荷物の中で携帯電話が鳴る。
「あ、私だ」
かがみはこなたと一緒に同時プレイしていたシューティングゲームを止め、荷物を漁って携帯を取り出す。
「家電(いえでん)からだ……もしもし?」
ここは泉家。かがみだけが遊びに来ていて、部屋にはこなたと二人きり。
「あ、まつり姉さん?」
週末にかこつけて、教師たちが出し惜しまなかった宿題の掃除は、まだ志半ば。それでもゲームに熱中しているのは、昼下がりの気だるい空気に喝を入れようとこなたが提唱したものであり、シューティングならとかがみが妥協した結果実現したものである。
「え、みゆき? もう来たんだ」
一人で泉家に来たかがみだが、柊家ではつかさがみゆきを迎える事になっている。何でも新しい料理のレシピを開発したとかで、それを夕食として振舞うのだという。
かがみの会話を横目に、こなたは飲みかけのコーラのグラスを手に取る。ゲームを始める前に入れたそれは、すっかり炭酸が抜けているようだった。
「え? 私何も……」
電話口では、かがみが戸惑ったような顔を見せる。何か叱責するようなまつりの声も、漏れ聞こえてくる。
姉妹がいると色々あるんだねえ……。
大方、実生活面でずぼらなかがみが、家事の分担をすっぽかすか何かしたのだろう。その程度のことだと思い、こなたは炭酸の抜けたコーラを口に含む。
だが次の一言、かがみが発した爆弾発言がこなたの耳から入り、口の辺りで炸裂した。
「ええ~!! つかさが妊娠!?」
「あ、私だ」
かがみはこなたと一緒に同時プレイしていたシューティングゲームを止め、荷物を漁って携帯を取り出す。
「家電(いえでん)からだ……もしもし?」
ここは泉家。かがみだけが遊びに来ていて、部屋にはこなたと二人きり。
「あ、まつり姉さん?」
週末にかこつけて、教師たちが出し惜しまなかった宿題の掃除は、まだ志半ば。それでもゲームに熱中しているのは、昼下がりの気だるい空気に喝を入れようとこなたが提唱したものであり、シューティングならとかがみが妥協した結果実現したものである。
「え、みゆき? もう来たんだ」
一人で泉家に来たかがみだが、柊家ではつかさがみゆきを迎える事になっている。何でも新しい料理のレシピを開発したとかで、それを夕食として振舞うのだという。
かがみの会話を横目に、こなたは飲みかけのコーラのグラスを手に取る。ゲームを始める前に入れたそれは、すっかり炭酸が抜けているようだった。
「え? 私何も……」
電話口では、かがみが戸惑ったような顔を見せる。何か叱責するようなまつりの声も、漏れ聞こえてくる。
姉妹がいると色々あるんだねえ……。
大方、実生活面でずぼらなかがみが、家事の分担をすっぽかすか何かしたのだろう。その程度のことだと思い、こなたは炭酸の抜けたコーラを口に含む。
だが次の一言、かがみが発した爆弾発言がこなたの耳から入り、口の辺りで炸裂した。
「ええ~!! つかさが妊娠!?」
ぶ~~~~
こなたはコーラを吹いた。最後の瞬間に下唇を突き出してしまったため、跳ね返ったコーラの大部分は自分の顔にかかってしまい、座卓に到達した飛沫の一部は、かがみが持ってきた『とある機関士への追憶』という本(暇を持て余したら読もうとしていたライトノベル)まで巻き込んでしまった。
「ね、姉さんたちもなの!? え、ちがう? うん……うん……。ちょ、何で私のせいなの? ……分かった、すぐ行く」
舌打ち混じりに電話を切ると、顔からコーラを滴らせながらこなたが聞きいてくる。
「えと、おめでた?」
いや……と、かがみは曖昧に首を振り、
「何か知らないけど、みゆきが私以外の姉妹の誰かが妊娠したと思い込んで、お祝い品を持って来ちゃったんだって」
「なんというカオス……」
「とにかく帰るわ」
そう言って、かがみは荷物をまとめだす。『とある機関士への追憶』に爆弾コーラの被害を認めると、ウェットティシュを取って出して拭いた。
「私も行くよ」
こなたが言う。
「嫁になったつかさを見なければ」
「いや、なってないから。ていうか、あんた本当に嫁が好きね」
「まあね」
こなたはコーラ滴る顔のまま、意味ありげに笑った。
「って、なんて顔してんのよ」
こなたの顔を見たかがみがギョッとして聞く。
「コーラに自分の顔吹いた」
「逆でしょ」
かがみは『とある機関士への追憶』を拭いたウェットティッシュで、そのままこなたの顔を拭きだす。目を瞑って顔を上に向ける様は、まるでキスをねだるかのようだし、こなたもそう見えるように心がけたのだが、かがみはというと、むしろ顔を汚して帰ってきた子供とその母親のような構図なんだろうなと思った。
「本を拭いたやつで、そのまま顔を拭くかがみ萌え♪」
「あ、ごめん」
「あ、いーのいーの」
新しいウェットティシュを取ろうとするかがみを、こなたは止める。
「つまり、ラノベと同じくらい私の事が好きだと」
「バカな事ならいくらでも思いつくんだな……ていうかダメだ。顔洗ってきなさい」
ウェットティッシュでの限界を悟ったかがみが言う。
「せっかくかがみに拭いてもらったのに?」
「……置いてくぞ」
「あー、待って待って」
こなたが洗面所にすっ飛んで行ったので、かがみはテーブルを拭きながら待つことにした。
「自分の顔で水を洗」うこなたは、この時はまだ、まさかみゆきの勘違いの原因の原因が自分だなどとは、夢にも思っていなかった。
「ね、姉さんたちもなの!? え、ちがう? うん……うん……。ちょ、何で私のせいなの? ……分かった、すぐ行く」
舌打ち混じりに電話を切ると、顔からコーラを滴らせながらこなたが聞きいてくる。
「えと、おめでた?」
いや……と、かがみは曖昧に首を振り、
「何か知らないけど、みゆきが私以外の姉妹の誰かが妊娠したと思い込んで、お祝い品を持って来ちゃったんだって」
「なんというカオス……」
「とにかく帰るわ」
そう言って、かがみは荷物をまとめだす。『とある機関士への追憶』に爆弾コーラの被害を認めると、ウェットティシュを取って出して拭いた。
「私も行くよ」
こなたが言う。
「嫁になったつかさを見なければ」
「いや、なってないから。ていうか、あんた本当に嫁が好きね」
「まあね」
こなたはコーラ滴る顔のまま、意味ありげに笑った。
「って、なんて顔してんのよ」
こなたの顔を見たかがみがギョッとして聞く。
「コーラに自分の顔吹いた」
「逆でしょ」
