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二輪の花 第5話

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【第5話:soak】



 秋葉原、とあるメイドカフェにて。
 6時にこなたが入店してから、数時間たった後。

「泉さん……その、言いにくいんですけど」
「あ、あとちょっと! あとちょっとだけですから!」
 泉こなたは困った顔をする店員に懇願をする。時刻は9時を回っている。閉店まであと一時間のところで、いつも以上に混雑していた。
「うーん、まあ、泉さんだし」
 しかたなくメイド服姿の店員が譲歩する。
 迷惑なのはわかっていたが、後5分。後10分。まるで締め切りを前にした作家のように時間を引きのばす。
 その5分でかがみが来るかもしれない。そう思うと、どうしても店を出られない。
「いらっしゃいませー、ご主人様」
 もう最後にしよう。これ以上は仕方ない。そう思い絶望的な思いでその言葉の先を見つめた。
 店内に入ってきたのは、意外な人物だった。
「……ゆーちゃん?」
 驚いて口に出す。ゆたかはきょろきょろと周りを見回した後、近くにいた店員に話しかける。
 その店員はゆたかの身長にあわせるようにかがみ、耳を傾ける。
 その顔が明るい。こなたが不思議に思っているとるんるんとスキップしながらこなたの方へやってきた声を張り上げる。
「泉さん!」
「……な、なんですか?」
「泉さんを探している人がきましたよ」
「……え?」
 ゆーちゃんが、私を探している?
 かがみじゃなくて? それは、どういう意味だろう。
「すぐに呼んできますね」
 いらっしゃいませ、ご主人様と新たに入ってきたお客に遠くに笑顔を振り向きながらその店員はゆたかのいる方に歩いていった。
 クーラーの風のだろうか。
 襲ってくる寒気にこなたはぶるっと身を震わせた。

「やっぱりここにいたんだね」
「ゆーちゃん、どうしたの?」
 やはりつれてこられたのは小早川ゆたかだった。平然と、呼吸をみださずに店員の後ろについてきた。
「て、ゆーか、どうして私の場所わかったの?」
 思わぬ人物の登場に驚きながらもこなたは、待っていたことが報われた気がして喜んだ。これだけ待って収穫ゼロというのは正直辛い。
 それが待ち人でないにしても、こなたは暖かく迎えようと決めた。なんていたって従妹にあたるゆたかであったから。
 高校入ってからみなみと言う親友ができたせいか、以前ほどべたべたした関係ではないにしろ、従妹には変わりない。
「……かがみ先輩から聞いたんだ」
「かがみん?」
 どうしてゆーちゃんが? というか、かがみはどうしたんだろ。
 まあいいやとこなたは思う。わざわざきたんだし、コーヒーをケーキをオーダーしてゆたかに奢ってあげた。
「それはともかく、何の用? わたしが寂しくなったりした?」
 こなたはお姉ちゃんづらをして笑う。
 ゆたかの顔が邪悪に歪む。その質問をゆたかは無視した。

「――かがみ先輩のこと、好きなの?」
 ぶほっ!
 思わぬ質問にこなたは口に含んだコーヒーをごほごほと、むせる。
 なななななななんですとー?

「え、えと、それ、どういう意味、ゆーちゃん」
「はっきり答えてよ」
 ゆたかが発する怒気にこなたの顔が引き締まる。いつもゆたかではない。
 それでも茶目っ気を失わないように明るく笑いかける。
「そりゃあ、ツンデレだし、かわいいし。かがみのことは普通に好きだよ」
 ゆたかはスティックシュガーを三個もいれた甘いコーヒーを口に運ぶ。
 ずーずーと音をたてて飲む。
「本気で、いってるんだよ」
「本気?」
 それって、どういう――?
「……私はかがみ先輩のことが好き。たぶんこなたお姉ちゃんが思っているのとは違う意味で」
「そ、そっか」
 急な告白にこなたは驚きながらも、冷静をつくろう。従姉としてお姉ちゃんでいないといけない、とこなたは思いながら。
「これ、かがみ先輩からもらったものなんだ」
 そういって黄色の造花を取り出す。
「何の花?」
 あまり花には詳しくないこなたが当然の疑問を口にする。ゆたかはカーネーションだよ、っていった。
 枯れることのない人工花が、風に反応してゆれる。黄色の造花は星のように、いつまでも輝きを失うことなく咲き続ける。
「きれいだよね」
「うん……そうだね」
 かがみが花とはねえ。
 こなたは一人、顔を赤らめながらゆたかに花を渡すかがみを想像してくすりと笑った。

「――それで、お姉ちゃんはどうなの?」
 ゆたかはずいっと体をのめらせる。
「うーん、なんていえばいいかな。『好き』だと、思うけど」
「けど?」
「わからないよ。女の子通しだもん。その気持ちが本当なのか。ただ嫌いじゃないし、一緒にいたいよ」
「……」
 ゆたかはこなた以上に小さい体躯を大きく見せる。

 冗談は言わない方がいいのかもしれない。その真剣な瞳にこなたは大きく身震いをする。
 沈黙がテーブルの周りを支配する。場違いの電波ソングはすでにBGMとしてすら成り立たず、不協和音として耳障りにキーキーと音を立てていた。
 たまらずこなたはコーヒーを口に運び場をつなぐ。
「……でもね、お姉ちゃん」
 その顔がひどく歪む。
 ニヤリと笑った気がした。
「――かがみ先輩はお姉ちゃんのこと、嫌いみたいだよ」

 …え?

