深夜一時。
まだお父さんは帰ってこない。
今日は1万部突破記念で飲んでくるらしくて、遅くなるって言ってたけど、
こんなに遅いんじゃ、今日中には帰ってこれないのかな……
あ、0時超えてるからもう翌日か。
ゆーちゃんはとっくの昔に寝ちゃって、今起きているのは私だけ。
ぼーっとコタツに頭を乗せて、深夜アニメを眺めている私。
起きているのが私だけになると、18年間過ごしたこの家も急にがらんと広く感じる。
お父さんが私が生まれる前、デビュー作の印税で買ったこの家は、
二人で暮らすには不釣合いなほど大きい。
ゆーちゃんが来てもまだ空き部屋が二部屋あるし、
三階なんて完全にお父さんの趣味の収納スペース。
トイレも二階と一階の二箇所にあるし……掃除、面倒なんだよね、アレ。
「まだかな、お父さん」
別にお父さんを待ってるわけじゃないんだけど、なんとなく口に出してみる。
誰でもいい。なんだか私一人じゃ、ちょっと寂しい。
「ただいまぁ~」
玄関から気の抜けた声。
見かけのアニメを放り出して、私は玄関のある一階へ下りる。
アニメは録画してあるから今見なくてもいいし、
このまま放っておいたら、お父さん玄関で寝ちゃうかもしれないし。
「おかえり……って、うわっ、酒臭っ……」
カバンもお土産のなめらかプリンも放り出して、お父さんは玄関に倒れこんでいる。
お父さん、お酒に弱いのに結構飲むから。
玄関までたどり着いたのがやっとだったのか、高らかにいびきをあげている。
こんなところで眠ってると風邪引くだろうし、
何より朝起きてきたゆーちゃんの精神衛生上ちょっとお勧めできない。
「お父さん、起きて。こんなところで寝てると風邪引いちゃうよ」
ぺちぺちと頬を叩く。
うっすらと目を開く。ぱしぱしと瞬きをして、
私を見つけて、嬉しそうに微笑んで。
「なんだ、かなた。待っててくれたんだ」
ああ、またか。私は心の中で苦笑する。
ひどく酔っ払ったとき、時々お父さんは私のことを“かなた”と呼ぶ。
初めてそう呼ばれたの、中学ぐらいのときだっけ?
最初はちょっぴりびっくりしたけれど、
写真でしか見たことがない、お父さんが大好きだったお母さんに姿を重ね合わせてるんだと考えると、
不思議とあんまり悪い気分はしなかった。
「そうだよ、ほら、早く起きないと風邪引いちゃうよ、そうくん」
そんな時、私はお父さんのことを“そうくん”って呼ぶことにしている。
お父さんとお母さん。二人はお互いをそう呼び合っていたんだと聞いていた。
バイトで養ったコスプレ魂。お父さんが私にお母さんの姿を重ね合わせているのなら、
せっかくだしちゃんとなりきってやろうって思ったし、
何より、そう呼ばれた時のお父さんの顔が、とっても嬉しそうだったから。
「ほら、一人で立てる?」
「うい~、なんとか」
ふらふら立ち上がったお父さん。
一人では足元が定まらなくって、こんなんじゃ二階のお父さんの部屋までたどり着けそうもない。
「もう、そうくんったら」
お父さんが何度も話していた、お母さんの口癖。
こんなダメ親父と結婚したら、誰だってそう言いたくなるよ。ねぇ。
お父さんの腕を肩に回して、ゆっくり階段を上り始める。
お父さんの背は大きくて、私のほうが常に階段の二つぐらい上の段に上っている。
ゲームやアニメ好きのところだけじゃなくって、身長も少しは遺伝してほしかったな……なんて。
「なぁ、かなた。本、いっぱい売れたよ」
「うん、お疲れ様。そんなことより一人で階段上って……」
「これでやっと、あの家が買えるよな」
え、あの家って……
すぐ隣で笑う、お父さんの真っ赤な顔。お酒臭い息。
「この本の印税が入ったら、あの家を買おうって言ってたもんな。
今の安アパートじゃ三人じゃ狭いし、隙間風でかなたやこなたが風邪を引いちゃうもんな」
お父さんの頭の中は、きっと初めての作品がヒットした頃に戻ってるんだろう。
私が産まれる事が決まって、お母さんと結婚して、デビュー作もミリオンセラーを記録した頃。
お父さんが、一番幸せだった頃。
「それに、かなた、言ったよな。こなただけじゃなくて、いっぱい子供を産むんだって。
こなたが一番上のお姉さんになってな。次は男の子がいいか? 女の子がいいか?