かがみは『とある機関士への追憶』を拭いたウェットティッシュで、そのままこなたの顔を拭きだす。目を瞑って顔を上に向ける様は、まるでキスをねだるかのようだし、こなたもそう見えるように心がけたのだが、かがみはというと、むしろ顔を汚して帰ってきた子供とその母親のような構図なんだろうなと思った。
「本を拭いたやつで、そのまま顔を拭くかがみ萌え♪」
「あ、ごめん」
「あ、いーのいーの」
新しいウェットティシュを取ろうとするかがみを、こなたは止める。
「つまり、ラノベと同じくらい私の事が好きだと」
「バカな事ならいくらでも思いつくんだな……ていうかダメだ。顔洗ってきなさい」
ウェットティッシュでの限界を悟ったかがみが言う。
「せっかくかがみに拭いてもらったのに?」
「……置いてくぞ」
「あー、待って待って」
こなたが洗面所にすっ飛んで行ったので、かがみはテーブルを拭きながら待つことにした。
「自分の顔で水を洗」うこなたは、この時はまだ、まさかみゆきの勘違いの原因の原因が自分だなどとは、夢にも思っていなかった。
「顔を上げていいわよ、みゆき」
こなたを伴ったかがみが帰宅すると、みゆきはようやく土下座していた顔を上げた。するとその場にいた全員……いのり、まつり、かがみ、つかさの柊四姉妹に、父のただお、母のみきと、こなたの総勢七人はいっせいにみゆきから目をそらした。別に彼女を嫌ってではなく、眼鏡を外して畳に額をつけての土下座だったため、顔には畳の痕がくっきりとついていたのだ。
「本当に申し訳ございません。なんとお詫びしてよいか……」
かがみを見ると、今度はそちらに向けて土下座の姿勢となる。
「もうやめてってば。誰も怒ってないわよ」
というか、笑いを堪えるのに必死である。
「でも……」
みゆきは顔だけ上げるが、やっぱり畳の痕がくっきりだ。模様の見本としてカタログに載せられそうなほどなので、怒れという方が無理である。
「とりあえず、何があったか教えてよ。その勘違いが、何故私のせいなのか。それに……」
こなたを見て口ごもる。かがみにはもうひとつ気になることがあったのである。
こなたを伴ったかがみが帰宅すると、みゆきはようやく土下座していた顔を上げた。するとその場にいた全員……いのり、まつり、かがみ、つかさの柊四姉妹に、父のただお、母のみきと、こなたの総勢七人はいっせいにみゆきから目をそらした。別に彼女を嫌ってではなく、眼鏡を外して畳に額をつけての土下座だったため、顔には畳の痕がくっきりとついていたのだ。
「本当に申し訳ございません。なんとお詫びしてよいか……」
かがみを見ると、今度はそちらに向けて土下座の姿勢となる。
「もうやめてってば。誰も怒ってないわよ」
というか、笑いを堪えるのに必死である。
「でも……」
みゆきは顔だけ上げるが、やっぱり畳の痕がくっきりだ。模様の見本としてカタログに載せられそうなほどなので、怒れという方が無理である。
「とりあえず、何があったか教えてよ。その勘違いが、何故私のせいなのか。それに……」
こなたを見て口ごもる。かがみにはもうひとつ気になることがあったのである。
「ごめんください」
「はーい」
柊家の敷居を跨いだみゆきを向かえたのは、長女のいのりであった。
「いらっしゃい。……みゆきちゃんだよね?」
来客の両腕に抱えられた荷物があまりにも大量だったので、念のために聞いてみる。
「はい」
やがて荷物の間から眼鏡をした美麗な顔が現れて返事をした。話したことはないが、一度ならず柊家を訪れたことがあったので面識あった。
「ごめんね、つかさは今買い物に出かけてて。あ、とりあえずその辺に置いて」
「はい、すみません」
いのりに手伝ってもらいながら、ラッピングされた荷物群で山を築くと、みゆきは靴を脱いで上がる。
「すごい量だね。お土産ってことでいいのかな?」
みゆきはいいとこのお嬢さんだと聞く。そうでなければ、宅配のアルバイトでも始めたのかと聞いてしまいそうな量だった。
「生物はある?」
「いえ、冷蔵が必要なものはありません」
「そう。じゃ、つかさの部屋に運んじゃおうか? あ、かがみ宛のものもある?」
みゆきはとんでもないというように、大げさに首を振った。
「いえ、お体に触りますから」
「?」
「これは……」
みゆきはモジモジと赤面して俯く。
「これは……たぶん、いのりさん宛てです」
「それはどうも……って、これ全部!?」
いのりは改めてそれを見る。積み上げた荷物の山のてっぺんは、近くのナンバーディスプレイ機能のない黒電話の位置より高かった。いのりの背筋に冷たいものが走る。何かの間違いだということは明白であり、嫌な予感がする。
「ええと、何を持ってきてくれたか教えてもらえるかな?」
「あ、はい。他の方のお祝いと重なるとかもしれませんからね」
「(お祝いなんだ……)」
「こちらが哺乳瓶と、その消毒セットになります」
みゆきは一番上の箱を指差して言った。
「こちらはラトル……ガラガラですね。この大きいのが天井から吊るすタイプのオルゴールです。この袋にはベビー服が三着……男女兼用なので、どちらが生まれても使用できます。ベビーベッドと歩行器は、私一人では運べないので宅配を手配しました。一両日中には到着するはずです」
続いてみゆきは、ベビー用品専門店の商品券の入った薄い箱を取り出して説明するが、いのりは心ここにあらずだった。そして考える。
この子は、本当にかがみやつかさの友達のみゆきちゃんだろうか? 言っていること、やっていること、全てがおかしい。実はそっくりな別人で、訪れる家を間違ってお祝いを持ってきたのではなかろうか? でも、近所にに妊娠中の女の人なんていないし、見覚えのあるみゆきちゃんで間違いないし、私が「いのり」だってことも知っていたし……。
育児雑誌や関連書籍の購入にお役立てください、と図書券で以って一連の説明を終えたみゆきは、続いていのりの両手を取ってこう言う。
「いのりさん、この度の御懐妊、本当におめでとうございます。大変なことだとは存じますが、元気な赤ちゃんをお生みになることが出来るよう、心よりお祈り申し上げております」
同じ身長・同じ視点の少女の表情は、心が洗われるほどに澄み切っていた。自分とまだ見ぬ赤ん坊のことを、心から思ってくれているということが伝わってくる。それを否定するのは辛い。心苦しい。だが、現実は厳しい。
「ごめん、それ私じゃないと思う」
「ええっ、そうなのですか!?」
平謝りなみゆきを見て、いのりは思う。みゆきも思う。じゃあ誰なのか?
