お父さんとお母さん、それから三人のお姉ちゃん、こなた、みゆき、あとクラスの友達何人か。
そして今、
「……一つ余っちゃった」
放課後の教室で、つかさは何やら眉間に皺を寄せている。
「どったのつかさ?」
帰る準備を済ませたこなたが話しかけた。
「バレンタインのチョコなんだけど、一つだけ余っちゃって」
「あー、沢山作ったって言ってたもんね」
「仲の良い人にはもう配っちゃったし……どうしよっかな」
「自分で食べたら?」
「せっかくだから、人に食べて貰うのがいいんだけど……」
かといって見ず知らずの人間にホイと渡すわけにもいかず、つかさは困り顔だ。
「じゃあさ、こういうのはどう?」
何か思いついたか、こなたが人差し指を立て、ぐるりと教室を見渡した。放課後の教室は半分以上の生徒が帰るか部活動に行くかして、人気はまばらだ。
「今からそこの後ろのドアで最初に出るか入るかした人に進呈するの。誰が貰えるかお楽しみのルーレット方式だね」
「でもそれって、人によっては迷惑じゃ……」
「バレンタインにチョコ貰うのが迷惑って人は稀少でしょ。それにこの教室に出入りするなら知ってる人がほとんどだし。義理チョコだから問題無しだよ」
「うーん……じゃあもうそれでいっかな」
「決まりだね。さーて、棚ぼたでつかさのチョコをゲットするラッキボーイorガールは誰かなー?」
そういうわけで、こなたとつかさは二人して教室後ろのドアに注目する。
二、三分経った頃。廊下の方から誰かが歩いてくる気配。そして後ろのドアが開く。
「WAWAWA忘れ物~♪」
つい口ずさむというより、何かしら義務感にかられたかのようにその歌をうたいながら、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
「おう、セバスチャンではないか。おめでとー」
「セバ? え、何?」
セバスチャンこと白石みのるは、教室に入った途端おめでとうと言われて目を点にする。
「あの白石君、これ」
つかさがラッピングされたチョコを差し出した。
「え、これって――」
「変な希望抱く前に言っておくけど、義理中の義理だからね。私も同じチョコ貰ったから」
白石が何か思うよりも早く、横から割り込んだこなたが釘を刺す。
「あ、そう……です、か……」
心なしかガックリしたように、白石が肩を落とす。
「まあ、義理でもありがとう。でも何で? 柊とはあんま話したこととかないだろ」
「うん。余ったから」
「余った……?」
「沢山作って一つ余っちゃったから、どうしようって考えてて。たまたま白石君が来たから」
つかさに悪気は一切無い。ただ素直に聞かれたことに答えているだけである。
「はぁ……そうですか」
引きつった笑みを浮かべながら、白石は頷く。
「そんじゃつかさ、帰ろうか」
「うん」
用件が済んだので、つかさもこなたも早々に教室を出て行った。
「……」
白石はしばらく教室で佇んだ後、小さくため息をついた。本年度のバレンタイン、唯一のスコアが余り物というのはさすがに一抹の寂しさを覚える。
「でもまあ、貰えただけでも良しかな……気を取り直していこう。今日はこれから仕事もあるし」
そして今、
「……一つ余っちゃった」
放課後の教室で、つかさは何やら眉間に皺を寄せている。
「どったのつかさ?」
帰る準備を済ませたこなたが話しかけた。
「バレンタインのチョコなんだけど、一つだけ余っちゃって」
「あー、沢山作ったって言ってたもんね」
「仲の良い人にはもう配っちゃったし……どうしよっかな」
「自分で食べたら?」
「せっかくだから、人に食べて貰うのがいいんだけど……」
かといって見ず知らずの人間にホイと渡すわけにもいかず、つかさは困り顔だ。
「じゃあさ、こういうのはどう?」
何か思いついたか、こなたが人差し指を立て、ぐるりと教室を見渡した。放課後の教室は半分以上の生徒が帰るか部活動に行くかして、人気はまばらだ。
