『4seasons』 秋/静かの海(第三話)より続く
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
§6
「親父、まだ漁に出てるんだって。身体は大丈夫なのか?」
「ああ。なに、海じゃ七十くらいじゃまだまだ現役だ。お前みたいな町のもんと一緒にするな」
くにおさんは、そうじろうさんの問いかけを鼻で笑って、ぐいっとお酒をあおった。
「危ないから止めてって、云ってはいるんだけどね」
なつこさんが、お酌をしながら苦笑する。
「はっ! 嫁にそんな心配されるほど俺はもうろくしてないぞ。大体うちの息子どもは揃って
銀行員だとか小説家だとか軟派な職業に就きおってからに。だから船を譲って引退することも
できんのじゃないか!」
タン、と少し強めに湯飲みをテーブルにおいて、そうじろうさんとそうたろうさん、息子二人を
にらみつけた。
くにおさんは、人の良さそうな見た目に反して、意外なほど男気溢れる人だった。地方の
旧家には、きっとこういう昔ながらの家父長めいた人が今も沢山いるのかもしれない。
場の雰囲気は全体的に和やかな様子だったから、これも一種の愛情表現で、殊更に激昂
しているわけではないのだろう。
私たちがいるのは、畳敷きの二間続きの部屋だった。
普段はふすまを閉めて別の部屋として使っているのだろうけれど、今は開け放されて、
そこに大きなテーブルが置かれている。
お刺身やたたき、酒蒸ししたあわびの肝醤油和えや、細かく切って三つ葉や椎茸と一緒に
詰め直したさざえの壺焼きなど、海の幸が豊富な食卓だった。
大人達はさっそくお酒を酌み交わしていて、私はそうじろうさんの隣で借りてきた猫みたいに
ちょこんと座り、話について行こうと必死だった。
――そして肝心のこなたはというと。
軽く食べ終わったあと、板張りの廊下で白熱電球のオレンジ色の灯りを浴びながら、私を
放ってすぐる君とひたすらモンスターハンターにいそしんでいるのだった。
こんなところまで連れてきた張本人のくせに、私を完全に放置。
こなたがそういう奴だというのはわかっていたけれど。わかっていて惚れた私が悪いの
だけれど、でもちょっとだけ泣きそうだった。
「まあ、兄貴はともかく、俺は反論のしようもないからな。小説家なんて、やくざな商売だよ」
「何を云うかなこいつは。この町で、僕のことは知らなくとも、お前のことを知っている人は
多いよ。三島賞作家様」
微笑むそうたろうさんの言葉に、苦虫をかみつぶしたような表情をするそうじろうさんだった。
「うへぇ、やめてくれよ兄貴、あれはそんな賞じゃないぞ。だいたい作家っていうだけで
皆何か期待するけど、俺はただぐちゃぐちゃ絵空事を書いてるだけだからな。昔の、知識人と
一体になった文豪のイメージで見られると、いたたまれないよ俺」
「大丈夫だよ、お父さん! お父さんのこと知ってる私の友達は、みんな小説家にそんな
まともなイメージもってないから~」
「そうよね、確かにそうじろうさんを見てると、やくざな商売っていうのもわかる気がするわ、
って何を云わせるんだ何を!」
思わず突っ込んでから、しまったと思った。
やっとこなたが話に入ってくれて、それが明らかに私に振った言葉だったから、つい
いつも通りに突っ込んでしまったのだけれど。
場の空気を無視するにもほどがある。
こなたの親族に少しでもいい印象を与えたいという私の努力は、ことごとく空回りして
いくのだった。
幸い、場は爆笑に包まれたのだけれど。それはそれで忸怩たるものがあるのだった。
顔が熱くなっていくのを感じながらこなたの方を眺めると、いつもの猫口になって
ニヤニヤしていた。それが憎たらしくて、小さく拳を握ってこづく振りをすると、ぺろりと
舌を出した。
「お姉ちゃん、クエスト出発するよー」
「あ、ごめんごめん」
すぐる君の言葉に、慌ててPSPに視線を落とすこなただった。
ちらり、と。
すぐる君が私を上目遣いでみる。
視線が合ったら慌てて目をそらしたけれど、なんだか余り良い感情をもたれていない
ように感じた。
なんだろう。特に何か会話を交わしたわけでもないのに。最初は照れているのかなと
思ったけれど、どうもそういう様子でもなく、なんだかよくわからなかった。あの年頃の
男の子のことなんて何も知らないから、なんとも判断のしようがないのだ。
それにくらべたら、ゆみちゃんは凄くわかりやすい。
最初はこなたたちと一緒にモンスターハンターをやっていたのだけれど、「おまえすぐ
死ぬんだもん」というすぐる君の身も蓋もない発言によって追い出されてしまい、いまは
そうたろうさんにべたべたとひっついている。
その甘え方とへその曲げ方は、幼い頃のつかさのようだった。
ふと、見つめている私と目があって、ゆみちゃんはちょっとだけ照れくさそうな顔をした。
そこで私は隔意をもたれないように、とっておきの笑顔を浮かべて話しかける。
「ね、そのリボン、凄く可愛いね。お母さんに結んでもらったの?」
「……あ。えと、これは自分で……」
少し頬を染めてもじもじと頭をなでつけるゆみちゃんだった。
「わあ、凄いじゃない。私なんて、ゆみちゃんくらいの時は毎日お母さんに結んでもらってたよ?」
「え、えへへ……。でも本当は三つ編みが好きなの。それは自分一人じゃできないから、
お母さんにやってもらうんだけど」
「あ、それじゃ私編んであげようか?」
「え、ほんとー? わーい」
ゆみちゃんは、とてとてと歩いてきて私の前にちょこんと座った。
どことなくこなたの髪質に似ていると思った。癖はなくてさらさらとしているけれど、
触ってみると強さも併せ持っている。そんな、こなたみたいな髪質だった。
ゆみちゃんが楽しそうに身体を揺すっているから、私もそれがなんだか嬉しくって、
一緒にうきうきしながら髪の毛を編み込んでいった。
そんな私たちを、なつこさんはにこにこしながら見つめていて、目が合うとウィンクして
笑いかけてくれる。
少しだけ名誉挽回できたかなと思う。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、なんて。昔の人は良い諺を作ったと思う。
馬も将も手に入って、一石二鳥で幸せなのだった。
こなたの方をみると、なんだか今にもとろけそうな顔でこちらを眺めていた。
いいからあんたはゲームにでも集中してろよ。
そんな思いを込めてぷいと視線を逸らす。
そのときPSPからなにやら陰惨な音楽が流れてきた。それと同時にこなたの「あー!