可能性としては男っ気のない姉妹たちよりは、母・みきに五人目が出来たという方がよっぽどありえる。だがそうだとして、長女も知らないような事をこの子はどうやって知ったのだろうか?
間の悪い事に、次女のまつりがノコノコやってきてしまった。
「お~、すごいお土産。わるいねー」
「まつりさん!」
いきなりやって来て土産だと決め付けたまつりに飛びつくようにして、みゆきは相手の手を取った。
「まつりさんは大学生でしたよね?」
「う、うん、そうだけど……」
自分より身長の大きい妹の友達に気圧され、まつりは体を引きながら何度も肯く。
「かがみに勉強を教えられないような、なんちゃってだけどねー」
「そんな事は関係ありません! 例えば私の母のように……いえ、母を引き合いに出すのはやめましょう。とにかく」
きら~ん、と擬音をつけてやりたくなるほどみゆきの目が輝いた。
「出産を伴う学生結婚は何かと困難が多いかとは思いますが、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」
時が止まった。安産を祈願されてしまったまつりが、あ~~~と間の抜けた声を絞り出すことに成功するまで、どれほどの時が費やされたかは分からない。
「生憎だけど、身に覚えがないなあ……」
まつりはみゆきの肩に手を置いて言う。
「だって考えてみてよ。もしそんな相手がいれば、休みの日に家で暇を持て余しているのっておかしくない?」
まつりは言いながら、いのりは聞きながら悲しくなってきてしまったのだが、これは恋愛経験のないみゆきにも十分納得の行く理屈だった。
「とすると……!!」
みゆきはハッとして、時間経過の感覚の都合上脱いだばかりかどうか分からなくなってしまった靴を急いで履くと、柊家を飛び出した。
いのりもハッとする。自分→まつりと来れば、次の狙われるのは……!
「みゆきちゃん、待って!」
急いで後を追う。だがみゆきは、家から程近い路上ですでにつかさを捕獲していた。
「つかささん、つかささん……」
買い物袋を両手に提げ、自由の利かないつかさに後ろから抱きつき、滝涙に暮れていた。
「つかささんがどなたを人生の伴侶に選ばれたかは存じませんが……私は、私は……何があろうともつかささんの味方ですからね」
しゃくりあげながらそこまでどうにか言い終えると、つかさにしがみついたままみゆきは声を上げて泣き出した。そこへようやくいのりがやって来て、みゆきを引き剥がしにかかるが、ヤドカリの貝に引っ付いたイソギンチャクのように離れない。さらに後から駆けつけたまつりと二人がかりで、ようやく引き剥がす事に成功した。
白昼、路上の分離劇。みゆきはそのまま、捕獲された宇宙人のようにいのりとまつりに支えられて、柊家へと連行された。
そして、突然のベビー用品の山の出現に目を丸くしていたただお・みき夫妻の前で事の経緯が説明され、いのり・まつり・つかさが色んな意味で不本意ながら「妊娠の至るような身に覚え」がないことを白状した上で、みゆきの勘違いだと判明した。
自分のせいでそのような事を白状する羽目になった三人に申し訳ない気持ちで一杯のみゆきは、まるで溶けかけの雪だるまのように身を縮めながら、自分がそのような勘違いをした原因について話した。
「はーい」
柊家の敷居を跨いだみゆきを向かえたのは、長女のいのりであった。
「いらっしゃい。……みゆきちゃんだよね?」
来客の両腕に抱えられた荷物があまりにも大量だったので、念のために聞いてみる。
「はい」
やがて荷物の間から眼鏡をした美麗な顔が現れて返事をした。話したことはないが、一度ならず柊家を訪れたことがあったので面識あった。
「ごめんね、つかさは今買い物に出かけてて。あ、とりあえずその辺に置いて」
「はい、すみません」
いのりに手伝ってもらいながら、ラッピングされた荷物群で山を築くと、みゆきは靴を脱いで上がる。
「すごい量だね。お土産ってことでいいのかな?」
みゆきはいいとこのお嬢さんだと聞く。そうでなければ、宅配のアルバイトでも始めたのかと聞いてしまいそうな量だった。
「生物はある?」
「いえ、冷蔵が必要なものはありません」
「そう。じゃ、つかさの部屋に運んじゃおうか? あ、かがみ宛のものもある?」
みゆきはとんでもないというように、大げさに首を振った。
「いえ、お体に触りますから」
「?」
「これは……」
みゆきはモジモジと赤面して俯く。
「これは……たぶん、いのりさん宛てです」
「それはどうも……って、これ全部!?」
いのりは改めてそれを見る。積み上げた荷物の山のてっぺんは、近くのナンバーディスプレイ機能のない黒電話の位置より高かった。いのりの背筋に冷たいものが走る。何かの間違いだということは明白であり、嫌な予感がする。
「ええと、何を持ってきてくれたか教えてもらえるかな?」
「あ、はい。他の方のお祝いと重なるとかもしれませんからね」
「(お祝いなんだ……)」
「こちらが哺乳瓶と、その消毒セットになります」
みゆきは一番上の箱を指差して言った。
「こちらはラトル……ガラガラですね。この大きいのが天井から吊るすタイプのオルゴールです。この袋にはベビー服が三着……男女兼用なので、どちらが生まれても使用できます。ベビーベッドと歩行器は、私一人では運べないので宅配を手配しました。一両日中には到着するはずです」
続いてみゆきは、ベビー用品専門店の商品券の入った薄い箱を取り出して説明するが、いのりは心ここにあらずだった。そして考える。
この子は、本当にかがみやつかさの友達のみゆきちゃんだろうか? 言っていること、やっていること、全てがおかしい。実はそっくりな別人で、訪れる家を間違ってお祝いを持ってきたのではなかろうか? でも、近所にに妊娠中の女の人なんていないし、見覚えのあるみゆきちゃんで間違いないし、私が「いのり」だってことも知っていたし……。
育児雑誌や関連書籍の購入にお役立てください、と図書券で以って一連の説明を終えたみゆきは、続いていのりの両手を取ってこう言う。
「いのりさん、この度の御懐妊、本当におめでとうございます。大変なことだとは存じますが、元気な赤ちゃんをお生みになることが出来るよう、心よりお祈り申し上げております」
同じ身長・同じ視点の少女の表情は、心が洗われるほどに澄み切っていた。自分とまだ見ぬ赤ん坊のことを、心から思ってくれているということが伝わってくる。それを否定するのは辛い。心苦しい。だが、現実は厳しい。
「ごめん、それ私じゃないと思う」
「ええっ、そうなのですか!?」
平謝りなみゆきを見て、いのりは思う。みゆきも思う。じゃあ誰なのか?
