「ファー……ブルスコ……ファー……ブルスコ……ファー……」
放課後のアニ研部室で、ひよりは奇っ怪な呼吸音を漏らしていた。精気の失せた虚ろな目は、この世ならぬところへと視線を向けている。
「おーい、ひよりん。……おや、いつの間にトリップ中か」
同じく部室内で雑誌に目を通していた部長のこうは、ひよりの様子を見て小さく嘆息する。
「しょうがないなぁ、ひよりんは……」
微妙にドラえもんの声真似をしながら、こうは幽鬼のような表情で机に向かっているひよりの背後に回り込むと、
「せい!」
気合いとともにその首筋へチョップをたたき込んだ。
「べぶらはっ!?」
花も恥じらう十六の乙女とはとても思えないリアクションで、ひよりは正気を取り戻した。
「あ……こうちゃん先輩。こんちはっス」
「挨拶はさっきしたでしょ。どうしたのひよりん? またネタ出し?」
こうはひよりの広げているノートをのぞき込む。丁寧な文字で書きつづられた内容に目を通したこうは、何とも言えぬ表情になる。
「伊予柑の皮を剥くと指が酸っぱくなる。キリンさんを見ていると首が痛くなる。耳そうじをしてると体が傾いてくる。……何これ?」
「とある先輩が純粋極まりない親切心から提供して下さった珠玉のネタの数々です」
明らかな皮肉を込めた説明とともに、ひよりは煙が立ちそうなほど深く濃いため息をついた。
「使えるの?」
「使えると思いますか?」
「だよねぇ……」
パラパラとノートを捲ってみるこうだが、目に付くのはにっちもさっちもいかない半端なものばかりだ。
「で、何でまたこんなものを前に考え込んでるのよ?」
「実はですね――」
ひよりは内臓の一つや二つ飛び出すかと思うほど深く大きなため息をつき、いきさつを語り出した。
放課後のアニ研部室で、ひよりは奇っ怪な呼吸音を漏らしていた。精気の失せた虚ろな目は、この世ならぬところへと視線を向けている。
「おーい、ひよりん。……おや、いつの間にトリップ中か」
同じく部室内で雑誌に目を通していた部長のこうは、ひよりの様子を見て小さく嘆息する。
「しょうがないなぁ、ひよりんは……」
微妙にドラえもんの声真似をしながら、こうは幽鬼のような表情で机に向かっているひよりの背後に回り込むと、
「せい!」
気合いとともにその首筋へチョップをたたき込んだ。
「べぶらはっ!?」
花も恥じらう十六の乙女とはとても思えないリアクションで、ひよりは正気を取り戻した。
「あ……こうちゃん先輩。こんちはっス」
「挨拶はさっきしたでしょ。どうしたのひよりん? またネタ出し?」
こうはひよりの広げているノートをのぞき込む。丁寧な文字で書きつづられた内容に目を通したこうは、何とも言えぬ表情になる。
「伊予柑の皮を剥くと指が酸っぱくなる。キリンさんを見ていると首が痛くなる。耳そうじをしてると体が傾いてくる。……何これ?」
「とある先輩が純粋極まりない親切心から提供して下さった珠玉のネタの数々です」
明らかな皮肉を込めた説明とともに、ひよりは煙が立ちそうなほど深く濃いため息をついた。
「使えるの?」
「使えると思いますか?」
「だよねぇ……」
パラパラとノートを捲ってみるこうだが、目に付くのはにっちもさっちもいかない半端なものばかりだ。
「で、何でまたこんなものを前に考え込んでるのよ?」
「実はですね――」
ひよりは内臓の一つや二つ飛び出すかと思うほど深く大きなため息をつき、いきさつを語り出した。
「ふーむ……」
昼休みの一年D組教室。ひよりは鼻の下にシャーペンを引っかけ、腕組みをしながら唸っている。毎度毎度の漫画のネタ出しである。
今度描くのは、ほのぼの系の四コマ漫画だ。が、どうにもネタの粒が揃わないので困っていた。
「……気分転換に飲み物でも買うか」
ひとりごちると、ひよりはネタ帳とペンをポケットにしまい、購買部へ向かった。
自動販売機で紙パックの牛乳を買った時、
「あ。ひよりちゃん」
先輩のつかさから声をかけられた。珍しく一人で、こなたもかがみもいない。
「柊先輩。ども、こんちはっス」
「ここで会うのってちょっと珍しいね」
「そうっスね」
何でもない会話をしながら、つかさはひよりと同じ販売機でフルーツオレを購入する。
「そういえばひよりちゃん、今も漫画描いてる?」
二人並んで紙パックにストローをさしながら、つかさが何気なく話題を振ってきた。
「ええ。次のはほのぼの系の四コマなんスけど、今ネタ出しの最中っス。これがなかなかはかどらなくて――ハッ!?」
うっかり正直に答えてしまい、ひよりは顔を青ざめさせた。しかし今さら口を閉じたところで、時既に遅し。
「へぇーそうなんだー」
次につかさが言ってくることを、ひよりは予言者のような正確さで想像できた。
「じゃあ、この前私があげたノートのネタはどうかなー?」
以前、つかさがひよりに使って貰えたらいいと思って、自慢のネタをたっぷり書いて渡してくれたノートのことである。気持ちは嬉しかったが、その内容はひよりにとってありがた迷惑以上の何ものでもなかった。
しかしそんなことを正直に言えるわけもなく、今まで曖昧に言葉を濁してきたのだが……。
つかさは期待に充ち満ちた目をひよりに向けている。
(ああああああしまったあああ!! この流れじゃ「今回は別に……」とか言い辛ぇーっ!)
