「ひぃああああああああああ、たすっ、かかか、うわああああああああああああああああああああああああああ」

東からやって来た叫び声にアバッキオ、そしてたった今ここへ辿り着いた徐倫とイギーは顔を向け警戒を深める。
男、声から辛うじてそれだけは理解することが出来た。
けれどもそれ以外のことは一切知ることが不可能である。
眩しい太陽の光が届いているにも拘らず、徐倫たちは男の顔も髪型も、体型すらも分からなかった。
白日の下へと晒された男の体、それはおぞましい緑色に包まれていたから。
二人と一匹はスタンドを出すことすら忘れてその場に立ち尽くす。
そしてアバッキオの2m位手前で男は崩れ落ち、それでも手を伸ばそうと足掻いた。
助けてくれ……その断末魔と共に彼の手は地に墜ちる。
もう手遅れだ。
無残にも散っていった命に徐倫は唇を噛む。
悔しさを噛み締める徐倫とは対照的にアバッキオはあくまでも冷静を保っていた。
隣のイギーへと視線を落としてみる。
唸り声を上げながら死体を睨んでいた。アバッキオの背筋に冷たいものが走る。

(コイツは……カビなんだよな? あぁ、見た目からして一発で分かるな。
 だが問題はそこじゃねぇ、カビのスタンド使いの本体はどうしてこいつを逃がした?)

スタンド使いは極力能力を隠し通すというのは常識。
アバッキオが現在進行形で行っていることでもある。
それだけに正体を丸出しにしているこのカビに塗れた死体の存在に疑惑が纏わりつく。
ここまで追い詰めていたのならばトドメを刺すのに一手間すらかからない。
ならば何故? アバッキオの推理は続く。

(相打ちみたいな形でスタンド本体がやられちまったのか?
 いや、それはないな。そうだったらスタンドであるだろうこのカビは消えるはずだ。
 本体があえて逃がした? 逃がしても大丈夫な何かがあった?)

ここでアバッキオは顔を上げる。
その額に浮かぶ冷や汗は最悪の予感で引き攣った顔を流れ落ちる。
後ろを振り返り、依然呆然と突っ立っている徐倫と嫌な予感に唸るイギーへと叫んだ。

「ここから離れろ! 詳しくは後で話してやる!」

スタンドの視界で後方を警戒しつつアバッキオは走り出した。
咄嗟の事に面食らった一人と一匹も遅れて駆け出す。
2、300m程離れた民家へと辿り着き、肩で息をしつつ鍵の閉まっていないドアを開ける。
玄関に踏み込み、土足という事を気にもせずに三人は住民のいない家屋へと侵入した。
全くと言っていいほど疲れを見せないイギーはすぐさま居間へと駆け出しソファーに飛び込んだ。
一方、アバッキオは居間を無視してフローリングの廊下を歩き続ける。

「もういいでしょアバッキオ。そろそろ説明をしてくれないかしら?」
「ちょっと待ちな、ゆっくり話すのはまだだ。今は風呂場がどこにあるか探させてもらう」
「風呂場ァ!? あんた一体何考えてんのよ?」

素っ頓狂な声をあげる徐倫。
軽く舌打ちをしつつもアバッキオは自身の仮説を簡潔に伝える。

「さっきの男の死体はカビに覆われていただろ?
 俺が本体だったら自分の能力を触れ回っているようなヤツを放っておいたりはしねぇ」
「つまり、本体があの人を放置したって言うのは何か狙いがあったってこと?
 ……分かったわ。感染、カビの感染をあなたは危惧していたのね」
「意外と物分りがいいな。後で全身隈なく確認するぞ
 俺には緑の服を着こなすセンスなんざないんでな」

うんざりしたような口調のアバッキオに徐倫は言葉を返さない。
瞳の奥に深いものを隠しつつ、ただ一歩一歩を踏みしめていった。
程なくして二人は脱衣所を見つける。

「どうやらこのボトルが殺黴剤ね。スタンド相手にどれほど効果があるかはわかんないけど」

徐倫の指先にあるプラスチック製のボトル。
何故日本語が読めるのか? 喉元に競り上げる疑問をグッと抑えた。
そしてアバッキオはそれを掴むために軽く腰を曲げようとし――――――――――彼の右手の先から緑が噴出した。

