出来たばかりの銃創が痛む。
それに呼応するかの如く、花京院の気持ちもどんよりと沈んでいく。
止血をしようと見回した視線も、彷徨い果てて行き場をなくし、一点を見つめたまま動かなくなってしまった。
一体僕たちは何なんだ。
僕たちがお互いに傷つけあって、奪い合う理由は何なんだ?
死にたくない。誰だってそうさ。
でも、だからと言って他人を踏み台にして得る人生にどれ程の意味があるんだ…
その後に食べる料理は美味しいのか?映画を見て感動できるのか?友人と楽しくはしゃげるか?…絶対に無理だ。
濁った泥水の中にいるような気分で一生を過ごさなくてはならないだろう…
だが、現状はどうだ。
死と言う事実の前には僕の信じた正義などは無意味なのか?
死ぬことに対する恐怖の前には、どんな高尚な思想も便所のネズミのクソ程度のものなのか…
では僕はDIO打倒を目指しつつも命を懸けるつもりはなかったとでも言うのか?
いや、断じてそんなことはない!ホリィさんのような良い人を死なせたくないし、旅に出た仲間は、初めてできた友達だったんだ。
彼等はきっと今の僕を見たら失望するのではないだろうか?
『おい、花京院、弱気になって眠てぇこと言ってんじゃねえ』なんて言われそうだな…
…そうだ。今でもはっきりと言えることは、彼らのためなら命を懸けられる。
出会うまでは存在すら知らなかったような他人でも、しっかりと向き合えば精神を通じさせることができる。
僕だって最初は承太郎を殺そうとしたんだ。
でも彼は逆に僕をDIOの呪縛から解き放ってくれた。
無視してもよかったのに。そのまま殺してしまうことだってできたのに。
この襲撃者の少年を救わなくては、承太郎やみんなに対する侮辱だ。眼の前で泣いている彼は、かつての僕なんだ。
逃げずに向き合えば、絶対に分かり合える。そう思わないで、どうしてこの先やっていけるというのか…
…これは、同じ轍を踏んだ僕にしかできないんだ。
心を決めようじゃないか。今は目の前の彼を見極めなくては。
ちゃんとした止血なんか後回しだ。まずはなんと話し掛けるべきだろう……
※
もう何度考えただろう。『死にたくない』、『優勝する』。
政府公邸へと向かいながらも、わたしの精神は果てしなく暗く、倦み疲れている。
わたしの目的はなんだッ?優勝することだ!…何度も繰り返した自問自答だ。
明白過ぎるこの目的に、なにをこんなにも戸惑うことがある…ッ。
わたしは必ず優勝する…
…だが元の場所に、アメリカに帰ったあと、そのあとはどうする…?
こんな気持ちを抱えたまま一生を過ごさなくてはならないのか?
この心の歪みと共にあと何十年も生きるのか?
自分自身を弱いと蔑みながら?
そんなのは生きながらにして地獄にいるのと同じではないか…
死ぬのは嫌だが、ゲームの後手に入れたものが死よりも悲惨な生だったら、ここに来てからの全ての行動に一体何の意味があるんだ…
とにかく、今の鬱屈とした気分をどうしたらいい…アヴドゥル、ロビンスン、リンゴォ、あのエメラルド色の瞳の女…
あいつらの捉えどころのない”激しさ”に、わたしは恐怖しているんだ。
劣情を感じている。認めよう。
生き残るためには恩人の死体を使い、殺人を続けなければならぬ、が、心がもはやそれには従わぬ。
この気分から解放されるには何をすべきなんだ…覚悟もないわたしにそんなことができるのか…。
とりとめもなく考えながら、政府公邸に向かわせた翼竜にも意識を向ける。
邸内で、先ほど泣き崩れた少年はどうやら完全に戦意を喪失しているらしい。
翼竜の聴覚より、二人の会話を拾って聞く。
囁くようにゆっくりと、花京院が泣いている襲撃者の少年に語りかけているのが聞こえる。
『…なあ、君、話せるかい?僕の声が聞こえる?』
『……うっ、……聞こえて、ますよッ…!でも、もういい、僕は……もう何が何だかわからないッ…。』
『…聞いてください。大切なことなんだ。僕は君自身が信じるものや、君が大切に思っているものを否定するつもりはない。
ただ話を聞いて欲しいんだ。勝負を決めるのは犠牲にするものが何であるかだ、と言ったね?
