「おれの親友が体内に毒の指輪を仕込まれてて、その解毒剤が
ワムウの付けてるピアスの中に入ってる!
はやくあいつに持ってってやらねえと、もうほとんど時間も残ってねえんだッ!!」
シーザーの焦りは、ひとえに
ジョセフ・ジョースターへの信頼、後悔が織り交ざったもの。
ひとえに、彼の誇り高さが生んだもの。
シーザーにとって、人を動かす原動力たる熱。
時に人はその熱に当てられ、同じ道を歩むこともあれば、歩みを妨げることもある。
そして誇りは、時に『弱み』となる。
「よくわかんねえが……ピアスがないと知り合いが毒で死ぬってか?」
「ああそうだッ! だからさっさと――」
「分かっていながらピアスを手に入れられなかったら……きっとそいつにスゲー『恨まれる』んだろうなあ―――ぁ。
『後悔しちまう』なあ―――ぁ?」
――ズン
「なっ……」
膝から崩れ落ちるシーザー。
胸元には無機質な鉄塊、『錠前』が。
「ちったぁ落ち着けや、ナンパ野郎」
弱みを見つけてのゆすりたかりは、玉美の生業。
トリッシュに対し『他者間の罪悪感』でも『錠前』を取り付けられると知ったからには、活かさずにはいられなかった。
玉美は性根の悪さを存分に発揮し、シーザーに錠前を付与、事態を収束しにかかる。
「こんなことをしている間にもトリッシュ様が、あんなことやこんなことをされているかもしれない……。
そう思うといきり立って、じゃなかった、いてもたってもいらんねえ」
「怒って興奮するってことなら、合ってると思いますけど」
「オレ馬鹿だから、言葉の意味は分かんねえけどよ……玉美はすげえしょうもなくて下品なことを言いたそうだったぜ」
ナランチャの直感からなる推察。
そうかな……そうかも……という共感が、苦笑いとともに場を支配する。
バツが悪くなり、玉美は視線を落として
イギーを見やるが、プイと顔を背けられる。
犬でさえ、玉美の品性の下劣さを理解していた。
「いいから早くこの『錠前』を消してくれよ。その……これがお前のスタンドなんだろう?」
「罪悪感を持った奴の心に『錠前』をかける、そんなところだ。命に別状はないから安心しろ。……ほいよ、消したぜ」
『錠前』が消えるや否や、すっくと立ちあがるシーザー。
先ほどのような焦燥感あふれる面相は影もなく、冷静さを取り戻していた。
ジョセフの『死の結婚指輪』の猶予はまだ5日ある。
解毒剤ピアスの回収は他の誰かに任せるなりすればいい。
「やはり、
カーズは放っておけない。
正面切って戦うより、不意打ちや暗殺の方が勝つ可能性も上がるだろう……さっきまでより今の状況の方が、マシかもしれない。
解毒剤のピアスは……千帆、君らに頼みたい」
波紋戦士としての使命を果たす。
トリッシュと
プロシュート、二人の決意を無下にするでなく、勝算を上げるための決断と、シーザーは割り切った。
冷静になるきっかけが玉美というのが、なんとも締まらないが。
「……」
依頼を受けた千帆はというと、浮かない顔だ。
先ほどはシーザーにカーズとの同行を求められたが、カーズの要求という大義名分があったからこそで、今や千帆が付き添う理由がない。
そもそものカーズも、千帆が眼中になかったと来たからお笑いだ。
シーザーや玉美がトリッシュの身を案ずるのと同様、千帆もプロシュートの身を案じている。
だが、案じたところで力を伴わない思い上がり、カーズ討伐に向かったところで役に立たない、と突き付けられているよう。
シーザーが年端もいかぬ少女を放置するわけがない。
ナランチャらに保護を依頼し、単独でカーズのもとに向かうというのはシーザーなりの気遣いだろう。
その気遣いは、知らず千帆を傷つけた。
「おれはさっきも言ったように、テメーみてーなナンパ野郎なんざどうでもいいんだ。さっさとトリッシュ様を助けに」
「ちょっと、よろしいかな……?」
緩んだ空気を見計らったかのように千帆の背後から姿を現した、ややくたびれた中年男性。
左手首を怪我していることを除けば、目立ちはしないにせよ、外見年齢に不釣り合いな格好。
手ぶらで武器らしい装備もなく、これといった荷物もないことも、一言で形容できない特徴のなさ、平凡さを際立たせた。
その平凡さは清潔感ともに、ある種の安定・安心を与え、殺し合いという舞台からは遠くかけ離れた存在。
――千帆の見解は違った。
「吉良、吉影……!?」
名前を知られている、容姿を知られている――
吉良吉影にとっては想定外、しかしどうとでもなる。
だが――
「『殺人鬼』……!」
――その一言で、弛緩した場の空気が一転。
双葉千帆は知っていた。
参加者でない宮本がもたらした『写真付き名簿』。そこに記載された危険人物の情報。
吉良吉影は生存者のなかでも特に殺傷能力に優れており、注視されていた。
殺人鬼と口にするのは安直な行為だったろうが、千帆はシーザーに詰められ、立ち直れなかった結果、冷静な判断が下せなかった。
「ええと……」
言い淀んだ吉良は、その裏、異論、反論、言いくるめる手筈を考えていた。
空条承太郎に正体を明かされた時でさえ、『始末』という手段を採択できたのだから、それくらいの冷静さはある。
だが、いつだって、同一の状況など存在しない。
判断の隙を、猶予を与えてくれる親切な神などいないのだ。
――うなる数多の銃撃音。
刹那、吉良の左手の甲に描かれた、赤黒い斑点模様。
「ぐっ!」
「何だかわかんねえけど、コイツは敵ってことでいいんだよなぁ、千帆!?」
直情のナランチャ、誰の判断もなく攻撃を開始。
己が半身たる戦闘機『エアロスミス』を吉良の直上に発現、急降下からの一斉射を放つ。
「待てナランチャッ! いったん気絶させた後に話を聞き出す!」
シーザーが叫ぶ。
来訪者を切り捨てるわけにはいかない、一つの可能性。
ワムウの死の結婚指輪リング、それに対応する解毒剤ピアスの在処。
2エリア程度離れた位置での死闘でワムウの最期を見届けたと、すでに千帆から聞いている。
なれば、近隣の参加者がピアスを所有している可能性を捨てきれない。
(一対二……! 話を聞く気のない小僧に、尋問目当ての男!
