「厨房に入ったはいいけど、えーと……まず何から始めようかなァ~?掃除っつったって『順序』ってもんがあるんだよなァ~、整理整頓とかさァ……」
そう呟きながら頭を掻く男が一人。
囚人番号、MA-57258。サンダー・マックイイーンである。職業は、レストラン『トラサルディー』店長代理。
もっとも、その職を得たのはほんの数十分前なのだが――

彼は自分の出来ることを考えていた。
トニオ店長に休息を与えるため厨房に入ったはいいが、『水族館』では厨房の掃除は囚人が行えるものではなかった。刃物や火を簡単に得られるためである。
つまり―――彼は調理場の掃除に関してはほとんど素人同然だったのだ。その事が脳裏をよぎり思わず愚痴る。
「はァ……幸先悪ィなあ……こんなんじゃいつまで経っても綺麗になんか出来ねェよ……死にたくなっ―――」
と、無意識にそこまで言いかけていた自分にハッと気付きブンブンと頭を振る。
「いや!ダメだ俺!ついさっきトニオさんと約束したばっかりじゃあねーかッ!くそッ!しっかりしろ俺!
 ……そう、まず掃除だ。とりあえずこの辺の邪魔なもんどかして、掃除用具探して、だな―――」
自分に言い聞かせるように一つ一つ言葉に出しながら作業するマックイイーン。
ぶつぶつと呪詛のように自分の目的を呟きながら作業する様はいささか奇妙ではあったが、彼はしっかりと仕事をこなしていきそうである。


* * * *



「えーと、このデカい剣は……さっきの箒頭のもんか。アブねぇけど、ここに置きっぱなしって訳にもいかねぇしなぁ。
 次は……ッと。何だこれ?『区』ってなんだよこの石。重てぇから気を付けないとな……
 この包丁はどうするんだろう……?箒頭相手にトニオさんが闘ったってぇのか?さすがトニオさんだぜ。
 しかしこれ、どうすっかなぁ~……うーん、でも料理に使うもんだし、とりあえず抜いとくか……ッと」
独り言を言いながら厨房の整頓を始めてからどれほどの時間が経っただろうか。十分か?一時間か?
それさえも気づかぬほどマックイイーンは“掃除”という一つの仕事に夢中になっていた。
壁に突き立った包丁の刃こぼれに気を遣いながら柄を握る手に力をこめ、引き抜く。
恐る恐るその先端を見つめ、傷どころか曇りひとつない刃先を確認するとほっとため息をつき、包丁が並べられた棚の中にそっとしまう。
ぱたん、と棚の戸がしっかり閉められたことを確認するとマックイイーンは振り返りあたりを見回す。

「あとは―――ん、なんだこの缶。スプレーか?」
ふと視線を落とした先に無造作に転がっているスプレー缶に気付く。
手に取ったそれはちょうど手になじむような形をしているが、何も記述されていない。
上から、下からと弄ってみるがやはり何も見当たらない。強いて言えばノズル部に“HP”と彫られているくらいだろうか。
頭を抱えるマックイイーン。外から眺めても何もわからない以上、中身を見ない事にはこれが何かを断定はできない。しかし―――
「えーっと……流石にいきなり厨房の壁はマズいよな。汚れ落としの洗剤とかなら丁度いいんだけど……」
そう。何かがわからない以上“どこに吹き付ければいいか”さえ分からないのである。
「うーん……いや、悩んでも仕方ねぇ。そーだな……とりあえず俺の靴の裏にでも吹いてみるか。カチっとな」
厨房の床が汚れないようなところに移動したのち、片足を持ち上げる。
塗装のためのスプレーだったり、妙な臭いがしたならば靴を脱ぎ捨てればよい。そう考えての事だった。
が、スプレーから噴射されたのは泡のような、ミンチのような……到底スプレーから出てくることは想像できないようなものだった。
「なっ、なんだよこの変なミンチみたいなやつッ!?くそっ!これじゃあウンコ踏んづけたみてーで歩きにくいぜ!
 ちっくしょォ~~、気持ち悪いけど引っぺがすか……」
片足で跳ねながら踵に付いた肉に手をかける。彼はこれがテープのようにぺりぺりと剥がれてくれることを想像していた。が―――マックイイーンの驚愕は止まらない。

「ん……え!?なんなんだこのミンチ!俺の指と混ざっちまったッ!!くそっ!訳わかんねぇ!どーなってんだよこれぁよォ~!?
 ……でも変だな、痛くも何ともねぇぞ。むしろ手が奇麗になった気がする?」

