0339:5%の希望





盛る炎を間にして、二つの影が座り込んでいた。
筋肉自慢の超人が掻き集めてきた薪に、無理矢理カンテラの炎を移しただけの薄暗い炎。
其れでも、兵庫に渦巻く暗闇から、照らし出してくれる。休息が必要だった。明かりが、会話が。
向かい合いながら、沈黙を保ったままの二人の横顔。放送後、ずっと。

――蛭魔の名前が呼ばれて以来、セナは、口を閉じてしまった。

引っ込み思案で虐められがちだった自分を、唯一光の下に連れ出してくれた存在。
悪魔的な、狡猾な、暴力的とさえ言える手段ではあったが、日陰のまま終わるはずだった少年の人生を、
輝かしい物語の世界――アメリカンフットボールの世界に誘い込んでくれた、先輩。
蛭魔妖一は、最早、居ないのだ。わけのわからぬ殺人ゲームに巻き込まれ、死んでしまった。

栗田さんは、武蔵さんは。
共にクリスマスボウルを目指し、地獄の特訓を潜り抜けてきた仲間達の、夢は。
そうだ、「彼」という主軸を失って、泥門デビルバッツは――

――GAMEOVER

誰の者とも判らぬ声が脳の中に、響き渡る。
終わりだ。終わりなんだ。お前達は、終わりなんだと。

がち がち ッ

其れが恐怖なのか怒りなのか、或いは全く別の感情であるのか、
自らの打ち鳴らす歯の音が鳴り止まない理由を、少年自身にも理解する事は出来なかった。





炎の向こうにある、震える少年の姿を目に捉えていながら、掛ける言葉も思い浮かばなかった。
世界最高の頭脳――賞賛である筈の言い回しも、今は一層皮肉げに思える。
一度出会い、そして分かれた友人の死。近しき者の死は、時に人をメランコリックにする。
只でさえ不安定だった筈の少年の心は、蛭魔妖一の死によって、耐え難い絶望の中に叩き込まれているのだろう。
他者の死を引き金にした鬱症には、長期に渡る治療と、特殊な薬が有効だ。加えて、献身的な言葉も。
――只一つも、この場には、存在しない。小早川瀬那少年の心を、確実にケアする手段は。

人間である自分達を休息させ、今は歩哨に立ってくれているキン肉マンが戻れば、或いは、違うのだろうか。
一星の王であると自らを称するあの男には、なるほど、確かに、人を惹きつけるカリスマ――あるように感じる。
理屈が通じる相手には思えなかったが、けれど彼の大らかさにこそ、人の痛みを癒す力があるのではないか。


(……言い訳、か)


数刻前に知り合っただけの自分に何が出来る、とまで思考が及び掛けた瞬間に、
Lはこの状況における自分の無力さを悟った。
笑顔を向ければ良いのだろか?
優しい言葉を、例えば、主催者の放送は嘘であり、蛭魔妖一は生存している、等の言葉を探し出せばいいのだろうか?
優勝者に与えられる褒美の話を利用するか?自らが信じてもいない事を。
尤もらしい嘘を語る事は不可能ではなかった。
世界規模の大犯罪者を相手にしたって、交渉ごとなら負ける気はしない。
如何なる場合も、真実を。正義を。突きつけるべき相手に突きつけるのがLの遣り方だ。
けれど、この場合(ケース)は。相手は悪の犯罪者ではなく、善良かつ無力な少年である。

最善の策が偽りの笑顔による、仮初の希望だとしても、不器用な自分には、其れを演じる事が出来ない。
自らの無力を感じながらも、Lは沈黙を保つ以外に術を知らなかった。

ふと、空を見上げれば、何時の間にか月が真円を描き出している。
曲げた膝に掌を重ねた日頃からの姿勢のまま、丸い月を見上げれば、考えるべき事を、思い出した。
死んだのは、蛭魔妖一だけではないのだ。太公望、趙公明――夜神月

生者と死者の綴られたリストを瞳の先に描きながら、思考の深い海に、沈んで行く。
或いは、幸運にも、静寂。与えられた可能性のパズルを組み合わせる邪魔をする輩は、誰も居ないのだから。

そう、思っていた。絹を引き裂くような、彼女の声を耳にするまでは。


「――Lッッッッ!!」
「……アマネ、ミサ」

暗闇に浮かび上がる少女の姿に、神の与えた過酷な運命に、呟くように、世界最高の頭脳は、長い息を、吐く。





「藍染さん!! 来て!! Lが、Lがいるの!」
瞳を血走らせながら、少女は大きく手を振り、"誰か"へと呼び掛ける。
突然の事態に、ビクッと身体を竦め、顔色を窺うように眺めてくるセナを手で制したLは、静かに、ミサの動向を見守る。
歓迎出来ない事態だ。『今』、アマネミサには会いたくはなかった。
――夜神月の死が放送で告げられた、直後には。

