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こころの行方

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だれでも歓迎! 編集
 ぼんやりとした不安が私にこびりついて離れない。
 焦燥感と悲壮感が交互にやってくる――何に対して? わからない。ただ漠然とした不満、不快、不機嫌、不可解な感情なる物がひっきりなしに次々に訪れる。
 何か良い姦計でも思いつけばいいのだが、頭が回らず、くしゃくしゃと髪をかきあげながら、募るいらだちを抑え込もうとする。何もできない自分が憎くてたまらない。
 どうにもならない。
 解決法はわかっている。原因や理由といった過程をすっとばした超越的解決法を、私は知っている。不義に勝るとも劣らない背徳、罪悪の抑制を打倒さえできれば。その方法はあまりにも簡単で、あまりにもあっけない方法なのだ。
「……ああもうっ」
 たまらず私はベッドに座ったまま目の前にある椅子を蹴った。
 痛い。
 そうなることはわかっていて、自分でもかなり手加減したのだが、それでも足に痛みが残る。それが妙に気持ちいい。まるで私を嘲笑い、そして諭すかのようにのしかかってくる。自業自得――そんな言葉が頭によぎる。そう。その通りだ。私は超えてはいけない最後の一線に差し掛かろうとしている。
 まじまじと自分の右手を見つめる。どれが生命線だろうとわかりっこない疑問を浮かべながら恣意的に一番短い線に決めた。ふさわしい、と自重する。お似合いだ。少なくても私の導火線はもう点火寸前だろう。
 じっと見つめていると、明日のことが浮かんだ。気の置けない友達の屈託のない笑顔を次々に思い出した。
 急に怖くなってきた。何か恐ろしいものを指の先の空間から感じた。背筋が凍った。
 もう私にはそんな勇気すらなくしていた。

*

「みんなー久しぶりっ」
 3月も下旬に差し掛かり、日が昇るのもだいぶ早くなってきた頃だ。季節は春、といってもまだまだ朝晩は冷え込む。布団から出るのもおっくうになる冬真っ盛りの頃と比べればもちろん過ごしやすいのだが、3月ともなるとどんなに寒くても真冬のかっこはできないのが寂しいところだ。
 結局それって見栄に過ぎないのだが、やっぱりいかにも冬物、という服は恥ずかしい。
 昼間には春らしい気温を取り戻すため、厚着をするのも憚れる。そしてまた帰ることには薄着の自分に後悔する……なんだか馬鹿らしいけど、これも四季に生きる人間ならではの贅沢な悩みなのかもしれない。
「おーす、元気してたか?」
「いやー私は相変わらずだよ」
「あんたの相変わらずほど不安なものはないわ……」
 ほんと、心からね。
「ご察しの通り、アニメにゲームにネトゲ……いやー至福ですなあ」
「まあ、自由に過ごすのはいいけどな」
 今日も朝はだいぶ冷え込んでいたが、天気キャスターのお姉さんが言うところには午後には20度近くになるらしく、軽装でいても少々汗ばむくらいの、春めいた日だった。控え目にいっても、同窓会に相応しい気候といえると思う。
 なんていうかと私は言葉を濁しながら、
「遊ぶのもいいけど、単位はちゃんと取ってんの? 留年は洒落にならないわよ」
「そんなへまはしないのだよかがみん。なんたって今はネット全盛! 私も全盛期! てゆーかしかるべきところを探せば試験の過去問とかさ――」
「はいはいグレーな話題禁止」
 やれやれ、とためいきを突く。本当に変わっていないなこいつは。
 ついでに言えば見かけもかわっていない。てゆうか服装も。
「とりあえず聞いていいか?」
「うん?」
「なんでまた陵桜の制服なのよ? 一応あんたも高校は卒業したよね?」
「コスプレ用だよコスプレ用~、これ結構コスプレ喫茶の受けがいいんだよ?」
「高校の制服なんかで大丈夫なのかよ?」
「まあそこは店長に聞いてよ」
 こなたの制服姿は、呆れるほどに似合っている――というか一年前のまんまだった。身体的特徴を話のネタにすることに、私は年齢相応の分別をわきまえているつもりだったが、こなたを見ているとつい軽口を叩く私がいた。
「まああんたは中学校の制服でも大丈夫だろうけどなー」
「むう……相変わらずきつい言葉。これでも私だってお・と・なの女性になったんだからね?」
「どの口が言うかどの口が」
「む、胸……とか?」
「……」
 一同閉口。えっへんとこなたが胸を張るが見栄であることはみえみえだ。別にだじゃれのつもりではない。
 険悪では決してないが、形容がたい空気が私たちの間で流れる。
「ま、まあみなさん。久しぶりにこう顔を合わせたわけですから、積る話もありますが、まずは食事を頼みませんか?」
 みゆきが苦笑混じりに助け舟を出す。
「私も賛成~、私おなかペコぺこだよ」
 つかさもそれに乗る。こなたも私も別段反対することもない。素直に首肯し、隣に座っているつかさからメニュー表を受け取った。
 お腹は正直だ。少しくらい我慢しろ馬鹿。
 それができたらダイエットに大して眉間にしわを寄せることもなくなるんだけどさ。


