シュトロハイムさんは気さくで豪快な人だった。少し高慢ちきで無神経なところもあるけどその率直さが今の僕をホッとさせた。
身の丈に合わない期待、過剰なプレッシャー。もしシュトロハイムさんもそんな風に僕を扱っていたらさぞかし参ったと思う。
シュトロハイムさんにとって僕は単なる日本人の少年。僕に対してああだこうだと望むようなことはしない。
ただの一人の人間として等身大の僕でいられる、背伸びしないでいいことが僕の肩の荷を下ろしてくれた。

「なァに、康一ィ! 貴様は何ぞ悪いことはしとらん、少年は少年らしく健全にまっとうに、大船に乗った気でいるがいいッ
 殺し合いなんぞにこのシュトロハイム、そしてわれらが同盟国民を巻き込んだ事を後悔させてくれよォオオ―――――ッ!!」

シュトロハイムさんは何を考えてるのか……こう言ったら失礼かもしれないけど、もしかしたらなんにも考えてない人なのかもしれない。
けどその見た目の奇天烈さ、常に高いテンションからは想像もできないぐらい実際頼りになる人だ。凄い人だと思う。
玉美さんがいなくなった後、僕らは互いに話した。それは主に『この数時間何があったか』だった。
僕が話に詰まった時、シュトロハイムさんは上手く言葉を引き出してくれた。うまく要点をつかみ、情報を整理し、僕の言いたい事はだいたいは理解してくれたみたいだった。僕自身、ほとんど言うべきことは言えたと思う。

シュトロハイムさんと話をして驚いたことは、スタンド使いでないシュトロハイムさんにスタンドが見えるようになっていたことだ。何故だか僕にはわからなかったけど、ここではだれでもスタンドが見えるようになっていると考えたほうがいいかもしれない。
また、シュトロハイムさんが話してくれた話もびっくり仰天の連続。柱の男、波紋使い、石仮面、エイジャの赤石……僕自身がスタンド使いでなければきっと正気を疑っていただろう。それだけぶっ飛んだ話だった。


「気ィイイイになるぞォオオオ!! スタンド、未知の可能性ッ 異なる能力、常人には与えられぬ天武の才能ッ
 であるならば我ら崇高なるゲルマン民族にスタンドを授けることが不可能であるはずがないッ
 なぜならァアア……ドイツの科学力は世界一ィイイイ―――ッ!
 スタンド能力の分析と研究による人工的能力開発……、フフフ……もしこれができたならば戦線は拡大、そして…………」


シュトロハイムさんはスタンドのことを考えてるのか、ゲルマン、スタンド、待ちきれないッ と小さな声で呟き、ニヤニヤしていた。
僕はそんな横顔を見ながらどこまでこの人を信頼すればいいんだろうかァ、と悩んでいた。
シュトロハイムさんが悪人だとか信用できない、ってわけじゃあない。僕を助けてくれたし、一人の人間として僕に敬意を示してくれてる。
簡単なようだけど殺し合いの中でそれをするってのはなかなか簡単ではないと思う。とても立派で尊敬できる人だ。

けど少し“おかしい”のだ。
今は1999年だし、戦争なんて歴史の教科書に載るぐらい昔の事。日独伊なんちゃらかんちゃらなんてものはもはや存在しないし、アドルフ・ヒトラーはとっくに死んでいる。
シュトロハイムさんの言っていることはめちゃくちゃだ。
それだけじゃない。シュトロハイムさんの身体は機械で作られていて、まるで漫画やアニメのサイボーグみたいだ。
僕の知る限りじゃ最近ようやく二足歩行のロボットができたとかできてないとか、そのレベルだったはずなのに。
本人いわく ドイツの科学力は世界一ィイイイ―――ッ! だ、そうだけれども。

はたしてシュトロハイムさんは何者なんだろうか? 一体どこまで信じればいいのだろうか? 全部作り話なのだろうか。それとも僕を笑わせるための悪趣味なびっくりなんだろうか。
……違う。僕は即座に自分の思いつきを否定する。とてもじゃないが冗談ではない、それだけは断言できる。
シュトロハイムさんは言っていた。一番最初、ホールでの事、シュトロハイムさんの友人があの首輪を爆破された三人のうちの一人だったらしい。
快活でいつも騒がしいシュトロハイムさんが、この時ばかりは神妙な顔つきになっていた。友人の死を語る軍人の顔になっていた。
そんな人がめちゃくちゃな嘘をつくだろうか? ありもしない作り話を大真面目に語るだろうか?

