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人として袖が触れている 13話

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  • 13.囚われし者への遁走曲[フーガ]


 歯車は回る。
 他の歯車を巻き込んで、回り続ける。
 この二つ重なってる歯車が私、分かりやすいでしょ?
 そうね、こっちの一回り小さいのがこなた。
 他にもあるわよ?
 こっちの時たま止まりそうになるのがつかさ。
 妙に荒く回ってるのが日下部。
 規則正しく回ってるる峰岸。
 仲良く回るゆたかちゃんにみなみちゃん。
 ひよりに変態外人。
 おじさんにかなたさん。
 他の女房達、雑色達、公達。
 ……この露骨に遠くで回ってるのは誰だろ。
 誰もが回りながら、誰かの歯車を回している。
 じゃあ……こっちの『二つの』歯車は、何だと思う?
 一つは大きく中心で回る、これ。
 言葉に代えるならそうね……『原因』ってところ。
 私がこの平安の世界に来た、理由。
 私という歯車を、この世界の歯車に組み込んだ『もの』。
 物? 者? ……それも私には分からない。
 そしてもう一つ……私の隣で回り続ける、不思議な歯車。
 これは簡単でしょ? 私を助けてくれる、あの手紙よ。
 まぁ……助けになった覚えはないけど。
 ともかく、これが私の知る世界の全て。
 この世界を知ることが、私が帰るためのまず一歩。
 そうね……少し、復習しましょうか。
 いい加減しつこいって? いいじゃない忘れるよりは。人間復習も大切よ。
 少しぐらい付き合ってよ、ね?
 じゃあまずはその手紙から。
 この世界の中から私は『なくしたもの』を探さなくてはいけない。
 これは一枚目の手紙から。
 そしてそのために、『違うもの』を見つけなくてはいけない。
 これは二枚目の手紙からね。
 そして三枚目の手紙……私が意味を知ってたのは、あくまで偶然ね。
 cogito, ergo sum.
 Je pense, donc je suis.
 I think,therefore I am.
 そう、所謂……『我思う、故に我あり』、ってやつね。
 貴方は解ける? この暗号が意味すること。
 これ一枚だけじゃ、まるで意味が分からないはず。
 でもこの手紙と、二枚目の手紙を重ね合わせてみれば……差出人の意図が見えてくるの。
 あははっ、意地悪かしら? いいわ、答え合わせをしましょ。
 あくまで私の答えと、だけどね。
 まず最初に、三枚目の言葉から紐解いてみましょうか。
 我思う、故に我あり。
 知ってる? これって考えてるから存在してるって意味じゃないの。
 もっと深い意味……まぁ詳しくは長くなるから控えましょ。どっか他でやったでしょ確か。
 私もこれは最初は何を意味するのか分からなかった。
 でもそれは、これをそのままの意味で考えてたからよ。
 ならどうする?
 チェス盤を引っくり返してみる? バッグギャモン? あはは、もしかしたらあるかもね。
