じっと空を眺める男の後ろ姿がそこにはあった。遠く広がる空には藍色が滲み始め、いよいよ太陽の光も強まり始めていた。
思えば遠くまで来てしまったものだ、と男は思った。走って、走って、走り通して……ついにはこんなところまでやってきてしまった。
不意の哀愁が彼を襲った。ただ理由もなく、乾いた砂漠と一族の歌が懐かしくてたまらなくなった。
時間は恐ろしくゆったりと辺りを漂っている。男は手元に残った紙切れに、もう一度眼を落した。
何人もの名前がそこにはあった。数えるのも億劫になるほど、人の名前が記されている。
そのどれもが彼にとってはどうでもいいことのように思えて、男は黙って名簿をカバンにしまいこんだ。
今は考えるよりも行動しよう。為すべき事を終えれば幾らでも時間はあるはずだ。
静まり返った街並みを一人、男はゆっくりと進んでいく。
恐れる必要はない。何一つ見逃すまいと辺りに眼を配り、彼は慎重に足をすすめていった。
ジョニィ・ジョースターはそう遠くない場所にいる、と彼は思っていた。
これと言った理由があるわけではない。強いて言うならばあの青年が見せた暗く冷たい眼だろうか。
あの眼を思い出すたびに、彼の中でその想いは大きく膨らんだ。それは次第に思いというより確信にすり替わっていった。
ヤツの眼を思い出せ。あれは覚悟の座った目だった。自分の目的のためならば難なく一線を超えてしまえる眼。
ヤツは、俺と同じ眼をもっている。ジョニィ・ジョースターは俺と同じだ。目的のためならば手段や方法を選ばない意志。
それをヤツは持っている……!
ピりッ……と空気が張り詰めていくのを感じ取った。もはやそれは男の中で確信と言うものから確固たる事実として姿を変えていた。
男の足が自然に早まる。ぶるり、と電流が駆け抜けていくような感覚が彼を襲い、彼の身体は戦いを前に自然と高揚し、緊張し、震えた。
男は足を進め続けた。一切気を緩めることなく街の道を歩き続け、そして次の十字路を左に曲がったところでピタリと立ち止まった。
いた。そこに立ちつくしているのはジョニィ・ジョースター。
二本の足でしっかりと立ち、左手は右手首を固定。銃の狙いを定めるように、その右手を彼目掛け伸ばしている。
即座に男はスタンドを傍らに呼び出した。わざわざスタンドを隠す必要はないと思った。
青年の背後に漂う薄い影は間違いなくスタンド像。どうせわかってしまうことならばわざわざ隠すまでもない。
青年の足が自由に動いていることは確かに驚くべきことだった。しかしそれもあまり考慮すべき事ではない。
この一本道、例え足が動こうが動かまいが、逃げ道はない。つまるところ、戦いは単純だ。
生きるか死ぬか。数時間後、ここに残るのはジョニィ・ジョースターか、
サンドマンか。
吸い込む息はどことなくざらざらしていた。呼吸を躊躇うような重い沈黙が辺りを満たし、二人はその場に凍りついたように動かない。
狙いを定める青年の指先。懐に飛び込もうと力を込めた男の足。隙のない二人はどちらも動かない。動けない。
風が二人の間を通り抜けていった。沈黙を青年の言葉が破った。
「君は何のために戦っている……?」
ちょっとした静寂が二人の間を流れる。風が吹けば消し飛んでしまいそうなほど、薄い静寂。
「土地のため、家族のため、一族のため」
男は短くそう答えた。青年は何も言わず、ただ頷いた。返事のしようがなかった。
男は一呼吸置くと、歯の隙間から漏らすように息を吐き、話を続けた。
別に話す必要はなかった。二人は戦うべきはずで、おしゃべりなんかを楽しんでいる場合ではない。
だというのに、何故だかそうしなければいけないと思った。
そうしなければ自分の行為がまちがった、汚れたものに成り下がってしまう。そんな気がインディアンの彼にはしていた。
