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ひとり、ふたり、さんにん

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匿名ユーザー

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「まってー、みさちゃん」
「早く来いよ、あやの。置いてかれるだろ」
野山を駆け回るのに不向きな、でも女の子らしいかわいらしい服を着て私を追いかけるあやの。
その前を走るのは、真っ黒に日焼けしてまるで男の子のような格好をした私。
小さい頃から私とあやのはよく遊んでいた。
いや、私とあやのだけじゃない。
ここにはもう一人、私たちと小さい頃からずっと遊んでいた人。
「おーい、アニキ。どこいった?」
がさがさと木々の枝が擦れる音。
上を見上げれば木立の間から漏れる夏の日差し。
その間からパラパラと上から降ってきた小枝を慌てて避ける。
「あ、アニキ。危ないてっば」
「みさお、そんなことより早く網、網」
アニキに言われるままに網をアニキのほうへ伸ばす私。
アニキは何かを網の中に放り込む。
「はぁ、はぁ……みさちゃん。やっと追いついた……何か捕まえたの?」
「おぉ~、すげえ。みてよ、あやの」
網の中にはカブトムシが二匹。オスとメス。
「わぁ、カブトムシ」
「あやの、虫かごに入れるぞ。それにしてもすげーな、アニキ」
「だろ、ここは俺たちの秘密の場所だからな。絶対誰にも教えちゃだめだぞ」
木の上からするすると降りてきたアニキに、こくこくと頷く私とあやの。
何でも知っていて、スポーツも万能で。
そんなアニキは私たちの憧れだった。
「なーなーアニキ。このカブトムシ、もらっていいのか?」
「ああ、俺はまた取りにこれるしな。二人にやるよ」
「やりー。じゃあ私はオスのほうな。あやの、どっちが強いか戦わせようぜ」
「えっと、みさちゃん。オスとメスは戦わないと思うけど……」
三人で野山を駆け回る毎日。
あの頃は三人が三人とも友達で、そんな関係がずっと続くと思っていた。
ずっとずっと……


さすがに中学生にもなると三人で野山を駆け回ることはなくなったけれど、
帰るときもいつも三人一緒、この頃になっても私たちは仲良し三人組だった。
そんな私たちの関係が変わり始めたのは12月も終わりに近づいたころ。
あやのとは、いつ知り合ったかすら覚えていないぐらい小さい頃からの友達だけれど、
最近のあやのはいつもとはちょっと違っていた。
いつもよりもぼーっとする事が多くなっていたし、真面目あやのには珍しくよそ見をしていて授業中怒られることもあった。
特に変なのは、アニキと一緒のとき。うまく説明できないけれど、
ずっと昔からあやのと一緒だった私にしか分からない、ちょっとした違和感。
「ねえ、みさちゃん。みさちゃんは、好きな人……いる?」
学校からの帰り道。
突然のあやのの言葉に私は飲みかけのホットのウーロン茶を吹き出した。
「み、みさちゃん。汚いよ……」
「げ、げほっ、あ、あやの、どうかしたのか?」
もじもじと恥ずかしそうに指をあわせるあやの。
昔から女の子らしいあやのだけれど、ここのところはさらに輪をかけて女の子らしい。
「も、もしかしてアレか、す、好きな人ができたとか、ま、マジでなのか?」
あやのは恥ずかしそうにこくりと頷く。
「で、で、だ、誰なんだよ。あやのの好きな人って……」
「え、えっと、あのね、みさちゃんのお兄さん……」
ああ、うちのアニキ?
高校三年のアニキの受験勉強が忙しくなって、そういや最近遊んでいないよな。
で、うちのアニキ……
「……って、ちょっと、え!! もしかして!!」
あやのは恥ずかしそうに、こくりと頷く。
その顔はもう真っ赤で反則的にかわいらしいのだけれど、
って、マジ? もしかして、本当にうちのアニキ?
「来年でお兄さん中学卒業しちゃうでしょ? 最近、受験勉強が忙しくてあんまり会えないくて、
 このままお兄さんが他の高校へ行ったら、私、もうお兄さんに逢えなくなっちゃう気がして……」
あ~、確かにな。
小さい頃からずっと遊んできた私たち。
ずっと当然の事だと思ってきたけれど、でも変わらない関係なんてない。
いや、普通だったら小学生ぐらいから男の子は男の子、女の子は女の子で遊ぶようになっていくのに、
ずっと関係が変わらない私たちのほうが異常だったのかもしれない。
私たちもあの頃みたいに無邪気に遊べるような年頃じゃなくなった。
アニキのように中学を卒業すれば、地元から離れた高校に通うようになるのはあたりまえになる。
そして、私たちの年頃になれば、あやののように恋をすることだって……
「よし、分かった」
自信満々に私は胸を叩く。
「私に任せろよ。あやの。自分の兄貴と大の親友が付き合うんだしな。応援しないわけないだろ」
私はあやのが大好きだし、もちろん兄貴も好きだ。
だから、私の好きな二人がもっと仲良くなってくれたら、私も嬉しい。
「あ……」
あやのの目から、ポロリと涙がこぼれた。
や、ヤバイ。私なんかまずい事言ったっけ……
「あ、あやの? 私、何かまずい事言った?」
あやのは涙をこぼしながらふるふると首を振る。
「ち、違うの。ただ、その……嬉しくて……」
久しぶりのあやのの泣き顔。
小さい頃は私がよくあやのにイタズラをして、それで泣かせてたことは多かったと思うんだけれど、
でも、中学になってから泣いているあやのを見るなんて久しぶりだった。
「だ、だぁぁ、な、泣くなよ、あやの」
泣いているあやのにどうしたらいいかわからず、私はあやのの頭をくしゃしゃかき回す。
あやのにイタズラをして泣かせてしまったとき、いつもこうやってごまかしていた。
「うん、うん、ありがとうね、みさちゃん」
昔と一緒でいくら頭をかき回してもあやのは泣きやまなかったけれど、
昔と違ってあやのは泣きながら感謝の言葉を続けていた。