 でもそんな面倒なことしなくても簡単よ、ちょっと見方を変えればいい。
 つまり、これ……『我思う~』と『同じ考え方』をしろって事よ。
―ルネは全てを疑いました。
―疑って、疑って、疑い続け、絶対的に正しいものを探そうとしました。
 方法的懐疑……つまり、疑わしきものは消去していけば本当に正しいものだけが残るって寸法ね。
 じゃあここで、二枚目の手紙を重ねてみるとどうなると思う?
『違うものを恐れてはいけません、
 それは貴方に鍵を与えてくれるでしょう』
 まぁ分かりにくいけど……『違うもの』を探せってのは分かるわよね。
 ここで二つを重ね合わせるわよ……さぁ、どうなった?
 つまり『違うもの』を探すのに、『方法的懐疑』を使うわけ。
 少しでも疑わしいもの。
 少しでも私の知ってるものと『同じ』なら、考えから省いちゃっていいわけよ。
 そうしていけば最後に残るのは……『最も』違うもの。
 どうだったかしら? 貴方の答えと比べてみて。
 二、三枚目の手紙を合わせて考察すると、こういう事。
 つまり、私の世界と『もっとも違うもの』あるいは『まったく違うもの』こそが私の『鍵』ってわけ。
 まぁ……あくまで推論だけど、ね。
 それが『何』かはまだ私には解らない……もしかして、貴方には分かった?
 ふふ、まぁその胸にしまっておいて。
 最後の刻が、来るまで……ね。
 さて、そろそろ準備はいいかしら。
 私はこの平安の世界で今まで、二つの事件に巻き込まれてきた。
 春宮暗殺未遂事件と、ゆたか姫消失事件。
 そしてこれから巻き込まれるのが、この世界での最後の事件になる。
 そう……最後。
 私に与えられた時間は、もう少ない。
 これは、私がこの平安の世界を生きる物語。
―生きるとは、辛い運命に立ち向かう事。
―戦う事。
―抗い続ける事。
 これはそう、私が世界という運命を相手に立ち向かう物語。戦う話、抗う話。
 そして運命に立ち向かう時にこそ……初めて運命はその姿を私の前に表す。
 少し、長くなっちゃったわね。
 さぁ……もう最後の幕が上がる。
 ラストダンスの相手は、神か悪魔か。はたまた……両方か。
 結末は、貴方の望まないものになるかもしれない。
 誰もが望むものになるかもしれない。
 誰も望まないものになるかもしれない。
 貴方の心を……砕いてしまうかもしれない。
 どうする? 引き返すなら、今しかないわよ?
 目を逸らすのは簡単よ……ブラウザを閉じてしまえばいい。
 最後に少しだけ、その時間をとりましょうか。
 限りある時間を裂くんだから、ありがたく思いなさいよ。
 …。
 ……。
 ………。
 ぷっ。
 ふふ。
 あはははっ、もの好きもいたものね。
 ここを読んでいる貴方。
 これから先、この世界を見守ってくれると受取っていいのかしら?
 生きて、立ち向かって……戦う私を。
 じゃあここで、一度礼儀を立てよう。頭を垂れよう。
 舞台は平安。
 踊りますはその舞台に迷い込んだ、哀れな私。孤独な私。
 ではどうか、心折れぬように。
 どうか、心挫けぬように。
 最後の刻まで、皆々様方……どうか、心お静かに。