僕も名前と顔を知っている空条承太郎さんが目の前で殺されたことは相当ショックだった。今でも信じられないぐらいだし、仗助君のことが心配だ。
人の生き死には決して冗談で済まされない。死んだ人のことを想って今を生きているシュトロハイムさんのことを、僕は信じたい。

けれど釈然としないんだ。僕は今、混乱している。
どうすればいいんだろう? 一体何が起きてるんだろう? シュトロハイムさんはいったい何者で、なにがどうなってるんだ?


「止まれィイイイッッッ!」


突然の大声に、文字通り僕は飛びあがった。
見るとさっきまでニヤつき顔だったシュトロハイムさんは険しい顔で橋の向こうに広がる暗闇を睨んでいる。

「警告だッ それ以上近づくようであれば30mmの鉄板をも貫く重機関砲が貴様らをハチの巣にするぞォオオオ―――ッ!
 ……康一、車のキーが俺のポケットに入っておる。タンクローリーのライトをつけてきてくれないか」

僕にだけ聞こえるように出された指示に従い、僕はタンクローリーに向かう。
車を運転している両親の姿を必死で思い出し、ああでもない、こうでもないと悩みながらもなんとかライトをつけることに成功した。


     ピカァアアアア―――……ッ


ライトに照らされ、姿を現したのは二人。
一人はテンガロンハットをかぶった、まるでカウボーイのような恰好の男の人。ルックスもイケメンだ。
もう一人も負けず劣らずのハンサムな学生。バッチリと決めた学ランを着て、首から下げたスカーフがとても似合っていた。
突然の光に反射的に二人は手をかざし、眩しそうに目を細めていた。

「まずは名乗ってもらおうかッ 忘れるなよ、余計な事を言おうものならすぐさま撃つぞッ」
マウンテン・ティム、保安官だ」
「……噴上裕也

役に立つのか、足を引っ張ることになるのか。今の僕は正直どっちだろうか。
ただの子供でありながら、普通の子供とは違いスタンドという不思議な力が使える。けれどもその不思議な力というのはたかが音を張り付け相手を惑わしたり、騙す程度のちっぽけな能力。戦力と呼ぶには心もとない。
結局僕はシュトロハイムさんの後ろに立ち、何か起きたとしてもすぐに行動できるように、気持ちだけは準備しておくことにした。
シュトロハイムさんならすべき事があればすぐに指示をくれるだろうし、邪魔になりそうだったらはっきりそう言ってくれるだろう。
子供は子供らしく。シュトロハイムさんの言った通り、僕はまだ大人に頼るべき少年なんだ。

「……康一? おい、康一じゃねーかッ!!」

その時、タンクローリーの光に目が慣れたのだろう、煌々とライトで照らしだされた内の一人が突然声をあげた。
見ると高校生らしき男の子が僕のほうを向き、叫んでいる。銃を突きつけられている以上、動くことはできないが、僕のほうを確かに見て嬉しそうな顔をしている。
だけど僕には全く心当たりがなかった。彼とは一切面識がなかった。覚えている限りじゃ、僕は“今”初めて彼と会ったはずなんだけれども……。

そもそも僕の高校生活は始まったばかりで、クラスメイトの顔もまだ覚えきれていない。友達どころか、知り合いすらまだまだ少ない段階なのだ。
クラスのみんなは僕のことを広瀬とか広瀬君、って呼ぶし、『康一』なんて親しげに読んでくれるのは覚えてる限りじゃ仗助君ぐらいなもんだ。
シュトロハイムさんが顎を撫でながら僕のほうをちらりと見た。きっと困っているのが顔に出ていたのだろう、僕に声をかけてくれた。

