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有明夜話

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彼女は……泉こなたはここ最近、決まった時間に妙な視線を感じていた。

金曜日の真夜中、日付が変わって土曜日になった頃。今期イチオシのそのアニメが始まる五分前から、それは起こる。
自分を見つめる、暖かい視線。
異質で……しかし決して不快ではない、不思議な視線。

アニメが始まるとともに、その視線は感じられなくなる。
そして、エンディングテーマが流れる頃。こなたは再び、あの暖かい視線を感じる。

……やがてそれは、わずかな残滓を残して消えていくのだ……



――――――――
  有明夜話  
――――――――



お盆といえば、戦場の有明・コミックマーケット。
故人が還る時期であるお盆は、オタクにとってもっとも忙しい時期でもある。

その数日前。こなたとそうじろうは、菩提寺にあるかなたの墓前へとやってきていた。
「いつも前倒しでごめんねー、お母さん。こればっかりはオタクの性(さが)ってやつでさぁ……」
手を合わせてから、ラップでぴっちりと包んだ漫画本を引き上げる。春のお彼岸の時に供えた、あのアニメの原作本だ。
「おいおいこなた、そんなもの供えてたのか……」
後ろで、そうじろうも苦笑い。
「ん、これは普通にいい話だからさ、お母さんも楽しめるかなって」
「そういや、それ新刊出てたっけな?」
「うん、四冊買ってあるよー。観賞用、保存用、布教用、あと……これがお供え用ね」
ラップに包んだ、真新しい漫画本を一冊取り出す。昨日出たばかりの最新刊。
「なあこなた、それは家(うち)の仏壇に供えたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そっか。お盆だっけ」


清く正しい、オタクな父娘。
そんな二人を優しく包むように、夏の風が吹き抜けた。


 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―


その夜。そうじろうの自室、兼・仕事部屋。
「お父さん、今ちょっといいかな?」
「おー、いいぞ。ようやく一段落ついたとこだ」
PCから目を離して、ぐーっと伸びをひとつ。

小さめだが重厚なテーブルの上には、付箋を挟んだ分厚い書籍が山のように積まれている。
手元で開いていた一冊を、ぱたんと閉じる。
『雛見沢伝来考』。タイトルから察するに、今度の連載小説は郷土ものだろうか。

「あのさ、お母さんの写真の大きいやつってある?」
「なんだ、珍しいな」
よいしょ、と座りなおし、
「ネガから引き伸ばせば作れるけど、ネガは貸金庫だしなぁ……
 プリント用の高解像データでよかったら、ホームサーバーに置いてあるぞ。"common"フォルダの直下な」
「そっか、ありがと」
くるり、と身を翻す。
「しかし、どういう風の吹き回しだ?」
「んー、なんかねー……気分っていうか」
肩越しに振り返り、そう言い残して、こなたは軽やかに階段を駆け下りていった。


「うへぇ、やっぱパンパンだよ」
高解像度の画像データをそのまま保存すると、マイクロSDカードの空き領域はもういくらも残っていない。
さすがに圧縮しようかな、と一瞬思ったが、すぐに思い直す。

――なぜか、このままの形で持っておきたいと思った。

「……はて、何なんだろうね、この気持ちは」
しばしの間、思案顔。……しかしすぐに、
「ま、いっか。かがみんの決定的瞬間をパパラッチするぐらいは残ってるしね♪」
そう言いながら、カードをケータイに挿し直した。


 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―


東京国際展示場・通称ビッグサイト。まだ九時過ぎだというのに、気温は三十度をとうに超えている。
炎天下の駐車場。こなたはかがみとともに、待ち行列の中にいた。

「むー……相変わらず、すっごい人だねぇ……」
目の下にはクマがくっきり。アホ毛も萎れて元気がない。
「ちょっとこなた、大丈夫なの?顔色悪いわよ?」
さすがのかがみも、心配そうな顔は隠せない。
「うー……昨日寝てないんだよネ。サークルチェック漏らしててさー……」
「何よそれ……まったく、今日が本番だってわかってたでしょうに、なんであきらめて早く寝ないのよ?」
「わかってないなぁ。戦利品を抱いて会場で倒れるならば、それはオタクとして本懐を遂げたと言えるのだよ」
「あー、そうですか」

疲れきった顔で、それでも力説するこなたと、すっかり呆れ顔のかがみ。ダメな娘とそれを叱る母親のような、その雰囲気。
まばゆい陽光の中で、何かがくすり、と笑った。

「時に、かがみんや」
「何よ?」
「なんだかんだ言って、付き合ってくれるかがみ萌えー」
いつものニマニマ笑いを浮かべて、こなたが攻め込む。
「う、うるっさいわね! こ、今回は……その……ラノベの……先生が……ね?」
「あー、あの先生、企業ブースでステージ出るとか言ってたね。……順調に染まってるかがみん萌えー」
「……っ! ああもぅ、そんなんじゃ……」

防戦一方のかがみが反撃を試みようとしたその時、後ろでどよめきが起こった。スタッフが担架を持ってすっ飛んでいく。
気勢を削がれ、むぅ、とうめいてかがみは引き下がる。
これで……確か六人目。今日はことのほか、熱中症で倒れる参加者が多い。

「ほら~、かがみ、あんまり熱くなると……入る前に……ダレ……ちゃうよ?」
「そ、そういうあんたのほうが……こなた?」

こなたの上体が……右へ左へ、不安定に揺れている。

「ちょ、こなた!?」
麦わら帽の影になり、表情までは見えない。
覗き込んだその顔は……土気色。

「……ふぇ」
ぐらり。その上体が、大きく傾いた。


「こなた……っ!!」
思わず手を伸ばしたかがみの両手が、

――スカッと、宙をかき抱いた。

「……私、結構強いですよ?」
その場でぐっと踏みとどまり、何事もなかったかのように座りなおす。……何事も、なかったかのように。
「こ……こんな状況下で、シャレにならない冗談すんなっ! ……ぁぅ」
周囲の目がいっせいに自分に向けられ、かがみは思わず身をすくめる。

