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えす☆えふ3 ~かさ☆ぶた~ (2)

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 ―― そして、翌日。
 こなつーはこなたと共に、UR渋谷駅の構内を歩いていた。

「ううっ、今日はなんだかめちゃくちゃ寒いね……」
「そだね……」
 折りしも強烈な寒波が街を覆い、今にも雪が舞いそうな空はどんよりと曇っている。
 待ち合わせ場所は、おなじみモヤイ像の前。
 ケータイ全盛の時代と言えど、待ち合わせスポットというのは混み合うもの。老若男女取り混ぜて、無数の人待ち顔が並んでいる。

「あれ? みゆきお母さんもつかさもまだ来てないじゃん。珍しいね」
 そう言いながら、ちらり、とこなたのほうを見やる。
 まだ来ていない、と言ったにもかかわらず、どこか期待を帯びたその目は、誰かを探すかのようにきょろきょろと動いている。
 その目が誰を探しているのか……もちろん、こなつーにはわかっていた。


 その頃。かがみとつかさは改札口でみゆきと落ち合い、モヤイ像の近くまでやってきていた。
「ええと、モヤイ像の建物側ですから……こちらですね」
「そういえばお姉ちゃん、この間のさー……」
 かがみの注意を引きながら、モヤイ像を挟んでこなつー達の反対側に陣取る。
 反対側にこなたとこなつーがいるのを認め、みゆきは鞄の中のケータイに手を伸ばす。ワンプッシュ発信。

 こなつーのポケットで、マナーモードに設定したケータイがぶるると震える。……2回鳴って止まり、また3回。
(……了解。状況を開始する……ってか)
 こなたに感づかれないように親指を立て、みゆきへ合図を送る。

「……あの、かがみさん?」
 みゆきが、恥ずかしそうに切り出した。
「何? みゆき」
「私、その、ちょっと……」
「ゆきちゃんも?」
「? 何なのよ、いったい」

「その……ちょっと、お手洗いに……」
「あー、……いってらっしゃい」

 みゆきとつかさがそそくさとモヤイ像を離れていくのを、こなつーは横目で追う。
(……さてと、次はこっちの番だね)

「……あ! マズいマズい」
 何かを思い出したように、声を上げる。もちろん、反対側のかがみに気づかれない程度に。
「どったの? こなつー」
「うん、ちょっと大事な買い物忘れててさー」
「買い物?」
「すぐ戻ってくるから、ちょっと待っててよ」
「私もついてこうか?」
「ダメだよー、みゆきお母さんたちが来るかもしんないじゃん。建物側で待ってて」
 そう言うと、こなつーはモヤイ像を回り込むようにして、建物側に抜ける。

 途中まで付いていくように、こなたはモヤイ像を回り込み……

『あ』

 かがみと、ばったり鉢合わせた。
 二人の声が、きれいにハモる。

「な……なんで、あんたがこんなところにいるのよ……あ・」
「か……かがみこそ、なんでここにいるのさ……あっ」

*1

 慌てて辺りを見回すが、三人の仕掛け人は、すでに視界から消え去っていた。

(……ま、まあ、こなつーが戻るまで動くわけにもいかないか)
(……ったく……あいつらが戻ったら、キッチリ問いただしてやるんだから!)
 自分で自分を納得させ、二人は少し距離を置いたまま、無言でその場に留まる。
 もちろん、その心の中では……もう、言うまでもないだろう。


 つかさ、みゆき、そしてこなつー。
 モヤイ像から少し離れた、建物の陰に身を隠し、三人は事態の推移を見守っている。
「よかった……どうにか、最悪の事態は逃れましたね」
「ねえ、つーちゃん……お姉ちゃんたち、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。二人とも内心じゃ仲直りしたくてたまんないんだし。あとはキッカケだけだよ」