目の前で、いや、指先で起こったあまりにも非現実的な現象に驚きを隠せないマックイイーン。
しかし―――『スタンド』と言う存在を知った今、“非現実的”と言う事態に対し、彼は思いのほかすんなりと対応する事が出来た。
たった今起こった事実を否定せず、すべてを受け入れ、その上でこの現象に対しての解釈を進める。そして―――
「するってぇとなんだ、この“肉”は……絆創膏、みたいなもんか?傷口に吹いたら傷がふさがるとか……?」
マックイイーンはあっさりと、そして的確にこのスプレーの謎を解いてしまったのだ。
そして、自分の仮定が正しければ―――
「そうしたらトニオさんも治る……!?」
そう、恩人の命を救うためにこのスプレーを使う事が出来るかも知れないのだ。グッとスプレー缶を握りしめ彼のもとへ走りだそうとする。
そして……ある“確認すべきこと”を思い浮かべその足を止める。
「いや待てよ……実は毒だったとか言う可能性も無いとは言えないしなァ……箒頭で実験してみるか」
自分とは直接の縁がないとは言え、トニオを傷つけたであろう人物に対し治療になりかねない行為をすることに抵抗がない訳ではない。
しかし、この他の方法でスプレーの効果を確認する手立てはない。仕方がないと頭を切り替え再びスプレー缶を握りしめる。
厨房の外に顔を出すと、ポルナレフ――もっともマックイイーンは彼の名を知らないのだが――は未だに気を失っているようだった。
壁にもたれかかるポルナレフを見下ろせる位置まで慎重に近づき、傷の場所を確認する。
「さすがに目に吹いたらまずいよな、スプレーだし。ってことは頭か……気乗りはしないけど、やってみるしかねぇもんな。
 まっ……こいつはトニオさんにケンカ売ったんだ。死んでも悪いとは思ってやらねーぜ。よっ―――」
ひょいと顔面にスプレーを近づけ、ひと吹き。すると、先に自分が体験したようにスプレーから噴出された肉は見る見るうちに顔面の皮膚と一体化していく。
「……お、毒ではないみたいだな……って事は、中はどうだか知らねぇけどとりあえず傷口は塞がるッ!これはイイぞ!『アタリ』だッ!!」

飛び跳ねそうになる衝動を押し殺し静かに喜びを噛みしめる。
結果としてポルナレフを助けたことになってしまうが、マックイイーンにとってはそんなことよりも“トニオさんを助けられる”という喜びの方が圧倒的に大きかった。
胸の前で小さくガッツポーズをするマックイイーン。が、握りしめた拳の中、スプレー缶の重さの変化に気付く。真意を確かめるべく軽く振ってみるがやはり気のせいではない。明らかに残量が少なくなっているのだ。
「……こりゃあヤバいかもな……残りどのくらいだって穴開けて見る訳にもいかねぇし……うーん、せいぜい『あと一人分』ってところかな……?
 そしたらやっぱトニオさんに使うべきだよなァ~。これ以上箒頭に使ったら目ェ覚ました途端にトニオさんの事襲いそうだし、そこまでする義理もないしな……トニオさんの治療に使わせてもらうぜ。トニオさ―――」
と辺りをぐるりと見回しトニオを探すマックイイーン。トニオはポルナレフとはちょうど向い側、一番端のテーブルについていた。
しかしトニオは俯いたまま動こうとしない。まさかと思いダッと駆け寄る……が、どうやら不安が的中と言う訳ではないようだ。静かな呼吸音に安堵する。
「そうだよな、あれだけやり合った傷で起きてたら痛すぎてイカれちまうもんな。さて、どこに使おうか。とりあえず料理するんだから上半身優先で良いよな、腕とか」
そう独り言を言いながら先ほどポルナレフに対してそうしたようにスプレーのノズルを向ける……と、その時マックイイーンはふとトニオの“優しさ”を思い出した。
「いや……トニオさんの事だから『彼に使ってあげてくだサイ』とか言い出しかねないなァ。トニオさん優しいもんなぁ~~。
 そしたら―――ここはトニオさんに任せるか。後は……そうだな、これとこれで」
しばらくの沈黙の後そう言い残しテーブルにスプレーを置きその場を立ち去るマックイイーン。そこには先の掃除で厨房から見つかった一枚の紙切れが添えられていた。
『このスプレーは肉の絆創膏のようなものです。吹き付けたところに肉がくっついて傷口がふさがりますがもう残りが少ないです。うまく使ってください』
と書かれた紙が―――
さらに……トニオの肩には不格好ながらもマックイイーンの上着が掛けられていた。トニオから学んだ彼なりの“心遣い”の第一歩なのだろう――
「これで良し、ってトコか?変な置手紙になっちまったかなァ?……まぁいいか。わからなかったら聞きに来るだろうし。さ、俺は掃除だ、掃除――」
そう言いながら厨房に戻るマックイイーンの目は、つい先程まで些細な事で自殺未遂を起こしていた囚人と同一人物とは思えないほどに決意に満ち溢れていた。