「ちっ、やっぱり感染してやがったか!」

さっきよりもより大きく舌打ちをし、伸ばしかけた腕を即座に引っ込める。
瞬時にして黴により“食い散らかされた”指を顔の前にかざし観察してみた。
が、さほど植物に詳しいわけでもないアバッキオはすぐに視線を外し、徐倫と向き合う。
目線でアバッキオの意図を理解し、徐倫はイギーのいる居間へと足を運び、アバッキオもそれに倣った。
二人がたどり着いた時、相変わらず彼は柔らかなソファーの上でくつろいでいた。
カビにやられてなかったことに安堵する徐倫と、彼の暢気さにあきれ返るアバッキオ。

「ゆっくりしているところ悪いが非常事態だ、お前にも協力してもらうぜイギー」

彼の言葉に胡散臭そうな様子で顔を上げるイギーであったが、差し出されたアバッキオの右手の異常に事態の火急さに気がつく。

(なるほど、俺様の鼻に頼りたいってことか。いいじゃねぇか、不快な臭いがぷんぷんするけどやってやるぜ。
 コイツはともかくジョリーンと俺の命がかかってる以上はキッチリいかねぇといけねーしな!)

軽く頷きソファーから飛び降りようとする小さな体を、女性らしい美しい手が制した。

「追跡にはまだ早いわアバッキオ、イギー。私達が最初にやるべき事。
 それはこのカビの発動条件、発生条件といったほうがいいかしら。
 とにかくそれを探り出すことよ」
「カビの発生条件か……確かに現在だと発生したのは俺の右手だけだ。
 その時の侵食速度を考えれば右の指だけで被害が収まっているのが不思議なくらいだな」

アバッキオが相槌を打ち、イギーが唾を飲む。

(こいつら……かなり戦闘慣れしてんじゃねーかよ!
 水のスタンドやNYの野良犬どもとしか戦った俺よりも遥かに!)

「死体からの距離はそう変わらなかったし、風も無かったんだから条件に変わりが無い。
 要するに私たち全員が感染しているはずだってことね。
 アバッキオだけにカビが発生したのはボトルを拾うときに何らかの条件を満たしてしまった事。
 私が以前戦った“ヨーヨーマッ”ってスタンドが二人きりになった時にだけ謎の攻撃を仕掛けてきたように」

徐倫と二人の視線が同時に合った。
そして彼らは彼女の瞳より黄金の意思を見出す。
時、場所は違えども仲間たちが変わらずに持っていた星屑の輝きを。
怒りに震える唇と共に彼女は言の葉を紡ぐ。

「カビのスタンド使い……会った事もないけれどもこれだけは分かるわ……そいつがとんでもない糞野郎だってね。
 あんな……あんな残酷な死をッッ!」

徐倫の肩が震える。

「更にそいつのカビは周りの無関係な人にまで厄災を撒き散らす!
 自分は遠くの場所でのうのうとしながら! そんなヤツを許すわけにはいかないの、私が……私が裁く!」

最後は半ば叫ぶかのような形で彼女は胸の内を吐露した。
そして何故かイギーは彼女の中に空条承太郎の姿を見出す。

(何でアイツの姿が浮かんでくるんだ? 姓が同じだからか? かといっても、全然似てないだろうが。
 あれの鉄面皮っぷりとジョリーンのコロコロ変わる表情を比べたら血のつながりどころか、同じ種族であるかすら怪しいぜ?)

首を横に振り、あまりにも唐突な考えを頭から振り払う。
隣ではアバッキオがソファーに腰掛けようと体を投げ出し―――――――その背中からカビが湧き上がった。

「ストーン・フリー!」

徐倫の腕の一部が糸へと変わり、糸は縒り合って綱となる。
アバッキオはムーディ・ブルースの右手でそれを掴むも、勢いの付いた体はなおも後ろへ倒れようとする。
死を覚悟するアバッキオであったが、彼の体はすぐに柔らかい何かで受け止められた。
視線を後ろにやってみると、自分の身を支えているのは砂の塊。
徐倫の糸を頼りに立ち上がり、彼は二人に礼を述べる。

「助かったぜ。こればっかりは礼を言わないわけにゃあいかないよな」
「仲間なんだから助けるのくらいは当たり前じゃないの。
 それに敵の能力の条件も分かったしね、『下に行った事』これが原因でしょ?」

