「んん?」
半ば乱入という態で入ってきた彼女は、玄関を見渡した。四人のお嬢様と一人のメイドが存在ましましたる玄関を。
ゆたかが見るに年齢は二十歳前後。身長はかがみより少し大きいくらい。明るい茶系の髪に、おそらく白い部類に入る顔は酒精に赤らんでいる。大きな垂れ気味の目は、動物的好奇心に輝いている。ヨッパライでなければ、さぞ魅力的な事だろう。
「おかえりなさいませ。あ、あの……」
天才的なピッキングの才能を有するヨッパライが、帰るべき家を間違えてしまったという顕微鏡サイズの可能性を排除するならば、この人が希望の糸の繰り手の一人、柊まつりだろう。だがしかし、全くもってまともではないこの状況下での初対面で、一体何を口にすべきなのだろうか。普段からまともで常識的な思考によって行動しているゆたかは、口をつぐんで相手の出方を待った。これがいけなかった。
まつりはゆたかの言葉を待つつもりなどハナからなく、一方的かつ勝手に状況を解釈していた。
普段からややエキセントリックな思考と行動哲学を持つ彼女であるが、更なる飛躍要素として酒が入っている事、酒の席で王様ゲームを興じ、女王様気分で帰宅した事が上げられる。だからまつりは、目の前の光景をこう解釈した。
半ば乱入という態で入ってきた彼女は、玄関を見渡した。四人のお嬢様と一人のメイドが存在ましましたる玄関を。
ゆたかが見るに年齢は二十歳前後。身長はかがみより少し大きいくらい。明るい茶系の髪に、おそらく白い部類に入る顔は酒精に赤らんでいる。大きな垂れ気味の目は、動物的好奇心に輝いている。ヨッパライでなければ、さぞ魅力的な事だろう。
「おかえりなさいませ。あ、あの……」
天才的なピッキングの才能を有するヨッパライが、帰るべき家を間違えてしまったという顕微鏡サイズの可能性を排除するならば、この人が希望の糸の繰り手の一人、柊まつりだろう。だがしかし、全くもってまともではないこの状況下での初対面で、一体何を口にすべきなのだろうか。普段からまともで常識的な思考によって行動しているゆたかは、口をつぐんで相手の出方を待った。これがいけなかった。
まつりはゆたかの言葉を待つつもりなどハナからなく、一方的かつ勝手に状況を解釈していた。
普段からややエキセントリックな思考と行動哲学を持つ彼女であるが、更なる飛躍要素として酒が入っている事、酒の席で王様ゲームを興じ、女王様気分で帰宅した事が上げられる。だからまつりは、目の前の光景をこう解釈した。
玄関で寝ている四人→王様への捧げもの(食べていい)
謎のメイド→王様の奴隷(食べていい)
謎のメイド→王様の奴隷(食べていい)
「おお、そうかそうか。苦しゅうない」
「え……?」
ゆたかとしては大いに困る。初対面の相手にいきなり納得されても……。
まつりはおかまいなしである。この点は普段と変わらない。彼女はこなたが一人ナース姿なのを見て取ると、かがみの腕をしっかりと押さえながら布団の中から引っ張り出す。それを見たゆたかが感嘆し、礼を述べようとしたのも束の間だった。
「お~、おいしそう。いっただきまーす♪」
極めて場違いな事を言って、まつりはこなたの顔に自分の顔を寄せようとする。唇に唇を重ねるため……。
「ダメ~!」
メイドの仕事にお嬢様のファーストキスを守るというものが含まれているかどうかは定かではないが、とっさに体が反応し、ゆたかは二人の間に割って入る。
あるいは、まつりの狙いは最初からゆたかだったのかもしれない。こなたは意外なほど簡単にまつりの手を離れ、かがみの上に落ちた。
「ぐえっ」
こなたに潰される格好になったかがみはそう言った(言わされた)が、その拍子に剥される格好になっていた布団が元に戻ったので、凍える事はないだろう。戻ってきたこなたを抱えてぬっくぬくすることだろう。
一方まつりと揉み合う格好でバランスを崩したゆたかは、ふと気付くとまつりの背景が床面になっている事に気付いた。むすーっと睨みつけてくるまつりの顔に差すのは、自分の影……? 膝は硬い床に触れている。どうやらまつりの上に馬乗りになっているようだ。手に触れる柔らかいものは当然……。
「奴隷(ろれい)ちゃん、ダイタンだねー」
まつりが小悪魔に豹変する。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて離れようとするゆたかの手を、まつりが捕らえて離さなかった。ゆたかの小さな手は、それよりは大きなまつりの手と、ゆたかのよりはずっと大きな胸にサンドウィッチにされる。さしものサンドウィッチ伯爵ですら、ギャンブルを放り出して見入りそうな光景である。
「いいよいいよ。今夜のあたしはちょーっと欲求不満でね」
「はあ」
「ちょ~~~~っと欲求不満なのだよ」
「……」
ものすごい欲求不満らしい。とうのも、出会いを期待させるような種類の酒席だったのだが……。
「男が一人足んなくなったんだよ。急用だか急死だかで」
「……そうなんですか」
急死なら友達も合コンしてる場合じゃなかろうに。
「よりによってあた(ら)しがあぶれちゃってねー」
「……残念でしたね」
この人の素材は悪くない。という事は、連れがよほどとんでもない美女で男たちを持っていかれたか、性格と振る舞いがよほど禍したかである。前者であって欲しい、と願うほどゆたかはロマンティストにはなれなかった。
「というわけで、食べちゃってくれて一向に構わないよ。その後(そろあろ)あた(ら)しが食べ(れ)るけど」
余り物のおかずの処分法を語る程度の投げ槍、捨て鉢、ぶっきらぼうぶりでまつりが言う。
「私は困ります」
サンドウィッチの具にされていた右手を引き抜くと、まつりは「あん」と色のついた声を出したが、ゆたかは構わず立ち上がる。
「あーあ、つまんない」
まつりはぶんむくれで、布団に包まって唇を尖らせる。……布団を返してくれそうにはない。まして、四人を運ぶのを手伝ってくれそうにもない。
ど、どうしよう……。
ゆたかが思案に暮れている間にも、まつりは次の行動に移る。
「……お腹空いた」
明らかにゆたかに向かって言ってくる。
「……はあ」
「メイド(めいろ)さん、お腹(らか)空いたよぉ」
「……ええと」
「なんか作(るく)って」
「……はい」
「それとお風呂(ふりょ)沸かして」
「…………はい」
言う事を聞いておいた方がよさそうだ。
台所に入りかけたゆたかを、まつりが呼び止める。
「ねえ。うちのお父(ろー)さん、どう(ろー)思う?」
面識があるという前提がいつの間にかまつりの中に出来ているようだが、実際あるので普通に答える。
「優しそうな方だと思います」
「で(れ)もさあ、面白(おもひろ)くないんだよねえ」
「……面白く??」
はて? 柊ただおは、何かエンターテイナーとしての副業でも持っているのだろうか?