「知り合いか?」
「……いえ、多分ちが……――」
「この不届きものォォオオオオ――――ッ!! 我々を騙そうとしてもそう上手く事は運ばんぞォオオ―――――ッ!!」
「は、何言ってんだよ、お前! 俺だよ、忘れちまったのか?
 そりゃ確かにおめ―とは実際つるんだり、一緒に飯食ったりするようなことはしなかったけどよォ、一緒に戦ったじゃねーか!
 あのクソゲスな紙使い! 仗助が本にしちまったスタンド使い! 覚えてねーのかよッ!?」

そっからさきは訳がわからなかった。彼の言うことには全く覚えがなかった。そのくせに全部が全部、嘘でもなかった。
僕と仗助君に関して、杜王町について、ぶどうヶ丘高校について、承太郎さんについて、虹村億泰君について。

その一方で僕がまるで知らないことも次々と話題に出てくる。
殺人鬼”吉良吉影、“超人気漫画家”岸辺露伴、弓と矢について、僕のスタンドとその能力。
何より一番驚いたのは山岸由花子という女の子についてだ。
彼女は僕のことが好きらしい。そして僕も彼女のことが好きで、なんと付き合っているらしい!
この僕が、女の子と付き合っているッ!? とてもじゃないが信じられない。

「貴様ァアアアア さっきから黙っておれば言いたい放題ぬかしおってェエエエ――――ッ!!
 スパイかッ 陽動作戦かッ どっちにしろ我々を混乱に陥れる情報錯乱戦術だというのならば容赦はせんぞォオオ! これは最終警告だッ!!」
「康一……、一体どうしちまったんだよ…………?」

シュトロハイムさんは少年の前に立ちふさがるように一歩踏み出すと、これ見よがしにマシンガンを大きく揺らす。それをわかってか、噴上君は弱り切った表情で僕を見ている。切実そうな目に僕は思わず視線をそらしてしまった。
どうすればいいのか、ほんとうにわからなかった。噴上君は悪い人じゃなさそうだった。言ってる事は無茶苦茶だというのに、全部が全部そうじゃない。
知り合いであるはずがないのに、彼は僕の事を信頼している。僕の事を気のいいやつだ、裏切るはずがない、そういう眼で見てくる。
けど……わからないんだ。だって、違うんだもの。僕は殺人鬼なんか知らないし、山岸由花子さんとは会ったことも見たこともない。
一体なんなんだ……? いったい何がおきて、僕は……どうすればいいだっていうんだ?

それでも気づくと、僕は必死でシュトロハイムさんをなだめていた。銅像のごとく直立不動、銃身を逸らすことなく突きつけた状態でいる彼の前に立ち、なだめすかし、説得しようとしていた。
友人じゃないけど、友人かもしれない人。よくわからないけど、決して悪い人じゃない人。僕はどっちの人にも悲しんでほしくなかったし、僕のせいで誰かが傷つくなんてそんなことは絶対に嫌だったから。

「……ユウヤ、さっき話した事、覚えてるか? 君がそんなことありえるか、馬鹿馬鹿しすぎる、そう言った話だ。」
「あれは……!!」

その時、今まで黙って静かにしていたカウボーイの男の人が口を開く。
噴上君が何か言いかけたがカウボーイはそれを無視し、遮るように強く太い声を響かせた。
シュトロハイムさんは動きを止め、その言葉にじっと耳を傾ける。

「マウンテン・ティム、一人の平和を愛す保安官としてッ 約束を貫き通す一人の男としてここに宣言するッ
 我々に敵意はないッ! 戦闘の意志もなく、貴方達を陥れようなんてことは神と愛する祖国に誓い、ないと断言しようッ
 ミスター・シュトロハイム! どうか矛を収め俺たちの話を聞いてほしい。これはもはや俺たちだけの問題でもなく、君たちだけの問題でもない。
 事件に巻き込まれ、今この時も殺し合いを強要されている全ての被害者の問題ッ! フェアな情報交換をお願いしたいッ!!」

力強い宣言だった。沈黙の中、シュトロハイムさんがマウンテン・ティムを見る。マウンテン・ティムがシュトロハイムさんを見返す。
僕のようなひよっ子にはわからない。けど二人は無言の会話を通して言葉以上にわかりあったようだった。
これ見よがしに振りかざしていた銃を収め、シュトロハイムさんが二人を手招きした。
僕を含め全員をタンクローリーまで誘導すると、ライトを切り僕ら四人は車内で膝をつき合わせた会話にうつる。
それが更なる混乱と驚愕になるとは知らずに。