話し合いに持ち込む余地はない! 小娘ごと、まとめて消し飛ばしてくれる!)
吉良吉影は激昂する。
自分の正体を知られている可能性はいくらでもあった。
人づてに聞いていけば、ネズミ算式に情報が伝播することもあるだろう。
問題は――正体を看破した相手が女だったということ。
一対の腕(かいな)以外に価値を見出せない、消し飛ばされてしかるべき下等な存在に! 公衆の面前で正体を突き付けられたこと!
「『キラークイーン』!」
雄叫びとともに、吉良の眼前に魔人が顕在化。
怒りのまま、『キラークイーン』は千帆の首根っこを掴む。
――この行為が『賢い行い』ではないと吉良が気付くのは、瞬く程の間を置いてのことだった。
「ぼくを……馬鹿にしやがって!」
思案に耽ったまま放置されていた
宮本輝之輔が、裏切り者の吉良に迫る迫る。
秘匿していたスタンド能力を見せてしまったのだから、『卑劣な裏切り』とみなされるのは必定。
(挟み撃ち、だと!?)
コルト・パイソンを構え駆け出す宮本を横目に、吉良は自らの爪を噛み、指から鮮赤があふれ出る。
無意識下、生来からの癖を発揮。
吉良吉影の『平凡なサラリーマン』というセルフイメージの崩壊が止まらない。
「見つけたぞ! 『恐怖のサイン』!」
丸みを帯びた人型の霊体。
吉良には見覚えがあった。
スタンドヴィジョンが生み出したるは、巨大な、人ひとり包み込めそうな大きな紙。
そう、宮本が銃を構え接近したのは、弾を当てるためではなく、必殺必中の大技のため。
(これは……宮本のスタンド! 私も紙に閉じ込められてしまうのか! このままではッ! いや……そうではない!)
吉良は己の優秀さゆえ、過去の宮本の説明を記憶できている。
実用性に乏しいtipsであっても。
――ぼくの能力『エニグマ』でこうして紙にしてしまえば、中からは脱出不可能だ
――紙になっている限り、彼が死ぬこともないから
――誰かがやぶけば別だがね
――誰かがやぶけば
脳裏をよぎる、最悪の想定。
(馬鹿な……この吉良吉影が、こんな『凡ミス』で……こんな小娘の一言で! 善良な市民たる、この私が!)
姿を現してから、小娘のせいで目論見は総崩れ。
吉良吉影は心底願う。
やり直せたら。
やり直したい。
やり直させてくれと。
「波紋疾走(オーバードライブ)!」
紙が吉良を包むより早く、あるいは速く迫る、シーザーの拳。
そして、吉良の首を――――――
――――――シーザーのデイパックから伸びた『細長い得物』が貫いた。
★
「……はッ!」
千帆は、肌を包む空気の変化に声を上げた。
「どうした? 大統領の目的に思い当たったか?」
「え……!? ぷ、プロシュートさん!?」
「さっきからいただろうが」
屋外ではなく、室内にいる。
だけではなく、去ったはずのプロシュートが、隣在している。
「『さっきから』……!? だって、カーズって人に連れられて……」
目をぱちくりさせて、プロシュートを凝視する千帆。
カーズと同行した決意さえ忘れたかのような言動。
「なんだよ、人を化け物みたいな目で見やがって。言ってることも訳わからないしよぉ」
嫌気がさしたのか、周囲の警戒に戻るプロシュート。
周囲――千帆もまた、自分のいる部屋の中を観察する。
机、椅子、インテリア、床に下したデイパック、何もかも見覚えしかない。
たまらずデイパックを開ける。大量の角砂糖が、収納した時と寸分違わず、全く同じ配置だった。
デイパックを背負って移動したら、崩れて当然なのに!
(移動した後じゃ……ない、としたら?)
