- 4.君よ、驕ることなかれ
■ノート その2
『同じものに甘えてはいけません。
それは貴方に、何も与えてはくれません。
違うものを恐れてはいけません。
それは貴方に、鍵を与えてくれるでしょう。』
『同じものに甘えてはいけません。
それは貴方に、何も与えてはくれません。
違うものを恐れてはいけません。
それは貴方に、鍵を与えてくれるでしょう。』
その短い手紙の内容が、頭の中で暴れる。
……それは最初、意味がまったく分からなかった。
でも、この状況に重なる意味はすぐに頭に浮かんできた。
これは私の推理だが……要は認識の差、じゃないかと思う。
つまり、私の……『平成』と『平安』の認識の差。
『同じものに甘えてはいけません』
同じもの……。
二つの世界の、『同じもの』。
……これはつかさや、峰岸を指すのかもしれない。
彼女たちは『同じ』だ。
私が知っている彼女たちが、そのまま映し出されている気がする。
じゃあ『違うもの』って何?
そう……答えはずっと出ていた。
その『違うもの』が出るたびに、私の心は違和感に包まれていった。
例えば……って例を挙げるのも馬鹿らしいか。
私はその違和感の一つに接触するために、こんな月夜に部屋を抜け出したのだから。
月夜に照らされる渡殿(わたりどの)を足音を殺しながら歩き、来客用の対屋(たいのや)に辿り着く。
今この対屋に居るのは内大臣様姫君の峰岸、その女房雑色数名。
……そして、もう一人。
そう、違和感の塊……日下部だ。
「あはははっ!」
場所はすぐに検討がついた。
日下部の笑い声が、邸に響いてたから。
その声を頼りに対屋を進むと、一つの部屋の前に辿り着く。
「いやー、今日は楽しかったなぁー」
「うふふ……みさちゃ……いぶんと……」
部屋の近くまで来るが、上手く会話が聞き取れない。
主に峰岸のが。
日下部のは無駄に響いてるけど。
どうやら部屋で二人、仲良くお喋りらしい。
峰岸が居るのは少し都合が悪いな、手紙にもそう書いてあるし。
……日下部が一人の時がいいかな。
「でも……目よ、……を忘れちゃ」
「大丈夫だってばっ、こちとら春宮の……むがぁっ!」
辺りに人影がないのを確認し、耳をすます。
だがその時、軽快に叫んでいた声が止まる。
どうやら峰岸に口を塞がれたらしい。
でも、確かに聞こえた。
春宮(はるのみや)……?
これは所謂、特殊な言い回しだ。
現代で言うところの『皇太子』……つまり天皇の第一子、次期帝候補のことを指す。
そりゃ、内大臣の妻ともなれば関係くらいはあるだろう。
でも今、何でその話題が日下部から?
やっぱり日下部もよほどの位の人物なのか?
それも春宮の直属とか、それほどの。
「みさちゃん、駄目よ。注意しないと……」
「へいへい、今日はもう寝よっかな。明日も早いし」
その声と共に中の音が激しくなる。
私の動悸も同じだ。えとえと、か、隠れなきゃっ。
今ここで見つかるのは、かーなーりまずいっ!
「んじゃ、おやすみー」
「ええ、おやすみなさい」
蔀戸(しとみど)が開くと、峰岸の声もはっきり聞こえる。
そしてそこから日下部が現れ、自分の用意された部屋まで歩いていこうとする。
曲がり角の死角に隠れていた私も、ゆっくり日下部の後をつけていく。
さて、どうしよう。
違うものに接触しようと決めたのはいいが……どうしたらいいかはまだ考えてない。
何より日下部の素性すら、完全には分かっていない。
はたしてあれを信用していいものか。
『違うものを恐れてはいけません』
恐れるな、って言われても。
いや、それより問題なのは次か。
『それは貴方に鍵を与えてくれるでしょう』
……鍵、ねぇ。
鍵といっても千差万別だ。
それが絶対に必要である、というのがしっくりくる。
でもヒント、ともとれなくもない。
そう考えると……この行動は早計な気がしてきた。
こんなことをするより、昨日破り捨てたノートを探したほうが建設的かも。
肝心な一文が未だに思い出せないんだよなぁ。
ええと……『何か』を見つけるのが必要なんだっけ。
……駄目だ、まるで思い出せない。
それが分かれば、『鍵』の意味も汲み取れるかもしれないのに。
「あ……」
その時だった。
視界に入っていた日下部が消える。
消えたというか、曲がったわけだ。
それを見失わないように、私も駆け足で曲がり角まで急ぐ……はずだった。
「!」
「はーい、止まった止まった」
首筋に冷たいものが当たる。
それが最初何か分からなくて、戸惑う私の前に居たのは……日下部だった。
「動いたら掻っ切るよー」
「ひっ……」
声を失った。
私の喉元に突きつけられているのは、脇差……鈍く光る、刃だった。
「あれ? なんだ、ちびっ子のお付じゃん」
私の顔が月夜に照らされてようやく見えたのか、何とか脇差を収めてくれた。
はぁ……生きた心地がしなかった。
「何か用? 尾けるのはよくないぜー?」
「あ、え……と、少し、話があって」
「話?」
まだ首に残る感触に戸惑いながらも、何とか言葉を振り絞る。
「へぇ、ふぅん、ほー」
と何故か変な声を漏らす。
「そっか、じゃあいいよ。部屋そこだから入んなよ」
「えっ……う、うん」
そして何故か、部屋に誘われた。
も、もしかして何かの光明?