《♪ほら こっち来たよ 勇気を出せよ 最後には 握手するんだぜ》

 向かいの店から、あの歌が聞こえてくる。
 店主の趣味か、何かのプロモーションか。一曲リピートで繰り返される流行歌。

「あ、この歌知ってるよー。『やきぶたぶーぶ』だっけ?」
「それを言うなら『かさぶたぶたぶ』だよ、つかさ……でも、このシチュにはもってこいかもね。ナイスだ店長!」
「ねぇゆきちゃん、この歌知ってる?」
「申し訳ありません、流行歌には疎くて……」
「こんど、CD貸したげるね」
「ありがとうございます、つかささん」

《♪ねえ 気づいてる 少しずつ僕が 小さくなってること》

『ジェネレータ出力低下・稼動危険域を割りました』
「……ぅ」
 視界の隅に流れるメッセージに、こなつーは顔をしかめる。

《♪小さくなってること 小さくなってること……》
 繰り返されるそのフレーズが、心に刺さる。

「……どうしたの、つーちゃん?」
「な、なんでもないよー。……それより、どうしよっかこれから」

 ただ、二人並んで立ったまま。
 こなたもかがみも、あれから一言も話そうとしていない。

「困りましたね……何か、変化を起こすきっかけがあればいいのですが……」


《♪仲直りが したいんだね でも恥ずかしくて できないの》

『……!』

 心の奥を見透かすかのような、そのフレーズに背中を押されて。
 意を決したこなたが……かがみが、口を開いた。
『……あ、あのさ』
 見事にバッティング。
『ぁぅ……な、なんでもないよ/わよ』
 互いに顔を背けて、また黙り込んでしまう。

「あ~~、いいトコだったのに! どうしてこう間が悪いかな、あの二人は」
「息が合いすぎるというのも、こういう時は考えものですね……」
「そだねー……」

 ……沈黙。進展のないまま、無為に時間だけが過ぎてゆく。

「……あ~もう、じれったいなぁ!そこらのナンパ男でもけしかけてみよっかな、もー」
 いい加減痺れを切らしたこなつーが、いささか乱暴な手を考え始めた、その時。

 一陣の北風が、広場を吹き抜けた。
 枯葉を巻き上げ、工事現場の高い柵を軽々と飛び越えて、ビルの谷間を渡っていく。
「……っ、くしゅっ!」
「は、はぁーくしょーん!」
 こなたとかがみのくしゃみが、見事にシンクロ。即座に、互いを振り返る。

「あれ?」
「あら?」
「ほよよ?」

『……あ』

 上着を脱ぎ、お互いの肩にかけようとした姿勢のまま、二人が固まっていた。
 ……さながら、闘牛士のお見合いといった風情だ。

 また一陣、北風が吹き抜けた。
 バツが悪そうに、もそもそと上着を着込み胸元をあわせる。

「……あの……ごめん」
 俯いたまま、最初に声をかけたのは、かがみだった。
「私も……ごめん、ね」
 同じく俯いたまま、こなたが答える。

 モヤイ像の周囲の少し高くなったブロックに、どちらからともなく寄り添って座る。
「もうちょっと……寄ろっか」
「うん……寒いもんね」
 どちらからともなく手が伸ばされ、しっかりと握りあう。
 暖めあうように、しっかりと握られた二人の手。
 ……もう、二人に言葉は要らなかった。

《♪だから言ったろ 傷は治るよって 元通りになるって》
 また、あの歌が聞こえる。二人を祝福するかのように、そしてまた、からかうかのように。


「……やれやれ、だね」
「よかったね、ゆきちゃん」
「ええ、一時はどうなることかと思いましたが……うまくいって、本当によかったです」
 微笑みあう、つかさとみゆき

