0401:暗い森
「ウォーズマンは死んだか」
広葉樹林が生い茂る黒い森に吸血鬼が二匹。
放送の残響残る暗闇に、ニンゲンをやめたイキモノが二匹。
人間とは”異質”な者達を取り囲むのは、暗い森。時刻を無視した夜の森。
地面には落ち葉が敷き詰められ、シダ植物が鬱蒼と周りを囲んでいるのが見渡せた。
青緑の苔と、有機物のくせになぜか無機質な樹木の幹が組み合わさった視界に、
僅かな木漏れ日が差し込んで、奇妙な生ぬるさを感じさせる。
「ウォーズマンは戦闘のプロフェッショナルだった。
機械の身体を持ち、人間などには決して負けない戦士だった。
綾、勝てる実力を持っていながらウォーズマンはなぜ負けたと思うね?」
基本問題を出す先生のように、軽い調子で尋ねるDIO。
「…………わかりません」
しかし綾は、DIOの問いに対する解答を持ち合わせてはいなかった。
根が優等生である綾は、答えをひねり出そうとウォーズマンのことを思い浮かべるが、
思い出せたのは、ただただ無表情の黒マスクだけだった。
怒りはない。悲しみもない。戸惑いすら、ない。
果たして仲間と呼んでいいのかもわからない男の死に、特に感想はない。
無論DIOにとってもウォーズマンの死などは些事でしかない。
DIOが考えていることは――放送で呼ばれなかった目障りな男のことだけだ。
「ケンシロウは、このDIOの圧倒的な力を見ても尚追いかけてきた。
しかもたった一人で、だ」
たかが一人の女を殺された程度で命を捨てる。
バカげた男だが――それゆえ危険でもある。
「ケンシロウは……このDIOを倒すために自らの命を引き換えにしてもいいと思っている。
このDIOに挑むということはそういうことだ」
無謀。人間にとってはあまりにも無謀。
「バカげたことだが……しかし、そのバカげたことが結構重要なのだな。
ウォーズマンのヤツは忠誠を誓うと言っておきながら、
このDIOのために死んでもいいという覚悟ができていなかったということだ」
DIOはそう言い捨てると、止めていた歩みを再開した。
ザクザクと落ち葉を踏み締める音がして、その後にもう一つの足音が続く。
四鬼夜行が、獣が朽ちて三鬼夜行。
そして今は、悪魔が還らず二鬼夜行。
――
氷の精神に入った僅かな亀裂。
その亀裂はやがて氷塊をクモの巣のように駆け回り、結果、氷塊は一人の男によって破壊された。
DIOへの忠誠という氷塊は、不死鳥の炎によって溶け崩されたのだ。
だから悪魔は敗北した。
だからあとほんのチョットというところで勝利が掴めなかった。
ウォーズマンがDIOへの忠誠心を失わなければ――気絶したケンシロウをその場で始末していれば――
不死鳥は、羽撃かなかっただろう。
「さて綾、君に命令を与える」
西へと向かう歩みを止めることなく命令を出すDIO。
「なんでしょうか?」
「フン、雨足が大分弱まってきた。まもなく晴れ間も覗くだろう。放っておいてもあと数時間で夕方だが…………
念には念を入れて、ウォーズマンが早朝に発見したという新しいアジト候補『琵琶湖の小屋』へ向かう。
報告によると、琵琶湖付近はここより更に深い森で、尚且つ飲み水が大量に手に入るそうだ。
君はケンシロウを探し出し、このDIOの元に連れて来るんだ。わかったな?」
DIOはデイパックから双眼鏡を取り出すと、綾に向かって放り投げた。
空中に曲線を描く双眼鏡が綾の手元に届いた瞬間、
綾も、双眼鏡も、影さえも消え去った。
「わかりました――――」
ガサガサという葉擦れの音と、了解という意味の言葉だけを置き去りにして。
「フン」
DIOは軽く鼻を鳴らすと、西への侵略を開始する。
(新しいアジトに着いたら、まず周辺の地形を把握せねばな。特に、大量の水は使い道がある)
そこまで思考を続けて気付く。
『念には念を入れて』
このDIOが、不安になっている?