可能性としては男っ気のない姉妹たちよりは、母・みきに五人目が出来たという方がよっぽどありえる。だがそうだとして、長女も知らないような事をこの子はどうやって知ったのだろうか?
間の悪い事に、次女のまつりがノコノコやってきてしまった。
「お~、すごいお土産。わるいねー」
「まつりさん!」
いきなりやって来て土産だと決め付けたまつりに飛びつくようにして、みゆきは相手の手を取った。
「まつりさんは大学生でしたよね?」
「う、うん、そうだけど……」
自分より身長の大きい妹の友達に気圧され、まつりは体を引きながら何度も肯く。
「かがみに勉強を教えられないような、なんちゃってだけどねー」
「そんな事は関係ありません! 例えば私の母のように……いえ、母を引き合いに出すのはやめましょう。とにかく」
きら~ん、と擬音をつけてやりたくなるほどみゆきの目が輝いた。
「出産を伴う学生結婚は何かと困難が多いかとは思いますが、元気な赤ちゃんを産んでくださいね」
時が止まった。安産を祈願されてしまったまつりが、あ~~~と間の抜けた声を絞り出すことに成功するまで、どれほどの時が費やされたかは分からない。
「生憎だけど、身に覚えがないなあ……」
まつりはみゆきの肩に手を置いて言う。
「だって考えてみてよ。もしそんな相手がいれば、休みの日に家で暇を持て余しているのっておかしくない?」
まつりは言いながら、いのりは聞きながら悲しくなってきてしまったのだが、これは恋愛経験のないみゆきにも十分納得の行く理屈だった。
「とすると……!!」
みゆきはハッとして、時間経過の感覚の都合上脱いだばかりかどうか分からなくなってしまった靴を急いで履くと、柊家を飛び出した。
いのりもハッとする。自分→まつりと来れば、次の狙われるのは……!
「みゆきちゃん、待って!」
急いで後を追う。だがみゆきは、家から程近い路上ですでにつかさを捕獲していた。
「つかささん、つかささん……」
買い物袋を両手に提げ、自由の利かないつかさに後ろから抱きつき、滝涙に暮れていた。
「つかささんがどなたを人生の伴侶に選ばれたかは存じませんが……私は、私は……何があろうともつかささんの味方ですからね」
しゃくりあげながらそこまでどうにか言い終えると、つかさにしがみついたままみゆきは声を上げて泣き出した。そこへようやくいのりがやって来て、みゆきを引き剥がしにかかるが、ヤドカリの貝に引っ付いたイソギンチャクのように離れない。さらに後から駆けつけたまつりと二人がかりで、ようやく引き剥がす事に成功した。
白昼、路上の分離劇。みゆきはそのまま、捕獲された宇宙人のようにいのりとまつりに支えられて、柊家へと連行された。
そして、突然のベビー用品の山の出現に目を丸くしていたただお・みき夫妻の前で事の経緯が説明され、いのり・まつり・つかさが色んな意味で不本意ながら「妊娠の至るような身に覚え」がないことを白状した上で、みゆきの勘違いだと判明した。
自分のせいでそのような事を白状する羽目になった三人に申し訳ない気持ちで一杯のみゆきは、まるで溶けかけの雪だるまのように身を縮めながら、自分がそのような勘違いをした原因について話した。
「それが私だったと」
余計な口を挟まぬようにこなたの顔の下半分を手で覆い、むしろ「騒ぐと人質の命はねえぞ」というセリフの方がよっぽど似合う状態で原因として指名されたかがみは、きょとんとする。きょとんとしたのは、原因として指名された意外性だけでなく、みゆきの言動についての驚きによる部分もある。一つには、みゆきでもそんなに荒れることがあるのだということ。もう一つは、家族以上に家族らしいことを言った点である。つかさに本当に子供が出来た時(そしてそれはたぶん自分より先だろうと思っている)、自分は素直に祝福できるだろうか。少なくとも、現時点では心の準備など出来ていない。
「はい。数日前、かがみさんが『おば』になるというような話を、泉さんとなさっていたのが聞こえてまいりまして」
産む側のお鉢が、かがみに回ってこなかったのはこのためである。てっきりこなたの存在が「すでに子供がいるようなもの」として認知されているのだと思っていたかがみは、一応ホッとした。
そして視線の集中砲火がこなたに着弾する。
「やっぱりお前か、って視線がイタイんですけど」
「日頃の行いが悪いからよ」
そう斬って捨てたかがみであるが、自己弁護には抜かりない。
「でも、そんな話してないわよ」
「申し訳ございません」
みゆきは、自分とイニシアルが同じ俳優(高嶋某)が演じるホテルマンのように謝る。
「お二人がその話をされている時、わたしは生徒会関連の書類に目を通しているところで、ちゃんと聞いてはいなかったのです。漏れ聞こえてきた程度で……。その後やはりお祝いをすべきだと思って母に相談してみましたら……その……」
「大量に買い込んできた、と」
部屋の隅の山に目をやって、かがみが嘆息する。
「とにかく原因は私達にあるみたいだね、かがみんや」
何故かこなたが目を輝かせる。
「何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「いやー、あの探偵の決め台詞が使えるかなーって。じっちゃんの名はいつも一つ!」
「どっちの少年探偵の口癖を言いたかったんだ!? でも、数日前か……。時期が漠然としてるけど、何について話したっけ?」
「んー、まず私の嫁がツンデレだということ」
顎に手を当て、こなたがしたり顔で言う。
「誰があんたの嫁だ。それに私はツンデレじゃない」