普通自分を尾行してた人を部屋になんかあげないわよね?
やっぱり、日下部には何かある。
もしかしたら『鍵』の存在も分かるかもっ!
自分の推理が当たった喜びから、私は浮かれる。
だから……忘れてた。
相手はあの、日下部みさおだということを。
……それは最初、意味がまったく分からなかった。
でも、この状況に重なる意味はすぐに頭に浮かんできた。
これは私の推理だが……要は認識の差、じゃないかと思う。
つまり、私の……『平成』と『平安』の認識の差。
『同じものに甘えてはいけません』
同じもの……。
二つの世界の、『同じもの』。
……これはつかさや、峰岸を指すのかもしれない。
彼女たちは『同じ』だ。
私が知っている彼女たちが、そのまま映し出されている気がする。
じゃあ『違うもの』って何?
そう……答えはずっと出ていた。
その『違うもの』が出るたびに、私の心は違和感に包まれていった。
例えば……って例を挙げるのも馬鹿らしいか。
私はその違和感の一つに接触するために、こんな月夜に部屋を抜け出したのだから。
月夜に照らされる渡殿(わたりどの)を足音を殺しながら歩き、来客用の対屋(たいのや)に辿り着く。
今この対屋に居るのは内大臣様姫君の峰岸、その女房雑色数名。
……そして、もう一人。
そう、違和感の塊……日下部だ。
「あはははっ!」
場所はすぐに検討がついた。
日下部の笑い声が、邸に響いてたから。
その声を頼りに対屋を進むと、一つの部屋の前に辿り着く。
「いやー、今日は楽しかったなぁー」
「うふふ……みさちゃ……いぶんと……」
部屋の近くまで来るが、上手く会話が聞き取れない。
主に峰岸のが。
日下部のは無駄に響いてるけど。
どうやら部屋で二人、仲良くお喋りらしい。
峰岸が居るのは少し都合が悪いな、手紙にもそう書いてあるし。
……日下部が一人の時がいいかな。
「でも……目よ、……を忘れちゃ」
「大丈夫だってばっ、こちとら春宮の……むがぁっ!」
辺りに人影がないのを確認し、耳をすます。
だがその時、軽快に叫んでいた声が止まる。
どうやら峰岸に口を塞がれたらしい。
でも、確かに聞こえた。
春宮(はるのみや)……?
これは所謂、特殊な言い回しだ。
現代で言うところの『皇太子』……つまり天皇の第一子、次期帝候補のことを指す。
そりゃ、内大臣の妻ともなれば関係くらいはあるだろう。
でも今、何でその話題が日下部から?
やっぱり日下部もよほどの位の人物なのか?
それも春宮の直属とか、それほどの。
「みさちゃん、駄目よ。注意しないと……」
「へいへい、今日はもう寝よっかな。明日も早いし」
その声と共に中の音が激しくなる。
私の動悸も同じだ。えとえと、か、隠れなきゃっ。
今ここで見つかるのは、かーなーりまずいっ!
