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釣りにいこう

最終更新:

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 春のせい。そうだ全部春のせい。

 なんだかそわそわして落ち着かない。胸がどきどきしてなにも手につかない。

 それはきっと春のせい。

 めっきり優しくなった太陽が、暖かな日差しを地上に投げかけている。
 吹く風は湿り気を帯び、肌に心地よい感触を残しては消えていく。
 このごろは、ジャケットを羽織ると少し汗ばむくらいの陽気が続いていた。

 ――ああ、ことしもまた春がやってくる。
 こんなに気がそぞろになるのは、きっとそのせいだ。

 漫画を読んでも頭に入ってこない。
 ネトゲにインしても、世界がデータとグラフィックにみえて、なぜだか入り込めない。
 それも全部春のせい。壁にかかったあの制服のせい。

 鮮やかな臙脂のセーラーは、袖を通すとやっぱり少し大きい。いくらわたしでもまだ少しは伸びるだろうと思って大きめにしたのだけれど、失敗したかもしれない。
 鏡を覗くと、いつもと違うわたしがいた。
 幼い顔、子どもみたいな体。ぴんぴん飛び出たアホ毛。そんなわたしが陵桜の制服を着てすまし顔で立っている。
 なんだかコスプレしてるみたい。まるで高校生にはみえなくって、わたしは苦笑してから部屋着に着替え直した。

 けれどどきどきは治まらない。なんだかじっとしていられない。
 普段はインドアなわたしだけど、今日は無性に体を動かしたい気分だった。

 窓の外、眺めやれば遠く権現道の桜堤が色づきはじめている。
 それをみて、なぜだかわたしは胸をしめつけられるような感情を覚える。

 桜並木の向こう、すこんと晴れた青い空をみて思いたった。

 ――そうだ、釣りにいこう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                           釣 り に い こ う
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 釣り竿とバックパックだけもって、キコキコと自転車を漕ぐ。
 おしりを高くあげてペダルを踏めば、通り過ぎていく向かい風が火照った体に気持ちいい。

 ♪釣りにいこう 釣りにいこう 雨がやんだらむかえにいくね
 ♪釣りにいこう 釣りにいこう いつもの場所へむかえにいくね

 昔の歌を口ずさみながら、川沿いを走る。よくお父さんが聞いてた曲。矢野顕子と宮沢和史が歌うデュエット曲だ。
 お父さんは『あっちゃんは天才だー! ばけものだー!』なんて、頭を抱えながらよく叫んでた。

 漕ぐのをやめて足を離せば、スポークがシャーッと軽快に鳴る。
 その音が聞きたくて、思いっきり漕いでは大きく脚を拡げる。
 凄い子どもっぽくて恥ずかしいけど、なんだか楽しくてやめられなかった。

 権現道川に沿って桜並木が立ち並んでいた。
 今年の桜はまだ三分咲きくらい。『さくら咲く街 倖手』のみどころはまだこれからだ。
 やがて権現道川も仲川に流れ込み、水門を過ぎれば江渡川がみえてくる。
 その二つの川を結ぶ倖手放水路は、県外からも釣り人が訪れてくるバス釣りのメッカだった。

 水門脇の駐車場に自転車を止めて堤防を下りる。
 放水路はコンクリートで護岸されているけれど、堤そのものは自然のままになっていた。
 アシ、ヨモギ、タンポポ、カスミソウ、シロツメグサにウシハコベ。ナズナやハルジオン。
 鮮やかな緑のなか、黄色や白、ピンクの花びらが今を盛りと咲き誇っている。そんな草花を、ごめんねと謝りながら踏み分けて進む。
 草いきれの青臭い匂いが立ち昇って、その生の香りににくらくらした。

 川岸に立てば、見えるのはどこまでも高く澄んだ青空と、川に沿って続く緑の奔流だけ。
 このあたりは高い建物がなにもない。地平線まで届く視界のなか、ただ鉄塔だけが建ち並んでいた。
 風がさわさわと草叢を揺らせば、バッタが驚いて飛び立つ音がする。

 なんだかひどく胸がさわぐ。

 時々不意打ちのように去来するこの感情を、なんて呼ぶのかわたしは知らない。
 例えば雨ざらしの三輪車。お母さんのお墓の上に乗ってた墓石色したアマガエルの柔らかさ。寒そうにマフラーを巻いてかじかむ手に息を吹きかける女の子が立っている教室の窓の外に舞い散る雪。
 そんなものをみるたび、胸が苦しくなって、世界がのしかかってくるようで、誰かにこの感情を伝えたくなって、でもできなくって、じたばたとする。
 たぶん物を創作する人っていうのは、こういう感情を吐き出したくてやってるんだろうなって思う。