「ほれごらんこなた、これは凄いじゃないか!」
 御簾の向こうからする声に、朦朧としていた意識がハッキリする。
 いけないな、半分寝てた……しかも変な夢を見てた気がする。
 まぁ少しくらい寝ても分からないのに、無駄に真面目なのよね。体の私って。
 そりゃ……昨日夜な夜なこなたを連れ戻しに抜け出して、一睡もしてないのは私の所為なんだけど。
「こっちは桜花の君と謳われる公達、こっちなんか次期右大臣とも呼ばれてるんだぞ?」
「あー、はいはい」
 熱の篭った演説を聞き流すこなた。
 昼まで寝てたらしく、こいつは目が冴えてるらしい。
 くそぅ、理不尽な。
「……はぁ」
 そしていつもの嗚咽。ずっとおじさんのターン!
「とうとう文もこの二通。最初はあんなに着てたというのに……はぅあぅあぅ」
「あー、もうだからゴメンってば」


 それでまたいつもの展開か。
 本当、懲りない親子ね。
「うぅ、母様ぁー」
「かなたぁー」
「あらあらまぁまぁ」
 そして二人して、同じ人物に甘えだす。
 ……。
 もし。
 もし仮に、私の世界でかなたさんが生きてたら……こんな風景が見られたのかもね。
 そう考えれば、この世界の正体も見えてくる。
 気がつけば簡単よ、だって夢じゃないんでしょ?
 つまりこの世界は、SFものにはつきものの『あれ』でしょ? ラノベ読みを舐めないでよね!
 まぁそれでも、私が『ここ』に来た理由がやっぱり分からないんだけど。
「うぅ、かがみぃー」
 おじさんにかなたさんの膝を奪われ、私に泣きついてくるこなた。
 ……そうね、一番怪しいと思ってるのはこの子。
 そして次点がおじさんかな。
 私は今まで、色々な人にこの世界で会ってきた。
 何処か違うような人も居れば、ほとんど同じような人も居た。
 でもこの二人……こなたとおじさんは、やっぱり異質。
 だってそうでしょ?
 日下部は確かに外見は違うかもしれない。
 でも中は……彼女のままだ。
 そうやって消していくと……この二人はどうしても残る。
「ちょ、ちょっと。離れなさいよっ」
「だってだって、父様って酷いんだよー?」
 しがみ付いてくるこなた。
 私の知ってるこなたはもう少し自立していたというかしっかりしていたというか。
 とりあえず所構わずワガママを言うような子じゃなかった気がするんだけどなぁ。
 そして、もう一人。
「ほらそう君、みんなが見てますよ」
「……ん、おっとと」
 ようやく嗚咽が収まり、咳払いするおじさん。
 今更威厳を出されても……とはあえて言うまい。
「まぁいい加減考えておくんだよ、こなた」
 と、言うだけ言ってから対屋を去っていくおじさん。
「ほら、おいでこなた」
 ようやくかなたさんの膝が空き、こなたが泣きつく。
 それを優しく撫でて上げるかなたさん。
 ……。
 お父さんと喧嘩してお母さんに慰められる娘。
 うーん、確かによくある親子の光景なのかもしれない。
 でも、私は知ってる……おじさんの娘の溺愛っぷりを。
 だから未だに分からない。
 何であんなに……邪険にするのか。
「さぁ、そろそろお稽古の時間でしょう?」
「えーっ、もうちょっとー」
 かなたさんの膝の上で甘えまくっていたこなたがまたワガママを言い出す。
 ああもうそんな時間か。
 今日はつかさが教えるんだったかな。
 ……逃げないといいけど。
「じゃあかがみ、つかさ。よろしくお願いしますね……頑張るんですよ、こなた」
「うぅ……はぁい」
 こなたもかなたさんに諭され、渋々膝から離れる。
 こいつもこの人の言う事は素直に聞くんだよなぁ。
 まぁその辺は敵うわけないか。
「はぁ……じゃあ行こっ、つかさ。かがみっ」
 かなたさんも去ると、早々に対屋を抜け出すこなた。
 母親も居なくなったこの対屋は、ただ堅苦しいだけなのだろう。
 まぁ、それと稽古とのやる気の関連性は皆無なのだが。
「ほらこなちゃん、和歌のお稽古しよっ?」
「えー、あれ嫌いー」
 と、始まる前からこなたから愚痴が零れてるし。
 この時代の女性の教養と言えば大きく分けて三つ。
 習字に音楽に、和歌。
 習字は今でも一緒よね? 字はやっぱり綺麗なほうがいいに決まってる。
 音楽は弦楽器が多めかな。琴とか筝とかね。
 それで最後の和歌。
 これがこなたは一番苦手らしい。
 作歌……つまり、歌を作る稽古ね。
 そのためには古今集とかの秀歌でもまるごと覚えて、歌や言葉の題材を覚える必要があるわけで……。
 その最初の段階から、まるで進まないってわけ。
 でも今回はつかさにも秘策がある、とのこと。
 なんでも前回の習字の稽古から学んだらしい。
「今日は私夕餉までは暇だからさ、早く終わったら一緒に遊べるよっ」
「本当っ!」
 それにこなたが食いつく。
 はぁ……安い餌だ。
 まぁ稽古が終わったらいつもはすることもなく一人だし、しょうがないのか。
「じゃあ頑張るっ、覚えるっ!」
 と、鼻息を荒くするこなた。
 やる気が出たならいいか、それで。
「後はお願いね、つかさ。私も寝殿の掃除が終わったらまた覗いてみるから」
「うん、任せてっ」
 胸を張るつかさ。
 その得意満面の笑顔が、すぐに苦悶に染まるのは……まぁ予想がついていたけどね。
 つかさの作戦だし、ねぇ?