「バカらしい……」
DIOの首筋についた一筋の傷からドロリと血が垂れる。
獣が残した爪痕が、DIOの苛立ちを僅かに増幅させた。
※ ※ ※
「…………さて、説明してもらおうか」
「つ、ついてねぇーーーーーーーーーーーっ!」
第六放送は様々なものをもたらした。
とある死神には悲しみと新たな決意を。
とある少女には絶望を。
とある魔法使いには悔恨を。
そして、この少年には不幸を。
「なんでケンシロウってヤツが生きてるんだよ? 殺されたんじゃなかったのか、アァン?」
「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇっ! じ、じんだど思っだんでずっ!」
「ピーピー泣くんじゃない! ったく……」
半泣きになって腰を抜かす洋一に、流石の
ヤムチャも詰問の調子を緩めた。
いや、この場合『流石ヤムチャ』と言うべきなのかもしれないが。
「まあいいや。これでお前を殺していいんだったな」
無慈悲に宣告し、手刀を構えるヤムチャ。
「ま、待ってぇ! や、ややや約束が違いまずっ!
あれは仇を討てたらってことで、別に死んでないなら……」
「往生際が悪い! どの道お前は役に立たないんだから大人しく殺されとけ!」
「うぅ…………ま、待って!」
もはや恥も外聞もなく(元から彼にはないが)額を地面に擦り付けて懇願していた洋一は、
意外なことにヤムチャの言葉に対して反応し、勢いよく顔を上げた。
「立つ! 役にだぢまずっ!」
ヤムチャは泥だらけの洋一の顔をまじまじと見つめた。次いで身体を見る。
細い腕。震える足。貧弱な身体。情けない顔。たまねぎな頭。
結論。
「嘘つけ」
「ほ、本当なんだよぉ!
確かに今は全く役に立たないけど、俺はらっきょを食べると変身して強いヒーローになれるんだ!
変身できたらヤムチャさんの人数減らしも手伝うから!」
――もうこれしかねー!
このまま殺されるのはイヤだ!
他の人間を殺すほうが死ぬよりマシだ!
ああ、でもヤムチャさんの計画だと一回死ななくちゃ……
でも今死ぬのはイヤだぁ!
洋一の頭の中では『生への渇望』が『人殺しへの恐怖』を次々と駆逐し始めた。
「本当かぁ?」
ヤムチャが疑わしそうな顔を向けても洋一は目を逸らさなかった。
充血して真っ赤になった目玉を大きく見開いて必死な表情を見せる。
追手内洋一らしくない根性。
生命への執着は、人を獣に変える。
(こんな情けないヤツが目を逸らさなかっただけでも、少しは信用できるか)
僅かばかりだが、ヤムチャの信用を勝ち取れたのはそのおかげだろう。
曰く。
普段情けない人物が見せる根性には一定の信用が置ける。
しかし、危機は去らない。
「変身できたとして、お前は俺より強いのか?
ま、言っちゃなんだが俺は地球人最強…………」
自慢げに実力を語りだす自信家に、ラッキーマンの強さをいかにして示すか。
洋一は無い頭を限界まで絞り切った。
「ヤ、ヤムチャさんは、ふ、ふふふ不幸に……運命に勝てると思いますかッ!?」
運命。
それは人間には干渉することができない神の所業。
世界を構築する歯車。
世界の道標。
予め決められた物語の台本。
「も、ももももし俺が幸運を操るヒーローに変身したらヤムチャさんはかかか、勝てると……
ひぃぃぃぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさい調子に乗りました!」
地面で額をゴリゴリと摩り下ろす音が響く。
めっちゃ怖い顔してるよヤムチャさん!
やっぱダメか! ついてねー!
