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『4seasons』 秋/静かの海(第二話)

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『4seasons』 秋/静かの海(第一話)より続く
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

§2

 静かの海という言葉を最初に聞いたとき、“静か”が湛えられた海なのだと思った。
 “静か”とは何かと問われたら困るけれど、そう思ってしまったのだから仕方がない。
言葉から受けるイメージなんて、どれも最初はそんな曖昧なものなんだと思う。
 よくわからないけれど、なんだか白く濁ったもやのようなものが地平線まで満ちていて、
そこに落ちた人間は永遠に言葉を失ってしまう。そんな海を想像した。
 それをお父さんに云ったら、笑いながら頭を撫でてくれた気がする。そんな記憶が
どこかにあった。
 その思い出は過去の朧気な情景の中にあって、少しでも意識のフレームを外してしまうと、
たちまち無意識の薄闇に沈んでしまう。そんな記憶だった。
 それは。
 玲瓏と月明かりのこぼれ落ちる、濡れたような夜のことだった。

「そうか、“静か”で満ちた海か。うん、面白い。それに近いと思うよ。でもちょっとだけ違うんだ」
 あれは、どれくらい前のことだっただろうか。
 たしか家の増築前だったはずだから、小学校低学年のころだろう。居間の縁側から眺めた
風景に、今お父さんたちの寝室になっている部屋はなかった。でも、いつも私とつかさに優しく
してくれて、ずっと大好きだったおばあちゃんがいた覚えもない。だからたぶん、三年生くらいだ。
「あー、お姉ちゃんばっかずるいー。つかさも撫でてもらうのー」
 ペタペタとまとわりついてくるつかさに、お父さんはにこにこと笑いながら云った。
「お父さんがかがみを褒めたのは、かがみが自分で考えて素敵なことを云ったからだよ。
つかさもなにか良いことを云ったら撫でてあげようね」
「え、あ、うーんとうーんと……。あ、お月様がずっとおんなじ顔をしてるのは、公転と自転が
一緒だからなんだよ?」
「……それって、さっきお父さんから教えてもらったことじゃん」
「あ、そ、そうだった」
 ふにゃんと頬に手を当てて萎れるつかさに、お父さんが苦笑していたのを覚えている。
「仕方ないなー、ほら、わたしが撫で撫でしてあげる」
 哀しそうにしているつかさを見ていられなくなって、私はつかさのそばに寄って頭を撫でたのだろう。
そうするとつかさは、途端に月よりもまん丸な笑顔を浮かべて「わーい、お姉ちゃん大好き」と
云ったはずだ。
 そんなことは思い出すまでもなかった。あの頃私たちは、いつだってそうやって依存しあって
いたから。
「ほら、かがみ、みてごらん」
 縁側の天体望遠鏡を弄っていたお父さんが私を呼んだ。
 場所を入れ替わってレンズを覗くと、灰色の月が大きく映っていた。
「そこが静かの海だよ」
 円形の月の中心点からやや右上の辺り。一際濃い色をした染みのような影にピントが合っていた。
「ここが海なの?」
 よくわからなかった。海と聞いて思い浮かぶイメージは、青い水の満ちた水たまりのような
あれだったから。
 水なんてないはずの月に海があるなんて信じられなかったし、ましてや静かの海といわれたら
余計にわからない。だから“静か”でたゆたう海などというものを想像してしまったのだけれど。
「そうだよ。海と云っても、僕たちが普段云う海とは違うんだ。隕石が衝突したりして、
玄武岩っていう黒い岩が露出している盆地を、海って呼んでいるだけなんだよ」
「じゃあ、水があるわけじゃないんだね」
「そうだよ。でもねかがみ、“静か”で満たされているのは本当だよ。月には大気がないから、
きっとその海はどんな音も飲み込んでしまうだろうね」
 ――そう、アポロの接地音もね。
 お父さんは、どこか遠い目をしてそう云った。
「アポロって?」
 不思議そうな顔をして訊ねるつかさと私に、お父さんは教えてくれた。
 それはとても昔の物語。私たちが生まれるずっと前のこと。
 人がどれだけ偉大なことをなし得るか。人の営みがどれだけ輝いて夜空を照らし出すことができるか。
それを示した人たちのことを。
 アポロ11号が静かの海に降り立つまでの物語。
 ニール・アームストロング。マイケル・コリンズ。エドウィン・オルドリン。ユーリ・ガガーリン。
フォン・ブラウン。コンスタンチン・E・ツィオルコフスキー。
 そしてライカ。あるいはクドリャフカ、ジュチュカ、リモンチク。犠牲にされたかわいそうな犬のこと。
 そんな舌を噛みそうな名前たちも、お父さんの口から聞こえると、なぜだかよく知った人の名前
みたいに思えてくるのが不思議だった。
 それはきっと、昔の友達のことを話すような、お父さんの優しい表情のせいだったのかもしれない。
 つかさもちゃっかり確保したお父さんの膝の上で、目を丸くしてじっと聞き入っていた。
 お月様に捧げられたススキがさわさわと揺れていた。鈴虫が思い出したように鳴く声が、
BGMのようにその場を満たしていたことを覚えている。
 お父さんは、根っからの科学少年だった。当たり前だが私が知っているお父さんは、大人でかつ
人の親であるお父さんだけだ。だからお父さんの実際の少年時代のことは聞いた話でしかないし、
自分の父親に対して少年というのもおかしな話ではあるけれど。
 でも、難しい科学理論を楽しそうに話し、鉱石ラジオとか真空管アンプとかを嬉しそうに組み立てる
お父さんは、少年のようにきらきらと瞳を輝かせるのだった。そんな人を大きくなった科学少年と
形容しても、きっと許されることだろう。
 科学好きなお父さんだったけれど、がちがちに凝り固まった合理主義者というわけでもなかった。
それは、神社の一人娘だったお母さんと結婚する際、自ら神学校に通って神主の資格をとった
ことからもよくわかる。
 何よりも人の心を大切にする人だった。
 科学の言葉で、夢を語る人だった。
 お父さんから、沢山の星の名前を教わった。遠いところにあるもの、近いところにあるもの。
光の等級や、スペクトル分析から導き出された元素組成。古来から人がその星に何をみて
きたのか、その願いや神話の話。位置が定まらない曖昧な素粒子や、それが導き出す
可能性の世界。そして、人はどうあるべきかとか、人はどうするべきかとか、そんな話も。
そんなことを真摯に子供と語れる人なのだ。
 私は、そんなお父さんから理知的で真面目な性格を受け継いだ。
 そしてつかさは、そのロマンティックでおおらかな性格を受け継いだのだろう。