 私たちは今、ファミリーレストラン内の壁に面した座席に座っている。全員19歳ということもあり、もちろん禁煙席だ。
 場所は大見駅近くのイタリアン料理で有名なチェーン店だ。安くておいしいと、全国的に評価を得ている。ベデストリアンデッキを通って、ソニックシティを超えた先。つかさやこなただけなら幸手から行った先の同名レストランでも構わないのだが、東京在住のみゆきのことを考え、お互い大して所要時間のかかないこの場所に白羽の矢がたった。
 大宮駅で待ち合わせ、再開を喜びながら、レストランに向かった。二次会ももちろん予定済みだ。
 高校を卒業してから、不思議と私たちは一緒になる機会というものがなかった。高校生気分が抜けない春休みから入学式前後はともかく、それからはどうしてなのか、私でも見当がつかない。
 こなた風に言うならば、世の中に陰謀でも渦巻いていたのかもしれない――まあ、冗談だけどさ。
 つかさは当然毎日顔を会わしていたが、他の二人とはなんと今日がそ4月以来の再会だった。
 みゆきは住まいが東京もであり、医学生というものは忙しいのだろう。私もそんなみゆきの手間を取らせることは憚れたから会う機会に恵まれなかったのは仕方ないと思う。しかしながらこなたとも、まさか今日の今日まで顔を合わすことがないとは夢にも思わなかった。
 携帯電話が通じないのはいつものことだが、自宅に電話しても出るのはほとんどおじさんか、ゆたかちゃんで、大抵は「バイトにいってます」か「でかけています」だった。私から見ればいったいいつ勉強しているんだ? と机の上の自分の上の教科書を見ながら思う。
 あるいは私の環境が異常なのだろう。私だって大学生が勉強しているというイメージは、少なくても文系の学生にはない。
 だから、一番の原因は私だ。
 私は大学一年生からダブルスクールをしている。新司法試験になった以上在学中に試験合格する、というわけにはいかないが、目先の目標は法科大学院だ。そのためにできることをする。それがダブルスクールだ。実際先輩にも早くからダブルスクールをしている人が多く、別段珍しいものではない。
 毎日毎日勉強に追われて、他のことをする暇がないってわけだ。まったく暇がないわけではなかった。ちょうど一年前も勉強に追われた受験生時代を過ごしていたが、時間なんていくらでも作れたのだ。朝起きてから夜寝るまで一日中勉強といったストイックな生活は送っていなかったし、できる気もしない。
 だから私が、外出してまで休日を過ごそうとは思わなかった。結局それが原因なのだ。
 そのため私たちは卒業後会う機会もなく今まで過ごしてきたが、運よく今日はみんな集まれたのでこうしていわばプチ同窓会を開いている。
「ドリンクバーはもち全員分だよね? 安いし」
「コーヒーもいただけるようですね」
「私メロンソーダ~」
 一同飲みたいものを口にする。実際はセルフサービスであり、自分で取りに行くのだが。
 呼び出しボタンを押すと、待つ暇もなく店員さんに注文を告げる。
 私は定番のミラノ風ドリアを頼んだ。デザートは……まあ食べ終えてお腹がすいていたら仕方なく! 食べればいいだろう。せっかくの記念だし、おいしいものは食べるだけ食べないとね。
 ……いや、みなまでいうな。悲しくなる。
 前菜としてサラダを頼んだ。
 私もつかさも、ここのドレッシングが好きだ。みゆきは初めてといったが、私の一おしといっていい。
 つかさはナポリタン、こなたはハンバーグステーキ、みゆきはマルゲリータピザをそれぞれ注文した。
 店員が離れたのを合図に一同ドリンクバーに向かう。
「こういったありがちな展開が案外死亡フラグにつながっていたりするんだよね」
「何の話だ、それは」
「いや、最近は生存フラグに偽装した死亡フラグがあちこちに混ざっていてさ。もうカオスのなんの」
「もう少しわかる話をしなさいよね」
 高校時代何度ためいきをついただろうか。ため息は不幸を呼ぶのかもしれない。しかし私がついたもののほとんどは、嬉しさと隣合わせだった。なんとなく、そう思わずにはいられなかった。