「日本(りほん)の亭主(れいしゅ)っていった(ら)らさ、帰って『めし(れし)、風呂、寝(れ)る』で(れ)しょ」
ステレオタイプにしてもえらく古いような気がする。
「何で(れ)うちのお父(りょー)さんは、それ(りぇ)を言わな(ら)いかね(れ)ー」
「……さあ?」
「一度見てみた(ら)いんだよねー」
酔っ払いの戯言にしても、えらい変化球である。
「そう(ろー)いうわけで、あた(ら)しが代わりにそれやるから。まず、めし~」
「……はい」
呆れ果てながらゆたかは台所に行き、夜食を用意する。ここは定番のお茶漬けである。ご飯はもうなかったので、レンジで温めるタイプのを戸棚で見つけそれを使う。それを電子レンジにかけている間に、風呂を沸かす。その途中でまつりの様子を見てみたが、家の電話で誰かと話しているようだった。
ゆたかは茶を注いでいる時、ふと京都での客に出すお茶漬けの意味するところが、自分の願望に微妙な近似値を取っていることに気付いた。京都ではそれはもう帰れという意味を持つそうだが、だがしかし、帰るも何もここはまつりの家だし、自分が帰ったらこなたたちが何されるか分からないし……。所詮はかなわぬ夢である。
お盆に茶碗とレンゲを乗せて、玄関に戻っていくと、まつりはまだ電話で話していたが、お茶漬けを見るといかにも適当に切り上げて切った。よほど古き……でも良いとは限らない日本の亭主のステレオタイプを演じたいという願望があるのだろうか。
「悪戯してな……したんですね」
みゆき―つかさ組の布団が半分剥され、みゆきのパジャマのボタンが二つほど外されていた。まつりが脱がせようとしたらしい。ゆたかは布団をかけなおしてから、お盆を差し出す。
「いやー、邪魔が入っちゃってね」
呂律の方は回復していたが、頭はまだまだのようだ。
「誰からの電話だったんですか?」
「ん? お母さんから。その前にお父さんからもあったよ」
……ま、まさか。ゆたかはこの日最大の嫌な予感を覚えた。
「二人とも帰るの遅くなるって。こりゃ、実質的な朝帰り宣言だね」
ゆたかは、全ての希望の糸が千切れ飛ぶ音を幻聴した。まつりは希望の糸の繰り手どころか、絶望の深淵で待ち受けるアリジゴクだったのだ。……それ言い過ぎかと一瞬思ったが、
「まあ夜は長いんだし、女同士楽しくヤろうよ」
なんて酒気交じりの笑顔で言われたら、その顔がウスバカゲロウの幼虫にも見えてしまう。体液を吸われそうである。
「ヤろうよ」
「何で二度言うんですか?」
「大事なとこだから」
「大事な事、ですよね?」
「そうとも言うね。じゃあ、食べさせて」
まつりは身を乗り出して上目遣いになり、あーんと口を開ける。ウスバカゲロウの幼虫ではなく、鳥の雛のように。
しかたなくレンゲでお茶漬けを掬い運ぼうとすると、まつりはゆたかの腰を抱き寄せて、膝に座らせた。レンゲと茶碗を手にしているため、抗う暇もなかった。
「え……?」
ゆたかとしては大いに困る。初対面の相手にいきなり納得されても……。
まつりはおかまいなしである。この点は普段と変わらない。彼女はこなたが一人ナース姿なのを見て取ると、かがみの腕をしっかりと押さえながら布団の中から引っ張り出す。それを見たゆたかが感嘆し、礼を述べようとしたのも束の間だった。
「お~、おいしそう。いっただきまーす♪」
極めて場違いな事を言って、まつりはこなたの顔に自分の顔を寄せようとする。唇に唇を重ねるため……。
「ダメ~!」
メイドの仕事にお嬢様のファーストキスを守るというものが含まれているかどうかは定かではないが、とっさに体が反応し、ゆたかは二人の間に割って入る。
あるいは、まつりの狙いは最初からゆたかだったのかもしれない。こなたは意外なほど簡単にまつりの手を離れ、かがみの上に落ちた。
「ぐえっ」
こなたに潰される格好になったかがみはそう言った(言わされた)が、その拍子に剥される格好になっていた布団が元に戻ったので、凍える事はないだろう。戻ってきたこなたを抱えてぬっくぬくすることだろう。
一方まつりと揉み合う格好でバランスを崩したゆたかは、ふと気付くとまつりの背景が床面になっている事に気付いた。むすーっと睨みつけてくるまつりの顔に差すのは、自分の影……? 膝は硬い床に触れている。どうやらまつりの上に馬乗りになっているようだ。手に触れる柔らかいものは当然……。
「奴隷(ろれい)ちゃん、ダイタンだねー」
まつりが小悪魔に豹変する。
「あっ、ごめんなさい」
慌てて離れようとするゆたかの手を、まつりが捕らえて離さなかった。ゆたかの小さな手は、それよりは大きなまつりの手と、ゆたかのよりはずっと大きな胸にサンドウィッチにされる。さしものサンドウィッチ伯爵ですら、ギャンブルを放り出して見入りそうな光景である。
「いいよいいよ。今夜のあたしはちょーっと欲求不満でね」
「はあ」
「ちょ~~~~っと欲求不満なのだよ」
「……」
ものすごい欲求不満らしい。とうのも、出会いを期待させるような種類の酒席だったのだが……。
「男が一人足んなくなったんだよ。急用だか急死だかで」
「……そうなんですか」
急死なら友達も合コンしてる場合じゃなかろうに。
「よりによってあた(ら)しがあぶれちゃってねー」
「……残念でしたね」
この人の素材は悪くない。という事は、連れがよほどとんでもない美女で男たちを持っていかれたか、性格と振る舞いがよほど禍したかである。前者であって欲しい、と願うほどゆたかはロマンティストにはなれなかった。
「というわけで、食べちゃってくれて一向に構わないよ。その後(そろあろ)あた(ら)しが食べ(れ)るけど」
余り物のおかずの処分法を語る程度の投げ槍、捨て鉢、ぶっきらぼうぶりでまつりが言う。
「私は困ります」
サンドウィッチの具にされていた右手を引き抜くと、まつりは「あん」と色のついた声を出したが、ゆたかは構わず立ち上がる。
「あーあ、つまんない」
まつりはぶんむくれで、布団に包まって唇を尖らせる。……布団を返してくれそうにはない。まして、四人を運ぶのを手伝ってくれそうにもない。
ど、どうしよう……。
ゆたかが思案に暮れている間にも、まつりは次の行動に移る。
「……お腹空いた」
明らかにゆたかに向かって言ってくる。
「……はあ」
「メイド(めいろ)さん、お腹(らか)空いたよぉ」
「……ええと」
「なんか作(るく)って」
「……はい」
「それとお風呂(ふりょ)沸かして」
「…………はい」
言う事を聞いておいた方がよさそうだ。
台所に入りかけたゆたかを、まつりが呼び止める。
「ねえ。うちのお父(ろー)さん、どう(ろー)思う?」
面識があるという前提がいつの間にかまつりの中に出来ているようだが、実際あるので普通に答える。
「優しそうな方だと思います」
「で(れ)もさあ、面白(おもひろ)くないんだよねえ」
「……面白く??」
はて? 柊ただおは、何かエンターテイナーとしての副業でも持っているのだろうか?
「日本(りほん)の亭主(れいしゅ)っていった(ら)らさ、帰って『めし(れし)、風呂、寝(れ)る』で(れ)しょ」
ステレオタイプにしてもえらく古いような気がする。
「何で(れ)うちのお父(りょー)さんは、それ(りぇ)を言わな(ら)いかね(れ)ー」
「……さあ?」
「一度見てみた(ら)いんだよねー」
酔っ払いの戯言にしても、えらい変化球である。
「そう(ろー)いうわけで、あた(ら)しが代わりにそれやるから。まず、めし~」
「……はい」
呆れ果てながらゆたかは台所に行き、夜食を用意する。ここは定番のお茶漬けである。ご飯はもうなかったので、レンジで温めるタイプのを戸棚で見つけそれを使う。それを電子レンジにかけている間に、風呂を沸かす。その途中でまつりの様子を見てみたが、家の電話で誰かと話しているようだった。
ゆたかは茶を注いでいる時、ふと京都での客に出すお茶漬けの意味するところが、自分の願望に微妙な近似値を取っていることに気付いた。京都ではそれはもう帰れという意味を持つそうだが、だがしかし、帰るも何もここはまつりの家だし、自分が帰ったらこなたたちが何されるか分からないし……。所詮はかなわぬ夢である。
お盆に茶碗とレンゲを乗せて、玄関に戻っていくと、まつりはまだ電話で話していたが、お茶漬けを見るといかにも適当に切り上げて切った。よほど古き……でも良いとは限らない日本の亭主のステレオタイプを演じたいという願望があるのだろうか。