 今隣にある顔は、あの頃と比べると皺も増え、少し白髪も交じるようになっている。でも
その瞳の輝きはあのころと少しも変わらない。こんなにも複雑で先の見えない世界に対して、
あくまでも誠実に向き合ってきた。そんな正しさに支えられて、その眼差しはどこまでも
優しかった。
 縁側に作った小さな祭壇にお団子とススキを捧げて、ぱんぱんと短拍手を打つ。
 お月様も柏手でいいのかなとお母さんに聞いてみたら、「八百万だからご一緒よ」という
返事だった。
 あのころお団子を作っていたのはお母さんだったけれど、今ではもうつかさの役割だ。
 縁側に並んで腰掛けたお父さんと私、居間のテーブルにもたれかかったつかさと、その
正面でお祓い済みのお守りを袋につめているお母さん。中天にかかる満月は銀色の光を
地上になげかけていて、電灯も消した夜は少し青みがかって沈んでいる。リーリーと鳴く
鈴虫の音色は、昔も今も変わらない。
 今年の中秋の名月は、十月もしばらく過ぎた頃だった。
「あんたたち、本当お月見好きだよねー」
 台所から、まつりお姉ちゃんが声をかけてきた。縁側からはみえないけれど、ごそごそと
冷蔵庫をあさっているようだった。
「お姉ちゃんもどう? 楽しいよー」
 にこにこと笑いながら、つかさが答えた。
「楽しいわけあるか。あれかなぁ。やっぱ七夕生まれだからかな? あんたたちが夜空
好きなのって」
 ああ、そうかもしれない。たしかに誕生日と七夕を一緒に祝われる私たちにとって、見上げる
夜空はお馴染みのものだった。つかさと二人でいるとき、晴れた夜にはよく空を見上げては
星の名前を呼び合ったものだ。
 そういえば――こなたの家に初めて泊まりにいったとき。
 あの夜にも、流れ星をみつけたのはつかさだったっけ。あのときつかさはお祈りを三回
唱えようとして必死だった。私は、どうしたっけ。ああ、そうだ。
”流れ星が消えるまでにお祈り三回唱えるなんて現実的に無理”そんなことを云って
こなたに呆れられたんだ。
 こなた。
 懐かしいな、無邪気だったあのころ。初めてこなたの家にいって、子供のころから
こなたが過ごしてきたという部屋をみて、私は胸が一杯になっていた。柱の小さな傷も、
カーペットの染みも、壁紙に残ったセロハンテープの跡も、その全てがこなたの人生を語って
いるように感じられた。
「どうだ、二人とも。ちゃんと勉強は進んでいるかい?」
「うん、大丈夫。ちゃんと計画的にやってるわよ。つかさもね」
 そう云って笑いかけると、つかさも笑いながらうなずいた。
「そうかそうか。かがみはいつも一人で抱え込んで頑張りすぎるから、少し心配していたよ。
でも、その分なら大丈夫そうだな」
「……う、読まれてるかも」
「つかさも。最近はすごくしっかりしてきたね」
「そうよ。最近私が起こさなくても一人で起きられるようになったのよ」
 お母さんが云う。
「えへへ」
「ってつかさ? それ高校生が褒められて照れるようなことじゃないからな」
「はうっ」
 固まったつかさを見て、みんなで笑った。
 四人で色々なことを話した。学校のこと。進路のこと。最近のニュースのこと。哀しかったこと。
楽しかったこと。昔の思い出。少しだけ未来の話。そんな色々な由無しごと。
 普段云えないようなことでも、自然に話し合うことができた。
 月をみているから話せることもあるのだ。
 お互いの顔をみていないから。月に語りかけるように話すことで、やっと伝えられることがある。
 家族ではあっても、気軽には触れられない部分もあるから。
 どれだけ親しくても、話せないことはあるから。