千帆の頭に、ある仮説がよぎる。
忘れていないのだとすれば、これが夢でないのだとすれば。
(時が、『巻き戻っている』の……!? これって、どういう……)
★
「…………」
「あの――」
「少し黙ってろ、どうしてもって時は大声を出せ」
今すぐにでも相談してしまいたい――そんな千帆の思いをよそに、状況は進んでいく。
大声で『私は未来から来たんです!』などと叫んだところで、精神疾患のある女と思われても仕方がない。
時間が巻き戻った原因がわからないし、時間逆行それ自体が、現段階では千帆の仮説にすぎない。
(『過去に戻っている』と認識しているのが私だけ、というのがそもそもおかしい……)
プロシュートは室内に戻ったことに驚愕していないので、時間の逆行を認識していないのは確か。
もはや仮説はおろか、妄想ではないかと、千帆にさえ確信が持てないでいる。
判断材料が足りない。沈黙するまま、時間が過ぎていく。
「おい、さっきからそこの角に隠れてるやつ! いるのはわかってんだぞ!
二人ともいい加減出てきやがれッ!!」
「……行くぞ」
「……はい」
タイムアップ、もはや相談する時間もなし。
千帆も、余計なことは一切聞かず話さず歩き出す。
「そこで止まれッ! 妙な動きするんじゃあねえぞッ!」
およそ10mほど――だいたいの近距離スタンドならば射程外となる距離で制止。
お互い、緊張の面持ちで相手の出方を見ている様子だったが……。
「……『皆さん、私は双葉千帆といいます。私も、この人も殺し合いには乗っていません』」
最初に口を開いたのは千帆。
千帆の緊張の原因は別にあったが、セリフはすらすらと出てきた。
まるでト書きのような――『何度も読んだ小説のキャラクターのセリフを暗唱』しているかのような感覚に駆られた。
「……それが本当ならよぉ~、あんたのスタンドを見せられるか?」
「『……私は、スタンドという力は持っていません。ただの人間です』」
「…………」
(同じだ……。ナランチャさんの言葉も、)
「ちょっと――」
「いえ、ここはひとつあっしにおまかせを……」
(この人――は、確か玉美さん)
「……ふむ、この嬢ちゃんは…………ええ、間違いありやせん。間違いなく――トリッシュ様のほうが美人でございます」
ド ゴ オ ッ !
鈍い音とともにナランチャ、そしてトリッシュの拳が男へと叩き込まれる。
プロシュートですら一瞬唖然としてしまうほど鮮やかな流れ。
(玉美さんがトリッシュさん達に殴られるのも、一緒……!)
妙な寒気が千帆の背中に走った。
玉美との初対面時に感じた寒気とは比較にならない、ただ事ではない雰囲気を。
★
「――どこの虫けらも、群れを成したがるのは変わらんか」
あれよあれよと、『見覚えのある』闖入者、柱の男カーズの姿が。
(どうしよう……このことをプロシュートさんに、他の皆にどう伝えたら?)
小説家を志す双葉千帆とて、自身の身に起きた怪奇現象を正確に伝えられる自信がなかった。
そもそも、目下の急務はカーズの対応、とても取り合ってもらえそうにない。
そうこうしているうちに、カーズから、また聞き覚えのある提案が。
「このカーズも暇ではない。『三分』やろう……それで決まらぬのなら皆殺しを望んだと判断させてもらう。
さあ、どうした? 相談でもなんでもしたらどうだぁ~?」
その言葉で我に返った各々が円陣を組み顔を突き合わせる。
三分の猶予が確かに与えられるという事実を知る千帆は、カーズの警戒より、いずれ起こる未来を憂慮していた。
(事の始まりは『吉良吉影』……それは間違いない。
あの男が起点なら、また会った時にどうにかするしかない?
ナランチャさんはすぐ攻撃したし、シーザーさんも向かっていった。背後から大きな紙を取り出した人もいた。
『倒しきれなかった』……? だとすると、また同じことが起きる?)
「他に意見がないのなら、ここはやつを知るおれに任せて――」
「だが、カーズの指定は『二人』だ。あと一人をどうする?」
(えっ……?)
思慮にふけっていたために、千帆はカーズの提案について一切意見を言わなかった。
僅かだが――千帆の知る歴史が改変される。
(話し合いがまとまらなかった場合、カーズが何をしてくるのかが読めない……。
下手すれば、カーズの機嫌を損ねてしまうかも。
私が同行者を名乗り出ないと、全滅の可能性がある!)
バタフライエフェクト――ごくわずかな小さな変化が、最終的に予想もしていなかった大きな出来事を引き起こすという理論。
小説の題材としてはたまに見られる概念、千帆も頭には入っている。
「『……でしたら、同行者には私がなります』」
双葉千帆は、蝶の羽ばたきを恐れた。
★
「何を勘違いしている? まさか、誰が同行するかきさまらに選ぶ権利などあると思っていたのか?」
(結局、止められなかった……)
同じ未来をたどることに、後悔がなかったといえば嘘になる。
しかし、化け物相手に女子高生は、どうしようもなく無力だ。
「……私と」
「オレ、だと……!?」
同行者を名乗り出たあとの別指名、本来なら理不尽さを感じるべき場面だが、千帆にはわかりきった結末。
カーズが提案した3分は過ぎ、やがて指定された二人はためらいなくカーズの方へと歩き出す。
その後の、カーズの暴挙に打ちひしがれている皆の嘆きも、シーザーのナランチャへの説得も、千帆の耳には入らなかった。
後に襲来する吉良吉影、その対処を考えねば、と。
「……よし! ここでこうしてたって何も始まらねえ!