怪我の功名ね、と言って意地の悪い笑みを浮かべる彼女の指先にもアバッキオと同様のそれが。
僅かにだけであるが苦笑いを浮かべ、彼はイギーにも謝礼する。
大した事やってねぇよと言わんばかりにスタンドの前足を軽く振り、イギーはザ・フールの砂を動かす。
隣接する形で積まれた砂の土台は少しばかりソファーよりも低かった。
しかし、イギーは躊躇せずにソファから砂の山へと足を踏み出す。
息を呑む徐倫であったが最悪の事態は訪れない。
何食わぬ顔でイギーは現在の足場よりも更に低い足場を造る。
十秒かそこらだけ待ち、新しい足場へと足を掛けるイギーの行動に疑問を感じたがそれはすぐに氷解した。

「なるほどな……確かに歩く際も多少の上下はあったが足や全身にカビが生えることは無かった。
 要するにこのカビの感度にはある程度の限界があるみたいだな。俺たちが小さすぎる音を聞き取れない様に」
「それだけじゃないわ、ただゆっくりと下げていくだけじゃその内カビの方も感知する。
 この子は新しい足場で少しだけ時間を置いてカビの基準をリセットしてから降りてるのね」

改めてイギーの知力に舌を巻くと共に、二人は彼の行動に込められた意味にも気がついた。
カビの能力に存在する穴、とても大きなヒントを彼は伝えてくれたのだ。

(しゃべれねーってのは厄介だぜ本当。
 だがな、俺だってあのまんま寝転がりっぱなしってわけにもいかなかったし、ついでってヤツだ)

イギーが無事に床へと足を乗せスタンドを解除する。
それと同時にこの場の全員の頭を違和感が過ぎった。
何か、何か大切なことを見逃してしまっている気がするのだ。
けれどもそれが何であるかには気が付くことができない。
モヤモヤしたものを抱えながらアバッキオは話を切り出した。

「なぁジョリーン。お前がこのスタンド使いだったらお前は上に行く? 下に行く?」
「下に行って発動するんだから誰も来ることのできない下に行きたいわね、最もここに“下”があるかは疑問だけど。
 それに、地下に潜ったら多分地表までカビを蔓延させるのは不可能になるでしょうしね」
「そう、だからこそこの辺りに存在するかどうかは置いといて俺はヤツが“上”へ向かうと考えたんだ。
 襲撃された時も突き落とすだけで瞬時に決着だ。なんせあのスピードで食われるんだしな」
「下に落とせばカビに塗れて死ぬ?」

徐倫が顔を伏せて訝しげな表情をする。
脳内で情報という名の歯車が噛み合い、彼女の頭上で電球が光った。

「そうよアバッキオ! 最初の男の存在、そもそもそれがおかしかったの!
 ほんのちょっとだけど私も食われたから分かるわ! あれだけ覆われてちゃ動けるはずなんて無い!
 あれだけカビまみれになるにはある程度の高さから降りないといけないわ、
 だけどそしたら何もかもを食われてあっという間に死ぬはずだもの!」

気がついた事実に熱くなる徐倫の言葉を受け、アバッキオとイギーは目を丸くする

「分かったぜジョリーン。つまりは最初の男がスタンド使い。お前はそう言いたいんだろ?」

汗が徐倫の額を伝い、顎を伝って床へと落ちた。
居ても立ってもいられない、そんな感じの様子で彼女は外に飛び出そうとする。
しかし、彼女の動きは大きな掌に肩を掴まれた事で強制的に止められた。

「アバッキオ、行くなって言うなら無駄よ。掴みかけた敵の手がかりを逃す趣味はないもの」
「大丈夫だ、追跡は始める。ただしやるのは俺だ。お前は安全な所にいって誰かにこのスタンドの概要を伝えろ。
 俺のスタンドは“追跡に特化している”さっきスタンドを見せてくれた礼だ。これは教えておいてやるぜ。
 ここで一番まずいのが俺たちが全滅して相手が一人勝ちになる事だ。さぁ、お前はイギーと安全な所に避難してな」

アバッキオを一人にさせておきたくはない。
けれども彼の言う事も正論だ、自分のストーン・フリーには追跡への確実性はない。
相手も馬鹿ではないだろう。今頃はどこかに隠れているか離れたところで何食わぬ顔をして被害者ぶっているかのどっちかだ。
こういって躊躇っている間にも時間は過ぎ去っていく。
アバッキオは無言で彼女の前を通り過ぎて玄関へと向かう。
ふと、彼女の胸に痛みが走った。
母親を、エルメェスをエンポリオを失った時のあの痛みを。
追跡をするという事は敵スタンドと対峙すると言うことに直結する。
そして、戦闘になれば彼が生きて帰ってくる保障はどこにもない――――

