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ばいしくる

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だれでも歓迎! 編集
桜の花咲く、ぽかぽかで暖かな季節、春。
今日は新しい生活を迎えたばかりの、ある少女の短いお話。

『ピンポーン』
築35年・2DKでリフォーム済みの公団住宅に、呼び鈴が鳴り響く。
「はい」と短く返事をして扉を開けると、そこに居たのは我が妹だった。
「おーっす兄貴~、あやの居るか~?」
全く朝からハイテンションな妹である。
2つ離れた先、3Kの住棟にある実家からやって来たみさおは、
今日の約束のためにわざわざ来てくれたのだ。
「あやのー、お客さんだぞ」
「あら、みさちゃん、いらっしゃい」
4月から婚約者である峰岸あやのがうちで生活をしている。
おれ達兄妹と峰岸姉妹の関係は深く、幼少の頃からいつも一緒だった。
みさおとあやのが高校2年になった時、おれはあやのから告白をされ、
様々な困難の末、一緒に付き合う事になった。
そして、今。遂にあやのは日下部家に入る事になった。
一連の流れを話すと、それだけで与えられた原稿用紙が埋まってしまうので、
そのうち、機会を改めて話すとしよう。

閑話休題。無駄に広いダイニングで朝食を食べ終わったおれ達は、外に出掛ける準備をする。
軽いおめかしを終えたあやのは、春色のワンピースに小さな肩掛けバッグ、頭にはつばの広い帽子を被り、
如何にも「大人の女性」という感じ。うーん、高校を卒業した途端、一気に大人になったような気がする。
「何照れてんだ、アホ兄貴」
五月蠅いなぁ。
対するわが妹は長袖のTシャツに黒いジャケット、ヴィンテージもののジーンズという、
こちらも少しだけ大人っぽい、都会のメッセンジャースタイルだ。
バッグは古いデニムで出来たメッセンジャーバッグ。これはおれの卒業祝いである。
中身は相変わらず「子供」なのだが、みさおも少しだけ、変わった様な気がする。
「ほら、そろそろ行きましょ?」
おれがぼーっとしていると、あやのが袖を引っ張って出発を促す。
「ああ、すまんすまん」
「しっかりしろよ」
お前に言われたくはない。
準備が出来たところで家を出る。


今日の目的は、あやのの新しい自転車を買うこと。
普通のママチャリでも構わないのだが、本人の希望でスポーツ車を買うことになった。
となると、今住んでいる鷲宮町にはスポーツ車を扱う自転車屋が無いので、隣町まで買いに行くことになる。
だから、今日はちょっとしたサイクリングも兼ねてのお出掛けだ。
街乗り仕様に改造したMTB、使い古したママチャリ、あちこちいじっている小径車という
バラバラな組み合わせで、一行は県道の旧道を下っていく。
ここでみんなに言っておくが、自転車は軽車両の扱いなので、原則として車道を走らなければならない。
おれが自他共に認める「自転車馬鹿」のため、あやのの自転車の話は、まずおれの方に来た。
今は団地内の貸し倉庫に眠る大量のフレームから、あやのの体格にあった奴を選び出し、
余った部品で組み立てるという案もあったが、専用工具を持っていないこと、
あやのに合うフレームが全くないこと(身長差があるので仕方がない)、
やっぱり新しい自転車に乗って欲しいというおれの希望から、新車を買う運びになった。
原材料費の高騰により、自転車の値段は6割も高くなってしまった。
大手量販店の9000円の自転車が1万5000円に値上げしたくらいだから、
これから買おうとしている自転車も相当な額になっているであろう。

国道のバイパスから「自転車通行可」と書かれた歩道をゆっくり走り、途中の信号で住宅街に入る。
その奥にあるのが、おれの行き付けの自転車屋だ。
あやのの足に合わせてゆっくり走っても自宅から1時間の距離なので、それほど遠くはない。
実を言うと、みさおが今乗っているMTBは、おれがこの店で始めて買ったスポーツ車である。
「こんちは~」
「いらっしゃい、日下部さん。お久しぶりですね!!」
ガラス戸を開けると、顔なじみの店長が笑顔で迎えてくれた。
続いてみさおとあやのが店に入る。
「こんちゃーっす!!」「こんにちは」
丁寧に頭をさげて挨拶するあやのと、いつものノリで軽く挨拶する我が妹。
本当に同じ18歳とは俄に信じがたい。
この店に足を運ぶのは半年ぶりだが、板張りの小さな店内は相変わらずだった。
この店は本業はママチャリ屋だが、市内で数少ないスポーツ車の取扱店であり、
店長自身もイベントやレースに参加している人なのだ。
おれも2~3度、富士山のダウンヒルに連れて行って貰った事がある。
「日下部さん、ちょっとそこ見てごらん」
「おお!! F3じゃないですか!! しかもフルカンパ!! 店長、何時買ったんですか?」
「いやいや、それはお客さんのだよ。頼まれ物でね」
「うぉー、凄い、凄い、おれも欲しいなぁ」
早くも改造費だけで80万は軽く越えているロードバイクを見て、おれと店長との濃厚トークが始まる。
が、今日は別の用事で店に来た。
「あ、いや、実は今日は自転車を買いに来まして」
「以前話してたGIANTのTCR Advanced-0、遂に買う事にしたのかい?」
「いやいや、確かに欲しいですけどねぇ」
そのお金は結婚費用と引っ越し代で全部消えてしまいました。