「今からそこの後ろのドアで最初に出るか入るかした人に進呈するの。誰が貰えるかお楽しみのルーレット方式だね」
「でもそれって、人によっては迷惑じゃ……」
「バレンタインにチョコ貰うのが迷惑って人は稀少でしょ。それにこの教室に出入りするなら知ってる人がほとんどだし。義理チョコだから問題無しだよ」
「うーん……じゃあもうそれでいっかな」
「決まりだね。さーて、棚ぼたでつかさのチョコをゲットするラッキボーイorガールは誰かなー?」
そういうわけで、こなたとつかさは二人して教室後ろのドアに注目する。
二、三分経った頃。廊下の方から誰かが歩いてくる気配。そして後ろのドアが開く。
「WAWAWA忘れ物~♪」
つい口ずさむというより、何かしら義務感にかられたかのようにその歌をうたいながら、一人の男子生徒が教室に入ってきた。
「おう、セバスチャンではないか。おめでとー」
「セバ? え、何?」
セバスチャンこと白石みのるは、教室に入った途端おめでとうと言われて目を点にする。
「あの白石君、これ」
つかさがラッピングされたチョコを差し出した。
「え、これって――」
「変な希望抱く前に言っておくけど、義理中の義理だからね。私も同じチョコ貰ったから」
白石が何か思うよりも早く、横から割り込んだこなたが釘を刺す。
「あ、そう……です、か……」
心なしかガックリしたように、白石が肩を落とす。
「まあ、義理でもありがとう。でも何で? 柊とはあんま話したこととかないだろ」
「うん。余ったから」
「余った……?」
「沢山作って一つ余っちゃったから、どうしようって考えてて。たまたま白石君が来たから」
つかさに悪気は一切無い。ただ素直に聞かれたことに答えているだけである。
「はぁ……そうですか」
引きつった笑みを浮かべながら、白石は頷く。
「そんじゃつかさ、帰ろうか」
「うん」
用件が済んだので、つかさもこなたも早々に教室を出て行った。
「……」
白石はしばらく教室で佇んだ後、小さくため息をついた。本年度のバレンタイン、唯一のスコアが余り物というのはさすがに一抹の寂しさを覚える。
「でもまあ、貰えただけでも良しかな……気を取り直していこう。今日はこれから仕事もあるし」
某スタジオ。白石みのるは控え室で自分がアシスタントを務めるラジオ番組『らっきー☆ちゃんねる』の収録待ちをしている。
「凝ってるなぁ……こりゃ確かに義理って言われないと誤解しそうだ」
学校でつかさに貰ったチョコを、包みを開いて眺めていた白石が呟く。大きなハート型の手作りチョコ。チョコ自体にも手間暇かけているのが分かるし、ラッピングも力が入っている。
「これを余るほど作ったのか……柊って職人型の人間なのかな……」
などとどうでもいいことを考えながら、チョコはまだ食べずに眺めるだけに留めておく。せっかくだから家に帰ってから味わって食べようと考えていた。
と、その時。誰かが来る気配がした。何となく白石はチョコの蓋をしめ、鞄に仕舞い込んでしまう。
控え室に入ってきたのは、白石の先輩で同じラジオの出演者、アイドルの小神あきらだった。
「おはようございます!」
間髪入れずに元気良く挨拶する白石。
「ああ、おはよーさん」
不機嫌というより少し疲れた様子のあきらは、手をプラプラと振って挨拶を返す。
「あきら様、どうしたんですか? 少しお疲れみたいですけど」
「別に。ここんとこ仕事忙しいから。あー、喉乾いた。コーヒー買ってきて。微糖の」
「は、はいっ! すぐに!」
言われるや否や、白石は風を巻くようにして控え室を飛び出していった。
「……はぁ」
一人になった控え室で、あきらは大きなため息をつきながらソファに座り込んだ。
しばらくぼーっとしながら天井を見上げるなどしていたのだが、
「……ん?」
近くに置かれていた白石の鞄から、何か派手な模様の紙切れみたいな物が覗いているのに気付いた。
「……」
あきらは無遠慮に手を鞄に突っ込み、それを取り出す。赤色基調のラッピングをされたハート型の箱。
