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ひまわりに誘われて

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匿名ユーザー

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セミの声が遠い。

セミの声だけじゃなく、他の全ての音が波の引くように遠ざかっていく。
――いや。
音が私から、じゃなくて、私の意識だけが音から、色から、世界から、遠く引き離されていく。
それは馴染みの感覚。
立ちくらみを起こしたのだと、妙に冷静に判断できたのは、やはり慣れのせいだろうか。

親友の岩崎みなみちゃんの家で行われる勉強会に向かう途中、休憩に使ったバス停のベンチで
こなたお姉ちゃんの友だちである日下部先輩と出会って。
少しお話をして、お互いに自己紹介を終えたあと、ふと時計を見ると思ったより時間が過ぎていて。
そこで慌てて立ち上がったのがまずかった。
そのままお辞儀をしたのも失敗だった。

「あの、ごめんなさい。私もう行か、な……きゃ――」

しまった、と思ったときにはもう膝に力が入らなくなっていた。
視界がぐるりと廻って――



――気がつくと、何かあたたかいものに身体を支えられていた。



「っとー、あっぶねぇ」

すぐ近くから先輩の声がする。
近くと言うか、ほとんど耳元。
音が戻ってきたんだ。
そして他の感覚も。
声が聞こえたのと反対側の、耳からほっぺにかけて、しっとりと柔らかい何かに包まれている。
これは、先輩の……胸?

「ぅあっ! あのっ! ご、ごめんなさっ!」
「う、わっ、と! ちょっ、暴れんなって」

またも慌てて離れようとしたけど、思った以上に肩をしっかりと捕まえられていて、
逆にさらに強く抱きしめられてしまった。
もうほとんど顔全体が胸に押し付けられてる状態だ。
なんて言うか、困る。
女同士なのに、なんでだかすっごく困る。恥ずかしい。

「あ、あのっ、わ、わたっ、私っ、そのっ!」
「い、いいから、落ち着けって。ほら、ちょっと座れ。な?」

混乱していると、言葉とともに身体を軽く持ち上げられて、押されて、引っ張られて、
何がなんだかわからないままに、気がつけばふよふよと柔らかかった感触が消えていて、
代わりにおしりに平らな感触があった。
ベンチに座りなおさせられたんだと、ぼんやりと理解する。

「んっ」
「おう、ちょっとガマンな」

唐突に額と首筋に手を当てられて、声がこぼれた。
ふむふむとうなずくような気配……熱とか診てくれているのかな。
保健の天原先生やみなみちゃんとは違う、乱暴――というのとも違う、力強くて堂々とした触り方だ。
すごく慣れている感じがして、なんだか本当のお医者さんみたい。

「んー……だいじょぶっぽいかな」
「あ、ありがとうございます……」
「うん。いや、いいけど。てかどーしたんだよ。バスまだ来てないぜ?」

先輩が道の右側――バスの来る方を見ながら言う。
あ、そうだ。ここバス停だったんだ。

「い、いえ、あのっ。私、バスは、別に、待ってなくてっ。みなみちゃんの家はあっちだからっ。
 休憩をちょっと、そのっ」
「は? え、なに? ――いや、まぁいいや。いーよ。まずは落ち着け。ほら深呼吸」
「あ――う」

そ、そうだよね。落ち着かなきゃ。
吸って。
吐いて。
すぅ、はぁ。すぅ、はー。すー、はー…………すぅ……ふぅ。
落ち着いた、かな?

「だいじょぶか? ほら、これ。飲め。おまえのだけど」
「あ……はい。ありがとうございます」

差し出された水筒のキャップを受け取り、中身をゆっくりと飲み干す。
よく冷えたスポーツドリンクが身体の熱を徐々に下げていってくれるのを感じる。
……落ち着いた。
うん、落ち着いた。
落ち着いて……冷静になって一連の流れを思い返してみると、恥ずかしさが一気にこみ上げてきた。
またパニックに落ちそうになるのを、しかし両目をぎゅっと閉じてなんとかこらえる。

うん。だめ。

会ったばかりの人に、これ以上迷惑かけちゃ、だめ。
ちらり、と帽子の陰に隠れるようにしてうかがうと、思ったとおり。
先輩は困ったような、呆れたような顔で私を見下ろしていた。
反射的に俯いてしまう。