「悪戯してな……したんですね」
みゆき―つかさ組の布団が半分剥され、みゆきのパジャマのボタンが二つほど外されていた。まつりが脱がせようとしたらしい。ゆたかは布団をかけなおしてから、お盆を差し出す。
「いやー、邪魔が入っちゃってね」
呂律の方は回復していたが、頭はまだまだのようだ。
「誰からの電話だったんですか?」
「ん? お母さんから。その前にお父さんからもあったよ」
……ま、まさか。ゆたかはこの日最大の嫌な予感を覚えた。
「二人とも帰るの遅くなるって。こりゃ、実質的な朝帰り宣言だね」
ゆたかは、全ての希望の糸が千切れ飛ぶ音を幻聴した。まつりは希望の糸の繰り手どころか、絶望の深淵で待ち受けるアリジゴクだったのだ。……それ言い過ぎかと一瞬思ったが、
「まあ夜は長いんだし、女同士楽しくヤろうよ」
なんて酒気交じりの笑顔で言われたら、その顔がウスバカゲロウの幼虫にも見えてしまう。体液を吸われそうである。
「ヤろうよ」
「何で二度言うんですか?」
「大事なとこだから」
「大事な事、ですよね?」
「そうとも言うね。じゃあ、食べさせて」
まつりは身を乗り出して上目遣いになり、あーんと口を開ける。ウスバカゲロウの幼虫ではなく、鳥の雛のように。
しかたなくレンゲでお茶漬けを掬い運ぼうとすると、まつりはゆたかの腰を抱き寄せて、膝に座らせた。レンゲと茶碗を手にしているため、抗う暇もなかった。
あむ
まつりはレンゲの頭ごとお茶漬けを頬張り、そして何故かしゃぶった。
ちゅぱちゅぱ
ゆたかはそれをやんわりと引き抜き、次々にお茶漬けを運ぶが、そのたびにまつりはレンゲをしゃぶった。レンゲの造形をスキャンしようとしているかのように舌を這わせ、焦らすようにお茶に漬かったご飯を嚥下していく。レンゲを持つゆたかの指には、まつりの舌の動きがほぼダイレクトに伝わってくる。その舌がいつ自分の指に吸い付いてくるのではないかと、ゆたかは気が気でない。まつりはそんなゆたかの表情を観察して、楽しんでいるようであった。上目遣いがナントモハヤ。
「いやー、可愛かったよ」
ようやく食べ終えたまつりは、そう言った。旨かったでもご苦労様でもなく、可愛かった、である。食器を引き上げようとするゆたかを、まつりはまた呼び止めて言う。
「レンゲの形ってさ……」
「はあ」
「便所スリッパに似てない?」
先端部に限れば確かに似てなくもないが、しかしそうすると、まつりは頭の中で便所スリッパをしゃぶっていた事になる。
「……」
げんなりとしながら食器を流しに置いて戻ると、まつりは言った。
「めしの次は風呂だね。着替え持ってきて」
言うだけ言って自分はさっさと浴室の方に行ってしまった。ゆたかはまつりの部屋を不本意ながら漁り、バスタオルにパジャマを見つけ、下着も適当なのを見繕ってもって行くと、まつりは何故かまだ脱衣所にいた。何故かまだ服を着たまま。
「あたしにぴったりなのを選んでくれた?」
ゆたかが差し出した物の内、下着だけ検分する。ぴったりも何も……。
「ご自分で買ったんじゃないんですか?」
「おお、よりによってこれかい!」
まつりは湯上りに自分がつけることになる下着を、顔の高さに掲げる。自分でよりによってと言っていれば世話ないのだが、ゆたかもその点は同意してしまった。そのショーツときたら、横と後ろは「面」を成しておらず「線」であり、つまりは紐であり、前も面積はそれなりにあるものの、二昔前のロックンローラーがしていたサングラスのように鋭角的な三角形だった。その紐も、横では繋がっていない。いわゆる紐パンというやつで、展開したままの形状はえらくヒゲの長いナマズに似ていた。しかもショーツ越しに、まつりの顔が表情の仔細まで見えてしまう。……それくらい透けていた。
「こんな透け透けでエロエロなのを穿いてほしいんだ。私に」
あなたの持ち物じゃないですか。言ったら何されるか分からないから言わないが、ゆたかはそう思った。
「その意気やよし。じゃあ、脱がして」
「はい??」
「脱・が・し・て」
その場に脱ぐものといったら、まつりの着衣か、ゆたかの着衣くらいしかなかったから、ゆたかの着衣をゆたかに「脱がして」では日本語的におかしくなってしまう。ヨッパライなら日本語がすっころげていても不思議はないのだが、まつりのとのやり取りは支障なく成立してしまっていた。となるとまつりの言動は、彼女の地の思考によるところが大きいようである。つまりはまつりの着衣をゆたかが脱がさなければならないようだ。……その為に着たまま待っていたのだ。
「い、嫌です」
ヘッドドレスが吹っ飛ぶくらい頭振って拒絶の意を表すが、まつりは意に介さない。ゆたかの肩を掴み、揺すぶって叫ぶ。
「ぬーーーがーーーしーーーてーーー!!」
まつり、何故か泣きそうな顔。ゆたかも泣きたくなってきた。女同士だからって……いやむしろ女同士だからこそ許されない事を要求されているような気がした。まつりが朝まででも叫んでいそうな雰囲気(というか気迫)だったので、ゆたかは要求に屈さざるをえなかった。
「じゃ、じゃあ……脱がしますよ」
ゆたかは、上衣の水色のニットに手をかけて脱がしにかかる。24cmもの身長差があったが、まつりはぬぼーっとゆたかを見ていただけで屈んでくれなかったので、ゆたかは背伸びして四苦八苦の末脱がした。―と、目の前に白のレースのブラが姿を現す。ゆたかが持ってきたショーツと張り合うかのように、こちらも透け透け……。
「勝負下着だよん」
まつりはそう言って、二つのカップをつなぐ紐を弦楽器のピチカートのように弾く。出会いを期待させるような酒席ならなるほど、そういう下着をつけるのも分からなくはない。でもゆたかにとっては別の問題があって……。
「あの……これも?」
「脱がして♪」
言われるままにホックを外すと、サイズが微妙に合ってないのか、二つの丘はぷるんと大きく躍動した。ゆたかは思わず目をそらした。半分はコンプレックスのためであり、半分は外したばかりの下着の痕が痛々しくも生々しくもあったためである。まつりの得物は大きさ・形とも水準以上の素晴らしさを持っていたが、何と言っても肌そのものが綺麗だった。よほどストレスと無縁なのであろう。
「じゃあ、下も……?」
「脱がして♪」
ゆたかは膝を突き、ジーンズのボタンを外してジッパーを下ろす。下の勝負下着に至近距離で対面したくなかったので、目を瞑ってジーンズを下ろす。そして手探りで下の勝負下着を探し当て……探し当て……あれ??
「……穿いてないんですか??」
胸に沸き起こった嫌な予感をそのまま口にするゆたか。
「ん~、そういうのもアリかなーって」
「……」
絶句するゆたかのわきの下に手を入れ、まつりは立ち上がらせる。そして言うのだった。
「よく出来ました」
せめて下の方は見ないようにしながら、ゆたかは目を開ける。目の前にはとろけるほど魅惑的な、でもどこか真心のこもっていないまつりの笑顔があった。
「ご褒美として、脱がしてあげるね」
……え?
言葉の意味を理解するより早く、ゆたかの視界をエプロンドレスが覆う。メイド服が捲り上げられたのだ。そして返す刀でショーツに手をかけられ、一気に下ろされる。
「!!」
ゆたかは前を隠そうとするのだが、まつりは再び返す刀でワンピースタイプのエプロンドレスをたくし上げ、ゆたかの申し訳程度の抵抗を粉砕し、ブラだけつけた姿にしてしまった。
「懐かしいね、それ」
ゆたかが小学生がつけているようなジュニアタイプのブラをつけているのを見て、まつりが笑う。
「っっ~~~~」
今度は屈辱と怒りがない交ぜになった唸りを上げるゆたかだが、まつりは至って普通にこう言った。
「ほら、それも脱いで。着たままじゃ、背中流せないでしょ」
「そういうつもりなら、最初からそうと言ってくれればいいじゃないですか」
ゆたかはブラを外し、まつりに手を引かれて浴室の洗い場に踏み込む。まつりは靴下を、ゆたかはヘッドドレスを着けたままだったので、慌てて外して脱衣所に放った。そしてまつりは、かけ湯もせず、湯加減も確かめずに湯船にダイブ。よい子はマネをしてはいけない。しかしちょうど良かったようで、バスタブの縁に肘を突きお風呂ソング(?)を奏で始める。でも「♪ばばんばばんばんばん」って何の唄だろう?