 ――たとえば、私の恋のこと。

 それを告げたら、この人たちはどう思うだろう。
 時々考えてきたことだった。
 私は同性愛者というわけじゃないから、それを隠して生きていくことは可能だと思う。
けれど家族に対して自分のセクシャリティを隠し続けることに、私はずっと良心の呵責を
感じていた。性自認とか性的指向だとか、なんていうか、プロフィールの性別欄に記入が
必要なほど根本的な属性を隠したまま家族でいることが、すこしだけ後ろめたかった。
 いつか、話さないといけないのだと思う。
 お父さんはきっと、少し驚いて、それからちょっと考えて。それで多分「そうか」とうなずいて
受け入れるだろう。
 科学少年でかつSFファンという人種は、そういうものだ。
 なんといっても、五千万年後の人類の生活様式だとか、惑星を満たす巨大な原形質生物と
人間とのコミュニケーションだとか、中性子星の表面で発展してきた生命の文明史だとか、
そんなことばかり考えてきた人種だ。多少のセクシャリティの混乱など、なにほどのものでも
ないだろう。
 けれどお母さんは違う。
 これで存外に古式ゆかしい人だから。
 柏手をうちながらお札をお守りに入れていく、お母さんを盗み見る。
 きっと、自分の育て方が悪かったなどと思うに違いない。私がつかさとべったりひっついたまま
育っていったせいだとか。お父さんが難しいことを教え込んだりしたからだとか。
つきあってきた友達のせいだとか。男に愛想をつかすようなことをされたことがあったのかとか。
 そんなはずもないのに。同性愛指向は変態性欲でもなければフェティッシュでもなく、
環境によらない生まれつきのセクシャリティなのだから。
 それを説明するのはやはり気が重い。納得してくれるかどうか、まるで自信がない。
 それでも、いつか話さないといけないだろう。それがずっと育ててきてくれた親への礼儀だと
思うから。