大丈夫だよ、新しい家は部屋がいっぱいあるから、五人兄弟になったって、一人一部屋だぞ」
その願いが叶えられなかったことを、私は知っている。
体の弱かったお母さんは、私を産んですぐに……
楽しそうにこれから産まれてくる予定の子供たちのことを話すお父さん。
一姫二太郎だとか、いや、双子も萌えるよなとか。
いくつも考えた私の妹や弟の名前を、嬉しそうに語って聞かせるお父さん。
それは、決して叶えられぬ願い。
だって、私が、壊してしまったから。
私を産んだせいで、お母さんは体を壊してしまって……
「ほら、そうくん。ベッドについたよ」
ふらふらとお父さんはベッドに倒れこむ。
スーツが皺になっちゃうけど、起こして着替えさせるのも大変だ。
まあ、いいか。お父さん。めったにスーツなんて着ないし。
「それじゃ、おやすみ、そうくん」
布団だけかけて、足早に部屋を出ようとする。
だって、そのままじゃ、涙が零れ落ちそうだから。
私が壊してしまった、お父さんとお母さんの慎ましやかな夢をずっと聞かされるなんて、そんなの……
「でもな、かなた」
後ろから聞こえた声に、足が止まる。
振り返る。真っ赤な顔をして、お酒臭い息を吐いて、でもその目は、愛おしいものを見つめるように細く潤んで。
「俺はこなた一人でも、満足だぞ。ちゃんと俺好みのかわいい娘に育ってくれたし、
あんまり人付き合いが少ないから冷たい人だと思われちゃうこともあるけれど、
本当はよく気が利いて、やさしい娘なんだ。俺とかなたの、自慢の娘だ、だからな……」
それは、本当に、幸せそうな笑顔を浮かべて、
「俺たちのこと、見守って……くれ……」
途切れた声は、そのまま寝息に変わる。
私は、そのままお父さんの枕元に歩み寄った。
私をずっと育ててくれた、大切なお父さん。
私と、私のお母さんをずっと愛してくれた、大好きなお父さん。
だから……
「大好きだよ、お父さん」
私はお父さんのまぶたの上に、そっと口づけた。
まだお父さんは帰ってこない。
今日は1万部突破記念で飲んでくるらしくて、遅くなるって言ってたけど、
こんなに遅いんじゃ、今日中には帰ってこれないのかな……
あ、0時超えてるからもう翌日か。
ゆーちゃんはとっくの昔に寝ちゃって、今起きているのは私だけ。
ぼーっとコタツに頭を乗せて、深夜アニメを眺めている私。
起きているのが私だけになると、18年間過ごしたこの家も急にがらんと広く感じる。
お父さんが私が生まれる前、デビュー作の印税で買ったこの家は、
二人で暮らすには不釣合いなほど大きい。
ゆーちゃんが来てもまだ空き部屋が二部屋あるし、
三階なんて完全にお父さんの趣味の収納スペース。
トイレも二階と一階の二箇所にあるし……掃除、面倒なんだよね、アレ。
「まだかな、お父さん」
別にお父さんを待ってるわけじゃないんだけど、なんとなく口に出してみる。
誰でもいい。なんだか私一人じゃ、ちょっと寂しい。
「ただいまぁ~」
玄関から気の抜けた声。
見かけのアニメを放り出して、私は玄関のある一階へ下りる。
アニメは録画してあるから今見なくてもいいし、
このまま放っておいたら、お父さん玄関で寝ちゃうかもしれないし。
「おかえり……って、うわっ、酒臭っ……」
カバンもお土産のなめらかプリンも放り出して、お父さんは玄関に倒れこんでいる。
お父さん、お酒に弱いのに結構飲むから。
玄関までたどり着いたのがやっとだったのか、高らかにいびきをあげている。
こんなところで眠ってると風邪引くだろうし、
何より朝起きてきたゆーちゃんの精神衛生上ちょっとお勧めできない。
「お父さん、起きて。こんなところで寝てると風邪引いちゃうよ」
ぺちぺちと頬を叩く。
うっすらと目を開く。ぱしぱしと瞬きをして、
私を見つけて、嬉しそうに微笑んで。
「なんだ、かなた。待っててくれたんだ」
ああ、またか。私は心の中で苦笑する。
ひどく酔っ払ったとき、時々お父さんは私のことを“かなた”と呼ぶ。
初めてそう呼ばれたの、中学ぐらいのときだっけ?