おれたちはおれたちにできることをやるだけだ……ワムウのやつもまだ生き残ってるしな!」
しかし、シーザーの発破で考え直す。
未来を変えることを恐れ、既定路線をなぞる千帆は、過去発言の朗読を再開する。
「『……ワムウ、ですか?』」
異形の力を持つ青年とワムウの顛末を話す千帆。
とはいえ今回は、吉良吉影の襲来迫る焦燥感から、簡略的な説明に留めた。
話を聞いたシーザーは――突如千帆の肩を掴み、必死の形相で詰め寄る。
「おれの親友が体内に毒の指輪を仕込まれてて、その解毒剤がワムウの付けてるピアスの中に入ってる!
はやくあいつに持ってってやらねえと、もうほとんど時間も残ってねえんだッ!!」
(そんなこと、言ってる場合じゃあないのにッ……!)
顔を近づけるシーザーに、千帆はいら立ちを抑えられず、睨み返してしまう。
「よくわかんねえが……ピアスがないと知り合いが毒で死ぬってか?」
「ああそうだッ! だからさっさと――」
「分かっていながらピアスを手に入れられなかったら……きっとそいつにスゲー『恨まれる』んだろうなぁぁぁ。
『後悔しちまう』なぁぁぁ?」
――ズン
「なっ……」
「ちったぁ落ち着けや、ナンパ野郎」
すかさず玉美の助け舟。
シーザーに錠前を付与、事態を収束しにかかる。
(伝えないと……。危険人物『吉良吉影』の情報を!)
『錠前』解除のやり取りの後、吉良吉影が乱入する。
その前にいち早く危険人物の共有を図り、完膚なきまでに倒す、それが双葉千帆の描いた絵図。
策を練ろうとしたが、単独ではどうあがいても勝ち目がない。
『1時間ほど前』も、千帆はやられるがままだった。
「あ……あのっ! 見ていただきたいものがあるんです!
一人ずつでいいので」
「一人ずつぅ?」
訝しむナランチャをよそに、顔写真付き名簿を取り出す千帆。
(これが『参加者でない宮本さんから得たもの』だと、大統領に知られるのはマズい……)
当初は反射的に吉良吉影の正体を明かしたが、その安直さを反省しての『一人ずつ』提案。
読み上げなければ、参加者でない宮本の細工には気づくまい、という配慮。
顔を寄せれば、監視カメラ対策にもなるだろう。
「嬢ちゃんの頼みとあっちゃあ、断るわけにはいかんよな、ムフフ……。
ナンパ野郎はそこでおとなしくしてろ」
「玉美、ぜってーやらしい想像してる」
どんなやらしさがあるのか千帆には知ったことではないが、ツッコんでいる場合ではない。
玉美は千帆の隣に立ち、名簿を覗き込むように観察する。
ページをめくる千帆。
吉良吉影のページに到達した。
瞬間。
「KILLER QUEEN 第三の爆弾」
小さな、
「BITES THE DUST(負けて死ね)」
手のひら大の『キラークイーン』が。
ページを押しのけて現れ。
カチリ。
――爆音、そして断末魔が響いた。
「トリッシュ様ああああああ!」
【小林玉美 死亡】
★ ★
「きゃああああああ!」
「うるせえ! 誰かに見つかったらどうするつもりだ!」
千帆の頭に、ゲンコツ一発。
千帆は殴打された後頭部を押さえつつ、プロシュートに対し、目をぱちくりさせる。
「え!? ど、どうして」
「おいおい……理由の説明がいまさら要るか? テメーはそこまでマンモーナなのか?
殺し合いが始まってどんだけ経ったと思ってる」
千帆はプロシュートに返答することなく、飛び上がるように立ち上がる。
話を聞いているのかと苦言を呈するプロシュートに目もくれず、部屋の中を歩き回り、目を凝らす。
(民家の中……。じゃあ!)
机、椅子、インテリア、床に下したデイパック、何もかも見覚えしかない。
たまらずデイパックを開ける。大量の角砂糖が、収納した時と寸分違わず、全く同じ配置だった。
『1時間ほど前に確認した配置』と、全く同じ配置で!
(ただ時間が戻ってるだけじゃあない……! 『ループしている』、というの……!?)
千帆の心臓の鼓動が、一層早まった。
★ ★
「そこで止まれッ! 妙な動きするんじゃあねえぞッ!」
「……『皆さん、私は双葉千帆といいます。私も、この人も殺し合いには乗っていません』」
「……それが本当ならよぉ~、あんたのスタンドを見せられるか?」
「『……私は、スタンドという力は持っていません。ただの人間です』」
「…………」
「ちょっと――」
「いえ、ここはひとつあっしにおまかせを……」
「……ふむ、この嬢ちゃんは…………ええ、間違いありやせん。間違いなく――トリッシュ様のほうが美人でございます」
ド ゴ オ ッ !