「俺はただ奪われたものを取り返したいだけだ。ほかは何も必要ない。
大地があって、精霊たちを祭る聖地があって、一族が暮らせるだけの場所があればそれだけでいいんだ」
「…………」
「綺麗事ばかり言ってはいられない。
例え土地と言うアイディアが俺たちにとって掴みどころのないものであったとしても……。
後から乗り込んできた者たちが、勝手に権利という紙きれで主張しようとも……。
俺はただ、俺たちの生活を守りたいだけだ。なによりも俺たちにとっての大切なものを守りたいだけだ」
「…………」
「……そして、そのためなら俺は躊躇わない。一族を救うためなら、俺はなんだってやってやる。
レースで一位にもなってやる。金を集めて買い取ってやる。誰かを犠牲にしなければいけないとでもいうのなら、殺しだって、やってやる」
言葉が宙に消えていくと、再び辺りは沈黙に満ちた。静けさが影を落として二人の間を漂う。
青年はゆっくりと手を下した。銃のように突きつけていた指先は地面を指し、背後を漂っていたスタンドが姿を消す。
青年は無防備な姿をさらしていた。チャンスだ、と男は思った。
何故そうしたかはわからないが、青年はみすみす大きな隙を見せていた。ジョニィは直立不動、サンドマンは臨戦態勢。
その一瞬は、大きな一瞬として勝負を決定づけしまうだろうというのに……青年は構えを解いた。
固く冷えたコンクリートの感触を確かめる様、そっと足先に力を込める。サンドマン、いつでも動ける体制で初撃を狙う。
青年はそんな動きを見せても、何も言わなかった。何も動かなかった。
黒く乾いた目線が男を突き刺すように見据えている。その沈黙は話の続きを促すようだった。
彼の懐まで飛び込むのにどれぐらいの時間が必要だろうか。何度跳躍をし、どれほど踏み込めばこの拳は彼に届くだろう。
もう何も話すことは残っていなかった。しかし、考える時間が欲しかった。
サンドマンは白々しいとはわかっていたが、話を続けた。彼の体を貫くイメージを脳裏に浮かべながら、青年の問いかけに答えを重ねる。
「だからジョニィ・ジョースター、俺はお前を殺す。お前にはここで死んでもらう。
遺体を大人しく引き渡せばと考えていたが、お前はあまりに知りすぎている。
足が動くようになっていて、俺の知らないことを多く知っているようにも思える。
取引を確実にするためにも、お前にはやはり死んでもらうしかない」
「……一族のため、聖なる大地のためか」
「ああ、そうだ」
青年はため息をこぼさなかった。その瞳に感情の波風一つ立てずに、彼は言った。
「―――ないんだよ、サウンドマン」
耳が痛くなるほどの沈黙が落ちた。
インディアンは眉をひそめた。まさに今飛びかかろうと、足に込めていた力を緩めた。
目の前にいる青年が放った言葉の意味が理解できなかった。彼の言い放った五文字の言葉が、一体何を指し示しているのか、彼にはわからなかった。
青年は繰り返す。なくなったんだ、とはっきりとした口調で繰り返した。男は何が、と聞き返すことができなかった。
青年の瞳は寒々しさを覚えるほどにからっぽだった。がらんどうの空洞の奥には感情が潜んでいるかどうかも、わからない。
肌の下で心臓が大きく膨らんでいくのがわかった。それが上下に揺れて、肺と喉が締め付けられた。男は無償に苦しかった。
沈黙がこれほどまでに苦しいということを、彼は今初めて知った。
今から始まるものが何であるにせよ、決して良くないものだということだけはわかっていた。
多分言葉を遮るように襲いかかることもできたはずだ。彼を黙らせるように飛びかかることも容易かったし、きっとそうしたほうが自分は幸せなのかもしれない。
けどそうしなかった。男は、息を殺し、青年の言葉を待った。ジョニィ・ジョースターは話を続けた。