「メイドちゃんは入らないの?」
背中を向けたまま洗い場に突っ立っているゆたかに、まつりが聞く。
「一回入りましたから……」
「そうか。それにしても、可愛いお尻だねー」
「……見ないでください」
「だったら一緒に入ろうよ~」
「嫌です。いえ、けっこうです」
「のぼせちゃのか~」
危険を感じるからとは、念のため言わない。
アルコールが入った状態での入浴は、危険な行為であるが……。
「財産目録をまとめる機会があったら、こう書くといいよ。『一 とても可愛いお尻一個』って。あ、割れてるから二個かな? あははははは」
まつりに限っては心配無用である。
やがて体が温まったのか、まつりは洗い場に出て、ボディソープを含ませたタオルを泡立て始める。十分に泡立ったところでそれをゆたかに渡して背中を洗わせ始めたまだはいいが、何を思ったか省エネだとか言い出して自分では頭を洗い始めた。肘から先が泡だらけなのは言うに及ばず、まつりの頭からはじけた泡が、ゆたかの顔面付近に飛来する。シューティングが得意なかがみなら避けたかもしれないが、ゆたかは被弾を重ね、顔の周囲が白いもの(泡)だらけになってしまった。
「……背中、終わりました」
「うむ、ご苦労。続いて前を頼む」
「い、嫌です」
まつりの激昂を恐れながら、ゆたかが拒否する。
「よいではないか。減るもんじゃないし」
「神経が磨り減ります!」
「可愛いお尻がこれ以上磨り減ったら一大事だけどね~」
「っ~~~!」
「……でもまあ、いいか」
まつりはここで諦めたのか、自分で前を洗い始めた。そして頭とまとめてシャワーで流していく。でもそれは譲歩でも遠慮でも自重でもなく……。
「いい事思い出したんで、先上がるねー」
そう言ってさっさと浴室を後にした。
ゆたかは自分についた泡を洗い落とし、さらにしばらく待った。それはあのヒゲの長いナマズみたいな下着を装着しているまつりを目撃したくなかったからであり、自分の着替えを見られたくなかったからである。だがその決断が、後に取り返しのつかない事態を招くことになる。
まつりの気配さえも遠ざかるまで十分に待ち、ゆたかは三度メイド服を着、今度はヘッドドレスも最初から着けて脱衣所を出る。
まつりはどこに行ったのだろうか。自室で寝息を立てている姿を期待しつつ玄関を目指すと、台所にまつりがいるのを発見した。
「ああっ!!」
その姿を見て、ゆたかは愕然とする。まつりは台所のテーブルにつき、バルサミコ酢をラッパ飲みしていたのだ!
「そ、それ……」
「ん~、ドイツのビールって変わった味がするねぇ」
「ビールじゃありませんよ!」
ゆたかは駆け寄って、バルサミコ酢の瓶を引き抜く。
「バルサミコ酢ですよ、これ」
「ああ、道理で……」
まつりはシンク下の収納スペースに頭を突っ込み、最後の一本となっていたビールを取り出し、さらに栓抜きも携えて玄関の方へ行ってしまった。その頃までには、ゆたかは激しい後悔にさいなまれていた。バルサミコ酢を飲むのを止めたまではいいが、ビールは渡してはいけなかったのではなかろうか、と。
依然見張らなければいけなかったので、ゆたかも玄関に移動する。まつりはビールの栓を抜こうとしていた。グラスが見当たらないが、割れたら危ないのでゆたかは好きなように飲ませることにした。
「それにしてもさあ……おかしいんだよね」
まつりは宇宙最大の謎に挑む天文学者のような顔で言った。
「……はい?」
「三本買ったはずなのに、一本しか見当たらないんだよ、ね」
最後の音節でビールの王冠が外れた。いまや砲門が開かれ、ビール瓶は戦闘準備完了である。
「えと、それなら……」
ゆたかが失言する。
「いやー、可愛かったよ」
ようやく食べ終えたまつりは、そう言った。旨かったでもご苦労様でもなく、可愛かった、である。食器を引き上げようとするゆたかを、まつりはまた呼び止めて言う。
「レンゲの形ってさ……」
「はあ」
「便所スリッパに似てない?」
先端部に限れば確かに似てなくもないが、しかしそうすると、まつりは頭の中で便所スリッパをしゃぶっていた事になる。
「……」
げんなりとしながら食器を流しに置いて戻ると、まつりは言った。
「めしの次は風呂だね。着替え持ってきて」
言うだけ言って自分はさっさと浴室の方に行ってしまった。ゆたかはまつりの部屋を不本意ながら漁り、バスタオルにパジャマを見つけ、下着も適当なのを見繕ってもって行くと、まつりは何故かまだ脱衣所にいた。何故かまだ服を着たまま。
「あたしにぴったりなのを選んでくれた?」
ゆたかが差し出した物の内、下着だけ検分する。ぴったりも何も……。
「ご自分で買ったんじゃないんですか?」
「おお、よりによってこれかい!」
まつりは湯上りに自分がつけることになる下着を、顔の高さに掲げる。自分でよりによってと言っていれば世話ないのだが、ゆたかもその点は同意してしまった。そのショーツときたら、横と後ろは「面」を成しておらず「線」であり、つまりは紐であり、前も面積はそれなりにあるものの、二昔前のロックンローラーがしていたサングラスのように鋭角的な三角形だった。その紐も、横では繋がっていない。いわゆる紐パンというやつで、展開したままの形状はえらくヒゲの長いナマズに似ていた。しかもショーツ越しに、まつりの顔が表情の仔細まで見えてしまう。……それくらい透けていた。
「こんな透け透けでエロエロなのを穿いてほしいんだ。私に」
あなたの持ち物じゃないですか。言ったら何されるか分からないから言わないが、ゆたかはそう思った。
「その意気やよし。じゃあ、脱がして」
「はい??」
「脱・が・し・て」
その場に脱ぐものといったら、まつりの着衣か、ゆたかの着衣くらいしかなかったから、ゆたかの着衣をゆたかに「脱がして」では日本語的におかしくなってしまう。ヨッパライなら日本語がすっころげていても不思議はないのだが、まつりのとのやり取りは支障なく成立してしまっていた。となるとまつりの言動は、彼女の地の思考によるところが大きいようである。つまりはまつりの着衣をゆたかが脱がさなければならないようだ。……その為に着たまま待っていたのだ。
「い、嫌です」
ヘッドドレスが吹っ飛ぶくらい頭振って拒絶の意を表すが、まつりは意に介さない。ゆたかの肩を掴み、揺すぶって叫ぶ。
「ぬーーーがーーーしーーーてーーー!!」
まつり、何故か泣きそうな顔。ゆたかも泣きたくなってきた。女同士だからって……いやむしろ女同士だからこそ許されない事を要求されているような気がした。まつりが朝まででも叫んでいそうな雰囲気(というか気迫)だったので、ゆたかは要求に屈さざるをえなかった。
「じゃ、じゃあ……脱がしますよ」
ゆたかは、上衣の水色のニットに手をかけて脱がしにかかる。24cmもの身長差があったが、まつりはぬぼーっとゆたかを見ていただけで屈んでくれなかったので、ゆたかは背伸びして四苦八苦の末脱がした。―と、目の前に白のレースのブラが姿を現す。ゆたかが持ってきたショーツと張り合うかのように、こちらも透け透け……。
「勝負下着だよん」
まつりはそう言って、二つのカップをつなぐ紐を弦楽器のピチカートのように弾く。出会いを期待させるような酒席ならなるほど、そういう下着をつけるのも分からなくはない。でもゆたかにとっては別の問題があって……。
「あの……これも?」
「脱がして♪」
言われるままにホックを外すと、サイズが微妙に合ってないのか、二つの丘はぷるんと大きく躍動した。ゆたかは思わず目をそらした。半分はコンプレックスのためであり、半分は外したばかりの下着の痕が痛々しくも生々しくもあったためである。まつりの得物は大きさ・形とも水準以上の素晴らしさを持っていたが、何と言っても肌そのものが綺麗だった。よほどストレスと無縁なのであろう。
「じゃあ、下も……?」
「脱がして♪」
ゆたかは膝を突き、ジーンズのボタンを外してジッパーを下ろす。下の勝負下着に至近距離で対面したくなかったので、目を瞑ってジーンズを下ろす。そして手探りで下の勝負下着を探し当て……探し当て……あれ??
「……穿いてないんですか??」
胸に沸き起こった嫌な予感をそのまま口にするゆたか。
「ん~、そういうのもアリかなーって」
「……」
絶句するゆたかのわきの下に手を入れ、まつりは立ち上がらせる。そして言うのだった。
「よく出来ました」
せめて下の方は見ないようにしながら、ゆたかは目を開ける。目の前にはとろけるほど魅惑的な、でもどこか真心のこもっていないまつりの笑顔があった。
「ご褒美として、脱がしてあげるね」
……え?
言葉の意味を理解するより早く、ゆたかの視界をエプロンドレスが覆う。メイド服が捲り上げられたのだ。そして返す刀でショーツに手をかけられ、一気に下ろされる。
「!!」
ゆたかは前を隠そうとするのだが、まつりは再び返す刀でワンピースタイプのエプロンドレスをたくし上げ、ゆたかの申し訳程度の抵抗を粉砕し、ブラだけつけた姿にしてしまった。
「懐かしいね、それ」
ゆたかが小学生がつけているようなジュニアタイプのブラをつけているのを見て、まつりが笑う。
「っっ~~~~」
今度は屈辱と怒りがない交ぜになった唸りを上げるゆたかだが、まつりは至って普通にこう言った。
「ほら、それも脱いで。着たままじゃ、背中流せないでしょ」
「そういうつもりなら、最初からそうと言ってくれればいいじゃないですか」
ゆたかはブラを外し、まつりに手を引かれて浴室の洗い場に踏み込む。まつりは靴下を、ゆたかはヘッドドレスを着けたままだったので、慌てて外して脱衣所に放った。そしてまつりは、かけ湯もせず、湯加減も確かめずに湯船にダイブ。よい子はマネをしてはいけない。しかしちょうど良かったようで、バスタブの縁に肘を突きお風呂ソング(?)を奏で始める。でも「♪ばばんばばんばんばん」って何の唄だろう?
