いずみが違和感を感じたのは、三つ目のサークルに並んだときだった
(あのアホ毛の娘、さっきの列にも並んでた)
普段ならあの人混みの中、他人なんて気にしない。
だが、その少女の頭から飛び出した毛が、いずみには気になっていた。
(まあ、偶然よね)
自分の前に並ぶ少女は素早く支払いを済ませる。
「新刊四部お願いします」
「はい、4000円になります」
事前情報通り。
手の中の4000円を渡し、新刊を受け取る。
素早くその本を紙袋にしまい、その手で宝の地図を取り出す
(東ア06a、あそこね)
いずみはコミケへの参加経験こそ片手で数えるほどしかなかったが、
その本を手に入れる手腕は卓越していた。
(まったく、お兄ちゃん様々ね)
手元の地図には自分で書いたラインと、赤ペンで修正が入ったラインがある。
いずみの兄により修正を受けた地図だ。
いずみにコミケの作法と技術を教えたのは、その兄。
発行部数と人気、混雑の度合いから完売するタイミングを読み切り、
購入分担を仕切るいずみの兄は、一部では『常勝の天才』と呼ばれ、尊敬を受けていた。
いずみもそんな兄を尊敬し、自分達に手に入れられない本などないと信じていた。
思えば、その過信が悲劇を産んだのかもしれない。
「最後尾札持ちます」
手元に最後尾札があったのはほんの一瞬。
手の空いたいずみは携帯を取り出す。
共同購入は連絡が肝要。予定とのずれを報告し、予想外の混雑部数制限にあわせて臨機応変にプランを修正する。
「もしもし、お兄ちゃん。今四件め。ここまでは順調よ」
「了解。ついでに悪い知らせだ。カッタが三部限らしい。一部でいい、次にいけるか?」
一部の人に買い占められないよう、人気サークルは一人当たりの購入部数を制限することがある。
いずみ達のように複数人で役割分担を行い本を購入する者達にとって頭の痛いことだ。
「了解。ここを買ったら……」
いずみの視界に、青い線が横切る。
特長的なRを描くその線は……
「いずみ、どうかしたか?」
「ううん、大丈夫。ここを周ったらカッタね。了解」
電話を切り、それを見据える。
人混みのなかに飛出たそれは、間違いなくさっきと同じもの。
「なかなかやる奴かもね」
手元の地図に目を落とす。
兄と同じルートを選ぶということは、なかなかのやり手ということは間違ない。
奴も、同じルートを選んでくるだろうか。
手元の地図にはカッタまでの動線は書かれていない。
手元のペンでラインを追加する。
最短距離。すぐに本を入手し、元のラインに復帰する。
難しいことじゃない。
速く、正確に行うだけ。
目の前のアホ毛が列から逸れる。
財布から札を取り出し、握り締める。
「すいません。新刊四部お願いします」
素早く支払いを済ませ、列から離脱する。
本を折れがないよう細心の注意を払って鞄に収める。
(あそこ!!)
自分の目指す列。それを遮る人混みに体を滑らせる。
人の体に触れ、ヌルッと汗で滑る感覚。
湿度・温度ともに高い夏コミ。徹夜組も混じるその中は不快指数MAX。
(ちゃんと風呂ぐらい入りなさいよ!!)
体を走る悪寒を堪え、人混みを進む。
(あれ、もしかして)
列の中で揺れるアホ毛。
さっきからいつも自分の一歩先を行くあの毛。
(絶対、譲らないんだから!!)
時間的にカッタの完売は近い。
ここでの一瞬が生死を分ける。
(あれ?)
そのアホ毛がいずみの思い描くラインを逸れる。
まっすぐ進めばすぐのところを、わざわざ隣の通路へ逸れる。
(ルート間違え?それともカッタ狙いじゃない?どっちにしろライバルが減った!!)
いずみは勝利を確信する。
島中を抜けて外に出れは、最後尾は目の前。
目標とするサークルはあと少し、もうすぐそこに……
「はい、すみません。列通ります~」
いずみの目の前をスタッフが遮る。
「はい、前から五番目までのかた、行きますよ~」
目の前を横切る手を上げた集団。
スペースの都合で分割した島中列の移動。
いずみの目の前に築かれた壁。
(なんで、ここまできて!!)