 ふと会話がとぎれたところで、自然とみんなが月を見上げた。

 大きくて丸い月が、ただ浮いている。
 なんの意味もなく、理由も目的もなく、ただそこにあるということ。その事実が、なぜか
少しだけ怖かった。夜空は晴れ渡っていて、肉眼でも静かの海がよくみえる。
「38万4,400km、だったっけ?」
 ぽつりと呟いた言葉に、お父さんがうなずいた。
 38万4,400km、地球と月の平均距離。
 その何もない距離を渡ったアポロの乗組員たちは、何を思っていただろう。
 ただなにもない無の世界。
 上下もなく左右もなく、その全てが真空の暗闇で、遙か遠くに月光と地球光だけが浮かんでいる。
 無限とも思えるその間隙を、どうして渡ることができただろう。

 こなたのことを考えている。
 こなたと私の間に広がる、真空の間隙のことを考えている。
 私たちは、きっと、地球と月のようなものなのだと思う。互いに重力を及ぼしあうけれど、
決して一つになることはできない。
 互いに一番大事な人だけれど、夜空に一番大きく浮かぶけれど、決して行き来することは
できない。
 ただお互いの周りをくるくると周り、慎重に裏側をかくして、同じ顔を見せ続けている。
 その間隙を飛び越えるには、きっと私の心にもアポロが必要なのだ。失敗しても挫けず、
焦らず、何度でも挑戦して。全人類の夢を背負って。フロンティアに思いを馳せて。
 そうしていつか遠い天体と私を繋ぐ、そんなアポロ。
 でも、そんなことは不可能だ。

 38万4,400km。まるで実感の沸かないその数値に、少しだけ眩暈がした。

 リーリーと、BGMのように鈴虫が鳴いていた。


§3

 十月も過ぎ、十一月にもなれば、もはや冬の跫音はすぐそこまで聞こえてきている。
 私は、八ヶ月ぶりにスクールコートをクローゼットから出した。
 クリーニング店の札を外しながら、ああ、このコートを着るのもこれが最後なんだなと、
少しだけ感傷的な気持ちになった。
 最後に夏服を脱いだときも同じような気持ちになったけれど、きっとこの先何をするにも
“高校生活最後の”という言葉がつきまとっていくのだろう。
 慌ただしかった二学期ももう半ばを過ぎて、受験、そして卒業という言葉が、実感をもって
せまってくるこの頃だった。
 思えば二学期は本当にイベントごとの目白押しだった。
 体育祭に修学旅行、それに文化祭。受験というこれまでの人生の山場を迎える時期に、
どうしてこうも学校行事が続くのか。修学旅行なんて、二年生のときにすませておけば
よかったのに。理事長だか校長だか知らないけれど、そんなカリキュラムを組んだ誰かを
心の中で罵った。
 でも、楽しかった。
 それだけは確かだった。
 体育祭では僅差でB組に勝った。こなたとどっちが勝つかで賭けをして、見事に勝った私は、
一週間三つ編みで過ごすこなたを眺めて楽しんだ。
 修学旅行ではこなたにつきあわされてアニメスタジオに行ったし、変な男に勘違いさせられて
呆然としたりもした。
 あのときは本当に脱力する思いだった。
 夜にホテルの前でという呼び出しの手紙をみつけた私は、てっきり男子から告白されるのだと
思い込み、一人でずっと思い悩んでいたのだ。
 云うに云えない恋の辛さは、心からわかっていたから。
 もしどこかの男が私に対して私と同じような想いを抱いているのだとしたら、その想いに
一体どうやって答えればいいのだろう。夜も眠れずに七転八倒し、隣に恋する人がいないことに
理不尽なほど腹を立て、自分が隠しているくせに、それに気づきもしない相手を逆恨みすらして。
 私の中で吹き荒れた感情の嵐は、最終的に“男とつきあえばこなたのことを忘れられるかも”
なんていう馬鹿げた所までいきついていたのに。
 その結末といったら――もはや思い出したくもない。
 文化祭ではチアダンスを踊った。
 ずっとこなたとクラスが別れていた私にとって、あの経験は何物にも換えがたい宝物になった。
こなたと一緒に行動して。こなたと一緒に何かを積み上げて。最初はできなかったことも、
話し合って、練習して、少しずつできるようになっていって。それは本当に楽しくて、
身体だけではなく心も一緒に踊りだしていた。
 そうして、それが楽しかった分だけ、つかさやみゆきはずっとこなたとこういうことが
できたのだと思って、少しだけ嫉妬した。私はそんな自分を恥じたけれど、きっと二人とも
私が嫉妬していることに気づいていただろう。そして私がそれを恥じていることも十分
わかっていて、それを私がわかっていることもわかっている。
 だから私は開き直って笑った。そんな自分も丸ごと受け入れて楽しんだ。
 全部、大切な思い出としてこの胸に刻み込もう。
 悩んだことも辛かったことも楽しかったことも。
 この先何がおきて、わたしたちがどうなったとしても、決して忘れないように。今まで
生きてきた道を、決して見失わないように。
 スクールコートに袖を通しながら、そんなことを思った。
 久しぶりに着たコートからは、少しだけクリーニング屋の匂いがした。