「――どこの虫けらも、群れを成したがるのは変わらんか」
「このカーズも暇ではない。『三分』やろう……それで決まらぬのなら皆殺しを望んだと判断させてもらう。
さあ、どうした? 相談でもなんでもしたらどうだぁ~?」
「他に意見がないのなら、ここはやつを知るおれに任せて――」
「『……でしたら、同行者には私がなります』」
「何を勘違いしている? まさか、誰が同行するかきさまらに選ぶ権利などあると思っていたのか?」
「……私と」
「オレ、だと……!?」
「時間だ」
★ ★
(同じだ……何もかも)
千帆の心配事は尽きなかった。
自身の発言は意図的に過去に合わせているが、他人の発言やら挙動やら、息遣いまで些細なブレなく一致している。
不気味さしかなかった。来るべき末路を予想させる、という不気味さが。
(じゃあ、あの結末も……? そんなハズない! だって)
千帆は
小林玉美がどうなったか、はっきりと覚えていない。
むしろ『覚えようとしなかった』というのが正しいか。
(幻覚でないとしたら……『人が突然爆発した』なんて、そんな……)
スタンド能力を知識として得ている者と、実戦等により経験値を積んだ者。両者の差は歴然だ。
悲しいかな、千帆は前者。
昨日まで存在しなかった超常を身近に浴び、すんなりと受け入れられるはずもなく。
シーザーらとの合流前にプロシュートに相談できなかったのも、スタンド使いとの実戦経験不足が影響していた。
『1時間後の未来で人が爆発して死にました。敵は会ったことのない殺人鬼です』――いくらなんでも荒唐無稽が過ぎる。
玉美は吉良吉影と同じ日本人であることから、名簿を見せることに意義があった。
もしかしたら吉良吉影について知っているかも、という期待が持てた。
プロシュート相手では、出来の悪い小説の書き出しだと笑われるのがオチだろう。
「……よし! ここでこうしてたって何も始まらねえ!
おれたちはおれたちにできることをやるだけだ……ワムウのやつもまだ生き残ってるしな!」
(ここでワムウさんが倒されたことを伝えると、解毒剤のピアスの件でもめてしまう。
後から来る吉良吉影の対策を立てるためにも、黙っていないと)
プロシュートにどう相談するか、シーザーの詰問を避けるには、という、それぞれの問い。
答えは『沈黙』――それが千帆の出した回答だった。
シーザーに対しては玉美のように親友の弱みを突けば説得ができたかもしれないが、新参者が和を乱すのは危険だ。
考え抜いての保留。嵐が過ぎ去るのを祈るような気持ちで。精一杯、平静を装った貌で。
(時間が巻き戻る前……吉良吉影に、シーザーさんのデイパックから伸びた『矢』が刺さるまでは、こっちが優勢だった。
あれのせいで時間が巻き戻ったのなら、シーザーさんが近づく前に決着をつけられれば問題ない……はず。
デイパックの中身を確認するって名目で、荷物を降ろしてもらう、でもいいかもしれない。
あとは、玉美さんが攻撃された理由を考えないと。
吉良吉影が何かした……名簿に? 『矢』が刺さる前、吉良吉影は名簿を触れるどころか見てもいなかったはずだけど……。
でも、ページの下から小さいスタンドが出てきたのは覚えてる。
名簿を起点に攻撃しているなら、ここから先も行動を変えていかないと。どうすれば……)
と、千帆は顔写真付き名簿を手に、悠長に構えていたのだが――
――ズン
「なっ……」
「え!?!?」
突如、シーザーの胸元に生成された『錠前』。
事情は違えど、みな動揺する。
錠前の主たる、玉美でさえも同様だった。
「お、おい! 何やってるんだよ玉美!」
「おれは何もやってねえよ! このナンパ野郎が、何に罪悪感を抱いたのかもよくわかんねえし」
皆の視線は『錠前』を介し、一斉に、玉美に向けられた。
玉美はナランチャに弁明するばかりで、混乱しているためか、一向に錠前を解除しない。
(『変わらない』というの……!? 今まで起きたことは、何も『変えられない』の!?)
だからこそ、誰も千帆が青ざめていることに気付かない。
千帆の祈りは、再び踏みにじられる。
――突如、玉美の背中が散弾銃を浴びたように、音を立てて爆ぜた。
あとは、一度訪れた未来。
避けようのない『死』。
――爆音、そして断末魔が響いた。
「トリッシュ様ああああああ!」
【小林玉美 死亡】
シーザーの胸の錠前は、いつの間にか消えていた。
錠の喪失が意味することは、誰もが理解できている。
玉美は姿を消したのではなく、死んだ。消滅した。霧散した。突然の爆破によって。
「う……うわあああああああああああ! た、玉美ぃぃぃぃ!」
「何だ……な、何が起こっている!?」
「ワンワン! ワンワンワンワンワンワンワンッッッ!!」
叫び声をあげるナランチャも。
とっさにネコ足立ちの臨戦態勢をとるシーザーも。
玉美の爆心地に向けて吠え続けるイギーも。
玉美の消失に動揺すれど、動揺するままでなく、未知なる敵の攻撃に備える。
「クソッ! どこだ! 敵はどこだ!」
ナランチャは『エアロスミス』のレーダーを展開。周辺の警戒にあたる。
(ああ……ど、どうすれば! それに、どうして『時間が戻らない』の!?)