それを見た途端、あきらのこめかみが微かに震えた。
努めて無表情のまま、あきらは箱の蓋を開ける。中に入っているのは、当たり前だがチョコレート。手作りの。
中も外も、一目見て相当な手間暇掛かっているのがよく分かる。一分の隙も無い、見事なバレンタインチョコだった。
「……」
あきらはじっとチョコを見ていた後、そのまま蓋を閉じ、元通り鞄の中へ戻した。終始無言無表情である。
控え室のドアの外から、駆け足の音が近付いてきた。
「買ってきましたー!」
ダッシュで往復してきたのだろう。肩で息をしながら控え室に入ってきた白石は、恭しく缶コーヒーを差し出す。
あきらは無言でそれを受け取り、プルタブを開け、グッと一息で飲み干し、空き缶を白石の額に投げつけた。
「痛っ!?」
「かたしといて」
それだけ言って、あきらは控え室を出て行った。
「凝ってるなぁ……こりゃ確かに義理って言われないと誤解しそうだ」
学校でつかさに貰ったチョコを、包みを開いて眺めていた白石が呟く。大きなハート型の手作りチョコ。チョコ自体にも手間暇かけているのが分かるし、ラッピングも力が入っている。
「これを余るほど作ったのか……柊って職人型の人間なのかな……」
などとどうでもいいことを考えながら、チョコはまだ食べずに眺めるだけに留めておく。せっかくだから家に帰ってから味わって食べようと考えていた。
と、その時。誰かが来る気配がした。何となく白石はチョコの蓋をしめ、鞄に仕舞い込んでしまう。
控え室に入ってきたのは、白石の先輩で同じラジオの出演者、アイドルの小神あきらだった。
「おはようございます!」
間髪入れずに元気良く挨拶する白石。
「ああ、おはよーさん」
不機嫌というより少し疲れた様子のあきらは、手をプラプラと振って挨拶を返す。
「あきら様、どうしたんですか? 少しお疲れみたいですけど」
「別に。ここんとこ仕事忙しいから。あー、喉乾いた。コーヒー買ってきて。微糖の」
「は、はいっ! すぐに!」
言われるや否や、白石は風を巻くようにして控え室を飛び出していった。
「……はぁ」
一人になった控え室で、あきらは大きなため息をつきながらソファに座り込んだ。
しばらくぼーっとしながら天井を見上げるなどしていたのだが、
「……ん?」
近くに置かれていた白石の鞄から、何か派手な模様の紙切れみたいな物が覗いているのに気付いた。
「……」
あきらは無遠慮に手を鞄に突っ込み、それを取り出す。赤色基調のラッピングをされたハート型の箱。
それを見た途端、あきらのこめかみが微かに震えた。
努めて無表情のまま、あきらは箱の蓋を開ける。中に入っているのは、当たり前だがチョコレート。手作りの。
中も外も、一目見て相当な手間暇掛かっているのがよく分かる。一分の隙も無い、見事なバレンタインチョコだった。
「……」
あきらはじっとチョコを見ていた後、そのまま蓋を閉じ、元通り鞄の中へ戻した。終始無言無表情である。
控え室のドアの外から、駆け足の音が近付いてきた。
「買ってきましたー!」
ダッシュで往復してきたのだろう。肩で息をしながら控え室に入ってきた白石は、恭しく缶コーヒーを差し出す。
あきらは無言でそれを受け取り、プルタブを開け、グッと一息で飲み干し、空き缶を白石の額に投げつけた。
「痛っ!?」
「かたしといて」
それだけ言って、あきらは控え室を出て行った。
軽快なリズムのテーマ曲が流れ、ラジオ『らっきー☆ちゃんねる』収録スタートだ。
「おはらっきー☆ 小神あきら様のお送りするらっきー☆ちゃんねる! 今週も元気良く参りましょう! アシスタントの白石みのるでっす!」
高校生ながらさすがに場慣れしてきた白石は、緊張に固くなることもなく順調な滑り出した。
しかし、
「……」
マイクを前に頬杖を突き、ムスーっとした表情で黙っているのは、肝心の小神あきらだった。
「あ、あの、あきら様……?」
「……」
白石とは目も合わせようとしない。