「みさちゃん、何の話か分からないんだけど……」
「ああ、分からなくていいよ。あの2人、いつもあんな感じだから。
 兄貴ぃ~、そろそろ本題入ろうぜ?」
「ああ、すまん。店長、実は自転車を買うのはおれじゃなくて……」
「ああ、そちらのお嬢さんか。可愛らしいねぇ。もしかして、これ?」
と、おれの前に小指を立ててニヤニヤする店長。
あやのと結婚する話、貴方にした覚えは無いのですがねぇ。

あやのはおれと店長にどの様な自転車が欲しいかを細かく話してくれた。
簡単に言えば、あやのが希望している自転車は、
おれと一緒に買い物が出来て、おれと一緒に山をツーリング出来るやつが欲しい、と。
我が妹が「バカ夫婦」と横でからかっているのは敢えて無視して、
色々なメーカのカタログを見たり、実際に展示してある自転車を見て車種を決める。
店内にあるカタログに載っている自転車であれば、今在庫していないものでも取り寄せてくれるという。
おれが自転車の事を話すと、それだけで夜になってしまうため、あやのが質問するまで黙っていた。
片道20km(!)の自転車通学をしてきたみさおも途中で加わって、ああだこうだと話し合いながら車種が絞られていった。
無数にある自転車の中からあやのが選んだのは、
GIANTのESCAPE Rシリーズと、RIGHTWAYのPASTURE(パスチャー)シリーズ。
前者は「クロスバイク」と呼ばれるMTBとロードバイクの「良いとこ取り」をしたバイクで、
舗装路で高速でガンガン走れる一方で、よく締まった砂利道でもスイスイ走れてしまう優れもの。
後者は「コンフォートバイク」と呼ばれる「ママチャリ」に近いバイクだが、
足回りはちゃっかりMTBと同じものを使用しており、走行性能はそこらのママチャリよりも格段に良い。
「ミケネコブラウン」というカラーもとてもお洒落で可愛らしいし、値段も安い。
ただ、ここで問題が発生。
あやのはスカートを穿くことが多いので、トップチューブの高いESCAPEは非常に乗りづらい。
一方、PASTUREはスカートでも乗れる様に工夫はされているが、これで長距離のツーリングは正直辛すぎる。
「うーん、どっちにしようか迷うわ」
「丈の短いスカートだったら問題無いんだけどなぁ」
これはおれのスケベ根性で言っているのではなく、自転車乗りとしての純粋な意見。
「あやの、あーだこーだ言ってねーで実際に乗ってみたら?」
幸い、どちらも現車が店にある。あやのは試乗してみる事になった。


新しい自転車を乗り較べながら、どちらにしようか考えているあやの。
何だか凄く楽しそうだ。
おれ個人としては、ガンガン走れるロードバイクに乗って欲しいな。
専用のウェアを着て、カーボン製のヘルメットに丈夫なグローブ。
髪を纏め上げて山間、あるいは海沿いの国道を快走するあやの。
長い距離を走破し、目的地に辿り着いた時の達成感を夫婦共に分かち合う。最高じゃないか。
或いは、クロカンライダーとして。
山中の一本道。泥だらけで根っこだらけのシングルトラック、
所々に現れる倒木、土砂崩壊、高い段差。
様々な障害物を巧みなテクニックで攻略するというあやの。
時にはおれが後押しして、共に障害物を乗り越える。
そして、峠を制覇した時の達成感を夫婦共に分かち合う。最高じゃないか。
そして、あとは豪快にダウンヒル。
そうすると、自転車はESCAPEでもPASTUREでもなく、フルサスのMTBが良いな。
あ、敢えてハードテイル路線で行くのもアリか。
「可愛いあやの」も良いけれど「恰好良いあやの」も見てみたいなぁ。
凄いギャップがあるけれど、みさおがワンピースを着るよりはよっぽど現実的であり、
違和感もそれほど感じないであろう。