ひよりの胸中を今、『後悔』という文字が埋め尽くしていた。
昼休みの一年D組教室。ひよりは鼻の下にシャーペンを引っかけ、腕組みをしながら唸っている。毎度毎度の漫画のネタ出しである。
今度描くのは、ほのぼの系の四コマ漫画だ。が、どうにもネタの粒が揃わないので困っていた。
「……気分転換に飲み物でも買うか」
ひとりごちると、ひよりはネタ帳とペンをポケットにしまい、購買部へ向かった。
自動販売機で紙パックの牛乳を買った時、
「あ。ひよりちゃん」
先輩のつかさから声をかけられた。珍しく一人で、こなたもかがみもいない。
「柊先輩。ども、こんちはっス」
「ここで会うのってちょっと珍しいね」
「そうっスね」
何でもない会話をしながら、つかさはひよりと同じ販売機でフルーツオレを購入する。
「そういえばひよりちゃん、今も漫画描いてる?」
二人並んで紙パックにストローをさしながら、つかさが何気なく話題を振ってきた。
「ええ。次のはほのぼの系の四コマなんスけど、今ネタ出しの最中っス。これがなかなかはかどらなくて――ハッ!?」
うっかり正直に答えてしまい、ひよりは顔を青ざめさせた。しかし今さら口を閉じたところで、時既に遅し。
「へぇーそうなんだー」
次につかさが言ってくることを、ひよりは予言者のような正確さで想像できた。
「じゃあ、この前私があげたノートのネタはどうかなー?」
以前、つかさがひよりに使って貰えたらいいと思って、自慢のネタをたっぷり書いて渡してくれたノートのことである。気持ちは嬉しかったが、その内容はひよりにとってありがた迷惑以上の何ものでもなかった。
しかしそんなことを正直に言えるわけもなく、今まで曖昧に言葉を濁してきたのだが……。
つかさは期待に充ち満ちた目をひよりに向けている。
(ああああああしまったあああ!! この流れじゃ「今回は別に……」とか言い辛ぇーっ!)
ひよりの胸中を今、『後悔』という文字が埋め尽くしていた。
※ここからはひよりの脳内フィルターを通した描写でお楽しみ下さい。
「え、えーとですね、今あのノートは手元になくて……」
「じゃあどこに置いてあるの?」
小首を傾げながらそう尋ねるつかさの声は、平常とは違っていた。具体的にどう違うかというと、ドラマCDの人になっていた。
「ど、どこだったかな~……?」
「なくしたの?」
うやむやに答えようしたひよりを、つかさは逃さない。その声音には「私がせっかくあげたノートをなくしたの……?」という感情が滲み出ている。
「いえっ! そんなわけないじゃないスか! あっ、お、思い出しました! 確かアニ研の部室に置いてあります!」
それは事実であった。どうにも使いようがないネタばかりなので、ロッカーにしまったまま放置していたのだ。
「そう。それなら良かった」
にっこりと微笑むつかさの目は、怖いほど無邪気な光を放っている。
「じゃあどこに置いてあるの?」
小首を傾げながらそう尋ねるつかさの声は、平常とは違っていた。具体的にどう違うかというと、ドラマCDの人になっていた。
「ど、どこだったかな~……?」
「なくしたの?」
うやむやに答えようしたひよりを、つかさは逃さない。その声音には「私がせっかくあげたノートをなくしたの……?」という感情が滲み出ている。
「いえっ! そんなわけないじゃないスか! あっ、お、思い出しました! 確かアニ研の部室に置いてあります!」
それは事実であった。どうにも使いようがないネタばかりなので、ロッカーにしまったまま放置していたのだ。
「そう。それなら良かった」
にっこりと微笑むつかさの目は、怖いほど無邪気な光を放っている。
――あるなら、使えるよね?
