- 彼女は遷移状態で恋をする こなたSide(4)
耳に、携帯電話の無機質な電子音が響く。
手元でずっと鳴り続けているから、とるのは簡単だ。
だけど、それに返事をする気力さえない。
誰からなんて、分かんない。
そういう設定……面倒だもん。
ここはもう、みゆき君の家じゃない。
私の家の……私の部屋。
その、ベッドの上。
「人と話すときぐらい、こっち見ろ!」
かがみの声が、まだ頭に響いてる。
耳に……頭の奥に。
私の顔に、彼の手の熱がまだ残ってる。
狭い部屋で、彼と二人。
そしてあんなに……距離が、近づいた。
鼻息がかかりそうなくらいに。
唇が、触れそうなくらいに。
心臓の鼓動の音が耳障りなほどに、鳴り響く。
そんな高鳴りも、無駄になるのが分かってる癖に。
私の心はみっともなく、暴れた。
そして、もう一つ響く声。
それは誰の? ……私、の。
「大嫌いッッ!」
なんで、あんな事を言ったんだろう。
あんな事を、言われたから?
多分そう。
きっと、そう。
「好きなわけないだろ」
心のカセットから声が再生される。
その度に私の胸に刺さった釘が、暴れだす。
そんな事言われたら……そう、返すしかない。
だって、好きじゃないんだから。
どんなに想っても、好きじゃないんだから。
想う?
誰が?
私が?
誰を?
かがみを?
あはっ。
あはははははっ、何それ。
そんなわけないじゃん。
あんなガサツで、乱暴で……あんな、酷い事言うやつ。
「悲しんでるだろうよ、お前の死んだ母親も!」
二人っきりの部屋で言われた言葉が、もう一度過ぎる。
分かってる。
分かってるよ、かがみ。
勢い、でしょ? うん……分かってる。
かがみが本気で、そんな事言うわけない。
私が馬鹿にするような事言ったから、怒って……思いもしないことを言ったんだよ。
分かってる。
分かってるのに……まただ。
胸の奥で、暴れてる。
そんな勢いで言った、酷い言葉じゃなくて……私の言葉が。
「大嫌いッッ!!」
心の再生機能は、リピートを続ける。
そうだ、言った。
言ってしまった。
思ってもいないのに、そんな事。
声を張り上げて、彼の頬を引っ叩いて。
言ってしまった。
勢いに任せて、その場の怒りに任せて。
そうだ、大嫌い。
嫌い、嫌いキライきらいきらいきらいきらい……。
その言葉を反芻して、体中に染み込ませていく。
抱えた枕は、勝手に濡れていた。
もう一度、電子音の羅列が頭に響く。
携帯から流れる音楽が、私の耳を劈く。
聞き覚えのある、洋楽。
この選曲は……かがみ。
良い曲だから、って言って私の携帯のを勝手に変えた。
だからかがみからかかってくる時はいつも、この曲。
……戻してなんかない。
だって……面倒だから。
矛盾した気持ちが、頭を侵食する。
大嫌い。
それを言われたかがみは、どんな気持ちだったんだろう。
……。
きっと、何んとも思ってない。
だってそうでしょ?
好きなわけ……ないんだから。
じゃあ、一緒だよ……嫌いと。
そうだよ、これで良かった。
あはは、何を悩んでるんだろう。
可笑しいね、馬鹿だよね。
これで……良かったんだよ。
嫌だもんね。
一緒に居たくなんかないよね。
だって……嫌いなんだから。
「ひ、くっ……うぅうう」
零れた涙の泉が、私の枕に染み込んで行く。
その海に飛び込めばきっと……死ねるのかな。
この毒に身を委ねれば……死ねるのかな。
この動悸の音を無視し続ければ……死ねないのかな。
「好きなわけないだろ」
大嫌い。
「好きなわけないだろ」
大嫌いっ。
「好きなわけないだろ」
大嫌いッッ!!
心の中で反響し続ける彼の言葉に、返事をし続ける。
だって、そう返すしかないから。
他にどう、返せばいい?
そうだよ、私だって一緒。
ほら、言い返してやればいい。
かがみの事なんか、好きなわけない。
好きじゃない。
嫌い。
大嫌い
大っ……。
「……好、き」
涙の海に溺れながら、助けを求める声が漏れた。
その微かな藁にしがみ付く事しか出来なくて。
漏らした言葉に、すがる事しか出来なくて。
だから、気がついてしまった。
気がつくしかなかった。
大嫌い。
心の言葉が響く。
嘘だ。
そんなの……嘘。
嫌いなわけ、ない。
だって私の中にはいつも彼が居て。
彼の隣りに居るだけで、楽しくて。
自然と、笑みがこぼれて。
ただ一緒に居たくて。
それだけで……幸せで。
気がつかなかったのはどうしてだろう。
そんなの……分かってる。
きっと、気がつきたくなかった。
気がつけばきっと、笑えなくなる。
彼の前で、いつものように。
気がつけばきっと、目を合わせられなくなる。
彼の前で、いつものように。
気がつけばきっと。
気がつけば……絶対。
心に突き刺さった釘から、毒が溢れる。
私の体を蝕み続ける毒。
それは簡単な、気持ち。
それに気がついた今は……もう、苦しくない。
痛いのはどうして?
――それが、毒だから。
苦しいのはどうして?
