C-10。
鬱蒼とした木々が海風に吹かれざわざわと音を立てる。
そこはおよそ人が乗り込めるような環境ではなかった。
だが……そんな森林の奥深くに一軒だけ、小さな木造家屋が存在していた。
所々に群生している食用の野草、ニワトリか何かを飼っていたのだろう、穀物が入った皿が無造作に投げ出された庭。
そこはまるで、今さっきまで人が生活していたかのような空間であった。
そして現在、その家屋では本来そこで生活していた人物とは異なる人間が、闇夜の一室で休息を取っていた――

* * * *


エンリコ・プッチはこの現状に対し意外にも冷静だった。
彼の基本的な行動理念はどこにいたって変わるものではない。
それは実に単純な内容だった。だが彼はそれをちっともつまらないとは感じなかったし、むしろ喜ぶべき事柄として考えていた。
だから彼は「荒木が何をした」だの「なぜ自分がここにいるか」だのと言った事には一切関心を持たなかった。持つ必要がなかった。
ただ、彼が関心を持った事柄が一つだけあった。だがそれは荒木に関する考察でもゲームでの立ち回り方でもない。
「空条徐倫……。あの場に浮いていたのは徐倫の母親だったのか。
 ならば彼女は今、あの男――荒木と言ったか、あれに対する大いなる怒りと正義感を持って奮闘していることだろう。
 私が手を下しに出向くまでもないだろうな……」
自分の独り言に嫌気がさしたのか、そこまでしゃべったプッチはふう、と息をつき立ち上がる。
同時に少し離れた場所に放置してあったデイバックのもとに歩み寄り膝をついた。
そして、ごそごそと中に収められていた物を床に広げて支給品の確認を―――
「邪魔するぜ」
―――止めざるを得なくなった。

* * * *


この家の中に誰かがいるのは分かっていた。
普段はカーズ任せで滅多にやる事ではないものの、触れた壁の温度差で室内の状況を把握するくらいは朝飯前である。
自分の“流法”と“種族”に確固たる自信を持つエシディシは躊躇うことなくドアを開けた。恐怖などあろうはずもない。
「邪魔するぜ」
返答を待たずに乗り込んだそこには十字を模した青い服に身を包んだ男が一人――振り返るような態勢で硬直したまま、だがその眼には警戒の光を宿しながら――こちらを見つめていた。
だがそんな状況を目の当たりにしながらも、荒っぽい性格の持ち主であるエシディシは男が言葉を選んでいるのを待ちかねて自分から続けることにした。
「ん……どうした?こんな状況で先手取られて身動きも取れないか?少しは対応したらどうだ」
若干威嚇気味た口調になってしまったが言ってしまったものは仕方ない、少しだけ筋肉の緊張を緩め返事を待つ。
すると男は警戒の眼差しこそ変わらなかったもののゆっくりとこちらに向き直り大きく肩をすくめて溜め息をつく。
「あぁ――いらっしゃい、と言っていいものか……。荷物の整理をしていたんでね。来訪の準備もろくにしていないんだ」

