「……───離れていっている」
「え?」
ジョニィが漏らした発言に、トリッシュは思わず上擦った声をあげてしまった。
フーゴとジョナサンが「落とし物を拾いに行く」という名目で外に出てすでに数十分、トリッシュたち5人は2人の帰りを待つついでに休憩をとっていたのだが、遅い帰りに「なにかトラブルでもあったのでは」と誰からともなく疑念を持ち始めたころ、ジョニィがポツリと冒頭の言葉を発したのだ。
「ジョニィ、どうしたの?離れていっているって…」
「ジョナサンの気配がどんどん遠ざかってるんだ、多分…走ってどこかへ向かってる」
「! やっぱなんかあったのか!?」
西の方角へ体ごと視線を向けるジョニィに対してトリッシュは不安そうに声をかけ、それまでソワソワと不安そうに座り込んでたナランチャがジョニィに食って掛かる。彼にとって親しみを覚える2人がそろって出て行ってしまったことに戸惑っていた矢先の事態であるため、嫌な予感がナランチャの胸を駆け巡った。
「まさかあいつら、なんかやましいことがあって逃げたんじゃあねーだろーな」
ドゴッ!!
「玉美!ふざけたこと言ってると蹴るわよ!!」
「も……もう蹴ってますトリッシュ様…ぐふっ」
脇腹にまともに蹴りを入れられ悶絶する玉美、それを尻目に玉美以外の4人は話を続ける。
「敵に襲われて逃げているとかか?」
「いや、それにしては動きが直線的だ。闇雲に走っているというよりかは何かを「目指して」いるように思える…あっちの方には何があったっけ?」
アナスイの問いにジョニィは答え、西の方を指差す。それにトリッシュは地図を取り出した。
「ええっと、地図によると……一番近いので「空条邸」、少し北にずれると「マンハッタントリニティ教会」、そのさらに先に……「サン・ジョルジョ・マジョーレ教会」があって、川を渡れば「サンピエトロ大聖堂」があるわ」
地図に指をなぞりながら順番に該当する施設の名前を上げる。三番目の施設を答える時に無意識に少し間が空くが、そこはトリッシュやナランチャ、フーゴたちブチャラティチームにとって関わりの深い場所だったからだ。
ジョニィは地図を覗き込む。
「絶対とは言い切れないが、空条邸は通りすぎてるから違う、マンハッタントリニティ教会も方向的に微妙だ。となると」
「────サン・ジョルジョ・マジョーレ教会?」
「……だろうと思う、サンピエトロ大聖堂の可能性もあるが、さすがにこれ程遠いと2人で行くのは危険だと戻ってくるだろう」
「…………」
偶然とは思えない一致に、トリッシュは嫌な予感がした。
「で、でもよぉー、もし本当にそこ目指してるんなら、なんだって2人だけで行くんだよ!」
「そこまではわからない、けど……」
「けど?」
「もし、何かを見つけたのだとしたら……いや、「感じた」のだとしたら……」
ジョナサンがジョニィを「感じた」ように、ジョニィがジョナサンを「見つけた」ように
ジョナサンが「それ」を再び察知したのだとすれば
「…!」
「じゃあ、ジョナサンは血縁者の気配を感じて、フーゴと2人だけで行ってしまったってこと?」
「推測だけどね、もっとも僕は何も感じないが……(距離が遠すぎるのだろうか?)」
「確かに、ただ事じゃないのに戻ってくるなりしないのはおかしいしな」
共有した時間は僅だが、ジョナサンと交流した者であるならば分かるはずだ、彼の紳士的な振る舞いと同時に感じる彼の優しさを、そんな彼が血縁者かもしれない者の気配を感じとれば、いてもたってもいられなくなるのは無理もない。放送の直後であるのなら、尚更。
「こうしちゃいられねぇ!早く追いかけようぜトリッシュ!」
「ナランチャ!待ちなさい!」
今にも駆け出しそうなナランチャを寸のところでトリッシュが腕を掴み引き止める。
「な、何で止めるんだよ!」
「……」
ナランチャの焦りが見える言葉には返事をせず、トリッシュはジョニィへ目を合わせる。
「………ジョニィ」
「ああ、さっきも言った通り僕は急いでいる、探している人がいるんだ。申し訳ないとは思うが、面倒事が起こっているならそれに関わっている時間はない」
淡々と、しかし確固たる意思をもってジョニィは返答する。
ジャイロ・ツェペリ、ジョニィの探し人。詳しくは聞いていないが、とても大切な人らしいことは話の節々からよく分かった。察するにトリッシュにとってはある意味ブチャラティに相当するくらいの存在なのだろう。
だからこそそれほどの存在を目の前で失った彼女にはジョニィの心境が理解出来る。今こうしている間にもその人に命の危険が迫っているのだと思うと……
「途中までなら同行してもいい、けど」
ずっと一緒には、いられない
「……ええ、分かっているわ」
ジョニィの言わんとしていることを理解し、トリッシュは頷く、そして2人を追いかけるために支度を始めた。それを皮切りにジョニィとアナスイも荷物をまとめ始める。
ナランチャは慌てながらジョニィとトリッシュを交互に見やり、なにか言いたげに口を僅かに開けるものの、ぐっと堪えるように顔を引き締め同じように荷物をまとめていく。
「玉美、いつまで踞ってるの。さっさと支度しなさい」
はい!トリッシュ様!とさっきまで悶絶していたのが嘘のように勢いよく立ち上がり、玉美は元気よく返事をした。本当に犬のようである。
それほど時間はかからず全員支度を終え、メンバーは休息地点であった民家を後にしようとする。トリッシュは念のためナランチャに声をかけようとするが
「ナランチャ?どうしたの?」
「トリッシュ、俺………」
顔が髪でうまく見えないほどうつむき、声も力がなくモゴモゴと何かを言おうとしているが、絡まった糸をどうほどいていいのかわからないかのように言葉につまっている。先程の勢いとはうって変わった対照的な雰囲気となっていた。