「んじゃ、おやすみー」
「ええ、おやすみなさい」
蔀戸(しとみど)が開くと、峰岸の声もはっきり聞こえる。
そしてそこから日下部が現れ、自分の用意された部屋まで歩いていこうとする。
曲がり角の死角に隠れていた私も、ゆっくり日下部の後をつけていく。
さて、どうしよう。
違うものに接触しようと決めたのはいいが……どうしたらいいかはまだ考えてない。
何より日下部の素性すら、完全には分かっていない。
はたしてあれを信用していいものか。
『違うものを恐れてはいけません』
恐れるな、って言われても。
いや、それより問題なのは次か。
『それは貴方に鍵を与えてくれるでしょう』
……鍵、ねぇ。
鍵といっても千差万別だ。
それが絶対に必要である、というのがしっくりくる。
でもヒント、ともとれなくもない。
そう考えると……この行動は早計な気がしてきた。
こんなことをするより、昨日破り捨てたノートを探したほうが建設的かも。
肝心な一文が未だに思い出せないんだよなぁ。
ええと……『何か』を見つけるのが必要なんだっけ。
……駄目だ、まるで思い出せない。
それが分かれば、『鍵』の意味も汲み取れるかもしれないのに。
「あ……」
その時だった。
視界に入っていた日下部が消える。
消えたというか、曲がったわけだ。
それを見失わないように、私も駆け足で曲がり角まで急ぐ……はずだった。
「!」
「はーい、止まった止まった」
首筋に冷たいものが当たる。
それが最初何か分からなくて、戸惑う私の前に居たのは……日下部だった。
「動いたら掻っ切るよー」
「ひっ……」
声を失った。
私の喉元に突きつけられているのは、脇差……鈍く光る、刃だった。
「あれ? なんだ、ちびっ子のお付じゃん」
私の顔が月夜に照らされてようやく見えたのか、何とか脇差を収めてくれた。
はぁ……生きた心地がしなかった。
「何か用? 尾けるのはよくないぜー?」
「あ、え……と、少し、話があって」
「話?」
まだ首に残る感触に戸惑いながらも、何とか言葉を振り絞る。
「へぇ、ふぅん、ほー」
と何故か変な声を漏らす。
「そっか、じゃあいいよ。部屋そこだから入んなよ」
「えっ……う、うん」
そして何故か、部屋に誘われた。
も、もしかして何かの光明?
普通自分を尾行してた人を部屋になんかあげないわよね?
やっぱり、日下部には何かある。
もしかしたら『鍵』の存在も分かるかもっ!
自分の推理が当たった喜びから、私は浮かれる。
だから……忘れてた。
相手はあの、日下部みさおだということを。
「まぁ適当に座んなよ、ってそっちのが詳しいかー。あははっ」
笑いながら蔀戸を閉める日下部。
確かにこの来客用の邸も、体の方の記憶にはある。
なのでまぁ、私は知らないのと同じか。
とりあえず腰掛けると、その対面に日下部も腰を下ろす。
「それで、えっと……話っていうのが、ね」
……と、そこで考えが固まる。
しまった、まるで整理してなかった。
違う人? 鍵? 手紙?
ええと、どうしようどうしよう。
やばい、テンパってきた!
早くしないとまた、いつ月光が雲に遮られるか分からないのに。
ああ、なのに考えれば考えるほど頭がこんがらがって……。
「あははっ、大丈夫大丈夫」
「え……」
「何も言わなくていいぜっ、分かってるってば」
ポンッと、日下部の両手が私の両肩を叩く。
慌ててる私を、落ち着かせてくれようとしているみたい。
まさか、日下部に気を遣われる日が来るなんて……。
でも落ち着いたのは、本当だ。
……私は誤解してたのかも。
日下部はもっと適当で、人のことなんて考えてないヤツなのかと思ってた。
でも今はこうやって私を慰めてくれて……ん?
何だか、顔が近くないか?
ゆっくりこっちに寄って来て、そのまま……。
「って何をしてる何を!」
唇が触れそうなくらい、日下部の顔が近くにあった。
そこで私の声に気がつき、勢いが止まる。
「何って……接吻?」
「なんであんたとんなことせにゃならんのよっ!」
「えーだって、夜這いに来たんじゃないの?」
……。
ええと。
まず深呼吸。
そして肩の力を抜いて、脇を絞って、えぐりこむように……打つべしっ!
「みぎゃぁっ!」
思い切り顎を打ち抜いてやった。
どうやら……私の推理は、はずれだったみたいだ。
「な、何すんのさーっ。そっちが誘ったのにぃ」
「誰が誘うかっ!」
つまりは、無駄足。
見直した自分が馬鹿だった。
今のこいつはただの節操のない猿と一緒じゃないか!