対し、千帆の思考は自己、未だ時を巻き戻らない己に向けられていた。
力なくぺたりと無防備に座り込み、丸めた顔写真付き名簿が手放され、コロコロと転がった。
「おい、何だ……? その本は」
「グルルルル……」
警戒を怠っていないためか、鋭い剣幕でシーザーが名簿に迫る。
イギーも牙を軋らせ、シーザーに追随する。
(い、いけないッ!
スタンド能力はわからないけど……玉美さんが前の周回で爆発したのは『吉良吉影のページを見たから』! それだけは確か!)
スタンドの像が現れていないにせよ、玉美の爆発四散――発生した事象は同一。
不測の事態でも推論を瞬時に組み立てた千帆の洞察力は、称賛に値するだろう。
そして、その思考速度ゆえ、名簿に手を伸ばすシーザーにも気が付いた。
「ダメぇぇぇ! その名簿に触れないでぇぇぇッ!」
ホームベースにヘッドスライディングする野球選手がごとく、千帆は素早く名簿に飛びついた。
あまりのオーバーリアクションに、シーザーも挙動を止める。
「千帆……会ったばかりの君にこんなことを言うのは酷だが」
手を伸ばした姿勢のまま落ち着き払っているシーザーが、千帆には逆に恐怖だった。
紳士たる態度を採って、語調も決して厳しいものではないのに。
ゆったりとした発話が空気を揺らし、千帆の胸を締め付けた。
「君、どう考えても怪しいぞ」
姿勢を正したシーザーの宣告を皮切りに、千帆の肩がわなわなと震えだす。
そして、イギーもナランチャも、抱えていた嫌疑をあらわにする。
「カーズの提案に乗り気だったかと思えば、二人が去ってからはずっと黙っていた。
そして玉美が死んで、急に喋ったと思ったら名簿に触るな、と来た」
「オレ、馬鹿だからわかんねえけどよぉぉぉー、『玉美が爆発して死んだこと』よりも『名簿』が大事なのかよ……!?」
「グルルルルルルル……ッ!」
せき止められていた疑念が溢れて止まらない。
(ああ、そんな……そんなッ!)
猜疑の視線が、三重、千帆に突き刺さる。
「ち、ちが……違うんです! これはすべて、吉良吉影っていう殺人鬼が現れてから、おかしなことになって……!
いや、まだ現れてないですけど! と、とにかく……この後、現れるんです! だから、こんなことしている場合じゃ……」
千帆はまるで我儘をわめく子供のように、早口でまくし立て、瞳に涙を溜めながら訴える。
向けられた猜疑の目は、いまだ変わることなく。
ハッキリと向けられているからこそ、涙ぐむ千帆にも、ハッキリと見えた。
見えてしまった。
二者と一匹の瞳に映る、『キラークイーン』の姿が。
『キラークイーン第3の爆弾……それは君に仕掛けた爆弾。
私の正体を追ってくるもの、すべてを消し飛ばすために作動する。
私のことをしゃべっても、紙に書いたとしても、それを契機に作動するのだ!』
瞳に映る『キラークイーン』が、千帆に語りかける。
カチリ。
カチリ。
カチリ。
――爆音の三重奏は、千帆の悲鳴で締めくくられた。
【シーザー・アントニオ・ツェペリ 死亡】
【イギー 死亡】
【ナランチャ・ギルガ 死亡】
★ ★ ★
「いやああああああ!」
「うるせえ! 誰かに見つかったらどうするつもりだ!」
千帆の頭に、ゲンコツ一発。
後頭部を抱えてうずくまる千帆に、そんなに強く殴ったか? と疑問を呈するプロシュート。
千帆の脳内を支配したのは、痛みではなかった。
痛みより恐ろしい未来。来るべき未来。避けなければならない未来。
(どうすれば……どうしたらいいのッ!?
あの猫耳のスタンドは『しゃべっても』『紙に書いたとしても』って言っていた。
ここでプロシュートさんに、何らかの形で吉良吉影のことを相談すれば……きっとプロシュートさんも爆発して死ぬ!
誰にも助けてもらえない! こんなの……どうしようもないじゃない!)
ぎゅっと目をつぶって、しばらくしたら、瞼の裏の暗闇にさえ恐れをなして、薄く目を開く。
視界に入るは。
小さな手のひらに不釣り合いな、拳銃。
(仕掛けたのは、吉良吉影……。
吉良吉影が、私に爆弾を仕掛けた……。
私が……吉良吉影を、殺すしか、ない?)