 つかさの部屋からドアを開ける音がしたので、私も一緒に部屋を出る。別に示し合わせた
わけじゃないけれど、つかさも私と同じようにコートを着ていた。
「あ、やっぱりお姉ちゃんも」
 嬉しそうに顔をほころばせている。
「あんたもか。そろそろ制服だけじゃ寒いよね……って、こらつかさ」
「ふぇ?」
 階段を降りようとしていたつかさに声をかけて立ち止まらせる。突っ立っていたつかさの
背中に回り込んで、首筋に手を伸ばした。
「もう、クリーニング屋の名札、つけっぱなしじゃないの」
「あう、や、やっちゃうとこだったよう……。お姉ちゃんありがとう」
「まったく」
 しっかりしてきたように見えて、まだ時々抜けているつかさなのだった。
 いつもの待ち合わせ場所では、先に来ていたみゆきが私たちを待っていた。おはようと
挨拶を交わして、つかさがみゆきの格好に眼を止める。
「ゆきちゃんも今日からコートだねー」
「ええ。お二人とご一緒ですね」
「こうなると、こなたのやつも一緒に着てくるか楽しみよね。あいつのことだから、寒い
と思っても面倒臭がってひっぱり出そうとしないかもなー」
「ふふ、そうですね。この間も着替えが面倒くさいからと、家からずっと制服の下に体操着を
着っぱなしだったそうです」
「あー、あったあったー。なんか満更じゃなかったみたいで、もうずっとこうしよっかな、
とか云ってたよ」
「年頃の女の子としてありえんな……」
 そんな風にこなたを肴にして盛り上がっていたところで、後ろからくしゅんと可愛い声がした。
 ふりむくと、いつのまにかきていたこなたが、鼻をこすりながらにらみつけていた。その隣で、
ゆたかちゃんが困ったように笑っている。
「あー、君たち、人がいないところで何を盛り上がってるかな?」
 くしゃみはしていたけれど。
 しっかりとスクールコートを着ていたから、寒くはないはずだった。