「はぁ……こんなのが春宮の直属のはずないか」
「?」
思わず口からため息と共に。愚痴が零れた。
すると、妙な表情をみせる日下部。
「へー、ふぅん、ほー」
と、最初の感嘆の言葉を口にしながらまた日下部が近づいてくる。
身構えたが、今度は正面ではなく横から。
「おっかしいなぁー、春宮の話なんて君の前でした覚えがないんだけど」
「あ……」
そして……気がついた。
口を滑らせたことを。
「何で君、知ってるのかな?」
「うっ……」
私の肩を脇息にみたてて、そこに肘を置く。
笑いながら蔀戸を閉める日下部。
確かにこの来客用の邸も、体の方の記憶にはある。
なのでまぁ、私は知らないのと同じか。
とりあえず腰掛けると、その対面に日下部も腰を下ろす。
「それで、えっと……話っていうのが、ね」
……と、そこで考えが固まる。
しまった、まるで整理してなかった。
違う人? 鍵? 手紙?
ええと、どうしようどうしよう。
やばい、テンパってきた!
早くしないとまた、いつ月光が雲に遮られるか分からないのに。
ああ、なのに考えれば考えるほど頭がこんがらがって……。
「あははっ、大丈夫大丈夫」
「え……」
「何も言わなくていいぜっ、分かってるってば」
ポンッと、日下部の両手が私の両肩を叩く。
慌ててる私を、落ち着かせてくれようとしているみたい。
まさか、日下部に気を遣われる日が来るなんて……。
でも落ち着いたのは、本当だ。
……私は誤解してたのかも。
日下部はもっと適当で、人のことなんて考えてないヤツなのかと思ってた。
でも今はこうやって私を慰めてくれて……ん?
何だか、顔が近くないか?
ゆっくりこっちに寄って来て、そのまま……。
「って何をしてる何を!」
唇が触れそうなくらい、日下部の顔が近くにあった。
そこで私の声に気がつき、勢いが止まる。
「何って……接吻?」
「なんであんたとんなことせにゃならんのよっ!」
「えーだって、夜這いに来たんじゃないの?」
……。
ええと。
まず深呼吸。
そして肩の力を抜いて、脇を絞って、えぐりこむように……打つべしっ!
「みぎゃぁっ!」
思い切り顎を打ち抜いてやった。
どうやら……私の推理は、はずれだったみたいだ。
「な、何すんのさーっ。そっちが誘ったのにぃ」
「誰が誘うかっ!」
つまりは、無駄足。
見直した自分が馬鹿だった。
今のこいつはただの節操のない猿と一緒じゃないか!
「はぁ……こんなのが春宮の直属のはずないか」
「?」
思わず口からため息と共に。愚痴が零れた。
すると、妙な表情をみせる日下部。
「へー、ふぅん、ほー」
と、最初の感嘆の言葉を口にしながらまた日下部が近づいてくる。
身構えたが、今度は正面ではなく横から。
「おっかしいなぁー、春宮の話なんて君の前でした覚えがないんだけど」
「あ……」
そして……気がついた。
口を滑らせたことを。
「何で君、知ってるのかな?」
「うっ……」
私の肩を脇息にみたてて、そこに肘を置く。

いまや、立場逆転。
冷や汗が流れ、返事に躊躇してしまう。
「まさか、大納言家の女房が盗み聞きなんてしないよなー? それも、内大臣姫君様のを、なんて」
確実に答えの出ている質問で、私の真綿を閉めていく。
「えと、いや、だからそれは……」
「返事は、考えてからのほうがいいぜー?」
今朝の牛車のことが頭を過ぎる。
そこでこなたに、私が説いたじゃないか。
貴族社会というものの、重さを。
大納言家の女房が、内大臣姫君の会話を盗み聞きしていた?
そんなのが知れわたっただけで、大納言家の問題にすぐに発展する。
下手をすれば……うう、あまり考えたくない。
「んー、そだなー。黙っててあげてもいいけど」
「えっ?」
日下部の提案が、私の耳を通り過ぎる。
え、と……今、何て?
「ちびっ子が可哀想なことになるのも、目覚めが悪いしなぁ」
と、私の後ろから私の体に手を回す。
ま、またこいつは何をっ!