「1890年12月28日のことだった。
その日サウスダコタ州、ウーンデット・ニーで争いが起きた。争いという名の虐殺が行われた。
米軍第七騎兵連隊はスー族インディアン、女子供を含む200人を、或いは一説によれば300人以上を、一斉に殺した。
軍は速射ホッチキス砲で無差別砲撃を加えたんだ。それだけでなく、当時新鋭のスプリングフィールド銃がこの虐殺では試用された。
幼い子を抱いて逃げる女性も、馬も、犬も、子どもも狙い撃ちし、皆殺しにされた。100人弱の戦士たちは、没収された銃を手にするまでは素手で虐殺者たちと戦った。
戦士たちは銃をとった後はテントに立てこもり、白人を狙い撃ちした。テントに火が放たれ、全身に銃弾を浴びるまで勇敢に戦った」
何を言っているんだ、と思った。お前は一体どこの、何の、誰の話しているんだ。
しかし話を聞けば聞くほど鮮明に、男の頭の中にその光景が思い浮かんだ。生々しいほどのリアリティがその話にはあった。
銃弾を喰らいもんどりうつ戦士たちの姿が見える。泣きながら母の名を呼ぶ子供たちが撃ち殺される。子の死体に縋りつく女たちが物言わぬ亡きがらに変わる。
決して降ることなのない、真っ赤な雨が砂漠に堕ちていた。息を吸い込めばその臭いをかぎとれるほどに、青年の話は鮮烈だった。
青年はまるで実在した、本当の事件のことを話しているようだった。男は自分の足元がゆっくりと崩れ落ちていく錯覚を覚えた。
「銃と砲弾の降り注ぐ中、女子供たちはそれでも3キロばかり逃げた。だが負傷のためにそこで力尽き、一人、また一人と倒れていった。
部族員のほとんどが武器を持たず、それを四方から取り囲んだ兵士達が銃撃した。白人は29人死んだ。白人側の負傷者は39人だった。
インディアンの抵抗はないに等しかった。白人たちは味方の攻撃の巻き添えを食って死んだんだ。それほどまでのすさまじい無差別銃撃だった。
ある兵士はその様子をこう語っている。
『ホッチキス砲は1分間で50発の弾を吐き、2ポンド分の弾丸の雨を降らせた。命あるものなら何でも手当たりしだいになぎ倒した。
この女子供に対する3キロ余りの追跡行は、虐殺以外何ものでもない。幼子を抱いて逃げ惑う者まで撃ち倒された。動くものがなくなってようやく銃声が止んだ』
またある兵士はこうも語っている。
『これまでの人生で、このときほどスプリングフィールド銃がよく出来ていると思ったことはない。乳飲み子もたくさんいたが、兵士はこれも無差別虐殺した。
この幼子達が身体中に弾を受けてばらばらになって、穴の中に裸で投げ込まれるのを見たのでは、どんなに石のように冷たい心を持った人間でも、心を動かさないではいられなかった』」
めまいが彼を襲っていた。吐き気もだ。
聞きたくないと思えば思うほどに、ジョニィ・ジョースターの言葉一つ一つが容赦なく彼の鼓膜を揺すぶる。
やめてくれ、と男は叫びたかった。彼の話を遮り、殴りつけ、その荒唐無稽な話で自分を惑わせるのはやめろと怒鳴りたかった。
だが彼がそう思えば思うほど身体は固くなった石のように地面にこびり付き、動かなかった。
青年の話は暗く死んだ世界の向こうにあるものを想像させた。荒涼とした砂漠と、誰ひとりいない故郷の影。
「ワゴン砲の砲撃でばらばらになったたくさんの死体の中、こときれた母親の胸で乳を吸おうと泣き叫ぶ赤ん坊もいた。
虐殺から数日後、凍結した女性の死体の下から赤ん坊の泣き声が聞こえ、女の子の赤ん坊が発見されたんだ。
死んだこの女性の娘で、発見された時、母親は彼女を守る様に腕にうつ伏せになって娘を抱いたまま死んでいたと言う。
彼女はその後、軍率いる准将に“ウーンデッド・ニーの虐殺の生きたマスコット的存在”として利用され、育てられた。
