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ヒヨリー最期の日

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だれでも歓迎! 編集
「ただいまー」
「お邪魔します……」
 田村ひよりと岩崎みなみ。午後の田村家の敷居をくぐったのは、この二人だけという珍しい組み合わせだった。
「今、家の人誰もいないから」
 これがもし男と女ならさぞかし意味深な台詞になるだろうなぁ……などとどうでもいいことをひよりは考える。
「お茶入れてくるから、私の部屋で待ってて」
「うん……」
 言われた通り、階段の方へ向かうみなみ。相変わらず言葉少なく、表情も乏しい。
(うーん……結構慣れたつもりだったけど、小早川さんいなくて二人きりだと、やっぱりちょっと気まずいなぁ)
 台所でお茶の支度をしながら、ひよりはそんなことを思う。
「でも何だろ? 岩崎さんが私に折り入って話って……」

 今日のお昼休みでのこと。みなみがひよりに「二人だけで話したいことがある」と言った。
 もしこの時、ひよりがネタ出しに詰まるなどでテンパり度MAXだったりしたら、色々深読みしたり妄想膨らませたり大暴走していたかもしれない。幸か不幸かそのようなことはなかったが。

 そんなわけで、学校が終わってから、みなみはひよりの家に寄ったわけである。
「お待たせ」
 お茶とお菓子を乗せたお盆を手に自室へ入ると、みなみは大人しく坐っていた。ひよりは内心ホッとする。
 こういう時、こうやパティならここぞとばかりにロストマウンテンを掘り起こしていたりするから油断がならない。もっとも、みなみがそのような行動に出るのはとても想像できないが。
「それで岩崎さん、話したいことって?」
 向かい合って胡座をかき、ひよりは話を切り出す。みなみは「うん……」と頷いたきり、しばし黙然としていた。
(……話しにくいことなのかな……私に悩み相談とかするとも思えないし……)
 気まずい静寂に耐えるひより。みなみはやがて、重々しく口を開いた。
「実は……この前、田村さんが描いた漫画を読んだんだけど……」
「ブッ……!?」
 ひよりは口に含んでいたお茶を気管に入らせる。
「げほっ、げほっ」
「大丈夫……?」
 むせるひよりを、みなみが心配げに見ている。ひよりは「大丈夫」と言い返そうとするが、なかなか声が出ない。
「げほっ……だ、だい……だいじょう、ぶ……それで、えっと……私の、本、見たの?」
「うん……」
 頷くみなみの頬が、心なしか赤いのはどういうことか。ひよりの心臓は盛大な早鐘を打っている。
「ど……どれを、読んだの?」
「○○△△っていう題の……」
「ウボァー!?」
 みなみが挙げたタイトルはまさにドンピシャ。ゆたか×みなみをモデル(あくまでモデル)にした成人向け作品だった。これはある意味、黒歴史を発掘されるよりきつい。
「そ、それは、その、小早川さんが……?」
「いや、泉先輩が……こっそり見せてくれたというか……」
(泉先輩自重しろ! いやむしろあれ描いた時の私自重しろ!)
 ちなみにみなみが読んだ漫画は、胸がないことを悩む女子高生が「揉めば大きくなる説」を試そうと同性の親友に頼み、お互い戸惑いながら行為に及ぶうちにだんだんと気持ちが昂ぶり……というベッタベタな内容だ。
(ああぁぁあぁぁ、殺して! いっそ殺して~!)
 頭を抱えて身もだえるひより。
 今すぐみなみの頭部を開いて、脳にあるあの漫画の記憶の部分をレーザーで焼き切ってしまいたい。それがダメならもうマリアナ海溝より深い穴を掘って埋まってしまいたい。そんな思考が渦巻く。
 しかしその漫画を読んだことで、みなみから話があるとは何だろう。
(ま、まさか岩崎さん達をモデルにしてるのがばれてる!? そのことで私に報復を!? むしろお仕置きを!? いやぁぁぁっ、クールなボイスでなじられるーっ!)
 既にひよりの脳内ではみなみが「変態! 変態! 変態!」と罵る映像(綾瀬さとみ画)が絶賛上映中だ。別にその想像で快感を得たりしているわけではない。多分。