「待って!」

今度は徐倫がアバッキオを肩を掴んだ。
少し怒ったような表情で振り返るアバッキオに徐倫は言葉を失う。
自分だったら、自分であってもスタンドが敵の探索に向いていれば、そうであれば死地へと向かってしまうだろう。
彼の瞳には覚悟が宿っていた。自分の詭弁じゃ突き崩せない覚悟が。
けれども彼女は口にせずはいられない。

「あなたのスタンド……さっき私の糸を掴む時に出したでしょ? あの時気付いたの。
 人型ではあるけど近距離パワー型ではないって。能力もあまり戦闘向けじゃなかったりしない?
 そんなんじゃ無理よ! 私はアンタに死んで欲しくないの!」

徐倫の制止もアバッキオに届く事はない。
ただ、小さく心配するなと言ったっきり徐倫を引っ張ってでも進もうとする。
涙すらも浮かべそうな彼女に不安を覚えつつも、アバッキオは的確な判断をしようとした。

「イギー。ジョリーンの事は頼む」

この言葉には他意はない。
だが、何気ない一言は徐倫の心を確実に抉り取った。
自分は守られる存在だと思われているのだと分かってしまった。
悔しさに顔が歪む。
しかし、空条徐倫は悔しさに挫折してその場に倒れ臥すような人間ではない。
例え時間がかかろうとも己の足で立ち上がり、より高みへと登ってゆく人種だ。
彼女の目に炎が宿る。
そしてカビが付着する事を覚悟しながらメモ帳に手を伸ばし―――――砂によってその手を止められた。
砂の正体を知る彼女はイギーの瞳を見た。
“自分が行く”はっきりとした決意が彼の目からは感じ取れる。

「よしイギー、お前が来い。能力がばれても喋れないお前なら問題ないしな。
 命を懸けることになる、死んでもおかしく無い。覚悟は決めてるんだろ?
 それにそっちもお守りは無くても大丈夫だなジョリーン?」
「ええ、それでいいわ」

正直に言えば自分が行きたかった。
イギー、傷ついた彼女を慰めてくれた優しい彼を死地へと送りたくはなかった。
けれども、覚悟を決めたものに対して言う言葉はない。
さっきとまったく同じ感想。
さっきとまったく違う意思。
仲間だから、信頼できるから彼らを送り出す。
だからこそ徐倫は泣き顔も、怒り顔も見せたりはしない。
ただほほえんで、微風の中で静かに佇んでいるように柔らかにほほえんで。
これから戦場へ赴く戦士を見送る。

「私も誰かに情報を渡したらすぐに戻るわ。だから、二人とも」

無茶をしないでねとは言わない。
敵スタンド使いと戦う以上は無理を通さなくては勝利を掴むことはできないから。
いざとなったら逃げてとも決して言わない。
彼らの覚悟を踏み握るようなことを言うのは許されないから。
勝ってきてねとも言えない。
勝つだけじゃ意味が無いから。
だからこそ彼女はこう言う。

「絶対に勝って……帰ってきて」

勝つだけでもなく、生き残るだけでもなく、勝って生きて帰る。
自分のディバッグに最小限の食料と水、地図に名簿だけを詰め支給品やその他の荷物をアバッキオへと手渡す彼女の手はもう震えてはいなかった。

(面倒な事を押し付けやがるぜ! が……帰ってきてやるよジョリーン。
 お前の泣き顔なんてもう二度と見るのは勘弁だからよ)

一度だけ振り返り、ワンと鳴くイギー。
それと反対ににアバッキオは振り返りもせずに歩いていく。
徐倫には分かる、彼にも自分の願いは通じてくれたことを。
あえて無視するのはきっと照れているのだろう。

「じゃあ、いってきます。そしていってらっしゃい」

彼らの出発を一陣の風が後押しした。


☆  ★  ☆


風が吹いてきやがった、どうやら自然さんまで俺を急かしているみたいだ。
本当にしょうがねぇ~な~。とっとと決断するとすっか。
……よし! 大人しく出てって話し合うことにしよう。
そもそも“まだ”俺たちには対立する必要はねーんだ。
この女にも、犬っころにも、アバッキオとすら俺は戦う必然性がねぇ。
まぁ、後数時間遅く着てたら血みどろになるのは間違いなかったけどよ。
俺達暗殺チームの存在はばれてるだろうが、細部の情報までは与えてねぇ。
それに火種の元だったトリッシュも死んじまった。
今ならブチャラティチームの面々とだって友好的になる機会はある。
ああ、弱気になってるのは分かってるさ。
だけどなぁ、ギアッチョは間違いなくそれで死んだんだぜ?
むやみやたらに殺ったって何時かは限界が来るさ。
優勝を狙うにしたって、チームの野郎どもがいる限りはできねぇしよぉ。
頭を使う。
戦闘だけじゃなくって立ち振る舞い全てに、これができないやつからこの殺し合いではリタイヤするってヤツだ。
でだ、決断したところでここからが頭の使いどころだぜ~。