「…………不幸、か」
と、洋一の予想とは裏腹に、頭上から降ってきたのは鉄拳ではなく呟きだった。
恐る恐る顔を上げると、ヤムチャが何やらブツブツと呟いている。
「……考えてみればそうだよな。俺の人生は常に不幸の連続だった……
ケチの付き始めは、女性恐怖症だった頃に運悪く
ブルマの裸を見ちまったこと。
それからもぶっ飛ばした女の子が牛魔王の娘だったり……
天下一武道会では参加した三回とも一回戦から優勝者や神と戦うはめになったり……
雑魚のサイバイマンにすら自爆されて……クソッ、何て不幸なんだ!」
サイバイマンに自爆されたのは不幸でもなんでもなく、ただのヤムチャの油断なのだが敢えて何も言うまい。
激しく悔しがるヤムチャを見て、洋一は光明を見出した。
「そ、そうですよね! 不幸には勝てませんよね! じゃあ俺を仲間に……」
「いや。それとこれとは話が別だ」
「つ、ついてねぇーーーーーっ!」
当たり前の話だ。
証拠がないのだから。
「うう……俺、また死ぬのかぁ……」
「だ、大丈夫だって! 俺が絶対に復活させてやるからよ!」
ヤムチャも、洋一には同情するほかなかった。
これが普通の人間だったら躊躇せずに殺しているのだろうが、未だ洋一の首は繋がったままだ。
この期に及んでヤムチャはまだ気付かない。
洋一に奇妙な親近感を持っている自分に。
微妙に躊躇しているヤムチャの前で洋一がポツリと呟く。
ゲームの最初に思ったことを。
身勝手な本音を。
ヤムチャと同じ、願望を。
「結局いつもどおり冴えないままか……活躍、したかったなぁ」
敵に襲われ、仲間を見捨てて逃げ出した。
その次は仲間に見捨てられ、敵にさえも見捨てられた。
更に、恩人を助けようとして逆に大怪我をさせてしまった。
この島に来てからロクなことをやっていない。
「ついてねー…………」
「…………」
――こいつ、俺と同じだ。
ここに至ってようやく気付く。
洋一は、数時間前までのヤムチャ自身であると。
「……ああくそ、仕方ねえな。仲間にしてやるよ!」
「へ?」
急に意見を翻したヤムチャにキョトンとする洋一。
そんな洋一に向かってヤムチャは手を伸ばした。
洋一を起き上がらせるために。
ヘタレから立ち直らせるために。
「いいか? お前はこれから死に物狂いで活躍するんだ。
勇気を振り絞れば汚名返上も夢じゃない」
どこか、自分自身にも言い聞かせるようなヤムチャの言葉。
「は、はい! らっきょが手に入ったら必ず!」
差し伸べられたヤムチャの手を握り、嬉しさを隠さずに答える洋一。
(ラッキー! きっと俺の命乞いがヤムチャさんの心の琴線に触れたんだ!
これでらっきょさえ手に入らなかったら、ヤムチャさんに守り続けてもらえるかも!)
ヤムチャが洋一に手を差し伸べた理由は、多分、同族に対する哀れみ。
尤も、ヘタレの程度は洋一のほうが何倍も上だったのだが。
「さて、これからどうすっかな」
ケンシロウの敵討ちという目的は消滅してしまった。
愛知県にずっと留まっていた洋一が言うには、二日目以降、愛知県に悟空や
ピッコロは現れなかったようだ。
「だとしたら、悟空がまだ中部地方にいる確率は低いかな……移動するかぁ」
「そ、そうしましょう! (ケンシロウさんに見つかったら殺される! ……恨んでるだろうなぁ、きっと)」
東と西、どちらに行くべきか。
桃白白に勧められた西か。
それとも東にとんぼ返りするか。
ブローノ・ブチャラティが死に、小指のジッパーが消え去った今となっては脅威もない。
が、指針もない。
「……こいつで決めるか」
ヤムチャはバスケットボールを取り出すと人差し指の上でクルクルと回転させる。
「ほっ!」
回転しながら空中に突き上げられたボールは、頂点で一瞬止まったあと下降を開始する。
一度地面に当たって垂直にバウンドしたボールは――――
――――東へと転がった。
「よし、関東に向かうぞ」
「うえぇっ! そんなんで決めちゃうの!?」
まあ、ヤムチャさんが守ってくれるなら何でもいいけど。
(とにかく、らっきょだけは見つけないようにしないと……ラッキーマンになったら戦うはめになるしなぁ)
追手内洋一は知らない。
まさに関東にらっきょがあることを。
これが運命。
これが追手内洋一。
「おい、さっきらっきょがどうのこうの言ってたが、らっきょがなくても戦うんだぞ」
「ええええええっ! 俺、らっきょがないと戦えないよ~」
「そんなことで汚名返上できると思ってるのか? 勇気を出せ!」
「わ、わかったよ~ で、でも素手じゃ人は殺せないし、俺、握力も弱いし、素人だし……
そ、そうだ。武器が手に入ったら喜んで戦うって!