ロスト・バードと名付けられた彼女は結局のところ、差別や虐待に苦しみ29歳の若さで死んだ。最後まで故郷のことを想い続けていたと記録は語っている。
この虐殺を白人側は“ウーンデッド・ニーの戦い”と呼び、虐殺を実行した第7騎兵隊には議会勲章まで授与した」
男は青年の声に混じって風の歌を聞いた。一族皆の声をのせ、笑いや雄叫びが混じる、懐かしい歌を。
砂漠に立ち上る蜃気楼のように、全てが捩じれて、霞んでいく。朝の日差しが彼を包み、視界全てが真っ白に染まった。
足元がフワフワする。平衡感覚が狂い、全ての感覚がマヒしていく。
いっそのこと悲しみや苦しみの感覚もマヒすればいいのに。そう願ったがむしろ感情は殊更鋭くなっていた。
全身を針で貫いたように、痛みが彼を襲っていた。
「サウンドマン、君の帰るべき場所はもうない。君が守りたいと思ってるものはもう失われた。
アメリカ政府は同日、フロンティアライン消滅を宣言した。
事実がどうであれ、結果は変わらない。その日、アメリカ政府にとってインディアンは消滅した。
無関係だった150人もの女子供は無抵抗、無意味に、家畜同然に虐殺された」
―――君の部族は、もう、死んだんだ。
▼
「うそだ」
長い長い沈黙の後、零れ落ちた言葉はそんなものだった。それはガラクタのように意味を持たない言葉だった。砂漠でコンパスを失った地図よりも無価値な言葉。
そうかもしれない、とジョニィ・ジョースターは返した。
彼の眼はとても静かだった。そしてとても透き通っていた。砂粒を含まない、無機質で、固くて、気温の感じられない眼だ。
風の歌が止んだ。もう誰の声も聞こえなかった。誰の歌も聞こえなかった。
「ウンデット・ニーの虐殺は避けられなかったという説もある。虐殺が、ではなく民族の滅亡が、という意味らしいけど。
君も知っての通り、生活環境の破壊は加速していた。インディアンは住む土地、住む土地追い出され、絶望のどん底にあった。
きっかけがなんであれ、衝突は起きただろうということだ。それが濁流で押し流されるように一瞬なのか、真綿で締める様にじわりじわりとなのかの違いだ。
そしてその結果がどうであれ、それを指揮するのは、指示するのはアメリカ政府だ。インディアンに対する排他的行為は、他でもない、公式見解だった。国民の総意だった。
アメリカ国民が、移民たちが、白人が、そして……大統領が、それを認めたんだ」
息だけが不自然に短く、途切れ途切れに繰り返されていた。
言葉はなによりも男の心を傷つけていた。それは心臓を刃物で抉り取るかのような激痛を男に与えていた。
青年の言葉には一切の許容も、容赦もない。インディアンの男はそっと眼を瞑った。
「サウンドマン、君はそれでも戦うのか。君にはもう守る故郷も、守るべき人もいない。それでも、例えそうだとしても、君は戦うというのか」
真冬の砂漠よりも冷たい孤独感が彼を襲っていく。そこにはなにもなくて、誰もいない。
何もかもが崩れ落ち、湧き出た故郷の記憶さえ次々に失われていく。砂漠の砂を掬おうとしているかのようだ。急速に全てが現実感を失っていった。
光が消える。臭いが消える。風が消える。声が消える。もう何も考えられなかった。もう何も考えたくなかった。
「サウンドマン」
「その名前で俺を呼ぶんじゃない。白人のお前が、その名前で、俺を」
ジョニィ・ジョースターの長い影が男の上に落ちていた。倒れ伏し、固いアスファルトを見つめる男は振り絞るようにそう言った。
サンドマンの瞳から涙が一粒だけ溢れ、乾いた大地に音をたてて零れた。
泣けばいいのか、怒ればいいのか、決めかねた様な様な表情を彼は浮かべていた。ジョニィは何も言わなかった。