「ふぎゃあっ!」
 つかさの悲鳴にも似た声が庭に響き、私の耳にも届く。
 体の私も不安を覚えて、早々に掃除を済ませて来てみれば……案の定。
「あ、かがみーっ」
 私に気が付き、駆け寄ってくるこなた。
 つかさはまだ……仰向けで悶絶してる。
 皮製の毬が顔面を直撃したのだ、それも当然か。
「何やってるのよ、あんた達」
「ん、蹴鞠ー」
 まぁ、落ちてる毬を見ればそれは大体分かる。
 いつも一人で貝合わせや双六でもやってるのだから、たまにはこういう遊びもしたくなるか。
 蹴鞠(けまり)、所謂毬の蹴り合いね。
 それで先ほどからこなたのシュートが見事につかさに決まっているらしい。
 本当は勝ち負けを競うものじゃなくて、リレーを繋ぐ遊びのはずなんだけど……まぁいいか。
「お、お姉ちゃーん。代わってー」
 泣きついてくるつかさ。
 そういや運動は苦手だったっけ、もうボロボロね。
「遊んであげるって約束したんでしょ、ほら頑張りなさい」
「だ、だってぇ」
「じゃあつかさ、行くよー」
「んぎゃぁっ!」
 こなたの放ったミドルシュートがつかさの顔面に直撃し、またこなたの位置に戻る。なんというこなたゾーン。
「おー、危険な遊びやってんなー」
「?」
 その時だ。
 聞き覚えのある声が辺りに響く。
 その声に反応して蹴り損ねたこなたの蹴鞠を、その声の主が拾う。
 この声はまさか……叩かれまくったのにまだ出す気か!
「あ、みさおさん」
「おッス、元気ー?」
 最初に反応したのはつかさ。
 こなたも遅れて「あっ」と反応、そのまま髪の毛を逆立てて威嚇……猫みたい。
 そして、私の体も……。
「ああ、いつかの盗人」
「んがっ!」
 私の言葉が日下部に突き刺さる。
 ……そういや一回単の入った荷物持ち逃げされたっけ。
「今日はどうしたんですか?」
「ああ、文をちょっと届けに」
 そう言って束帯から文を一通取り出す。
 文使いのつもりか……だからお前春宮だろ!
 抜け出して遊びすぎ! 自重しろ!
「そう、じゃあ私が渡しておくわ」
「ん、あっ。ああ……」
 日下部から文を受け取る。
 だが何か様子がおかしい。
 顔が赤いというか、困惑してるというか。
「何か?」
 体の私も気が付き、それに反応する。
「やっ、いやっ。ええと。げ、元気にしてっかなーってさ」
 真っ赤になり慌てる日下部。
 ……。
 そうだ、忘れてた。
 最後に日下部に会ったのは二日前。
 そこで……最悪の別れをしたばかりじゃないか。
 ああ、これはやばい。誤解一直線パターン。
 こなたの時と一緒よ、上澄みの私が混乱させて体の私でこじれる天丼っ!
 って今更何も出来ねーよ!
「? 別に普通よ、ちょっと寝不足だけど」
「あ、あははっ、そうだよなー」
 笑いながら誤魔化す日下部だが、まだ耳まで赤い。
 ええと、ここで私のしたことを客観的に振り返ろう。
 告白された→泣いた→謝った→逃げた→今ここ。
 最悪でした!
 そりゃ日下部も心配して様子見に来るよ!
 なのに知らん顔してるし……愛想笑いぐらいしろ!
「よ、よしチビッ子。蹴鞠の相手してやるよー」
 結局空気に耐えられなくなりこなたに逃げる日下部。
 哀れ……まさか告白も届いてないとは思うまい。
 それもまた、私の所為……か。
「いくよー」
「いやー昔はよくあやのの顔面に当てて泣か……みぎゃぁっ!」
 日下部の顔面に直撃した毬がまたこなたの元へ、ずっとこなたのターン!
 ……南無。
「じゃあ私は手紙届けてくるから、こなたが怪我しないか見ておいてね。つかさ」
「あ、はぁーい」
「ぎゃっ! んがっ! ふんもっふぅー!」
 日下部の悲鳴を軽く聞き流し、対屋のほうに足を向ける。
 はぁ……どうしてこう薄情なんだか。
 夜まで居るかな、日下部。
 私の時間まで居てくれれば……少しは言葉をかけてあげられるのにな。
 ……ああでもこれ以上こじれたりして。
 ああ、でも、ええと、あぁ……。
 そう逡巡する上澄みの私とは裏腹に、私の足はおじさんの対屋に急いで行った。
 文を、届けるために。


 まだ……私は知らない。
 最後の事件が、この文から始まることを。


(続)













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