「で、では行きましょう。まずは――」
戸惑いながらも、白石が何とか場を繋いでいく。
あきら個人の不機嫌から来るアクシデントは、この番組では割と頻発する。だがそういうのもある意味で番組の売りの一つであったりした。実際視聴者からも「素で怒鳴るあきら様が可愛い」「ツンギレ萌え」といった意見が多い。
しかし今日のこれはあきらかに異質だった。いつもなら白石をいびるか、あるいは八つ当たりするのがパターンなのに、何も言わず、一切絡もうとしない。番組を放棄しているかのようだった。白石もスタッフも困惑している。
「そういえばこれを収録してる今日はバレンタインだったんですよね」
トークの中で白石が何気なくそれを口にした途端、あきらがピクリと反応した。それを見た白石は何を勘違いしたのか、ここが攻めるべきポイントだと目を光らせた。
「やっぱりあきら様も誰かにあげたりしたんですか? あっ、それともファンからトラック一台分とか送られてきてたりして! 女の子が男の子にあげると限りませんしねー。どうなんでしょうあきら様、そのへんは――」
「黙れ」
小さく、だが地に響くようにハッキリと、あきらはそう言った。蛇に睨まれた蛙のように固まった白石は、それでも何とか口を動かす。
「あ、あはは……や、やっぱりあきら様はみんなのアイドルですもんね。バレンタインチョコは、ファンのみんなに気持ちだけ――」
「黙れっつってんのよ」
「っ……」
白石の背中を、嫌な汗が滝のように流れる。これはもうさすがにNG出されるんじゃないだろうか、と思いスタッフの方を見ると、あきらから見えない位置で、フリップに指示が書かれていた。
『バレンタインの話を続けろ』
(……マジっすか?)
マジらしい。コンマ一秒の間に心の中で何十回か躊躇いを繰り返した後、白石は深呼吸を一つした。
白石、あえて火中の栗を拾うか。
「あきら様は、何かバレンタインの思い出とかあったりします? 僕はですねぇ――」
「黙れっつってんでしょーがこのトーヘンボク!」
「ひぃっ!?」
前触れも一切無く、いきなり発火点に達した。
「あんたみたいなペーペーが私の言うことに逆らおうなんて百年早いのよ! 何がバレンタインだよ、くっだらねー!」
怒鳴られ身を縮めながら、白石は内心ホッとしていた。ようやくいつものあきらだ。スタッフもきっとホッとしている。
「あんなもん、どーせ聖人の命日を利用してどっかの菓子会社がもっともらしく理屈付けて流行らせようとしたのが定着しただけでしょーが! 有象無象の男女どもがイチャイチャベタベタうっとうしいったらありゃしない!」
「い、いやでも、年に一度のイベントですし、盛り上がるのも悪くないのでは――」
「あぁ?」
口を挟んだ白石に、あきらは鋭くメンチを切る。
「一度ならず二度までも異論を挟もうってか? 随分と偉くなったな白石ぃ?」
「いやいやいやいや滅相もない! 決してそのようなつもりではありませんですハイ!」
「……けっ」
あきらは腕を組んで座席に深々ともたれ掛かる。そのまま白石にジロリと視線を向ける。
「どーせあんたも、浮かれたバレンタインを過ごしてたんでしょーが」
「え……?」
「あーやだやだ! 私バレンタインとか何が良いのかサーッパリ分かんない! チョコレートなんて食いたきゃ自分で買えばいいのに」
「いやでも、人から貰えるとやっぱり嬉しいですよ?」
その一言で、目には見えないがあきらの不機嫌オーラがまた一段階変わった。が、白石は気付かない。
「ふぅん……嬉しいんだ?」
顔にも声にも感情を出さず、あきらは問う。
「ええ。僕なんてあんまりもてないから、その気持ちも滅多に味わえないですけどね」
「へー、そう……で、今年はそれを味わえたわけ?」
「え? ええ、まあ」
「……ハッ! どーりで。今日は無駄に元気が良いわけだ。よかったねー、白石。本命チョコ貰うなんて、あんたの一生じゃ一度でもあるかないかでしょう」
「いや本命は無いですよ。貰ったのは義理を一つだけです。しかも余り物の」