* * * *



「―――ふぅ、これで大体いいか。掃除用具まで手入れしてるあたりさすがトニオさんだよなァ~~
 あとは開店の準備か……でも俺料理なんてしたことないし、まだトニオさん(箒頭もいるけど)寝てるからどうしようもないんだよなァ……何からやればいいんだ?」
額ににじむ汗をぬぐいながら一息つくマックイイーン。結局、床にこびりついて乾きつつある血液に手こずって結構な時間を費やしてしまっていた。

料理の“仕込み”やレストランでの“テーブルセッティング”等の教養は一切ないため、ここからは彼一人ではどうしようもない。
「仕方ない、トニオさんを起こそうか」
と声にならないような声で呟き厨房を後にする。その瞬間、“とおるるる・とおるるる”と電子音が室内に木霊したのだ。
「うぉッ!?何か今なったぞ?なんだ!?デイパック……トニオさんのやつからだッ!」
マックイイーン自身が言葉や音を発さない限り一切の雑音がないこの静けさ。それを破る第三者の登場にマックイイーンは驚愕し、その音の発信源と思しきデイパックに駆け寄る。
トニオとポルナレフは――疲労の方が勝っているようであった。あれ以来大きな出血等は見られないが相変わらず意識はブラックアウトしたままである。もしかしたら眠りについているのかもしれない。
「……いや、でも寝てる人のもの勝手に開けたらまずいよなァ~~……でも時限爆弾か何かかも……ちくしょォ、迷ってらんないぜッ!」
これがポルナレフのデイパックだったら全く躊躇わなかったのかも知れない。トニオのものだったから躊躇らったと言う可能性も勿論ある。
しかし、囚人時代にこそこそと、しかし躊躇わずに病人から金をくすねていた事を考えるとマックイイーンはこの数時間でほんの少し成長した、かも知れない。
閉じられたジッパーを引き裂くように開き思いっきり手を突っ込む。すると指に固い感触。今度は一切の躊躇いを見せずに“それ”をつかみ取り手を引き抜く。
「…………は、携帯?不在着信・1件って……ここ電波来てんのか?」
自分の焦りの結果が電話の着信だった、というくだらなさに思わず素っ頓狂な声をあげる。
と、同時に一つの率直な疑問が浮かぶ。電話回線が生きているのならば誰かと連絡が取れるかも知れない。考えがまとまると同時に店内にあった固定電話の受話器を耳に押しつける。
「鳴らねぇな……」
やっぱりか、という落胆と、ほんの少しの希望が遠のいた不安の入り混じった感情がマックイイーンを取り囲む。
しかし――彼はやはり成長の兆しを見せていた。悲観的になることなく携帯電話の有効活用法を模索し始めたのだ。
「うーん……かけ直す――はマズいよな。相手誰だかわかんねぇんだし。でもこれ何かうまく使えないかなァ……
 電話帳……二件か。でもまぁ、これに登録していない携帯だって無くはないんだろうしなァ~~
 でも死にたくはないぞッ!トニオさんのためにこの携帯を使って見せるッ!」
ぶつぶつ呟くマックイイーン。そうやって数分ほど悩みぬいた末に一つの単語が脳裏をよぎる。


予約―――


「あ、そうだ予約だッ!予約受付とかすりゃいいんじゃあねぇのか!?
 携帯は個人のもんだけど……ここの店の電話が繋がらねぇんならこれを代わりにすりゃあいいってことだろッ!?そう考えたらコレも『アタリ』だぜトニオさんッ!!」
自分の発想の勝利と言わんばかりに喜びの声をあげるマックイイーン。その声は眠る二人を気遣って小さなものではあったが、それでも自信に満ち溢れた声であった。
そうと決まれば彼のやるべきことはひとつ。“留守電の音声対応を自分の声にする機能を探し出し、録音する”だけである。
機械だとか携帯電話だとかに詳しい方ではないものの、ボタンを弄り回すうちに目当ての機能を発見した。
「えーなになに……『最大1分まで応答内容の録音が可能です。その後発信音が鳴り通話時間となります』か……1分。うーん、予約で聞くんならなんだ、名前と―――」
自分に言い聞かせるように電話の機能と録音すべき内容を何度か復唱する。そして……ボタンを押した。