「メイドちゃんは入らないの?」
背中を向けたまま洗い場に突っ立っているゆたかに、まつりが聞く。
「一回入りましたから……」
「そうか。それにしても、可愛いお尻だねー」
「……見ないでください」
「だったら一緒に入ろうよ~」
「嫌です。いえ、けっこうです」
「のぼせちゃのか~」
危険を感じるからとは、念のため言わない。
アルコールが入った状態での入浴は、危険な行為であるが……。
「財産目録をまとめる機会があったら、こう書くといいよ。『一 とても可愛いお尻一個』って。あ、割れてるから二個かな? あははははは」
まつりに限っては心配無用である。
やがて体が温まったのか、まつりは洗い場に出て、ボディソープを含ませたタオルを泡立て始める。十分に泡立ったところでそれをゆたかに渡して背中を洗わせ始めたまだはいいが、何を思ったか省エネだとか言い出して自分では頭を洗い始めた。肘から先が泡だらけなのは言うに及ばず、まつりの頭からはじけた泡が、ゆたかの顔面付近に飛来する。シューティングが得意なかがみなら避けたかもしれないが、ゆたかは被弾を重ね、顔の周囲が白いもの(泡)だらけになってしまった。
「……背中、終わりました」
「うむ、ご苦労。続いて前を頼む」
「い、嫌です」
まつりの激昂を恐れながら、ゆたかが拒否する。
「よいではないか。減るもんじゃないし」
「神経が磨り減ります!」
「可愛いお尻がこれ以上磨り減ったら一大事だけどね~」
「っ~~~!」
「……でもまあ、いいか」
まつりはここで諦めたのか、自分で前を洗い始めた。そして頭とまとめてシャワーで流していく。でもそれは譲歩でも遠慮でも自重でもなく……。
「いい事思い出したんで、先上がるねー」
そう言ってさっさと浴室を後にした。
ゆたかは自分についた泡を洗い落とし、さらにしばらく待った。それはあのヒゲの長いナマズみたいな下着を装着しているまつりを目撃したくなかったからであり、自分の着替えを見られたくなかったからである。だがその決断が、後に取り返しのつかない事態を招くことになる。
まつりの気配さえも遠ざかるまで十分に待ち、ゆたかは三度メイド服を着、今度はヘッドドレスも最初から着けて脱衣所を出る。
まつりはどこに行ったのだろうか。自室で寝息を立てている姿を期待しつつ玄関を目指すと、台所にまつりがいるのを発見した。
「ああっ!!」
その姿を見て、ゆたかは愕然とする。まつりは台所のテーブルにつき、バルサミコ酢をラッパ飲みしていたのだ!
「そ、それ……」
「ん~、ドイツのビールって変わった味がするねぇ」
「ビールじゃありませんよ!」
ゆたかは駆け寄って、バルサミコ酢の瓶を引き抜く。
「バルサミコ酢ですよ、これ」
「ああ、道理で……」
まつりはシンク下の収納スペースに頭を突っ込み、最後の一本となっていたビールを取り出し、さらに栓抜きも携えて玄関の方へ行ってしまった。その頃までには、ゆたかは激しい後悔にさいなまれていた。バルサミコ酢を飲むのを止めたまではいいが、ビールは渡してはいけなかったのではなかろうか、と。
依然見張らなければいけなかったので、ゆたかも玄関に移動する。まつりはビールの栓を抜こうとしていた。グラスが見当たらないが、割れたら危ないのでゆたかは好きなように飲ませることにした。
「それにしてもさあ……おかしいんだよね」
まつりは宇宙最大の謎に挑む天文学者のような顔で言った。
「……はい?」
「三本買ったはずなのに、一本しか見当たらないんだよ、ね」
最後の音節でビールの王冠が外れた。いまや砲門が開かれ、ビール瓶は戦闘準備完了である。
「えと、それなら……」
ゆたかが失言する。
「お姉ちゃんたちが飲んでしまいました」
まつりが激昂する。
「ぬぁ~~にぃぃぃぃ!!」
ゆたかの肩を掴み揺さぶる。
「未成年に飲ませちゃダメじゃない!」
未成年が、酒を、飲んでは、いけない。
道徳的にも法律的にも、真っ当な発言である。が、まつりは勘違いをしていた。
「わ、私が飲ませたんじゃありませんよ!」
「嘘ばっかり! 給仕はメイドさんの仕事でしょ!」
酔った人間が正論を吐いたら、鬼に金棒である。
「……いい度胸してるじゃない。人んちの妹を非行に走らせるなんて」
キスが出来そうな距離に、まつりの顔が近付く。その顔は言葉とは裏腹に笑っていた。いや、嗤っていた。片腕でゆたかを押し倒すように抱え、空いた手が腰周りをまさぐる。
「こんないけないメイドさんには、お仕置きが必要よね」
ふるふると、涙目のゆたかが首を振る。今度は脱がされるだけじゃ済まないということを、願って備わったわけでもない本能が悟ってしまった。
「とりゃ」
体を引っ張られ、ゆたかはまつりの膝の上に腹這いにさせられる。なおも手は、腰回りをまさぐり、まさぐり、まさぐり……一向に脱がそうとしない。
「お仕置きの定番て言ったら、お尻ペンペンだよね」
「……」
何か予想とだいぶ違う、とゆたかは思った。
「だいじょーぶ、痛くしないから」
じゃあ何のために叩くのだろう?
「で、お尻はどこ? ここ? ここ? ここか?」
なでなで。
さわさわ。
もみもみ……。
ゆたかはまつりの手が探し物に探り当てていることを知っているが、「そこです」と言うのも間が抜けているので黙っている。
だが……。
「……触りたいだけだったりしません?」
エプロンドレスの上からでも形状が分かるくらい尻を突き上げているし、これだけ触れば嫌でも分かるはずである。第一にまつりの手がピンポイントでそこに留まり、なかなか離れようとしない。だからゆたかは、恐る恐る聞いてみた。
「うん」
あっさり認めた。
「あんまりに可愛いお尻だったんで」
まだ言ってる。
「一緒に入ってくれなかった分を取り戻してる」
根に持つタイプか。
「ていうか、口答えしていいと思ってんの?」
言いがかりをつけるタイプでもあるようだ。
「触るだけにしようと思ったけど、減らず口を叩くからこっちも叩くね」
「嫌……」
エプロンドレスのスカート部分がめくり上げられ、ショーツに包まれた尻がむき出しになる。
「は、穿いてても可愛い……」
脱衣所では観察できなかったそれは、白と薄ピンクの縞パンで、弄り回されたせいで程よく食い込んでいる。
「じゃあ、叩くよ~」
嫌だと言っても止めないだろう。まつりの利き手の左は、お寺の鐘の撞き棒のようにゆたかの尻に叩きつけられた。
「未成年に飲ませちゃダメじゃない!」
未成年が、酒を、飲んでは、いけない。
道徳的にも法律的にも、真っ当な発言である。が、まつりは勘違いをしていた。
「わ、私が飲ませたんじゃありませんよ!」
「嘘ばっかり! 給仕はメイドさんの仕事でしょ!」
酔った人間が正論を吐いたら、鬼に金棒である。
「……いい度胸してるじゃない。人んちの妹を非行に走らせるなんて」
キスが出来そうな距離に、まつりの顔が近付く。その顔は言葉とは裏腹に笑っていた。いや、嗤っていた。片腕でゆたかを押し倒すように抱え、空いた手が腰周りをまさぐる。
「こんないけないメイドさんには、お仕置きが必要よね」
ふるふると、涙目のゆたかが首を振る。今度は脱がされるだけじゃ済まないということを、願って備わったわけでもない本能が悟ってしまった。
「とりゃ」
体を引っ張られ、ゆたかはまつりの膝の上に腹這いにさせられる。なおも手は、腰回りをまさぐり、まさぐり、まさぐり……一向に脱がそうとしない。
「お仕置きの定番て言ったら、お尻ペンペンだよね」
「……」
何か予想とだいぶ違う、とゆたかは思った。
「だいじょーぶ、痛くしないから」
じゃあ何のために叩くのだろう?