「なんて言っていいのかわかんないけど……最初にジョナサンと会ったときに、似てるって思ったんだ。ジョルノに」
「ナランチャ……」
ようやく絞り出された台詞に、トリッシュはふとある出来事を思い出す。
放送前、ジョナサンに先の戦闘の傷を癒してもらったとき、体に波紋したその力に、トリッシュもまたジョルノを思い浮かべた。
命無きものに生命を与える者、命有るものに生命を注ぐ者、どこか共通する要素を持つ2人
「ブチャラティもアバッキオも死んじまって、ジョルノもどうなってるかわかんねぇのに、フーゴもジョナサンもいなくなって………俺もう、誰もわけわからないままいなくなってほしくねぇよォ………」
わけがわからないまま、いなくなる
その事実に、一体どれほどの人が苦しんでいるのだろう、苦しめられているのだろう。
その機会はこの場の誰もが晒される。
友達が、家族が、恋人が、己にとって親しい人が、知らない場所でいつの間にか死んでいく────考えるだけでもおぞましい想像に、頭が砕かれるような、体の内側が侵略されるような、己を形成するすべてを否定されるような、そんな感覚が魂を蝕む。
トリッシュはその感覚をよく知っている。ブチャラティ、アバッキオ、ポルナレフ、この殺し合いで出会った
ウェカピポ、そして────目の前にいる少年こそが、トリッシュにとって「いなくなってしまった人」なのだから
その想像にとりつかれているナランチャの肩を、トリッシュの手が優しく包む。ナランチャは顔を上げ、トリッシュと目線を合わせる。
「ナランチャ、あたしも同じ気持ちだわ」
「トリッシュ……」
「大丈夫よ、きっと大丈夫」
その言葉はナランチャに、そしてトリッシュ自身にも言いきかせるようだった。トリッシュはナランチャの肩からするりと手を離すと、行きましょう、とナランチャを促す。ナランチャは一瞬心配そうにトリッシュの顔を見るが、黙ってトリッシュに従った。
そして5人は家を出る。久方ぶりの眩しい光に、5人は腕で顔を隠したり、目をパチパチと瞬いたりしていた。日はまだ落ちてはおらず、青い空の中で輝いていた。
トリッシュはその空を見上げながら、一人思う。
どうか、あの空が落ちてきませんように……と
□■□■
サン・ジョルジョ・マジョーレ教会
そこはフーゴにとって「恥知らず」だった頃の記憶を思い起こさせる最たる場所である。
ボスがブチャラティの心を裏切り、ブチャラティがファミリーを裏切り、そしてフーゴがブチャラティチームを抜けた場所
あらゆる裏切りが渦巻いていたそこは────しかし既に2人が着いた頃には「なれの果て」と化していた。
ザアァァァ──────…………
砂が滝のように流れ落ちる音が、2人の男の耳に届く。
「な……なんだこれは……!?」
「フーゴ!こ……これはまさかッ……!」
D-2のサン・ジョルジョ・マジョーレ教会を目前に、フーゴとジョナサンは異様な光景を前に愕然としていた。
この場にたどり着くまでに2人が見たものは、川を越え街を越え、この殺し合いの会場全土からかき集めるかのように大量の砂がまるで意志があるかのように唸りをあげ、暴力のような嵐を生み出ながらサン・ジョルジョ・マジョーレ教会を押し潰さんとしているところだった。
今は鎮静化し砂は魂が抜けたかのように力を失っているが、それによってサン・ジョルジョ・マジョーレ教会全体は今にも崩れ落ちそうな見るも無惨な姿になっている
(ジョナサンはここから2人分の気配がすると言っていた、さっきはそれでジョニィに会えたから今度も信頼できる人物に会える可能性があると踏んでいたが……早計だったのか?)
教会を見上げ、フーゴは思考する。
この現象がスタンド能力によるものなのは間違いない、もしもこれが教会内にいると思われる人物の手によるものなのならば、この場にいるのはあまりにも危険すぎる。
フーゴはジョナサンにそのことを知らせるべく、教会から視線をはずす。
「ジョナサン、今教会に入るのは危険です。一端ここから離れま─────」
しかし、隣にいるはずの彼の方に顔を向けるも視界に映るのは砂にまみれた街並みの景色のみ。思わず言葉が途切れ慌てて探すも、見つけたのは今まさに教会へと入ろうとするジョナサンの背中であった。
「ジョナサン!?」
いつのまにか小さくなっていたその背に驚き、フーゴは急いで後を追う
(マズイッ!今のジョナサンは身内が危機に晒されているかもしれないという恐怖にとりつかれて冷静な判断が出来ていない!今すぐ止めなければ!)
砂に足をとられそうになりつつも、フーゴは既に教会内に入ったジョナサンに声を張り上げて呼び掛ける。
「ジョナサン!戻ってきてください!教会内にスタンド使いがいるかもしれない!下手をすれば貴方も──────」
風が 吹いた
ねめつけるような、鋭い刃を突き立てられたような、尖った針を全身に向けられたような、そんな風がフーゴをなぜる
『殺気』という名の、 風が
「ッ! 『パープルヘイズ』ッ!!」
反射的に己のスタンドを呼び出し防御体制になった直後、スタンドで守られていた頭部を中心にとてつもない衝撃がフーゴを襲った。
「ぐ……おぉ!」
吹き飛ばされ、地面を転がりつつもなんとかその反動を利用して立ち上がり、衝撃が来た方向へ臨戦体制をとる。ゴッ!という固く重い物が落ちたかのような音がして、一瞬ちらりと視線を向ける。
石だ。拳よりも一回り大きい程度の石
それがものすごいスピードでフーゴを襲ったのだ。普通の人間ではあり得ない所業、ともすれば
(スタンドによる襲撃か?このタイミングでなぜ?教会に入ろうとしたからか?それならなぜジョナサンを攻撃しなかった?なぜ僕だけを攻撃する?今のは明らかに僕を殺す気だった。ジョナサンは無視し僕だけを攻撃する理由…………僕を殺そうとする理由……
まさか…………!)