ちんだー!」という叫び声と、すぐる君の「何やってんの姉ちゃん。そんな攻撃当たるなよぉ」
という呆れ声。
いい気味だ。心の中でニシシと笑った。
「ああ。なに、海じゃ七十くらいじゃまだまだ現役だ。お前みたいな町のもんと一緒にするな」
くにおさんは、そうじろうさんの問いかけを鼻で笑って、ぐいっとお酒をあおった。
「危ないから止めてって、云ってはいるんだけどね」
なつこさんが、お酌をしながら苦笑する。
「はっ! 嫁にそんな心配されるほど俺はもうろくしてないぞ。大体うちの息子どもは揃って
銀行員だとか小説家だとか軟派な職業に就きおってからに。だから船を譲って引退することも
できんのじゃないか!」
タン、と少し強めに湯飲みをテーブルにおいて、そうじろうさんとそうたろうさん、息子二人を
にらみつけた。
くにおさんは、人の良さそうな見た目に反して、意外なほど男気溢れる人だった。地方の
旧家には、きっとこういう昔ながらの家父長めいた人が今も沢山いるのかもしれない。
場の雰囲気は全体的に和やかな様子だったから、これも一種の愛情表現で、殊更に激昂
しているわけではないのだろう。
私たちがいるのは、畳敷きの二間続きの部屋だった。
普段はふすまを閉めて別の部屋として使っているのだろうけれど、今は開け放されて、
そこに大きなテーブルが置かれている。
お刺身やたたき、酒蒸ししたあわびの肝醤油和えや、細かく切って三つ葉や椎茸と一緒に
詰め直したさざえの壺焼きなど、海の幸が豊富な食卓だった。
大人達はさっそくお酒を酌み交わしていて、私はそうじろうさんの隣で借りてきた猫みたいに
ちょこんと座り、話について行こうと必死だった。
――そして肝心のこなたはというと。
軽く食べ終わったあと、板張りの廊下で白熱電球のオレンジ色の灯りを浴びながら、私を
放ってすぐる君とひたすらモンスターハンターにいそしんでいるのだった。
こんなところまで連れてきた張本人のくせに、私を完全に放置。
こなたがそういう奴だというのはわかっていたけれど。わかっていて惚れた私が悪いの
だけれど、でもちょっとだけ泣きそうだった。
「まあ、兄貴はともかく、俺は反論のしようもないからな。小説家なんて、やくざな商売だよ」
「何を云うかなこいつは。この町で、僕のことは知らなくとも、お前のことを知っている人は
多いよ。三島賞作家様」
微笑むそうたろうさんの言葉に、苦虫をかみつぶしたような表情をするそうじろうさんだった。
「うへぇ、やめてくれよ兄貴、あれはそんな賞じゃないぞ。だいたい作家っていうだけで
皆何か期待するけど、俺はただぐちゃぐちゃ絵空事を書いてるだけだからな。昔の、知識人と
一体になった文豪のイメージで見られると、いたたまれないよ俺」
「大丈夫だよ、お父さん! お父さんのこと知ってる私の友達は、みんな小説家にそんな
まともなイメージもってないから~」
「そうよね、確かにそうじろうさんを見てると、やくざな商売っていうのもわかる気がするわ、
って何を云わせるんだ何を!」
思わず突っ込んでから、しまったと思った。
やっとこなたが話に入ってくれて、それが明らかに私に振った言葉だったから、つい
いつも通りに突っ込んでしまったのだけれど。
場の空気を無視するにもほどがある。
こなたの親族に少しでもいい印象を与えたいという私の努力は、ことごとく空回りして
いくのだった。
幸い、場は爆笑に包まれたのだけれど。それはそれで忸怩たるものがあるのだった。
顔が熱くなっていくのを感じながらこなたの方を眺めると、いつもの猫口になって
ニヤニヤしていた。それが憎たらしくて、小さく拳を握ってこづく振りをすると、ぺろりと
舌を出した。
「お姉ちゃん、クエスト出発するよー」
「あ、ごめんごめん」
すぐる君の言葉に、慌ててPSPに視線を落とすこなただった。
ちらり、と。
すぐる君が私を上目遣いでみる。
視線が合ったら慌てて目をそらしたけれど、なんだか余り良い感情をもたれていない
ように感じた。
なんだろう。特に何か会話を交わしたわけでもないのに。最初は照れているのかなと
思ったけれど、どうもそういう様子でもなく、なんだかよくわからなかった。あの年頃の
男の子のことなんて何も知らないから、なんとも判断のしようがないのだ。
それにくらべたら、ゆみちゃんは凄くわかりやすい。
最初はこなたたちと一緒にモンスターハンターをやっていたのだけれど、「おまえすぐ
死ぬんだもん」というすぐる君の身も蓋もない発言によって追い出されてしまい、いまは
そうたろうさんにべたべたとひっついている。
その甘え方とへその曲げ方は、幼い頃のつかさのようだった。
ふと、見つめている私と目があって、ゆみちゃんはちょっとだけ照れくさそうな顔をした。
そこで私は隔意をもたれないように、とっておきの笑顔を浮かべて話しかける。
「ね、そのリボン、凄く可愛いね。お母さんに結んでもらったの?」
「……あ。えと、これは自分で……」
少し頬を染めてもじもじと頭をなでつけるゆみちゃんだった。
「わあ、凄いじゃない。私なんて、ゆみちゃんくらいの時は毎日お母さんに結んでもらってたよ?」
「え、えへへ……。でも本当は三つ編みが好きなの。それは自分一人じゃできないから、