 やたら上機嫌のこなたに、いつものように上品なみゆきと。見慣れたノー天気なつかさ。
 陵桜の制服に身を包んで、悪態をつきながらもみんなで秋葉原を歩きまわったり、苦々しい思いしかないコミケ、卒業旅行で目一杯騒いだ一年前。
 ふいに現われてはフェードアウトしていった。
 もう一年もたったのだろうか。ひとつ年をとって一年前の私を客観的に判断するまでになっている。
 あの時のような気持ちも、考え方も私にはできない。思い出も、やや断片化している。どうしてあんなにはしゃいでいられたのかと、訝しげに思うことも少なくない。
――ちょっとした諦観だ。過去に対して優越感を持って俯瞰しているに過ぎないのかもしれない。空間を超えて見え隠れする残像に、過剰に敏感になっているだけに過ぎないのかもしれない。
 そんなにも私は変わってしまったのだろうか?

「みゆきはさ、やっぱり忙しいの?」
 私はここ一年で鍛えた純度90%の愛想笑いを交えながら、聞いてみる。こんなことばかりなれた。
「ええ、そうですね。でもまだ一回生ですから、想像していたほどではないです」
 みゆきの言葉には満足げな表情が見て取れた。忙しいながらも充実しているのだろう。
「まだまだ一般教養的なものを多いですが、専門科目を勉強しているときなどは『医者の卵』としての実感がわきまして、興味深いです」
「勉強ばっかりでいやになったりしないの? 友達作りとか、サークル活動とか」
「好きで選んだ道ですし、本を読んだり、大学の友人と文学や政治談議をするのは新鮮で、とても息抜きになりますね」
「そっか」
 政治談議や文学の話題で盛り上がれるのはいかにもみゆきらしいと思った。
 みゆきのことだからきっと文学部の文学少年少女とでも舌戦を繰り広げられるのだろうと思う。
「やっぱりそういったほうが楽しい?」
 ……いじわるのはわかっている。
 なんとなく困らせたくなった。私も性格が悪くなったのかもしれない。
「えっ? ……いえ、アニメやゲームなども私の苦手な分野に対して造詣を深めることができて、楽しかったですよ」
 困ったように笑うみゆきは、とてもかわいいと思った。
「かがみさんは弁護士を目指していらっしゃるんですよね?」
「まあ、なんていうか叶わぬ夢を追いかけているようで自分でも馬鹿とは思うけどね。勉強してみてひしひしと感じるわ」
 苦笑気味にいった。
「そんなことないですよ。かがみさんは高校時代も成績は上位でしたし」
「万年一位のみゆきには叶わないけどさ」
「そんな、私なんて勉強くらいしかとりえもないですし。
 ……勉強はどうですか? 聞いたところダブルスクールをしているんですよね?」
「うん。思ったよりも大変で疲れるわね。こんな生活を最低でもあと5年は続けるとなると厭になるわ」
「応援しています」
「最短でもみゆきと同じ年に卒業するのね。なんだか不思議」
「5年後……想像できませんね」
「ほんとにね」
 一年後の私ですらぼんやりしているのに、卒業後のことなど網膜に映るはずがない。
 今の私じゃ、1か月後の私すら不確定だ。
 法科大学院試験を突破したうえで新司法試験に合格する――自信なんてない。旧司と比べれば楽でも、相対的にすぎない。
 物憂げに私は自分の持っている鞄を見つめた。
「恋とかしないの?」
 みゆきなら引く手あまただろう。私が男だったら真っ先に候補にいれる。
 秀才、容姿端麗、お嬢様。こんな言葉は俗だけれども、性能抜群じゃないか。
 白衣の天使――なんて言葉がよく似合う。それじゃ意味合いが違うけどさ。
 自滅確定の禁断の質問だけど、反射魔法くらいはかけたいものね。こなた相手だと魔法解除されるんだろうけど、みゆきなら安心だろう。
「いえ、残念ながら」
「まあそうだよね。私もだけど」
 こういった無難な終わり方をするのがみゆきだもんね。私も安心して聞ける。
 まあいたらいたで、祝福するまでだし、ああやっぱりと思うだけだ。
「なんにしても、日々向上心を持っていかないといけませんね。特に私とかがみさんは、精神的な向上心を持たない生活は馬鹿らしいですし、モチベーションが続きません」
「それ、なにかの引用?」
「夏目漱石の『こころ』の一台詞『「精神的に向上心のないものは馬鹿だ』です。かがみさんは未読ですか?」
「昔読んだきりかな。内容は覚えているんだけど」
「初めて読んだ時、この言葉が妙に心に残ってしまって。それ以来座右の銘の一つとしているんですよ」
「確かに、ぐさっとくるわね……その言葉の背景がわからないから半減してしまうけど」
「図書館でも必ず置いてありますから、また再読されてはどうですか? 名作は何時よんでも色褪せません。小さい頃読んだ作品を精読するのもまた発見があるものです。そのためにも内容は控えさせていただきますね」
「そうするわ」
 精神的な向上心――向上心か。
 私は向上心を持っていきているのだろうか?
 社交辞令と愛想笑いを交わすだけの交友関係。灰色の毎日を嘘と溜息で塗装した生活の中に持っているのだろうか。


