ああ…すばらしいッ!今までのどんな記録よりもすばらしい!百万倍もすばらしい!!

こいつの表情はどうだ!絶望を絵に描いて額に入れたかのような完成度だッ!
全気力を使い尽くして、粘って粘って這いずり回りながらも希望を捨てず、目的を成そうとしたところに…最後の最後で、俺がすべてを台無しにしてやったッ!!

もう何度このシーンで一時停止ボタンを押したかわからない。
傷の具合を確かめた俺は、楽しい映画鑑賞を行っている。
アバッキオの最後の表情を目に焼き付けるため、ゆったりと椅子に腰をかけて。
最も、目の前に本人がいるのだが。
だが奴はもう物言わぬ死体だ。何の興味も持てない。
この録画を何時間でも眺めていたい。

このゲームには心底感謝しよう…通常の生活ではいくらなんでもこんなものは手に入らなかったろうからな。
ああ、もしかしたらまだまだこれ以上の傑作を生みだす事が出来るかもしれないッ!
もうしばらく休憩した方がよいのだろうが、好奇心が疼いて居ても立っても居られない。
俺が休んでいる間に、色々なチャンスが過ぎ去ってしまうかもしれないじゃあないか…?
あっさりと殺されてしまうなんてもったいない。
一人でも多くと接触し、恐怖し、苦しみ、失意に暮れながら絶命していく様をビデオに収めたい…!!
不思議とあまり疲れを感じないのも、このアバッキオの表情のおかげだな。

俺は次なる行動に向けて思考を展開する。
コロッセオには人がいそうだが、目立つ建物に集まるのは考えの浅い素人か…。
そいつらを狩るつもりで潜んでいるような血の気の多い連中、といったところかな?
なに、心配はない。素材は十分すぎるほど芳醇だ。
このまま西に移動するとしよう。
すぐに移動するため、簡単に荷物をまとめる。
それにしても荷物が多い。いらないものも入っている様だが、今はそのままにしておこう。
早く移動を開始しなければ。

まだビデオを見ていたい気もするが、とにかく良い機会を逃してしまうのは我慢ならない。
俺は地図を広げ、具体的に進行方向を把握する。
それから荷物を持って部屋を出た。
アバッキオの死骸に一瞥をくれてやるのを忘れずに。

民家から出た俺は、そのまま真っ直ぐ西に向かう。
しばらく歩くと、また面白いものを見つけてしまった。
生首を抱えた女が倒れている。…面白いシチュエーションに俺は興味がわいた。
観察しようと近づいていく。

良く見ればこの女は空条徐倫…戦闘でもあったのだろうか。
俺は辺りを見渡す。
周囲の損壊具合から、中々に激しい戦闘だったことが伺える。
今のところは周りには誰もいないようだ。
それにしても、こんな短時間のうちに再度遭遇するとは奇遇だな。
ま、麗しいお嬢さんはお休み中のようだが。

しかし、何ともおかしな状況だな。見る限りすぐには起きそうにない。
……どうする?このまま殺すか?

とんでもない。

なんの反応も見せない相手を殺して何が楽しい?
絶望に歪む顔をたっぷりと堪能し、墜として堕として墜とし尽くし、さらにそこにちょっとだけ希望を与えてからまたドン底に叩き落とすのがいいのだ。
それにこいつにはまだアバッキオ達の死に様を見てもらわなくては。
また会うまで生きていてくれると非常にいい。
もっとも、今の状態で他人に見つかったらまず命はないだろうがな。
いやあ、後々に残せる楽しみというのもいいものだ…俺の楽しみがまた増えるぞッ!可能性は一つでも多い方がよいのだ。

とりあえず今は生首抱えてぶっ倒れてる様でも収めて置こうと、俺はハンディカムを構えた。
アハハハハハッ!まったくひどい有様だッ。再会したならおまけでこいつも見せてやろう……。
改めて自分でこの姿を見たとき、果たして冷静でいられるかなあ~?
クックックッ……。ハッハッハッハッハッハッハッ……。アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!