私の隣のアニキの部屋。
こっそり覗いたアニキの後姿は勉強中。
うん、おかしいところはない。勉強中の兄に差し入れを持っていくんだから。
「ア、アニキ~」
「お、なんだ、みさおか。何か用か?」
「そろそろ疲れてきた頃かと思ってさ。お菓子でも食べない?」
お盆の上にはクッキーとコーヒー。
インスタントコーヒーだけれども、私やアニキのような庶民にとってはこの香りでも充分いい香り。
「お、みさおにしては珍しく気が利いているな」
「珍しくは余計だよ。ほれ、砂糖とミルクは?」
「ん、いる」
砂糖二個とミルクを入れるアニキ。
見た目は大人っぽいのに、味覚は子供なんだよな。
「どう、勉強は進んでる?」
「あ~、まあ、ぼちぼちってか。模試の結果も上々だし」
アニキが目指しているのはこのあたりじゃちょっとレベルの高い高校。
高校受験なんてずっと先のことのように思えるけれど、再来年には自分もこうしてるんだろーな。
「おっ、このクッキーうまいじゃん」
アニキが指でつまんでいるクッキー。
「だろ~、これ、あやのが持ってきてくれたんだぜ」
「お、そりゃ美味い訳だ。どうだ、最近あやのは元気にしているか?」
「うん、いつも通りだけれどさ、最近アニキが遊んでくれないから寂しそうでさ」
「あ~、そうだよなぁ……最近お前らとも遊んでやっていないしな」
「それでだ、アニキ」
ぴら、と二枚のチケットを取り出す。
ちょっと離れた街にある遊園地のチケットの前売券。
「友達から行けないってもらったんだけどさ、私、来週部活が入っちゃって。
 あやのとアニキ二人で行ってこない?」
「なんだ、みさおは行かないのか。再来週でもいいんだぞ」
「このチケット、有効期限が来週だから。早く行かないと間に合わないんだぜ」
もちろん、今の話には嘘が混じっている。
このチケットはわざわざ大宮まで出向いて金券ショップで買ってきたもの。
あらかじめ有効期限が私の部活の日にバッティングしているものを選んで買ってきた。
「最近、アニキも机にかじりつきっぱなしだろ。たまには太陽を浴びないとモヤシになっちまうぞ」
「なんだよ、人をニートみたいに言うな。でも、ちょっとは息抜きも必要かもな」
私の手からチケットをとり、眺めるアニキ。
「じゃ、悪いけどあやのと二人で行ってくるよ。ありがとな、みさお」
「おう、お土産忘れないでくれよな」
飲み終わったコーヒーカップを重ね、そそくさを部屋を出る。
後ろ手でドアを閉め、小さくガッツポーズ。
あとはあやの、お前しだいだかんな!!


日曜日はカンと見事に晴れた青空。
冬の冷たい空気に負けないように、私は念入りにストレッチを繰り返す。
腿の裏側、ふくらはぎ、アキレス腱。ぎゅっと腱が伸びる感触。
凝り固まった筋肉が柔らかくなり、動き出すのを待ちわびている。
アニキたち、今頃何しているのかな。
あやの、うまくやっているのかな。
自分も送り出した身であって……あ~、私もついていけばよかったか?
でも、やっぱりアニキと二人っきりの方が……
「おーい、一年。何サボってるんだ。さっさとアップ始めるぞ」
「あ、はーい。すみません」
いけないいけない。よそ事考えすぎてたぜ。
数列に並んで立っている最後尾に自分も滑り込む。
五十メートルダッシュ十本か。
さっきもほぐした筋肉をもう一度念入りにほぐす。
ぎゅっぎゅっと引き伸ばされた筋肉は準備万端。
「次っ、よーいスタート」
コーチの声に私は駆け出す。
流れる視界と風を切る体。
冬のちょっと冷たい空気が体を掠めていく。
陸上を始めたのもアニキの勧めだっけ。
アニキに置いていかれないよう一生懸命走っているうちに、いつしか私は走る事が好きになっていた。
いつも私の走っていく先にはアニキがいて……
「ふぅ……」
50メートルのラインを過ぎて、私はゆっくりとスピードを落とす。
今、アニキとあやのは遊園地にいる。
私の目指す先にはずっとアニキがいたけれど……
「アニキ、大丈夫かなぁ……」
火照る体を心地よく冷ましてくれる冷たい風。
この風が届くところで、アニキたちはうまくやってるのかな……