運転席に座ったシュトロハイムさんが、神経質そうに一定のリズムを指で刻む。コツコツと金属製の指が心地いい音をたてていた。
助手席に座るティムさん、整った顔の眉間に皺が寄り、外を眺めながら物思いにふけっている。
そして隣に座る墳上君は戸惑いの表情。苛立ち気に首から下げたスカーフをもてあそび、しきりに鼻を鳴らしていた。
僕はと言うと、暗闇の中、当てもなく視線を泳がしている。車のライトは消え、薄暗がりの中で僕は混乱する頭を必死で沈めようとしていた。

さっきの話声と光で、他の参加者を引きつけることになるだろうからとティムさんは移動したがっていた。だがシュトロハイムさんは四人での情報共有を優先した。
それは彼がこの情報交換がすぐに終わるものと思っていたからだ。僕という前例があったからそんなに時間はかからないものだ、そう思ってたのかもしれない。
だが四人での会話、そこから見えてきたものはまるでおとぎ話のような真実。僕ら二人の会話が砂粒ほどに見えるほどのビッグインパクト。

「それで……結局どうすんだよ?」

重苦しい雰囲気を破るように墳上君が言った。僕の隣、後部座席からバックミラーに映る前の二人を見つめている。
シュトロハイムさんは無言で僕らを見つめ返し、ティムさんはテンガロンハットをかぶりなおした。
噴上君も本気で返事を期待したわけでもないのだろう、顎を二、三度かくとまた黙りこむ。僕を含め、今わかったことを誰もが受け入れきれてないのだ。
僕らが時間を、あるいは時空をこえて集められたということに。 スティーブン・スティールもただの傀儡でしかなく、その後ろにいるであろう黒幕の底知れなさに。

「俺は殺し合いに乗る気は一切ない。平和を守り、市民の安全を確保するのが俺の仕事であり、俺は自分の仕事に誇りとプライドを持っている。
 俺の提案としては当面は仲間探しだな。主催者に反抗するグループの結成、殺し合いの破壊、そしてここからの脱出。
 人数が多ければ多いほどアイディアは出てくるだろうし、技術者もいるかもしれない。コイツを分解できるような、誰かがな。
 それにせっかくこんな立派な“足”があるんだ。使わない手はないだろう?」

いくらか経った後、ティムさんの落ち着いた声がした。シュトロハイムさんが続いて賛成の意見を唱えた。
噴上君も納得したように頷いている。僕には反対する理由もなく、これからの行動方針は決まった。
協力者集め ―― 僕らはこれからいくつか施設を周り共に戦ってくれる人を探すことにした。


ティムさんの宣言の後、僕らは互いに話をした。いろんな事がわかったが一番の衝撃は決定的な矛盾。時代の違い、歴史の違い、認識の違い。
一人や二人ならまだもしかしたら“たまたま”知らなかった可能性もある。だけど四人が四人ばらばらの事を言い、知らなかったじゃ説明できないほどの矛盾があった。
ティムさんは1890年のアメリカ、シュトロハイムさんは1938年のドイツ、僕と噴上君は1999年の“二つ”の日本。
僕らは違う時代を生きていた。そして違う歴史、違う世界を生きていた。小説や漫画でよく目にするパラレルワールドってやつだ。
さっきの噴上君の話しは“未来の広瀬康一”のものだったみたいだ。殺人鬼吉良吉影との死闘も、山岸由花子さんとのラヴロマンスも、杜王町に存在する七不思議も全て未来の僕が経験すること。

今三人は地図を広げ、どのルートをどう取るべきかで熱い議論を繰り広げていた。僕は車の運転経験もないし、これといった案もなかったのでお任せすることにした。窓越しに広がる暗闇をぼんやりと眺めていた。
あまりに突拍子がなさ過ぎて、いまいち現実感がわかないというのが今の僕の正直な気持ちだった。そりゃ確かにスタンドなんて不思議でなんでもありな力がある以上、時間や空間を超えるスタンドがあってもおかしくはない。
けど不思議と恐怖は湧いてこなかった。突拍子がなさ過ぎて僕にはピンとこないのだ。
軍人、保安官、豊富なスタンド経験。三人はそれぞれ脅威に思える基準がある。これがどれだけ大きな力で、恐ろしいかということが直感的にわかる。
今もその気持ちがあるからこそ真剣にルートを議論し、可能な限り素早い行動に移ろうとしている。それが今までの経験上でどれだけ大切なことがわかっているから。