お母さんにやってもらうんだけど」
「あ、それじゃ私編んであげようか?」
「え、ほんとー? わーい」
ゆみちゃんは、とてとてと歩いてきて私の前にちょこんと座った。
どことなくこなたの髪質に似ていると思った。癖はなくてさらさらとしているけれど、
触ってみると強さも併せ持っている。そんな、こなたみたいな髪質だった。
ゆみちゃんが楽しそうに身体を揺すっているから、私もそれがなんだか嬉しくって、
一緒にうきうきしながら髪の毛を編み込んでいった。
そんな私たちを、なつこさんはにこにこしながら見つめていて、目が合うとウィンクして
笑いかけてくれる。
少しだけ名誉挽回できたかなと思う。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、なんて。昔の人は良い諺を作ったと思う。
馬も将も手に入って、一石二鳥で幸せなのだった。
こなたの方をみると、なんだか今にもとろけそうな顔でこちらを眺めていた。
いいからあんたはゲームにでも集中してろよ。
そんな思いを込めてぷいと視線を逸らす。
そのときPSPからなにやら陰惨な音楽が流れてきた。それと同時にこなたの「あー!
ちんだー!」という叫び声と、すぐる君の「何やってんの姉ちゃん。そんな攻撃当たるなよぉ」
という呆れ声。
いい気味だ。心の中でニシシと笑った。
大人たちの会話を聞くともなしに聞いていた。
そうじろうさんのお父さん、くにおさんは漁師をしていて、お兄さんのそうたろうさんは銀行に
勤めているらしい。すぐる君は十一歳の五年生で、ゆみちゃんは八歳の二年生。くにおさんの
奥さんだったしずえさんが亡くなってから、なつこさんが専業主婦としてこの家をきりもりして
いるようだった。
時々、網元のお嬢さんという単語が、くにおさんの口から飛び出すことがある。誰のこと
だろうと思っていたけれど、問いかけるようにそうじろうさんに顔を向けたら「かなたのことだよ」
と教えてくれた。
そうか、幼なじみなんだっけ。そんな基本的な情報を思い出す。
それにしても網元のお嬢さんとはまたなんと古式ゆかしい単語なのだろう。昔の庄屋と
小作農のような制度が、まだ地方の町では息づいているのだろうか。気にはなったけれど、
それは少し聞きづらかった。みゆきに聞けばきっとすぐさま答えてくれたのだろうけれど、
生憎ここには私一人しかいない。学校ではいつも一緒のみゆきもつかさも、あやのやみさおも
いないのだ。
こなたも、すぐる君に連れられてどこか別の部屋に行ってしまった。
「WiiやろうよWii!」
そう云ってせがむすぐる君をこなたは断ることができず、引っ張られるままについていった。
わかっている、こなたはそういう奴なのだ。
――自分を頼ってきてくれる人を、好意を寄せてくれる人を、近寄ってきてくれる人を、
邪険に扱うことができない。
自分のことにはどこまでもずぼらなのに、こと他人に対しては途端に細やかな配慮を
してしまう、そんな奴だ。自分を慕ってくれる従兄弟の頼みを無碍に断ることができるような
子じゃない。
わかっていた。わかっていて惚れた私が悪いのだけれど、それは少しだけ寂しかった。
でも、去り際に私に心からすまなそうな顔をしてみせてくれただけで、惚れた弱みか、
そんなことでもすぐに許してしまえるのだ。
「それにしても、すぐる君、すっごくこなたになついてますよね」
ふと会話がとぎれたところで、気に掛かっていた話題を振ってみた。
「ああ、最近はこなたが来る度にべったりだ。なんだか俺にはわからん外国語でぺちゃくちゃ
話してるが、最近の若者のするこたあ、とんとわからんな」
くにおさんは首を傾げている。
「お父さんは僕やそうじろうがパソコン弄っていたときから同じこと云ってたじゃないか」
そう云ってそうたろうさんがカラカラと笑う。
「でも、かがみちゃんだって、随分ゆみちゃんになつかれてるだろう?」
そうじろうさんの言葉に、私の膝の上に乗っていたゆみちゃんが、少し恥ずかしそうにする。
「え、えへへ……。なんかかがみお姉ちゃんって、本当のお姉ちゃんみたいな気がするんだもん…」
「ふふ、よかったねゆみ、お姉ちゃんができて」
鼻の頭をちょこんと小突いて、なつこさんが云う。
「でもこの子結構人見知りするのよ。初対面の人にこんなになつくの、珍しいんだから」
「……あ、あー。その、私にも妹がいまして。ゆみちゃんって、その子のちっちゃいころに
そっくりなんです」
「え。お姉ちゃん、妹いるんだー。いいなー。私もかがみお姉ちゃんの妹になりたい!」
「まあ、それもいいわね。でもゆみ、それって私の娘じゃなくなるってことよ?」
「……え。そ、それも困るぅー!」
あたふたと手を振るゆみちゃんをみて、私となつこさんは笑った。
そうじろうさんのお父さん、くにおさんは漁師をしていて、お兄さんのそうたろうさんは銀行に
勤めているらしい。すぐる君は十一歳の五年生で、ゆみちゃんは八歳の二年生。くにおさんの
奥さんだったしずえさんが亡くなってから、なつこさんが専業主婦としてこの家をきりもりして
いるようだった。
時々、網元のお嬢さんという単語が、くにおさんの口から飛び出すことがある。誰のこと