確かにあらゆる勝利には犠牲が伴う。でもそれは他人の命や、君自身の心じゃないといけないのか?…その答えを見つけたくはないか?』
『…何…だって…?き、君は今、なんて、言ったん、だ…』
『話をしたいだけです。さあ、立って。…僕ももううんざりなんだ。ここに連れて来られてから、間断なく心が擦り減っていくのを感じる。
後悔も、悲しみも、不信も、不安も…もうこれっきりにしたい。』
わたしは、ひっそりとした室内でしゃがみこんだ花京院が襲撃者の少年の腕を引き、ゆっくりと二人で立ち上がるのを翼竜より仲介した視覚から見た。
”僕は君自身が信じるものや、君が大切に思っているものを否定するつもりはない。”
この彼の言葉に、わたしの心は揺れた。
自分の気持ちが弱っているのをはっきりと感じる。
意志が萎えそうになっている。
肉体的にも精神的にも疲弊しているであろう二人の少年も、わたしと似たような心情を抱えている…?
花京院典明。
彼なら、今まで賛同者などいないに等しかったわたしの大地に対する尊敬の念ですら、話せば否定せずに受け入れてくれる気がした。アヴドゥル君のように。
彼の死に際に握った手のひらの感覚が、滲み出るように蘇り、わたしの心はまた激しく揺さぶられた。
さらに、先ほど見た言語に絶する彼の遺体の状態が続いて想起され、不覚にも泣きそうになる。
…やはりアヴドゥル君の仲間の話をどうしても聞きたい…わたしだって、もう考えるのにもうんざりだ。
だが自分の安全が最優先事項であることは以前変わりない。彼らならうまく接触すれば、攻撃されることも無いだろう…
全てが悪い方向へ向かっている気がする……わたしは救われたい……
…さて、わたしは彼らにどう接触するべきか。アブドゥル君の中から出なくてはな……
政府公邸は近い。
※
「…そうですか。わかりました。荒木に日記を取り返されたか…仕方ない。
重要な手がかりを逃しましたが、内容が白紙だったし、有効活用の方法が現状では存在しませんでしたから…これでお互いの話は大方済みましたね。」
「ああ…、ぼくは洗いざらいぶちまけた。あんな大泣き姿を見られた君に、かっこつけて取り繕うなんて馬鹿馬鹿しいからな。
今、わりといい気分ですよ…君は?ノリアキ。」
「ええ、僕も今落ち着いた気分でいますよ、フーゴ。君はさっきの錯乱状態から、よくここまで落ち着いてくれた。すごく話しやすかった。傷も手当てしてもらったし。」
「僕が付けてしまった傷だ。当然でしょう…ところで…」
場所は政府公邸内。
小一時間前、フーゴを手近な場所に腰かけさせたあと、花京院は彼が落ち着くまで根気よく待ち続け、タイミングを見計らって一つずつ質問をしていった。
フーゴは花京院の落ち着いた優しげな様子に、徐々に本来の自分を取り戻し出した。
そして、目の前の同い年くらいであろう少年に、自分の全てを語り尽くすのを止められなかった。
生い立ちからある日自分が起こした傷害事件、その後所属していた組織のこと、恩のあるチームリーダーの突然の反逆に臆病風に吹かれて付いていけず、ひとりぼっちになったこと。
ここに来てからも一人で何の行動も起こせずにいるときに、主催者が突然現れ、『お願い』を強要してきたこと。それに従ってしまった自分を情けないと感じていること。
それに対して花京院は若干の質問を挟みつつ、最後まで聞いてくれた。
しかもフーゴを軽蔑するような素振りなど微塵も見せず、こう言ってくれたのだ。
「さあ、君が何も包み隠さず正直に全て話してくれたんだから、僕もその誠意に答えなくては。…ただその前に、この怪我を何とかしたいんだが、手伝ってもらえませんか?」
怪我の応急処置をした後、花京院が話す番になり、フーゴはDIO打倒の経緯から、花京院がここに来てからの一連の出来事を知ることができた。
話の序盤、承太郎の名前が出た瞬間に彼は顔を強張らせたが、花京院の話が一通り終わるまで取り敢えずは口を挟まず聞くことにした。
吉廣以外の人間から聞かされた承太郎の人物像は、正に真逆、花京院によれば彼は無口でぶっきらぼうだが、とても情に厚く、母親思いの男だった。
先の会話を交わした後、あまりに食い違う意見に混乱したフーゴは、自分の支給品である不思議な写真の中の老人、吉廣から聞かされた話を全て、花京院に話した。
それを聞き花京院はびっくりしたような表情をしたものの、承太郎は優等生では決してないが、犯罪者ではないよ。食い逃げをしたっていうのは聞いたけどね。と、まるで地球は丸いよ、とでもいうような調子で答えた。
共に旅をし、承太郎と親しく関わった花京院からすれば眉唾な吉廣の話だったが、フーゴからすればどちらの言い分が本当なのか全くわからない。
この一連のやり取りは彼の混乱を深めるだけだった。
写真を引っ張り出して問い正すも、吉廣は頑として譲らない。
(「承太郎は極悪だと言っとるだろうがッ!仲間だか何だか知らんが、小僧がすこーしばかり付き合ったところで、奴の何が分かるというんじゃッ!」)と、自分の正しさを主張する。
フーゴの混乱をよそに、花京院は不思議な老人のあまりにも憎々しげな様子に驚いたと同時に、頑固な老人に友を侮辱された気分になり少し辟易していた。
(
吉良吉影という人物が本当はどういう人物か未だよくわからないが、吉廣さんがだいぶ自分たちに都合のいいよう事実を曲解して受け止めているのでは?
