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名も無き乙女の昔話3

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地下へと続く階段を降りる。カツーン、カツーン
先祖伝来の城は今の時代の僕にとっては住み心地がいいものではない。
ベッドは無駄に広く。大理石の床は冷たく。父や母の部屋には遠かった。

父亡き後、この城を受け継いだ私は不便を感じながらも この城を手放す気にはならなかった。
ここは、見たことも無い先祖が代々、家族を護ってきた『家』だから。
見たことも無い先祖がどれだけ家族を愛し、『血』を引き継いできたのか
私は知っているから。

なぜ、私がご先祖の全てを知っているのか。
それは、ご先祖と共に生きてきた『存在』が地下で生きていたから。
私が生まれた時、いや、父や祖父が生まれた時にも
その『存在』、彼女が祝福してくれたと聞いた。
この家に生まれた全ての者は彼女に祝福され、その愛を受けとる。
そして彼女を残して、未来を託して死んでいく。
彼女は、全てを見て、全ての思い出を胸に抱いてきた。


「ばあさん、入るぞ」
「レディに向かって婆さんは無いものよ。そんな躾をした覚えは無いわよ」
「レディって歳でもないだろう。さすがに見掛けも色褪せているわけだし。私が生まれた時からの付き合いなわけだし」
「《生まれる前》からよ。マスター。この家の当主のことは最初の2代を除いて皆、生まれる前から知っているわ」
「何度も聞いたよ。まあ、いいでしょ。で、身体のほうはどうだ?」
「良くは無いわね。仕方ないわ。何事も永遠はありえないのだから」
「何度も言ってるけど、上で暮らさないか? 家族も望んでいるし。なんだかんだ言っても、ばあさんの姿が見えないと寂しいらしい」
「気持ちは嬉しいけど、遠慮しておくわ。貴方達が悪いわけではないのよ。
 何十年も前から身体の調子が悪くなってきて、最後の時が近いことを自覚した時にね、ここに来たくなったのよ」
「ここは、先祖の残した物をしまい込んでいるからね。甲冑、武具、馬鎧に普通の馬具。大砲に鉄砲。自転車、自動車。蓄音機から電話機まで置いてある。
 ちょっとした博物館だな……」
「ねえ、マスター。貴方にとっては古いくらいの価値しか無いのかも知れないけれど。
 私にとってはどれもこれも思い出のある品物だわ。この子達を使った代々のマスター達との大事な思い出。目を閉じれば、昨日のことのように思い出せるのよ」

目を閉じて、思い出を呼び覚ます彼女の顔は、子供の頃から見慣れた顔だった。
幼かった私は彼女にご先祖の物語を聞き、思い出の品を眺め、彼女の香りのするベッドで眠り、彼女の膝の上で食事をしていた。
弟や妹も同じことをしていたなぁ……。

「あの、プレートアーマーに悪戯したときは凄く叱られた覚えがあるなぁ」
「あれは……特別なんだもの、仕方ないじゃないか」
「思い入れ?」
「初代当主の遺品だってことは話したわね……。わたしが、この家に嫁いできた時のマスターよ。わたしもまだ少女だったわ……まあ、いいじゃない」
「惚れてた?」
「ま、まあね。いい男だったわよ。貴方のご先祖。おかげで、ずっとこの家に居ることになったわけだし」
「クスクス」
「笑うんじゃないのよっ。子供のくせにっ」
「子供って……世間では立派に一人前なんですけど……」
「私から見たら誰も彼も鼻垂れ坊主よっ。たかが20年や30年生きたくらいでっ」
「そりゃぁぁぁそーだろ!」

過去のご先祖とのロマンスをからかうと彼女は照れて怒り出す。老いたりとはいえ、耳を赤くして照れる姿はとてもチャーミングだ。
彼女と添い遂げることを望んでも、血を絶やすことを恐れる家柄はそれを許さず。
本人の意向と関係なく伴侶を娶り、血を残してきた。
いろいろ、あったんだろうに……。彼女は愚痴や恨み言を言ったことは無かった。

そんな日常を過ごしつつ数年が経ち、私にも自分の家族が出来て、血を受け継いだ子は彼女の祝福を受けることができた。
穏やかな日々を過ごし、私の子供も、かつての私と同じように彼女にご先祖の物語を聞き、思い出の品を眺め、
彼女の香りのするベッドで眠り、彼女の膝の上で食事をしていた。
そんな日々が永遠に続くものだと錯覚していた……。

『その時』は唐突にやってきた。

「マスター、家族を集めてちょうだい」
「どうした?」
「意識が薄くなってきたわ。どうやらわたしも、ここまでのようよ」
「なにを馬鹿なことを……」
「早く、家族を呼びなさい」

彼女に気圧されて部屋を出る。早く、早く―――




「みんな、来たようね。長い間、ありがとう。とても素敵な人生だったわ。貴方たちのご先祖から受けた愛情を
 わたしなりに精一杯伝えたつもりよ。みんな、これからも元気でね……」
「ばあさん……」
「マスター、貴方が小さい頃を覚えているかしら? 先代に叱られて泣きながらここに逃げてきていたわね……」
「貴女は私が泣き止むまで抱きしめてくれたっけ……。怖い夢を見て、眠れなくなった夜も……貴女の胸の中ではぐっすり眠ることができたよ」
「愛しているわ……My Boy。愛しているわ、この家の全てを……」

握る手から力が抜けていく……ああ……本当に……お別れなんだね……。
その時、けたたましい音を立てて先祖伝来のプレートアーマーが崩れた。代々の男たちが受け継いできたあの甲冑が。

「ああ! マスターっ!」

彼女の視線は私を通りすぎ、虚空を見つめていた。喜びの笑顔を浮かべて……彼女は逝った。
代々のマスターが迎えにきたのか……。
男達の魂が、彼女を連れて行く……。
さようなら……Grandma。私も、貴女を愛していましたよ……。

「おばあちゃん、居なくなっちゃったの?」

子供の声に我に返り、言葉を探す……

「おばあちゃんはね、帰ったんだよ……懐かしい人たちのところへ……だから――」





宝石乙女の物語を伝えよう。彼女が伝えてくれた物語を。彼女の愛情と共に。


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