「で、お尻はどこ? ここ? ここ? ここか?」
なでなで。
さわさわ。
もみもみ……。
ゆたかはまつりの手が探し物に探り当てていることを知っているが、「そこです」と言うのも間が抜けているので黙っている。
だが……。
「……触りたいだけだったりしません?」
エプロンドレスの上からでも形状が分かるくらい尻を突き上げているし、これだけ触れば嫌でも分かるはずである。第一にまつりの手がピンポイントでそこに留まり、なかなか離れようとしない。だからゆたかは、恐る恐る聞いてみた。
「うん」
あっさり認めた。
「あんまりに可愛いお尻だったんで」
まだ言ってる。
「一緒に入ってくれなかった分を取り戻してる」
根に持つタイプか。
「ていうか、口答えしていいと思ってんの?」
言いがかりをつけるタイプでもあるようだ。
「触るだけにしようと思ったけど、減らず口を叩くからこっちも叩くね」
「嫌……」
エプロンドレスのスカート部分がめくり上げられ、ショーツに包まれた尻がむき出しになる。
「は、穿いてても可愛い……」
脱衣所では観察できなかったそれは、白と薄ピンクの縞パンで、弄り回されたせいで程よく食い込んでいる。
「じゃあ、叩くよ~」
嫌だと言っても止めないだろう。まつりの利き手の左は、お寺の鐘の撞き棒のようにゆたかの尻に叩きつけられた。
ベシッ
「ひゃん!」
「ん?」
「ん?」
ベシッ
「はぁん!」
「おおっ」
「おおっ」
ベシッ
「ひゅうん!」
「あー、可愛い声」
まつり指はさらに食い込みを強めたショーツに半ば侵入し、右手はキスする前にみたいにゆたかのあごを持ち上げ、顔に浮かべた嗤いに強制対面させる。
「気持ちいいの? 感じてる? 叩かれたから? それとも、お尻だから?」
矢継ぎ早の質問(詰問)に、ゆたかは涙目で首を振る。
「強情だね」
ショーツの端に絡めた左手を翻すように動かし、再びその“可愛い”尻を外気に、ひいては自らの視界に晒させる。気持ちいいなら、感じているなら、叩き続ければその内「もっとぉ」とか「らめぇ」とか言って善がるだろう。
そう思って再び、左手をお寺の鐘の撞き棒にしようとした時……。
「くしゅん!」
ゆたかはくしゃみをした。
「くしゅん! くしゅん!」
続け様にくしゃみをした。
「寒い……です」
可愛い声は、叩いたタイミングでたまたま出てしまったくしゃみだったのだ。素っ裸で浴室の洗い場に突っ立っていたせいである。そしてまつりが撒き散らした泡を洗い落としたせいでもある。もちろんお湯を使ったのだが、体が濡れたせいで却って体温を奪われてしまったのである。その上寒い玄関で下半身がむき出し。くしゃみの三つや六つ出るというものである。
「ごめん……」
興を削がれたまつりはゆたかを解放した。背中を向けていそいそとショーツを上げ、ばさばさとエプロンドレスを直す様子は眼福ではあったが、その後が気まずかった。ゆたかは初めての夫婦喧嘩をした新妻のように背中を向け、膨れっ面で「もう知らないッ!」オーラを大放出中だった。
「わ、悪かったよ」
まつりは困り果てた新婿のように言って、ゆたかの頭を撫でる。尻を叩いた手で撫でる。
「お詫びにこれ……」
ゆたかむくれながら考える。「お詫びにこれ……」。何かするか、何かを差し出す時の台詞である。その場に存在するものといったら、玄関で寝ちゃった四人のお嬢様、自分、まつり、布団、栓抜き、ビール……。
「うぐぅ」
振り向いたゆたかの口に、何かがねじ込まれた。ゆたかはこの時、口に入れられたものが栓抜きだったらいいのにな、と考えるという稀有な経験をした。そんな儚い願いは、えてして叶うものではなく……。
「ん……んん……んふぅ」
瓶を握るまつりの指が図った様にゆたかの鼻を塞いだ為、黒い瓶から注がれるアルコール物質は、存外すんなりとゆたかの喉を通過していってしまった。
「暖まるでしょ?」
首都・フィラデルフィアを奪われ、ジャーマンタウンでの反撃に失敗し、フォージュ渓谷(バリー・フォージュ)で越冬する事になったジョージ・ワシントンと愉快な仲間たちは、防寒具がないので大陸会議に「体を温めるために酒を送ってくれ」と要求したというが、その首魁と同じ名を持つ原子力空母が横洲賀に来たからといって、まつりがその故事に倣ったかどうかは定かではない。
定かなのは、まつりが植民地から見た本国並みに理不尽だという事だ。未成年の飲酒を理由にゆたかを狼藉し、そのゆたかにビールを飲ませたのだから。ひょっとしたら、ゆたかが未成年に見えていないのだろうか。それもそれで、全くもって理不尽である。理不尽な酔い方である。
「ささ、残りも」
まだ半分くらい残っているビールを、なおも差し出す。心底済まなそうな顔で。
「うぅ……」
ゆたかはぼんやりした頭で、自分がかつてない危機に直面している事を認識する。
自分より年上で、体も頑健で、自分よりはアルコールに対する耐性がありそうな四人のお嬢様を短時間で撃沈したビールである。自分がまだ倒れてない事すら不思議であるところ、残りのビールを飲んだりしたら、死んでしまうかもしれない。といって飲まなかったりしたら、まつりが「あたしの酒が飲めねえってのか!?」なんて怒り出すかもしれない。
それよりも眠かった。アルコールの摂取と睡魔に起因する、体が重金属になったかのような倦怠感と、血液がヘリウムガスになったかのような浮遊感を同時に感じるのは、不快というよりない。だが、今眠ったら……まつりより先に眠ったら、おそらくは身の破滅である(性的な意味で)。
最終的に眠ってしまうのはやむを得ないにしても、まつりを先に眠らせなければならない。そのためにはどうすればいいのか? 我慢比べ? いやダメだ。それではこの状況を……ビールを乗り越えられない。
……まつりは、ゆたかをかわいいと言っていた(お尻がだけど)。そこに突破口があるのかもしれない。
ゆたかは瞬間的に作戦を立案し、実行に移した。
「キス……させてください」
媚を売るとはこういう感じなのだろうか、という表情を想像し即実行した。上目遣い、潤んだ瞳(アルコールのおかげでこれは意識せずとも出来た)、怯える小動物の仕種。
「……?」
まつりが怪訝そうな顔になる。酔っ払いの戯言と思われたのなら、心外極まりないところだ。
「キス、させてもらえませんか?」
理由を尋ねられたら、急に人肌恋しくなったのだと言う旨を伝えようと思ったが、まつりが問うたのは別の事だった。
「お尻に?」
「……できれば唇に」
できれば、は余計である。双方とも、酔った頭ではそこまで気が回らない。
「い、いいよ」
まつりはモジモジと答えた。それを受け、ゆたかは体を寄せる。
「じゃあ、ぎゅーってしてください」
「こう?」
「……もっと強く」
ゆたかの背中に腕を回したが、ビール瓶を握ったままでは不自由なので、まつりはそれを離した。ゆたかはまつりの動作だけでその位置を推定し、頭に叩き込む。
ゆたかの片手がまつりの髪を、もう片方が頬を撫でた後唇をなぞる。後者はバルサミコ酢の味がすること請け合いである。自分を包む全てがやわらかくて、暖かくて、ゆたかもヘンな気分になりかけているのを自覚した。
「いいですか?」
唇から指を離し、その行方が目に入らないよう顔を近づけると、まつりは小さく頷いた。
「いいですか―」
もう一度聞くと、まつりは目を閉じてそれを待った。だからゆたかは、ビール瓶を掴んでこう付け加えた。
「間接キスでも?」
「関節? 股関せ―うぐぅ」
まつりの唇にビール瓶を嵌め込んでやった。
「飲んでください」
まつりは抵抗しようとしたが、そう言ってやると喉を律動させ、残りのビールを受け入れ始めた。
まつりを下にして床に倒れ、二人は折り重なる。だがゆたかは、ビール瓶を放さない。まつりはゆたかを離さない。そのまま姦淫……いや、完飲。
「どうでした? 私の間接キスのお味は?」
さすがに冷笑的に過ぎる質問だと自覚しつつ、ゆたかは聞いた。
「う~ん……。ビールの味がするねえ……」
直接だったとしても、ビールの味はしたかもしれない。
いまやまつりは寝息を立て、この痴態の終末を奏でている。それでも離してくれなかったためゆたかは脱出を諦め、そのまま寝る事にした。最後の力を振り絞り足で布団を引き寄せ、拘束された手も使って広げ、二人の上にかける。
かがみ―こなた組、みゆき―つかさ組も相変わらず眠いの中。その両組の間に、新たにまつり―ゆたか組が誕生した。
連装三基となり、まつりとゆたかも玄関で寝ちゃったのである。
「あー、可愛い声」
まつり指はさらに食い込みを強めたショーツに半ば侵入し、右手はキスする前にみたいにゆたかのあごを持ち上げ、顔に浮かべた嗤いに強制対面させる。