「お姉ちゃん、これからどうする?」
 食事が終わり、デザートのケーキを食べ、雑談も一息ついた時だ。
 時刻は8時を回ったところ。
 私とみゆきがコーヒー、つかさとこなたは紅茶のアールグレイ、レモンティーを時折口に含みながら、今後のことについて確認を始めた。
 明日も全員予定に空きがあるから、二次会も多いに盛り上がろう、とだけは事前に決めてあったが、具体的に何をするかは白紙のままだ。
「無難なところだとカラオケとか? 私たち、あんまいってないよね」
 西口にはあまりカラオケ店はないが、東口にいけばたくさんある。
「いやかがみん、ありきたりすぎだよ」
「ほう。ならあんたなら何を提案するのよ」
「ネトゲ!」
「却下」
「0.5秒!? てゆーかかがみん私が何言おうと却下するつもりだったでしょ!」
 察しがいいじゃない。
「十中八九プロバブリー、アニメ関連なのは目に見えているからね」
「自分から振っといてこの仕打ちとはなんというツンデレ……」
 そういうこなたは無視して、私はつかさに話題を返す。
「つかさは何がいい?」
「え、私? うんと、えっと……」
 話を振られると予想していなかったのだろうか。困り顔で笑ったりうつむいたりした後、
「ボウリングとか?」
「まあ、妥当なところね」
 何時間もボウリングする気にはなれないが、2ゲームくらいならちょうどいいだろう。
「みゆきは?」
「そうですね……私はかがみさんの意見に賛成しますが、せっかくでしたらボウリングの後にカラオケなんてどうでしょう? ありきたりな折衷案で恐縮ですが」
「うん、いいね。決まりね」
 私がまとめ役となって締めくくろうとすると、
「あの、かがみ様? わたくしの提案はスルーでしょうか?」
「かがみ様いうな。何が悲しくてみんなで一年ぶりの再会にネットカフェでネトゲしなきゃいけないのよ」
「一般人にできないことを平然とやってのける! そこにシビれる憧れるぅ!――って思わない?」
「全然」
「むー、私のお勧めネトゲがあるのになあ」
「つーかそんな暇ないし、また気が向いた時にでも秋葉原いってあげるからさ」
 しぶしぶこなたが同意したので、私は携帯を開いて最寄りのボウリング場を検索しはじめた。
 鞄を手繰り寄せ、膝の上に置いた。
 良い検索結果は得られず、他駅まで足を伸ばすことになりそうだ。時間はまだまだある。
 今夜くらいは朝まで遊びとおすのも悪くないし、私は初めからそのつもりだ。
「じゃあ、会計しよっか」
 私たちは、二次会であるボウリング場に向かった。