最初はちょっぴりびっくりしたけれど、
写真でしか見たことがない、お父さんが大好きだったお母さんに姿を重ね合わせてるんだと考えると、
不思議とあんまり悪い気分はしなかった。
「そうだよ、ほら、早く起きないと風邪引いちゃうよ、そうくん」
そんな時、私はお父さんのことを“そうくん”って呼ぶことにしている。
お父さんとお母さん。二人はお互いをそう呼び合っていたんだと聞いていた。
バイトで養ったコスプレ魂。お父さんが私にお母さんの姿を重ね合わせているのなら、
せっかくだしちゃんとなりきってやろうって思ったし、
何より、そう呼ばれた時のお父さんの顔が、とっても嬉しそうだったから。
「ほら、一人で立てる?」
「うい~、なんとか」
ふらふら立ち上がったお父さん。
一人では足元が定まらなくって、こんなんじゃ二階のお父さんの部屋までたどり着けそうもない。
「もう、そうくんったら」
お父さんが何度も話していた、お母さんの口癖。
こんなダメ親父と結婚したら、誰だってそう言いたくなるよ。ねぇ。
お父さんの腕を肩に回して、ゆっくり階段を上り始める。
お父さんの背は大きくて、私のほうが常に階段の二つぐらい上の段に上っている。
ゲームやアニメ好きのところだけじゃなくって、身長も少しは遺伝してほしかったな……なんて。
「なぁ、かなた。本、いっぱい売れたよ」
「うん、お疲れ様。そんなことより一人で階段上って……」
「これでやっと、あの家が買えるよな」
え、あの家って……
すぐ隣で笑う、お父さんの真っ赤な顔。お酒臭い息。
「この本の印税が入ったら、あの家を買おうって言ってたもんな。
今の安アパートじゃ三人じゃ狭いし、隙間風でかなたやこなたが風邪を引いちゃうもんな」
お父さんの頭の中は、きっと初めての作品がヒットした頃に戻ってるんだろう。
私が産まれる事が決まって、お母さんと結婚して、デビュー作もミリオンセラーを記録した頃。
お父さんが、一番幸せだった頃。
「それに、かなた、言ったよな。こなただけじゃなくて、いっぱい子供を産むんだって。
こなたが一番上のお姉さんになってな。次は男の子がいいか? 女の子がいいか?
大丈夫だよ、新しい家は部屋がいっぱいあるから、五人兄弟になったって、一人一部屋だぞ」
その願いが叶えられなかったことを、私は知っている。
体の弱かったお母さんは、私を産んですぐに……
楽しそうにこれから産まれてくる予定の子供たちのことを話すお父さん。
一姫二太郎だとか、いや、双子も萌えるよなとか。
いくつも考えた私の妹や弟の名前を、嬉しそうに語って聞かせるお父さん。
それは、決して叶えられぬ願い。
だって、私が、壊してしまったから。
私を産んだせいで、お母さんは体を壊してしまって……
「ほら、そうくん。ベッドについたよ」
ふらふらとお父さんはベッドに倒れこむ。
スーツが皺になっちゃうけど、起こして着替えさせるのも大変だ。
まあ、いいか。お父さん。めったにスーツなんて着ないし。
「それじゃ、おやすみ、そうくん」
布団だけかけて、足早に部屋を出ようとする。
だって、そのままじゃ、涙が零れ落ちそうだから。
私が壊してしまった、お父さんとお母さんの慎ましやかな夢をずっと聞かされるなんて、そんなの……
「でもな、かなた」
後ろから聞こえた声に、足が止まる。
振り返る。真っ赤な顔をして、お酒臭い息を吐いて、でもその目は、愛おしいものを見つめるように細く潤んで。
「俺はこなた一人でも、満足だぞ。ちゃんと俺好みのかわいい娘に育ってくれたし、
あんまり人付き合いが少ないから冷たい人だと思われちゃうこともあるけれど、
本当はよく気が利いて、やさしい娘なんだ。俺とかなたの、自慢の娘だ、だからな……」
それは、本当に、幸せそうな笑顔を浮かべて、
「俺たちのこと、見守って……くれ……」
途切れた声は、そのまま寝息に変わる。
私は、そのままお父さんの枕元に歩み寄った。
私をずっと育ててくれた、大切なお父さん。
私と、私のお母さんをずっと愛してくれた、大好きなお父さん。
だから……
「大好きだよ、お父さん」
私はお父さんのまぶたの上に、そっと口づけた。
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- 素晴らしい -- 名無しさん (2010-05-10 20:01:05)
- あ、やばい。
泣きそう(/ _ ; ) -- ユウ (2010-04-14 04:11:26) - 泣いた -- 名無しさん (2010-04-10 05:38:44)
- 感動しました。 -- 空我 (2010-02-07 23:24:27)
- 全俺が泣いた。
ネタじゃなくてマジで -- 名無しさん (2009-10-22 05:31:59) - 全宇宙が泣いた。イイハナシダナー -- 名無しさん (2009-07-07 20:56:59)
- これを読めただけで今日一日がいい日だったと思えた。
-- 名無しさん (2009-07-06 01:58:02) - 全米が泣いた -- 名無しさん (2009-07-06 00:25:14)