だろうと思っていたけれど、問いかけるようにそうじろうさんに顔を向けたら「かなたのことだよ」
と教えてくれた。
そうか、幼なじみなんだっけ。そんな基本的な情報を思い出す。
それにしても網元のお嬢さんとはまたなんと古式ゆかしい単語なのだろう。昔の庄屋と
小作農のような制度が、まだ地方の町では息づいているのだろうか。気にはなったけれど、
それは少し聞きづらかった。みゆきに聞けばきっとすぐさま答えてくれたのだろうけれど、
生憎ここには私一人しかいない。学校ではいつも一緒のみゆきもつかさも、あやのやみさおも
いないのだ。
こなたも、すぐる君に連れられてどこか別の部屋に行ってしまった。
「WiiやろうよWii!」
そう云ってせがむすぐる君をこなたは断ることができず、引っ張られるままについていった。
わかっている、こなたはそういう奴なのだ。
――自分を頼ってきてくれる人を、好意を寄せてくれる人を、近寄ってきてくれる人を、
邪険に扱うことができない。
自分のことにはどこまでもずぼらなのに、こと他人に対しては途端に細やかな配慮を
してしまう、そんな奴だ。自分を慕ってくれる従兄弟の頼みを無碍に断ることができるような
子じゃない。
わかっていた。わかっていて惚れた私が悪いのだけれど、それは少しだけ寂しかった。
でも、去り際に私に心からすまなそうな顔をしてみせてくれただけで、惚れた弱みか、
そんなことでもすぐに許してしまえるのだ。
「それにしても、すぐる君、すっごくこなたになついてますよね」
ふと会話がとぎれたところで、気に掛かっていた話題を振ってみた。
「ああ、最近はこなたが来る度にべったりだ。なんだか俺にはわからん外国語でぺちゃくちゃ
話してるが、最近の若者のするこたあ、とんとわからんな」
くにおさんは首を傾げている。
「お父さんは僕やそうじろうがパソコン弄っていたときから同じこと云ってたじゃないか」
そう云ってそうたろうさんがカラカラと笑う。
「でも、かがみちゃんだって、随分ゆみちゃんになつかれてるだろう?」
そうじろうさんの言葉に、私の膝の上に乗っていたゆみちゃんが、少し恥ずかしそうにする。
「え、えへへ……。なんかかがみお姉ちゃんって、本当のお姉ちゃんみたいな気がするんだもん…」
「ふふ、よかったねゆみ、お姉ちゃんができて」
鼻の頭をちょこんと小突いて、なつこさんが云う。
「でもこの子結構人見知りするのよ。初対面の人にこんなになつくの、珍しいんだから」
「……あ、あー。その、私にも妹がいまして。ゆみちゃんって、その子のちっちゃいころに
そっくりなんです」
「え。お姉ちゃん、妹いるんだー。いいなー。私もかがみお姉ちゃんの妹になりたい!」
「まあ、それもいいわね。でもゆみ、それって私の娘じゃなくなるってことよ?」
「……え。そ、それも困るぅー!」
あたふたと手を振るゆみちゃんをみて、私となつこさんは笑った。
そのなつこさんもくにおさんの所にいってしまって、私とゆみちゃんで取り残された感じになった。
大人達はなんだかいつのまにか真面目な話に突入しているようで、息を潜めて真剣な口調で
喋っていた。
「ねぇ、東京って、いいところ?」
腕のなか、私の顔を見上げてゆみちゃんが云う。
「うーん、どうかなぁ。賑やかで色々なものがあるわね」
「たんぼも畑も山もなくって、明るくて綺麗なところなんだよね?」
「そうねぇ。でもうるさくて人が沢山いて、危ないこともあるわよ。行ってみたいの?」
「うん。東京行きたい。ここ嫌い」
ゆみちゃんは、前を向いてきっぱりと云う。
「……そっか」
ここにも良いところは沢山あると思うけれど。潮の香りや穏やかな空気や、暖かい人たちや。
でもそんなものは多分、首都圏に住んでいる私たちのおごりなのかもしれないとも思う。
文明社会にいつでも戻れることを前提として、素朴な原始的社会を懐かしむような、そんな傲慢さ。
私は何も云えなくなってしまって、ゆみちゃんを抱きかかえて頭にこつんとあごを乗せた。
ふと視線を上にあげると、鴨居の欄干に飾ってある何葉かの写真が目についた。古色を帯びた
白黒写真で、それぞれちゃんと額に入れられている。写っているのは私が今までみたことがない
人たちばかりだった。
「ね、ゆみちゃん、あの人たちって誰かな?」
「あ、あれはね。えっと、一番左のがお祖母ちゃん。私は会ったことないんだけど……」
和装でにこやかに微笑む老婦人は、あまりこなたには似ていなかった。きっとあの子は
母方の血筋を強くひいているのだろう。こなたの部屋でみたかなたさんの写真は、本人と
間違えるほどよく似ていたから。
「その右は?」
「あれはね、お祖父ちゃんのお父さんとお母さん。戦争に行く前に撮ったんだって。でも
お父さんは帰ってこなかったってお祖父ちゃんは云ってた」
軍服姿できりりと正面を見つめる男の人は、そうじろうさんによく似ていた。隣で貞淑そうに
微笑むモンペ姿の女性のその後の生涯は、どういうものだったのだろう。
「その右はね……うーんと、うーんと、わかんない」
古ぼけた銀塩写真は写像の輪郭もあやふやで、少しセピアがかった色味をしている。どこともしれぬ
鉄道の駅の前でフロックコート姿の紳士が佇んでいた。
誰だかわからない。でもきっとこなたに繋がる誰か。
