kairakunoza @ ウィキ

そして歯車は動き出す

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物事すべてにきっかけは存在する。
部外者にとっては些細な事で記憶に残らなくても当事者にはそれが一番大事だったりするのだ。
そのきっかけがプラスに働くのかマイナスに働くのかは『時』が来なければ分からない。
『時』が来るのは明日かもしれないし、数年後かもしれない。だが必ず来るものだ。


六年前、小早川ゆたかは自分の部屋が好きではなかった。
寝ている時に見える天井や壁、心配や同情で見舞いにくる人も正直好きになれなかった。
だが、姉である小早川ゆいと従姉妹の泉こなたは別だった。
活発な姉と運動神経のいい従姉妹にコンプレックスも持っていたが、
それよりも好きと言う感情の方が大きかったのだ。
その頃ゆいはその頃中学三年で受験に忙しそうだったのだが、
一番に自分の事を考えてくれていると言う事を感じとれて好きだった。
今日は日曜日。
母親であるゆきと姉のゆいは受験勉強の息抜きをかねて買い物へ出かけている。
しかし相変わらずゆたかの体調は芳しくなく遊ぶ約束もなかったのでいつもの様に嫌いな天井を見つめていた。
家にはもう一人父親もいるが常に部屋に居るわけでもなく、居たとしても一緒に話をして盛り上がるはずも無い。
お互い妙に遠慮して息苦しくなるのは目に見えていたから必要な時だけ部屋に来る位で丁度良いとゆたかは思っていた。
けれども、やっぱり寂しいものは寂しい。
今ごろクラスメートは外で走り回って遊んでいるんだろうかと思い、窓の向こうを眺めながらゆたかは空想する。
自分も健康体で、その中に混じって走り回る自分の姿を。
だが、所詮は空想でしかなく今の自分はベッドの上で寝ているだけだという事をより実感させるだけだった。
羨ましさと自分の病弱さに対する嫌悪がゆたかの胸に沸いていた。
実際の体調不良さと沸いた嫌悪感も相まってますます気が重くなる。病は気からとはよく言ったものだ。
何かから身を守るようにベッドの上で丸くなり、寒くも無いのに布団を手繰り寄せて顎までかぶった。
ただ時間が過ぎるのを待ち目を瞑る。すべての音が遠くなっていく。
風の音も自分の呼吸音も心音も遠くなり、静寂の音が支配し始めた時
ピンポン、と今まで脳を支配していた音とはまるで違う無機質なチャイム音がゆたかの耳に届いた。
それが玄関のインターホンの音だと数秒後に理解した。
チャイムを押したという事は母や姉ではない。ならば誰だろう。
気まぐれや同情心から見舞いにきた知り合いだろうか。
だとしたら会ったとしても余計に具合が悪くなりそうで、父がその突然の訪問者を帰らせる事を望んだ。
父親が玄関をあけた音、そして会話までは聞こえないけど話が少し弾んでいるようにゆたかは感じた。
自分のクラスメートだったら父がここまで親しく話す事は無い。
クラスメート以外で家に来てくれるような人……ゆたかの脳裏に一人だけ浮かんだ。
その瞬間、今までの嫌な気分が拡散してベッドから起き上がろうとする。
けれども体調が悪い事に変わりなかったので微かな眩暈を感じ、無理せず上体を起こすだけにした。
自分で出迎えたいという気持ちがあったが体が付いてこない。
そんな気持ちなど知らず、訪問者は階段を音を立てないように、けれども少し駆け足で上がってきていた。
部屋のドアが開く。クラスメートがあけた時とは違う感情がゆたかの胸にあった。
開けた人物が口を開くより早く、ゆたかは今日一番の嬉しそうな声でその名を呼んだ。

「こなたお姉ちゃん!」
「おおぅ、ゆーちゃん!」

訪問者――ゆたかの従姉妹である泉こなたは
ゆたかが起きていて自分の名前を笑顔で呼ばれた事に驚いたが、すぐに笑顔になってゆたかの傍に近づいた。
その背後には隠しているつもりなのだろうが大きなウサギのぬいぐるみを持っている。
この頃のこなたも小学六年生の中では小さい方で、
ゆたかはそんなこなたを見ながら、運動神経は似てないのに身長は似たもの従姉妹なんだなと感じていた。

「久しぶりだね、ゆーちゃん。夏休み以来かな?」
「うん!」

こなたは「元気?」と尋ねない。
それはゆたかが具合が悪い事は見てすぐに分かるし、それを確認されるのを嫌っていると分かっていたから……ではない。
感覚的に聞かないほうがいいんではないかと思っていただけだ。
そんなこなたの内情などをゆたかが知る由もないのだが、体調を聞かなくても
具合が悪くなるとすぐに気づいてくれるこなたの事を有難く思えど、悪く思う理由などなかった。

「でも、どうしたの? おじさんは?」

こなたの家とゆたかの家はそれなりに遠い。
日帰りで行けない事も無いが、来るにしてもお盆休みやG・Wと言った連休時が多かったので
なんの変哲も無い普通の日曜日にこなたが来る事にゆたかは疑問を感じていた。

「今日はお父さんいないよ。私一人で電車乗り継ぎー。キップ買うの苦労したけど」

人ごみは五歳の頃から連れて行かれているコミケで慣れているので主に身長によって苦労したのだが、そこは言わなかった。
着た手段を教えられても、まだゆたかには分からない事がある。