吉廣さんが悪意から嘘の情報をフーゴにもたらしたのか、何かの事情で逆恨みのような状態や、勘違いから先の危険人物と称した人々の名前を挙げたのか、それを確かめる術は今のところはない…
まさか承太郎や彼の知り合いがそんなことをするなんて…ありえない、よな?)
不明確な疑点を確実なものにしたいと、花京院が吉廣の情報についてさらに言及しかけた。が、その時突然公邸の外から男の声が響いた。
「…館の中にいる少年達!特に花京院君に告ぐ!わたしは
フェルディナンド。君の仲間の
モハメド・アヴドゥル君の死に際に居合わせた者だ。
彼からメッセージを預かっている。わたしに攻撃の意思はない…姿を見せてくれないか?」
刹那、二人は咄嗟に声がした方向から一番近い窓の下の壁に向かって走った。
「そして、できることなら私の話も聞いてほしい。君には許しがたい内容だと予め断っておくがね…君がこれを聞いて何を思うのか…判断してくれ。
…だが、わたしはもうほんとうに…疲れた。何も隠す気力が無いんだ…」
依然男の呼びかけが続く中、壁に張り付くように身を寄せた後、注意深く話を聞きつつ緊迫したお互いの表情を見やる。
「どうして館の中に人がいるとわかった!?しかも僕の名前を具体的に挙げた…スタンド能力なのは間違いないとして、アヴドゥルさんの知り合いか…?」
「ノリアキ、ここに鏡があります。部屋に置いてありました。これで外の様子を探ってから判断すべきでは?」
フーゴは極力露出を控えるように気を配りつつ、発現させたパープル・ヘイズを使って鏡を掲げ、二人で外の様子をうかがった。
そこには一人の男性と、同じくらいの大きさの見たこともない動物が佇んでいた。
「…あれは、恐竜!?トカゲのような…。あんなスタンドがあるとは…本当に想像を絶するな…しかしあのスタンドでどうやって邸内の情報を知ったんだ…?」
「まだ未知の能力があるんでしょう…ともあれ、銃やボウガンのような飛び道具はなさそうだ…彼の様子を素直に受け取るなら、ついさっきの僕らと同じくもう何もかもうんざり、と言った様子ですね。
彼の呼び掛けに応じるかい?ノリアキ。亡くなった君の仲間からメッセージがあると言っていたが…」
「アヴドゥルさんから僕の名前を聞いたのか…?という事は、少なくともアヴドゥルさんが信用した人物と考えて差し支えなさそうですね。…僕が先に顔を出します。
問題ないようなら、フーゴは後から続いてください。」
花京院はゆっくりと警戒しつつ、窓から外を覗いた。
訪問者である男は、疲れた様子はそのままに、唇の端だけを釣り上げ悲しげに笑った。
「…顔を見せてくれてありがとう。早速だが…『スケアリーモンスターズ』。生物を恐竜化する能力。それがわたしのスタンドだ。私の隣にいるのがその生物だ、見えるだろう?」
(…生物を恐竜化出来るスタンド!?それにしてもあの男性はどういうつもりなんだ?
彼の最後のメッセージを伝えたいなどと言ってはいるが、他の参加者を襲っただなんて…!なぜあえてそんなことを僕らに言うんだ…?!