「誰もかがみのことだとは言ってないんだけどねー」
「う……」
「今日も眠いって事とか」
「あんたいつもだろ」
「ネトゲでパーティー組んだ人がさ、面白い駄洒落言ってね」
「寝不足の原因がそれだという意味の会話はいつもしてるし」
「コーヒーにキーボード吹いた」
「だから逆だって」
「ペットは飼い主に似るって話とか」
「そうそう、ぎょぴちゃんまた太っちゃって、誰に似たのやら……うっさい!」
「きんぎょ~、え~きんぎょ~」
「うるさい金魚屋ね……っておい!? 真面目にやりなさいよ!」
かがみは声を荒らげるが、ただおとみきは和んでいた。
「懐かしいネタだね」
「出会った頃を思い出すわ……」
「そこも和まないの!」
甥や姪より先に、二人目の妹か一人目の弟でも出来そうな雰囲気だった。
「それとアニメの話もしたよね」
「それもいつものことじゃない。原作はどうの、声優がどうの、延長がどうのって」
「そうそう、プロ野球中継の延長で放送時間が……ん? プロ野球……」
何か思い当たることでもあったのか、こなたは腕を組み考える顔になる。先ほどごちゃ混ぜにした少年探偵のアニメであれば、保護者が眠りに落ちる頃合であろうか。
「かがみ、PC貸して」
「いいけど、何? 真相はネットで見かけたネタか?」
「さすが私の助手……もとい嫁」
「嫁でも助手でもない! それより何に使うのよ?」
「そのネタを検索するためだよ。ほら、話したじゃん」
「何を?」
いよいよ真相に辿りつけるとあって、二人以外の全員も身を乗り出す。
そしてこなたの口から出てきた言葉とは!!
「マンコビッチ、ウンコビッチ、メガチンポの事だよ」
余計な口を挟まぬようにこなたの顔の下半分を手で覆い、むしろ「騒ぐと人質の命はねえぞ」というセリフの方がよっぽど似合う状態で原因として指名されたかがみは、きょとんとする。きょとんとしたのは、原因として指名された意外性だけでなく、みゆきの言動についての驚きによる部分もある。一つには、みゆきでもそんなに荒れることがあるのだということ。もう一つは、家族以上に家族らしいことを言った点である。つかさに本当に子供が出来た時(そしてそれはたぶん自分より先だろうと思っている)、自分は素直に祝福できるだろうか。少なくとも、現時点では心の準備など出来ていない。
「はい。数日前、かがみさんが『おば』になるというような話を、泉さんとなさっていたのが聞こえてまいりまして」
産む側のお鉢が、かがみに回ってこなかったのはこのためである。てっきりこなたの存在が「すでに子供がいるようなもの」として認知されているのだと思っていたかがみは、一応ホッとした。
そして視線の集中砲火がこなたに着弾する。
「やっぱりお前か、って視線がイタイんですけど」
「日頃の行いが悪いからよ」
そう斬って捨てたかがみであるが、自己弁護には抜かりない。
「でも、そんな話してないわよ」
「申し訳ございません」
みゆきは、自分とイニシアルが同じ俳優(高嶋某)が演じるホテルマンのように謝る。
「お二人がその話をされている時、わたしは生徒会関連の書類に目を通しているところで、ちゃんと聞いてはいなかったのです。漏れ聞こえてきた程度で……。その後やはりお祝いをすべきだと思って母に相談してみましたら……その……」
「大量に買い込んできた、と」
部屋の隅の山に目をやって、かがみが嘆息する。
「とにかく原因は私達にあるみたいだね、かがみんや」
何故かこなたが目を輝かせる。
「何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「いやー、あの探偵の決め台詞が使えるかなーって。じっちゃんの名はいつも一つ!」
「どっちの少年探偵の口癖を言いたかったんだ!? でも、数日前か……。時期が漠然としてるけど、何について話したっけ?」
「んー、まず私の嫁がツンデレだということ」
顎に手を当て、こなたがしたり顔で言う。
「誰があんたの嫁だ。それに私はツンデレじゃない」
「誰もかがみのことだとは言ってないんだけどねー」
「う……」
「今日も眠いって事とか」
「あんたいつもだろ」
「ネトゲでパーティー組んだ人がさ、面白い駄洒落言ってね」
「寝不足の原因がそれだという意味の会話はいつもしてるし」
「コーヒーにキーボード吹いた」
「だから逆だって」
「ペットは飼い主に似るって話とか」
「そうそう、ぎょぴちゃんまた太っちゃって、誰に似たのやら……うっさい!」
「きんぎょ~、え~きんぎょ~」
「うるさい金魚屋ね……っておい!? 真面目にやりなさいよ!」
かがみは声を荒らげるが、ただおとみきは和んでいた。
「懐かしいネタだね」
「出会った頃を思い出すわ……」
「そこも和まないの!」
甥や姪より先に、二人目の妹か一人目の弟でも出来そうな雰囲気だった。
「それとアニメの話もしたよね」
「それもいつものことじゃない。原作はどうの、声優がどうの、延長がどうのって」
「そうそう、プロ野球中継の延長で放送時間が……ん? プロ野球……」
何か思い当たることでもあったのか、こなたは腕を組み考える顔になる。先ほどごちゃ混ぜにした少年探偵のアニメであれば、保護者が眠りに落ちる頃合であろうか。
「かがみ、PC貸して」
「いいけど、何? 真相はネットで見かけたネタか?」
「さすが私の助手……もとい嫁」
「嫁でも助手でもない! それより何に使うのよ?」
「そのネタを検索するためだよ。ほら、話したじゃん」
「何を?」
いよいよ真相に辿りつけるとあって、二人以外の全員も身を乗り出す。
そしてこなたの口から出てきた言葉とは!!