「でもタダって言うのは、虫が良すぎるだろー?」
「……」
日下部の言葉が耳元で聞こえる。
今や後ろから羽交い絞め、と言った感じ。
でもまだ拘束されているわけじゃない。
右手は私の髪を弄び、左手はただ私の体に絡み付いているだけ。
少し前に力を入れれば、簡単に抜け出せるだろう。
でも、それをすれば……。
……。
「い、いい……わよ」
声を必死に振り絞った。
怖くないはずがなかった。
今から私は、体を預けるんだ……日下部に。
「へー? 即決かぁ、女房の鏡だね」
「……自分の尻拭いぐらい、自分でするだけよ」
「ふぅーん」
と、日下部の手が私の頬に触れる。
それにビクンと体が反応するのが、妙に恥ずかしかった。
「震えてる……初めてとか?」
「……」
答えてやる義理は、ない。
「うん……強情なところも可愛い」
ゆっくりと日下部の顔が近づいてくる。
最初と、同じ状況。
違うのはもう、逃げられないということ。
それに私は……目を閉じることしか出来なかった。
「……ぷっ」
だが、その唇が触れる直前……日下部から声が漏れる。
「あっははは、いーね。気に入ったー!」
そのまま、私の体を解放した。
その感触に気がつき恐る恐る眼を開けると、日下部の笑顔が迎えてくれた。
「冗談だってば冗談、いくらなんでもそりゃ卑怯だよなー」
「なっ……」
悪気のない笑顔に、怒りのやり場を失う。
うう、人が折角覚悟を決めたのにっ!
今頃になって思い出して顔が熱くなってきた。
いつか仕返ししてやるっ。
ってそんなことよりっ!
「そ、それで結局……黙っててくれるの?」
「んー、どうしよっかな。それはそれ、これはこれだし」
なんだそりゃ!
恥のかき損かよっ!
「あ、そうだ」
するとそこで、わざとらしく棒読みで日下部が思いついたような仕草をする。
「実は今手が足りなくてさー、手伝って欲しい事があるんだよなー」
そのままもったいぶって、私の返事を待つ。
……この野郎。
「何よそれ……手伝えってわけ?」
「あははっ。まぁ、そんなとこかな」
とまた笑う。
もしかしてこいつ……それが狙いだったな、口を滑らせた辺りから。
その後のくだりはじゃあ、遊んでたのかっ!
くぅ、手玉に取られた。
かなり悔しいっ。
「はぁ……いいわよ。何をすればいいの?」
どうせ断れないのを分かって言ってるんだ。
乗ってやろうじゃないか。
「ああ、明日にまた伝えるよ。『正式に』」
「?」
またもったいぶった言い方。
正式に?
何それ、どういうことよ。
「明日になってのお楽しみかなーっ、あはははっ」
この笑い声がまた憎らしい。
結局これだけからかわれて……収穫は、恥だけ。
なんという時間の無駄!
「分かったわ……じゃあ、また明日に」
どうせ夜まで私は出てこないけど。
月が出るまでに終わらないかな、その用事。
ぶっちゃけもう、関わりたくないのが本音だし。
「んー、あれ? 話があったんじゃないの?」
「……もう、いい」
酷く、疲れた。
何が鍵だ、何が違うものだ。
馬鹿な推理で突っ走るもんじゃない。
調子に乗ると良くないな、今度から気をつけよう。
……いや待て、収穫がもう一つあったか。
日下部との約束。
何をさせられるかは知らないけど、どうせロクな事にはならない気がする。
まぁ適当に相手して、適当に事を荒立てないよう、適当に乗り切ろう。
日下部相手なんだ、それで十分でしょ?
はぁ……名前出しただけで疲れた。
いいから早く部屋に戻って寝よう。
体のほうの私も、少しは休ませないといけないしね。
冷や汗が流れ、返事に躊躇してしまう。
「まさか、大納言家の女房が盗み聞きなんてしないよなー? それも、内大臣姫君様のを、なんて」
確実に答えの出ている質問で、私の真綿を閉めていく。
「えと、いや、だからそれは……」
「返事は、考えてからのほうがいいぜー?」
今朝の牛車のことが頭を過ぎる。
そこでこなたに、私が説いたじゃないか。
貴族社会というものの、重さを。
大納言家の女房が、内大臣姫君の会話を盗み聞きしていた?
