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in old days... 高瀬舟

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 今日何度目か分からないため息をつく。
人通りの多い職員室の前。その前に立っている私は半分さらし者。
通り過ぎる生徒が私のほうを奇異の視線で眺めてゆく。
(もう、そう君のせいだからね)
私はそう君を待ってここにいるのに、これじゃあ私が悪い事をしたみたい。
そう君を置いて帰ってしまってもよかったんだけれど、今日はそう君の勉強を見てあげる約束があった。
長い時間立っているのが苦手な私は、職員室の壁にもたれかかる。
壁に響いて伝わってくる、先生のお小言。
そう君の苦手な現国の先生の声だ。
授業中に寝たり、授業をサボったりしているから、そう君は先生への受けはすごく悪い。
(そう君、頭悪いわけじゃないんだけれどな)
最近、私はそう君の勉強をよく見てあげている。
あんまり勉強に対して意欲がないから成績が伸びないけれど、時々すごい発想をする彼。
(本気で勉強したら、私、きっと勝てないのにな)
他の人が気づいていないそう君の秘密を知っているのはちょっぴり嬉しいけれど、
でも、他の人がそう君のすごいところに気づいていないのは、ちょっぴり悲しい。
(それに、いつもそう君には迷惑かけてるし……ね)
私は小さい頃から病弱で、幼馴染のそう君にいつも迷惑ばかりかけてきた。
幼稚園の頃、遠足で私が動けなくなってしまって、体格の変わらないそう君がおんぶしてくれたこともあったっけ。
今でも私が体調を崩すと真っ先に駆けつけてくれるのはそう君。
もしかして、勉強があまりできないのも私が心配をかけているから?
そう考えると、この病弱な体が急に恨めしくなる。
私が元気だったら、そう君を困らせる事はなかったのに……
「しつれーしました」
はっ、と私は顔を上げる。
頭を下げ、職員室の中に頭を下げるそう君。
扉を閉め、頭を上げて、そう君も私に気がついた。
「なんだ、かなた。お前も先生に呼び出されたのか? 真面目に見えてお前も結構やるんだな」
さっきまでそう君に対して抱いていた罪悪感が一瞬で消し飛び、急に怒りがふつふつとよみがえる。
何よ、人の気も知らないで。
「そう君のバカ!!」


 そう君が遅くなったのもあって、時間はもう夕方。
図書館で勉強する予定だったけれど、これじゃもう図書館は閉まっている。
もう生徒もすっかり帰ってしまって、駅へ続く海沿いの眺めのいい道は、私たち二人っきり。
「もう、そう君のせいなんだからね。次の列車まで一時間もあるし」
「本当にゴメン。この埋め合わせは絶対するから」
目の前で手を合わせてペコペコ頭を下げるそう君。
小さい頃にそう君と出会ってから、そう君は私に頭を下げっぱなしだ。
もう、いつもそう君ってそうなんだから。
「それで、先生にはなんて怒られたの?」
「やる気はあるのか~ってな。俺は真面目に考えたのに、勝手な事を言いやがって……」
今日の現国の課題は『高瀬舟』だった。
病気の弟と二人で貧しい暮らしをしている兄。ある日帰ってくると弟は血まみれで倒れていた。
弟は自分が病気で働けず、兄のことを思って剃刀で首を切って死のうとしたが、死にきれなかったのだ。
兄は弟の必死の頼みを聞き入れ、弟の首に刺さった剃刀を抜いて、楽にしてやる。
兄は弟殺しの罪で捕まり遠島に処せられるけれど、
島での生活資金を与えられ、弟を楽にしてやれた事もあって晴々とした顔で島に流されるという話だった。
みんなが『安楽死について考えさせれらた』『自分の不幸を幸福として考えられる登場人物に感動した』という感想を述べる一方、
そう君は『納得いかない。弟を殺したのにどうして死罪にならないのか』と書いてあった。
先生がこの作品を気に入っていたのもあって、そう君と先生は大喧嘩。
でも、生徒が先生に敵うはずもなく、こうして職員室に呼びつけられてしまった。
「もう、そう君ったら。どうして突飛もない意見言ったの?」
「別に、俺は思ったことを言っただけなんだけれどな……」
私もそう君の意見には少し驚いていた。
死に切れずに苦しんでいる弟を楽にしてやるのが、悪い事なんだろうか。
病弱でいつも臥せっている事の多かった私は、弟の気持ちがよく分かる。
不治の病に係って苦しんでいる。貧しい暮らしで兄に迷惑をかけていたらなおさらだろう。
そんなことになったら、私だって命を断ってしまう。
もし死にきれなかったら……そのとき、大切な人に楽にしてもらいたいと思うのはいけないことだろうか。
「私も聞きたいな、どうしてそう君がそう思ったのか」
「……げ、お前に話すのか。勘弁してくれよ」
そう君はうんざりした顔。先生にそのことについて何度も問い詰められたら、いい加減嫌になるだろう。
でも、どうしても私は聞きたかった。
そう君、もし私が死にたくても死にきれなかったら。そう君は楽にしてくれる?
「聞かせてよ、今日はそう君の先生をするって約束でしょ?」
そう君はため息をつく。
「兄ってさ、子供の頃から弟とずっと一緒に暮らしてたんだよな」
「うん、そうだけれど……」
「じゃあさ、どうして弟が悩んでいるって気づいてやれなかったんだ?」
そう君の言葉は重く、冷たく、真剣だった。
いつもふざけてばかりのそう君からは信じられないぐらい、真面目な声。
「ずっと一緒にいたのだから、それぐらい気づいてやれよ。自殺するぐらいに追い込まれているのに気づけなくて、
 それで『楽にしてやった』? ふざけるんじゃねぇよ。お前は弟の事を重荷にしか感じてなかったのかよ」
喋っているうちに、そう君の声はだんだん登場人物に対する怒りに染まっていた。
いや、登場人物の兄のほうに怒っているのではない。
その登場人物に自分を重ね合わせて、そして、弟を救う事をできなかった自分に対して怒っている。
「もし自分だったら、そんなに悩んでいる事に気づけなかったことに悔やむだろうな。
 大切な人が一人で悩んでいたのに手を差し伸べられないなんて。もし、かなたが……」
そう君が言いよどむ。
その言葉に胸を突かれて、私は立ち止まる。
えっ、いま、なんて……
そう君も私が立ち止まったのに気づき、立ち止まった。
でも、決して振り返ったりしないで……
「なぁ、かなた。お前は勝手にいなくなったりしないよな」
二メートル先にある、そう君の背中。
学生服姿の広い背中からは、表情は分からない。けれど、何だかとっても寂しそうに見えて。
「大丈夫だよ」
私はその背中にぎゅっと抱きついた。
そう君の大きな背中。私はよくこの背中に背負われてきた。
そう君にとって、私は重荷になっているかもしれない。
でも、重荷になっているからって、私は逃げたりしない。
「それに、私がいなきゃそう君は真面目に勉強しないでしょ。
 今日の勉強会が駄目になった分、明日みっちりやるからね」
「うわ~、マジかよ。明日は遊びに行こうと思ってたんだけれどな」
そう君の重荷になってばかりじゃない。そう君を支えるのも私の役目。
遊んでばっかで、ふざけてばっかりのそう君を、
「ダメです。明日はちゃんと勉強!!」
ちゃんと見てあげるのは、私の仕事だから。

















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  • いかん…切なすぐる… -- 名無しさん (2008-01-01 01:30:53)

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