――せっかく私が考えたネタなんだよ?
――遠慮なんてしなくていいから、さあ……
――せっかく私が考えたネタなんだよ?
――遠慮なんてしなくていいから、さあ……
言葉ではない、形無きプレッシャーにさらされ、ひよりの背中に氷塊が滑り落ちる。
ひよりは固い唾を飲み込むと、小さく深呼吸をした。
「で、では、その……いくつか、使わせて、もらいます」
苦渋の決断という言葉を絵に描いたような表情で、ひよりはそう言った。
「それじゃあ、楽しみにしてるね」
朗らかな声と表情。その裏から染み出る想いを、ひよりは幻視する。
ひよりは固い唾を飲み込むと、小さく深呼吸をした。
「で、では、その……いくつか、使わせて、もらいます」
苦渋の決断という言葉を絵に描いたような表情で、ひよりはそう言った。
「それじゃあ、楽しみにしてるね」
朗らかな声と表情。その裏から染み出る想いを、ひよりは幻視する。
――使うって、言ったよね?
――約束、だよ?
――もし、約束、やぶったら……
――約束、だよ?
――もし、約束、やぶったら……
「で……では、失礼します」
ひよりは重い枷をはめられたような足取りでその場を去っていった。
ひよりは重い枷をはめられたような足取りでその場を去っていった。
「――とまあ、以上のようなことがありまして」
ことの経緯をこうに説明したひよりは、再び大きなため息をついた。
言うまでもないが、つかさの黒い言動はひよりの妄想力が生み出した虚像である。
落ち着いた今、ひよりもそれを理解はしているが、ネタを使うと言ってしまったのは事実であるし、万が一、つかさが本当に黒化する恐れもなきにしもあらずである。まず無いだろうが。
「なるほどね。使うって約束した以上は、いくつか使わなきゃいけないわけだ。この中から」
ノートの表紙をぺしぺしと叩きながら、こうは同情を込めた目をひよりに向けた。
「せめて二つ三つ使えそうなのがないかと探してたんスが……見れば見るほど絶望的で……」
「魂がどっか飛んでいきそうになってたわけだね」
「はい……これ、どうにかなんないスかねぇ?」
すがるような目で見つめるひよりに、こうは苦笑して肩をすくめた。
「しょうがないね……可愛い後輩のピンチだ。手を貸そう」
「ホントっスか? じゃあこのネタをどう使えばいいのか――」
「まあ待ちな。急がば回れだよ、ひよりん」
こうは手近な椅子に腰掛けると、机を挟んでひよりと向かい合う。
「まず基礎をおさらいしてみよう。四コマ漫画の構成の基本は何?」
「起承転結っスか?」
「その通り。一コマ目で話の起こり、二コマ目で話のつなぎ、三コマ目で話の発展・転換、そして四コマ目でオチと。ものにもよるけど大体これが四コマの基本構成だね」
こうは適当な紙を一枚机に置いて、それに鉛筆で「起承転結」の文字を大きく書く。
「ひよりんは四コマのネタを考える時、この四つのどれを主軸にして考える?」
「どれというと……うーん……やっぱりオチ重視っスかね」
「うん。一番笑いどころだし、ここが弱いと全体が活きてこないからね」
鉛筆の先で紙に書いた「結」の字を叩きながら、こうは話を続ける。
「しかし、そのノートに書かれた何とも言えないネタの数々……それはオチに使える?」
「だから困ってるんじゃないスか……」
「そう。だからオチには持ってこない」
こうは鉛筆の先を、「結」から「起」に持って行く。
「話の起こりに使うんだよ」
「それは私も考えたっスよ。でも、伊予柑の皮剥いたら指が酸っぱくなるってとこから、どうやって話を広げるんスか?」
「昔の人は言いました。嫌いなものは好きなものと一緒に食べなさい、と」
「?」
「指が酸っぱくなるって、どうやって確かめたらいいと思う?」
「そりゃあ……舐めるんじゃないスか」
「うん、そうだね。指を舐めるんだね」
こうは鉛筆を置くと、ひよりの目を真っ直ぐに見据え、含みありげな笑みを浮かべた。
「……誰が舐めるんだろう?」
「――っ!」
こうの言わんとするところを理解し、ひよりの脳裏に電流が走った。
「そうか……そういうことっスねこう先輩! 一見使えなさそうなネタでも、それを起点として百合方向へ話を持って行けばアイデアが湯水の如く湧いてくるという――」
「いや別に百合って限定してないけど」
「感謝します先輩! いよっしゃあーっ! やる気出てきたーっ! 百合より優れた属性など存在しねえーっ!!」
一気にテンションがトップギアまで入ったひよりは、ネタ帳を広げるや、もの凄い勢いで思いついたことを書き込んでいく。もはやこうも含めて周りなど見えていない。