「みさちゃんみさちゃん、聞いて聞いて……」
部活が終わった頃にかかってきた電話。
もちろん発信はあやのから。
「おー、家に帰ったか。どうだった、あやの」
「うん、それがね……オッケーだって……」
そう言うあやのの声は、もうほとんど涙声になっている。
どうやらアニキもあやのも予想以上にうまくやっててくれたみたいだ。
ほっと胸をなでおろす。
「おう、よかったな、あやの」
「うん、これもみさちゃんのお陰だよ。ありがとう、みさちゃん……」
「だーっ、そんなに泣くなって。いいよ、次もおいしいクッキー焼いてきてくれれば」
「うん、ありがとう。本当に、ありがとう……」
泣きながらありがとうを続けるあやのを宥めるのも大変だった。
このぐらい、当然だろ。私はあやのの親友なんだから。
それからずっと、あやのは何度もありがとうを繰り返していた。
歩きながら電話をかけてたんで、パチンと折りたたみの携帯電話をたたむ頃にはもう家のすぐ側まで来ていた。
こくり、と唾を飲み込む音。
この家にいるのはアニキであって、アニキでない。
あいつはあやのの恋人。
ちょっぴり緊張しながら、玄関のドアを開けた。


「ただいま~、アニキ」
恐る恐る居間を覗く。
繰り返し聞こえる笑い声は、テレビのバラエティ番組のもの。
「アニキ?」
ソファーに座ったアニキはぼーっとテレビを見ているようで、その焦点はあっていない。
アニキの耳の側に口を寄せて……
「ただいま、アニキ!!」
「うおっ、お、おかえり、みさお」
驚いてソファーからずり落ちるアニキ。
おーい、アニキ。ぼーっとしすぎだ。
「で、どうだった? 遊園地は」
アニキの隣に座り、菓子に手を伸ばす。
柿の種……ぽりぽり。
「なぁ、みさお……」
「ん?」
「……ありがとな」
アニキは恥ずかしそうに鼻の頭をぽりぽりかきながら呟いた。
何について……ってのは、聞かないほうがいいだろ。私だってそれぐらい空気読めるってば。
あやのの気持ちにちっとも気づかなかったアニキでも、
さすがに私がこの舞台を用意したことくらいは分かったみたい。
「まーね。この埋め合わせは……そーだな。今度は三人で遊園地行くか。アニキのおごりで」
「たは~、小遣いの残り、厳しいんだが」
「年明けでいいよ。お年玉入るだろ?」
「うへっ、抜け目ねーなー。お前」
そのまま続く世間話も次第に話のネタが尽きてきて、
兄妹二人並んだソファーには少しの沈黙が流れた。
いつしか番組は恋愛ドラマに変わっている。
最近話題の二人が、画面の向こうで幸せそうに微笑んでいる。
いままで私たちには関係ない、ずっと遠くの星のことと思ってた恋愛。
けれども、すぐ隣にいるアニキも、ずっと親友のあやのも、そっちの世界に行っちまったんだよな。
そう考えると、私一人取り残されたみたいで……寂しい。
「なぁ、アニキ」
「ん、なんだ」
隣にいるアニキも、産まれた時からずっと一緒だったアニキなのに、どこか違って見えて、
ずっと一緒にいたアニキが、何だか離れていくような気がして。でも……
「あやのと、ずっと仲良くな」
そんなありふれた言葉しか、出なかった。
アニキは何も言わずに、私の頭にポンと手を置く。
小さい頃、よくしてくれたみたいに。くしゃくしゃと頭を撫でるアニキ。
でもその手はもう私のアニキのものじゃなくて、あやのの恋人のものなんだなって思ってしまった。










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コメント:
  • 普通で、いい話だ。
    GJ! -- 菜那史さん (2009-12-14 05:53:51)
  • 「普通な」いい話だ。
    癒されるゼ!
    gjだ! -- 名無しさん (2009-12-13 14:06:37)
  • 普通にいい話だ。 -- 名無しさん (2009-12-13 10:01:16)

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