しかも生物を恐竜化できるというのなら、今連れている恐竜は元は何の生物なんだ!?)
言いようの無い感情が腹の底からせりあがってくる。
彼の腹の中では、疑惑と恐れ、希望に縋りたい気持などがごちゃごちゃに掻き混ぜられていた。
だが、彼に従来備わっている徳性、冷静沈着であろうとする部分、自制心がわずかに働いた。
フーゴとの会話、その間に流れた同族感から来る何とも言えない気持ちが、花京院を現実へと繋げ置く。
フーゴと共有した気持ちは、慣れ合いでも、傷の舐め合いでもない。
自分がここにいると実感させてくれる物…『他者との共感』。
隣人を信じたい気持ち…”この人間を理解できるかもしれない”という希望。
この確信があったから、この一粒の宝を守りたいと思えたから、彼の心は壊れなかった。
(待て、待つんだ、花京院典明ッ!ここで冷静にならなくてどうする…!
あの男性の能力すら未知数の今、戦闘沙汰なんて起こせば、絶対に誰も無事では済まない…それは即ち何を示す?荒木に対する我々の全面敗北ではないか?
今、初対面でもフーゴを理解できるような気がしたんだッ。この尊い気持ちを失いたくない!
この局面で、耐えなくちゃならないのは僕だッ!この僕の今後の行動が全てを正しい方向へ導く可能性を持つッ!全てがだめになってしまう前に、手遅れになる前に…!)
フーゴもすでに顔を出して、困惑した表情のまま外を見据えていた。
花京院は唇を噛みしめることで自身を戒め、冷静に窓の外に向かって声を投げた。
「…あなたの話を伺います。あなたを敵と断定しているわけではありませんが、だまし討ちは通用しません。
あなたの想像の及ばないような方法で、こちらには対応する用意があります。」
大げさに威嚇し、無駄な争いが起きないよう気を配る。
翼竜でほぼ全ての情報を知っていたフェルディナンドは、そんな用意など無いとわかっていながらも特に何も言わず、言われた通りに2人の居る部屋まで足を運んだ。
そして彼もフーゴと同じようにここにきてからの一部始終を話した。
アヴドゥルのこと、2人で話し合った考察の内容、氷のスタンド使いの襲撃、アブドゥルの最後のメッセージ、自分のこれまでの方針、
配下にしたロビンスンとリンゴォの決闘を理解できずにただ眺めていたこと、眼を付けた女性を襲い、激しい戦闘の果てにひどい捨て台詞を残して去ったこと。
そして今、覚悟も無く弱い自分の精神は死んだような状態で、どうすれば救われるのか知りたいと思っていること。
…だが、彼はいかなる時も隠し持つ札の用意を怠らない。
彼の持つカードは2つ。
- 人間及び人間の死体を恐竜化出来ることを黙っておく。
- 連れている恐竜(元アブドゥル)は、”支給品だった動物”を恐竜化している、と嘘をついておく。
フェルディナンドは誰にも心を許さない。
荒木を信用するつもりも、目の前の2人を信用するつもりも、彼には毛頭無い。
必要以上に弱々しい素振りも、少々自分に不利な情報をもらすのも、正直さをアピールするためだ。
それで疑惑を持たれるのは承知の上…これからの行動で仮初めの誠実さを示せば、過去を反省している人間として初めからなんの疑いのない人間よりも、より強固に信じてもらえる。
どんなに精神が消耗しようと、彼の思考は常に彼自身の利益を最優先に進行していく。
そうとは知らない花京院もフーゴも、2人それぞれ質問を挟みつつ、静かに話を聞き終えた。
フェルディナンドが語り終え、一瞬の沈黙が部屋に訪れた。
それをすぐさま破ったのは、花京院の言葉だった。
「…もうこんな悲しみ、苦しみ、怒りの連鎖は止めなくちゃならない。それを僕らでやるんです。アヴドゥルさんの最後の言葉は、僕に勇気を与えてくれる。彼の為にも…
今、弱いのなら成長すればいいんだ。覚悟というものは、行動の後から付いてくるものだと僕は考えます。」
フーゴとフェルディナンドは黙って話を聞いている。その表情から彼らの気持ちを読み取ることは難しい。
花京院は構わずに続ける。その様子はまるで、この言葉を言う事で自分自身が安心を得ようとしているかの如くだ。
「吐き気を催す邪悪は、確かに強大な力を持っているかもしれない。でも、荒木の…悪の行動や意志が
未来へ実を結んで行くことなんて絶対に無いッ!