「やれやれ……創作にかける情熱は凄まじいね、ひよりん」
置いてけぼりになったこうは、苦笑して元の席に戻り、読みかけの雑誌を手に取った。
完全に自分の世界へ入っているひよりは、ブツブツと呟きながらネタを練り込んでいる。
「うーむ……つかさ先輩とのカップリングだとやはりここはかがみ先輩が受けの姉妹百合……しかし泉先輩の攻めも捨てがたいし……何と言っても高良先輩を外すわけには……」
「……一般向けの四コマってことだけ忘れないようにね」
聞こえてないだろうが、一応注意だけしておくこうだった。
ことの経緯をこうに説明したひよりは、再び大きなため息をついた。
言うまでもないが、つかさの黒い言動はひよりの妄想力が生み出した虚像である。
落ち着いた今、ひよりもそれを理解はしているが、ネタを使うと言ってしまったのは事実であるし、万が一、つかさが本当に黒化する恐れもなきにしもあらずである。まず無いだろうが。
「なるほどね。使うって約束した以上は、いくつか使わなきゃいけないわけだ。この中から」
ノートの表紙をぺしぺしと叩きながら、こうは同情を込めた目をひよりに向けた。
「せめて二つ三つ使えそうなのがないかと探してたんスが……見れば見るほど絶望的で……」
「魂がどっか飛んでいきそうになってたわけだね」
「はい……これ、どうにかなんないスかねぇ?」
すがるような目で見つめるひよりに、こうは苦笑して肩をすくめた。
「しょうがないね……可愛い後輩のピンチだ。手を貸そう」
「ホントっスか? じゃあこのネタをどう使えばいいのか――」
「まあ待ちな。急がば回れだよ、ひよりん」
こうは手近な椅子に腰掛けると、机を挟んでひよりと向かい合う。
「まず基礎をおさらいしてみよう。四コマ漫画の構成の基本は何?」
「起承転結っスか?」
「その通り。一コマ目で話の起こり、二コマ目で話のつなぎ、三コマ目で話の発展・転換、そして四コマ目でオチと。ものにもよるけど大体これが四コマの基本構成だね」
こうは適当な紙を一枚机に置いて、それに鉛筆で「起承転結」の文字を大きく書く。
「ひよりんは四コマのネタを考える時、この四つのどれを主軸にして考える?」
「どれというと……うーん……やっぱりオチ重視っスかね」
「うん。一番笑いどころだし、ここが弱いと全体が活きてこないからね」
鉛筆の先で紙に書いた「結」の字を叩きながら、こうは話を続ける。
「しかし、そのノートに書かれた何とも言えないネタの数々……それはオチに使える?」
「だから困ってるんじゃないスか……」
「そう。だからオチには持ってこない」
こうは鉛筆の先を、「結」から「起」に持って行く。
「話の起こりに使うんだよ」
「それは私も考えたっスよ。でも、伊予柑の皮剥いたら指が酸っぱくなるってとこから、どうやって話を広げるんスか?」
「昔の人は言いました。嫌いなものは好きなものと一緒に食べなさい、と」
「?」
「指が酸っぱくなるって、どうやって確かめたらいいと思う?」
「そりゃあ……舐めるんじゃないスか」
「うん、そうだね。指を舐めるんだね」
こうは鉛筆を置くと、ひよりの目を真っ直ぐに見据え、含みありげな笑みを浮かべた。
「……誰が舐めるんだろう?」
「――っ!」
こうの言わんとするところを理解し、ひよりの脳裏に電流が走った。
「そうか……そういうことっスねこう先輩! 一見使えなさそうなネタでも、それを起点として百合方向へ話を持って行けばアイデアが湯水の如く湧いてくるという――」
「いや別に百合って限定してないけど」
「感謝します先輩! いよっしゃあーっ! やる気出てきたーっ! 百合より優れた属性など存在しねえーっ!!」
一気にテンションがトップギアまで入ったひよりは、ネタ帳を広げるや、もの凄い勢いで思いついたことを書き込んでいく。もはやこうも含めて周りなど見えていない。
「やれやれ……創作にかける情熱は凄まじいね、ひよりん」
置いてけぼりになったこうは、苦笑して元の席に戻り、読みかけの雑誌を手に取った。
完全に自分の世界へ入っているひよりは、ブツブツと呟きながらネタを練り込んでいる。
「うーむ……つかさ先輩とのカップリングだとやはりここはかがみ先輩が受けの姉妹百合……しかし泉先輩の攻めも捨てがたいし……何と言っても高良先輩を外すわけには……」
「……一般向けの四コマってことだけ忘れないようにね」
聞こえてないだろうが、一応注意だけしておくこうだった。
おわり