――それが、何の毒か分からないから。
それは恋という病。
愛という奇病。
好きという……毒。
どうして気がつかなかったんだろう。
どうして気がついてしまったんだろう。
どうして。
どうして……。
その毒が回り続ける限り、この痛みはとれることはない。
ジワジワと押し寄せる痛みに、全身が蝕まれていく。
だけどもう、苦しくはない。
だって、気がついたから。
気がついて……しまったから。
……。
手元でずっと鳴り続けているから、とるのは簡単だ。
だけど、それに返事をする気力さえない。
誰からなんて、分かんない。
そういう設定……面倒だもん。
ここはもう、みゆき君の家じゃない。
私の家の……私の部屋。
その、ベッドの上。
「人と話すときぐらい、こっち見ろ!」
かがみの声が、まだ頭に響いてる。
耳に……頭の奥に。
私の顔に、彼の手の熱がまだ残ってる。
狭い部屋で、彼と二人。
そしてあんなに……距離が、近づいた。
鼻息がかかりそうなくらいに。
唇が、触れそうなくらいに。
心臓の鼓動の音が耳障りなほどに、鳴り響く。
そんな高鳴りも、無駄になるのが分かってる癖に。
私の心はみっともなく、暴れた。
そして、もう一つ響く声。
それは誰の? ……私、の。
「大嫌いッッ!」
なんで、あんな事を言ったんだろう。
あんな事を、言われたから?
多分そう。
きっと、そう。
「好きなわけないだろ」
心のカセットから声が再生される。
その度に私の胸に刺さった釘が、暴れだす。
そんな事言われたら……そう、返すしかない。
だって、好きじゃないんだから。
どんなに想っても、好きじゃないんだから。
想う?
誰が?
私が?
誰を?
かがみを?
あはっ。
あはははははっ、何それ。
そんなわけないじゃん。
あんなガサツで、乱暴で……あんな、酷い事言うやつ。
「悲しんでるだろうよ、お前の死んだ母親も!」
二人っきりの部屋で言われた言葉が、もう一度過ぎる。
分かってる。
分かってるよ、かがみ。
勢い、でしょ? うん……分かってる。
かがみが本気で、そんな事言うわけない。
私が馬鹿にするような事言ったから、怒って……思いもしないことを言ったんだよ。
分かってる。
分かってるのに……まただ。
胸の奥で、暴れてる。
そんな勢いで言った、酷い言葉じゃなくて……私の言葉が。
「大嫌いッッ!!」
心の再生機能は、リピートを続ける。
そうだ、言った。
言ってしまった。
思ってもいないのに、そんな事。
声を張り上げて、彼の頬を引っ叩いて。
言ってしまった。
勢いに任せて、その場の怒りに任せて。
そうだ、大嫌い。
嫌い、嫌いキライきらいきらいきらいきらい……。
その言葉を反芻して、体中に染み込ませていく。
抱えた枕は、勝手に濡れていた。
もう一度、電子音の羅列が頭に響く。
携帯から流れる音楽が、私の耳を劈く。
聞き覚えのある、洋楽。
この選曲は……かがみ。
良い曲だから、って言って私の携帯のを勝手に変えた。
だからかがみからかかってくる時はいつも、この曲。
……戻してなんかない。
だって……面倒だから。
矛盾した気持ちが、頭を侵食する。
大嫌い。
それを言われたかがみは、どんな気持ちだったんだろう。
……。
きっと、何んとも思ってない。
だってそうでしょ?
好きなわけ……ないんだから。
じゃあ、一緒だよ……嫌いと。
そうだよ、これで良かった。
あはは、何を悩んでるんだろう。
可笑しいね、馬鹿だよね。
これで……良かったんだよ。
嫌だもんね。
一緒に居たくなんかないよね。
だって……嫌いなんだから。
「ひ、くっ……うぅうう」
零れた涙の泉が、私の枕に染み込んで行く。
その海に飛び込めばきっと……死ねるのかな。
この毒に身を委ねれば……死ねるのかな。
この動悸の音を無視し続ければ……死ねないのかな。
「好きなわけないだろ」
大嫌い。
「好きなわけないだろ」
大嫌いっ。
「好きなわけないだろ」
大嫌いッッ!!
心の中で反響し続ける彼の言葉に、返事をし続ける。
だって、そう返すしかないから。
他にどう、返せばいい?
そうだよ、私だって一緒。
ほら、言い返してやればいい。
かがみの事なんか、好きなわけない。
好きじゃない。
嫌い。
大嫌い
大っ……。
「……好、き」
涙の海に溺れながら、助けを求める声が漏れた。
その微かな藁にしがみ付く事しか出来なくて。
漏らした言葉に、すがる事しか出来なくて。
だから、気がついてしまった。
気がつくしかなかった。
大嫌い。
心の言葉が響く。
嘘だ。
そんなの……嘘。
嫌いなわけ、ない。
だって私の中にはいつも彼が居て。
彼の隣りに居るだけで、楽しくて。
自然と、笑みがこぼれて。
ただ一緒に居たくて。
それだけで……幸せで。
気がつかなかったのはどうしてだろう。
そんなの……分かってる。
きっと、気がつきたくなかった。
気がつけばきっと、笑えなくなる。
彼の前で、いつものように。
気がつけばきっと、目を合わせられなくなる。
彼の前で、いつものように。
気がつけばきっと。
気がつけば……絶対。
心に突き刺さった釘から、毒が溢れる。
私の体を蝕み続ける毒。
それは簡単な、気持ち。
それに気がついた今は……もう、苦しくない。
痛いのはどうして?
――それが、毒だから。
苦しいのはどうして?
――それが、何の毒か分からないから。
それは恋という病。
愛という奇病。
好きという……毒。
どうして気がつかなかったんだろう。
どうして気がついてしまったんだろう。
どうして。
どうして……。
その毒が回り続ける限り、この痛みはとれることはない。
ジワジワと押し寄せる痛みに、全身が蝕まれていく。
だけどもう、苦しくはない。
だって、気がついたから。
気がついて……しまったから。
……。
ねぇ、かがみ。
…。
……好き。
……好き。