ざっ ざっ、と砂を踏みしめながらこちらへ近づいてくる足音がフーゴの耳まで届く。
足音の主はフーゴを見た、フーゴもまた足音の主を見た。
パサパサとした長い髪、骨ばった長身、そして、どこまでも表情の欠落した瞳────
なにも変わっちゃいなかった。なにも、なにもかも
それは本来ならあり得ない事象だった。あり得ないはずの遭遇だった。
生者と死者、勝利者と敗北者、殺した者と殺された者、どうしようもない生死の壁を、しかしいともたやすくそれはぶち壊され、そして────彼らは再び出会った。
塵一つ残さず消え去ったはずの級友の姿が、そこにあった。
□■□■
時は遡る。
「…………クソッ」
軽く悪態をつきながら、マッシモ・ヴォルペは耳に当てていたものをはずし、目線を落とす。
それはヴォルペが持っていた支給品、携帯電話だった。元々はこの殺し合いが始まって間も無くヴォルペの能力によって麻薬を注入され、DIOに血を吸われ殺害された名も知らぬ女性に支給されたものだ。
もうこの動作を一体何度繰り返せばいいのか、ヴォルペはモヤモヤとした気持ちを吐き出すかのようにため息をつく。
これまでの経緯を説明すると、彼は
空条承太郎との僅かな邂逅の後、地下の洞窟をさ迷いつつ、
空条徐倫(の姿をした何者か)を連れ地上へと出ていた。
さ迷いつつ、というのは、単純にヴォルペは地下の地図を持っていなかった(DIOに渡した)こと、また地下でのDIOと空条承太郎、他2名の
大乱闘で辺り一帯が崩落し、思ったように地下道を進めなかったのが原因だった。結局2人は進んだり来た道を戻ったりしつつ、ようやく地上への階段を見つけて地下から脱出することに成功したが、その時既に時間帯はとうに午後を回っていた。
……この時ヴォルペたちが地下で誰とも接触しなかったのは、ヴォルペが来た道を引き返すうえで空条承太郎を含む危険人物たちを警戒しつつ進んでいたことによる時間差が大きな要因となっている。
ともあれ、時間をとられた以外は地下で大きな問題は起きず地上に出た2人だが、問題はそこからだった。
ヴォルペはDIOが今どこにいるのかを把握しておらず、有事の際の言うなれば集合場所というのもきいていなかった。故にヴォルペはこうゆう事態になったときのためのDIOとの連絡手段、携帯電話を使うことにした。地下では周囲の警戒もあって使えなかったそれをとりだし、DIOへと発信する────が、何度コールしても、DIOが出る気配はない。
実はこの時既にDIOは息子であるジョルノと対面しており、彼が持っている携帯電話はジョルノに不要な不信感を与えないように音が出ないよう設定にしてデイバックの奥底にしまわれていた。
その後十分ほど粘ってコールしてみたものの、やはり携帯電話はとぅるるるるるんというコール音しか鳴らず、ヴォルペは連絡を一旦諦め留守電を残したのち、DIOが現在どこにいるのかの大体の目星をつける。
────地下の乱闘があったのはDー4中央一帯、そこから離脱したのなら、ずっと地下道にいるはずもないので地上に通じているどこかの施設にいるはず、また元々一時の拠点にしていたGDS刑務所からも近い方が都合が良いと思われるので、周辺でその条件に見合うような施設は────
おおよそかいつまんでこんな考えをしたヴォルペは、その条件に該当する施設、サン・ジョルジョ・マジョーレ教会へと足を運んでいる。
ヴォルペ自身、結構強引なものの考え方だと思っている。地上から地下に通じてる施設なんて他に吐いて捨てるほどあるし、一時の拠点といってもDIOはあのGDS刑務所に特にこれといった思い入れもないだろうから、都合が良いというのはもしDIOがヴォルペと同じようにDIOからはぐれた連中がいるなら似たような思考になりDIOと合流しやすくなると判断をするかもしれないというあくまでヴォルペ視点での「都合が良い」だった。
だからもしかしたらまったくの検討違いかもしれない、さっさとGDS刑務所に戻ってるかもしれないし、他の施設にいるかもしれない、なんらかの事情で未だ地下道に留まっているかもしれない。
けれどヴォルペは足を止める訳にはいかなかった。例えもし向かおうとしている場に誰もいなかったとしても、歩みを止めたくはなかった。
「…………」
ヴォルペはもう一度ため息をつくと、携帯電話をデイバックの中に仕舞い、再び歩きだす。留守電を残したとはいえ、流石にこうも連絡がとれないと心配になり、ついつい電話をかけてしまう。
仕事先の彼氏にしつこく電話やメールを送りつける彼女か俺は、と自虐気味に自身を評価し、ちらりと歩きながらヴォルペは顔だけ背後へと振り替えり、人影を捉える。
「おい、もう少し速く歩け」
「………ああ」
ヴォルペの五メートル程後ろを歩く「空条徐倫」に対し、そう告げる。
(いや、正確には「空条徐倫モドキ」、か)
ヴォルペは無関心気味にそう思った。
空条徐倫────の肉体を持つF.Fは、ヴォルペの言う通りに少しだけ歩くスピードを速め、ヴォルペについていく。どこかぎこちなさを感じるその動作を見て、ヴォルペは彼女の正体に気付きはじめていた。
(外っ面の肉体は空条徐倫本人のもの、しかしその肉体はとうに死んでいる……おおよそ殺したか殺されていた空条徐倫の肉体を今の「中身」になっているスタンドが乗っ取った……というところだろう)
肉体の生命活動に影響を与えるスタンドを有することもあってか、鋭い観察眼でヴォルペはそう結論付けた。
しかし、そこまでだ
「中身」のスタンドの正体はなんなのか、なぜ「中身」が空条徐倫の肉体を乗っ取ったのか、一体これまで空条徐倫としてなにをしてきたのか、などということについてヴォルペは塵ほども興味がなかった。
当たり前だ、ヴォルペにとって彼女はただの駒、己の憎しみをぶつける空条承太郎を苦しめるためのただの道具に過ぎない。そんなものに向ける意識などクソの役にも立たない。
ヴォルペの心を占めている人物はただ2人、
敬愛とも尊敬とも親愛とも呼べぬ、しかしそれら全てに当てはまるような感情を向けるDIOと、憎悪と嫉妬と歓喜をないまぜにしたような感情をぶつける空条承太郎だけだ。
「…………」
だがヴォルペの心には、それとは別のある一抹の不安がよぎっていた。
それはヴォルペの現在の行動のそもそもの要因、すなわち『DIOとの合流』のことについてだ。
ヴォルペは無意識に歩くスピードを上げる。
もし、このままDIOと合流できなかったら?
もし、合流できずにDIOに見捨てられてしまったら?