「気持ちいいの? 感じてる? 叩かれたから? それとも、お尻だから?」
矢継ぎ早の質問(詰問)に、ゆたかは涙目で首を振る。
「強情だね」
ショーツの端に絡めた左手を翻すように動かし、再びその“可愛い”尻を外気に、ひいては自らの視界に晒させる。気持ちいいなら、感じているなら、叩き続ければその内「もっとぉ」とか「らめぇ」とか言って善がるだろう。
そう思って再び、左手をお寺の鐘の撞き棒にしようとした時……。
「くしゅん!」
ゆたかはくしゃみをした。
「くしゅん! くしゅん!」
続け様にくしゃみをした。
「寒い……です」
可愛い声は、叩いたタイミングでたまたま出てしまったくしゃみだったのだ。素っ裸で浴室の洗い場に突っ立っていたせいである。そしてまつりが撒き散らした泡を洗い落としたせいでもある。もちろんお湯を使ったのだが、体が濡れたせいで却って体温を奪われてしまったのである。その上寒い玄関で下半身がむき出し。くしゃみの三つや六つ出るというものである。
「ごめん……」
興を削がれたまつりはゆたかを解放した。背中を向けていそいそとショーツを上げ、ばさばさとエプロンドレスを直す様子は眼福ではあったが、その後が気まずかった。ゆたかは初めての夫婦喧嘩をした新妻のように背中を向け、膨れっ面で「もう知らないッ!」オーラを大放出中だった。
「わ、悪かったよ」
まつりは困り果てた新婿のように言って、ゆたかの頭を撫でる。尻を叩いた手で撫でる。
「お詫びにこれ……」
ゆたかむくれながら考える。「お詫びにこれ……」。何かするか、何かを差し出す時の台詞である。その場に存在するものといったら、玄関で寝ちゃった四人のお嬢様、自分、まつり、布団、栓抜き、ビール……。
「うぐぅ」
振り向いたゆたかの口に、何かがねじ込まれた。ゆたかはこの時、口に入れられたものが栓抜きだったらいいのにな、と考えるという稀有な経験をした。そんな儚い願いは、えてして叶うものではなく……。
「ん……んん……んふぅ」
瓶を握るまつりの指が図った様にゆたかの鼻を塞いだ為、黒い瓶から注がれるアルコール物質は、存外すんなりとゆたかの喉を通過していってしまった。
「暖まるでしょ?」
首都・フィラデルフィアを奪われ、ジャーマンタウンでの反撃に失敗し、フォージュ渓谷(バリー・フォージュ)で越冬する事になったジョージ・ワシントンと愉快な仲間たちは、防寒具がないので大陸会議に「体を温めるために酒を送ってくれ」と要求したというが、その首魁と同じ名を持つ原子力空母が横洲賀に来たからといって、まつりがその故事に倣ったかどうかは定かではない。
定かなのは、まつりが植民地から見た本国並みに理不尽だという事だ。未成年の飲酒を理由にゆたかを狼藉し、そのゆたかにビールを飲ませたのだから。ひょっとしたら、ゆたかが未成年に見えていないのだろうか。それもそれで、全くもって理不尽である。理不尽な酔い方である。
「ささ、残りも」
まだ半分くらい残っているビールを、なおも差し出す。心底済まなそうな顔で。
「うぅ……」
ゆたかはぼんやりした頭で、自分がかつてない危機に直面している事を認識する。
自分より年上で、体も頑健で、自分よりはアルコールに対する耐性がありそうな四人のお嬢様を短時間で撃沈したビールである。自分がまだ倒れてない事すら不思議であるところ、残りのビールを飲んだりしたら、死んでしまうかもしれない。といって飲まなかったりしたら、まつりが「あたしの酒が飲めねえってのか!?」なんて怒り出すかもしれない。
それよりも眠かった。アルコールの摂取と睡魔に起因する、体が重金属になったかのような倦怠感と、血液がヘリウムガスになったかのような浮遊感を同時に感じるのは、不快というよりない。だが、今眠ったら……まつりより先に眠ったら、おそらくは身の破滅である(性的な意味で)。
最終的に眠ってしまうのはやむを得ないにしても、まつりを先に眠らせなければならない。そのためにはどうすればいいのか? 我慢比べ? いやダメだ。それではこの状況を……ビールを乗り越えられない。
……まつりは、ゆたかをかわいいと言っていた(お尻がだけど)。そこに突破口があるのかもしれない。
ゆたかは瞬間的に作戦を立案し、実行に移した。
「キス……させてください」
媚を売るとはこういう感じなのだろうか、という表情を想像し即実行した。上目遣い、潤んだ瞳(アルコールのおかげでこれは意識せずとも出来た)、怯える小動物の仕種。
「……?」
まつりが怪訝そうな顔になる。酔っ払いの戯言と思われたのなら、心外極まりないところだ。
「キス、させてもらえませんか?」
理由を尋ねられたら、急に人肌恋しくなったのだと言う旨を伝えようと思ったが、まつりが問うたのは別の事だった。
「お尻に?」
「……できれば唇に」
できれば、は余計である。双方とも、酔った頭ではそこまで気が回らない。
「い、いいよ」
まつりはモジモジと答えた。それを受け、ゆたかは体を寄せる。
「じゃあ、ぎゅーってしてください」
「こう?」
「……もっと強く」
ゆたかの背中に腕を回したが、ビール瓶を握ったままでは不自由なので、まつりはそれを離した。ゆたかはまつりの動作だけでその位置を推定し、頭に叩き込む。
ゆたかの片手がまつりの髪を、もう片方が頬を撫でた後唇をなぞる。後者はバルサミコ酢の味がすること請け合いである。自分を包む全てがやわらかくて、暖かくて、ゆたかもヘンな気分になりかけているのを自覚した。
「いいですか?」
唇から指を離し、その行方が目に入らないよう顔を近づけると、まつりは小さく頷いた。
「いいですか―」
もう一度聞くと、まつりは目を閉じてそれを待った。だからゆたかは、ビール瓶を掴んでこう付け加えた。
「間接キスでも?」
「関節? 股関せ―うぐぅ」
まつりの唇にビール瓶を嵌め込んでやった。
「飲んでください」
まつりは抵抗しようとしたが、そう言ってやると喉を律動させ、残りのビールを受け入れ始めた。
まつりを下にして床に倒れ、二人は折り重なる。だがゆたかは、ビール瓶を放さない。まつりはゆたかを離さない。そのまま姦淫……いや、完飲。
「どうでした? 私の間接キスのお味は?」
さすがに冷笑的に過ぎる質問だと自覚しつつ、ゆたかは聞いた。
「う~ん……。ビールの味がするねえ……」
直接だったとしても、ビールの味はしたかもしれない。
いまやまつりは寝息を立て、この痴態の終末を奏でている。それでも離してくれなかったためゆたかは脱出を諦め、そのまま寝る事にした。最後の力を振り絞り足で布団を引き寄せ、拘束された手も使って広げ、二人の上にかける。
かがみ―こなた組、みゆき―つかさ組も相変わらず眠いの中。その両組の間に、新たにまつり―ゆたか組が誕生した。
連装三基となり、まつりとゆたかも玄関で寝ちゃったのである。
翌朝。
一番最初に目を覚ましたのはゆたかである。それはメイドの義務感からだったかもしれないし、まつりより先に起きないと身の破滅(性的な意味で)だという危機感からだったかもしれない。
いつの間にか拘束が解かれていたので布団から抜け出すと、ゆたかは隣の布団で寝苦しそうにしていたこなたを起こし、こなたがかがみを起こし、かがみはつかさに声をかけて起こす。その過程でまつりとみゆきも目を覚ましたようだ。
ゆたかはここでもう一波乱あるだろうと予感していたのだが、それは杞憂に終わった。彼女以外の5人は、昨日の事を都合良く忘れていたのである。
一番最初に目を覚ましたのはゆたかである。それはメイドの義務感からだったかもしれないし、まつりより先に起きないと身の破滅(性的な意味で)だという危機感からだったかもしれない。
いつの間にか拘束が解かれていたので布団から抜け出すと、ゆたかは隣の布団で寝苦しそうにしていたこなたを起こし、こなたがかがみを起こし、かがみはつかさに声をかけて起こす。その過程でまつりとみゆきも目を覚ましたようだ。
ゆたかはここでもう一波乱あるだろうと予感していたのだが、それは杞憂に終わった。彼女以外の5人は、昨日の事を都合良く忘れていたのである。
こなた→勉強中に寝ちゃったか……。つかさにビールを飲まされた気がするけど、あれは夢だよネ……。
かがみ→こなたとつかさに押し倒される夢とか見ちゃった……。願望だったりするのかな。
つかさ→バルサミコ酢ぅ~~。
みゆき→つかささんを寝室に運んで差し上げようとしていて……転倒して気を失ったといったところでしょうか。階段を上っている途中ではなかったというのが、不幸中の幸いでしょうか。
まつり→無事に何事もなく(!)帰れてた! しかもお風呂にも入ったみたい。ああ、あたしって天才!?
