仰向けに倒れた静葉は、自らの心拍が急速に弱まってゆくのを感じ、死を覚悟していた。
彼女の身体を片足で踏みつけながら、ニヤけた顔で見下ろす大男。
あっという間の決着だった。私はここで死ぬのだ。
……遠方から頭に向けて空気弾を狙い撃っても、この男には打撲一つ負わせる事ができなかった。
こちらに気付いて駆け寄ってきたこの男を迎え討つべく放った私のスペルカードは、全く通用しなかった。
風で巻き上げた落ち葉を弾幕と化す、枯道「ロストウィンドロウ」。
あの男に確かに突き刺さったハズの無数の枯葉は瞬く間に灰と化し、傷ひとつ残せなかった。
逃げ切ることもできず、やぶれかぶれで放った渾身の回し蹴りは、
あの男に小指一本で受け止められ、逆に私の右足を貫かれてしまった。
巨大な岩に足をぶつけたような、絶望的に重く、堅固な感触だった。
そして、お返しとばかりにこの男から放たれた蹴りは私のみぞおちに深々とめり込み、
一瞬の間だけ、私の心臓をペシャンコに潰してしまった。
ショックを受けた私の心臓は、元の形に戻った後もその拍動を思い出すことができなかった。
全身がしびれ、指一本動かす事ができなかった。
見知らぬ相手も、見知った相手も、みんな殺してあの男たちの元にたどりつく。
例え、『どんな手を使っても』。
そんな私の『覚悟』は、この男のまえに呆気無く挫かれた。
この男は私には『どんな手を使っても』倒せないと、身をもって痛感させられた。
どうして気づけなかったのだろう。私は、弱い。
参加者名簿の、見知った名前を強い順に並べたら……私は下から片手で数えられる位に、弱い。
その上、こんな理不尽な程の強者までこの殺し合いに参加しているのだ。
私の『覚悟』が、ノミがヒグマに立ち向かうかのような『無謀』だったということに、
どうして気づけなかったのだろう。
「……ぐっ!!」
肺に残った空気が、強制的に吐き出された。
私の胸骨を踏みつける、焼けるように熱い男の足裏。
その足裏に、わずかだが体重が込められたのだ。
肋骨がたわみ、拍子の狂ってしまった心臓が圧迫された。
「……ぐっ、ふぐっ!ぐっ、うぐぅっ」
男は、何度も決まったリズムで私の身体を踏みつけ続けた。
嬲られている。……どうやら、楽には死なせてくれないらしい。
そのまま何十回も、私は出来損ないの楽器のように声を吐かされ続けた。
「……そろそろ良いかぁ?」
男は『演奏』を止め、おもむろにそうつぶやいた。
粘っこく、暑苦しくて、まるで溶けた鉛のような声だった。
そして私は、身体の異常に気付いた。
薄れていた意識がはっきりし始め、手足のしびれが消え、
血液の循環が戻り始め……心臓が再び正常に動き始めていたのだ。
人間が死にかけた時にこうして外から無理やり心臓を動かすと、息を吹き返す事があると聞くが……。
まさかこの男……私を助けたのか?どうして?
「『どうして助けた?』って顔してるから教えてやろう……フフフ、それはなァ……」
私の手足に何か熱いモノが触れるのを感じた。
血管だ。男の左手と両足の爪が開き、そこから血管が延びて来ているのだ。
……およそ生物の身体とは思えない高温を帯びた紐が、蛇のようにシルシルと私の身体に絡みついてくる。
私は男のなすがままに直立で吊るしあげられた。そして、空いた右手で
「……こうするためよおオォォーーーーッ!!」
と、一気に私の上着を引き裂いたのだった。
ああ、くそう、『そういう事』か。この男、秋の神であるこの私の、『春』を奪う気なのだ。
炎の縄に身体を縛られている最中だというのに、全身の血が凍りつくような恐怖を覚えた。
このゲームの敗者は『何もかも』奪い尽くされるのだと、私は心で理解した。
男の分厚い胸板が、輝く汗が、熱気立ち上る肌が、目の前に迫る。
……一体私はどうなってしまうのか。
「フフフ……」
男は分厚い唇を歪ませながら、私の頭ほどもありそうな巨大な握りこぶしを
露になった私の肌に近づけてきた。
私は固く目を瞑り、歯をくいしばって耐えることしかできない。
だが触覚だけは遮断できなかった。
遂に男の拳は、私のみぞおちに触れ、皮膚を押し込み、通り抜けて……?
骨と筋をかき分け?!……更には心臓に到達し……!
『何か』を残して、そっと離れて行ったのだった……。
いつの間にか私は拘束を解かれ、地面に座り込んでいた。
「見せしめに死んだ『アキ・ミノリコ』とかいう小娘と似ていたからな……
……否定しないということはどうやら『正解』らしいな。
まあ、きさまが誰かは正直どうでも良いのだが……」
「…………」「ゴロロロ……」
私は全身がすくみ、男を見上げることしかできなかった。
膝元で転げ落ちていた猫草が頬をすり寄せてきていた。
「一度しか言わんから、よく聞けよ?
きさまはあと『33時間』で死ぬ」
何か言葉を発しようにも、歯がガチガチぶつかりあうだけで言葉にならなかった。
「きさまの心臓近くの動脈に、毒薬入りのリングを仕込ませてもらった。
リングからは33時間程で毒薬が漏れだす。
助かりたくば、33時間以内に俺のこの鼻のピアスに封じられた解毒剤を奪いに来い」
そして男はくるりと私に背を向け、振り返りながら
「俺の名は
エシディシ。最後の蹴り、悪くなかったぞ。
人間相手ならば、骨の一本や二本は持っていけただろうな」
と言い残し、畳まれた紙切れを二枚、背中越しに投げてよこした。
そしてそのまま全身を包む筋肉を見せびらかすようにくねらせながら、ゆっくりと歩き去っていったのだった。
――――
(……ちょっと、親切にし過ぎたか?