「……え?」
一転してキョトンとなるあきら。白石はそれにも気付かず貰ったチョコについて説明していく。
「何か作りすぎたらしくて、たまたま僕にくれたんです。義理って言われなきゃ本命と勘違いしそうなぐらい凝ってるバレンタインチョコでして――」
話を聞くにつれ、あきらの顔が徐々に徐々に赤くなっていく。怒りのためではない。
「――とまあ、そんな感じです。唯一のチョコが余り物ってのは、ちょっと寂しいですけど。貰えただけでもやっぱ嬉し……って、あれ? あきら様? あの、どうかしたんですか?」
あきらはテーブルの上に顔を突っ伏し、プルプルと震えている。何か頭から湯気が上がっている。
「あの、あきら様? ひょっとして具合悪くなったとか――」
「うが――――っっ!!」
顔を真っ赤にしたあきらが、大声で吼えながら白石に掴みかかった。
「うわああ!? ちょっ、あきら様落ち着――」
「うるさーいっ!! 何でこの私があんたのバレンタインのチョコなんていちいち気にしなきゃいけないってのよーっっ!!?」
「ええっ!? だってそれ聞いたのあきら様じゃ――」
「うっさい! 死ねこのアホ白石!!」
「満開痛ェ!!」
とうとうあきらは拳を使い出した。攻撃は一発に留まらない。襟首を掴んだ状態から足払いをかけて転ばせ、マウントポジションに持ち込み掌で白石の両耳を繰り返し殴打する。打撃によって三半規管を狂わせる、バーリトゥードの戦法だ。
白石は亀のように身を縮めて防御する。反撃など出来るはずもない。ずっとあきら様のターン!
あきらから白石への暴力行為は番組が面白いうちは周囲も黙認なのだが、さすがにこれは危険と見られ、数人のスタッフがあきらを取り押さえて収録は一旦休止となった。
「おはらっきー☆ 小神あきら様のお送りするらっきー☆ちゃんねる! 今週も元気良く参りましょう! アシスタントの白石みのるでっす!」
高校生ながらさすがに場慣れしてきた白石は、緊張に固くなることもなく順調な滑り出した。
しかし、
「……」
マイクを前に頬杖を突き、ムスーっとした表情で黙っているのは、肝心の小神あきらだった。
「あ、あの、あきら様……?」
「……」
白石とは目も合わせようとしない。
「で、では行きましょう。まずは――」
戸惑いながらも、白石が何とか場を繋いでいく。
あきら個人の不機嫌から来るアクシデントは、この番組では割と頻発する。だがそういうのもある意味で番組の売りの一つであったりした。実際視聴者からも「素で怒鳴るあきら様が可愛い」「ツンギレ萌え」といった意見が多い。
しかし今日のこれはあきらかに異質だった。いつもなら白石をいびるか、あるいは八つ当たりするのがパターンなのに、何も言わず、一切絡もうとしない。番組を放棄しているかのようだった。白石もスタッフも困惑している。
「そういえばこれを収録してる今日はバレンタインだったんですよね」
トークの中で白石が何気なくそれを口にした途端、あきらがピクリと反応した。それを見た白石は何を勘違いしたのか、ここが攻めるべきポイントだと目を光らせた。
「やっぱりあきら様も誰かにあげたりしたんですか? あっ、それともファンからトラック一台分とか送られてきてたりして! 女の子が男の子にあげると限りませんしねー。どうなんでしょうあきら様、そのへんは――」
「黙れ」
小さく、だが地に響くようにハッキリと、あきらはそう言った。蛇に睨まれた蛙のように固まった白石は、それでも何とか口を動かす。
「あ、あはは……や、やっぱりあきら様はみんなのアイドルですもんね。バレンタインチョコは、ファンのみんなに気持ちだけ――」
「黙れっつってんのよ」
「っ……」
白石の背中を、嫌な汗が滝のように流れる。これはもうさすがにNG出されるんじゃないだろうか、と思いスタッフの方を見ると、あきらから見えない位置で、フリップに指示が書かれていた。
『バレンタインの話を続けろ』
(……マジっすか?)
