かがみはPCの電源を入れ、日課となって久しいニュー速+のチェックを始める
そして何気なく開いたスレッドを見て、ため息をついた
【東京】“○○大学学生逮捕、覚せい剤など不法所持で”――
「みゆき…、あんたもか」
かがみはさほど動揺するでもなく、ただ淡々とブラウザを閉じると
急にやる気がなくなったようにベッドに転がり込むのだった
「まったく、どうなってるのよ…」
少しだけヤニ色の滲んだ天井を力なく見つめながら、かがみは一人ぼやく
高校を卒業し、
それぞれの道を歩き出した自分達
その思い出を糧に、今以上の未来を手にするはずだった
だのに、この現状は何なのだろう?
「いつからだったかしらね…、転落が始まったのは」
そう、あれはゴールデンウィークに入る前
帰省したら久々に遊びに誘おうとこなたの携帯に電話をかけたところ、
その番号はすでに使われていないという
予定を早めて帰ってみれば、かつてこなた達が暮らしていた家はもぬけの殻
あとでゆいに聞いた話によれば、こなたはバイト先のコスプレ喫茶の常連客に
執拗なストーカー行為を受け、家族や大学の友人達にまで火の粉が及んだというのだ
こなたとそうじろうは熟考の末、自身と、その周囲の安全を考えて引越しという選択をしたという
そしてゆたかは実家近くの高校へ、転校を余儀なくされたということだった
「こなたの馬鹿…、何で一言相談してくれなかったのよ…」
悲惨なのはつかさだ
地元の短大へ進学した彼女は、新しい友達を見つけたり、サークルに顔を出したりと、
ぎこちなくはあるが確実に、単なるかがみの腰巾着から脱しつつあった、……そんな矢先だった
暑い夏の日、友達(?)から「みんなで集まってるんだけど一緒に行かない?」と
声をかけられた
そして誘われるがまま付いていった薄汚い体育館でつかさを待っていたのは、
地元のFランク大学DQNサークルの男子学生数十人による歓待だった
つかさはそれを苦に、体育館の屋上から飛び降り自殺を図る
奇跡的に一命を取り留めたものの、未だ意識は戻っていない
「神サマって意地悪よね…。私ならまだ分かるけど、何でつかさがあんな目に…」
そして、季節は秋
たった今、麻薬の不法所持でみゆきが逮捕されたというわけだ
何を思ってかは知らないが……
「次は私かしら…。いや、私は現在進行中で堕ちていってるわよね」
そう、かがみはいわゆる「ぼっち」なのだ
楽しげに談笑する周りを横目に一人黙々と勉学に励む、砂を噛むような日々
色彩に溢れていた高校時代とは打って変わった、モノクロームの世界
「考えてみれば当然なのよね…
高校の人間関係をリセットして一からのスタート
無様でも足掻かなきゃ、友達なんて作れないのに」
そんな当たり前のことを忘れるほどに、あの頃の自分は恵まれていた
いつかのつかさの言葉を思い出すけれど、
あの日々はまさに「奇跡」であり、本来なら在り得なかった景色なのだ
思えばあの頃の自分達には主人公補正とでも言うべきものが
かけられていたのではないだろうか?