拳銃を力強く握りしめる千帆。
小説家志望の千帆、今だけは、ペンより強い銃を求めた。
「プロシュートさん」
「何だ叫んだと思ったら急に改まって、気持ちわりぃな」
「暗殺って、どうやるんですか?」
瞼を赤く腫らせても、瞳に溜めた涙は、拭いきった。
大神輝彦を殺そうとしていた時とは違う。
相手はとびきりの異能者なうえ、二の撃は許されない、確実に息の根を止めなければならない。
明確な時間制限もある。
巻き戻る時間は1時間程度。カーズ襲来の対処に追われるので、使える時間はさらに短い。
ふう、と一息おいて、プロシュートが語りだす。
その言葉遣いはどこか、かつての相棒に語り掛けるような、寄り添うような口調で。
「……辞書だと、暗殺は計画を立てて要人を殺害すること、とある。
通常、ターゲットの行動調査、タイムスケジュール管理、迅速な事後処理……そういった綿密さを求められる。
これらはスタンド能力でゴリ押しが効く場合もあるが――『どうやるか』を聞くってことは、お前が実行する場合は、ってことだろ?
どちらかというと、お前が求めているのは『バレずに殺す方法』だ」
こくり、と頷いた千帆。
各人の科白、行動は3回経験し、理念も把握できた。
あとは2つの不確定要素を乗り越える。
そのうちの1つ、『吉良吉影の暗殺』を、確実なものにするために。
蝶の羽ばたきで、嵐を起こすために。
「中途半端な覚悟なら、色仕掛け、って冗談でも言ってやろうかと思ったけどよ」
「……」
「……怒るなって」
★ ★ ★
シーザーらとの邂逅まで、千帆はすべての周回時で、おおむね同じ行動をとっていたし、今回もそうだった。
できればすぐにでも、単独行動をとってしまいたい。
吉良吉影との接敵を済ませてしまいたい。
だが、前周回のループ時に、集団の信頼を大きく損ねたという失態がある。
そうなったら暗殺どころではなくなり、自分の身の保全さえ怪しくなる。
「――どこの虫けらも、群れを成したがるのは変わらんか」
千帆にとっては見慣れた闖入者、柱の男カーズの姿。
(ここだ! 分岐点は『ここ』……ここから私は、何とかして皆を説得しないといけない!)
――ここでカーズに対して『吉良吉影は殺人鬼だ!』と叫べば、カーズを巻き添えにできるだろうか?
――もしくは、カーズにだけ見えるように『吉良吉影は殺人鬼』と書いた紙を見せれば、カーズを爆殺できるだろうか?
そんな邪な考えも、千帆は想像力豊かゆえ、構想の一つ、可能性の一つとして浮かんでいた。
だが実行しなかった。
下手をすれば自分以外の全員が死ぬ。プロシュートやトリッシュも含めて、だ。
加えて、能力に射程距離があったら? 唯一、やや距離を置いているカーズが射程距離外だとしたら?
それら不安要素を払拭できなかったがために、吉良吉影の暗殺を優先した。
各人の性格から会話内容をシミュレートするのに、脳内のリソースを全て割いた。
「なに、単純なことよ……第四放送までの間このカーズにきさまらのうち二人ほど同行してもらおうか。
このカーズも暇ではない。『三分』やろう……それで決まらぬのなら皆殺しを望んだと判断させてもらう。
さあ、どうした? 相談でもなんでも――」
「相談の必要なんてありませんよ」
会話の主導権を握るべく、千帆が先手を打つ。
「どういうことだ、千帆?」
「カーズさんは、同行するかしないかを聞いているんであって、私たちに与えられた選択肢は二つ。
『カーズさんが選んだ二人を引き渡す』か『ここで戦う』か。二つに一つです」
プロシュートの疑問にも、千帆は淀みなく応じる。
千帆にとっては答案を盗み見たテストに回答するようなものだった。
カーズは顎に手を当て、感心する素振りを見せる。
「ほおお、そこの人間はなかなか、察しがいいではないか。
そこまで言うなら、このカーズが指名するであろう二人もわかっているのではないか?」
「……一人だけなら」
「フン、期待外れだな。何か『干からびた遺体』について知っているものかと思ったが、所持はすれど効能についてはわからない、といったところか。
ということで、同行してもらうのはきさまと、きさまよ」
「……私と」
「オレ、か……」
本当は、今こうしてカーズが指さしたプロシュートと、もう一人――トリッシュだと、千帆は分かっている。
だが、変に先を読んだ行動をとって、カーズに興味を持たれてはならない。
カーズが心変わりし、千帆の同行を望んでしまえば、吉良吉影暗殺計画はご破算。
「……何で分かった?」
「カーズの目線……ですかね? たぶん、『遺体』が特別なものだって気付いているんだと思います」
「確信はなかったのか。ひやひやさせやがって」
小声で質問するプロシュートに、同じく小声で耳打ちする千帆。
強い興味を持たれてはならない、それは身内に対しても同じ。
千帆の発言は未来知るためではなく、人間観察(カーズは人外だが)の結果による推理、ということにしておく。
『遺体』が目的だと聞き出せたのは、過去周回にはないアドバンテージ。
「千帆、オレはお前の選択には付いていく……
だが意見はキッチリ言わせてもらうぜ。どう考えてもこいつは『罠』だ」
「逆ですよプロシュートさん。これは『罠』ではなく『チャンス』じゃないですか?