もし──────
「…………ッ!!!」
いくつものIFが、ヴォルペの思考を侵食していく
あり得ない、あり得ないそんなこと
ヴォルペとDIOは奇妙な引力によって引き合ってきた。最初の出会いも、互いが持っていた支給品も、スタンド能力の相性も。なにもかもが偶然とは思えない、まさしく『運命』とも呼べる縁によって導かれてきたはずだ。だからきっと今度も引力によってDIOの元へたどり着けるはずだ。
きっと
……しかしそう思おうとすればするほど、ヴォルペの心は焦りの色が濃くなり、それを打ち消さんとするかのように歩みは速くなっていく。
立ち止まってはならない、歩みを止めてはならない、進んでさえいればきっと、DIOへとたどり着ける。
そう信じて、ヴォルペは前に進んでいく。
「………」
その背をF.Fはじっと見つめていた。
いや、違う。その姿の遠く向こう側にある感覚────「ジョースターの血統」の気配を、彼女もまた感じ取っていた。
空条徐倫の身体を通じて伝わってくる血の気配。それは地下で自身が「父さん」と呼んだ人物と出会った時と同じものであり、空条徐倫の知性を理解するために必要なものだということを、F.Fは確信していた。
(私は……あたしは「空条徐倫」として、空条徐倫の知性を知りたい。あたしは「あたし」という唯一の存在として生きていたい、存在していたい……)
だからきっと、空条徐倫から感じるこの感覚をたどれば、空条徐倫という存在をより本能的に知ることになる、知性を得ることが出来ると、F.Fは信じて疑わなかった。
F.Fの心は、己が知性と呼ぶそれは、今だに冷たく暗い牢屋の中にでもいるようだった。彼女はそこから出ようとしている。空条徐倫を知ることで、光の中に、日の光の当たる場所へと出たがっている
(だからあたしは会わなきゃならない、DIOに、あたしが「許してはならない」と言ったはずの、あの男に────)
本当に、そうだろうか?
「おい」
はっ とF.Fの意識は現実に引き戻される。前方をみれば先程と同じように顔だけ振り向いた、しかし先程よりも小さくなっているヴォルペの姿に、F.Fはようやく自分が立ち止まってしまっていることに気が付いた。
ヴォルペは不機嫌な顔を隠そうともせず「空条徐倫」を黙ったまま睨み付ける。やがて「空条徐倫」が歩き出すのを見ると、自身もまた歩き出した。そのスピードは変わらず早いままだった。
2人がサン・ジョルジョ・マジョーレ教会にたどり着くまで、あと少し。
……結論からしてみれば、ヴォルペの推察通りDIOは確かにサン・ジョルジョ・マジョーレ教会の地下にいた。
ヴォルペの判断は間違っておらず、事がうまく運んでいればヴォルペはDIOと再会し、空条徐倫を引き合わせ、これまでの経緯やこれからの方針に関する話に花を咲かせていたはずだった。
けれども
「引力」は一歩手前で役割を放棄してしまった。
否
ヴォルペの持つ別の因縁の「引力」と、引き合ってしまった。
ヴォルペが教会にたどり着くのがもう3分でも早ければ、あるいは「彼」がもう3分到着が遅れていれば、いや、「彼」がDIOと因縁のある「ジョースターの血統」を連れ出していなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
けれどもその「引力」は、会うはずだったDIOとの縁を、運命を、なにもかも持っていってしまった。
その「引力」の名は──────
「パンナコッタ・フーゴ……」
「……マッシモ・ヴォルペ…………」
○●○●
「どこだ?どこに……ッ!」
サン・ジョルジョ・マジョーレ教会内、フーゴの制止に構うことなく、ジョナサンは血が訴えかけるままにそこを駆けずり回っていた。
教会内部は外見以上にひどい有り様だった。砂の圧力によって教会全体は軋み、また直径が大人一人分はあろうかという円形の穴が壁、床、天井問わず至るところに空いている。
スタンドに関する知識と経験がほとんどなくとも分かる、これがスタンド使い同士による戦闘の跡なのだと。
「どうか……どうか、無事でいてくれ…………!」
悲痛に染まるジョナサンの祈りが、ボロボロになった教会にこだまする。
やがてジョナサンは地下へ続く階段を見つけ、降りていく。2つの気配は地下から感じていた。
「誰か!誰かいないかッ!!」
ジョナサンの声が冷え冷えとする地下に反響する。そうしながらもその丸太のような足は走ることをやめていない、やがて下へ下へとおりてゆき、ジョナサンは気がつけばとあるドアの前にたどり着いていた。
ジョナサンはじっと感覚を鋭くさせる。
(ここからだ………ここからずっと感じていた気配がする)
この扉の向こうにいる2つの命、2つの鼓動、2人の人物。自分に繋がっている知らない家族。それがジョニィと会ったときよりも濃く強く感じられた。
波紋の呼吸は乱れていない。いつどんなことがあろうと乱れてはならないと鍛えられたのは伊達じゃない、しかし胸の内にある感情は、心臓は、今まで経験したことのないほど激しく揺れていた。
意を決し、ドアに手をかけ、開ける。
ギイィ…と普段なら気にも止めないような小さなドアの軋む音が、やたらと耳の奥をくすぐる。
ドアが開け放たれ、ろうそくの僅かな光が部屋の内部を照らし出す。
そして
───────そこに誰かいた
「…………ディオ?」
●○●○
崩れていく 壊れていく
けれど、挫けてはならない、砕けてはならない ────折れてはならない
「無駄ァ!!」
「ふん」
ジョルノが打つ『ゴールド・エクスペリエンス』の拳を、DIOの『ザ・ワールド』は軽く受け止め、そのまま力を受け流しながら背後へと投げ飛ばす。
「 ッは!」
吹き飛びざまジョルノは握っていた石ころをツバメに変化させ、DIOへと突進させる……
が
「 無駄、無駄だジョジョ」
突如としてDIOの姿は消え、突進したツバメは空を切り、そのまま壁へと激突し元の石ころへと戻る。
「く……!」
ジョルノは『ゴールド・エクスペリエンス』に自身をキャッチさせ、地面に足をつけると消えたDIOの姿を探す。
(まただ……DIOに攻撃が当たると思った瞬間DIOの姿が消えた。確実に捉えていたのにも関わらずだ。単なる超スピードや催眠術なんかじゃあ断じてない、これは……これはまるで────)
「どうしたんだいジョジョ、もう戦う気力が失せたかな?」
「……僕が貴方と戦う理由が無くなるのは、貴方を倒した時だけです」
「ほーう?」
感心したかのようなDIOの声が頭上から降り注ぐ、視線を上げれば、DIOはジョルノが生み出した木の枝に足を組んで悠々と座っていた。
「このDIOのスタンド能力をほんのちょっぴりでも体験してまだそんなことが言えるとはな……さすがは我が息子と言ったところか?」
「心にもない薄っぺらなことを言うんじゃない、本当は僕のことはいつでも殺せるのでしょう?」
「ほう、中々に父のことが分かってきたではないか」
DIOのその言葉に、再びジョルノの視界が赤く染まる。頭の、心の奥底に熱の激流が生まれる。
こいつは『悪』だ。他人を、ましてや身内を踏み台にしても塵ほども罪悪感を持たない、ドス黒い『悪』だ────!