かがみ→こなたとつかさに押し倒される夢とか見ちゃった……。願望だったりするのかな。
つかさ→バルサミコ酢ぅ~~。
みゆき→つかささんを寝室に運んで差し上げようとしていて……転倒して気を失ったといったところでしょうか。階段を上っている途中ではなかったというのが、不幸中の幸いでしょうか。
まつり→無事に何事もなく(!)帰れてた! しかもお風呂にも入ったみたい。ああ、あたしって天才!?
「はは……」
「あはは……」
「ははははは……」
若干の気まずさというよりは、玄関で寝てしまった事への気恥ずかしさを残しつつ、柊家の玄関は笑顔に包まれた。
が、それも長続きはしない。
最初に“それ”に気付いたのはみゆきである。6人の中で一番身長が高く、したがって一番脚が長い。だから気付いたのである。
「あはは……」
「ははははは……」
若干の気まずさというよりは、玄関で寝てしまった事への気恥ずかしさを残しつつ、柊家の玄関は笑顔に包まれた。
が、それも長続きはしない。
最初に“それ”に気付いたのはみゆきである。6人の中で一番身長が高く、したがって一番脚が長い。だから気付いたのである。
布団の中に何かいる
なるほど。言われてみれば、確かに布団が不自然に膨らんでいる。何か細長いものが6人の頭があるのとは反対側で、並んだ三枚の布団の横の辺に平行になって横たわっているようだ。
目線を交わし呼吸を合わせ、六人は布団をめくった。
そこでは、柊ただおが寝ていた。
「「お父さん!?」」
まつりとかがみが詰め寄る。
「「何してんの!?」」
「あ、うん……」
半身を起こして、二人の娘を見上げてぽけらと言う。
「明け方に帰った……と思うんだけどね。みんなが気持ち良さそうに寝てたから、ご相伴預からせてもらっちゃった……んじゃないかな?」
「お父さん酔ってる? まだ酔ってる?」
「うーん、どうだろうねえ」
「どうだろうねじゃないわよ!」
がーがー騒ぎ立てるまつりとかがみに、
「お父さん、お帰りなさーい」
遅ればせながらそう言うつかさ。
こなた、みゆき、ゆたかは顔を見合わせる。柊姉妹にとっては父親だが、三人から見れば四人もの娘を儲けた男性である。そんな人と同じ布団で寝ていたというのは……すごいプレッシャーである。
「さて、もう一寝入りしようなか」
そう言って立ち上がろうとしたただおは、やはり酔いが残っていたのかもしれない。よろめいて、とっさに支えようとしたみゆきを巻き込んで押し倒してしまった。
「フラグ立った!?」
こなたが目を輝かせ、
「「あ……」」
つかさとゆたかが驚きの表情を浮かべ、
「「やっぱ酔ってるじゃない!」」
まつりとかがみが目を三角にする。
「大丈夫ですか?」
押し倒されたみゆきが心配する。ちなみにパジャマの胸元は肌蹴たまま。
「悪いね……」
ただおはそう答える。そして何故かその必要がないのに見詰め合う二人。みゆきは動けないのであり、ただおどうすれば安全に立ち上がれるか体に相談していたのである。
写真家か画家か、あるいは彫刻家でも良い。この瞬間を切り取ったら、さぞかし愉快な作品が生まれた事だろう。だがそこに現れたのは、芸術家ではなく鑑賞者だった。
「17歳の頃のようにはいかないものね……」
すぐ外でそんな声がしたかと思うと、玄関ドアが開く。柊みきの帰宅である。
目線を交わし呼吸を合わせ、六人は布団をめくった。
そこでは、柊ただおが寝ていた。
「「お父さん!?」」
まつりとかがみが詰め寄る。
「「何してんの!?」」
「あ、うん……」
半身を起こして、二人の娘を見上げてぽけらと言う。
「明け方に帰った……と思うんだけどね。みんなが気持ち良さそうに寝てたから、ご相伴預からせてもらっちゃった……んじゃないかな?」
「お父さん酔ってる? まだ酔ってる?」
「うーん、どうだろうねえ」
「どうだろうねじゃないわよ!」
がーがー騒ぎ立てるまつりとかがみに、
「お父さん、お帰りなさーい」
遅ればせながらそう言うつかさ。
こなた、みゆき、ゆたかは顔を見合わせる。柊姉妹にとっては父親だが、三人から見れば四人もの娘を儲けた男性である。そんな人と同じ布団で寝ていたというのは……すごいプレッシャーである。
「さて、もう一寝入りしようなか」
そう言って立ち上がろうとしたただおは、やはり酔いが残っていたのかもしれない。よろめいて、とっさに支えようとしたみゆきを巻き込んで押し倒してしまった。
「フラグ立った!?」
こなたが目を輝かせ、
「「あ……」」
つかさとゆたかが驚きの表情を浮かべ、
「「やっぱ酔ってるじゃない!」」
まつりとかがみが目を三角にする。
「大丈夫ですか?」
押し倒されたみゆきが心配する。ちなみにパジャマの胸元は肌蹴たまま。
「悪いね……」
ただおはそう答える。そして何故かその必要がないのに見詰め合う二人。みゆきは動けないのであり、ただおどうすれば安全に立ち上がれるか体に相談していたのである。
写真家か画家か、あるいは彫刻家でも良い。この瞬間を切り取ったら、さぞかし愉快な作品が生まれた事だろう。だがそこに現れたのは、芸術家ではなく鑑賞者だった。
「17歳の頃のようにはいかないものね……」
すぐ外でそんな声がしたかと思うと、玄関ドアが開く。柊みきの帰宅である。
ぼと……
ハンドバッグが手を離れ、万有引力に引かれて6300キロ離れた地球の中心に向かって落下し、無情にも玄関のたたきに叩きつけられる音。
「やあ、みき。お帰り」
ただおが迎える。
「ただいま……。あの、ただおさん?」
「うん?」
「何をして……いらっしゃりやがるの?」
みきの日本語がすっ転げ、握り締めた拳がわななく。
ただおの失言その1。
「うーん、よく覚えてなんだけど」
その2。
「どうやらこの娘たちと一緒に」
色々ファイナル。
「玄関で寝ちゃったらしい」
「やあ、みき。お帰り」
ただおが迎える。
「ただいま……。あの、ただおさん?」
「うん?」
「何をして……いらっしゃりやがるの?」
みきの日本語がすっ転げ、握り締めた拳がわななく。
ただおの失言その1。
「うーん、よく覚えてなんだけど」
その2。
「どうやらこの娘たちと一緒に」
色々ファイナル。
「玄関で寝ちゃったらしい」
おわり
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- みき「何をして……いらっしゃりやがるの?」
wwwwwwwwwwwwwww -- 名無しさん (2010-09-20 21:38:08) - このシリーズ通してつかさの台詞の5割以上が
バルサミコ酢
な件についてwwww -- 名無しさん (2010-04-09 20:32:33) - あははははははははははははははははははは! -- 病院坂黒猫 (2009-03-12 11:58:47)
- まつり姉さん…俺をオモチャにシテクダサイッ!! -- 名無しさん (2009-03-09 12:34:55)
- 玄関に行く度にこれを思い出してニヤニヤするようになったらどうしてくれようwww -- 名無しさん (2009-03-09 03:01:33)
- なんとエロ可愛らしい玄関コメディー!
毎度毎度、あなたの手腕に脱帽です。
おお、玄関よ(エクスプロード)――――――! -- 名無しさん (2009-03-07 22:03:57) - 嗚呼ミキさんキャラ崩壊 -- 名無しさん (2009-03-07 19:11:14)
- ただおさーーーーん!! -- 無垢無垢 (2009-03-07 16:58:21)