『遺体』がどんなものか、知るためのチャンスだと」
焚きつけることに、はっと目を見開くプロシュートの様に、千帆は心を痛めなかったわけではない。
自分の都合のために他を犠牲にしているみたいで。口車に乗せているみたいで。
しかし千帆には痛みを超えてでも、乗り越えたい困難があった。
「だが、こっちは非戦闘員も含むとはいえ六人!
向こうの提案を呑んだりしようものなら確実に人数は減る……」
今しがた反論されたように、説得の最大の障害はシーザーであると、千帆は睨んでいた。
強い使命感と戦闘経験からなる反対意見、ループに関係のないブレのなさが伺えた。
とはいえシーザーの説得そのものは、シチュエーションは違えど、3回経験済みだ。
「私、双葉千帆には夢があります……それは『小説を書く』こと……
そのために、主催者をなんとかしてこの殺し合いから脱出するのに全力を尽くします……
皆さんのように特別な力なんて持っていなくとも、一人の人間としてやれることはすべてやるつもりです」
夢がある――本心だが、この伏線は後々効いてくると、千帆はわかっている。
「だから、生き残る可能性が高い道を選ぶ。
私だけじゃなく、みんなが生き残る可能性が高い道を」
あとは、この場にふさわしい言葉を添える。
説得の大筋は変えない。目的はあくまでカーズの離脱を早め、作戦の成功可能性を高めること。
シーザーの耳元で、千帆が呟く。
「ナランチャさんの能力なら、二人を追いかけられます」
援軍の可能性の示唆。
これは永遠の離別ではなく、反撃のための時間稼ぎだと。
千帆自身が生き残るという決意を込めての言葉。
元々の歴史では、指導者もなく、目的も不明瞭、時間すらも満足に持たなかった彼ら。
今は違う。
千帆という先導者のもと、遺体の秘密を暴くという目的のため。
『3分』というわずかばかりの時間を稼いだ結果、千帆は行くべき道を見出した。
「――それもまた一つの道だ。乗っかってやる。転んでもタダでは起きてやらねえよ」
プロシュートにも、それが伝わった。
「さっきあなたが言ったこと……夢がある、だったかしら? よく似た口癖の知り合いがいるの。
おかげで思い出した……道を切り開くには、危険なことだろうと挑む『覚悟』が必要だって……
カーズの思惑を見抜いて、あいつの目的が『遺体』であることを引き出した――あなたの覚悟は見せてもらった。
私もやるだけやってみる」
覚悟はトリッシュにも伝播する。
指定された二人はためらいなくカーズの方へと歩き出す。
「よ、よりによってトリッシュ様を――」
「ま、待ってくれ! きみたちは波紋を――」
「千帆!」
玉美のわめきを、シーザーの忠告を遮り、歩みを止めたプロシュートが一喝。
しん、と空気が張り詰める。
「現状この選択が生き残る可能性が一番高いっていうのは、俺もそう思う。ベストかはわからないが、お前は善処した。
だが! 可能性を数値化して比較したところで、そんなのはただの目安だ。
『栄光』はお前が掴み取れ。全力を尽くすってんならなおさらだ」
プロシュートは振り返り、千帆に向け右拳を前に突き立てる。
プロシュートも、ボスの娘、トリッシュとの同行という不確定要素を抱えながらも、自身の信念をブラさない。
敗れ去ったチームにも、栄光を求める千帆にも恥じない存在であるために。
千帆はプロシュートにグータッチするでもなく、まっすぐに、野心に満ちた目を見つめ返す。
「いい目になったじゃあねえか」
それだけ言って振り返り、プロシュートはカーズの方へと向かう。
再び振り返らないのは信頼の証と、偉大なる男の背中が物語る。
「まだ出会って間もないけど、あなたは『信頼』できる……こっちは任せて。
その代わり、残る皆のことはあなたにお願いしたい……こんな押し付けるような頼み方で、ごめんなさいね」
顔だけ向け、シーザーに詫びたトリッシュもまた、プロシュートの背を追う。
カーズは無表情のまま振り返り歩み出し、二人も歩みに惑いなく、先導するカーズに追随した。
きっと、カーズは一連のやり取りを茶番としか捉えてなかったのだろう。
千帆の視点でも、決まりきった未来という点では、ある種、茶番だったかもしれない。
本番はここから。
カーズと同行者2名が五、六歩歩いたところで、千帆が声量小さく、しかし強めの語気でナランチャに話しかける。
「ナランチャさん! 索敵を!」
「え?」
「この隙を狙う人が近付いているかもしれない! 早くッ!」
「あ、ああッ!
……い、今去っていったカーズたち以外に、接近してくる二人組がいる! 俺たちの背後方向からだ! それと」
「ありがとうございます!」
「おい、どこに行くつもりだ嬢ちゃん!」
玉美の問いに千帆は答えず、路地を駆ける。
振り返らない。
振り返れない。
二度と同じ光景には、同じ悲劇には帰らないと決心して。
(難関は越えた! 私は絶対に……運命に勝つ!)
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最終更新:2026年03月14日 22:13