その目線の高さに、ちょうどこなたの顔があった。

「えへへ、ごめんなさ……ごめーん☆」
上目遣いで、小さく舌を出す。
血色良好、嘘のように元気を取り戻した、その表情。
その瞳は、いつにもなくぱっちりと見開かれ……

「あれー、かがみ、どうして顔赤いの?」
「な、なに可愛い子ぶってんの! ほら、列動くわよっ!」


 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―


午後一時半。渡り廊下の端にあるコンビニの前で、かがみはこなたを待っている。
手にしたバインダーには、お目当ての作家のサイン。思わずにやけそうになり、あわてて周囲を見渡す。

「……おまたへー、かがみん……」
「ふぁっ!? ……お、おかえりー、こな……って、テンション低っ!」
今朝の元気はどこへやら。どよーんとした表情で突っ立っている。
「いやー、なんていうかさー……」
「? 何なのよいったい。今日はえらく浮き沈み激しいわね……」

かがみの脇に、よっこらしょ、と腰を下ろしながら、
「ねえ、かがみ?」
「何?」
「……私、どうやって入場したんだっけ」
こなたは、妙な疑問を口にした。

「はぁ? 一緒に並んで、普通に入場したじゃないの」
「それがさー……気がついたら西館のホールにいたんだよねー」
「気がついたらって、おま……」
「東館の壁狙いだったはずなのにさー……おまけに、買う予定なかったサークルの本まで持ってるし……」
困ったような、しょうがないなあというような、なんとも微妙な顔を浮かべるこなただった。


 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―


「ふぅ……やっと戻ってきたわね」
夏の日もようやく姿を消そうか、という時刻。UR鷹宮駅のホームに、二人の少女の姿があった。
もうクタクタ、といった様相のかがみと、対照的にホクホク顔のこなたである。

「あんたは元気だな……」
「だってだって、あんだけ出遅れたのに、欲しかったトコの本、全部買えたんだよ? これって奇跡じゃん?」
「何がすごいんだかわかんないけど……まあいいわ、あんたがそれで幸せなら」
こいつ、マジで萌えからエネルギーが吸収できるのか? と、かがみは思う。

改札を出て歩くこと十分。鷹宮神社の鳥居と、静謐な境内が見えてくる。

「……お?」
「何よ、今度はどうしたの?」
「……来る……」

毎週一度だけ現れるはずの、あの気配が高まってくるのを感じる。
神社に近づくにつれ、強く、また強く。

「だから、どうしたのよ?」
「いや、なんか気配が……」
「こなた、ほんと大丈夫? 今朝がた倒れそうになってからおかしいわよ、あんた」
そういうかがみの顔は、さすがに心配そうだ。

「へ? 倒れそうになった……って?」
まさに『きょとん』という擬音がピッタリくる、そんな顔。
「覚えてないのかよっ!」


……その時。吹き抜ける温い風に混じって、

(ああ、これだけ霊力があれば……)

声が聞こえた、気がした。

「……かがみ、何か言った?」
「何も言ってな……っ・」

そう言いかけたまま、かがみが硬直した。

「……どったの? かがみだっておかしいじゃん、今日」

かがみは、二、三度口をぱくぱくさせた後……


「か、かかかかかかなたさんんん!!!?」
「おっほぅわ!?」

電線に並んだスズメたちが、蜘蛛の子を散らすように飛び立っていく。
その羽音に混じって……

『きゃっ!?』

今度は確かに。はっきりと、声が聞こえた。

「……『きゃっ』?」
ゆっくりと後ろを……声の主のほうを振り返る。


――白いブロードブリムハットと、薄い水色のサマードレス。
『えっと……ごめんなさいね、こなた……』
――青く長い髪。ふっくらとした頬を、恥ずかしげに染めて。
『その……お母さん、そのお話にハマっちゃって……』
――うつむいたまま、蚊の泣くような声で。
『どうしても、その本読んでみたかった、のよ……ね』
――両の人差し指を、胸の前でつんつんと突き合わせている。


「お、お母さん……」
「あー……こなたに洗脳されてしまわれましたか」


お盆といえば、盂蘭盆会。
オタク達が熱い戦いを繰り広げる夏コミ期間は、故人が懐かしい我が家へと還る時期でもある。


 ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×― ―×―


送り火を炊き、かなたを送った翌日。こなたとそうじろうは、菩提寺にあるかなたの墓前へとやってきていた。

「でも、びっくりしたよー。まさか、お母さんまで染まっちゃってるなんてネ」
手を合わせてから、ラップでぴっちりと包んだ薄い本を供える。
あの時、こなたが……いや、かなたが買った同人誌だ。
「こなたの思いが、通じたのかもしれないなあ」
後ろで微笑みながら、そうじろう。
「ん、これは普通にいい話だからね、お母さんも気に入ってくれてよかったよー」

「そういや、新刊持ってきたか?」
「うん、三冊買ってあるよー。観賞用、保存用、布教用ね」
ラップに包んだ、真新しい漫画本を三冊取り出す。数日前に出たばかりの最新刊。
「なあこなた、なんで増えてるんだ?」
「ん? だって、お母さんもあっちで布教したいだろうしさ」


清く正しい、オタクな父娘。
そんな二人を優しく包むように、秋近い風が吹き抜けていった。




 ― Fin. ―


















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