マジらしい。コンマ一秒の間に心の中で何十回か躊躇いを繰り返した後、白石は深呼吸を一つした。
白石、あえて火中の栗を拾うか。
「あきら様は、何かバレンタインの思い出とかあったりします? 僕はですねぇ――」
「黙れっつってんでしょーがこのトーヘンボク!」
「ひぃっ!?」
前触れも一切無く、いきなり発火点に達した。
「あんたみたいなペーペーが私の言うことに逆らおうなんて百年早いのよ! 何がバレンタインだよ、くっだらねー!」
怒鳴られ身を縮めながら、白石は内心ホッとしていた。ようやくいつものあきらだ。スタッフもきっとホッとしている。
「あんなもん、どーせ聖人の命日を利用してどっかの菓子会社がもっともらしく理屈付けて流行らせようとしたのが定着しただけでしょーが! 有象無象の男女どもがイチャイチャベタベタうっとうしいったらありゃしない!」
「い、いやでも、年に一度のイベントですし、盛り上がるのも悪くないのでは――」
「あぁ?」
口を挟んだ白石に、あきらは鋭くメンチを切る。
「一度ならず二度までも異論を挟もうってか? 随分と偉くなったな白石ぃ?」
「いやいやいやいや滅相もない! 決してそのようなつもりではありませんですハイ!」
「……けっ」
あきらは腕を組んで座席に深々ともたれ掛かる。そのまま白石にジロリと視線を向ける。
「どーせあんたも、浮かれたバレンタインを過ごしてたんでしょーが」
「え……?」
「あーやだやだ! 私バレンタインとか何が良いのかサーッパリ分かんない! チョコレートなんて食いたきゃ自分で買えばいいのに」
「いやでも、人から貰えるとやっぱり嬉しいですよ?」
その一言で、目には見えないがあきらの不機嫌オーラがまた一段階変わった。が、白石は気付かない。
「ふぅん……嬉しいんだ?」
顔にも声にも感情を出さず、あきらは問う。
「ええ。僕なんてあんまりもてないから、その気持ちも滅多に味わえないですけどね」
「へー、そう……で、今年はそれを味わえたわけ?」
「え? ええ、まあ」
「……ハッ! どーりで。今日は無駄に元気が良いわけだ。よかったねー、白石。本命チョコ貰うなんて、あんたの一生じゃ一度でもあるかないかでしょう」
「いや本命は無いですよ。貰ったのは義理を一つだけです。しかも余り物の」
「……え?」
一転してキョトンとなるあきら。白石はそれにも気付かず貰ったチョコについて説明していく。
「何か作りすぎたらしくて、たまたま僕にくれたんです。義理って言われなきゃ本命と勘違いしそうなぐらい凝ってるバレンタインチョコでして――」
話を聞くにつれ、あきらの顔が徐々に徐々に赤くなっていく。怒りのためではない。
「――とまあ、そんな感じです。唯一のチョコが余り物ってのは、ちょっと寂しいですけど。貰えただけでもやっぱ嬉し……って、あれ? あきら様? あの、どうかしたんですか?」
あきらはテーブルの上に顔を突っ伏し、プルプルと震えている。何か頭から湯気が上がっている。
「あの、あきら様? ひょっとして具合悪くなったとか――」
「うが――――っっ!!」
顔を真っ赤にしたあきらが、大声で吼えながら白石に掴みかかった。
「うわああ!? ちょっ、あきら様落ち着――」
「うるさーいっ!! 何でこの私があんたのバレンタインのチョコなんていちいち気にしなきゃいけないってのよーっっ!!?」
「ええっ!? だってそれ聞いたのあきら様じゃ――」
「うっさい! 死ねこのアホ白石!!」
「満開痛ェ!!」
とうとうあきらは拳を使い出した。攻撃は一発に留まらない。襟首を掴んだ状態から足払いをかけて転ばせ、マウントポジションに持ち込み掌で白石の両耳を繰り返し殴打する。打撃によって三半規管を狂わせる、バーリトゥードの戦法だ。
白石は亀のように身を縮めて防御する。反撃など出来るはずもない。ずっとあきら様のターン!