でも僕は違う。数週間前までただの中学生だった、この僕には。


『少年、君はたいした英雄(ヒーロー)だったぞォ!!』


僕は違う。ただの学生だ。ただの子供だ。
たまたまスタンド使いになっただけ。それ以上でもないし、それ以下でもない。
そう繰り返し言い聞かせているのに、こんなにも苦しい。
ダイアーさんが最後の力で治してくれた腕がズキズキと痛む。噴上君が“過去の僕”を見て、拍子抜けしたような表情をしていたのが忘れられない。
未来の僕はどうしてそうなれたんだ。どうして強く立ち向かえたんだ。


どうして……『  』なんかに…………―――――。




「静かにッ」
「……どうした、ユウヤ?」


車内に突然鋭い声が響いた。声の元は噴上君、指を立て神経を集中させ、何かを探っている。いきなりの警告にティムさんが辺りを警戒しつつも尋ね返す。シュトロハイムさんも大きな身体を捻り、窓越しに鋭い視線を辺りに飛ばしていた。
噴上君に僕ら3人の視線が集中する。彼は静かにしてろ、と口の前で指を立てしきりに鼻を鳴らす。真っ暗やみの静寂に、衣擦れや風の音が響いた。
時間にしたら数秒だろうか、気配を察知した噴上君が口を開いた。表情は険しく、その口調には若干の焦りが含まれていた。

「シュトロハイム、さっきてめー言ってたよな? 柱の男、だっけか。奴らは全身で相手を捕食して、一つ一つの細胞で人間や吸血鬼を食う。そう言ったよな?」
「ああ」
「…………臭い、だが一体何の臭いだ? 鼻が曲がっちまいそうだ……生臭い、けど魚や肉じゃねェ。
 新鮮な肉じゃねェくせに、妙に刺激が弱いのがさっぱりわかんねェ。なんだ、これは……? こんな臭い、嗅いだことがねェ」
「一体どうしたっというのだ、噴上よォ? まさか柱の男がいるとでもいうのかァ?
 だとすればいったいどいつだ? カーズか、ワムウか、それとも我々が知らぬ新たな柱の男か?」
「…………ッ?! 車を出しやがれッ、シュトロハイムッ!」

急発進しようとした車体。ギアが入ってなかったのか、大きなタンクローリーは揺れ、黒い煙が噴きあがる。
油断していた僕はしこたま頭を天井にぶつけ、眼から火花が飛ばす。痛みのあまり涙目になりながらも見ると、シュトロハイムさんが大急ぎで発進の準備に取り掛かっていた。
急発進の元凶、噴上君はと言うと席から身を乗り出し、運転手をしきりに急かしていた。それにしても尋常じゃない焦り方だ。
焦らされるほうはたまったもんじゃない様子で、シュトロハイムさんが盛大に悪態をついた。

「一体何が何だって言うんだッ」
「イイから出しやがれ!状況は走りながら説明する! いいから今は…………ッ」

ヘッドライトが灯され、それを合図にしたかのように彼は黙りこむ。噴上君をのぞく僕ら三人も、彼の焦りと言わんとした事を目の前にして黙りこんだ。
ブジュル、ブジュルと微かにガラス越しに聞こえる音は耳触りで、不愉快極まりないもの。目の前に広がる光景も負けず劣らずの、吐き気を催す惨劇場。
二人と言えばいいのか、何人かと何匹と言えば正確になるのだろうか。とりあえず確かな事は一つの捕食者と、一つ以上の被捕食者がいる。
食べられているほうはもはや虫の息。大柄な男のようだった。一体どうなってるのかまるで分らないが顔から突き出た何匹かの蛇も、まるでつまみのように一緒くたに……『食べられて』しまっている。
身体の大部分はもはや消化され、僅かに残った食べ残し具合がグロテスクさに一層拍車をかけている。隣で噴上君が口を押さえていた。
これが、シュトロハイムさんが口にしていた“柱の男”……ッ 全身で相手を捉え、消化する。