「マンコビッチ、ウンコビッチ、メガチンポの事だよ」
「あはははははははは」
まつりが壊れた。こなたが検索したものを見て笑いが止まらなくなったのである。
「ヒッキー大佐? 弱そ~。ストロー外相にチュー・チュー・スエ会長だって。ストロー外相を使ってちゅーちゅー吸うのかな? ははははは……」
そのサイトには、海外の珍名奇名の有名人が列記されていた。数日前、こなたはここで見た名前たちをネタに、かがみと雑談していたのである。
なお、マンコビッチは日本プロ野球にやってきた助っ人外国人、ウンコビッチはNATO軍がユーゴスラビアを爆撃していた頃のベオグラード市長、メガチンポはギニア湾のサントメ・プリンシペ共和国の保健衛生大臣である。
それらの名前を何の前振りもなく口にしたこなたは、かがみの教育の成果として、大きなたんこぶを頭に作っていた。
「私の頭も壊れるかと思ったヨ」
「自業自得だ。……これじゃない?」
かがみが目当ての人名を見つけ、こなたは反転させてまつり以外の人たちに分かるようにしてあげた。
「まあ……」
「ん~?」
「う~む?」
「へー」
「ほー」
「あはははははははは……」
様々な反応でもって迎えられた人名はこれである。
まつりが壊れた。こなたが検索したものを見て笑いが止まらなくなったのである。
「ヒッキー大佐? 弱そ~。ストロー外相にチュー・チュー・スエ会長だって。ストロー外相を使ってちゅーちゅー吸うのかな? ははははは……」
そのサイトには、海外の珍名奇名の有名人が列記されていた。数日前、こなたはここで見た名前たちをネタに、かがみと雑談していたのである。
なお、マンコビッチは日本プロ野球にやってきた助っ人外国人、ウンコビッチはNATO軍がユーゴスラビアを爆撃していた頃のベオグラード市長、メガチンポはギニア湾のサントメ・プリンシペ共和国の保健衛生大臣である。
それらの名前を何の前振りもなく口にしたこなたは、かがみの教育の成果として、大きなたんこぶを頭に作っていた。
「私の頭も壊れるかと思ったヨ」
「自業自得だ。……これじゃない?」
かがみが目当ての人名を見つけ、こなたは反転させてまつり以外の人たちに分かるようにしてあげた。
「まあ……」
「ん~?」
「う~む?」
「へー」
「ほー」
「あはははははははは……」
様々な反応でもって迎えられた人名はこれである。
オバサンジョ(前ナイジェリア大統領)
「つまり……?」
首を傾げているただおは、因果関係を把握できてないらしい。畳の痕が消えないみゆきが、言葉を受ける形で説明する。
「つまり、泉さんがオバサンジョ前大統領について話しているのをちゃんと聞いていなかった私が、三女であるかがみさんが近々『おば』になるという話題だと勘違いしてしまったというわけです……おはずかしながら」
「まさか私が、ナイジェリアの前大統領について話してるなんて思わないだろうからね。単に面白いって理由で」
「あんたがもっと世の中の事に関心を持つ人間なら、みゆきもこんな勘違いしなかったろうにね」
かがみは嫌味たらしさを装ってそう言ったが、こなたは気にも留めずにこう切り返した。
「いやー、趣味と萌えと嫁の事で手一杯で。あ、ナイジェリアって国は、ネット詐欺の関連で一応知ってるけどねー」
こなたはこんなだが、畳の痕が消えないみゆきには、勘違いの要因として別の見解と仮定が生まれる。
一つには、少子化の世の中にあって、かがみの「三女」という珍しいといっても過言ではない続柄。もう一つには、まさにこなたの言う嫁云々。つまりは、こなたがこれほどかがみにべったりでなかったら、おばだの、ということは甥だの姪だのといった込み入った話を、二人がすると想起し得ただろうか?
ともあれ、誤解は解けた。が、問題が残った。
「どうすんの、これ?」
視線の集中砲火が、山と積まれたベビー用品に突き刺さる。この後、さらにベビーベッドと歩行器がやってくるのだ。みゆきが再び土下座し、額の畳の痕の延命をしながら言う。
「私が責任を持って持ち帰ります。ご迷惑でしょうが、宅配の再手配まで置かせていただけないでしょうか?」
「かまわないよ」
ただおはそう答えながら、ふと考える顔になる。
「ありがとうございます。では、商品券と図書券は、お騒がせしたお詫びとして差し上げます」
「読書家」のかがみが鋭く目を光らせた。一方ただおは、考える顔のままみゆきに尋ねる。
「でも、持って帰ったところで使い道はあるのかな? ご近所さんに赤ちゃんが生まれるとか」
「いえ……少なくともすぐ要り用というわけではありません」
姉妹がいるわけでもないので……となれば自分の時までということか。
「じゃあ、もらってしまっても構わないかな?」
ただおが再び尋ねる。
「はい。ですが……」
「うーん」
ただおはさらに考える顔になる。
「ゆかりさんのおもちゃになるんじゃないかな?」
突然、こなたが放言する。
「なんでよ」
例によってかがみが呆れながら突っ込む。
「誰かをおもちゃにする為のおもちゃとしてだよ。赤ちゃんプレ―」
「はい、危ない発言禁止」
「ゆかりさんなら似合うと思うよ」
「その娘の前で言うな! ああでも、とても高校生には見えない小さな子相手なら、案外できるかもね」
「むう……」
揶揄されたと分かるとこなたがむくれる。いつの間にか笑い止み、その二人を興味深げに見ていたまつりが、やおら口を挟む。
「面白そうね、それ。やってみたら?」
「ちょ、まつりさん!?」
「こなたちゃんが赤ちゃん役。かがみがお母さん役で」
「それなら萌えますね」
「なんでよ!?」
若い娘たちがじゃれている間に、ただおはある決断をした。
「じゃあせっかく持ってきてくれたんだし、持って帰るのも大変だろうから頂いちゃおうかな」
首を傾げているただおは、因果関係を把握できてないらしい。畳の痕が消えないみゆきが、言葉を受ける形で説明する。
「つまり、泉さんがオバサンジョ前大統領について話しているのをちゃんと聞いていなかった私が、三女であるかがみさんが近々『おば』になるという話題だと勘違いしてしまったというわけです……おはずかしながら」
「まさか私が、ナイジェリアの前大統領について話してるなんて思わないだろうからね。単に面白いって理由で」
「あんたがもっと世の中の事に関心を持つ人間なら、みゆきもこんな勘違いしなかったろうにね」
かがみは嫌味たらしさを装ってそう言ったが、こなたは気にも留めずにこう切り返した。
「いやー、趣味と萌えと嫁の事で手一杯で。あ、ナイジェリアって国は、ネット詐欺の関連で一応知ってるけどねー」
こなたはこんなだが、畳の痕が消えないみゆきには、勘違いの要因として別の見解と仮定が生まれる。
一つには、少子化の世の中にあって、かがみの「三女」という珍しいといっても過言ではない続柄。もう一つには、まさにこなたの言う嫁云々。つまりは、こなたがこれほどかがみにべったりでなかったら、おばだの、ということは甥だの姪だのといった込み入った話を、二人がすると想起し得ただろうか?