あ~でも俺武器持ってないや……え? ヤムチャさんも持ってないの?
困ったなぁ~ 武器があればいくらでも戦うんだけど。ついてねー、ついてねー……」
この直後、禁止エリアの静岡県を避けようと北上した二人は、桃白白の死体を発見することになる。
当然、桃白白が身に着けていた脇差も。
これが運命。
これが追手内洋一。
「ついてねええええええええええええええええええええッッッ!!!」
【岐阜県南部/日中】
【DIO@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:脇腹に小ダメージ、首筋に浅い傷痕
[装備]:忍具セット(手裏剣×7)@NARUTO
[道具]:荷物一式×2(食料の果物を少し消費)、護送車(ガソリン無し、バッテリー切れ、ドアロック故障)@DEATHNOTE
[思考]:1.琵琶湖の小屋に移動。付近の地形(湖など)を使った戦闘方法を考える。
2.綾を使ってケンシロウを誘き寄せ、殺害する。
3.得体の知れない不快感。
4.太陽が隠れる時間を利用し、『狩り』を行う。雨が止んだら近くの民家に退避。
【愛知県北部/日中】
【東城綾@いちご100%】
[状態]:吸血鬼化、波紋を受けたため半身がドロドロに溶けた、マァムの腕をつけている、ちょっとブルー
[装備]:双眼鏡
[道具]:荷物一式×3、ワルサーP38、天候棒(クリマタクト)@ONE PIECE
[思考]:1.双眼鏡を利用してケンシロウを見つけ出し、琵琶湖の小屋まで連れて行く。
2.DIOを優勝させ、西野つかさを蘇生させてもらう。
3.真中くんと二人で………
【長野県/日中】
【追手内洋一@とっても!ラッキーマン】
[状態]:右腕骨折、全身数箇所に火傷、左ふくらはぎに銃創、背中打撲、軽度の疲労、鼻が折れた、左腕に擦り傷、額が削れた
[装備]:脇差
[道具]:荷物一式×2(食料一食分消費)
[思考]:1、ヤムチャの手伝いをする(戦いたくねー!)。
2、ラッキーマンに変身して参加者を殺す(らっきょ欲しくねー!)。
3、死にたくない。そのためなら人殺しも厭わない。
[備考]:ヤムチャはあまり洋一に期待していないため、悟空や斗貴子のことは話していません。
ドラゴンボールについての情報だけを話しました。
【ヤムチャ@DRAGON BALL】
[状態]:右小指喪失、左耳喪失、左脇腹に創傷(全て治療済み)、ジッパーは消滅
超神水克服(力が限界まで引き出される)
[装備]:無し
[道具]:荷物一式×2(伊達と桃白白のもの)、一日分の食料、バスケットボール@SLAM DUNK
[思考]:1.洋一を活躍させてやる(らっきょを使った変身にはあまり期待していない)。無理な場合は諦めて殺す。
2.参加者を減らして皆の役に立つ。
3.あわよくば優勝して汚名返上。
4.悟空・ピッコロを探す。
5.友情マンを警戒(人相は斗貴子から伝えられている)。
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最終更新:2024年08月11日 02:09