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妹つかさ

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毎朝時計代わりになっているテレビの朝のニュースは、次々と師走らしい話題を運んでいる。
話題が切り替わって、昨日決まった今年の世相を表わす漢字は 「偽」だと告げている。
私はその言葉に、そんな気分だった二年前の高校入学直後の自分を思い出した。


-あの時-

 二年前の春、貼り出された合格発表の前で、私は隣にいるつかさの番号を先に探していた。
模試の合否判定でもずっと安全圏にいた私と違い、つかさはかなり無理をして私と同じこの高校を受験したからだ。
「あったよ私の番号っ!おねえちゃん」
家を出るときから泣き出しそうな顔だったつかさの表情が緩み嬉し涙を流す。
 私の不安と心配の半分の荷が降りた。いや、つかさには悪いが、試験の出来も自信のあった私はほぼ安心して自分の番号を探した。
「えっ?お姉ちゃん!」
つかさの声が耳に入ると同時に、私は凍りついた。
なぜか私の番号はなかった。
元々自分のことよりも誰かのことを気にするつかさの涙は、うってかわって私への涙に変わった。

 泣き止まないつかさを連れて何とか帰宅した。
玄関に迎え出た家族は、私たちの様子を見てかける言葉を選んでいたのか一瞬の沈黙が訪れた。もちろんその沈黙を破ったのはまつり姉さんだった。
「あれ?やっぱりつかさは、だめだったの?」

ぱんっ!

信じられない程の強さでまつり姉さんの頬を張り倒したのはつかさだった。
「何で、何で!うえ…うえっ……」
つかさは、はずみで壁に倒れかかったまつり姉さんの胸ぐらを掴んで押し付けたまま嗚咽を漏らしている。さすがに、もうつかさには結果を家族に報告するだけの余裕はなさそうだ。
それが切っ掛けで私にしがみ付いていたつかさが離れた時、私は取りあえず目先の責務を果たすために言った。
「合格はつかさ、不合格は私!」
言い捨てると、家族の言葉を待つことなく足早に自室へ駆け込んだ。

 これも性格なのかと自分でも嫌になったが、私は気付いたら律儀に部屋着に着替ていた。何気なく本棚に目をやると、合格発表まで封印と思って隅にまとめていた、未読のラノベの新刊数冊が目に留まった。
とても内容を楽しめるとは思えなかったが、字面を追うだけでも気が紛れるかなと思い、その一冊を手に取ってベッドに横たわった。
その振動のせいか受験で整理が乱雑になっていた本棚から物の落ちる音がした。
見ると数冊の参考書と、皮肉なことにその内の一冊に挟んであった数枚の模試の成績表が床に散らばっていた。既に無意味になった役立たずの数字が並ぶ紙切れを拾う気にならず、そのまま手にしたラノベの字面を追っていた。

その後私は、先に合格していた私立のとある学園に入学した。


-そして今-

「お姉ちゃん、どうしたの?」
そんな事を思い出しながらテレビに目をやっていた私に、登校の支度が出来たつかさが声をかけてきた。
つかさは、自分ひとりでは授業についていけないからと言って、結局合格した公立高校には行かなかった。
私と一緒に合格していた同じ私立の学園に入学した。それが決して私への同情ではなかったので、私とつかさの姉妹の関係が歪む事もなかった。宿題や試験の時には私に頼って来たりとか色々な事もあったけれど、つかさと一緒に送った高校生活ももう終わりに近づいている。年が明ければ一緒に卒業だ。

 つかさは調理師になるために専門学校へ行くかと思ったが、できるならその前に、料理の元となる素材の段階からの広い知識を得たいからと食品化学や栄養学関係の学科を持つ短大受験の準備もしている。ただ美味しいだけの料理以上のものを目指しているようだ。台風一家の件が堪えたのか、新聞や報道番組にも目を向けるようになり、最近は食の安全に敏感になっている。案の定さっきのニュースに関連して食品偽装のことを口にした。