あきらから白石への暴力行為は番組が面白いうちは周囲も黙認なのだが、さすがにこれは危険と見られ、数人のスタッフがあきらを取り押さえて収録は一旦休止となった。
「はぁ……えらい目に遭った……」
すっかり普段の時間より遅くなった収録後。スタジオ内のベンチで少し休憩しながら、白石は一人ごちた。
結局あの後、収録はやり直しになった。二回目の収録ではあきらもそつなく仕事をこなし、白石はじめスタッフ一同を安心させてくれた。
が、あきらの機嫌が直ったわけでは無論なく。白石は終始冷や汗をかきっぱなしだった。
「にしても、何でまたバレンタインであんなに突っかかるんだか――」
「白石」
「~~っ!!」
不意に投げかけられたのは、間違いなくあきらの声。白石は声にならない叫びを上げつつ一瞬で起立し、そちらへ向き直る。果たして小神あきらがそこにいた。
「あ、あきら様! どうしましたか!?」
「……そう構えないでよ。さっきは悪かったから」
「え?」
白石は一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
あきらは白石から目をそらしながら、不機嫌というよりどこかバツの悪そうな顔をしていた。
「体、大丈夫?」
「え? あ……ああ、はい! 全然大丈夫っスよ。慣れてますし。あきら様の力じゃ、叩かれてもあんまり効きませんから」
実際は痛いのも何発かあったが、もちろんそんなことはいちいち言わない。それより今注目すべきなのは、
(ど、どういうことだろ……あのあきら様が、何かしおらしい……?)
普段が普段なだけについ「何か企んでいるのでは?」などと邪推してしまう。
「何よ、人の顔じろじろ見て」
「い、いえ、何でもないです」
「……まあ、何だ。とりあえず…………今日は、ごめん」
「……」
小神あきらが白石みのるに、素直に謝っている。
(嘘だ――――っ!!?)
驚愕という言葉すら足りないこの事実に、白石は近日中に日本全土を天変地異が襲わないか、本気で心配して気もそぞろだった。気象庁に警戒を呼びかけるべきだろうか。いや、場合によっては世界規模の――
「……お前、もうちょっと考えてること顔に出ないよう努力しろよ」
「へっ? あっ、いえ、決してやましいことは何も――」
「別にいいわよ。自分でも似合わないって分かってるし……」
あきらはため息を一つついて、さっきまで白石が座っていたベンチに腰掛けた。
「白石」
「は、はい」
「コーヒー買ってきて。ブラックの」
「あ、はいっ。すぐ行ってきます!」
ダッシュで自販機のある所まで走っていく。といっても近くなので、すぐに戻ってくるだろう。
あきらは天井の蛍光灯を眺めながらじっとしている。
三十秒と少しで、白石は戻ってきた。
「買ってきました」
あきらは黙ってそれを受け取る。
「白石」
「はい?」
「ブラックっつったろ」
「あっ……」
うっかり収録前に買ったのと同じ微糖のボタンを押したらしい。
「す、すみませんでしたーっ! すぐ買い直して――」
「いいよ。めんどくさいからこれで」
プルタブを開け、煽る。
「……ふぅ」
飲み終わった缶を、しばらく手の中で弄ぶ。白石は微妙に警戒した面持ちだ。また空き缶を投げられるのではと思っているのか。
「んじゃ、私帰るわ」
立ち上がる。缶は手に持ったまま。
「あ、はい。お疲れ様でした!」
白石はビシッと背筋を伸ばしてから、深々とお辞儀する。
「白石」
「はい?」
呼びかけ、ふっと上がった白石の顔に向けて、あきらがまた何か投げつけた。
「うわっ!?」
不意打ちに驚いた白石だが、優しく投げられたのか全く痛くはない。そもそも空き缶の感触ではなかった。
「え……?」
白石の額に当たって地面に落ちたのは、小さな箱だった。パステルカラーの包装紙で、いかにも素人がやったらしいラッピングがされている。
「これって……チョコレート?」
白石が呆然としてそれを拾い、視線を上げた時、そこにはもう誰もいなかった。
すっかり普段の時間より遅くなった収録後。スタジオ内のベンチで少し休憩しながら、白石は一人ごちた。
結局あの後、収録はやり直しになった。二回目の収録ではあきらもそつなく仕事をこなし、白石はじめスタッフ一同を安心させてくれた。
が、あきらの機嫌が直ったわけでは無論なく。白石は終始冷や汗をかきっぱなしだった。
「にしても、何でまたバレンタインであんなに突っかかるんだか――」
「白石」
「~~っ!!」
不意に投げかけられたのは、間違いなくあきらの声。白石は声にならない叫びを上げつつ一瞬で起立し、そちらへ向き直る。果たして小神あきらがそこにいた。
「あ、あきら様! どうしましたか!?」
「……そう構えないでよ。さっきは悪かったから」
「え?」
白石は一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
あきらは白石から目をそらしながら、不機嫌というよりどこかバツの悪そうな顔をしていた。
「体、大丈夫?」
「え? あ……ああ、はい! 全然大丈夫っスよ。慣れてますし。あきら様の力じゃ、叩かれてもあんまり効きませんから」
実際は痛いのも何発かあったが、もちろんそんなことはいちいち言わない。それより今注目すべきなのは、
(ど、どういうことだろ……あのあきら様が、何かしおらしい……?)