*

 帰ってきたのは案の定朝になってからだった。
 大学生になってから門限も比較的緩い。一年ぶりの旧友との再会ということもあり、お父さんもお母さんもあっさりと了承してくれた。
 三次会のカラオケも途中からは歌うことより薄暗い照明をバックに近況報告を兼ねた雑談がメインになっていた。積る話はいくらでもあった。
 止まった時が、氷山が溶けるがごとく融解していく――なんて言葉はありきたりだが、まさにそんな状況だった。もちろん私たちは大学生で、話す話題も異なったものだった。特に私は性格すら変わってしまったと思う。
 それでも、私たちは、高校生だった時のように変わらず親友通しだった。変わらないもの、だと思った。
 次の遊ぶ約束についても話し合った。
「楽しかった、な」
 つかさも無理して起きていたが、それがたたったのだろう。家に帰るなりすぐに自室に入って寝てしまった。
 こなたほどでないにしろ、一般平均くらいには徹夜なれしている私は、徹夜で遊び続けたせいか一種のナチュラルハイ状態であり、暫くは眠れる気がしない。
 試しにこなたにメールするとすぐ返事がかえってきた。ネトゲをやっているとかなんとか。
 まったく、変わらないね。あんたもさ。

 ベッドに仰向けになったまま、今日の出来事を回想する。
「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」
 こころの登場人物であるKの言葉らしい。それがどんな意味で、どんな背景を持っていったのか、今の私にはわからない。
 わかるとこといえば、その言葉を呟いたKの末路。
 だから私の解釈は、とても恣意的で、歪曲されたものなのだろう。
 それでもその言葉がこびりついて離れない。みゆきとは違った意味で――きっと。

 疲れた。
 日々に忙殺されている私は、決して向上心のある生活ではないのだろう。たくさんのことを暗記している以上、学力という点では日々伸びているのだと思う。
 だが精神的に向上しているなんてとても言えない。
 現に私は同窓会の前日、自傷行為未遂を犯していた。買ったままのカッターナイフを今日一日バックに入れたままだった。
 どうしてか。知ってほしかったのかもしれない。どうしようもない自分を叱責するか、それとも同情を誘いたかったのか。
 自分から言わなければ何も始まらない。そんなことはわかっているのに。
 私は馬鹿だ。

――単調な 生活、代り映えのない毎日、日々積み重なっているぼんやりとした不安。
 いつの間にかはっきりと認識できるようになった。けれども実態がない。原因も理由も不明。わかるのは超越的解決方法だけ。
 大学生活がつまらないから? 法科大学院入試に対して? 将来? ……わからない。不安であることが不安なのかもしれない。
 勉強が嫌じゃない。遊びたいわけじゃない。誰かに憧れているわけじゃない。正しいとも、間違っているとも思わない。
 ただ不安なのだ。不快なのだ。不満なのだ。
 説明できない。名状できない。不機嫌に、不自然な一日をただ漫然と過ごし続けている。
 ……やれやれ、と私は溜息をついた。
 悩んでいても仕方ない。悩んでわかる問題ならばとっくに答えはでているはずなのだ。同時に苦悩しても無駄だと割り切れるほど私の頭は単純明快な作りをしていない。
 その渦中に挟まれて身動きがとれないのが私ってわけだ。困ったものである。
 どちらにしても、今更どうにかなるものではない。
 今はただ、メランコリーになりながら身をゆだねるしかない。
 私が私である間は、少なくてもそうするのがいいんだろう。最善でなくても次善のはずだ。小康状態をわざわざ崩す必要に迫ってはいない。
 立ち上がり、机に向かって法律の教本を開いた。勉強をするつもりはないが、気休めにはなるだろう。勉強に気を使えば、暫く他のことを忘れられる。そんな思惑もあった。無機質な条文は、十分私に癒しをもたらしてくれる。
 私は物憂げに3度バッグに目を移し、それから大きな欠伸をして、机に体を預けた。
 不安の重圧に押しつぶされながら、一縷の望みに生きる。私にはそういう不器用な生活しかできないのだ。 
 私目頭に熱いものを感じながらも、無理に目を閉じた。

 過去の美化された偶像、それに邂逅できるとことを願いながら。














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  • GJです -- 名無しさん (2009-10-09 18:05:38)
  • かがみんの大学生活が妙にリアルに想像できてしまった。 -- 名無しさん (2009-09-11 05:28:12)
  • 表現が巧いです。 -- 名無しさん (2009-04-17 00:35:06)
  • なんか昔の自分を思い出して懐かしかったです。 -- 名無しさん (2009-04-09 02:03:07)

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