予想外の返答に眉が持ち上がる。
「ほう……襲ってこないのか?俺が殺戮を求める獣だったらどうする気だ?」
変に言い回しをする必要はない。率直に質問する。思いのほか返答はすぐに返ってきた。
「あいにく刑務所の教戒師でね。殺人鬼なんか嫌と言うほど見ているんだ。
 それに、仮に君が人殺しだったら背後からいきなり襲ってくるだろう。違うかい?」
相手の冷静さと先を見越しているかのように余裕を込めるセリフ遣いがジョセフ・ジョースターを彷彿とさせ少々苛立つ。
だがそんな中――エシディシはこの男の話にもう少しだけ付き合ってみたい、とも心のどこかで思っていた。
長い長い生涯の中でも目の前の人間のようなタイプとの出会いが初めてだったからであろう。
「……確かにそうだ。もっともな意見だな――面白い奴だ、名前は?」
「人に名前を聞くときは自分から名乗るものだろう?まぁいい……私はエンリコ・プッチ。プッチ神父と呼ばれている」
「そうか。俺の名はエシディシ。人間は俺達の事を“柱の男”とか呼んでいたな」
面白い人間とは言えどの道消す相手だ。何も嘘を言う必要はない、と単純な自己紹介をする。
会話が途切れ、またも二人の間に沈黙が流れようとしたが今度は神父の方がすぐにその沈黙を断った。
「柱の男、か……なかなか面白い自己紹介だな。それで、ここに入ってきた目的は?」
神父――プッチと言ったか――も自分に気遣いをすることなく質問してくる。その態度に思わず口元が笑みを形作る。
「太陽光に弱い体なんでな。貴様に立ち去ってもらいここを根城にする」
率直な質問には率直な回答がいいというものだ。またも嘘偽りなく目的を告げた。
「太陽アレルギーか……同じ体質の友人がいるんだ。結構いるものなのかな?
 ……と。話が逸れたな。それに対し何か私にできることは?」
プッチの言葉にぴくりと反応したが驚くようなことではなかった。大方“食糧”の事を言っているだろう。まさか人間と馴れ合うものがいたとは……
だが、深く考え込む必要もない。思考を会話の方に戻し、再度告げる。
「出て行けと言った。嫌だと言うのならこの俺が直々に消してやっても構わない」
これで出て行かなかったら容赦なく“血液”を流し込んでやるつもりだった。
だが――理由はエシディシ本人にも理解は出来ないが――こうして話をするうち、先程まで感じていた苛立ちはどこかへ消え失せてしまっていた。
血液を流すつもりだったものの、本当に俺はこの男を襲うのだろうかと疑問に思ってしまう程にエシディシの心境は揺らいでいたのである。
「そうか……仕方ない。荷物をしまったらここを出ることにしよう」
そんな思考を遮ったプッチは一寸の抵抗もなくあっさりと要求を飲む。その態度にもはやエシディシの好奇心はくすぐられる一方だった。
そして同時に―――消えた苛立ちに代わるように流れ込む血液が頭を冷やし、冷静な思考ができるようになってきていた。
やがて、ある一つの結論に辿り着く。ここでコイツを逃がすのはなかなか惜しい、と。
「……フ、お前――つくづく面白い奴だな」
「なにが?」
思考の末に出した言葉に対する神父の即答ぶりに少々驚く。だが――“事を進める”には何の問題もなかった。
「抵抗しないのか?俺はもしかすると貴様が後ろを向いた瞬間に攻撃しようとしている殺人者かそれ以下のヤツかも。
 それとも“出て行く”と言いながら実は迎え撃ってやろうなどと言うつもりか?」
それを聞いた神父は、今の言い回しに思い当たる節でもあったのか……ふっと笑みをこぼし、すらすらと返答してきた。
「そうしてほしいのかい?
 だが……柱の男――人外の生命か何かかい?そんなウソは殺人者はつかないだろう。たとえ悪魔だってそんなウソはつかない。
 きっと本当だからそう要求したんだと思う。迎撃なんかするものか。
 それにさっきも言っただろう、君が本当に殺人者なら容赦なく襲ってくるはずだと」
やはり――と言うべきだろうか、この一言でエシディシの思考は完全に一つに定まった。
「なるほど……お前、気に入ったぞ」
一息つきそう切り出すと神父は怪訝な顔をして答える。
「どういうことだ?」
「文字通りの意味さ。俺はお前が気に入った。十分な理由だと思うがな。
どれ―――俺と手を組まないか?」