どうやってアイツらに俺を信用させるか、それが問題だ。

見ず知らずの上に明らかに人相の悪い男、これを無条件で信頼できる聖人君子がいたらそいつだけは仲間にしたくないね。
そんなヤツが許されるのはガキの内さ。表でも、裏では特にそんなヤツはいい餌だ。
まぁいい、それは置いとくとするか。
別の問題としては勘がいいヤツっていうのは俺が堅気じゃねー事に気がついちまうんだよな~。
隠そうとしても隠し切れない何かっていうのは案外気がつかれやすいってんだから本当に厄介だぜ。
んっとうにしょうがねぇ~な。
ポルポのデブは確か口癖みたいに信頼が最も大事とか言ってやがったんだよな。
ちっ、テメェが一番信用できねぇ野郎だってのに調子こいたこと言いやがって。
っと変な方向に逸れちまったな。考えを元に戻すぞ。
襲撃しない以上は“機”っていうのはいくらでもある、むしろ自分で作る必要があるからな。

絶対に他者を信用しない連中って言うのはありえねーんだ。
現にアバッキオやもう片方と行動を共にしてるんだからな。
けれども信用を勝ち得るためには現状で二つの条件がある。
一つはこの殺し合いが始まってからずっと行動していたってこと。
もしかしたら腹の探りあいをずっとしている連中もいるかもしれねーが、時間と共にくる信頼ってのも意外と馬鹿に出来ねぇ。
殺し合いの恐怖は誰にだって存在するだろう、実際俺だってちょっとはビビッてるさ。
だからこそある程度の会話と同伴したって事実だけでコロッといっちまっててもおかしくない。
むしろそっちのほうが自然なくらいだ。
そして二つ目が他人の為に命を張って行動する事だ。
これをやられてまだ相手を信用できないヤツがいればそれは相当な根暗ってヤツしかねぇ。
少なくとも俺は一応だが信頼を置くだろうな。
計算高いヤツでも自作自演じゃない限りは命を危険に晒したりはしないだろ。
それに計画を立ててやったとしても、そんな無茶をやれば確実にどっかで確実に綻びが出る。
だが、一番手っ取り早い行動であるってことも確かだ。

っていっても支給品確認すらできない今は自作自演が不可能なのは分かりきってるんだよな。

この際、自分の素性から何から全部ぶちまけてみるか?
トリッシュがいない今は殺しあう必要がないってな。
……馬鹿か俺は。相手は“ボス”の部下、何があっても俺達の“敵”には違いない。
どうしろってんだ畜生! しようがねぇよ本当に。
この際時間はかかっても時間を掛けて信頼を勝ち得る戦法を取るか?
ああ、それしかねぇな。


っておい! いきなりどこへ行こうってんだよ!
アバッキオのところか? まったくしょ~~がねぇ~~~なぁ
んで、元のサイズに戻って女たちを追跡したのはいいんだけど何でターンするんだよ!
気配消してようと実際に肉眼で見られちゃどうしようもねぇだろうが!
しょうがねぇ~なぁ~。自分の体をリトル・フィートで縮小。
植え込みの陰に隠れて事無きを得たぜ。
まぁあんだけ焦ってちゃ普通に道路にちっさい人間がいても気付くかどうかは微妙だがな。
って事で俺はまた窓のサッシの上で奴らの会話を盗み聞きしている。
これで分かったのは、カビを操るスタンド使いがいる事。
そのスタンドのカビは人から人へと感染する事。
そして、そのカビは低いところへ行くと感染することが分かった。

………ヤバイ、ヤバイぞ

この状況は非常にやばすぎる。
感染するってことは俺も十中八九アウトだ。
しかし俺が今いるのは窓のサッシの上、明らかに地面よりも高いところ。
飛び降りれば間違いなく死ぬ。話を聞いた限り間違いなくカビまみれだ。