「さっきから何ブツブツ言ってんだ? 気持ち悪ぃなぁ」
ああ、落ち着け、落ち着くんだ、自重しろ、自重しろ、おれ。
「おーい、聞こえてるかー?」
そうだ、無理に自分の趣味を押しつけるのは良くない。
あやのが自転車に興味を持って、それからゆっくりと、だ。そうだ、
「兄貴~? あやののパンツは何色?」
「白!!」
って、何言わせるんだ!!
「さっきから何ひとりでブツブツ言ってんだよ。しかもニヤニヤしながらさぁ」
「べ、別に何でもない!!」
おれの理想的な夫婦像をこいつに話すと、碌な事がない。だから話さない。
「ていうか、何であやののパンツの色知ってんだよ?」
「あ、あれは、つつつつつい、勢いで、な?」
正直に言うが、勢いで適当に言っただけだ。鷲宮神社の神さまに誓おう。
「勢いでどーした? 寝込みを襲ったか?」
えっと、勘違いされていますね?
「アホか。まだしとらん」
しまった。
「ふっふーん、『まだ』してねーんだ?
 あんまりあやのを退屈させねー方がいいぜ? このエロ兄貴」
どうやら自分で地雷を踏んでしまったようだ。
落ち着け、落ち着くんだ、おれ。そうだ、平常心、平常心、と。
「で、したのか? してねーのか?」
「じ、実は…………」
まだしてません。おれは24年間経験ゼロです。それが何か?
「へぇ、したんだ? へぇ? で、どうだった? どうだった?」
「お前、何か勘違いしてないか?」
「は? 何の事? やっぱりあやのじゃ物足りねぇってか。どんだけドスケベなんだよ」
「だから違うって!!」


ちょうど良い(いや悪い)タイミングで、あやのが試乗から戻ってきた。
「2人とも、そこで何を話してるのかしら?」
「ん? 兄貴があやのじゃ物足りねぇって」
「そ、そんな事は言ってない!! コイツが勘違いしているだけだ!!」
我が妹が勘違いしているだけです。本当に。
「ふーん、ごめんなさいね? 私が『女』として物足りなくて」
あやのは笑顔はそのままに、声のトーンが下がった。
これは危険信号だ。おれの命日が今日になりそうだ。
「確かに物足りないと言えば物足りないが、それとこれとは意味が違う訳でして……」
「言い訳は裏でしましょうか? ねぇ」
ニコニコ顔でおれと妹に迫るあやの。三方は自転車に囲まれており、逃げ場は無い。
ふと、顔を横に向けてみる。店長、見てないで助けて下さいよ!!
「奥さんはもっと大切にしないといけないよ? 日下部さん」
ちょ、店長っ!!
「さて、行きましょうか?」
おれは腕を掴まれて店の裏へと連れて行かれる。
その後、こってりと絞られるハメになった。
おれが素直に事情を説明すると、やっと理解をしてくれたお陰で事は収まったが、
代わりにみさおに大笑いされた。こっちは本気だったんだぞ!!
この時嬉しかったのは、「いつかその時が来ればいいわね」とあやのが言ってくれたこと。
それは形式的な返事ではなく、心からの希望だった。
つまり、ゆくゆくはおれと一緒に自転車で色々な所を走りたい、とのこと。
おれ達3人は、今後もこんな感じで過ごしていくのだろう。



「はい、確かに。3カ月経ったら店に来て下さい。ブレーキワイヤの点検をしますので」
「はい。どうも有り難う御座いました」
会計をすませたあやのが、ミケネコブラウンの新しい自転車と一緒に店から出てきた。

「さて、折角ここまで来たんだから、サイクリングロードを通って運動公園まで行こうか?」
「そだな。その前に腹減ったからどっかで飯喰おうぜ? もち兄貴のおごりで」
ニヤニヤするみさお。そして、菜の花の様な柔らかい笑顔のあやの。
2人の顔を見てしばらく考えた後、
「よし、おれがご馳走しよう。そこの馬車道まで競争だ!」
「やったー、って、ずりーぞ!! フライングすんなよ!!」
「ふ、2人とも、ま、待ってよ~!」

暖かい春の土曜日。
おれ達3人は、相も変わらずワイワイしながら休日をゆっくりと過ごした。
サイクリングをしながら。




















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