サウンドマンと別れ、固い決意と共にコロッセオ方面へと孤独な行軍を開始した虹村億泰は、ひたすらに歩き続けていた。
道の途中、長く歩いたせいでかいてしまった汗を拭こうと、デイパックの中に腕だけ突っ込む。使えるものはなかったかと乱雑に探った。
すると、手のひらに布の感触を得た。
何も考えず気引っ張りだし、そのまま首元へ持っていくと汗を拭う。が、何かタオルやハンカチなどの感触と違う。妙につるつるしている。
不思議に思い、眼の高さに布をあげてよくよく見てみると……

それは、女性用下着だった。

「な゛ァッ!!」
狼狽し、思わず取り落とす。

「ンだこりゃァ!こんなもん俺のバッグには入って無かったぞ!ってか、入ってる物が最初に確認した時と違う!?
サウンドマンのと間違ったのか!?それとも…承太郎さんか!?
どっちかの趣味だったらどうしよう、俺…。気持ちわりぃ~!絶対ェ触りたくないッ。」

腕をあげた状態で固まっていた億泰は、ひとまずバッグを持ちなおそうとあげていた利き腕を下ろしかけた。

その瞬間、おぞましい変異が彼の腕を襲った。
腕から胞子状の物質が突如噴き出したのだ。

「ッ?!なんだ!?パンツ触っちゃったから……?なわけねぇ!この異常さは間違いなく、スタンド攻撃ッ!」

自らのスタンドを発現させ、辺りをうかがう。
こんな不気味なスタンドが存在することに物怖じしつつ、足りない、と本人も自覚している頭で必死に考える。

(近距離パワー型は射程距離的に可能性が低いな…これはどんなタイプのスタンドだ…?中距離型か?遠距離操作型か?)

その間もカビはぐずぐずと腕を浸食している。
ザ・ハンドで削ることのできる部分は削ってみたが、繁殖が異常なスピードで進行していてあまり意味がないようだ。
意を決し、表面からなるべく浅く自分の皮膚ごとほんの少しだけ削ってみると、カビは一端は駆除できるが、また新たに沸き出てくる。
何よりも腕を包み込むように発生しているので、全体を隈なく削り取ることなどできない。

(くそ!落ち着け、俺!なんにせよ参加者を殺す気の奴が襲った相手の生死を確認出来ないほど遠くに居るとは思えねえ…。
少なくとも、大声を出せば届く範囲にはいるはずッ)

このスタンドの正体は「グリーン・ディ」。
あらゆる生物を朽ち果てさせる『食人カビ』を撒き散らす能力。
そして”下へ行くと発生する”というスタンドの発動条件を億泰が理解できない今、削る、生える、また削る…のイタチごっこを続けるより他、成す術がなかった。

「ってぇ…まさか自分のスタンドで自分の皮膚を削ることになるとはな…でもあんま意味ねえみたいだしよぉ~。
しかしグロいぜ…くそ!おい!誰か居やがるな?!出てきやがれ!」

視線を上下左右に彷徨わせていると、先刻までの進行方向とは逆の位置から男が一人ゆっくりと姿を現した。
距離にすれば10メートル程向こうだろうか?
男はハンディカムを構えた場にそぐわぬ装備で億泰と対峙した。
顔に浮かぶ表情からは悪意が読み取れる。

億泰は相手が呼びかけにあっさり応じたことに驚く。
が、裏を返せばそいつには姿を見せてもかまわないという自信があるからだ。
さらに警戒を強める。

(なんだぁ?こいつの能力がカビを生やす能力だけだとしたら、少なくとも相手を瞬殺できる能力じゃあねぇ…。
なのに奴はあっさり姿を現した。なんか他の能力があるか、拳銃でも持ってんのか?まあおれのザ・ハンドにそんなもんは利かねえがなァ…。)

当然、チョコラータは億泰の能力など知らない。
チョコラータが姿を現した理由など、常人に理解できようはずがないのだ。
彼の一番の行動目的は『絶望した人間の表情をビデオに収める』。
その為に渡る危険な橋など、彼には物の数ではないのだ。
最も、自分の快楽に沸き、全く周りが見えなくなってしまうような愚拙な人間では決してない。
近距離パワー型ならば射程外となる10メートルほどの距離を保つ。
最低限できる防衛手段を講じた上で姿を現したのだ。

そして、何よりも頼もしい自分のスタンドが、先制攻撃を成している。
後に残っているのは素晴らしい”趣味”の為の土台を作る、という楽しい作業だけだ。

「てめぇが本体か!?素直に姿を見せるとはいい度きょ「1968年…」
「あ?」億泰は、突如相手の口からこぼれだした数字の意味がわからず、意表を突かれて思わず聞き返した。