「……どうして来てくれたの?」
「よくぞ聞いてくれました! ダララララ……じゃーん!」

こなたは自分でドラムロールを口ずさみ、後ろに隠していたつもりらしいウサギのぬいぐるみをゆたかに差し出した。
かなりの大きさのそれは隠していたつもりでもゆたかに丸見えだったのだが、いきなり差し出された事にゆたかは驚いた。
エッヘンと自慢気な笑みでゆたかの膝の上にウサギのぬいぐるみを乗せて、その隣にこなたが座った。

「ゆーちゃんへのプレゼントを渡しに来たんだよ」
「ひ、一人で?」
「そだよ」
「……な、何で? 今日は誕生日でもないのに……」

素直に嬉しいのに、先に疑問を投げかけてしまう自分の口がゆたかは恨めしかった。
こなたはそんなゆたかに笑いかけながら大きなウサギの後頭部をポンポン叩いている。
ゆたかから見るとウサギが何度も頷いているように見えた。

「家でゲームばっかしてるのも何だし、一人でゲーセン行ったらUFOキャッチャーでこれ見つけてね。
 あ、これはゆーちゃんにあげたい!! って思ったんだよ。アームが弱かったけどすぐに取れたんだー。
 だから取ってすぐに電車乗って来たんだよ。それに、プレゼントをあげるのが特別な日だけじゃなくていいじゃん。
 あえて言うのなら……私がゆーちゃんに会いたかったから記念日!ってことで」

よろしく、ボク、こなた! とこなたが後ろからウサギの腕を取り操って声を当てていた。
そんなウサギのぬいぐるみをゆたかは感情のまま抱きしめた。
「やっぱりゆーちゃんは可愛いなぁ」などと、こなたが呟いたがゆたかに聞こえるはずも無い。
こなたがくれたウサギのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめて、嬉しさと柔らかさを噛み締めていたからだ。
強く強く、呼吸が苦しくなるほど抱きしめる。
呼吸がしにくくなったのはその物理的な苦しさだけなのか、それとも嬉しさのあまり胸が詰まってだろうか。
後者だったらすごく幸せな事だと、変わらずぬいぐるみを抱きしめながらゆたかは思っていた。

「お姉ちゃっ……あ、ありがと!」
「な、何で泣いてるの!?」

そう言えばお礼を全然言ってなかった、とぬいぐるみを抱きしめる力を弱めて言うも
嬉しさから自然と涙を流していて嗚咽交じりになってしまっていた。
こなたは慌ててティッシュを取ってきてゆたかの涙をふき取る。
それから数分だけ話して、こなたは帰ろうとした。
ゆたかは引き止めたかった。泊まっていってと言いたかった。
口実としては頭にいくつも浮かんだ。姉が帰ってくるまで待てばいいよ、など。
でも口に出せなかったのは、物分かりのいい従姉妹じゃないとダメなんじゃないかという
自分が勝手に作り出した束縛が邪魔したからだ。
まだまだ話し足りないと思いながらこなたに手を振る。
じゃあね、と言ったこなたの口調が名残惜しそうに聞こえたのはゆたかの願望だけではないが、それを正直に受け入れられなかった。
膝の上のぬいぐるみを抱きしめて、再びベッドに横になる。
この大きなぬいぐるみを持って電車で着てくれたんだと思い、自然とゆたかの頬が緩んだ。
多少泣いたのと騒いだ所為で軽い頭痛がするけど、それをこなたの所為だと思い恨むはずも無い。
これならよく眠れる。絶対良い夢が見れると安心しながらゆたかは目を閉じた。
抱きしめているウサギのぬいぐるみが『おやすみ』とこなたの声で言ってくれた……気がしていた。



それからウサギのぬいぐるみはゆたかの部屋の住人になった。
定位置であるベッドの左上にちょこんと座っている。
ゆたかが一人で部屋に居る時は絶対に後ろからそのぬいぐるみを抱きしめていた。
部屋にそのぬいぐるみがあるだけで、少しこの部屋の事を好きになれそうな気がしたのだ。
こなたの様に青髪の長髪というわけでもない。運動神経が良くて跳び回ってるわけでもない。
飄々として落ち込んだ時に気を配ってくれるわけでもない。
こなたがくれたぬいぐるみだと言う事がゆたかにとって大事だった。




「……こなたお姉ちゃん、覚えてるかな?」

すっかり古くなったけど大事にされた事が窺えるぬいぐるみを、最初にされたように膝にかかえる。
あの時よりも小さく感じるということは少しは自分が成長出来たのかな……とゆたかは時間の流れを感じていた。
ぬいぐるみがあるけれど、ここは本当のゆたかの部屋ではない。
泉家で居候しているゆたかが使っている部屋。
ここに来る際に持ってきた荷物の中に、当然のようにぬいぐるみもあった。
ベッドに飾るには少し年齢的に恥ずかしかったから押入れの中に入れていたのだ。
それを出して抱きしめていた。
こなたがこれを見て、ゆたかに渡してくれた時の事をすぐに思い出してくれるかなと考えていた。
ゆたかはウサギの額に軽く口付ける。
先日、寝ているこなたを起こしてキスした時とは当然ながら感触が違った。

「……好きなんだよ、お姉ちゃん」

本人には言えないからぬいぐるみに。何て自分は臆病なんだろうとゆたかは苦笑する。
前からずっと好きだった。それを自覚したのは……きっとこのぬいぐるみを貰ってから。
そして急激に感情が成長したのは、こなたにとっては皮肉ながら、こなた自身が原因だった。
こなたと、ゆたかの友人である田村ひより。
この二人からの知識はある意味純粋なゆたかの感情を素直に暴走させた。
だがそれは暴走の『時』を早めただけで、遅かれ早かれいつか必ずこうなっていたはずなのだ。


「こなた、お姉ちゃん……」


ゆたかの胸に、この感情がある限り。














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