そんな一連の写真をみて、今ここにこなたがいることの不思議さについて考えた。
こなたのお父さんにお母さん、そのお父さんにお母さん、そのまたお父さんにお母さん。
そしてそのもっと先の祖先。名も知らぬ誰か。
連綿と続いてきたその歴史の中で、誰か一人でも欠けたらこなたが産まれることはなかった。
明治を、大正を、そして戦争の中を、懸命に生きてきた誰かのおかげで、私はこなたと
出会うことができたのだ。
それがなんだか奇跡みたいに思えて、馬鹿みたいに私は涙ぐんでしまった。
「……お姉ちゃん?」
きょとんとした顔で私を見上げるゆみちゃんに返事をしようとしたとき、テーブルを強く叩く
ドンという音が聞こえてきた。
はっとしてそちらをむくと、激昂したように見えるくにおさんが、そうじろうさんを睨みつけていた。
どういう話をしていたのだろう。
それはわからなかったけれど、その後くにおさんが云った言葉は忘れがたいものだった。
「俺は、お前が網元のお嬢さん――かなたさんにしたことを忘れたことはないぞ。お前は
あの子が出産に耐えられないかもしれないと知っていたはずだ!」
一瞬にして場が凍りつく。私の背筋も氷柱を突っ込まれたようにぞわりとした。
凍った海のような静寂。
そんな中、そうじろうさんは淡々と云った。
「ああ。俺も親父に忘れて欲しくはないよ。死ぬまで忘れずに俺に云い続けてくれ」
そうじろうさんは。
まるで今し方極寒の日本海から引き上げられた人のように。
青ざめて凍りついた、死人の表情をしていた。
大人達はなんだかいつのまにか真面目な話に突入しているようで、息を潜めて真剣な口調で
喋っていた。
「ねぇ、東京って、いいところ?」
腕のなか、私の顔を見上げてゆみちゃんが云う。
「うーん、どうかなぁ。賑やかで色々なものがあるわね」
「たんぼも畑も山もなくって、明るくて綺麗なところなんだよね?」
「そうねぇ。でもうるさくて人が沢山いて、危ないこともあるわよ。行ってみたいの?」
「うん。東京行きたい。ここ嫌い」
ゆみちゃんは、前を向いてきっぱりと云う。
「……そっか」
ここにも良いところは沢山あると思うけれど。潮の香りや穏やかな空気や、暖かい人たちや。
でもそんなものは多分、首都圏に住んでいる私たちのおごりなのかもしれないとも思う。
文明社会にいつでも戻れることを前提として、素朴な原始的社会を懐かしむような、そんな傲慢さ。
私は何も云えなくなってしまって、ゆみちゃんを抱きかかえて頭にこつんとあごを乗せた。
ふと視線を上にあげると、鴨居の欄干に飾ってある何葉かの写真が目についた。古色を帯びた
白黒写真で、それぞれちゃんと額に入れられている。写っているのは私が今までみたことがない
人たちばかりだった。
「ね、ゆみちゃん、あの人たちって誰かな?」
「あ、あれはね。えっと、一番左のがお祖母ちゃん。私は会ったことないんだけど……」
和装でにこやかに微笑む老婦人は、あまりこなたには似ていなかった。きっとあの子は
母方の血筋を強くひいているのだろう。こなたの部屋でみたかなたさんの写真は、本人と
間違えるほどよく似ていたから。
「その右は?」
「あれはね、お祖父ちゃんのお父さんとお母さん。戦争に行く前に撮ったんだって。でも
お父さんは帰ってこなかったってお祖父ちゃんは云ってた」
軍服姿できりりと正面を見つめる男の人は、そうじろうさんによく似ていた。隣で貞淑そうに
微笑むモンペ姿の女性のその後の生涯は、どういうものだったのだろう。
「その右はね……うーんと、うーんと、わかんない」
古ぼけた銀塩写真は写像の輪郭もあやふやで、少しセピアがかった色味をしている。どこともしれぬ
鉄道の駅の前でフロックコート姿の紳士が佇んでいた。
誰だかわからない。でもきっとこなたに繋がる誰か。
そんな一連の写真をみて、今ここにこなたがいることの不思議さについて考えた。
こなたのお父さんにお母さん、そのお父さんにお母さん、そのまたお父さんにお母さん。
そしてそのもっと先の祖先。名も知らぬ誰か。
連綿と続いてきたその歴史の中で、誰か一人でも欠けたらこなたが産まれることはなかった。
明治を、大正を、そして戦争の中を、懸命に生きてきた誰かのおかげで、私はこなたと
出会うことができたのだ。
それがなんだか奇跡みたいに思えて、馬鹿みたいに私は涙ぐんでしまった。
「……お姉ちゃん?」
きょとんとした顔で私を見上げるゆみちゃんに返事をしようとしたとき、テーブルを強く叩く
ドンという音が聞こえてきた。
はっとしてそちらをむくと、激昂したように見えるくにおさんが、そうじろうさんを睨みつけていた。
どういう話をしていたのだろう。
それはわからなかったけれど、その後くにおさんが云った言葉は忘れがたいものだった。
「俺は、お前が網元のお嬢さん――かなたさんにしたことを忘れたことはないぞ。お前は
あの子が出産に耐えられないかもしれないと知っていたはずだ!」
一瞬にして場が凍りつく。私の背筋も氷柱を突っ込まれたようにぞわりとした。
凍った海のような静寂。
そんな中、そうじろうさんは淡々と云った。
「ああ。俺も親父に忘れて欲しくはないよ。死ぬまで忘れずに俺に云い続けてくれ」
そうじろうさんは。