「…10才の少女が4才の男の子と3才の男の子を殺した…殺人が発覚していよいよ断罪されるというときに、彼女は何て言ったと思う?
『殺人は悪くない。人はみんないずれ死ぬのだから』
…実にシンプルですばらしい思想だ。
彼女の将来の夢は看護婦だった。注射の時に人に針をさせるから、という理由だそうだ。」

億泰がこれまで生きてきた人生は平々凡々とは言い難いが、それでも彼自身ある程度のモラルと強い信念を持ち、最近は信頼できる友人たちと楽しく過ごしてきた。
しかし、目の前の男から発せられる言葉の羅列は、億泰には意味がよくわからなかった。
男はにやにや笑いをそのままに、さらに語りかけてくる。
どうやらハンディカムで億康を撮影しているようだ。

「俺と非常によく似ている。俺も苦痛にもがきのたうちまわる人間の表情を見たくて医者になったからなァ……。
…ところで、悠長に俺の話を聞いていていいのか、虹村憶泰?腕が落ちるぞ…そら!フハハハッ。」


気味が悪い。とにかく気味が悪いのだ。
この男の表情も、話の内容も、腕から這いずり上がってくるカビの群れも。
奇妙な自己紹介に憤るよりも、目の前の男から発せられる雰囲気や、男が楽しそうに語ってくる話が不快だった。
話の内容もろくに理解できない億泰だったが、嫌悪感だけは募ってゆく。
今の状況に対処しようと焦れば焦るほど、彼は冷静さを失っていった。

(どう考えても『乗っている』…反撃しなきゃならねえ…!だが、この反吐を吐きそうな気分…あいつだ。このおっさんはあいつに似ているんだ。)
思い出したくもないどくろ柄のネクタイが記憶の隅でちらつきだす。

(俺はまた、この手の人間と関わらなきゃあいけねえのか…?うんざりなんだぜ、いいかげん…)
『殺人鬼吉良吉影
こいつの見た目が吉良に似ているわけではない。
サラリーマンのような雰囲気も皆無だし、何より日本人ですらないようだ。
だが目の前の男から発散される空気がなんとなく吉良に似ている。
こいつもおそらく空気を吸うように当然のこととして、人を殺してきたのだろう。

こんな状況のせいかその雰囲気に触発され、嫌な事柄ばかりが脳裏によみがえってくる。
父親の哀れな姿、兄の死、ここに来てからの仗助と重ちー、康一の死……。
初対面の人間がなぜ自分の名前を知っているのか、という疑問すら浮かばなかった。

とにかく何か言い返してやりたくてたまらなかった。
相手の能力が不明であるにも拘らず、億泰は悪態をつきながら接近を開始してしまった。

「クソ野郎、んなこたぁわかってんだよ!!お望み通り食らわせてやるぜぇ!」
右腕が依然浸食される中、男に手っ取り早く一発食らわせてやろうと、億泰は走り寄りながら自分の右手を振りかぶり、斜めに振って下ろす。
彼の背後に控えるスタンド、ザ・ハンドも同じ動きを模した。
空間を削って一気に相手との距離を縮める為だ。

が、どうしたことだろうか?
空間を削り取ることができない。

「何ィー!?ま、まさか!カビのせいか!」
突然の事態に立ち止まり、狼狽しつつもスタンドをよく見る。
すると、カビが覆い尽くしている本体右手のダメージはスタンドにも正確にフィードバックされていた。
グリーン・ディ発動から少々時間がたち、腕のダメージも進行している。
スタンドのビジョンも腕表面がボロボロとこぼれるように欠け、かなり危険であることが明瞭だった。
カビに覆われて見えないが、腕が崩れかけている。あと何秒かすれば完全に胴体から剥離してしまいそうだ。
これ以上、このカビどもに上に上って来られたら…!億泰の動悸がさらに早まる。

「…彼女と俺に共通している点が何か分かるかァー?それは好奇心だ…。
人間は好奇心があるからここまで進化してきたッ。彼女も俺も一歩先へ進むことのできる人間なのだ……。そして、貴様はここで朽ち果てる人間だ…。」

