kairakunoza @ ウィキ

予兆

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匿名ユーザー

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 (みなみ視点)


 体育祭が終わった、翌日の夕方。
「みなみちゃん。帰ろうっ」
 振り向くと、いつものように小柄な少女が私を呼んでいた。
「うん。ゆたか」
 私は小さく頷いてから、カバンを取り出し、彼女と一緒に教室を出る。

 ゆたかとは、今年の春、高校受験の当日に知り合った。
 洗面所で苦しげに呻いているゆたかの姿は、今でもはっきりと覚えている。
 ゆたかは、ハンカチを差し出したことを私よりも覚えており、制服採寸で
声をかけられた。そして、始業式で同じクラスになると、すぐに親しくなった。
 彼女自身は、自分の性格は引っ込み思案だと思っているけど、本当に内気な
私からみたら凄く人懐っこくて、あっという間に親友と呼ばれる間柄になった。

 ゆたかは、時々体調を崩すことがあり、保健委員の私はよく保健室に連れて行く。
 それでも、中学時代よりは体調は良好とのことらしい。
 私は、今まで病気らしい病気に罹ったことがないから、常に体調に不安を持ちながら
生活することの大変さを、頭で想像することしかできなかった。

 ゆたかの一番素敵なところは、やっぱり笑顔だと思う。
 愛くるしい顔から、たんぽぽのような微笑をみせられると、胸のあたりが
とても苦しくなってしまう。
 ゆたかに対する想いが、友人としての『好き』から、恋愛対象としての『好き』に
変わるまでは、大して時間はかからなかった。


 10月も半ばに差しかかると、夕暮れ時には冷気が忍び寄るようになってくる。
 コートが必要になるには、もう少し時間がかかるけど、昼の長さはかなり短くなってきて
5時を過ぎると、西の空は茜色に染まる。
 ゆっくりと沈んでいく夕陽を眺めながら、駅へと続く通学路を一緒に歩く時間はとても貴重だ。
 何気ない雑談でも、ゆたかと過ごすひとときは、どんな宝石より価値がある。

「それでね…… みなみちゃん」
 ゆたかが話を振って、私が頷いたり答えたりするパターンが多い。
 私は口下手で、率先して話題を振ることが今でも苦手だ。
「うん」
「こなたお姉ちゃんが、昨日、私の事をね」

 ずきっ―― 

 リアルな音が、胸に突き刺さる…… 気がした。
「泉先輩が? 」
 酷く乾いた口から辛うじて言葉が出る。
「『ゆーちゃんもよく眠るけど育ってないよね』っていうんだよ。
胸の事、気にしているのにっ」
 ぷうっと頬を膨らませる。可愛い。目の前がくらくらする程かわいいけど。
「あの、ゆたか? 」
「えっ…… なあに。みなみちゃん」
 ゆたかがきょとん、とした顔を向けてくる。

「泉先輩ってどんな人かな? 」
 私は、思い切って尋ねてみることにした。
「こなたお姉ちゃん? 」
「う…… うん 」
 ゆたかは柔らかそうな唇に人差し指をあてながら、暫し考え込んだ。


「憧れ、かなあ」
「あこがれって? 」
 胸がずきんと痛む。でも、続きを聞かずにはいられない。
「うん。こなたお姉ちゃんはとっても優しいし、それに、何でもできちゃう人だから」
「そ、そう…… 」
 昨日、行われた体育祭で、クラス対抗リレーのアンカーとして出場した泉先輩が、
なみいる陸上部員をごぼう抜きにして、見事1位になったシーンは鮮明に覚えている。
 あの小さい身体の何処にパワーが隠されているのだろうか。
 私は、ぼんやりと考えこみながら歩いていた時。
「みなみちゃん! 」
 急に腕をひかれて立ち止まり、次の瞬間――

 けたたましいクラクションを鳴らしながら、眼前を白い車が通り過ぎていった。

「みなみちゃん。大丈夫!? 」
 ゆたかの声がやけに遠い。
 目の前が真っ白になった私は、よろめくように後退して、歩道に植えられた
花壇の端に崩れるように座る。

「あっ…… 私…… 」
「みなみちゃん、危ないよ。赤信号だよ」
 心配げに差し出されたハンカチを受け取る。額に白い布を当てると
ぐっしょりと濡れている。
 これは交通事故に遭いそうになった為の汗だけか、それとも?

「少し、休んでいこうか。みなみちゃん」
「あ…… うん」
 私は、呆けたように座って、帰路を急ぐ生徒たちや、行き交う車を眺めている。
 ほどなくゆたかが戻ってきて、缶ジュースを差し出してくる。
「みなみちゃん。飲んで」
「う、うん」
 半ば反射的に受け取って、粒入りのオレンジジュースを喉に流し込む。
 甘味が口の中に拡がって、私は大きく息を吐き出した。


「ゆたか…… ありがと」
 もし、ゆたかが助けてくれなかったらと思うとぞっとする。
 死の顎をを辛うじて逃れえたことに、今更ながらに気づかされた。

「くすっ」
 しかし、ゆたかは小さく笑っている。
「なに? 」
「私、いつも助けられたり、守られたりばかりだから、みなみちゃんを
助けることができて、とても嬉しいんだ」
「ゆたか…… 」
 私は、愛しい人の名前を呼んで、ぎゅっと抱きしめた。
「み、みなみちゃん…… どうしたの? 」
 私の胸元に引き寄せたゆたかの体温が伝わって、とても温かい。
 それなのに、何故か瞼が熱くなってしまう。

「ゆたか。ごめん…… 」
「気にしないで。みなみちゃん」
 感情が昂ぶって、不安定になっている私を、ゆたかは優しく受けとめてくれた。

 暫くゆたかを抱きしめていると、ようやく普段の自分が戻ってくる。
「ありがとう。ゆたか」
「どういたしまして」
 無垢な微笑をみながら、ゆっくりと身体を離して、非日常から日常へと引き戻される。

 いつもと同じように、駅の構内で行き先が違うゆたかとは別れることになる。
「バイバイ、みなみちゃん」
「じゃあ」
 片手を振って、去っていく後姿を、見えなくなるまで眺めてから、私は歩き出した。
 電車に揺られている間、先程の出来事が脳裏に蘇る。

 泉先輩の存在が気にかかって、車に轢かれそうになって、ゆたかに救われた。

 私の心にわき上がった不安は、杞憂なんだろう。
 まさか、ゆたかが泉先輩を恋人として『好き』になるような事なんて、ありえないと思う。

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恋の後押しへ続く






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  • 久しぶりに読み返す -- 名無しさん (2013-08-26 00:56:56)
  • このシリーズは作者の最高傑作だと思う -- 九重龍太@ (2008-05-02 15:31:44)
  • ここからストーリーが始まっていくのかぁ・・・ -- アストラ (2008-01-28 23:45:34)

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