「しょ~がねぇ~なぁ~」

溜息と共についつい心の苦しみを声に出してしまった。
このまま飛び降りてホルマジオ、カビに包まれてリタイアってのだけは絶対にゴメンだ。
ってよりも戦いからリタイヤどころか命がリタイヤする。
かといってこのままサッシの上でカビ使いの本体が死ぬか、殺し合いが終わるのを待つってのはあまりにも馬鹿らしい。
……カビの胞子って言うのは自分よりも小さい物質にはつくのか?
流石に自身よりも小さい物質に取り付いてってのは……ないよな?
これからやることは賭けだ。
サイズ的にしくじったら確実に死ぬ。もしかしたら縮む際に“下がる”ことで死ぬかもしれない。
が、俺は相棒の縮小スピードに賭けるぜ、ああ賭けてやるぜ。
てめぇらはいつもくだらねー能力だって言うけどな、やってやろうじゃねぇか。
小細工無しの純粋な能力勝負だ。

「リトル・フィートッッ!」

縮む俺の体にカビが纏わり付く。
咆哮をあげながら俺は自分の体を縮める。
そして、俺は賭けに勝った。
周りには幾つもの気持ち悪りー緑色の粉がぷかぷかしてやがる。
嫌なもんを見てげんなりしながら、俺は自分の体をチェックしてみた。
異常はない、表皮の所々がカビにやられて出血したが俺的には軽症の範囲だ。
案外無事に済んだことにホッとしつつ、電車で使ったようなパラシュート戦法を再度使って草地へと軟着地。
そしてスタンド能力を解除して軽く一息。

「さぁて、俺はアバッキオ達の方を追おうかね」

盗み聞きした会話からアバッキオと犬(イギーだったな)が本体を叩きにいくと知った。
内容は知らないが、追跡には非常に向いている能力らしい。
さっきから見ていて頑なに見せるのを拒んでいたアバッキオのスタンド能力を知るチャンス。
今後戦うかもしれない相手の能力を確認しとくってのは決して悪いことじゃねぇ。
それに、カビのスタンドのほうも中々厄介だしな。



☆  ★  ☆



食われないとは言っても自分の体をカビ塗れにするってのは気持ちいいものじゃないな。
それにあんな無様な悲鳴を上げるのは俺の趣味じゃない。
やはり悲鳴というものは他人の物を聞くのが最高ってヤツだ。
俺の笑みは張り付いたまま取れようとしない。
楽しみだ! 実に楽しみだ! レオーネ・アバッキオと仲間の二人が死んでいくのが!
さて、そろそろ連中を追いかけるとしよう。 と言ってみてもそんなには離れてないんだがな。
茂みの目立たない位置に置いておいたビデオカメラが奴らの行く先を示してくれる。
それにしても……この女、空条徐倫とやらは実にいい表情を見せてくれる!
追い詰めていくならばこういう女が一番楽しいんだろうな。
おっと、それにもう一つ思わぬ収穫って奴だ!
確かこいつはホルマジオ……暗殺チームの一員だったか?
ヤツもアバッキオを狙っているのか。フフッ、人気者ってのは本当に辛いなぁアバッキオ。
そろそろ行動に移るとしよう。
向こうにはイギーとかいう犬がいたはずだがなんら問題はない。
我がグリーン・ディの胞子が舞っている以上はこの一帯で嗅覚などあってないようなもの。
奴らが入っていった民家の向かい側へと行って玄関を観察する。
待ち時間など苦にならん! これから何が起こるのか? 考えるだけで胸が踊る!
さぁ出て来いアバッキオと仲間どもよ! まさか民家で全滅してるとなどは言うまいな!

そして向かいのドアがゆっくりと動く。
どうやらまだカビで死んだやつはいないようだな。が、アバッキオの右手を見るに感染はキッチリしてるようだ。
これから連中はどう動く?
やみくもに本体である俺を探すのか?
それとも俺の正体に気がついて俺を追跡するか?
……後者のようだな。ならば俺のグリーン・ディの能力には気がついたのか?
アバッキオと犬は“俺”が倒れていた所へ、もう一人の女は保険かしらないが西へと走っていった。
恐らく万が一の事があっても全滅だけは避けて俺のスタンドの情報を誰かに託すってやつだな。
間違ってはいない、むしろ限りなく正解には近いのだろう。