「ふむ、今日のお弁当当番はつかさか」
「うっさいな、ってか見た瞬間見破るなよ」
「いやいや、私だってわかるぜ。かがみのときは、もっとこうごちゃーってしてんもんな」
「あんたは毎日あやのに作ってもらってるくせに、偉そうなこというな!」
「あー、あやちゃんたち、タコさんウィンナー」
「うふふ、みさちゃん、ウィンナーがタコさんじゃないといつも一瞬がっかりするんだもん」
「あ、あやのぉ……そんなことばらすなよぉ……」
「あら、あやのさんたちもこなたさんも、今日は付け合わせがポテトサラダですね」
「おお、みゆきもだー。これはあれだね、ポテトサラダ三連星だね」
「意味がわからんわ」
「ポテトを踏み台にした!?」
「しねーよ」
 やかましいことこの上ない。
 最近のお昼はいつもこんな風だった。文化祭以降みんなが打ち解けてきたこともあるし、
私がもっとみさおたちに歩み寄ろうと働きかけたこともある。気がついたらお昼もみんなで
一緒に食べるようになっていたのだ。
 いざ仲良くなってみれば、みんなまるで以前からそうであったようにぴったりと馴染んだ。
 みさおとこなたはノリが合うのか、ぽんぽんと賑やかに、男の子みたいな言葉の応酬を
していることが多かった。みゆきとつかさはあやのとほんわかトライアングルを形成して、
周囲に癒しのオーラを投げかけていた。
 どうして今までこうしなかったのだろう。
 私とみさおだけを置き去りにして、ポテトサラダの味付けの話で盛り上がっている四人を
みながらそう思う。
 みさおやあやのが、私ともっと距離を縮めたいと思っていることは、半ば気がついていた
はずだった。それを知っていて、どうして私はこなたの所にばかり入り浸っていられたのだろう。
五年連続で同じクラスという、ほとんどあり得ないほど強い縁がある二人を放っておいて。
 きっと私は、ずっとこなたに捕らわれていたのだと思う。
 あの日、桜の樹の下でこなたに会ってから。あの時から私はずっと、桜吹雪の下の異境を
彷徨っていたのだ。
 一目みたときから気になって、一言話しただけで頭から離れなくなって、自分が受けた
不思議な感情に戸惑って、そんな思いを私に抱かせた女の子を、もっともっと知りたくて。
 だから私は周りがみえないほどこなたにのめりこんでいったのだろう。そう、あの夏が
くるまでは。
 春にこなたが好きだと気がついて、夏に覚悟を決めた。そうして私は初めて周りに眼を
向けることができたのだ。
 どれだけ好きでも、世界は二人だけで完結しているわけじゃない。
 お互いがお互いの周りを回っているだけにみえる地球と月だって、一緒に太陽という
より大きな物の周りを回っている。火星も、金星も、水星も、木星だってある。その全てが
お互いに重力を及ぼし合って、そうして一つの系を作り上げている。
 一人の人を好きになるということは、その人に繋がる全ての人も受け入れることで、
その人が生きてきた人生も全て受け入れることなのだと思う。
 そう思うことができたから、あの夏も無駄ではなかった。
 渦中にあるときは辛くてきつくて、逃げ出したくなったけれど。
 そう思うことができたから、あの夏も必要な夏だったのだ。

 ふと眼があったみゆきが、ふわりと笑った。
 それがなんだか、考えていること全てを見透かされているようで。
 かなわないなと、心から思った。

 ※  ※  ※

 そんな風に十一月も日一日とすぎていく。受験勉強もいよいよ佳境となり、クラスの雰囲気も
少しずつ張り詰めていき、寒さも本格的になり始めたころ。
 こなたから掛かってきた電話に何気なく出た私は、続く言葉に驚きの声を上げた。

「かがみ。週末なんだけど……海を見たくはないかい?」
「――は?」

 余りにも唐突なその言葉に、私は静かの海のことを思い出していた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『4seasons』 秋/静かの海(第三話)へ続く


















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  • 作者は博識だな…
    地学知識とか世界史知識とか見え隠れしてニヤニヤしてしまう -- 名無しさん (2008-08-13 01:15:40)
  • オリジナルの設定があまりにも自然なのでついついこんなのあったっけ?
    と公式を探してしまいます。…すごいっ! -- 名無しさん (2008-04-08 01:00:20)
  • 本当にきれいな文章ですね -- 名無しさん (2008-02-19 22:38:20)
  • もう凄過ぎて言葉になりません。
    続編を楽しみに待ってます。 -- 名無しさん (2008-02-19 20:46:45)
  • この安定したクオリティの高さ、繊細な文章、読者を惹きつける場面展開、最高です!!!
    続編おまちしております。 -- 名無しさん (2008-02-18 08:28:38)
  • あなたの作品は続きが速く見たくて困るww
    俺的この保管所ナンバーワンだ!
    これはもう揺るがない。 -- 名無しさん (2008-02-18 00:03:34)
  • 有難うございます。なんというか、有難うございます。 -- 名無しさん (2008-02-17 23:38:14)
  • イヤッホォォオウ!
    叫ばずにはいられない!
    やっぱ一番綺麗な文章だ、うん。 -- 名無しさん (2008-02-17 15:04:05)

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