* * * *


一方のエンリコ・プッチも目の前の男と会話をするうちに“いずれこう言った展開になるだろう”と言う事は予測していた。
そして――本当にそうなるとすれば願ってもいない幸運だった。命令をする部下はいたが、対等な立場として話し合う相手など自分には多くはなかったのだから。
「………内容は?」
やや間を置き冷静に質問する。
「先にも言ったが太陽に弱いんだ。昼間に動けるやつを手元に置きたいのは俺としては当然の発想ではないか?
 貴様にも当然メリットはある。俺は戦闘術、身体能力、どれをとっても人間どもには及びもつかないだろうな。
 戦闘になったら俺が出よう。」
裸族と言っても過言ではないような奇天烈な服装の男がこうも得意げに話す。2011年の日常では到底信じがたい発言だ。
だが相手の自信に満ちた声色からそれが真実である事をひしひしと感じる。
そして――相手がこれ程の自信家だったという事は予想を超えていたが――これもほぼプッチの予想通りの答えであった。そうすれば次に聞く事はひとつしかない。
「なるほど……それで、他には?たとえば今後の活動方針だ」
恐らく―――こう返ってくるだろう。
「そうだな――昼間は動けないのでな、とりあえずしばらくは動く気はない。カーズもワムウも俺が手伝わなければならないほど脆弱でもないしな」
ほらきた。プッチは予想通りの返答であった事を喜ぶ気はなかったが“相手と利害が一致する”と言う点で喜びの感情が湧き、そしてほんの少し安堵した。
「そうか。それならいいだろう。このゲーム、多く殺した奴が優勝という訳ではなさそうだし無理に動いて傷を負う必要もないという事か。
 なかなか切れ者なんだな。その案、乗らせてもらう事にしよう」
一息でそこまで言い切ったプッチはエシディシの返答を待つ。
「グッド……契約成立だ。これで貴様は俺の敵にはならんと言う事だ。能力差でも……文字通りの意味でもな。
 もちろんその逆も然り。俺は貴様の敵になる事はない。
 貴様は俺に対し“ここを根城にしてもいい”と言い出て行こうとまでした。そこまでする相手に対しては俺なりに敬意をはらうと言うのが道理」
意外だった。いくらプッチでもそこまで計算して言ったつもりではなかったのだ。そして――敬意、と言う言葉にも。
「なるほど―――小さな親切心が感謝されて多大な恩恵を受ける、と。そういう事か」
「そういう事になるな。だが―――」
エシディシの言葉を遮って言う。
「馴れあうつもりはないから勘違いするな、だろ?それは私も同意見だ。協力する仲間と信頼できる友人は必ずしも一致はしない」
「――分かっているではないか。だがお互いの力を知らぬことには協力もくそもあったものではない。見せてもらうぞ。その自信を裏付けする貴様の力」
エシディシがにやりと笑いながら言う。だがその質問に対する答えは今すぐに答える必要はない。まず自分がやらなければいけない行動は―――
「あぁ。だが立ち話もなんだ。部屋で話すとしよう。支給品の整理もほったらかしだった」
プッチのとった行動、それは“歓迎”であった。踵を返し室内へと歩き出した。
その背中を見つめながらあぁ、と呟いたエシディシがひょいと自身のデイバックをつまみ上げプッチを追うように歩きだす。

やがて――闇夜の森林に、バタンと扉が閉まる音が響き渡った。


【C-10 森林奥の家(アヴドゥルの隠れ家)/1日目 深夜】
【純白の大蛇と炎の策士 in 魔術師の別荘】

【エンリコ・プッチ】
[時間軸]:JC6(69)巻、ヤドクガエルに“破裂する命令”をした直後
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(部屋の中に散らかっています)不明支給品1~3(本人も確認していません)
[思考・状況]
基本行動方針:ディオのもとへ、天国へ
1.無理に出歩く必要はない(ゲームへの参加方針という意味で)
2.こいつ(エシディシ)は良い奴のようだ。しばらく一緒にいてみよう
3.エシディシと情報交換をしたい

【エシディシ】
[時間軸]:JC9巻、ジョセフの“糸の結界”を切断した瞬間
[状態]:健康、ちょっとハイな気分
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3(本人も確認していません。と言うよりデイバックを開けていません)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る(乗る乗らないは現段階では不明)
1.無理に出歩く必要はない(太陽に弱いという意味で)
2.こいつ(プッチ)はなかなか面白い。しばらく一緒にいてみよう
3.プッチと情報交換をしたい

備考
二人ともお互い「気が合う、面白い」といった理由で手を組んでいるので利用する等の発想は現段階ではありません。
アヴドゥルさんの隠れ家はC-10の中央、地図の【人】の字のあたりにあります。


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エシディシ 47:死刑執行中パニック進行中
エンリコ・プッチ 47:死刑執行中パニック進行中

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最終更新:2010年10月12日 11:29