* * * *



レストラン・トラサルディー。
その店内にはテーブルを磨く男が一人。
囚人番号、MA-57258。サンダー・マックイイーン。職業―――店長代理。
彼は自分のやるべきことを見出し、自殺への衝動を抑えながら現在は厨房を出て店内の掃除をしている。
「トニオさん、そろそろ起こすかな……いや、まだいいか。あんまり騒がしくならない程度に掃除と整理してれば自然に起きてくるだろ。
 さてと、掃除掃除―――ん、そろそろ六時か。放送とか言ってたような……この状況、誰も来なかったって良いことなんだろうけど店としてはどうなのかなぁ……
 ま、いいか。トニオさんが起きたらその辺も考えよう。あ、いや待て放送の時に起こした方がいいかなぁ?箒頭もいるけど」
鼻歌のようなトーンでそう呟く彼は随分とその職に慣れてきているようである。


* * * *



お、お電話ありがとうございます。レストラン・トラサルディーです。
えー……ご予約のお客様は、お名前と人数、あと……ご来店予定時間を発信音の後にお伝えください。
お客様のご来店をお待ち…あ、いや、心よりお待ちしております―――




【最強のシェフと最狂の囚人と最凶の剣士】
【E-5(レストラン・トラサルディー)・1日目 早朝(放送の少し前)】

【トニオ・トラサルディー】
[時間軸]:4部終了後
[状態]:右腕・左肩・右足太股・脇腹に一ヵ所、右肩に二ヵ所の刺し傷(いずれも割りと深い。衣服で一応は処置済み)、半裸にマックイイーンの上着が掛かっている、睡眠
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・状況]
0.仮眠中なので一時思考停止
1.マックイイーンを励ましながら、彼と共に対主催の人に振る舞う料理を作る
2.対主催の皆さんに料理を振舞う
3.自分とポルナレフの怪我を何とかしたい
[備考]
1.レストランにある食材のうちいくつかが血液でダメになった可能性があります
2.衣服の他にも店内にあった救急箱で多少の応急処置(若干の消毒等)はしましたが完全ではありません。

【サンダー・マックイイーン】
[時間軸]:エルメェス戦中
[状態]:精神的に不安定(現在は若干安定)、トニオ(の料理)に依存、掃除中
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・状況]
1.オレはトニオさんの下で幸せになる
2.トニオさんのためになることなら“なんでも”する
3.あの箒頭(ポルナレフ)をどうするか考えながら厨房を掃除する
4.放送になったらトニオさんを起こそうか
[備考]
1.マックイイーンはトニオの存在を心の支えにし、死ぬのをやめようと考えていますが、まだ不安定なため何かの切っ掛けがあると反動で一気にネガティブになる可能性があります
2.マックイイーンは『ハイウェイ・トゥ・ヘル』の能力を把握しています

【J・P・ポルナレフ】
[時間軸]:3部終了後
[状態]:気絶(寝てる?)、失明?(トニオの血液が目に入っただけの一時的なものか飛び出した血管が当たったことによる長期的なものかは不明)、頭部の出血は回復
[装備]:無し
[道具]:不明(戦闘や人探しには役に立たない)
[思考・状況]
0.…………
1.仲間を集める
2.死んだはずの仲間達に疑問
3.J・ガイルを殺す

【レストラン・トラサルディー店内】
厨房:綺麗になった。備品・食材がどうなったかは不明(マックイイーンは食材を未確認)
店内:現在掃除中。
店内の隅に、『LUCKとPLUCKの剣』『ローリング・ストーン(ズ)』『トニオのデイパック』『ポルナレフのデイパック』が置かれています
店内テーブル上に『クリーム・スターター(とマックイイーンのメモ)』『携帯電話』が置かれています
二つのテーブルにトニオとポルナレフがそれぞれ座っています
[クリーム・スターターについて]
能力と制限:傷の治療に使用可能。消耗品。『使用者の肉』は霧状にならない。内容量は最初から缶に入っている分のみ。
現在:マックイイーンが能力を把握。メモ書き(ローリングストーンが入っていたエニグマの紙)を添えてテーブルの上に置いてある。内容量はおよそ後一人分くらい。
[ローリング・ストーンについて]
能力と制限:能力は完全に制限されておりただの馬鹿デカい文字入りの石。マックイイーンは『凶』を『区』と読み間違えた。
[携帯電話について]
もともとはトニオの支給品。
現在、留守電状態。録音の音声対応はマックイイーンの声に変っている。
マックイイーンの推測では『電話帳登録以外の携帯がもっとある“かも”』とのこと。携帯の存在については以降の書き手さんにお任せします。

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41:シルバーチャリオッツv.s.パール・ジャム J・P・ポルナレフ 119:トニオのスーパー料理教室
41:シルバーチャリオッツv.s.パール・ジャム トニオ・トラサルディー 119:トニオのスーパー料理教室
41:シルバーチャリオッツv.s.パール・ジャム サンダー・マックイイーン 119:トニオのスーパー料理教室

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最終更新:2010年10月12日 11:56