そんなものがジョルノの父だった。
「それで?君は一体どうやってこのDIOを倒そうというのかな?」
「いつでも殺す事のできるのにそうしないのは僕を殺さないほどの理由があるのでしょう?ならばそこに付け入る隙があるはずだ」
「殺さない理由……か」
DIOが意味深げにジョルノの言ったことを復唱する。
「……なあジョジョ、君は自分が何者のなのか考えたことはあるかい?」
「何者か……?」
「子供のころに考えたことのあるちっぽけな夢でもいいさ。例えば自分はどこかの国の王子さまだとか、例えば空を飛ぶことのできる魔法使いだとか、例えば────」
DIOがするりと音もなく枝から身を降ろし、地へと自然な動作で足をつける。そのままゆっくりと姿勢を正すと、ジョルノと視線を絡める。その顔は見るものを魅了するような、艶めかしい笑みを称えていた。
「────100年の時を生きた吸血鬼の息子、だとかな」
「……何?」
意図が不明なDIOの答えに声を上げるも、しかしDIOの視線はジョルノから既に外されていた。
代わりにDIOが見つめているのは、この納骨堂の入り口、先程ジョルノがヴァニラに連れられて入ってきたドアだ。2人からよく見える場所にあるそこを、ジョルノもまたDIOと同じようにを見つめる。
DIOがなぜジョルノと戦闘中にも関わらず戦闘を止めてまでそんなことをするのか、ジョルノはなんとなく分かっていた。
DIOは「待って」いるのだ。そこを開けるであろう、この場にたどり着くであろう存在を。戦いが始まる前に既に感じ取っていたその人物を
「──────!」
やがて間もなく納骨堂の外から声が響いてくる。聞いたことのない男の声、だが何故だかジョルノの心には不可思議なざわめきが波紋する。
何故だろうか、きっと会ったこともない人なのに、ずっと昔からこうなることが決まっていたような気がする。思い出せないほど昔に約束したことを掘り起こしているような、そんな感覚がジョルノの身体を駆け巡る。
気がつけば、ジョルノもまたDIOと同じように待っていた。お互いにドアを見つめ、感覚をたどり、近付いてくる足音に耳を澄ませ、やがて……ドアが小さな軋む音とともに開かれた。
外から入ってきたのは、やはり男だった。筋肉に恵まれた大きな身体、けれど威圧感はまったくと言っていいほどなく、むしろその姿勢や僅かな動作から紳士的な印象を受けた。
その男とジョルノの視線が、繋がる。
(……────似てる)
誰に?
自分に?
それとも……DIOに?
率直に思ったことにジョルノはひどく動揺した。見ず知らずの人間に、自身やDIOを重ねるなど
けれど何故かその事を否定しきれない、その男に対しどこか親しみを覚えてしまう心を止めることができない。
やがて男はゆっくりとジョルノから視線を外す。ジョルノはゆっくりと息を吐いた。何もされていないはずなのに、その瞬間だけが切り取られ、とても長い時間のように感じられた。
男の視線はジョルノの正面に立つDIOの方へと流れ行く、しかしジョルノは未だ男から目を離すことができない。いや違う、DIOの方へと顔を向けることができない。
男とDIOの視線がぶつかり合う、男の目が見開かれ、瞳孔が開き、全身に衝撃と動揺がジョルノにも分かってしまうほど伝わっている。やがてその男は口からこぼれ落とすかのように言葉を漏らした。
「…………ディオ?」
……それは確かに父の名のはずなのに、父ではない誰かの名のような気がした。同じ言葉のはずなのに、違う色を秘めているような、そんな感じが。
「 『ジョジョ』 」
DIOが己を呼ぶ、それにジョルノは機械的に反応し、DIOへと顔を向ける。DIOもまたジョルノを見る。その瞬間
────ぽろり と、ジョルノは胸の中から何かが落ちるような音を聞いた気がした。それはジョルノの中にあった小さな小さなもので、でもしがみつくように残った最後の一粒で、慌ててそれを拾おうとしても身体がそれを拒むかのように動かなくなり、ジョルノは黙ってそれが落ちていくのをぼんやりと見ているしかなかった。
カリスマの溢れる立ち振舞い
ゆれる冷たい金の髪
男とは思えぬ白い肌
DIOの一つ一つの動作が、ゆっくりと、しかし鮮烈にジョルノの脳裏に焼き付けられる。
──────こないでくれ
こらから起きるはずの事柄にそう祈っても、時は止まってくれるはずもない。ただただジョルノは、『その時』がくるのを、沈黙をもって受け入れるしかない
そして 時は動き出す
「お前はもう────用済みだ」
最後に残った一粒は 地に落ちた
落ちて────砕け散った
────その瞬間の出来事を、ジョナサンは正確に認識することができなかった。
部屋の中は何故か植物で溢れかえっており、そこに2人の人物がいて、どちらもジョナサンの知っている顔だった。
一人は最初の会場で首を吹き飛ばされ死んだはずの少年────
ジョルノ・ジョバァーナで、彼の仲間からよく聞かされていたこともあったせいか、初めて会ったような気がしなくて、しかしなんと声をかければいいのか分からず仕舞いで、結局その少年には声をかけられなかった。
そしてもう一人は、7年間の青春を共にし、奇妙な友情を描き、そして……この殺し合いに呼ばれるまでは、その青春に決着をつけるために戦いを挑もうとしていた宿敵だった。
けれども
「…………ディオ?」
彼のその姿に、ひどく違和感を覚えた。
確かに見知った顔のはずなのに、なんと言うか、ちぐはぐなのだ
ジョナサンの中のディオと目の前のディオとの違い、それを一言で表すならば、そう、職人が長い年月をかけて技術を習得し、それを研ぎ澄ましていくような、いわゆる『洗練さ』があった。
帝王としての立ち振舞い。人を虜にする圧倒的な存在感。
ジョナサンは彼との間に、『時間』の積み重ねによる越えようもない何かがあるのではないかと、直感的にそう思った。
けれども、それだけでは説明できないもっと別な違和感がジョナサンの意識を掠める。
────じゃあ今まで感じていた気配がどうしてディオから感じる?