列を迂回するいずみ。
距離はたいしたことはない。
ただ、ただでさえ混雑している島中に作られた列に押しつぶされ、
そのほんの少しの距離を移動するのですらもどかしいほどの時間を奪われる。
決定的なタイムロス。
その前をゆうゆうとカッタに向かう、一本のアホ毛。
その向かう先はいずみの目指すサークル。
(なんで!? アイツはこの列移動を読んでいたというの? 有り得ない!?)
自分の購入予定のサークルの状況を読むだけならまだしも、島中列の移動すら読みきっているなんて。
迂回したいずみが最後尾札を受け取ったときには、アホ毛はすでに遥か彼方。
列が縮む。
捨てられる段ボール。
完売が目の前に迫る。
そして……
(あのアホ毛の娘、さっきの列にも並んでた)
普段ならあの人混みの中、他人なんて気にしない。
だが、その少女の頭から飛び出した毛が、いずみには気になっていた。
(まあ、偶然よね)
自分の前に並ぶ少女は素早く支払いを済ませる。
「新刊四部お願いします」
「はい、4000円になります」
事前情報通り。
手の中の4000円を渡し、新刊を受け取る。
素早くその本を紙袋にしまい、その手で宝の地図を取り出す
(東ア06a、あそこね)
いずみはコミケへの参加経験こそ片手で数えるほどしかなかったが、
その本を手に入れる手腕は卓越していた。
(まったく、お兄ちゃん様々ね)
手元の地図には自分で書いたラインと、赤ペンで修正が入ったラインがある。
いずみの兄により修正を受けた地図だ。
いずみにコミケの作法と技術を教えたのは、その兄。
発行部数と人気、混雑の度合いから完売するタイミングを読み切り、
購入分担を仕切るいずみの兄は、一部では『常勝の天才』と呼ばれ、尊敬を受けていた。
いずみもそんな兄を尊敬し、自分達に手に入れられない本などないと信じていた。
思えば、その過信が悲劇を産んだのかもしれない。
「最後尾札持ちます」
手元に最後尾札があったのはほんの一瞬。
手の空いたいずみは携帯を取り出す。
共同購入は連絡が肝要。予定とのずれを報告し、予想外の混雑部数制限にあわせて臨機応変にプランを修正する。
「もしもし、お兄ちゃん。今四件め。ここまでは順調よ」
「了解。ついでに悪い知らせだ。カッタが三部限らしい。一部でいい、次にいけるか?」
一部の人に買い占められないよう、人気サークルは一人当たりの購入部数を制限することがある。
いずみ達のように複数人で役割分担を行い本を購入する者達にとって頭の痛いことだ。
「了解。ここを買ったら……」
いずみの視界に、青い線が横切る。
特長的なRを描くその線は……
「いずみ、どうかしたか?」
「ううん、大丈夫。ここを周ったらカッタね。了解」
電話を切り、それを見据える。
人混みのなかに飛出たそれは、間違いなくさっきと同じもの。
「なかなかやる奴かもね」
手元の地図に目を落とす。
兄と同じルートを選ぶということは、なかなかのやり手ということは間違ない。
奴も、同じルートを選んでくるだろうか。
手元の地図にはカッタまでの動線は書かれていない。
手元のペンでラインを追加する。
最短距離。すぐに本を入手し、元のラインに復帰する。
難しいことじゃない。
速く、正確に行うだけ。
目の前のアホ毛が列から逸れる。
財布から札を取り出し、握り締める。
「すいません。新刊四部お願いします」
素早く支払いを済ませ、列から離脱する。
本を折れがないよう細心の注意を払って鞄に収める。
(あそこ!!)
自分の目指す列。それを遮る人混みに体を滑らせる。
人の体に触れ、ヌルッと汗で滑る感覚。
湿度・温度ともに高い夏コミ。徹夜組も混じるその中は不快指数MAX。
(ちゃんと風呂ぐらい入りなさいよ!!)