「あ゛あ゛あ゛あ゛~……」
「……あの」
「はうあっ!?」
 芋虫のように体を丸めて奇妙なうめき声を上げていたひよりは、みなみに呼びかけられてたちまち意識を取り戻す。
「話を続けていい……?」
「ど、どうぞ!」
 ひよりはたちまち襟元を正して正座する。普段とは違う意味で高テンションになっていた。
「その漫画の……内容についてなんだけど……」
 ひよりの心音が跳ね上がる。内容について――それはやはり、ばれているということか。そのことについてなのか。いざとなれば自身の佩刀(トーン用カッター)で切腹することも念頭にしながら、ひよりはみなみの話を静聴する。
「あの漫画で、描いていたのは、その……」
 みなみは微かに赤くなった顔を俯かせ、恥ずかしそうに言葉を擦れさせている。
 もはやこれまで――そう思い、ひよりは土下座して謝ろうかと身を乗り出しかけた。
「あれは、その……前にも言ってた、実体験……?」
「……はい?」
 話の雲行きが想像と違っていて、ひよりは目を丸くする。
「変なこと聞いてごめん……その……前にゆたかと、話していた……漫画のネタを、実体験から出す、って……」
 みなみは何やら焦った様子で言葉を重ねる。表情に乏しいので分かりづらいが、かなり恥ずかしがっていた。
「……あー」
 ひよりはおぼろげに、みなみの言わんとすることが分かってきた。あの漫画では、主人公の女の子は努力の甲斐(?)あって少しばかりのバストアップに成功したというのが話の締めだったのだ。
「つまり、胸を大きくするのに成功したっていうのが私の実体験なのかってこと?」
 確認のため尋ねると、みなみは黙ってコクコクと頷く。安堵したひよりは、大きなため息をついた。
(よかった~ばれてなかった~……)
 しかしこのような状況で焦ることのないよう、今後二人をモデルに漫画を描くのは自粛しよう。そう固く心に誓うひよりだった。……数日後「のど元過ぎれば熱さを忘れる」を地でいくことになるが。
「残念だけど、あれは実体験とかじゃなくて……まあ、適当にそれっぽいネタを色んなとこから拾い集めただけというか」
「そう……」
 みなみは残念そうに声を落とす。わざわざこれだけのために、ひよりの家まで来て話をする機会を作ったのだろう。
(そんなにまで胸が無いの気にしてたんだ……私も有るか無いかでいえば無い方だから、ちょっとは気持ち分かるけど)
 しかしここまで気にするのは、何か理由でもあるのだろうか。若干の好奇心に突き動かされて、ひよりは尋ねてみる。
「岩崎さん、どうしてそんなに胸が無いの気にしてるの? スレンダーなのも悪くないし、顔も端正で十分魅力的だけどなぁ」
「そんなこと……」
 みなみは俯かせた顔を横に振る。謙遜しているような気配は無い。本気で自分を大したことないと思っているのなら、ずいぶんもったいない話だ。
(歩く萌え要素である高良先輩、究極の萌やしっ子小早川さん……岩崎さんはあの二人に並んでも、決して見劣りしないポテンシャルを秘めている。それは間違いない)
 胸が無いのを気にするのも、それはそれで萌えなのだが、気にしすぎてネガティブ思考まで行くのはいただけない。
「立ち入ったことならごめんだけど……何か理由が?」
 ひよりの言葉に、みなみはしばらく沈黙した後、
「憧れ、だから……」
 呟くように、そう答えた。
「憧れ?」
「うん……」
「それはつまり――」
 ひよりは想像力を働かせ、その名を出す。
「高良先輩への?」
「……うん」
 微かに頬を染めながらも、みなみは真摯な目でひよりを見返し、頷いた。
(うわぁ……これもある意味、一途な乙女だなぁ……)
 みなみにとってみゆきは、家がご近所ということもあり、幼い頃から姉妹のように仲良くしていた。その頃からみゆきはみなみにとって、憧れのお姉さんであったわけだ。
 時は流れ、みゆきはその柔らかな人柄に見合う豊かな肢体へとすくすく成長した。それに比べてみなみは身長こそすくすく伸びたものの、ボディラインという面では非常に貧しいと言わざるを得ず。
 そんなこんなで、みなみは自分の体型、分けても胸の無さにコンプレックスを抱いたわけだ。あるいは「みゆきさんのようになりたい」「胸の問題」この二つがみなみの中で不可分になっているのか。
 ことの経緯は分かったが、ひよりはというと、
(みゆ×みな……これは良い! 実に良い! でもこの二人だとどっちが攻めでも行けそうな気がするし、いっそ岩崎さんが高良先輩にカミカゼアタックよろしくその胸に飛び込――って自重しろ私! さっきもうやらないって誓ったばっかだろ!)
 妄想世界に片足突っ込んで慌てて引き返していた。