何かを言うべきかどうか、長いこと悩んでいたが、結局口を開くのを諦めた。ただ男が立ち上がるのを彼は待った。
温かい日差しが二人を照らしていく。男の涙と嗚咽は長いこと止まらなかった。
▼
「共に戦うことはできない」
泣き疲れた男の声に、青年は沈痛な面持ちで頷いた。
きっとそうなるだろうとは思っていた。それでもできることなら彼と共に戦いたいとジョニィは思っていた。
サンドマンは全てを失った。故郷も一族も土地も大地も、なにもかも。ジョニィ・ジョースターの言うとおりだった。
彼がそれでも立ちあがる理由は、もはや自分しか一族がいないという使命感だ。
全て失った。例え遺体を持ち帰っても今さら約束通り土地が返してもらえるとは、もう思えない。
例え返してもらえたとしても、近い将来インディアンはきっと土地を追われる運命にあるのだろう。
白人は白人だ。インディアンがインディアンであるのが自然であるように、彼らはどうしようもなく彼らなのだ。
そうしていつかはこの地上から彼ら一族はいなくなってしまうのかもしれない。聖なる大地は汚され、白人の手によって壊されてしまうのかもしれない。
だからといって諦められるわけがなかった。絶望のままに、命を投げ捨てるわけにはいかない。
なぜならまだ自分は生きているんだ。まだ、自分が、残っているのだから。
この身に流れる血が、歌が、魂が。それはどうしようもなくインディアンのものだった。
まだインディアンは死んでいない。サウンドマンはまだ、生きている。
過去は変えられないかもしれない。未来を変えることも難しい。しかしそれは未来を諦めることとイコールではない。
インディアンの男の中で燃え上がったのは復讐心でもなく、噴怒の炎でもなく、代々受け継いだ未来に託す想いだった。
血を絶やすわけにはいかない。必ず生きて帰って、自らの手で一族を創りなおさなければいけない。
それは今まで以上に過酷な旅路を意味していた。SBRレースやこのデスゲームで行った“命を賭してでも”、そんな無謀な戦いをすることはもうできなくなった。
その瞬間から、彼は決して死ねなくなった。自分たち一族全ての祈りを乗せ、彼は必ずや故郷に帰ることを誓った。
だからこそッ!
彼はジョニィと共に行くことを拒否する。ほかでもない、ジョニィ・ジョースターが白人だったから。
彼の元からすべてを奪い、全てを裏切った人間と同じ人種だったから。
感情的な問題だった。冷静に考えればとか、合理的に考えればだとか、そんなことはわかっている。
だがそれでも男は青年を拒否した。彼を殺す気もないし、邪魔をしようとも思わないが、力を合わせることは無理だった。
もうこりごりだったのだ。勝手に権利を主張し、それに合わせて契約や約束というものを学んでも、それでも結局白人は与えようとしなかった。
かわりに彼の手元からすべてを奪っていった。
もう誰にも頼らない。もう誰も頼れない。
ジョニィは眼の前に立つ男を見つめた。なんて気高き男なんだろう。なんて誇り高い男なんだろう。
―――だというのに、何故彼の横顔はこうも儚く見えるんだ。
青年の心は締め付けられる。できることなら手伝いたい。だがそれは不可能だった。これはもう、彼自身の戦いだった。
自分には決して手出しができない、彼だけの戦い。
泣きだしたくなるような、叫びたくなるような、郷愁がジョニィを襲う。
青年は黙って事実を記した百科事典を男に手渡す。そして彼に伝言を頼んだ。
ジャイロ・ツェペリに会ったら伝えてほしい。第三回放送の時刻に、マンハッタン・トリニティ教会で会おう、と。
サンドマンは頷き、そして言う。
「ジョニィ・ジョースター、また会おう。お前には借りができた。
“俺たち”は借りた借りは必ず返すと誓ってる。だから必ず生きて、また会おう」