まるで今し方極寒の日本海から引き上げられた人のように。
青ざめて凍りついた、死人の表情をしていた。
§7
「またいつでも来てね、かがみちゃん。云っておくけど、社交辞令じゃないからね」
そう云ってなつこさんは微笑んだ。それが本当に本心から云っているように感じられて、
嬉しかった。
「はい。いつかまた来ます」
「絶対だからね! 待ってるからね!」
涙ぐんでいるゆみちゃんは、さっきまで私にひっついて離れなかった。そんなに私を好きに
なってくれたことは凄く嬉しかったし、私もゆみちゃんとは離れがたく感じていた。こなたからは
「いやー、ほんとかがみは生まれついてのお姉ちゃんだねぇ」なんて冷やかされたけれど、
それを満更でもなく感じていた。
本当に、また来たいと思った。
またここに来ることができたとして、そのときには私は何になっているのだろう。こなたにとって、
私は誰になっているのだろう。今の親友という関係を維持できているだろうか。それとももっと別の
何かになっているのだろうか。
それはまるでわからない。
未来のことは相変わらず茫漠とした海原のように曖昧で、私はそこにどんなビジョンも持つことが
出来ていなかった。
ゆみちゃんとなつこさんに手をふって、そうたろうさんの後についてガレージに向かう。
お酒を飲んでいなかったそうたろうさんは、ホテルに戻るときも送ってくれるようだった。
くにおさんは見送りにこなかった。最後に見たくにおさんの姿は、他に誰もいない座敷で
一人お酒をあおる光景だった。
それはやはり、少し寂しい。
その光景は寂しいし、そんな姿がくにおさんの最後の姿だというのは、とても寂しい。
「あれ、そういえばすぐる君もいないわね。見送りにこないのかしら?」
ふと気になってこなたに訊ねる。
「あー。うん、そだねー……」
棒読みで云ったこなたは視線を逸らして頬を掻いている。
その反応は見覚えがある。なんだか酷く見覚えがある。
宿題を忘れてきたときとか、部屋に見覚えのないオタクグッズが大量に増えていることを
突っ込まれたときとか、貸したラノベの感想を聞いてみたときとか、そんなときに見せる反応だ。
私になにか後ろ暗いところがある時の顔だ。
「……おい。あんたまさか、なんかしでかしたんじゃないだろうな」
「いやいや、私がしでかしたわけじゃないのだよ。どっちかっていうと――おっと」
言葉をとぎれさせたこなたの視線の先に、すぐる君がいた。裏口から出てきたのだろうか、
ガレージ脇の杉の木にもたれかかって、こちらを見ている。
なんだか親の敵に向けるような、険しい顔をしている。
その視線は一直線に私に向かっているから、きっとその親の敵とは私のことなのだろう。
してみると私はなつこさんかそうたろうさんに何かをしたのだろうか、なんて支離滅裂なことを
考えていた。そんな私の方にすぐる君はずんずんと歩いてきて、凄むようにぐいと睨みつけると、
大声でこう云った。
「お姉ちゃんは渡さないからな!!」
「――は?」
その発言の意味がわからなくて、しばし呆然とする。すぐる君は私から視線を外してこなたの
方を向いたかと思うと、一瞬照れたような表情を浮かべて、脱兎のごとく走り去っていった。
「……なによあれ」
「さ、さあ?」
ゆっくりとこなたの方を向いて睨みつけた。
「い・い・な・さ・い!」
「うおっ、かがみ顔近いって。……べ、別に私のせいじゃないんだってば。ただなんかね」
「なによ?」
「……結婚を申し込まれました……」
――なるほど。
どこまで本気かはわからないけれど、すぐる君がやたらとこなたに執着するのは、そういう理由か。
「ほう。それはよかったじゃない、モテモテでうらやましいな!……それで、なんて答えたのよ。
想像はつくけど」
「いや、ね。私にはもう嫁がいるから、結婚はできないよって」
「……はぁ。それでその嫁が私なわけね」
「そうそう。だから実家に連れてきたんだっていう設定にしたら、つじつま合うじゃん?」
「合ってねぇよ! なんで嫁なのよ! おかしいだろそれ!」
――その設定通りだったら、どんなにかいいだろう。
色々といいわけをするこなたに突っ込みながら、私の心の中はどこまでも冷たく荒れ狂っていた。
それはまるで極寒の海の逆巻く波濤にも似ていて、思わずその中に飛び込んで死んでしまいたくなる。
そう云ってなつこさんは微笑んだ。それが本当に本心から云っているように感じられて、
嬉しかった。
「はい。いつかまた来ます」
「絶対だからね! 待ってるからね!」
涙ぐんでいるゆみちゃんは、さっきまで私にひっついて離れなかった。そんなに私を好きに
なってくれたことは凄く嬉しかったし、私もゆみちゃんとは離れがたく感じていた。こなたからは
「いやー、ほんとかがみは生まれついてのお姉ちゃんだねぇ」なんて冷やかされたけれど、
それを満更でもなく感じていた。
本当に、また来たいと思った。
またここに来ることができたとして、そのときには私は何になっているのだろう。こなたにとって、
私は誰になっているのだろう。今の親友という関係を維持できているだろうか。それとももっと別の
何かになっているのだろうか。
それはまるでわからない。
未来のことは相変わらず茫漠とした海原のように曖昧で、私はそこにどんなビジョンも持つことが