「聞いてください、アマネさん。声を、潜め……」
「煩い!」

事態を収める為に投げ掛けたLの言葉も、半狂乱に叫び続ける少女には届かずに、一蹴されてしまう。
美しかった瞳は血走り、髪も幾分乱れ、天使のような可憐さも、今は失われかけていた。
予想出来たことだ。彼女が唯一愛する絶対的な存在、夜神月の死亡が、告げられたのだから。

――彼女の叫び続ける名前、藍染と言ったか。
アマネミサは衝動的な感情を、咄嗟には制御出来ない少女だ……夜神月の言葉でもない限りは。
参加者の誰かに遭遇し、行動を共にしていたのだろうが、夜神月の死を知り、錯乱して飛び出してきたのだろう。
大声で叫びに叫んではいるが、錯乱して走ってきたミサが正確に『藍染』の位置を把握してるとは思い難い。
じゃじゃ馬の暴走に巻き込まれた不運な『藍染』とやらは、彼女を探していれば、直ぐにここを嗅ぎつけるに違いないが、
長ければ到着までに数分の猶予が得られる可能性は高いと感じた。
其の前に、少しでも情報を得ておかねば。Lは持ち前の無表情で、人差し指を口元に当てる。

「……聞いてください、アマネさん。夜神月君のことです」

騒ぎ立てるミサの声に比べれば、蚊の鳴くが如き小さな声あったが、彼女にとって"彼"の名は大きな力を持っていた。
只一言で子供のように叫び続けるのを止めた少女は、泣き腫らしたのか赤い瞳は、Lの言葉に興味を惹かれる。

「……月の、こと? 何……生き返るっていう話なら、ミサは、信じないから……」

優勝商品として与えられる、死者の復活。
ミサが何も知らぬ只の少女ならば、或いは彼女の性格ならば、信じ切ったかもしれない。
けれど、ミサは普通の少女とは違うと同時に、"ある程度普通の"世界の住人だ。
"デスノート"なる幻想を可能とする特殊な世界であってさえ、彼女が会った死神たちの全てが、死からの復活を否定した。
"ならばそれは不可能な事なのだ"とミサは思う。
彼女の知る最大限の不可思議を以ってしても不可能な事象を可能にする事は、最早、現実ではない。
"デスノートがあるから、人を生き返らせる事の出来るノートもあるかも"と楽観的に思えるほどには、
ミサという少女は愚かではなかった。"便利な魔法にも不便なルールがあることを知っていた"のだ。
――勿論、僅かな可能性は、若しかしたら、といった望みのようなものは、心の奥で燻っていたけれど。

ミサの思惑を探りながら、Lといえば淡々と、

「……其の通り。夜神月を生き返らせることは不可能です。
 主催者の発言は、参加者を仲違いさせるための罠だと思った方が賢明だ。
 ただ、貴方は勘違いをしています」

『不可能』の辺りで、力任せに掴みかかるミサの腕を感じながらも、一つの『可能性』を示した。

「勘違い……? まさか、L、貴方が、月を……」
「勿論、違います。私は、どんな世界であろうと人を殺したりはしない。相手が月君なら尚更ですが。
 私が言いたいのは、夜神月の名前が放送で呼ばれたからといって」

可能性は、可能性にしか過ぎない。けれど、甘い言葉の筈だ。少女にとっては。

「イコール、彼が死んだとは限らないという事です」
「どういう……話? L……頭、おかしくなっちゃった?」

相変わらず何を考えているのか理解し難いLの顔を困惑気味に眺めながら、締める手を緩め、話の続きを促す。
Lは初めは無言で自らの首――首輪を指し示し、

「首輪、ですよ。夜神月は、或いは、首輪の解除に成功したのかもしれない。
 主催者は、恐らくは、この首輪で我々の生死を確認している。無論、他にも手段は用意されているでしょうが。
 首輪の解除に成功し、尚且つ主催者達の目を欺く事が可能ならば、夜神月は――記録上、死亡したことになるでしょうね」

可能性は5%ですが、と続く言葉を少女の前では飲み込む。
セナの前では滑らかに動く事はなかったLの舌は、今こそは淀みなく、ある種の『希望』について雄弁に語っていた。
1つには、L自身も考えていた方法である事。1つには、或いは、夜神月なら本当に可能だったのではないか――?
という、微かな可能性を完全には否定出来なかったからである。
故の5%であるが、少女の瞳の色を変えるには、十分過ぎたようだ。ミサは見る見ると頬を高潮させ、

