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まだ見ぬ誰かの笑顔のために

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hakureikehihi

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だれでも歓迎! 編集
 私の娘(PC)がツン期……というかヤンデレになってしまった。
 一般的に言えば、動作不安定。
「あー……こりゃ長引くかな」
 ケースを少し開けて、通気を良くしてみたけどあまり効果はなかった。
 中は相変わらず、コンビニにある肉まんを蒸すやつ――什器だっけ――のようだった。
 このまま酷使してたら、文字通り壊れてしまう。
 しかたない。今日はこの娘を休ませて、お父さんのを使わせてもらおう。

「お父さんPC使う?」
「いや、今は使わないかな」
「じゃあちょっと借りてもいい?」
「ああ、いいぞ。Administrator権限はパスワードかかってるからGuestでログインしてくれ」
「うん」

 お父さんの部屋には、タワー型のPCが鎮座している。
 ノート型も持ってるから、普段はそっちを使ってるんだけどね。
 無線を飛ばしてファイルサーバにしたり、ファイアウォールのような役割をしているらしい。
 お父さんはそこに『資料や取材をしたときの写真を入れてる』と言ってたっけ。
 いつも電源は入れっぱなしにされていて、使おうと思えばすぐに使える状態だ。

 椅子を引いて腰をかけ、キーボードを手元に用意する。
 ディスプレイの電源を入れると、スクリーンセーバーが作動していた。
 マウスを動かすと、一瞬の沈黙の後、“ようこそ”の文字が浮かび上がった。
「げすと……と」
 Guestをクリックすると、HDDがカリカリと音を立てる。

 普段このアカウントは使われていないせいか、背景はデフォの青一色。
 デスクトップ上には、整頓されていないアイコンが所狭しと並んでいる。
 ……よく見ると、九割ほどはいかがわしいものだった。
「お父さん、リアルではゲームの箱を積んでないと思ったら、こんなところに積んでたんだ……」
 あきれながら、アイコンの山からIEを探り当てて起動させた。


 ***  ***  ***

 しばらくサイトを回ってて、ふと、今何時か知りたくなった。
「たしかタスクバーに時計があったはずだけど……。ん?」
 音量や電源のアイコンの隣に、見慣れない『B』のアイコンがある。
「なんだろう、これ。まさかこれもギャルゲー……じゃないよね」
 小さなアイコンをつついてみる。何かが立ち上がった。
 ところどころ英語表記で、ボタンとタブだらけ。
 タイトルバーにはBOINC Manager……。
「ぼいん……く?」
 『ボイン』って単語が気になったけど、そう怪しいものでもない……のかな。
 パラパラとタブをめくってみるけど、英語がずらっと並んでるばっかりだった。
 そして一番左端のタブ。
「プロジェクト、World Community Grid……アカウント、S.Izumi@eroparo? チーム、Team 2ch……」
 これは某巨大掲示板も関係してる……?

 さっき開いていたIEをひっぱってきて、検索窓にBOINC、と書いてみた。
 すごい数の検索結果がでたけど、日本語のページはすぐに見つかった。
 どうやら色んな国で活動してるまともな組織みたい。

「見つかってしまったか」
「お、お父さん! いつからそこに?」
「ちょうど今」
 お盆の上に湯飲みが二つ。
 飲み物を持ってきてくれたんだ。
「隠すつもりはなかったんだがな……。この際だから言っておこう。それはいわゆるボランティアだ」
「ボランティア? お父さんが?」
「ああ。説明はちょっと長くなるんで、紹介のFlashを見てくれ」


 お父さんは手際よくURLを入力して、まとめページを出してくれた。
 ――BOINCはエイズやデング熱、がん解析をしているということ。
 一台じゃ終わりが見えない計算も、何万台、何千万台というPCが協力すればゴールが近づくということ。
 六年前に前身となるUDが始まったということ。
 Flash全盛期だったから、こういう支援Flashが大量にあるということ。
 そしてそれを見てお父さんも解析に加わったということ。
 私がFlashを見ている間、そんなことを話してくれた。

「『まだ見ぬ誰かの笑顔のために』って言葉にグッときてな、試しにこいつにインストールしてみたんだ」
 少し黄ばんだ筐体を優しく撫でさすっている。
「かなたはがんじゃなかったが、家族を亡くすことは、がんでも他の病気でも事故死でも、どんな原因でも辛いのは変わりない。
でもこれに参加することで、僅かでも救える人がいるなら、少しでも、オレが他人の悲しみを減らしてやれれば……ってね。
オレはほとんどが在宅での仕事だし、PCは大体起動させっぱなし。だから、その余ったパワーを解析に回してるんだ。
本当にこれが役に立っているかは分からない。だけど『やらない善よりやる偽善』なんだ。」

 いつになく落ち着いた声で、しめっぽく語る。
 そんなお父さんの姿が珍しくて、この雰囲気が嫌で、茶化したくなった。
「いままでお父さんを怪しい人だと思ってたけど、ちゃんとした面もあったんだね」
「……酷いなー。オレだって一応はまともな人間だ」
 ちょっと顔を赤くして、プイっと横を向いてしまった。
「まともな人間はこんなにギャルゲーをインストールしないよ」
「ぐっ、そりゃそうかもしれないけどさ……。あんまり、オレをいじめないでくれ~。オレはドMじゃないんだから」

 ――しんみりしているお父さんより、こうしてふざけあえるお父さんのほうが好き。

「冗談冗談。……それでさ、BOINCは私のPCにもインストールできる?」
「お、こなたも参加してくれるのか」
「乗りかかった船だしね」
「よし! じゃあ今度の休みにでも一緒に設定しようか」
「『一緒に』?」
「……そんな目でオレを見ないでくれ~」

 ――お父さんは、いつまでも笑っていて……。













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