だから、自分と彼との間に横たわるこの違和感は何なのか、一体目の前の男はいつの彼なのか、彼にとってジョナサンは一体いつのジョナサンなのか
それらをどう形にしていいかも分からず、しかしそれでも言葉にしてしまわないといけないような気がして、心に溜まった思いの丈を吐き出そうと口を開こうとしたその瞬間────それは起こった。
「 『ジョジョ』 」
「お前はもう────用済みだ」
気がつけば、ジョナサンの視界からディオは姿を消していた。代わりに重々しく生々しく、何かが弾けるような音がジョナサンの耳に届く。
ジョナサンは音がした方へ瞳を向ける。そこは調度ジョルノが立っていた場所で、程なくジョナサンの視界にジョルノとディオの姿が入る。
同時に、ディオの傍に立つ精神のビジョン────スタンドも
ジョナサンは一体何をしているのか、何が起こっているのか分からなかった。ジョルノがいて、ディオがいて、ディオの傍に黄金色のスタンドがいて。それらの事実は認識しても、それらが引き起こしている事象を繋ぎ合わせられない
「…………あ……───」
その引き絞られた声はジョルノのものだったか、ジョナサンのものだったか、あるいは両方のものだったか。けれどもその声と、鼻にこびりついてくるその臭いで、ジョナサンはようやく目の前の出来事を理解することができた。
ディオのスタンドの腕が
ジョルノの腹を────正確に貫いていた
がくんと、ジョルノの身体から力が抜けていく。生命が失われていく。
すべての音を拒絶したかのような静寂、その一瞬の後、ディオのスタンドはジョルノを貫いたまま腕を大きく振りかぶった。
ジョルノの身体からスタンドの腕は抜け、勢いよく吹き飛ばされる。腹部から血肉を撒き散らしながらジョルノの身体は草木の中へ無抵抗に突っ込んでいき……やがて見えなくなった。
「──────ッ!!!!」
全身から血の気が引く、声にならない声が肺の底から突き抜ける。そこまできてようやく石のようになっていた身体が金縛りから解け、ジョナサンは己が意識する前にジョルノが消えた所へ駆け出そうとする。だが
「時を隔てた邂逅というわけか……ジョジョオオ……!」
「 はっ!」
いつの間にかジョナサンの正面にディオは悠然と立っていた。同じ高さにある彼の目線とぶつかる。そこでようやくジョナサンは違和感の一端に気付いた。
ディオの身長は自分と同じ程だっただろうか、確かに2人とも恵まれた体格をしていたが、それでも身長はジョナサンの方が高かったはずだ。
いや……それどころか、これはまるで────
「随分なマヌケ面をさらしているじゃあないかジョジョオ?それともオレが生きているのに驚いているのか?」
「ディオ……君は……君は一体…………
何をしたんだ……?」
それが今のジョナサンの言えるたったひとつのことだった。
それは何に対する問いなのだろうか
たった今目撃したものについてか
血を巡るこの感覚についてか
それとも────
「…………よかろう、このDIOが尊敬する唯一の友よ、100年越しの再会を祝してこのオレがすべてを語ってやろうではないか
すべて、をな」
────それは誇り高き血統と欲深き血統の、数奇な運命を辿る奇妙な物語
□■□■
「ハァー……、ハァー……!」
サン・ジョルジョ・マジョーレ教会よりやや南東方向の街中で、パンナコッタ・フーゴは狭い路地の物陰にうずくまりながら荒々しい呼吸を漏らしていた。
教会前で死んだはずの麻薬チームの最重要人物、そしてフーゴの級友であったマッシモ・ヴォルペと接触後、彼らはそのまま戦闘に入り街中をかけていた。
壁の穴や地面のクレーター、ひしゃげた標識や電灯、散らばるガラスなどの破片、その一つ一つが2人の戦闘の激しさを象徴していた。
現在はお互い見えない位置に隠れ、次なるチャンスを待っているといったところか
「くそ……やっぱり本物のヴォルペなのか……」
信じられない訳ではない、確かにヴォルペはフーゴが確実に始末したはずだが、名簿にもその名は記載されていたし、死んだはずの人間がこの場においては何人もいるということをフーゴは知っていた。実際、フーゴはヴォルペよりも以前に亡くなったナランチャに会っている。
「よりにもよって何故あのタイミングで…………」
お陰でフーゴはジョナサンと離ればなれになり、それまで教会内で何が起こったのか、今現在何が起こっているのか結局分かっていない。
「だが、こうして会ってしまった以上は仕方がない…………奴は確実に始末する」
フーゴは音もなく立ち上がると、ヴォルペの位置を探るために移動を開始した。その目は既に決断を済ませた『漆黒の殺意』が宿っている。
周囲に警戒を張り巡らしながら、ゆっくりと路地を歩いていく。己の位置をバラようなことはせず、かつ相手の位置を探るためにどんなに小さな違和感をも見逃さないような慎重さと注意力を同時に展開する。
────奴を見失ってからそれほど時間も経っていない。奴もまた僕を殺しにくるから絶対に近くにいる
薄暗い路地を着々と進んでいく、しばらくすると、フーゴは『あるもの』を見つけその前で立ち止まった。
「…………?」
『それ』は民家の壁に空けられた『穴』だった。直径が人一人分はありそうな程の大きな穴、フーゴとヴォルペの戦闘中につけられたようなものではなく、ぽっかりとくり貫かれたようなきれいな円状の穴だった。
そこから民家の中を覗き混めば、床壁天井家具といわずあらゆる場所に削り取られたような跡と円状の穴が空いていた。妙なものはそれだけではなく、何故か民家の内部全体がまるで砂嵐でも巻き起こったのではないかと思うほど砂によって覆われていた。
(まさか、僕たちよりも前にここでスタンド使いの戦いがあったのか?
しかもこの砂……まさか………)
明らかに異常な現場に対しフーゴはある推察を立て始める。
「教会のあの状態……砂を操るスタンド使いが別のスタンド使いと教会で戦闘になってあの惨状になったのだとすれば説明はつくが、その跡がここにもあると言うことは、まさかまだこの近くで……」
ざり、と思わず1歩だけフーゴは後退りしてしまう。
────瞬間
ボ ゴ ォ !!