「えーと……事情は大体分かったよ。確かに高良先輩って、頭良くて美人でスタイル抜群でお嬢様で眼鏡っ子で天然ドジっ子で他にも色々萌え要素満載――」
「あの、途中からよく分からない……」
「とと……まあともかく、岩崎さんが憧れるっていうのも分かるよ、うん」
 軽く咳払いして、ひよりは言葉を続ける。
「あらゆる面で高良先輩みたいな人が、岩崎さんの理想なんだね。だから胸が無いのが気になってしまう、と」
「うん……」
 理想。
 そんなものは他人に求めるものではない。自分が理想になればいいのだ。……そんなことを言ったのは誰だったか。
(……『動物のお医者さん』の漆原教授だったっけ、確か)
 まあそれはともかく。
「でも全部理想をかなえるのは無理な話だし、他の面でもっと近づけたらいいんじゃないかな?」
「それは、そうだけど……でも……」
 みなみは歯切れ悪く言葉を詰まらせる。
(無い物ねだり、ってのもあるのかな……)
 手に入らないとなれば無性に欲しくなる。その気持ちはひよりにも分かる。
(でも、ものが胸だしなぁ……豊胸については多分岩崎さんの方がよっぽど知ってるだろうし、私が教えられることも無いし――)
 短くない沈黙の中、ひよりは何度も胸のうちで思考を繰り返し、ようやく口を開いた。
「急に私の話で恐縮なんだけど――」
「……?」
「私も漫画描く上で、理想っていうか、ああなれたらいいなって人が何人かいるの。絵が上手かったり、ストーリーの切り口が凄かったり、キャラの立ち方が半端じゃなかったり……。
 商業や同人を問わず、その人の本を読んでいると、雲より高い塔を見上げてるような気分になる。そんな人達。
 自分が今立ってるのは、まだまだ全然低い場所で、何とか高みまで行きたくて足を動かすけど、いつまで経ってもそこにたどり着ける気配すら感じられない」
「……」
 辿々しく話すひよりの言葉を、みなみはじっと黙って聞いている。相変わらずの無表情。だが、真剣に聞いてくれているのは分かった。
「でも、それだけ絶望的であっても、私は足を止める気にはなれない。何でか分かる?」
「どうして……?」
「漫画を描くのが好きだから。だからやめられないし、やめる気にもならない」
「……」
「それに、高みに行こうとして行けない人もいるけど、行こうとせずに行く人は絶対にいないからね。だから……えーと、その」
 ここまで話しておいて、ひよりはみなみの悩みの問題と上手く繋げることができず言葉に詰まる。
(何て言おうとしたんだっけ……頭の中では何かいけそうだったのに、こういうのって実際口に出すと難しいなぁ……)
「えと……岩崎さんもさ、こうなりたいっていう自分があるなら、諦めず努力は続けるべきだと思うよ。うん」
 長い台詞の割に、どうにも締まらない落ちになってしまった。ひよりの服の下は、緊張と恥ずかしさのせいで嫌な汗がびっしょりだ。
(こんな話されて、岩崎さんもリアクションに困るよねぇ……)
 何か考え込むように俯き黙っているみなみの様子をうかがいながら、ひよりは聞こえない程度にため息をつく。
「田村さん」
「はいっ?」
 不意に呼びかけられ、ひよりは居住まいを正す。
「ありがとう。とてもいい話だった……」
(……お世辞だよねぇ?)
 ひよりはそう思うのだが、みなみはあくまで真剣な目をしている。
「私も、みゆきさんのことが好きだから、諦めずに頑張ってみようと思う。今日は話が出来て良かった……」
 そう言って、みなみは柔らかく微笑んだ。
「――っ!」
 けれんや含みなど全くない、真っ直ぐな微笑。ゆたかの笑顔とはまた違う種類で純粋なそれに、ひよりは不覚にもドキリとした。
(うぉわぁ……これはヅカ的な意味で破壊力大。小早川さんも落ちるわけだわ)←別に落ちてはいない。
 みなみはふと部屋の時計に目をやった。
「そろそろ……」
「あ、そうだね」
 みなみの家は都内ということもあり、あまり長居するのはよろしくない。ひよりは家の外まで見送ることにする。
「それじゃ岩崎さん、また明日ね」
「うん、また明日」
 小さく手を振るみなみの表情は、心なしか普段よりも明るい。何となくだが、ゆたかといる時の表情に近い気がする。
 ひよりはというと、今日は柄にもなくくさいことを言ったり、話ベタなところをさらしただけだが、どこか気分は清々しい。
(あの漫画読まれたのはショックだったけど……ちょっと打ち解けられたみたいだし、結果オーライかな)
 少し距離の詰まった友人を見送りながら、ひよりはそんなことを思った。


おわり




















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  • 漆原教授とはw
    なつかしいw -- 名無しさん (2009-03-11 00:42:56)
  • ひよりの意見に激しく同意。
    自分も他の趣味でそういう人達がいるし好きだから諦めないで頑張れる
    自分にピンポイントでしたw -- 名無しさん (2008-05-03 20:06:02)
  • >別にその想像で快感を得たりしているわけではない。
    いや、どうだろうw -- 名無しさん (2008-02-29 19:33:11)
  • いい話です、まあひよりんは周りの人物を普段からよく見ているからね -- 名無しさん (2008-02-26 21:46:58)

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