「うん……」
 雑踏の中に、寄り添う姉とかがみの姿。
 こなつーの心が、ちくりと痛む。

「どうしたの、つーちゃん?」
「……これで、よかったんだよね」
 二人の姿を、じっと見つめて。……こなつーは、ぽつりと呟いた。

 ――『私の心ってさ、元はこなた姉さんのコピーなんだよね』。

 こなつーの思考は、こなた姉さんのコピー。
 ……だから、


《♪初めて 君の笑う顔が見れた それだけでもう》

 …………私だって、かがみのことが…………


「……よっし、情報連結完了っ! 北風グッジョブだね☆」
 ここは、無理にでも笑わなきゃ。がんばれ私。

「そうですね……っ!」
 そんなこなつーに目を向けた、みゆきの顔が。
「そうだね……っ!?」
 微笑みを向けようとした、つかさの顔が。

 顔を上げた、こなつーの目に写ったのは……
 青ざめ、そして凍りついた、二人の顔だった。

「あれあれー? どしたのかな、二人とも?」

 作り笑いで答える、こなつー。
 ……その顔色は、そんな彼女たち以上に……

「つ、つーちゃんっ!?」
「こなつーさんっ!?」
 隠れていたのも忘れ、二人が大声を上げた。
「ふぉっ!? な、何事デスカ!?」

 ―― ローバッテリー警告。KONATA-02システム、セーフモードへ移行開始。
 無理やりブーストしていた循環ポンプが止まり、人工血液の流量はゼロを指していた。

「……あぅ、しまった……」
「だ、大丈夫、つーちゃん!? どこか、具合が悪いんじゃ……」
「循環ポンプが止まっている恐れがありますね……ポンプ自体の構造はシンプルですから、故障はめったにないはずですが……」
 おぼろげな知識を手繰り寄せながら、みゆきの声が震えている。
「それって……もっと大変なことになってるかもしれない、ってことだよね……?」
 つかさの声も、みゆき以上に震えている。

「ちょ、もー、二人とも、大げさだよー……って、バレてるし!!」

 こなたとかがみが、オブジェの向こうからこなつーを凝視していた。
 その顔に浮かぶのは、怒りでも照れでもなく……

『こ、こなつー……っ!?』
 驚愕と、隠し切れない不安の色だった。

「あ、いやその……ほ、ほら、寒いからさー、やっぱ顔に出ちゃうっていうかさ」
 元気なところを見せようと、こなつーは膝に力を入れる。

「…………あ・れ?」
 膝が崩れ、ぺたんとその場に座り込む。
 何事かを叫びながら、こなたとかがみが走ってくるのが見える。
 その姿が、すっと上の方へと流れ去り……

「危ないっ!」
 視界いっぱいに広がった地面に、みゆきの淡いセーターの色が割り込んだ。
 鼻腔をくすぐる、フローラルの香り。
 ……だが、その香りはすぐに消えていった。

(……あちゃー…… やっぱ、ダメかぁ……)

 ―― ジェネレータ機能停止、バッテリー残量低下。思考データ保護のため、視聴覚以外の感覚を順次自動遮断。

 凍てつく寒さも、降り出した雪の感触も。抱き抱えるみゆきの、ふくよかな胸の感触すら……
 もう、こなつーには感じられない。

「……きゃあぁっ!?」
「女の子が倒れたぞ!」
「おいっ、誰かっ! 救急車!!」
 騒然となる人々。……その声が、遠い。

 身体の中から痺れるような、あの不快な感覚が消えた。
 メインバッテリー、残量ゼロ。補助バッテリーに自動切替。

 補助バッテリーによる主演算ユニットのデータ保持可能時間は、サスペンドモードで約三日。
 思考と視聴覚を有効にした現状では……あと十分と二十五秒。
 補助バッテリーの電力が切れれば、主演算ユニットのデータは永久に失われる。
 それは、こなつーにとって……

 サスペンドモードへの移行を求めるダイアログが、視界を遮るように現れる。
 ……だが、こなつーは迷わず、[いいえ]を選択した。

《♪さよならだよ 仲良くやれよ 僕のことは 気にするな》
 通りの向こうから、またあの歌が聞こえる。

「……あはは……悪くない、タイミングだね」
「なっ、何バカな事言ってんのさ、こなつー!」
「みゆき! なんとか……なんとかならないの!?」
「ゆ、ゆきちゃん……」