 そんな気持ちをまるごとそのままにして、ぺたんと座ってリグを作りだす。
 こんなところまででてきたのも、春の感情に思う存分身を浸して、身体と気持ちを慣れさせようと思ったからだ。
 水深は浅めだから5cmくらいでいいだろう。
 ラインをフックに通したあと、くるくる回して先端にシンカーをつける。
 フックに細身のワームを刺して、飛び出た先端部分を返して埋め込めばできあがり。
 ダウンショットリグと呼ばれる仕掛けだ。
 お父さんはミノーで慌ただしくアクションするのが好きだけど、わたしはこの釣り方がまったりしてて好き。

 ここは護岸されてるから、バンク狙いでいいはず。
 手首のスナップを利かせてキャストすれば、ヒュルヒュルと風切り音を残して、ポチャンと狙ったところに着水する。
 やがてシンカーが水底に達する手応え。ワームはシンカーより上にあるから、自然と水底5cmの辺りのところを漂っているはず。
 あとはちょいちょい引いてやれば、勝手にうねうねとそれっぽい動きをしてバスを惹きよせてくれるんだ。

 ぼけーっと水面を眺めながら引いて、リールを回して、また引いていく。細いラインはコツコツと底に当たるシンカーの動きを伝えてくれる。
 この、みえないのに底がなんとなく判るのが面白いんだ。
 藻が生えてたらちょっともさっとするし、堅かったらコンコンとなる。たまに引っかかる所は段差があるから、その傾斜した部分にバスがいるかもしれない。
 ラインの感触だけが伝えてくる水底の様子は、なんだか想像力を刺激する。
 水の中には別の世界がある。そうして水面はその境界なんだ。
 釣りはそんな異世界に触れ合えるから好きだ。水面に沈み込むラインは、きっとそう、異世界への扉。

 そんな風にどうでもいいことを考えられるのは、もちろんアタリが全くないからだ。

 ポイントを変えて、放水路が仲川に流れ込んでいる辺りにキャストしてみる。
 水面下では水流の壁ができているはずで、そういうところをバスは好むんだ。
 でも釣れない。

 橋桁のふもとを狙う。バスはこういう角張った構造物の際にいるはずだ。
 でも釣れない。

 ――まあ、バス釣りの醍醐味は、釣れないことだよね。
 自分でもなんだかわかんないことを思って、ごろんと寝っ転がる。
 でも、半分は本当だ。
 釣りは釣るためにやるんじゃなくて、なにかもっと他のことのためにするんだ。
 モンシロチョウがひらひら、風に舞うみたいに飛んでいる。
 陽射しがぽかぽかと暖かい。
 空を仰ぎ見れば、フォトショップで『塗りつぶし』したみたいな青だった。ふわふわと漂う白い雲も、子どもの落書きみたいにはっきりした形をしている。
 あ、あの雲、チョココロネみたい。
 そんな変な連想が転がるままにする。

 気がついたら、再来週に迫った入学式のことを考えていた。

 ――友達、できるかなぁ。

 まるごと新しい交友関係を作らないといけないことが、すごく不安だった。
 できたらいいな、友達。
 色んな事を話せる友達。ありのままのわたしを晒けだせるような、本当の友達。
 思い起こしてみれば、中学の三年間、自分を殺して過ごしてきた気がする。
 オタクな自分を隠して、普通の子みたいなふりをしてきた。
 まわりの女の子はどんどん大人になっていって、男の子の目を気にしておしゃれしたり、ひそひそと猥談を交わしたりしていたけれど。
 わたしはそんな輪に入ったふりをしながら、ずっとどこか違うと思ってた。
 アニメは好きだし、漫画も好きだし、ギャルゲーも好きだし、女の子に萌えるし、男みたいな趣味ばっかりだし、ありがちな恋愛詞だけの曲とか好きになれなかったし。
 そんなこといったら引かれるし、多分虐められるだろうから、ずっと演技してきた。