「“ゴール”は僕と一緒なんだろう? 殺し合いからの生還。ならまた必ず会えるさ。その時に返してくれよ」
殺し合うはずであった男たちは、固く手を握り合う。
青年の言葉に、男の顔が微かにほころんだ。僅かにだけ見せた微笑はすぐに消えると、サンドマンは身をひるがえす。
別れの合図に手をあげるとジョニィが見守る中、男は徐々にスピードを上げていく。そうしてすぐに、サンドマンは道の先へと姿を消した。
彼の姿が見えなくなっても、青年は長いことそこから動けなかった。
彼の脳裏に浮かんだのはアリゾナの砂漠。不意にジャイロと砂漠を旅していた時のことを、彼は思い出していた。
見渡す限り砂しかない不毛の大地。サボテンと岩、砂と太陽しかそこにはない。
ジャイロは不満ばかり言ってたような気がする。といっても彼はいつでも不満ばかり言ってたような気がするけど。
自分は馬のことが心配で風景を楽しむ余裕なんてなかった。ああ、道のわきにある十字架がすごく不気味だったことは覚えてる。
ジャイロと顔を見合わせて苦笑いしたもんだ。突っ切る時はドキドキしたな。
スタンドと鉄球があると言え、馬がやられたらそこでアウトだ。今考えればよくぞ無事ですんだものだ。
そういえばサボテンの針で攻撃するテロリストもいた。ワイヤー使いのスタンド使いもいた。煙や川を爆弾にかえるヤツもいた。ロープの達人、
マウンテン・ティムと共に戦った……。
いくつもの思い出があった。冗談のように笑える出来事があった。今だから笑い飛ばせる無茶も、少しはある。
サンドマンはあそこで育ったのだ。彼にとっての故郷なんだ。愛すべき家族、愛すべき故郷。
「サンドマン、君の故郷はあそこにあったんだな」
ジョニィは一人思った。立ち去った男のことを思い出し、彼は一人空に向かって呟いた。
―――祈っておこうかな……彼の旅路の無事を…。そして、彼が故郷に帰れるその日のことを……。
【D-7 南部/1日目 朝】
【ジョニィ・ジョースター】
[スタンド]:『牙-タスク-』Act1
[時間軸]:SBR24巻 ネアポリス行きの船に乗船後
[状態]:疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:
基本支給品×2、リボルバー拳銃(6/6:予備弾薬残り18発)
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロに会いたい。
1.ジャイロを探す。
2.第三回放送を目安にマンハッタン・トリニティ教会に出向く
[備考]
※サンドマンをディエゴと同じく『D4C』によって異次元から連れてこられた存在だと考えています。
※召使のもう一つの支給品は予備弾薬でした。ジョニィの支給品はフーゴの百科事典のみでした。
【サンドマン(サウンドマン)】
[スタンド]:『イン・ア・サイレント・ウェイ』
[時間軸]:SBR10巻 ジョニィ達襲撃前
[状態]:大きなショック、うろたえ気味、ナイーブ、動揺
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2(内1食料消費)、ランダム支給品×1(
ミラション/確認済み)
形見のエメラルド、フライパン、ホッチキス、百科事典
[思考・状況]
基本行動方針:生きて帰って、祖先の土地を取り戻す。もう一度部族を立ち上げる。
1.とりあえず情報収集。もう誰も頼らない。
2.故郷に帰るための情報収集をする。
3.必要なのはあくまで『情報』であり、積極的に仲間を集めたりする気はない。
4.ジャイロ・ツェペリに会ったら伝言を伝える。
投下順で読む
時系列順で読む
キャラを追って読む
最終更新:2014年06月09日 23:06