出来ていなかった。
ゆみちゃんとなつこさんに手をふって、そうたろうさんの後についてガレージに向かう。
お酒を飲んでいなかったそうたろうさんは、ホテルに戻るときも送ってくれるようだった。
くにおさんは見送りにこなかった。最後に見たくにおさんの姿は、他に誰もいない座敷で
一人お酒をあおる光景だった。
それはやはり、少し寂しい。
その光景は寂しいし、そんな姿がくにおさんの最後の姿だというのは、とても寂しい。
「あれ、そういえばすぐる君もいないわね。見送りにこないのかしら?」
ふと気になってこなたに訊ねる。
「あー。うん、そだねー……」
棒読みで云ったこなたは視線を逸らして頬を掻いている。
その反応は見覚えがある。なんだか酷く見覚えがある。
宿題を忘れてきたときとか、部屋に見覚えのないオタクグッズが大量に増えていることを
突っ込まれたときとか、貸したラノベの感想を聞いてみたときとか、そんなときに見せる反応だ。
私になにか後ろ暗いところがある時の顔だ。
「……おい。あんたまさか、なんかしでかしたんじゃないだろうな」
「いやいや、私がしでかしたわけじゃないのだよ。どっちかっていうと――おっと」
言葉をとぎれさせたこなたの視線の先に、すぐる君がいた。裏口から出てきたのだろうか、
ガレージ脇の杉の木にもたれかかって、こちらを見ている。
なんだか親の敵に向けるような、険しい顔をしている。
その視線は一直線に私に向かっているから、きっとその親の敵とは私のことなのだろう。
してみると私はなつこさんかそうたろうさんに何かをしたのだろうか、なんて支離滅裂なことを
考えていた。そんな私の方にすぐる君はずんずんと歩いてきて、凄むようにぐいと睨みつけると、
大声でこう云った。
「お姉ちゃんは渡さないからな!!」
「――は?」
その発言の意味がわからなくて、しばし呆然とする。すぐる君は私から視線を外してこなたの
方を向いたかと思うと、一瞬照れたような表情を浮かべて、脱兎のごとく走り去っていった。
「……なによあれ」
「さ、さあ?」
ゆっくりとこなたの方を向いて睨みつけた。
「い・い・な・さ・い!」
「うおっ、かがみ顔近いって。……べ、別に私のせいじゃないんだってば。ただなんかね」
「なによ?」
「……結婚を申し込まれました……」
――なるほど。
どこまで本気かはわからないけれど、すぐる君がやたらとこなたに執着するのは、そういう理由か。
「ほう。それはよかったじゃない、モテモテでうらやましいな!……それで、なんて答えたのよ。
想像はつくけど」
「いや、ね。私にはもう嫁がいるから、結婚はできないよって」
「……はぁ。それでその嫁が私なわけね」
「そうそう。だから実家に連れてきたんだっていう設定にしたら、つじつま合うじゃん?」
「合ってねぇよ! なんで嫁なのよ! おかしいだろそれ!」
――その設定通りだったら、どんなにかいいだろう。
色々といいわけをするこなたに突っ込みながら、私の心の中はどこまでも冷たく荒れ狂っていた。
それはまるで極寒の海の逆巻く波濤にも似ていて、思わずその中に飛び込んで死んでしまいたくなる。
従兄弟であるすぐる君は、こなたと結婚することもできる。
でも、私はそうじゃない。どれだけ好きでも、どれだけ求めたとしても、たとえ億万が
一両思いになっていたとしても。
一両思いになっていたとしても。
私がこなたと結ばれることは永劫にあり得ない。
日本では全ての同性カップルが、今も後ろ指を指されながら生きている。笑われて、陰口を
叩かれて、変態だと罵られて、そんな関係は本物じゃないと云われて、男女関係の紛い物
なのだと決めつけられて。こなたが見ているネット界隈でも、ゲイを平然と笑いものにする
ネタがまかり通っている。それが哀しかった。こなたがそれを当たり前に受け止めていることが
なにより哀しかった。
叩かれて、変態だと罵られて、そんな関係は本物じゃないと云われて、男女関係の紛い物
なのだと決めつけられて。こなたが見ているネット界隈でも、ゲイを平然と笑いものにする
ネタがまかり通っている。それが哀しかった。こなたがそれを当たり前に受け止めていることが
なにより哀しかった。
帰りの車中で私は、まるでここが海の底なのかと思うほどの息苦しさを覚えていた。
でも、それでも構わないと思った。
ここにこなたがいるから。
父と子の長い物語の果てに、今こなたがここにいるのだから。
それだけで、私は構わないと思った。
たとえ冷たい海の底に沈んで二度と浮かび上がれなくなったとしても。
けれどきっと、私が海の底に沈んでしまったら、こなたは我が身も厭わずに飛び込んできて
しまうだろう。うぬぼれでもなんでもなく、こいつはそういう奴なのだ。
だから私は、足を絡めようとまとわりつく藻を振り切って、懸命に泳ぎ続けなければいけない。
たとえ海の水が、身を切るほど冷たかったとしても。
たとえ見渡す限り何もない海で、星すら探せなくなったとしても。
沈まないためには泳ぎ続けなければいけないのだ。
でも、それでも構わないと思った。
ここにこなたがいるから。
父と子の長い物語の果てに、今こなたがここにいるのだから。
それだけで、私は構わないと思った。