「……だがな」

口元がまた緩んでしまった。まったくここへ着てからというもののずっと笑いっぱなしじゃないか。
あぁ、なんて素晴しい世界! 実に楽しい環境だ!
次の放送で、もしくはここに帰ってきたとき仲間の死を知ったらあの女は如何なる表情を見せる?
間違いなく言えるのは、女が素晴しい反応を見せてくれるってことだな。
まぁ、それは後の楽しみ。いわゆるメインディッシュってやつだ。
アバッキオのムーディ・ブルースは本体を狙われると弱い俺にとってはかなり厄介。
今頃は“あの死体”をリプレイしているんだろう。
そして俺の素顔と行く先を暴いてヤツは俺の元へとやってくる。
この家に長居するのは少々よろしくないな。

とりあえず外に出てみたものの、特に行く当てがあるってわけでもない。
目的ならばハッキリとしているんだがな。
『アバッキオと犬をこの場で逃がさずに始末する』
俺が逃げるんじゃない、逃げられないように確実に勝てるように適度にひきつけるだけだ。
それに―――――――


網にかかった獲物をみすみすと逃がしてやる間抜けな蜘蛛などこの世にいまい


リボルバーに込められた弾を確認し、右手に携える。
さぁ来いアバッキオ。
俺を追跡して討伐しようとした事を後悔させてやろう。
貴様の、自身の無残な死でな。


☆  ★  ☆


くそっ、気分が荒れる。一体何なんだこの苛立ちは!
使えない、それどころか狂っているヤツが一人死んだ。ただそれだけじゃないか。
男の世界だと? そんな狂人どもの価値観を私は断じて認めんぞ!
生き残ったものこそが勝者、どんなに格好のいい死に様を晒したとしても負けは負けだ。

じゃあ、炎の魔術師モハメド・アヴドゥルは負け犬なのか?

下がりかけた頭の血が脳内へと逆流するのを感じた。
どいつもこいつもあの狂人どものせいだ。
そうだ、私が、私こそが正しいに決まっている。
この殺し合いに勝ち抜く事で証明してやろうではないか。

む……南に飛ばした翼竜も帰ってきたようだな。
西から来た方に気を取られすぎていて視覚の共有をすっかりと忘れていた。
さて、こっちのほうは近かったから迂回させて東も回らせてみたのだがコイツは一体何を見た?
向こうから送られてくる記憶を元に視覚を同調させ、彼が持ち帰ってきた情報を私は確認する。
行きは特に何もなかったそうだ、不毛な様子に嘆息した。
しかし、政府公邸で見た情報は私を満足させるに足るものであった。
学ランと呼ばれるらしい制服のような緑の衣服、特徴的なウェーブのかかった赤い頭髪。
そして、エメラルド色に光り輝くスタンドのヴィジョン。
間違いない。この青年こそアヴドゥルの仲間、花京院典明だ。
方向転換して東に向かうべ―――――何ぃッ!?

我が翼竜を捕らえたのは、東洋人のような顔立ちに柔らかそうな笑みを携えた男。
この殺し合いの主催者、荒木飛呂彦であった。
まるで大切なペットを扱うかのごとく翼竜を軽く掴み、そして解放する。
何故わざわざ本人が会場に足を運んだ?
そして私は東へ行くのか? 西へ行くか?
よし、メリットとデメリットをまとめてみるとしよう。

まずアヴドゥルの仲間と合えるのは何事にも代え難い利点だ。
一段落ついたとは言ってもあそこは依然として修羅場。
花京院本人がいつ死んでしまってもおかしくない今、早い段階で彼を発見できたのは僥倖だ。
本人に伝言を伝えるにしても、死体に言っては意味がない。
それに、可能性は極僅かだが荒木と対面できる機があるというのも大きい。
上手く事を運べば有意義な情報を聞きだせるやもしれないからな。
政府公邸の戦いを観戦するだけで手を出さなかった所からすると参加者に直接手を下す気はないのだろう。
ヤツを一言で言ってしまえば趣味の悪い観戦者。
ならば参加者、特に“殺し合いに乗った”私は少なからず気に入られるはずだ。
花京院にブチャラティ達。そしてアヴドゥル。
他にも殺し合いに抵抗するヤツは中々な人数となっているのだろう。
つまり、私のように円滑に殺し合いを進める駒は重要なはず。
荒木のほうもそれが分からぬほど愚暗ではあるまい。
しかし、去り際に荒木が見せた涙は私の幻覚か?
美しい風景に感動してという事ならば……ヤツも“大地”を敬っているということなのか?
荒木に対しての奇妙な共感が芽生えかけるがそれは一旦置いておこう。