「なにっ!!」
掘り起こされたような音と共にフーゴの足下から手が伸び、フーゴの右足首を捕らえた。
「ぐおおおおお!!!」
伸びた腕はフーゴの右足首を握り潰さんとギリギリと握力を強めていく。その激しい痛みにフーゴは吠えるかのように叫んだ。
「パープルヘイズ!!地面を殴れえぇぇ!」
『うばぁしゃああああああああ!!』
フーゴのスタンドが地面に対し容赦のない拳の雨を降り注がせる。が、相手が寸のところで退いたのか手応えは空振りに終わり、地面には人一人分の穴が埋まりそうなだけが空いていた。
「くっ!」
フーゴは穴に足を取られそうになるも、すぐさま引き抜き距離をとる。右足首は潰されずにすんだが、それでも結構なダメージを食らってしまった。
ボコ、ボコとフーゴからやや離れた位置の地面が盛り上がる。やがてそこから手が出てきて、次に頭が出てくる。
その顔はやはり級友のものだった。
「…………」
のっそりとヴォルペは完全に地面から姿を表し、フーゴを睨み付ける。フーゴもまたヴォルペを睨み付ける。
「…………」
「…………」
沈黙
互いに何も語らない。そんなものを聞く耳はないし、語らう口もいらない。
お互いに知るのは、聞くのは、見るのは………相手の断末魔だけでいい
────2人の戦いが、再び切って落とされた。
「シッ!!!」
先攻をとったのはまたしてもヴォルペの方だ、拳程ある石ころを、『マニック・デプレッション』で強化された腕をもって投球する。
(教会で襲撃を受けたときと同じ……!だが!)
ズキリ、と最初に石をガードした右腕が僅かに痛む。
(あの石ころはスタンド能力が注入されているからかスタンドで受けてもダメージがある、慎重にいきたいところだが同じ手を二度も奴はするだろうか?必ず何か手は打っている、……かわすべきか?ガードすべきか?)
迫り来るそれに対する対処法を考え、そして一瞬で決断する。
(狭い路地でかわせば動きが読まれてそこを叩かれる、ここは……!)
迫りきったそれを、スタンドの腕で弾き飛ばした。また腕が痛むが凄みでそれを抑える。
すぐさまヴォルペに接近しようとして────訪れたのは、腹部の激痛と、全身への衝撃
「ご、はあ!?」
フーゴは理解が追い付かないまま、吹き飛ばされ地面に背中を強く打ち付ける。
(ば……バカな!石ころは打ち落としたはずなのになんで……!)
打ち落としたのなら、フーゴにその石ころは着弾することなくこのように地面に叩きつかれることもないはずだ。
………投げられた石ころが一投だけだったなら
(ハッ! まさか奴が手に持っていた石ころは2つ!スポット・バースト・ショットのように一つ目を投げた直後に後を追わせるように二つ目を投げたのか……!)
フーゴは自身な起こった現象を推察し、まさしくその通りのことをヴォルペは行っていたのだか、……時既に遅し
「ぐっ……!」
フーゴは体制を立て直そうとするも、ヴォルペはフーゴとの距離を縮めんと既に駆け出していた。
二十五メートル
(速いッ!マズイぞ……!こちらはまともなダメージを食らっているが奴は体力を少し消耗しているのみ、まともに近距離でやりあって対処できるか?)
十五メートル
(殺人ウイルスを使うか?だめだもう遅いッ!この体制とダメージと時間で使用することはできない!)
────十メートル
(やるしか、ない!)
フーゴは上半身を起こした状態で戦闘体制に入る。そんな体制でまともに戦えるとは思えないが、距離が縮まっている以上どうしようもなかった。
距離が十メートルを切り、両者の視線がぶつかる。互いになんの迷いもない、黒々しい殺気を宿している。
そして距離は五メートルを切ろうとした───その時
ガ オ ン ッ !!
「!?」
「なっ!?」
突如として両側の民家の壁、それもちょうどフーゴとヴォルペの間の壁が円状に消失した。ヴォルペはバックステップで一気に距離を離し、フーゴはなにが起こったのかさっぱり分からないままとにかく立ち上がろうとする。が
「痛っ!」
先程ヴォルペに捕まれた足首に激痛が走り、体制を建て直し損ねる。そうしている間にも異常な事態は進行しつつあった。
ガ オ ン ッ !!
ガ オ ン ッ!!
ガ オ ンッ !!
フーゴが先程目撃した民家の様子と同じことが、今目の前で起こっていた。
「マ……ズイ…………!!」
フーゴが立ち上がった時、ヴォルペの姿はどこにもなかった。奴にとっても予想外の事態だったのだろう。
そして突然……フーゴからそう離れていない空間から『何か』が現れた。
「す……スタンド………!?」
何もなかったはずの空間からそれは除々に姿を現していき、やがてその中からさらに何かがこちらを覗いていた。
それは人間だった。長い髪にハートの飾り、厳つい顔をした男が、こちらを睨んでいた。
「…………」
その男の目を見た瞬間────フーゴは全身に鳥肌がたった。
真っ黒いクレバスをイメージさせる眼、『漆黒の殺意』とも『どこまでも感情の欠落した』ものとも違う、底知れぬ暗黒がそこに広がっていた。
本能的にフーゴはそこから逃げようと身体を翻す。が、
「……え」
そこには、フーゴの行く手を阻むかのように、砂で構成された大男が立っていた。
フーゴが状況を飲み込むよりも早く、大男は両腕でフーゴの身体をがっしりと掴む。
「は?」
フーゴの身体は大男に持ち上げられ、視界と重心がぐるりと反転する。
そして────大男はフーゴを肩に抱え、そのまま走り出した。
「…………ええええええ!?」
まったくさっぱり理解の追い付かないフーゴの叫びが、路地に響いた。
○●○●
「クソッ!! クソッッ!あともう少しで奴をッッ……!クソ!!!」
ガン! ガン! と力任せに拳を壁に打ち付ける。加減をしていないせいで皮膚は破け肉は抉られ血が流れるが、それもスタンド能力であっという間に治っていく。
「ハァー……ハァー……!」
今のヴォルペの脳裏には、たった一人の人物だけが浮かんでいた。
パンナコッタ・フーゴ
ヴォルペから拠り所としていた人────コカキとアンジェリカを奪っていった少年
ヴォルペにとって心を許せる相手だった。必要とし、必要とされ、互いに寄りかかるような、そんな存在だった。
それは端から見れば依存と言える関係だったかもしれない。それはマイナスなことで、本来なら克服すべきものだったかもしれない。
だけど、そんなの知ったことか
世間なんて知らない、常識なんて知ったことじゃない、そんなものに当てはめっこない関係が、ヴォルペたち麻薬チームの中にはあった。
なのに、なのにあいつらは、あいつはすべてを持っていってしまった。