「つまりこいつがアンタの言う『柱の男』というやつか、シュトロハイム?」
「……三人とも、今すぐシートベルトをつけろ。怪我をしても俺は保障せんぞ」

言葉もない僕とは対処的に眉一つ動かさず、冷静な声でティムさんが話しかける。
話しかけられたシュトロハイムさんはしばらくの沈黙の後、言葉を返す。質問には答えず、黙って従え、という意が容易にそこから読み取れた。
胃の底に響くような音をたて、タンクローリーのエンジンがうねりをあげる。獲物を前にしたライオンが喉を鳴らすように、低い音。
シュトロハイムさんの唇がめくり上がる。容赦は一切なし、目の前の敵を排除する、残忍さむき出しの、ゾッとするようなゆがんだ笑顔だった。

「貴様が何故生きているのか知らんが……今ここで再び、始末してくようぞ、サンタナァアア―――――ッ!
 貴様に与えられた痛み、屈辱ッ その身に刻んでやろうではないかァアア―――ッ!」

咆哮とともにタンクローリーは直進していく。超重量級のこの列車でシュトロハイムさんは引き殺すつもりなのだッ
打撃、斬撃、弾丸、圧力。全てに対して並はずれた抵抗力を持つ奴らに対抗すべく、シュトロハイムさんはさらにアクセルを踏み込んだッ

「くらえサンタナァアア――――ッ!!」

衝突音、車体に走る衝撃、暗闇で何が起きたか僕からはよくわからなかった。フロントガラスを遮るように一度だけ影が走り……そして静寂。
息をのむような沈黙だったがそれはすぐに破られる。僕が黙っていたのは現状がよくわかっていなかったから。だけど他の三人は違ったようだ。
額に汗を浮かべ、引きつった表情。前の席に座った二人は一切警戒心を解いていない。噴上君がぽつりと、つぶやいた。

「…………やったのか?」
「あれッ!」

その時、僕は見た。何気なく視線を向けただけだった。別にそれを見つけようとしたわけではなく、言うならば見てしまったのだ。
口から飛び出た声は僕が思ったよりずっと大きく、緊張で高くなっていた。僕が指差したサイドミラーを一斉に三人は見る。
背筋につららを突っ込まれたような寒気。サイドミラーに映ったのは今しがた跳ね飛ばしたはずの……今しがたシュトロハイムさんが始末したはずの、柱の男だったッ!

「おいもっと飛ばせねーのか!? このままじゃ追いつかれんぞッ!! あんな化け物野郎、俺たちだけじゃ無理だッ このままいったら俺たち、皆殺しだぞッ!?」
「慌てるな、ユウヤ……いざとなったら川に飛び込めれば逃げ切れる可能性もある。本当の最終手段だが、まだあわてるような状況ではないッ」
「それもできんようだぞ、マウンテン・ティム……」

混乱の中、それぞれがありのままの言葉を口にする。
墳上君は焦り、恐怖を前に叫ぶ。ティムさんは努めて落ち着いて口調で冷静を呼びかけようとするも、柱の男の規格外のタフさを前に額に冷や汗を浮かべる。
そしてシュトロハイムさん。ひきつった笑顔に余裕は一切ない。強がりでもなく、ただただ驚愕の事実を前に笑うしかない、そんな感じの表情だ。
一瞬だけ視線をミラーに向け、アクセルを一踏み。うねりをあげて、車が加速する。シュトロハイムさんが食いしばった歯の間から言葉を捻りだす。

「くそッ、俺は決して奴を侮ったわけではないッ 簡単に轢き殺せるなんて思ってはいなかったわ……
 だがそれでも奴が、ここまでの……これほどの化け物だったとはッ
 奴はこの“車”という機械の構造を完ぺきに理解している! この殺し合いの中での数時間で身につけたのか、あるいはそれ以外の場所で知識として理解したのか。
 とにかく今の一瞬の交錯の際、奴は肉片を利用したのか、あるいは直接その身で行ったのか。
 このタンクローリー……もはやブレーキが利かんッ! この車はたった今、この瞬間から……」