逆に私にとって都合の悪い要素というのは一体なんだ?
一番大きいのは自らの命を危機にさらしてしまうということだろう。
あそこで何があったかは定かではないが、戦闘があったということだけは明白。
花京院と対峙していた少年は急に泣き崩れたがこれからどうなるかは分からない。
元気を取り戻し再び襲うことは決してないと言い切るだけの保証は全くないのだから。
私の“スケアリー・モンスターズ”にしても戦闘には少なからず自信はある。
あるのだが、アヴドゥルや彼と戦った男のように規格外が多数存在しうるのも事実。
迂闊に攻めに出て死ぬのだけはゴメンだ。
悩む私の脳になおも流れ込んでくる情報。
私は東へ向かうことを決断した、決断せざるをえなかった。
政府公邸から再び南を回って私の元を目指した翼竜の目にボストンテリア犬、イギーの姿が映ったからだ。
運命というのは案外人と人の出会いを言うのかもしれない、私は素直にそう思った。
同時に厄介事は続けてやってくるという事も。
花京院が戦闘を終結させた一方で、イギーは新たな敵の襲撃を受けている。
相手の全身をカビで覆い尽くすスタンド使い。
あまりのおぞましさに私は拳を握り締めていた。
地衣類と呼ばれる植物が存在する以上はたとえ気色の悪いカビであっても私はそれを否定する気はない。

だが、あれは別だ。
スタンドという不自然なものによる大地への侵略。
気がつけば私の全身は鳥肌で覆われていた。
顔すらも知らぬスタンド使い、そいつへの怒りが身を震わせる。
けれども自分の中の冷静な部分はしきりと語りかける『放っておけば数減らしには最適だ』と。
あぁ、そういえば私は此処へ来て一人も殺していないのだったな。
積極的にサーチアンドデストロイを行っていこうというわけではないが、
優勝するためには最低でも一人は殺さなくてはならないのに。
そうだ、勝ち残るためならばアヴドゥルの仲間であろうとも殺さなくてはならない。
なのに私は彼らに伝言を託そうとしている。なんという矛盾だろうか!
誇り高き男を、尊敬心の欠片すら持ち合わせていないケダモノに変えたのは私だ。
もう戻る事はできない。
やって見せよう、私の覚悟を証明して見せるのだ。
最初のターゲットはイギーともう一人の男から離れて単独で動いているあの女。
イギーを狙わないのは決して下らない感傷というヤツではない。
仲間が傍らにいる上、面倒な相手と交戦中のようだから近寄らないだけだ。
そう……私はロビンスンのようなアホ頭ではない。
何が誇りだ。何が進むべき男の道だ。
あの満足げな死に顔が本当に気に入らない。
死ねばそこで終わりというのに、あの達成感の溢れる表情はなんだ。
そうだ、あんなクソ以下の脳みそしかないようなヤツだから早々と死んでしまうのだろう。
大地を敬うことができずに滅びていった恐竜のように。
因果応報、自業自得ってヤツだ。
本当にストレスが溜まる。

しかし、眼の前にある繁華街とやらは一体何なのだ?
大地に対する一切の敬いがない建物の山は!
見ているだけでも吐き気が込み上げてくるぞ、本当に汚らわしい。
私が順調に南東へと向かっている手がかりにはなったが、こんなものは一秒たりとも見ていたくない。
が、思わぬ収穫はあったようだ。
アヴドゥルの視界越しに私の脳へと入ってくるのは道に飛び散った肉片達。
それに醜く変形した頭部であったであろう肉塊。
普段ならば不気味さを感じさせるであろうそれは、不思議な事に今の私にはなんら影響を与えなかった。
恐竜から這い出し、西から帰ってきたほうの翼竜を甲虫の死体へと戻す。
そしてそれをディバッグの中の開きスペースに入れ、潰れない様に周りの道具を移動させた。
東から帰ってきたほうは引き続きイギーの監視を続けされることにする。
その後、人間の頭部だった物体にメスを突き刺す。
私の手に伝わってくる嫌な感触。
スタンドエネルギーを注ぎ込むと近くの肉片達が一番大きな塊へと集まり、新たな命を生み出した。
遠くにある欠片までは力が作用しなかったのでアヴドゥルよりも二周りほど小さいが我慢しよう。
まずはこいつを斥候としてあの女に当てる。
勝機があるのならば即座にアヴドゥルも投入して一気に押しつぶす。
万が一相性が悪ければコイツを囮として私たちは安全に逃げ切る。
そこらで拾った死体だ、未練などはさらさらない。

「では、向かうとしようか」


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最終更新:2009年07月25日 21:20