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創作の衝動 第3話

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匿名ユーザー

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「ふぉぉぉぉぉ………」
とある同人誌即売会の1スペース。そのスペースの本日の主である
田村ひよりは、これまでにない緊張の面持ちでそこに佇んでいた。

「ドウシマシタカ、ヒヨリ?」
彼女のクラスメートにして友人であり、今までに何度も売り子の手伝いを
しているパトリシア=マーティンもその只ならぬ様子を見て声をかける。

「あ、パティ…心配させちゃったならゴメンね、
 今日の本は売れるのかなぁ…ってつい思っちゃって」
「大丈夫デスヨ、自信持ってクダサイヒヨリ♪」
(ゴメンねパティ、さすがに本当の理由は話せないっスよ…
まさか、今描いてる同人誌のシリーズを描くきっかけとなった
サークルさんが私の隣のスペースだなんて事は…)
パティの声に返事を返しつつ、心の中で嘘をついている事を詫びるひより。

そうこうしているうちに、隣のスペースにもサークルの面々が到着し準備に移る。
…数分後、準備が終わったのか隣のサークルの面々の1人がひよりに声をかけて来た。

「どうも、おはようございます」
「は、はひっ!?」
不意に声をかけられた事に驚き、妙な声を上げてしまうひより。

「あ、いつも私のサークルの作品を買っていただいている方でしたか…
 毎度本当にありがとうございます、お礼と言っては何ですが今回の新刊をどうぞ」
「ど、どうもありがとうございまス…あ、あのっ私からも今回の新刊…と、
 続き物ですので1冊目と2冊目も一緒に差し上げまっス」
「これはご丁寧に、こちらこそどうもありがとうございます…では、お互い頑張りましょう」
「は、はいっ」

ひよりが以前に買った「ラスボス」の同人誌の作家である、隣のサークルの代表。
…その人物は、作品から感じる「重さ」や「心の闇」といった要素を感じさせない
礼儀正しく丁寧で…穏やかな雰囲気を持った、優しい印象の人物だった。

「は~、今日は今までのイベントの中で一番疲れたっスねぇ…」
即売会が終了し、自宅に戻って自室のベッドに体を投げ出したひよりは
ありありと肉体面と精神面での疲れを感じさせる声を上げていた。

「それにしても…あんなに優しい雰囲気を持った人が、こんなに重い作品を
 描いていたとは…人は見かけによらないと言うけど、身を持って感じたっスねぇ…」
先ほどまで読んでいた、イベントの開始前に作家自ら渡した
「ラスボス」を出したサークルの新刊の内容を思い出しながらひよりは呟く。

…このサークルの今回のシリーズの例に漏れず、今回の新刊も各キャラの
「心の闇」を前面に出しており…前回の「ラスボス」以上の「重さ」を醸し出していた。
「しかし、どうしてこんな重い作品を描くようになったんスかねぇ…?
 このシリーズの前までの作品でも、一部で重い雰囲気のもあったけど
 今回のシリーズほどではなかったっスし…何か理由があるんスかねぇ?」

そんな事をぼんやりと考えている、その時。
「~♪」
「あ、新着メールっスか」
パソコンからの新着メール着信音を聞いて、ひよりは机に向かって行った。

メールソフトを立ち上げ、新着メールを確認するひより。
「見慣れないアドレスっスねぇ、でもあからさまにスパムって感じでもないし…
 え、題名が『本日はお疲れ様でした』って…ま、まさか…まさかっ!?」
一気に緊張の面持ちになったひよりが、微かに震える手でマウスを動かしメールを開封する。

「いきなりメールという形で驚かれていましたら申し訳ありません。
 ですがブログのコメントとして書くには文章があまりに長くなってしまう事は
 避けられない為、こうしてメールを送らせて頂きました。

 本日そちらから渡して頂きました、新刊を含めた3冊を読ませて頂きましたが…
 何ともほのぼのとした暖かい話の内容に、大袈裟でなく心が癒されるのを感じました。
 同じカップリングを扱っていながら、重い話を描き続けている私にとってお世辞抜きに
 あなたの作品が『心のオアシス』になりました。本当に、どうもありがとうございます。

 話は変わりますが、今回の新刊を含むシリーズの1冊目の後書きにて
 『今回、この作品のこのカップリングで描こうと思ったきっかけは
  とあるサークルさんが描いている同じカップリングの同人誌だ』と
 いう風に書かれていましたが…自惚れでしょうが、もしかして私が
 長いこと描いている同一カップリングのシリーズ物の同人誌なのでしょうか?
 どうしても気になるので、差し支えなければ教えて頂ければと思っています。

 それでは、これからもこのシリーズを初めとしたそちらの同人誌を楽しみにしております。」


「あららー…あっさり勘付くと思ってたのに、拍子抜けな結果になったっスね…」
メールを確認した時の緊張感から開放されたひよりが、安堵に極僅かな
落胆の混じった少々複雑な気持ちのこもった言葉をぼそりと呟く。

「よしっ、それならせっかくだし向こうの『気になる事』についてお教えするっスかねぇ」
そしてその直後、これまでにない晴れやかにして嬉々とした表情でメールの返信を書き始めた。

相手の「気になる事」についての返答。
今回のシリーズを描こうと思ったきっかけについての、突っ込んだ部分も含めた理由。
そして、向こうへの質問としての「何故ここまで重い話を描いているのか」といった疑問。
それら全てを込めた返信を送った事をきっかけとして、2人は同人作家としてや個人的な
思いや悩みを吐き出せる「良き仲間」という関係へと一気に駆け上がって行った。

…それから数ヵ月後の、とある同人誌即売会。
「今回は結構離れた位置になっちゃったっスねぇ…えーと、あそこっスね」
ひよりは新刊を手に、あの「ラスボス」を出したサークルのスペースへと足を運んでいた。

「どうもおはようございまっス」
「あ、おはようございます」
「今日の新刊っス、今回はバレンタインネタっスからとびきり甘いっスよ」
「どうもありがとうございます、こちらの新刊もどうぞ…毎度『重い』話で申し訳ないですが」
「いえいえ、気にしなくていいっスよ…メールでも言いましたけど、私の今のシリーズと
 あなたの今のシリーズは言ってみればコインの表裏のような関係なんスから」
「そうでしたね」
「あなたの作品の『闇』が、私の作品により強い『光』を描こうとする為の発奮材料になり…
 私の作品の『光』が、『闇』を描き続けるという茨の道を歩むあなたの道標になれればと
 思ってるっス…まぁ、私の作品という『光』じゃ心もとないかもしれないっスけどね」
「いえ、そんな事ないですよ…あなたの作品は、私にとっての『心のオアシス』なんですから」
「そうでしたね…それじゃあ、今日も1日お互いに頑張って行きましょうっス!!」




















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