「あの、ごめんなさい――申しわけありませんでした……」
「や、いーっていーって。てぇか、なに? バスには乗らないん?」

当然の疑問が投げかけられる。
先輩の声は笑っていたけど、私は酷く悪いことをして怒られているような気になって、
びくりと肩をすくませた。
怖くて顔が上げられない。

「はい……あの、私、身体があんまり丈夫じゃなくて……
 今日みたいに暑いと、その……さっきみたいに倒れちゃうことがあって……
 だから、そうなる前に休憩してたんです……」

恥ずかしい。
さっき先輩に抱きかかえられていたときとは全然違う、胸が苦しくなる恥ずかしさだ。
どうして私はこうなんだろう。
泣きそうだ。
消えちゃいたい。



「そっか、エライな」



「――え?」

まったく予想もしなかった言葉が聞こえて、思わず顔を上げる。
先輩は笑っていた。
にこにこと、嬉しそうに。
なんで……?

「ん? 休憩ってのは大事だぜ?
 自分の限界を見極めて、それが来る前にちゃんと身体を休める。スポーツの基本だよ。
 こんなのもちゃんと持ち歩いてんだから、すげーよな」

言って、先輩は手に持ったままだった私の水筒を軽く揺らして、優しく手渡してくれた。
ちゃぷん、と小気味良い音が耳を打つ。
これは、こなたお姉ちゃんが持たしてくれただけで……

「部活の後輩にもたまに無茶やるのがいてさー。
 ……なんつってー、あたしも昔はよくやっちゃってたんだけどな、へへっ。
 あ、陸上部なんだー、あたし。もうすぐ引退だけど。
 こう見えても――じゃなくて、見てわかるかもしんないけど、速いんだぜー?」

楽しそうに、本当に楽しそうに語る先輩を、私は茫然と見上げていた。
なんだろう、この感覚。
嬉しいのとも違う。悲しいのとも違う。
そんなんじゃなくて、もっとずっとフラットな――ただただ不思議な感覚。
不思議な、人だ。

「んで、だったらどこ行くんだ?」
「――あ、はい……この先に住んでる、友だちの家に……」

相変わらずの笑顔で尋ねてくる先輩に、まだなんとなくぼんやりとしたまま私は答えた。

「ふーん。勉強会?」
「はい…………え? なんでわかったんですか?」

家に行くとしか言ってないのに。
ひょっとして先輩もそうなのかな? でも手ぶらだし……
思っていると、先輩はどこかバツの悪そうな顔になって、言った。

「あ~~、それがさ。さっき水筒取ったとき――あ、ソレもゴメンな?
 そんときにカバンの中が見えちまって、さ……わりぃ。ゴメン」

なるほど。言われてみれば簡単な……って、

「そ、そんなっ、謝らないでください! 怒ってませんから。逆に感謝してるぐらいで。
 ですから、その、本当にありがとうございました」

言いつつ再度、深々と頭を下げる。また気分が悪くならないように、今度はゆっくりと。
そして顔を上げると、先輩は、「ぽかん」、と、目と口を丸くしていた。
けどそれもまた目が合ったとたんに、しゅるしゅると、しぼむように弱々しい顔になっていく。
なんだか一回りぐらい小さくなってしまったみたい。

確かに、人の持ち物を無断で触るのは良くないことだ。
でもこの場合は別だろう。
緊急事態……なんて、大げさなものじゃないけど、似たような状況だったし。
何より私のためにやってくれたんだから、感謝こそすれ、不満に思うなんて筋違いもいいところだ。

「えと、そうなの……?」
「はい」
「怒ってない?」
「はい。ぜんぜんです」

安心させようと――なんだか偉そうだけど――笑顔を作る。
すると先輩もおずおずと笑い返してくれた。

「なら、いいんだけどさ……」

よかった、上手く笑えたみたいだ。
それにしてもこの人、表情がころころ変わって、なんだかちょっと……ううん、すごく……

――って、いけないいけない。また失礼なこと考えちゃった。
先輩に向かって、かわいいかも、だなんて。
まったく、さっきまでの罪悪感はどこに行っちゃったんだろう。
……考えるまでもないか。
この人が、日下部先輩が追っぱらってくれたんだ。
すごいなあ。
こなたお姉ちゃんの周りは、本当にすごい人ばっかりなんだ。