「くそったれが!勝手に決めんじゃねえ!!意味わかんねえことばっかくっちゃべりやがって…!」

スタンド能力を発動させることが叶わず、窮地に陥ってしまった。
億泰は決断した。
今は逃げるしかない、と。

「…だが今上に振りかぶった瞬間、うじゃうじゃ増えて続けてたこいつらの動きが止まったのは見えた!上へ上げれば止まるってことか?」

もう一度腕を振り上げる。チョコラータのスタンド能力から生み出されたカビは発生条件を満たす事が出来ず、活動を停止する。

「っし、止まりやがったぜ…そして俺はおめえの変態趣味に付き合うつもりはねえ!そこで空気相手に喋ってろ!」

唾を吐き捨てるとともに言い放つと、片腕をあげた状態で、億康はコロッセオ方面へ体を向けて全力で走り出した。
恐れる心を抑えることも敵わず、息を荒くもらしながら飛ぶように逃げる。
その間、一度だけ男の方を振り返ると、ねっとりとしたいやらしい笑い顔を張り付かせ、逃げていく自分と目を合わせてきた。

億泰の背中にいやな汗が浮かぶ。


逃げられると、思うなよ

男の眼はそう言っていた。



ホルマジオは下を向いたままため息をついた。
足元には、醜悪な肉塊と化した生首を抱えた女。
その光景は、あまたの死体をその眼で見、また己で作り出してきたことのある彼から見ても、なかなかに異様だった。
どうやら息はあるらしいが、一向に目を覚ます気配がない。
彼女を見降ろし、今後の行動について踏ん切りのつかない自分にいら立っていた。

(どうする、どうするよ。たたき起すか、このままフケるか…。しょうがねえなあ~。俺ってやつは……さっきのカビ野郎だって今どこにいるかわかんねえ。
次に襲撃されたならば、何の策も練っていない今、こっちは分が悪すぎるッ。)

まず、この完膚なきまでに破壊しつくされた首は何者か考えなくてはならない。
この女がやったのか?だが、もしそうなら仕留めた人間の生首を抱えて眠り扱けているのは状況としておかし過ぎる。
死体愛好で殺人狂というのならば話は別だが、先刻伺った彼らの様子からその可能性は消える。
自分だって裏の世界の人間。そのくらいは嗅ぎ分けることができる。
アバッキオだってそうだったろう。
用心深いギャングに、共に行動してもよい、と思わせる何かがこの女にはあったのではないだろうか?

(誤って殺したか、別の襲撃者から襲われて、この女の盾にでもなって死んだ…ってところか?この首は……)

思考をまとめようと状況把握を進めていた彼の耳に、カツ、という足音が届いた。その瞬間ホルマジオは全身総毛立つ。
即座にリトル・フィートを発動し、視認することは不可能なサイズに己を縮小させた。
間もなく現れたのは、やはり先ほど一戦を交えたカビのスタンド使い本人だった。
悠々とした態度でこちらに向かって来る。
その様子がまた、ホルマジオの癪に障る。
彼が現れたという事は、いよいよアバッキオの死が確定的になったという事だ。

ホルマジオは歯を食いしばりながらも必死に状況の打開を思案している。
(どうする、攻撃するか!?いや、こいつのカビの能力は、小さくしたからって衰えるとは思えねえ!
しかも本体が小さくなれば必然的に行動範囲が俺より『下』に限定される。
攻撃するにしても、俺にとって明らかに不利な要素が多くなるッ!ここは、指をくわえて見ているのが関の山かよ…!?)

男は徐倫に気付き、にやにやと嬉しそうに何か考えている風だった。
が、やがてさくさくと軽快な音を立てて彼女の周りを一周すると、ハンディカムを構えて気絶した彼女の様子を撮影し出した。
ひょっとしたら殺しにかかるつもりか、と言う考えが一瞬閃いたが、それは杞憂だった。

男の行動にホルマジオは戸惑ったが、次には沸き立つ熱湯のような嫌悪感が立ち上って来た。
仕事として、職人としての気概を持って殺人を犯してきた自分にとって、自らが殺人を決行した後よりももっともっと下劣で嫌な気分。
この男は楽しんでいる。この世に真の気狂いがいるとしたら、それはこの男に違いない。

アバッキオも同じようなことをされたのではないか。
無念だったろう。
クソみたいな気分で死んでいくしかなかったのだろう。

…だが目下自分にできることなどあるか?
今こうして隠れていることが、結果的に正しかったと言える時が来るだろうか?
だが”今”はまだその”時”ではない。
自分の正しさを証明してくれるものは何もない。

今はただ自分の弱さが疎ましい。
自分はアバッキオの死を、やはり残念に感じてセンチメンタルになっているのかもしれない…と考えつつ彼は状況の推移を見守った。
しばらくしてカビのスタンド使いはひきつった笑いを顔面に浮かばせその場を去って行った。
ホルマジオに気付いた様子はない。