コカキとアンジェリカは殺され、ビットリオは石仮面を取りに行ったきりどうなったか分からない、そしてヴォルペ自身も……
何もかもバラバラになった、何もかも持っていかれた。
「……許さない」
胸の中の溢れんばかりの感情を到底形に出来るわけがないと分かりつつも、それでも言葉に乗せて吐き出していく。
「オレは……フーゴを………許してはならない──────!」
……それはヴォルペの記憶の中の少女が言っていた言葉とよく似ていた。
けれども肝心の少女のことは欠片も思い出さないまま……空虚を抱えた青年は一人暗い路地に取り残された。
○●○●
「……あー……」
先程の路地とは別の暗い路地、砂の大男に連れ去られたフーゴは、その事だけはようやく飲み込めたものの、やっぱり今の現状について理解が追い付いていなかった。
痛む足首を庇うように座り込む彼の目の前には……
「ワン」
……一匹の犬
「……まさかお前が砂のスタンド使い?」
「ワン」
「教会をあんな風にしたのも?」
「ワン」
「今まであの得体の知れない男と戦ってたのか?」
「ワン」
「…………」
肯定してるのだろう、合いの手のように犬はフーゴに返事をする。
あの教会を飲み込むほどの砂を呼び寄せるなど、並大抵のスタンド使いではないとは思っていたが……
(正体も並大抵じゃなかったか……)
スタンドというのは精神のビジョン、だから強い精神を持つのであれば動物でも発現することも稀にある。実際フーゴもかつてトリッシュの護衛任務時に亀のスタンド使いを用いていたことがあった。
「で?何で僕を連れ去ったんだ?ただ単にあの男から助けるためだけじゃあないんだろ?」
話が早いと言いたいのか、犬は返事の変わりにフン!と鼻を鳴らす。
「………助けた代わりにあの男を倒すために協力しろ、か?」
ただ流石にフーゴも犬の言葉は分からないので、とにかく犬が言いたそうなことを代弁してみる。
「ワン」
するとやはりそれは当たっていたようで、犬はまた鳴き声で返事をする。
「…………」
だが、フーゴは当たっていたことで逆に頭を抱えた。
いくら助けられたとはいえ、フーゴもまたヴォルペと現在交戦中なのだ。正直「そんなの知るか、そっちで勝手にやっててくれ」ぐらいのことは言いたい。
だが、今は状況がそれを許してはくれない。先程のヴォルペとの戦いにおいて優勢だったのはヴォルペの方で、先ほどのイレギュラーなことが起こらなければ負けていたのはフーゴの方だっただろう。
そして今の状態でヴォルペと会っても、フーゴには勝ち目が薄い。
だが、この犬とうまい具合にタッグを組めば、あるいはヴォルペを倒すことはできるかもしれない。
……まあ見たところ頭のいい犬のようだから、そこまでうまくことが運べるかは分からないが
それにあの正体不明の男には犬と(正確には砂の大男と)いるところをバッチリ見られたので、男はフーゴが犬の仲間だと認識してしまっているだろう。
男の容赦のないスタンド攻撃、それにこの足で逃げられるかは……まあ無理だろう
頬に手のひらを当て、やや考えてみたものの、やはり犬の要求をつっぱねるのはあまり得策でないような気がする。
「ああ~~~、とりあえず分かった。いいよ、一先ず一緒に戦ってやる」
「フン」
「ただし、多分見てただろうけど僕もお前とは別の敵と戦っている。そっちが現れたら僕はそっちを優先する。できればお前の協力も欲しいんだが……」
「…………」
「…………」
めちゃくちゃめんどくさそうな目で見られた
久々にキレていいだろうか。
「はぁ……」
フーゴは思わずため息をつくが、どのみちヴォルペもあの男もフーゴにとって、いや互いにとって「敵」なのだ。今逃げたところでまた戦うことになる。それならば他に被害が及ばぬ内に倒しておくべきだろう。
「乗りかかった船ならぬ乗らされた船だが……やるしかない、か」
どうやら教会に戻るのは、もう少し先のことになりそうだ。
フーゴは一人の青年を思い浮かべ、その青年のことを案じる。
(ジョナサン……どうか、無事でいてください)
はたして、フーゴの祈りは青年の元へと届くのだろうか。
(かっ、思わず助けちまったぜ……おっさんのおせっかい癖が移ったか?)
座って思い耽っているフーゴの横で、
イギーは身を休めながら軽く毒づく。
(まあいいさ、俺はお前みたいなお坊ちゃんみたいな奴は嫌いだが、せいぜい役立ってくれよな)
────そもそも何故イギーが教会より少し離れたここにいるのか
タルカスが
ヴァニラ・アイスに殺された直後、イギーはありったけのスタンドエネルギーを使い大量の砂を教会にかき集め勝負に臨んでいたのだが、ヴァニラのスタンド『クリーム』の暗黒空間による予想以上の性能に砂はどんどんと飲み込まれていった。
そこでイギーは方針を変え、砂のダミーによる撹乱作戦を実行した。
ヴァニラの攻撃パターンから暗黒空間に身を潜ませている間は外の様子が分かっていないことを確信したイギーは、スタンドでイギーの姿をした砂のダミーを作り、ヴァニラにそのダミーをイギーだと思い込ませ追わせるように誘導した。
作戦は成功し、油断したフリをしてわざとダミーを暗黒空間に飲み込ませ、始末したとヴァニラが油断し外に出た隙に砂の大男が持つ槍でヴァニラを襲った。
残念ながら寸の所で気付かれ槍は左肩を貫通させるに留まったものの、ようやく与えた一撃にイギーは渾身の笑みでヴァニラを挑発した。
これにはヴァニラもプッツン、『クリーム』を発動させ怒りのままに無差別に辺りを暗黒空間に飲み込んでいった。
流石にイギーもここまで見境なしの相手に打つ手はなく、ヴァニラが削りとってできた穴から外に飛び出し一時的な逃走を図る。それに気づいたヴァニラもまた周囲を飲み込みながら外へとイギーを追い、そしてデッドオアアライブの追いかけっこを続けている内にヴォルペと戦闘中のフーゴを発見し……今に至ると言うわけだ。
(おっさん、もう一度宣言しとくがな、これはおっさんへの恩返しでもなければ敵討ちでもねぇ、ただ俺がおっさんに死なれて後味悪ぃってんで勝手にやってるだけだ)
イギーは教会に置いてきたタルカスの姿を思い浮かべ、その心の奥底にある感情を奮い立たせる。
(待ってろよあのクサレ脳みそ野郎……必ずこのイギー様がキッチリとオトシマエつけてやっからな……!)
イギーのその瞳は、かつてないほどに熱で満たされていた。
(にしても……)
「ん?……なんだジロジロ見て」
(こいつまだあのヤローと戦ってもいねーのになんで服がそんなに穴だらけなんだっつーの)
「?」
□■□■
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最終更新:2014年06月21日 16:54