そんなのが知れわたっただけで、大納言家の問題にすぐに発展する。
下手をすれば……うう、あまり考えたくない。
「んー、そだなー。黙っててあげてもいいけど」
「えっ?」
日下部の提案が、私の耳を通り過ぎる。
え、と……今、何て?
「ちびっ子が可哀想なことになるのも、目覚めが悪いしなぁ」
と、私の後ろから私の体に手を回す。
ま、またこいつは何をっ!
「でもタダって言うのは、虫が良すぎるだろー?」
「……」
日下部の言葉が耳元で聞こえる。
今や後ろから羽交い絞め、と言った感じ。
でもまだ拘束されているわけじゃない。
右手は私の髪を弄び、左手はただ私の体に絡み付いているだけ。
少し前に力を入れれば、簡単に抜け出せるだろう。
でも、それをすれば……。
……。
「い、いい……わよ」
声を必死に振り絞った。
怖くないはずがなかった。
今から私は、体を預けるんだ……日下部に。
「へー? 即決かぁ、女房の鏡だね」
「……自分の尻拭いぐらい、自分でするだけよ」
「ふぅーん」
と、日下部の手が私の頬に触れる。
それにビクンと体が反応するのが、妙に恥ずかしかった。
「震えてる……初めてとか?」
「……」
答えてやる義理は、ない。
「うん……強情なところも可愛い」
ゆっくりと日下部の顔が近づいてくる。
最初と、同じ状況。
違うのはもう、逃げられないということ。
それに私は……目を閉じることしか出来なかった。
「……ぷっ」
だが、その唇が触れる直前……日下部から声が漏れる。
「あっははは、いーね。気に入ったー!」
そのまま、私の体を解放した。
その感触に気がつき恐る恐る眼を開けると、日下部の笑顔が迎えてくれた。
「冗談だってば冗談、いくらなんでもそりゃ卑怯だよなー」
「なっ……」
悪気のない笑顔に、怒りのやり場を失う。
うう、人が折角覚悟を決めたのにっ!
今頃になって思い出して顔が熱くなってきた。
いつか仕返ししてやるっ。
ってそんなことよりっ!
「そ、それで結局……黙っててくれるの?」
「んー、どうしよっかな。それはそれ、これはこれだし」
なんだそりゃ!
恥のかき損かよっ!
「あ、そうだ」
するとそこで、わざとらしく棒読みで日下部が思いついたような仕草をする。
「実は今手が足りなくてさー、手伝って欲しい事があるんだよなー」
そのままもったいぶって、私の返事を待つ。
……この野郎。
「何よそれ……手伝えってわけ?」
「あははっ。まぁ、そんなとこかな」
とまた笑う。
もしかしてこいつ……それが狙いだったな、口を滑らせた辺りから。
その後のくだりはじゃあ、遊んでたのかっ!
くぅ、手玉に取られた。
かなり悔しいっ。
「はぁ……いいわよ。何をすればいいの?」
どうせ断れないのを分かって言ってるんだ。
乗ってやろうじゃないか。
「ああ、明日にまた伝えるよ。『正式に』」
「?」
またもったいぶった言い方。
正式に?
何それ、どういうことよ。
「明日になってのお楽しみかなーっ、あはははっ」
この笑い声がまた憎らしい。
結局これだけからかわれて……収穫は、恥だけ。
なんという時間の無駄!
「分かったわ……じゃあ、また明日に」
どうせ夜まで私は出てこないけど。
月が出るまでに終わらないかな、その用事。
ぶっちゃけもう、関わりたくないのが本音だし。
「んー、あれ? 話があったんじゃないの?」
「……もう、いい」
酷く、疲れた。
何が鍵だ、何が違うものだ。
馬鹿な推理で突っ走るもんじゃない。
調子に乗ると良くないな、今度から気をつけよう。
……いや待て、収穫がもう一つあったか。
日下部との約束。
何をさせられるかは知らないけど、どうせロクな事にはならない気がする。
まぁ適当に相手して、適当に事を荒立てないよう、適当に乗り切ろう。
日下部相手なんだ、それで十分でしょ?
はぁ……名前出しただけで疲れた。
いいから早く部屋に戻って寝よう。
体のほうの私も、少しは休ませないといけないしね。
――違うものを恐れてはいけません。
――それは貴方に、鍵を与えてくれるでしょう。
――それは貴方に、鍵を与えてくれるでしょう。
(続)
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