 こなた、かがみ、つかさ。三人の縋るような目が、みゆきに集まる。
「あ、あの……私は…………」
 だが、能力(ちから)を失ったみゆきには、どうすることもできなかった……

「……かがみ、お母さんを、責めないでよ……わかってるでしょ?」
「う……ご、ごめん、みゆき」
「こなつー! それ以上しゃべっちゃダメだよ! 今すぐサスペンドに入って……」

「姉さん……ありがと。……でもね……もう、いいんだ……」

 身体のあちこちから、立て続けに機能不全の警告が上がっていた。
 十分が三日になったところで……たとえ、外部電源で命を繋いだとしても、機能不全はやがて全身に及ぶだろう。
 もう、自分を直せる人はいないのだから。

 ―― それならば、せめて最期に……

「みんなに、お別れだけでも、言っときたかった、からさ」
 力ない……しかし、心からの微笑み。

「ねえ、かがみ? ……こなた姉さん?」
「な……何……よ」
 雪混じりの雫が、二人の頬を伝う。

「そんな、泣かないでよ……私ね、今すごく……嬉しいんだ」
 気休めなどではない、本心からの言葉。
「やっと……仲直り、してくれてさ」
 召される前に、どうしても伝えたい言葉。

「もしかしたら……私は、このために、生まれてきたのかも……しれないね」
 ……そして、全てを締めくくるための、言葉。


 もう、思い残すことは何もない。
 かがみの横に……かがみと一緒に、"私"がいる。
 かがみと一緒に……また、歩いていけるんだから。


「こなつー……さん……」
「つーちゃん……つー、ちゃん…………」
 すすり泣く、声。……もう、こなつーの耳には届かない。

「ね、……私……りっぱな、"かさぶた"に……なれたかなぁ……?」

「こなつー……ひっ、ありがと……うぅっ、あり……が…………」
 こなつーの身体を、かがみの腕が包み込む。

 その声も、その感触も、その暖かさも。こなつーには、もう感じられない。
 けれど……感覚を失っても伝わってくる、心に染みる暖かさ。
 それだけで、こなつーには充分だった。

「……うれしいなぁ、最後にこうして……かがみに、抱きしめて……もらえる、なんて……」
 ―― その言葉に乗せた、こなつーの想いは、彼女に伝わっただろうか?


 広がる重い雲から、粉雪が舞い落ちてくる。
 視界がぼやけ、ホワイトノイズの中に飲み込まれていく。

 …………ねむたい…………


「……みんな、泣か……いで。…………わた……は…………」
 最後の最後に取っておいた電力で、震える指先を持ち上げる。

 ―― 指差す先には、こなた。


「…………ほら……そこ・に…………い……る…………よ…………」


 粉雪の舞い落ちる空。
 低く垂れ込めた雲が微かに途切れ、幾筋もの光の筋が差し込んだ。

 それはまるで……こなつーを、天界に誘うかのように…………


 額と右頬のインジケーターの光が、ゆっくりと消えていき……

 ……指差す腕が、力なく地面に落ちた。


「……こな……つー?」
「……うそ……冗談よね? ……悪い冗談……やめてよ……ねぇ、こなつー……」

 二度と開くことのない、大きな目、
 その表情は、どこか満足そうで。

 ……そして、少し寂しげで……


「……こなつー……っ!!」
 動かなくなったこなつーの、小さな身体を抱き締め、かがみの肩が震えている。
「……本当に悲しいときって……あんがい、涙は出ない……もん、だね……」
 拳を白くなるほど握り締め、こなたがぽつり、と呟いた。

「つーちゃん……つーちゃんが……うっ、うくっ……」
「……こなつー……さん……」

 すがりついて泣くつかさを抱いて、みゆきはただ、呆然と立ち尽くしていた。
 その頬を伝うのは、涙。


 ―― それに混じって……二粒の赤い雫が、零れ落ちた。


 ―×― ―×― ―×― ―×― 
























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