たとえ冷たい海の底に沈んで二度と浮かび上がれなくなったとしても。
けれどきっと、私が海の底に沈んでしまったら、こなたは我が身も厭わずに飛び込んできて
しまうだろう。うぬぼれでもなんでもなく、こいつはそういう奴なのだ。
だから私は、足を絡めようとまとわりつく藻を振り切って、懸命に泳ぎ続けなければいけない。
たとえ海の水が、身を切るほど冷たかったとしても。
たとえ見渡す限り何もない海で、星すら探せなくなったとしても。
沈まないためには泳ぎ続けなければいけないのだ。
いつのまにか、あれほど耳について離れなかった潮騒の音は、まるで気にならなくなっていた。
泉家に向かうまで、この町は私にとって異郷だった。でも今はもう違う。こなたのことをもっと
知って、泉家の過去と現在に触れて、私はどうしようもなくこの町の中に組み込まれてしまった。
海に潜り込んでしまえば、もう波音など聞こえない。
自分の家に漂う匂いに、自分で気づけないように。常に聞こえてくる潮騒の音を聞き取る
ことは難しい。
今にも日本海に滑り落ちて消えてしまいそうなこの町は、そしてこの海は、私にとっても
故郷のような存在になってしまっていた。
初夏の頃。まだなんの覚悟もできてなくて、ただ恋情に翻弄されるだけだったあの頃。
私はどうしてこんなにこなたと関わってしまったのかと後悔していたけれど。
あれから半年が過ぎて、気がつけばその絆はもはや簡単に断ち切ることは不可能なほど
強くなってしまっていた。
恋心を隠しきったままで。
私は深く深くこなたと結びついてしまっていた。
――私が、そう望んだのだ。
泉家に向かうまで、この町は私にとって異郷だった。でも今はもう違う。こなたのことをもっと
知って、泉家の過去と現在に触れて、私はどうしようもなくこの町の中に組み込まれてしまった。
海に潜り込んでしまえば、もう波音など聞こえない。
自分の家に漂う匂いに、自分で気づけないように。常に聞こえてくる潮騒の音を聞き取る
ことは難しい。
今にも日本海に滑り落ちて消えてしまいそうなこの町は、そしてこの海は、私にとっても
故郷のような存在になってしまっていた。
初夏の頃。まだなんの覚悟もできてなくて、ただ恋情に翻弄されるだけだったあの頃。
私はどうしてこんなにこなたと関わってしまったのかと後悔していたけれど。
あれから半年が過ぎて、気がつけばその絆はもはや簡単に断ち切ることは不可能なほど
強くなってしまっていた。
恋心を隠しきったままで。
私は深く深くこなたと結びついてしまっていた。
――私が、そう望んだのだ。
ふと、助手席に座るそうじろうさんの横顔を見て思う。
その眼差しの向こう、静謐にたゆたう静かな海を見て思う。
この人も、一度この海に沈んでいるはずだ。かなたさんを亡くして、しかもそれを周りから
責められて。
もしこなたが私を残して死んでしまったとしたら。それを想像しただけで、心臓をわしづかみに
されたような恐怖を覚えるというのに。
一体この人は、どうやってそこから浮かび上がってくることができたのか。
それが、無性に訊きたくなっていた。
その眼差しの向こう、静謐にたゆたう静かな海を見て思う。
この人も、一度この海に沈んでいるはずだ。かなたさんを亡くして、しかもそれを周りから
責められて。
もしこなたが私を残して死んでしまったとしたら。それを想像しただけで、心臓をわしづかみに
されたような恐怖を覚えるというのに。
一体この人は、どうやってそこから浮かび上がってくることができたのか。
それが、無性に訊きたくなっていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『4seasons』 秋/静かの海(第五話)へ続く
『4seasons』 秋/静かの海(第五話)へ続く
コメントフォーム
- 確かに2chでネタにされてるホモネタとかも一種の日本特有の文化的偏見なのかも…
考えさせられる… -- 名無しさん (2008-08-13 01:41:41) - ↓なんというツンデレwww -- 名無しさん (2008-03-09 12:49:06)
- さっさと続きかけボケ
楽しみにしてるんだよカス -- 名無しさん (2008-03-09 12:18:54) - 死ぬ -- 名無しさん (2008-03-02 20:22:11)
- オリジナルキャラクターがでしゃばっていないので違和感を感じないのでは?
-- 名無しさん (2008-03-02 07:28:28) - あれ? オリキャラって大概違和感を覚えるのにこの作品に違和感が見当たらないよ。
なんでなんだろう、不思議だなー -- 名無しさん (2008-03-02 01:16:24) - あー、誉める言葉が見付からなくて困ったww
-- 名無しさん (2008-03-01 18:58:16) - イヤッホオオオオオ!
自然な展開でかがみの想いがひしひしと伝わる。そういうの大好きだ。
そして、相変わらず綺麗な文章だ、うん。 -- 名無しさん (2008-03-01 14:09:57) - 素晴らしい。ため息しか出ない。うん。 -- 名無しさん (2008-03-01 13:43:39)