それを見た彼は、迂闊にも安堵のため息をついてしまった。
そのちょっとした行動で、自分がそれほどこんな奴にビビっていたのかと実感する羽目に陥る。
またしてもイライラを増幅させる結果となってしまった。
舌打ちをし、差し迫っている判断を下すため泳ぐ思考を無理やり整える。
なんとか自身を見失わぬよう砕心し、思考を巡らせた。

(やはり単独行動は避けるべきだ。あのカビ野郎は生き残ることすら二の次なのか?
スナッフ・ムービーを作るために行動してるみてえだぜ…クソが!!
やっぱビビってる場合じゃあ無えんじゃねぇのか!?俺だって悪だが、俺の居た悪の中には一つの確固たる筋が通っていたッ!
俺から見りゃあ、こいつは悪ですらない、何かもっと別の……。イラつくぜッ!)

ともかく、誰が正しかったのかは、結果が教えてくれるだろう。
今は自分の目的のため、最善の行動をとることが先決だ。

こういうゲス人間は、社会の中に常に一定数いる。
疥癬にかかった羊がどこにでもいるのと同じようなものだ。
そう自身に言い聞かせ、噛み締めていたあごの力を抜くと、具体的な行動方針をなんとかひねり出す。

(…いや、落ち着け。取り敢えずはこの女だ。俺はこいつの目が覚めるまでこの状態で待つ。
起きたら様子を見つつ接触開始だ。アバッキオ達のことを伝えるべきだろうしな…。
そのくらいはしてやってもいいだろう。俺なりの手向けだ。
他人が来たのならそいつが乗っているか、乗っていないかだけ見極め、乗っていればドロンだ。
乗っていなければリトル・フィートを解除し接触する。)

小さいままの彼は疲れた様子でその場に座り込むと、周囲を警戒しつつもしばらく体を休めることとした。
そして、盗んだまま未確認であった支給品に目を通すつもりだったが、またしても状況が彼にそれを許してはくれなかった。
目前で気絶していた徐倫が身じろぎし、その双眸をゆっくりと開いたからだ。

しかし、ホルマジオはすぐには行動を起こさない。
この女が起き上がってからどのような言動を取るのか?それによって自分はどう行動すべきか決める。
集めた情報を総括し、吟味し、判断する。
それだけが、これまでの彼の経験が痛いほどその肉体に刻み込んでくれた信条だった。


「うッ……」
身体中が痛みのシグナルを発している。
悪意に満ちた襲撃者との戦闘を終え、見知らぬ他人を誤って殺害してしまった自責の念を胸に深く突き刺したまま、 空条徐倫は目覚めた。

目を開けると、抱え込んでいた被害者の生首を抱えた状態でゆっくりと身を起こした。
いつ新たな襲撃があるか分からないにもかかわらず、彼女はそのままの姿勢で動かない。
二つの目は大きく見開かれているが、虚ろに空を見つめている。

(…気絶していたのか…。…ああ…、あたしが…この人を殺した…他でもないあたしが…)

まとまらぬ思考の中で、同じ言葉だけが無益に回り続ける。
ふと、意識が肩のあざに向いた。

(…え……?)

彼女は、あざになど意識を向けるべきではなかったのだ。
この世には死ぬよりも恐ろしいことがあって、それが実際に起きたのだ。
疲れ果てた彼女をさらに奈落の底に突き落とさんとしてか。
気高くも呪わしいジョースターの血が、絶望を彼女に運ぶ。

(…父…さん…?この、感覚って……いや…嘘…そんな……)

運ばれた絶望、それは空条承太郎の死。
また意識を手放しそうになる。
脳をフォークで突き刺され、ぐちゃぐちゃにかき回されているかのようだ。

(そんなわけない…あいつが死ぬはずない…こんなの気のせいだわ…!
アバッキオとイギーもどうなったの…?…まさか……嫌だ、そんなの……
もう嫌、いや…あたし……あたし…どうしたらいいのよォ…ッ!)

うなだれると、目じりに涙が浮かんだ。
彼女は今、泥を見ている。
自らの運命に飲み込まれてしまいそうだ。
見ず知らずの人間を殺害したと認識し、父親の死を感じ取ったその時、空条徐倫は泣いた。
血がにじむほどに手を握り締め、震える肩を隠そうともせずに。

かき乱された彼女の思考は、果たしてどこに行きつくのか?



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最終更新:2009年09月03日 18:13