ニュートンはガリレオから学びアインシュタインに受け渡した。ダンテはウェルギリウスから学びボッカチオに受け渡した。
でも暴君カリギュラにも、切り裂きジャックにも、アル・カポネにも、ヒトラーにも、後継者などいなかった。
彼らのほとんどは半ば発狂して生涯を終えている。僕らはこいつらの側に落ちかけた人間です。
でも間違いに気付けたのなら、正していける。歴史が常に正しいものを選択してきたのなら、勝つのは我々です。それを証明しましょう。」
語り終えた花京院は気丈な話しぶりとは裏腹に、2人に対する疑心を抑えられなかった。まるで水の上の油、一点の漂流物のように。
(ああ、僕のこんな歯の浮くような台詞、これは確かに本心なんだ。ただこれを彼らが信じてくれるかが分からない。
まだ、僕自身彼らを信じていないのか…僕は一体どうしたい?もう自分の心の限界が分からない……)
その言葉を聞きフェルディナンドは眉根を寄せつつも、不安に揺れる瞳を隠そうともせずに素直な様子で言葉を紡いだ。
「いくつか聞いたことの無い名称があるが…君の言うことは分かる…分かるが、わたしはアヴドゥル君に対して罪の意識が消えない。
恩人の彼に対する私の様々な思いの中に、確かにあるんだ。決して払拭できない罪悪感が。
そして荒木と言う人物も恐ろしい…いい大人が、と笑ってくれて構わないんだよ。…こんなわたしに、立ち向かえるのか…そんな資格があるのだろうか…」
花京院はふっと笑った。それは馬鹿にしたような笑いというよりは、自嘲に近い寂しげな笑いだった。
「あなた、真面目すぎるんですよ。…あなただけじゃありません、僕も、フーゴも…。こんな狂ったゲームです。こっちもちょっとばかりイカれた行動をとって、荒木の度肝を抜いてやりましょうよ。
荒木も我々参加者も、何をしでかすかわからないのはお互い様…まずは仲間を集めましょう。みんなで成長できるように、過去に打ち勝てるように。
ただ、他の参加者を襲ったのは誉められたことではありません。まだ間に合う。命がある限り、償っていけるんです。我々は誰一人手遅れなんかではありません。」
このセリフを聞いたフェルディナンドはいくつも年下の少年のこの発言を、生意気だとは思わなかった。
ただ、花京院の本心だとも思えなかった。
(さっきからまるで自分に言い聞かせているような調子じゃあないか。この少年にはまだ何か不安定な影が見える…我々二人にどう接するか迷っているな。
つまり心底安心はしていない…先に起こった出来事を鑑みれば当然か?まあ、その隙を突かれないように気を付けるんだな…)
「…ありがとう。礼を言うよ。
ミセス・ロビンスンと同じになるのはごめんだが。
君の言うような”狂った”方向へあえて身を転じてみるのも一興…まだ自信はないが、ね」
「今はそれで十分です。焦ることが何よりも危険なのだから。
さあ、そろそろ彼女を…
グェスさんを呼びに行かなくては。僕を、盾にした時…彼女のあのリアクションは、自分の行動を悔いていると思うんです。
決して自分が何をしたのかわからないような人ではない。彼女についても、今はそれだけで十分です。話し合えば、これから信頼関係を築いていけます。悪い人ではないんだから。」
3人はそっと立ち上がり、揃ってグェスが駆け込んだベッドルームへと移動する。
目指す部屋の中は静まり返っていた。
「グェスさん…?」
まず、花京院が少し覗き込みつつ声をかける。が、…返事がない。
拗ねているのか?…まさか、何らかの襲撃を受けたのでは、と案じ、はじかれるように各々のスタンドを発現させつつ室内へと転がり込む。
しかし、彼らの危惧をよそに室内は静寂で彼らを迎えた。
目的の人物が不在なことを訝りつつ、眼を凝らせばシーツがとぐろを巻くベッド上に、四つ折りの紙が置かれてあった。
支給品の紙か…?いや、違う。文字が透けて見えている。手紙だ。
花京院がベッドに近づき、ゆっくりとその紙を開く。かさかさという紙のこすれ合う音が、静かな室内の緊張感を吊り上げる。
手紙の内容は、とても悲痛なものだった。
最終更新:2009年07月24日 23:01