体を走る悪寒を堪え、人混みを進む。
(あれ、もしかして)
列の中で揺れるアホ毛。
さっきからいつも自分の一歩先を行くあの毛。
(絶対、譲らないんだから!!)
時間的にカッタの完売は近い。
ここでの一瞬が生死を分ける。
(あれ?)
そのアホ毛がいずみの思い描くラインを逸れる。
まっすぐ進めばすぐのところを、わざわざ隣の通路へ逸れる。
(ルート間違え?それともカッタ狙いじゃない?どっちにしろライバルが減った!!)
いずみは勝利を確信する。
島中を抜けて外に出れは、最後尾は目の前。
目標とするサークルはあと少し、もうすぐそこに……
「はい、すみません。列通ります~」
いずみの目の前をスタッフが遮る。
「はい、前から五番目までのかた、行きますよ~」
目の前を横切る手を上げた集団。
スペースの都合で分割した島中列の移動。
いずみの目の前に築かれた壁。
(なんで、ここまできて!!)
列を迂回するいずみ。
距離はたいしたことはない。
ただ、ただでさえ混雑している島中に作られた列に押しつぶされ、
そのほんの少しの距離を移動するのですらもどかしいほどの時間を奪われる。
決定的なタイムロス。
その前をゆうゆうとカッタに向かう、一本のアホ毛。
その向かう先はいずみの目指すサークル。
(なんで!? アイツはこの列移動を読んでいたというの? 有り得ない!?)
自分の購入予定のサークルの状況を読むだけならまだしも、島中列の移動すら読みきっているなんて。
迂回したいずみが最後尾札を受け取ったときには、アホ毛はすでに遥か彼方。
列が縮む。
捨てられる段ボール。
完売が目の前に迫る。
そして……
「お疲れ様」
国際展示場駅へ向かう途中。
日陰になった芝生では荷物を下し、戦利品を交換する者達。
座り込むいずみを見下ろす、長身の青年。
「ゴメン、お兄ちゃん。カッタの新刊、買えなかった」
いずみはひざに顔をうずめる。
完璧だと思っていた。買えない本などないと思っていた。
でも、この有様。自分とほぼ変わらない位置からスタートして、
あのアホ毛は新刊を手に入れ、自分は目の前で完売の声を聞いた。
完全に自分のルート設定ミス。
「ほら、元気出して」
顔を上げたいずみの目の前。
そこにある、カッタの新刊セット。
「えっ、お兄ちゃん……どうして」
思い返す。自分たちのグループでカッタの新刊を希望していたのは自分も入れて四人。
三部限で、すでに三冊は買っていた。一部足りないはずなのに……
「お兄ちゃん、お兄ちゃんの分は大丈夫なの?」
「最初に三部限を読みきれてなかったのは自分のミスだ。大丈夫、数日もすればとらに並ぶよ」
「そんな、お兄ちゃん、会場限定本、楽しみにしてるって言ってたじゃない……」
「読みたくなったら、また貸してもらうさ」
優しく頭を撫でる兄の手に、涙を押さえきれない。
「どうして……あのアホ毛の娘は買えてたのに……」
いずみの頭を撫でる兄の手が止まる。
「アホ毛……もしかしてそれは……いずみ、詳しく話してくれ」
いずみは自分が見たそのアホ毛の様子を詳しく話した。
自分の常に前にいたこと。そして自分の読みきれなかった列移動を完全に読みきっていたこと。
それを聞くや、信じられないといったようにいずみの兄は頭を抱えた。
「お兄ちゃん、知ってるの」
「ああ、姿は見たことはないが噂には聞いてる。伝説の少女……Aだ」
「で、伝説の少女……」
「ああ、一説には彼女が現れたのは晴海時代とか。中学生にしか見えない姿で本を買いあさり、
彼女の買ったサークルは間違いなく大サークルに成長するという。
しかも、彼女の動線にはまったくの無駄がない、彼女一人で共同購入五人分の力を発揮するという、
まさにコミケの生ける伝説と言われた、あの伝説の少女Aだ」
何、彼女が……共同購入のメンバーの中で、ざわめきが広がる。