……
ワムウじゃあるまいし、支給品までくれてやったのはやりすぎかもなァ)
エシディシは静葉への施しを、少しだけ後悔していた。
極東の果てに住まうとされる『八百万の神々』の一柱である、秋静葉。
長らく好敵手と呼べる存在を失っていた彼は、『神』とやらがどんな強さを秘めているか興味が湧いたため、
静葉の不意討ちに『付き合ってやった』のだった。
だが、その結果は『散々』だった。
『神』であるはずの静葉の攻撃は到底エシディシの生命を脅かすことのできるものではなく、
彼女は小手調べの蹴りのたった一撃で絶命しかけてしまったのだ。
(これでは、最初に遭ったあの銀髪の方が幾分かマシだな……)
エシディシは『神』のあまりの弱さに嘆いていた。
純粋な強さでいえば、静葉は最初に出会った『死なない人間』にも劣る雑魚だった。
……では、何故エシディシは静葉の生命を救い、見逃したのか?
それは、彼女の目に宿る意志を、殺気を感じ取っていたからだった。
(……だが、鋭い、いい目をしていた……だから奴と少しだけ遊んでやりたくなったのだ。
……暇つぶしくらいにはなればいいのだがなァ)
この殺し合いの場で静葉が生き残ることができたとすれば、彼女は爆発的な成長を遂げているに違いない。
エシディシは静葉の意志が秘めた可能性に賭けてみたくなったのだ。
だから、エシディシは何故か手元に戻っていた『死の結婚指輪』を静葉に託したのだ。
……流石にここで『33日間』も待つわけにはいかないので、
リングに小さな傷を付けて『33時間』に時間を調節はしたが。
……背後から静葉の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
そうだ。激昂した時には大声で泣き叫び、頭を冷やすといい。
……そして願わくば、次会う時にこの俺をもっと『後悔』させて欲しいものだ。
【B-5 魔法の森/黎明】
【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部「戦闘潮流」】
[状態]:胴体に火傷(小)、疲労(小)、再生中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:
カーズらと共に生き残る。
1:一先ず気の赴くままに動いてみる。神々や蓬莱人などの未知の存在に興味。
2:仲間達以外の参加者を始末し、荒木飛呂彦と太田順也の下まで辿り着く。
3:他の柱の男たちと合流。だがアイツらがそう簡単にくたばるワケもないので、焦る必要はない。
4:夜明けに近づいてきたら日光から身を隠せる場所を探す。
5:静葉との再戦がちょっとだけ楽しみ。(あまり期待していない)
[備考]
※参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。
※エシディシがどこへ向かうのかは次の書き手さんにお任せします。
※頭部と首筋の銃創は、外見では判らない程度まで治癒しました。
※胴体の火傷は、(中)から(小)まで回復しました。
――――
エシディシと名乗った大男の筋肉が木々の間に隠れてゆくと、
張り詰めていた静葉の中の何かがぷつりと切れてしまった。
そしてまさに『堰を切った』ように、目からは涙が、口からは叫びが、
一斉に溢れだしてきたのだった。
「う、うあああああああああああああああああああああああ!!」
「ニ゛ャッ!?」
静葉は思う。
どんな『意志』を持ってしても、それだけでは何も為せない。
そしてこの場においては、『弱い』ことがどんな非道よりも罪深いことで、
その罪を犯した者は何もかもを奪いつくされるのだ、と。
もう残された時間は『33時間』しかない。
今の私では、エシディシはどうやっても殺せない。
産まれて初めて、静葉は願った。
力が欲しい。強くなりたい。強くならなければ。
強くなるためには……どうすれば良い?
お願い、誰か……誰か教えて。
【B-5 魔法の森/黎明】
【秋静葉@東方風神録】
[状態]:霊力消費(小)、覚悟、主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシへの恐怖、みぞおちに打撲
右足に小さな貫通傷(痛みはあるが、行動には支障ない)
エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、上着の一部が破かれた
[道具]:基本支給品、不明支給品×2(エシディシのもの)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:恐怖を乗り越えてこの闘いに勝ち残る。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。力が、強さが欲しい。
3:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
4:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
[備考]
※参戦時期は後の書き手さんにお任せします。
<死の結婚指輪@ジョジョの奇妙な冒険 第2部 戦闘潮流>
エシディシの初期装備。
参戦時期の関係で本来ならば
ジョセフ・ジョースターに埋め込んでいたものだったが、
何故かエシディシの手元に戻っていた。
見た目はただの派手なデザインの指輪だが、内部の空洞に毒薬が封じられている。
体内に入れると一定時間で毒薬が溶け出し、その者を絶命させる仕組みとなっている。
『柱の男』の持つ、生物内への侵入能力で体内に仕掛けられた場合、外科手術で取り出す事は不可能。
助かるためには柱の男の持つ解毒剤を奪うしか無い。
まさに「死を二人が分かつまで」の結婚指輪である。
現在、秋静葉の心臓付近に「エシディシの死の結婚指輪」が埋め込まれている。
埋め込まれてから33時間後・二日目の正午前後に指輪の中の毒薬が溶け出し、秋静葉は死ぬ。
解毒剤は、エシディシの鼻ピアスの中に入っている。
最終更新:2014年01月17日 22:32