「首輪の解除……やっぱり、月ってすごい!
 そんなの、ミサは考えもしなかった……!」

自分の騎士(ナイト)の活躍を瞳に描き、興奮を隠せないようだ。
ミサにとって月は万能の、神。主催者は信じずとも、夜神月の可能性は、直ぐに希望へと変換することが出来た。
たとえ、真実は時に残酷であろうとも。

「……本当の話なんですか、L、さん」
はしゃぎ回るミサをおずおずと眺めながら、セナは、小さく尋ねた。
首輪の話が本当なら。死を宣告された、自分の先輩も――淀んだ瞳に、微かな希望が宿るのを、Lは見る。

「……可能性は、ありますよ。君も、諦める事はない」
「……そうですか」

抑揚のない声だが、はっきりとLは、告げる。嘘は、言わなかった。可能性を信じろと、其れだけだ。
少年は俯くように、再び腰を下ろした。影は深く、表情は窺えない。
これが、自分の精一杯だ、とLは感じる。後は、少年に委ねるしか、出来ない。
絶望に囚われた心が、在りし日の輝かしさを取り戻すには、本当の……希望が必要なのだ。

Lは決意すると、ミサに、告げる。

「藍染と言いましたか。貴方の遭遇した参加者に、会ってみたい。
 ……少なくとも、貴方から見て協力を仰げる人間なら、という前提でですが」

月は翳るとも、知恵者は踊り続ける。
希望を求め、正義を翳し、真実を突きつける青年の向かう先にある者が、
またも、死神の縁にあるものであることを、Lはこのとき、まだ知る由もなかった。





【兵庫県/深夜】
【小早川瀬那@アイシールド21】
 [状態]:精神不安定
 [装備]:特になし
 [道具]:支給品一式、野営用具一式(支給品に含まれる食糧、2/3消費) 特記:ランタンを持っています
 [思考]:1、Lと共にキン肉マンの志々雄打倒に協力する。
     2、剣心、ナルトと合流(二日目午前6~7時を目安に、大阪市街で待ち合わせ)
     3、まもりとの合流。
     4、これ以上、誰も欠けさせない。

【弥海砂@DEATHNOTE】
 [状態]健康
 [装備]なし
 [道具]荷物一式
 [思考]1:夜神月の生存を信じる。
    2:藍染と別れた後、夜神月と合流し、藍染の事を伝え、共に脱出する。
    3:夜神月の望むように行動

【L(竜崎)@DEATHNOTE】
 [状態]:右肩銃創(止血済み)
 [道具]:デスノートの切れ端@DEATHNOTE、GIスペルカード(『同行』・『初心』)@HUNTER×HUNTER
     コンパス、地図、時計、水(ペットボトル一本)、名簿、筆記用具(ナッパのデイパックから抜いたもの)
 [思考]:1.ミサに従い、藍染と会う。
       (藍染がミサを追ってこなければ、歩哨に出たキン肉マンを待ってから。
        追ってくれば、どの道不可避な出会いであると考えている)
     2・キン肉マンの志々雄打倒に協力。関西方面を重点的に捜索。
     3・剣心、ナルトと合流(二日目午前6~7時を目安に、大阪市街で待ち合わせ)
     4・現在の仲間達と信頼関係を築く。
     5・沖縄を目指し、途中で参加者のグループを捜索。合流し、ステルスマーダーが居れば其れを排除
     6・出来るだけ人材とアイテムを引き込む(九州に行ったことがある者優先)
     7・沖縄の存在の確認
     8・ゲームの出来るだけ早い中断
 [備考]:『デスノートの切れ端』『同行』『交信』の存在と、鹿児島を目的地にしていることは、
      仲間にはまだ打ち明けていません。仲間が集まり信頼関係が十分に築ければ、全て話すつもりです。

【兵庫県/深夜(歩哨中)】
【キン肉スグル@キン肉マン】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:荷物一式
 [思考]:1、志々雄を倒し、たけしを助け出す。
     2、剣心、ナルトと合流(二日目午前6~7時を目安に、大阪市街で待ち合わせ)
     3、ゴン蔵の仇を取る。
     4、仲間を探す(ウォーズ、ボンチュー、マミー、まもり)

※藍染がミサを追ってくるか、或いはL達が藍染のところに辿り着けるかは次の書き手さんにお任せします

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285:なぜ藍染惣右介の名前が呼ばれなかったのか? 弥海砂 352:藍染VSL
328:正論と願望、対立する思い キン肉スグル 352:藍染VSL
328:正論と願望、対立する思い L 352:藍染VSL
328:正論と願望、対立する思い 小早川瀬那 352:藍染VSL

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最終更新:2024年06月25日 22:20