ともあれ、誤解は解けた。が、問題が残った。
「どうすんの、これ?」
視線の集中砲火が、山と積まれたベビー用品に突き刺さる。この後、さらにベビーベッドと歩行器がやってくるのだ。みゆきが再び土下座し、額の畳の痕の延命をしながら言う。
「私が責任を持って持ち帰ります。ご迷惑でしょうが、宅配の再手配まで置かせていただけないでしょうか?」
「かまわないよ」
ただおはそう答えながら、ふと考える顔になる。
「ありがとうございます。では、商品券と図書券は、お騒がせしたお詫びとして差し上げます」
「読書家」のかがみが鋭く目を光らせた。一方ただおは、考える顔のままみゆきに尋ねる。
「でも、持って帰ったところで使い道はあるのかな? ご近所さんに赤ちゃんが生まれるとか」
「いえ……少なくともすぐ要り用というわけではありません」
姉妹がいるわけでもないので……となれば自分の時までということか。
「じゃあ、もらってしまっても構わないかな?」
ただおが再び尋ねる。
「はい。ですが……」
「うーん」
ただおはさらに考える顔になる。
「ゆかりさんのおもちゃになるんじゃないかな?」
突然、こなたが放言する。
「なんでよ」
例によってかがみが呆れながら突っ込む。
「誰かをおもちゃにする為のおもちゃとしてだよ。赤ちゃんプレ―」
「はい、危ない発言禁止」
「ゆかりさんなら似合うと思うよ」
「その娘の前で言うな! ああでも、とても高校生には見えない小さな子相手なら、案外できるかもね」
「むう……」
揶揄されたと分かるとこなたがむくれる。いつの間にか笑い止み、その二人を興味深げに見ていたまつりが、やおら口を挟む。
「面白そうね、それ。やってみたら?」
「ちょ、まつりさん!?」
「こなたちゃんが赤ちゃん役。かがみがお母さん役で」
「それなら萌えますね」
「なんでよ!?」
若い娘たちがじゃれている間に、ただおはある決断をした。
「じゃあせっかく持ってきてくれたんだし、持って帰るのも大変だろうから頂いちゃおうかな」
ええ~~
柊四姉妹の大合唱。曲名「ええ~~」。みきまでもが目を見開いている。
「まさか五人目を……?」
呆然と問うのは、物心ついた頃には自分以外の家族が五人すでにいたかがみやつかさではなく、家族が増える過程を見てきたいのりである。
「よかったね、つかさ」
こなたは言う。
「これでリアル妹か弟萌えだよ」
「それ以前にバーチャル妹か弟萌えじゃないし」
かがみが代理して突っ込む。
「いや、五人目用じゃないんだよ」
萌えの概念を理解しているかどうかはさておき、ただおが言う。
「一人目狙いとでも言うのかな」
その意味するところにすぐ反応したのもいのりだった。
「一人目の孫ってことね……?」
「双子なら一気に二人目ですね」
「あんたは黙ってろ」
指摘しなくてもいい事実を指摘するのがこなたであり、それに必要不可欠なツッコミを入れるのがかがみである。
「休日に家で暇を持て余していたら、親として心配になるからなあ」
「そうね。ベビー用品が家にあれば、プレッシャーになるものね」
「か、母さんまで……」
いのりは鬱陶しそうに濃紫のショートヘアをかき回す。
「私以外の誰かが触発されても知らないからね」
そう言い捨てると、いのりは足音も荒く自室へと引き上げてしまった。
「あ、姉さん。忘れ物」
まつりはガラガラの箱を持って後を追う。それを見たただお、みき、つかさもそれぞれ何かしら持って祭りに続いた。
「お姉ちゃん、開けて見ていい?」
そんなつかさの声も聞こえてきた。何気に中身が気になっていたらしい。
興味深く事態の進行を眺めていたこなたと、その急変についていけずに呆然としていたみゆき。雷同する気にもならずにそんな二人と一緒に取り残されたかがみは、図書券の確保に失敗したことを嘆くよりも先に、家庭・家族単位のプライバシーというものに思いを馳せていた。
「部外者の晒すようなことなないだろ、これ……」
「いやー、いい物を見せてもらったよ」
「特にこういう奴の前では!」
本当に色々と申し訳ないと思いながら、みゆきも本心ではこなたと同じだった。こなたにしろみゆきにしろ、一人っ子である以上、一生甥や姪を持つことはなく、従って叔母になることもないのだ。少なくとも現時点では。
「近い内に叔母三女かがみんの爆誕かあ」
こなたは遠くを……いや、近くを見る目で言う。
「高校生にもなれば別に珍しくもないでしょ。小五や小三だとどうかと思うけど」
「叔母三女になるときは、是非お祝いしたいものだね~」
「生まれてくる赤ちゃんがメインじゃないのかよ!?」
かがみは頭が痛くなってきた。おばになるだけでお祝いなら、母になる際はお祭り騒ぎでも起こしかねない。
「それより、ナイジェリアって日本に大使館置いてたかな?」
「あるんじゃないの? アフリカじゃ大国だし……って、何を企んでるんだ?」
かがみは、度重なる悪戯に辟易する母親のような顔でこなたを見た。
「決まってるじゃん。今回の騒動を、オバサンジョさんに教えてあげるんだよ。かがみ英語得意だったよね。じゃ、手紙よろ」
「書かん!」
「あ、大使館の人なら日本語分かるか」
「オバサンジョ前大統領は大変な親日家で、たびたび来日しているそうですよ」
畳の痕が消えないみゆきが笑顔で要らぬ知恵をつけると、こなたはポンと手をたたく。
「そっか。じゃあ直接伝えればいいんだ」
「柊家の問題を国際問題にするな~!!」
かがみはふと、外国に行けばチョコレートがたくさんもらえる、と言って喜んでいたのも思い出した。ついでに、こなたがつかさを助けるため(と称して)、外人をノシてしまった事も思い出した。
だからこう思った。
こなたを決してオバサンジョ前大統領に会わせてはいけない!