 そう告げたゆたかの顔は確かに真剣だった。
「…何いってるの?」
「もっかい言おうか? かがみ先輩はおねえちゃんのこと嫌い。『うざい』っていってたよ」
「ゆーちゃん?
――冗談でも、怒るよ。私だって」
 この子は何を言っているんだろうか。
 へらへらとしていた顔はすっかり緊張しきってゆたかを仇敵を目にしたのかようににらみ付ける。
 嘘でも言って良いことといけないことがある。
 いくらゆーちゃんでも。かわいい従妹だとしても、許せない。その言葉だけは許せない。
「だから言ってるでしょ。『嫌い』だって」
「そんなわけない! かがみんが私のことを? そんなことありえない!」
「――そうやって怒るのは自覚している証拠、だよね」
「ふざけないでよ!」
 こなたは右手をテーブルに叩いた。テーブルをがたがたと揺れる。
 グラスに入ったコーヒーが縦に揺れてこぼれる。叫んだ声に驚いて周囲の目線が集まる。
「……あ」
 取り乱したことを反省してこなたは黙る。
「そんなこと、ないはず」
 呟いた言葉にしかし、こなたは確信をもてなかった。
 目まぐるしく今日のできごとを回想する。

――かがみの態度
――約束のすっぽかし
――目の前にいるゆーちゃん。
 普通であると思う方がどうかしている。
 あながち、間違っていない、かもしれない……。

「いいもの、見せてあげようか?」
 ゆたかはスカートのポケットから携帯電話を取りだした。ふんふん♪と鼻歌を歌いながらを携帯を弄ぶ。
 それからニヤリと嫌な笑顔を見せてディスプレイをこなたに見せた。
 こなたの顔が驚愕と羞恥で赤面する。
「か、かがみ!?」
 そこに出ていたのは間違いなくかがみだった。それにゆたかもいた。
 かがみが一糸纏わぬ姿で写っていた。
 夢にまで見たかがみの裸体。想像するだけだったかがみの乳房。
 こんな時に、やっぱりかがみって綺麗だな――と咄嗟に思った自分に辟易した。
 ディスプレイ上のかがみは憮然と、二コリともしていない。しかし間違いなくかがみだ。
 平均的な女子高校生よりもやや大ぶりの胸。それでいて形が綺麗に整っている。乳首や乳輪が美術に書かれた女性裸像のように神秘的で魅力的だった。
 細い腕。ひっそりとたたずむおへそ。特徴的なツインテールが静止画でぶれずに移っている。

「どうして?」
 ゆたかに対しての言葉なのか。かがみに対してなのか。それとも自分自身に吐いたのか。こなたは絶望的に、そのディスプレイに目を奪われていた。
「私とかがみ先輩。私達……仲、いいよね?」
 こなたは頷くことも否定することもできない。
 打ちのめされて、うなだれて、目に涙を浮かべる。
「それとね、こなたお姉ちゃん」
 いったん言葉を切った。次はどんな言葉でこなたを口撃しようかと舌なめずりをするかのように。
 それでいてこなたに心の準備をする暇はなかったし、ゆたかは与える気もなかった。
「お姉ちゃんが待っていた時間。 私とかがみ先輩、『えっち』していたんだよ。先輩、すごく綺麗だったよ――?」
 もうこなたは何もいえなかった。
 できることとえいえば、顔を落として、こみ上げてくる涙の決壊を堪えることだけだった。

 ゆたかはあざ笑うかのように、ふふと笑みをこぼす。
「私はもういくね。お姉ちゃんが帰ってきているし」
 立ちあがり、出て行こうとする。その最中にゆたかを案内した店員と目が合う。
「あれ、もうお出かけですか? ご主人様」
「はい」
 その店員がこなたに目配せをした。こなたは呆然と頷く。
 私のおごりという意味だ。
「早く帰ってきてくださいね、ご主人様」
 ゆたかは微笑を返して出て行った。

 何がどうなって、こうなってそうなったのか。
 こなたは空になった従妹のコーヒーグラスとチーズケーキに意味もなく視線をおろす。
「かがみが…ゆーちゃんと?」
 その言葉が重い。小さな体では支えきれないほどにのしかかってくる。
 ここにいても仕方ない、そう思いこなたはカウンターへ向かう。見知った店員が応対をする。何を言っているのか目から鼻へ抜けてしまってわからない。
 言葉が表音化してしまっている。
 財布から5000円を出して渡す。
「あ、泉さん! お代は3000円です!」
 遠くから言葉が聞こえたような気がした。
 もうこなたは店からでて、オタクが行き交う秋葉原の中央通へと歩き出していた。
 人のまばらの裏通りに入る。
 涙が際限なく頬を伝う。
「ちょっと我慢できない……かもなあ」
 他人事のように呟いた言葉が、より一層涙腺を刺激する。
 こなたは空を見上げた。
 秋分を目の前にした9月の中旬。午後9時なるとあたりも暗い。表通りの喧騒が嘘のように閑散とし、照らす白熱光もパステルカラーのように淡い燐光を灯すだけ。
「きれい……といっても住人さんみたいに天体観測とはいかないか」
 笑い飛ばせるような体力は残っていなかったが、最近やったゲームも思い出して、こなたは呟いた。

 空は黒い。雲はほとんど出ていないが、東京の空で天体観測など夢のまた夢。
 ふとこなたは手を伸ばした。部長ひとりだけの天体観測。誰も、星もいない。暗澹たる、永遠に続く闇の膨張。
 何も触れずに空を切る。
 自由を感じさせる夜空はしかし絶望的なまでに遠かった。






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  • うぁぁ
    切ねぇ……このこなたには報われてほしいな -- 名無しさん (2008-05-29 20:44:40)

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