そんなことを考えていると、先輩はまた表情を変えていて、少し考え込むような素振りを見せていた。
そうして一拍置いて、再び私に向きなおる。

「で、勉強会だっけ。友だちの家で」
「あ、はい」
「それってこっから歩き?」
「はい、そうです」
「……ふぅむ」

あ。
なんとなく、わかってしまった。先輩が何を言おうとしているのかが。
日下部先輩は考えていることがわりと顔に出やすいタイプみたいだけど、
それは今はたぶん関係ない。
ただ単に、私がそういうことを言われ慣れているというだけだから。

「一人で大丈夫か? なんなら送ってくけど」

やっぱり。
慣れているはずなのに――いや、慣れているからこそ、か。
軽い失望めいた自嘲の気持ちが浮かんでくるのを止められない。
こんな子どもみたいな見た目だし、たった今みっともないところを見せちゃったばかりだし。
無理もないよね。
でもお断りしなきゃ。
これ以上迷惑はかけられないよ。

「いえ、大丈夫です。ここからならもう歩いて三十分もかかりませんから」

よし、思ったより明るい声で言えた。
これなら不安にさせてしまわないですむだろう。
先輩は見るからに残念そうな顔で、肩を落とし、「え~……」と不満げな声をもらしていた。

「……」

――え、なんで?
なんでそんな、おやつをもらえなかった子犬みたいな――って、だから!
何を考えてるの私は!
うう、なんだか変だよ。さっきから失礼なことばっかり考えちゃう。
私って自分で思っているよりもイヤな子だったのかなあ……

「なんでさ~? 送らせてくれよぉ~。邪魔とかしないからさぁ~」
「えっ? いえ、でも、そこまでしていただかなくても、大丈夫ですから。本当に」

妙に熱心に言ってくる先輩に、胸の前で両手を振って返す。
あ、あれ?

「む~~」
「だって、その、先輩にも用事があるでしょうし……どこか行くとか……
 あ、それに受験生ですし、やっぱりお忙しいんじゃ……」
「ゔ……い、ぃや、いやいや。いーのいーの。そんなの気にしないでいーんだってば、な?
 てぇか三十分だけだろ? ちょっとじゃん。おねがいっ!」

言いつつ、先輩は両の手のひらを顔の前で打ち合わせる。とうとう拝まれる形になってしまった。
なんだか立場が……どうして私の方がお願いされてるの?

「えっと……迷惑じゃ、ないんですか?」
「ぜんっぜん! てゆーか今むっちゃヒマなんだよ、正直なハナシ。
 あとで映画行く予定もあるこたあるんだけど、約束の時間まで三時間もあってさー。
 どーやって時間潰したらいいんだか困ってんだよ」

三時間って……
やっぱり、不思議な人。

「だから、そんなさ、むつかしく考えないでいいって。あとちょっとだけ、歩きながらおしゃべり!
 そんだけのことじゃん、な!」

……そっか。
そうだよね。そういうことなら、遠慮も迷惑も何もない。

「わかりました。それじゃあ、お願いします」
「おっしゃっ、やった! じゃ、いこっぜー♪」

これまでで一番素敵な笑顔になって、私の手を掴んで元気よく歩き始める先輩を、

「きゃっ――あの、そっちじゃないですっ。こっちです」

私は慌ててひっぱり返すのだった。
心の底からこみ上げてくる笑みを、抑えることなくあふれさせながら。





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   ひまわりに誘われて
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  • 狙っているとしてもすごいがww
    -- だぁぁ不利ってこたない ぷ。 (2010-06-07 11:58:26)
  • そうじゃねwww -- ラッピングが制服 (2010-05-13 16:33:01)
  • ↓下のおふたりの名前が奇跡的な繋がりを。
    狙ってやったんですよね?ね⁈ -- そりゃぷにってことかい⁈ちょ‼ (2010-05-12 21:21:33)
  • それぞれの、キャラの特徴が良く捉えられています。
    良作だww -- 3センチ (2009-12-06 03:08:12)
  • ああ、連作か。びっくりした・・・ -- アイマイ (2008-12-28 21:58:17)

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