メンバーの外にすら、周囲にも広がっていくざわめき。
「いずみちゃん、彼女に会えただけでも幸せだよ」
優しく声をかける共同購入のメンバー。
でも、いずみは……
「お兄ちゃん」
「なんだ、いずみ」
「私、絶対にあの娘に勝つ。だから、もっと教えて、コミケのこと」
いずみの兄は驚きの表情を浮かべた後、何かを悟ったかのように息をついた。
「そうか、次は冬だ。今度こそはすべて手に入れるぞ」
「うん、絶対に負けない。私も彼女に追いついてみせる」
のちに、いずみが『伝説の少女A』に並ぶ『腐敗の魔術師B』として後世に名を残すのは、
まだしばらく先の話であった。
国際展示場駅へ向かう途中。
日陰になった芝生では荷物を下し、戦利品を交換する者達。
座り込むいずみを見下ろす、長身の青年。
「ゴメン、お兄ちゃん。カッタの新刊、買えなかった」
いずみはひざに顔をうずめる。
完璧だと思っていた。買えない本などないと思っていた。
でも、この有様。自分とほぼ変わらない位置からスタートして、
あのアホ毛は新刊を手に入れ、自分は目の前で完売の声を聞いた。
完全に自分のルート設定ミス。
「ほら、元気出して」
顔を上げたいずみの目の前。
そこにある、カッタの新刊セット。
「えっ、お兄ちゃん……どうして」
思い返す。自分たちのグループでカッタの新刊を希望していたのは自分も入れて四人。
三部限で、すでに三冊は買っていた。一部足りないはずなのに……
「お兄ちゃん、お兄ちゃんの分は大丈夫なの?」
「最初に三部限を読みきれてなかったのは自分のミスだ。大丈夫、数日もすればとらに並ぶよ」
「そんな、お兄ちゃん、会場限定本、楽しみにしてるって言ってたじゃない……」
「読みたくなったら、また貸してもらうさ」
優しく頭を撫でる兄の手に、涙を押さえきれない。
「どうして……あのアホ毛の娘は買えてたのに……」
いずみの頭を撫でる兄の手が止まる。
「アホ毛……もしかしてそれは……いずみ、詳しく話してくれ」
いずみは自分が見たそのアホ毛の様子を詳しく話した。
自分の常に前にいたこと。そして自分の読みきれなかった列移動を完全に読みきっていたこと。
それを聞くや、信じられないといったようにいずみの兄は頭を抱えた。
「お兄ちゃん、知ってるの」
「ああ、姿は見たことはないが噂には聞いてる。伝説の少女……Aだ」
「で、伝説の少女……」
「ああ、一説には彼女が現れたのは晴海時代とか。中学生にしか見えない姿で本を買いあさり、
彼女の買ったサークルは間違いなく大サークルに成長するという。
しかも、彼女の動線にはまったくの無駄がない、彼女一人で共同購入五人分の力を発揮するという、
まさにコミケの生ける伝説と言われた、あの伝説の少女Aだ」
何、彼女が……共同購入のメンバーの中で、ざわめきが広がる。
メンバーの外にすら、周囲にも広がっていくざわめき。
「いずみちゃん、彼女に会えただけでも幸せだよ」
優しく声をかける共同購入のメンバー。
でも、いずみは……
「お兄ちゃん」
「なんだ、いずみ」
「私、絶対にあの娘に勝つ。だから、もっと教えて、コミケのこと」
いずみの兄は驚きの表情を浮かべた後、何かを悟ったかのように息をついた。
「そうか、次は冬だ。今度こそはすべて手に入れるぞ」
「うん、絶対に負けない。私も彼女に追いついてみせる」
のちに、いずみが『伝説の少女A』に並ぶ『腐敗の魔術師B』として後世に名を残すのは、
まだしばらく先の話であった。
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- 面白かった!しかし腐敗の魔術師ってwww -- 名無しさん (2009-12-19 00:53:48)
- で、ひよりん経由でこなたと知り合いになると。 -- 名無しさん (2009-11-19 06:01:44)