのことが、今までどうしてできなかった!
ピッコロ? 主催者? 知ったことか!
ピッコロが計画への協力を拒否したら、力づくで協力させればいいだけだ。
もし主催者がドラゴンボールに対策を立てているならば、
”その対策を打ち破る方法を考えればいいだけの話だ”。
それより、もし私が何もしなかったせいで計画が失敗したら、
私が殺したクリリン君にどうやって謝ればいい!?
「相手が可哀相なので、何の罪もない人を殺すことができませんでした」とでも言うつもりか?
ぐだぐだ悩んでいて、あれこれ考えていて、その結果何もできませんでしたと言い訳をするのか?
私は、そこまで堕ちてない。
先のことを気にしすぎて、何も出来ない臆病者では決してない。
クリリン君に出来て、私に出来ない道理はないッ!

四本のアームが床を穿ち、斗貴子の身体を持ち上げる。
そこに、迷い続ける津村斗貴子はいなかった。
そこにいたのは、錬金の戦士・斗貴子。
皆の為に己を殺して戦う、非情なる戦士。

「ハァッ!」

ダイが破壊した窓から、斗貴子がその身を空中に躍らせる。
雨を切り裂き、戦乙女が空を往く。



善でも、悪でも――――

                「セナッ……」

貫き通せた生き様に――――

   「まもりちゃん、リョーマちゃん、どうか無事でッ」

               「公主さん、ターちゃん、ごめん。 
                オレがわがまま言って四国を離れたせいで……
                仇は、必ずッ」

貫き通せた魂に――――

   「ダイの馬鹿野郎! 早まりやがって!
    お前が死んだら何にもならんだろうがァ!」

               「麗子さんもまもりも、必ず俺が守ってみせる!
                藍染のときの失敗は、もう二度と繰り返さない!」

貫き通せた信念に――――

          「もう、迷ってたまるかァァァァァァッッ!!」


                                 ――――偽りなど、あるはずがない。





【岡山県・瀬戸大橋/二日目/昼】
【両津勘吉@こち亀】
[状態]:睡眠不足による若干の疲労、額に軽い傷
[装備]:装飾銃ハーディス@BLACK CAT
[道具]:盤古幡@封神演技、支給品一式、食料二日分プラス二食分
[思考]1:ダイを追い、勝手な行動をとったことについて叱る。
   2:ダイを連れ戻し、瀬戸大橋手前の民家で星矢達と合流。サクラとも合流したい。
   3:斗貴子からヤムチャのことを聞く。できれば本人からも事情を聞きたい。
   4:仲間を増やす。
   5:沖縄へと向かう。
   6:主催者を倒す。

【ダイ@ダイの大冒険】
[状態]:健康、MP中量消費
[装備]:クライスト@BLACK CAT
[道具]:支給品一式、食料二日分プラス二食分
[思考]1:いい加減我慢の限界。 四国に向かい、公主とターちゃんの仇を討つ。
   2:ポップを探す。
   3:沖縄へと向かう。
   4:主催者を倒す。


【岡山県/二日目/昼】
【姉崎まもり@アイシールド21】
[状態]:中度の疲労、殴打による頭痛・腹痛、右腕関節に痛み(痛みは大分引いてきている)
    右肩の軽い脱臼、不退転の決意
[装備]:焦げたねじれ鉄パイプ
[道具]:支給品一式、食料二日分プラス二食分
[思考]1:大阪駅に向かい、セナの無事を確認する。(あまりのショックに他の思考は全て吹き飛びました)
   2:セナ以外の全員を殺害し、最後には自害。セナを優勝させ、ヒル魔を蘇生してもらう。

【秋元・カトリーヌ・麗子@こち亀】
[状態]:中度の疲労
[装備]:滅茶苦茶に歪んだサブマシンガン(鈍器代わり)
[道具]:支給品一式、食料二日分プラス二食分
[思考]1:まもりを守る。 琵琶湖にいると推測したリョーマも保護したい。
   2:沖縄へと向かう。
   3:主催者を倒す。

【星矢@聖闘士星矢】
[状態]:中程度の疲労、全身に無数の裂傷
[装備]:ペガサスの聖衣@聖闘士星矢
[道具]:支給品一式、食料二日分プラス二食分
[思考]1:まもりと麗子を守る決意。
   2:瀬戸大橋手前の民家で両津達と合流。
   3:弱者を助ける。
   4:沖縄へと向かう。
   5:主催者を倒す。


【岡山県・瀬戸大橋手前の民家付近/二日目/昼】
【津村斗貴子@武装練金】
 [状態]:左肋骨二本破砕(サクラの治療により、痛みは引きました)、右拳が深く削れている
     顔面に新たな傷、核鉄により常時ヒーリング、絶対に迷わない覚悟
 [装備]:核鉄C@武装練金、リーダーバッヂ@世紀末リーダー伝たけし!、スカウター@DRAGON BALL
 [道具]:荷物一式(食料と水を四人分、一食分消費)、ダイの剣@ダイの大冒険
     首さすまた@地獄先生ぬ~べ~、『衝突』@HUNTER×HUNTER、子供用の下着
 [思考]1:四国or大阪に向かったメンバーを追い、殺害する。
      リョーマ達の時の二の舞にならないように説得や説明はしない。
    2:クリリンを信じ、信念を貫く。後を継ぎ、参加者を減らす。
    3:ドラゴンボールを使った計画を実行。主催者が対策を打っていた場合、攻略する。
    4:ドラゴンボールの情報はもう漏らさない。



時系列順で読む


投下順で読む


0395:善でも、悪でも 姉崎まもり 0409:血塗れの死天使たちへ
0395:善でも、悪でも 星矢 0407:彼女の功績はあまりに大きく、あまりに残酷
0395:善でも、悪でも 秋本麗子 0407:彼女の功績はあまりに大きく、あまりに残酷
0395:善でも、悪でも ダイ 0402:Vain dog(in rain drop)
0395:善でも、悪でも 両津勘吉 0402:Vain dog(in rain drop)
0388:関西十一人模様 津村斗貴子 0402:Vain dog(in rain drop)

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最終更新:2024年07月19日 00:33