普段が普段なだけについ「何か企んでいるのでは?」などと邪推してしまう。
「何よ、人の顔じろじろ見て」
「い、いえ、何でもないです」
「……まあ、何だ。とりあえず…………今日は、ごめん」
「……」
小神あきらが白石みのるに、素直に謝っている。
(嘘だ――――っ!!?)
驚愕という言葉すら足りないこの事実に、白石は近日中に日本全土を天変地異が襲わないか、本気で心配して気もそぞろだった。気象庁に警戒を呼びかけるべきだろうか。いや、場合によっては世界規模の――
「……お前、もうちょっと考えてること顔に出ないよう努力しろよ」
「へっ? あっ、いえ、決してやましいことは何も――」
「別にいいわよ。自分でも似合わないって分かってるし……」
あきらはため息を一つついて、さっきまで白石が座っていたベンチに腰掛けた。
「白石」
「は、はい」
「コーヒー買ってきて。ブラックの」
「あ、はいっ。すぐ行ってきます!」
ダッシュで自販機のある所まで走っていく。といっても近くなので、すぐに戻ってくるだろう。
あきらは天井の蛍光灯を眺めながらじっとしている。
三十秒と少しで、白石は戻ってきた。
「買ってきました」
あきらは黙ってそれを受け取る。
「白石」
「はい?」
「ブラックっつったろ」
「あっ……」
うっかり収録前に買ったのと同じ微糖のボタンを押したらしい。
「す、すみませんでしたーっ! すぐ買い直して――」
「いいよ。めんどくさいからこれで」
プルタブを開け、煽る。
「……ふぅ」
飲み終わった缶を、しばらく手の中で弄ぶ。白石は微妙に警戒した面持ちだ。また空き缶を投げられるのではと思っているのか。
「んじゃ、私帰るわ」
立ち上がる。缶は手に持ったまま。
「あ、はい。お疲れ様でした!」
白石はビシッと背筋を伸ばしてから、深々とお辞儀する。
「白石」
「はい?」
呼びかけ、ふっと上がった白石の顔に向けて、あきらがまた何か投げつけた。
「うわっ!?」
不意打ちに驚いた白石だが、優しく投げられたのか全く痛くはない。そもそも空き缶の感触ではなかった。
「え……?」
白石の額に当たって地面に落ちたのは、小さな箱だった。パステルカラーの包装紙で、いかにも素人がやったらしいラッピングがされている。
「これって……チョコレート?」
白石が呆然としてそれを拾い、視線を上げた時、そこにはもう誰もいなかった。
おわり
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- アニメに出た「男に渡すと誤解される義理チョコ」はやはりトラブルの元でしたかー -- 名無しさん (2011-04-13 07:52:20)
- あきら様GJ! -- 名無しさん (2010-05-21 21:22:28)
- 良作。
あきら様ツンデレだナーw -- 白夜 (2010-02-22 00:19:05) - あきら様萌えるw -- 名無しさん (2010-01-22 18:37:24)
- ハマる -- 名無しさん (2008-07-06 16:14:06)
- ストーリーの流れがうまいくてGJです -- 名無しさん (2008-04-04 23:20:54)
- 素晴らしかった! -- 名無しさん (2008-04-04 17:59:58)
- 傑作!!
-- 名無しさん (2008-03-27 13:27:36) - これは良いあきら様…最大限のGJを! -- 名無しさん (2007-07-20 10:03:52)