 私も、きちんと今の自分の志を叶える為の手段として志望の大学と学部を選んで、それを実現するための努力として受験勉強を進めている。概ね順調だが受験のための勉強とは別に心掛けている事もある。
志のとおりの分野に進むにつれて、より求められるであろう幅も厚みもある実のある知識をつける事を意識している。


-つかさ-

 あの公立高校の合格発表の日、私は今考えれば視野が狭いといわざるを得ない自信過剰の自分への恥ずかしさと絶望感で逃げ出したかった。けれどそれを押し止めたのは理性や思考ではない。今考えると恥ずかしいけれどつかさの前での姉としてのあるべき姿という思い込みだった。つかさがいなければ逃げ出したまま家に帰れず、色んな感情に流されて馬鹿なことをしていたかもしれない。

 合格発表の後、私は部屋にあったわずかなお菓子以外に食物を取らなかった。
そんな私をそっとしておいてくれたつかさは、3日目に自分が作った食事を私の前に置いた。
「お姉ちゃんが食べるまで私も食べない!」
つかさのハンストに私は折れるしかなかった。

 高校入学後も私はさほど努力せずに、ある程度の成績を保つ為に登校し授業を受けているだけだった。
私なりには誇りにしていたがちょっときつめな容姿なので、こちらから声をかけないと友人が出来る事はない。わかっていたがそれでもいいと思っていたので、実習や実技の便宜上のグループ以外には関わりのない人になっていた。
自分の受験の失敗を知られている負い目か、同じ中学出身の峰岸や日下部をも避けていた。

 暫くして面白い友達ができたからと、つかさが昼休みに一人で昼食を取る私を自分のクラスに連れ出すようになったので完全に独りぼっちにはならなかった。
後で峰岸から聞いて知ったのだが、つかさは中学時代に料理研究会で面識のあった峰岸のところに、それまでも幾度かクラス内での私の様子を訊ねに来たらしい。つかさは、私が自分のクラスや友人の事を話さない事を案じていたのかも知れない。

 そしてつかさに紹介された二人、こなたとみゆき。
つかさがいなければ、生涯の悪友以上の関係になりそうなコイツ…こなたと知り合うことはなかった。
みゆきとは委員会で知り合っただろうが、つかさとこなたがいなければ委員会の顔見知り以上にはならなかっただろう。むしろ、成績上の競争相手としかみなさなかったかもしれない。
 二人とつかさを交えて日常を楽しんでいる内に、私の中でつまらない価値観で固まっていた自分が解放されていった。
 こなたやみゆきと連休と夏休みを共に過ごした頃には二人の事を親友と思えるようになった。二人に会えた事の歓びから受験の事に負の感情はなくなった。峰岸や日下部とも中学の頃と同様のクラスメイトの関係に戻れた頃につかさの一件を知った。そして、その後これらの仲間と充実した高校生活を送ることができた。 


-偽-

 それは学園入学当初のあの頃の気持ちだ。
受験自体が目的になっていた私は志望校でない教室にいる自分のすべてが、偽りの存在であるような気がしていた。
あの受験結果が気まぐれな神様のサイコロ遊びだったのか重厚な運命の導きなのかは私には分からない。けれど、つかさがいなければ、私は偽りの自分に閉じこもって、新しい友も得られず旧知の友人をも失い、得るものの乏しい高校生活をあのまま送ってきただろう。

 けれどつかさのおかげで、私は旧知の友人も失わずに済み、高校生活の大部分を共有した新しい親友も得た。そして、偽りでない志を胸に抱いた今の私がいる。人生と言うにはまだ短いが、その中で屈指の分かれ道でつかさがこちら側へ導いてくれたのは間違いない。その頃のつかさ自身の心の内は分からないけれど。


 それらの事をつかさに感謝を込めた気持ちと共に訊ねてみたこともあった。
けれど、つかさはいつもの通りの笑顔で言った。
「わたしがお姉ちゃんと一緒にいたかっただけだから」


つかさは、つかさ以外の何者でもないつかさ、私の妹。






☆他の作品もお読みいただければ嬉しいです27-243作者ページ

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  • うわぁ···俺は二次試験で受かっただけにかがみの気持ちが解るような··· -- 名無しさん (2008-05-12 18:11:52)


















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