 でも、ずっと友達が欲しかった。
 素のわたしをみせても、濃いアニメネタを振っても、ふざけて抱きついたりしても、今日みたいに暴走する感情をもてあましてても。
 引かないで、そのまま受け入れてくれる友達。ときには照れてツッコミしてきたり、優しく見守ってくれたり、わたしに笑いかけてくれたりする友達。

 ――できたらいいな。
 そうしたら、わたしは毎日笑って過ごせるのに。

 制服採寸と学校説明のために陵桜にいったとき、周りの子をみて、ああ、この人たちとこれから三年間すごすんだって思った。
 気になった子が何人かいた。こんな子と友達になれたらいいなって。

 紫の髪をした姉妹らしい二人組はずっとくっついて離れなくって、ツンデレっぽいツインの子が神岸あかりに向ける視線は優しかった。
 ピンクの髪をしたボンキュッボンな眼鏡っ娘が、何もないところで転んで眼鏡を捜してるところをみて、不覚にも萌えた。
 大口あけて笑う無駄に健康的な女の子と、おしとやかでオンナノコオンナノコした子の二人組は、凄く深いところで仲良しなんだって思った。

 暖かい陽射しのなか、そんな子達と過ごす幸せな三年間を思い描いているうちに、いつしかわたしは眠りに落ちていた。

  ☆  ☆  ☆

 眠りという水面下から意識がぽっかりと浮かび上がる感覚を覚えて、わたしははっと目を醒ます。
 ――なんだか凄く幸せな夢をみていた気がする。
 ぼんやりとした頭でなんとか夢の残滓を掴もうとするけど、それはすぐに空にとけ込んで消えてしまった。
 空? あれ? なんで?
 一瞬混乱したけれど、辺りを見回して思い出した。そっか、わたし、釣りにでかけて寝ちゃったんだ。
 気がつけば、もう陽は暮れかけていた。地平に架かる燃えるような赤は、遠景にただ鉄塔だけを黒く浮かび上がらせている。
 ふと、水面からぱしゃぱしゃと音がするのに気づく。みれば、そこかしこで小魚が跳ねていた。

 夕まずめだ。
 この時間帯は、朝まだきと並んで魚の補食活動が活発になる時間。凄く釣れるはずの時間帯だった。

 慌ててロッドを掴んでキャストする。集中して、丹念に底を引いていく。
 少しずつ少しずつ、過ぎていく一時一時を慈しむように。――こんな時間は、きっともうやってこないから。
 そうして何度かキャストしたとき、カツンとラインが引かれる感触。

 キターーー!

 瞬間全身のバネを使ってスパッとアワセると、途端にものすごい勢いでラインが引かれていく。
 おおおお、このヒキは、もしかして生涯最大サイズかも!
 ロッドは折れ曲がらんばかりにしなって、ラインは縦横無尽に水面を駆ける。
 わたしはもってかれないように必死で踏ん張って、顔を真っ赤にして全力でリールを引いていく。

 釣りたい。どうしても釣りたい。

 なぜだかわからないけれど、この魚だけは逃したくなかった。
 魚と一緒に駆けずり回って、ジャンプさせないよう、バラさないように気をつけながら体力を削っていく。
 やがて長い格闘の末、ヤツも素直に引きずられるようになってきた。
 もう少し、きっともう少し。

 ゆらりと水面に影が浮かぶ。今までみたことがないような大きな魚。
 でかい! これはでかいぞー!
 わたしはなんだかすごくわくわくしていた。これで決めるとばかりに力を振り絞る。全体重を後ろにをかけて、倒れ込むように引っ張った。

 パシャッ!

 水しぶきをあげて、大きな影が水面から躍りでてくる。

 ああ、わたしは、きっとだいじょうぶ。
 その魚をみた瞬間、不思議とそんなことを思った。

 ――なぜだか、入学式がすごく楽しみに思えてきた。

(了)












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  • 権現堂なつかしなwww
    -- 名無しさん (2009-12-05 13:20:57)
  • これ、らき☆すたのプロローグでよくね?ww -- aizen (2009-12-04 04:02:31)
  • 釣りに行こうは名曲に一票

    この後一生の仲間と改めて出会うわけですね。わかります
    GJ!! -- にゃあ (2008-10-24 08:22:15)
  • 原作でおkww
    -- 名無しさん (2008-01-31 00:54:57)
  • らきすた自体のプロローグという発想とこなたの気持ちの高揚感の描写がGJ
    -- 名無しさん (2008-01-01 03:02:31)

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