こいつの迷惑は、せめて日本国内に留めなければ。
よくよく考えれば、こなたにそこまでの積極性があるとも思えないのだが、ともあれこうしてまた一つ、かがみは気苦労を抱え込むのだった。
「まさか五人目を……?」
呆然と問うのは、物心ついた頃には自分以外の家族が五人すでにいたかがみやつかさではなく、家族が増える過程を見てきたいのりである。
「よかったね、つかさ」
こなたは言う。
「これでリアル妹か弟萌えだよ」
「それ以前にバーチャル妹か弟萌えじゃないし」
かがみが代理して突っ込む。
「いや、五人目用じゃないんだよ」
萌えの概念を理解しているかどうかはさておき、ただおが言う。
「一人目狙いとでも言うのかな」
その意味するところにすぐ反応したのもいのりだった。
「一人目の孫ってことね……?」
「双子なら一気に二人目ですね」
「あんたは黙ってろ」
指摘しなくてもいい事実を指摘するのがこなたであり、それに必要不可欠なツッコミを入れるのがかがみである。
「休日に家で暇を持て余していたら、親として心配になるからなあ」
「そうね。ベビー用品が家にあれば、プレッシャーになるものね」
「か、母さんまで……」
いのりは鬱陶しそうに濃紫のショートヘアをかき回す。
「私以外の誰かが触発されても知らないからね」
そう言い捨てると、いのりは足音も荒く自室へと引き上げてしまった。
「あ、姉さん。忘れ物」
まつりはガラガラの箱を持って後を追う。それを見たただお、みき、つかさもそれぞれ何かしら持って祭りに続いた。
「お姉ちゃん、開けて見ていい?」
そんなつかさの声も聞こえてきた。何気に中身が気になっていたらしい。
興味深く事態の進行を眺めていたこなたと、その急変についていけずに呆然としていたみゆき。雷同する気にもならずにそんな二人と一緒に取り残されたかがみは、図書券の確保に失敗したことを嘆くよりも先に、家庭・家族単位のプライバシーというものに思いを馳せていた。
「部外者の晒すようなことなないだろ、これ……」
「いやー、いい物を見せてもらったよ」
「特にこういう奴の前では!」
本当に色々と申し訳ないと思いながら、みゆきも本心ではこなたと同じだった。こなたにしろみゆきにしろ、一人っ子である以上、一生甥や姪を持つことはなく、従って叔母になることもないのだ。少なくとも現時点では。
「近い内に叔母三女かがみんの爆誕かあ」
こなたは遠くを……いや、近くを見る目で言う。
「高校生にもなれば別に珍しくもないでしょ。小五や小三だとどうかと思うけど」
「叔母三女になるときは、是非お祝いしたいものだね~」
「生まれてくる赤ちゃんがメインじゃないのかよ!?」
かがみは頭が痛くなってきた。おばになるだけでお祝いなら、母になる際はお祭り騒ぎでも起こしかねない。
「それより、ナイジェリアって日本に大使館置いてたかな?」
「あるんじゃないの? アフリカじゃ大国だし……って、何を企んでるんだ?」
かがみは、度重なる悪戯に辟易する母親のような顔でこなたを見た。
「決まってるじゃん。今回の騒動を、オバサンジョさんに教えてあげるんだよ。かがみ英語得意だったよね。じゃ、手紙よろ」
「書かん!」
「あ、大使館の人なら日本語分かるか」
「オバサンジョ前大統領は大変な親日家で、たびたび来日しているそうですよ」
畳の痕が消えないみゆきが笑顔で要らぬ知恵をつけると、こなたはポンと手をたたく。
「そっか。じゃあ直接伝えればいいんだ」
「柊家の問題を国際問題にするな~!!」
かがみはふと、外国に行けばチョコレートがたくさんもらえる、と言って喜んでいたのも思い出した。ついでに、こなたがつかさを助けるため(と称して)、外人をノシてしまった事も思い出した。
だからこう思った。
こなたを決してオバサンジョ前大統領に会わせてはいけない!
こいつの迷惑は、せめて日本国内に留めなければ。
よくよく考えれば、こなたにそこまでの積極性があるとも思えないのだが、ともあれこうしてまた一つ、かがみは気苦労を抱え込むのだった。
おわり
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- いのりさんと子づく・・・・・・・(ry -- 名無しさん (2010-05-30 23:56:54)
- おもしろい・・・この作品はある意味「百合×2」してないので、
映像(アニメ)化して本編エピソード」として放送出来そうですね。
GJ!!
-- kk (2010-05-22 11:50:33) - うん、面白い!皆カワイイ! イイ! -- 名無しさん (2010-05-22 02:01:51)
- おもしろい!GJ!! -- 名無しさん (2008-08-15 14:40:54)
- 何度見てもいい
-- jio (2008-08-10 00:03:22) - 面ロー -- jio (2008-08-06 08:17:32)
- 面白かった -- 名無しさん (2008-07-11 15:30:54)