開き直りにも似た表情。悟り切り、覚悟した眼で僕らの顔を順に眺めると、最後の一言を言いきった。


「暴走列車になるッ……!」


呆然とする僕ら二人を脇目に、大人たちは動きを止めない。
シュトロハイムさんは片手でハンドルを操りつつ、ポケットから地図を取り出した。そんな彼に向ってティムさんはデイパックをあさりながら、一言二言、言葉を交わした。
その眼に星屑のように輝く、力強い希望を宿して。



「運転は君に託したぞ、シュトロハイム。コーイチ、ユウヤ、腹をくくれ……四の五の言ってる暇はない。
 俺たち三人で奴を……叩くッ もしがそれができなければ……」



止められない。僕らはもう進むしかない。後戻りはもう、できない。
どうしてこうなった。思わず浮かんだ不平や不満。そう思った所で何も変わらないとはわかっていても、そう思わざる得なかった。
もはや僕らに残された道は、一つ。


「俺たち四人は全員、朝日を拝むことなく……死ぬことになるッ」







数時間……たったの数時間で僕の周りは劇的に変化した。
僕はそんな状況に出会うたび、慌てふためき、嘆き、苦しみ、それでも最善の選択肢を目指しもがいてきた。

突然見ず知らずの男に襲われた時、僕のような弱い人を戦いに巻き込むまいと必死だった。
倒れ伏し、死にそうな怪我を負った命の恩人に僕は逃げてほしかった。
そんな人がそれでも立ち上がり、一歩も引かずに戦った時、なんとか手助けがしたかった。
僕を信頼し、期待してくれる人の期待に、僕は何とかこたえたかった。

そして今、またこうやって途方もない困難に立ち向かうしかない状況に直面する。
なんで僕がこんな惨めで、残念な気持ちにならなきゃならないんだ? そんな気持ちがわいてくる。マグマのような怒りが僕の中で込み上げる。
やつあたり? ああ、そうだ、そうかもしれない。だけど自分の命惜しさに素直に殺し合う……そんなことが素直さだというのならまっぴらだッ!

ああ、いいさ! いいとも、やってやるとも!
化け物だろうが、なんだろうがかかってくるがいいさッ!
やってやる。僕は、僕らは…………負けてなんかやらないぞッ!!












さぁ、お手並み拝見と行こうか……。“勇敢なる”ヒーローたちよ!






【怪人ドゥービー 死亡】

【残り 122人】



【F-5 南東部路上/一日目 黎明】
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → ???
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(小)、錠前による精神ダメージ(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず殺し合いには乗らない。
0:サンタナをどうにかする。
1:各施設を回り、協力者を集める。

ルドル・フォン・シュトロハイム
[スタンド]:なし
[時間軸]:JOJOとカーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:タンクローリー運転中。
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊。
0:サンタナをどうにかする。
1:各施設を回り、協力者を集める。

【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:ブラックモアに『上』に立たれた直後。
[状態]:なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
0:サンタナをどうにかする。
1:各施設を回り、協力者を集める。

【墳上裕也】
[スタンド]:『ハイウェイ・スター』
[時間軸]:四部終了後
[状態]:なし
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:生きて杜王町に帰るため、打倒主催を目指す。
0:サンタナをどうにかする。
1:各施設を回り、協力者を集める。




【サンタナ】
[スタンド]:なし
[時間軸]:後続の書き手さんにお任せします
[状態]:なし
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:???
0:???


【備考】
四人と一人は東に向けて爆走中です。どのぐらいの速さ、ルートは次の書き手さんにお任せします。
F-5、南東部路上にサンタナ、怪人ドゥービーのデイパックが放置されています。



投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
GAME START ドゥービー GAMR OVER
031:NO HEROES ルドル・フォン・シュトロハイム 080:披露
GAME START サンタナ 082:英雄失格(ヒーローしっかく) 前編
031:NO HEROES 広瀬康一 080:披露
GAME START 噴上裕也 080:披露
GAME START マウンテン・ティム 080:披露

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年12月09日 02:12