平凡な少女達の、騒がしくも穏やかな日常を“演じる”ために……
その魔法が解けた今、ただ堕ちていくしかないのでは……
「……なんてね、馬鹿馬鹿しい。ラノベの読みすぎだろ私」
かがみは人知れず、自嘲的に笑い出す
「さて、もう寝ようか…
私はあの3人のようにはならない…」
かがみは実りのない虚無との問答をやめると、
明日のフルコマ講義に備えて部屋の照明を落とすのだった
大学に入ってから1年が過ぎた
来るべき時に備え、恋に遊びに精を出す周りなどどこ吹く風、
かがみのぼっちな生活は相変わらずだった
「まずはニュー速…って、ん?」
“【訃報】作家・泉そうじろうさん死亡”――
こなたの父・そうじろうの事故死を告げる記事……
しかしかがみには、もはや何の感慨ももたらすことはなかった
「へぇ…そうなんだ」
出てきた言葉はただそれだけである
意識が戻らぬまま逝ったつかさを看取ったときでさえ、
一滴の涙も流れなかったというのに、
今更赤の他人の死に心を砕くことなどできるはずがない
ぼっちな生活を続けるうちに、
心がいつしか麻痺してしまっていることを今更ながらに自覚して、
かがみは我ながら苦笑を禁じえなかった
「こなたの奴、今頃泣いてるのかしらね…
私の知らないところで」
かがみは紫煙を吐き捨てると、
1コマ目の講義に間に合うように足早に薄汚れたアパートを後にした
「急ぐか、遅刻して注目を浴びるのは御免だし」
1コマ目の講義は数合わせの一般教養
周りを見れば、ほとんどが数人のグループを作って私語、私語、私語…
「授業中は静かに!」という義憤と、自分もあの輪の中に入りたいという渇望との間で、
板挟みになっていたあの頃の自分が酷く懐かしく思える
それも今となっては――
「このうるさいDQNどもが……、寝られないじゃないのよ」
そんな小さな呟き
周囲の喧騒に紛れて誰の耳にも止まらなかったのは幸いだった
そんな調子で2コマ目も無事に乗り切ったかがみ
かがみは売店でおにぎり2個とお茶を購入すると、
併設ラウンジの一角に陣取り、堂々と食事を開始した
「人気のある具はすぐなくなるから困り者よねー」
1年ほど前は、明るげな声の絶えないここで食事を取ることが何よりの苦痛だった
便所飯への逃避を考えたこともある
それでもかがみは敢えて、ここに通い続けた
「私は孤独なんじゃない、孤高なのよ」
…と自分に言い聞かせるうちに、いつしかここでの食事が当たり前となっていた
しかし、そのまま学食に進出する気が起きない辺り、
自分もまだまだ修行が足りないのだろうか
昼食の後は図書館に篭ってネットに接続する
自分にとっては学内で最も居心地の良い場所
「3コマ目までの時間潰しにはこの上なく適任よね…って、ん?」
“【事件】覚せい剤など不法所持で逮捕の○○大生、17件の余罪明らかに”――
記事によれば、去年の秋に逮捕されたみゆきであったが、
その後の調べで大麻の栽培や危険物の密造など、
数多くの余罪が明らかになったということだった
「あんたも順調ね、みゆき…」
かつての親友の一人であり、そしてどんなに努力しても追いつけないと感じていた秀才…
その力の向ける先を見誤った彼女は、これから先どんな末路を辿るのだろう?
「ま、私にはもう、関係ないか……」
一通りの巡回を終えて、ふと周りを見渡すと、見覚えのあるグループが目に留まった
男女数人で構成された彼らの机には分厚い六法全書とノートが広げられており、
その表情は真剣で、それでいて楽しそうにも見える
「あいつら、よく見ると今朝うるさかった奴らじゃないの……」
片や志を同じくする仲間達との勉強会、片や一人でネット三昧…
内心で見下して憚らなかった“DQNども”、
しかしそんな彼らに自分は天地ほどの差を付けられているというのか
「私も、お互い刺激し合える仲間を見つけられれば、
違った生活を送ってたのかな……」
ふとそんなことを思った途端、急に居心地が悪くなって、
かがみは逃げるように図書館を後にした
「あ~もう…、今日は何だか雑念が多いわ……」
何とか午後の講義を乗り切った
学友達はこれから忙しくなるのだろうが、かがみはこれから一人帰路に着く
しかし不幸なことにその時間は、近くに立地する高校の下校と重なっていたのだった
狭い歩道を占拠する制服姿をすり抜け、追い越しながら、
足早にあのボロアパートへ一路歩き進んでいく
「あ…」
ふと、4人で並んで歩く女子生徒の姿を目にした
その途端、自分でも足並みが鈍るのを感じる
「「「「くさいよね~」」」」
他愛のない会話に花を咲かせる見知らぬ4人が、
どうしようもなくかつての自分達と重なってしまい、
かがみは直視できなくなってしまった
そう
あの時…「陵桜学園」という名の箱庭から飛び出した時、
きっと自分達の役目は終わったのだ
そして、前を歩いているあの4人は今、もう一つの世界の主人公として、
どこにでもあるようでない青春を演じているのだろう
「……馬鹿馬鹿しい」
かがみは歩くペースを引き上げると、
前を歩く4人を不機嫌そうに追い抜いていった
「せいぜい今のうちに楽しむがいいわ、
どうせあんた達も数年もすれば…」
幸運の星は今日もどこかで生まれ、廻り、そして消えてゆく
おしまい
最終更新:2008年08月09日 21:22