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キリンの首はなぜ長い

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「――様。あきら様」
「んあ?」
 肩を揺さぶられて、小神あきらは目を覚ます。口端についている涎を拭って時計を見ると、十分ほど居眠りしていたらしい。
「こんな所で寝たら風邪引いちゃいますよ」
 こんな所――スタジオの控え室、テーブルに突っ伏して寝ていたあきらを起こしたのは、同じラジオ番組に出演している白石みのるだった。
「白石……」
「はい?」
 あきらはまだちょっと寝惚けたような目で、すぐ傍らの白石を見上げる。呑気そうな細目の面に、グーでパンチを食らわせた。
「私の体に気安く触んじゃないわよ」
「す、すみませんでした……」
 もろに不意打ちを受けた白石は、赤くなった鼻をさすりながら謝る。こういう理不尽な扱いには慣れていた。
「ふぅ……」
 あきらはため息をつき、天井を見上げる。
「あきら様、勉強してたんですか」
 白石がテーブルの上に広げられていた教科書、ノートに目をやった。あきらは聞こえない程度に舌打ちする。
「あきら様ほど多忙になると、学校の授業もおいそれと受けていられませんものね。でもこうやって暇を見つけて勉学に励むなんて、さすがはあきら様――」
 あきらはそっぽを向いて、白石の御世辞は右の耳から左の耳に流す。いよいよ耳障りになったら、また殴りつける気満々だ。
「でもあきら様、進学の方は今の学校の高等部に行けるんですよね? 無理して勉強しなくてもいいのでは――」
 あきらは現在中学三年生。普通なら高校受験に気を揉む時期だろう。しかしあきらが通うのは私立の付属中。エスカレーターに乗れるのはほぼ確定しているので、そっち方面の心配は確かに無い。
 が、
「私が勉強しちゃいけないわけ?」
 あきらが軽くメンチを切ると、白石は慌てふためき言葉を引っ込めた。
「しっ、失礼しましたーっ!」
「ったく……」
 あきらは不機嫌そうに舌打ちしながら、教科書・ノートを鞄にしまう。
「白石。あんた今、高校三年でしょうが」
「はい……」
「今のあんたが、この業界一本で食ってけるわけないんだからね。人のこととやかく言う暇あったら自分の――」
 心配をしろ、と言いかけてやめておく。何で自分がこいつにそんなことを言ってやらないといけないのか、と。
「仰る通りです……あきら様は心配御無用ですよね。アイドルとしての地位を見事に確立されてますし」
 白石の発言に、あきらのこめかみが震えた。
「……んなわけないでしょうが」
「え?」
「地位? アイドルの賞味期限なんてあっという間よ」
 自嘲するように笑い、あきらは言葉を継ぐ。
「未熟さが金になるのはほんの僅かな時間だけ。業界には次から次へと、若い野心が集まってくる……一人の人間が長く同じ場所に留まっていられる世界じゃないのよ」
「あきら様……?」
 白石にとって、意外と言うほか無かった。常日頃からスーパーアイドルを自称して憚らないあきらが、自分の生業をこうまで客観的に見ていたことが。
「じきに私も選ぶ時期が来る……退くか、進むか。子役からアイドルになる時が、最初の分岐点だった。あの時、私は進むことを選んだ。自分の夢が破れるなんて微塵も思っていなかった、子供らしい、無邪気な自信を持ってね」
 酒も飲んでいないのにいやに饒舌だと、あきらは自分で思う。
「で、でもあきら様は、見事に夢を掴んだじゃないですか。アイドルとして」
「そりゃそうよ。あんた、高校生ならダーウィンぐらい知ってるでしょ」
「ダーウィン……進化論の人ですね」
「自然淘汰説よ。キリンの首がなぜ長いか? 長い奴らが生き残ったから。芸能界もそれと同じ。生き残る条件を備えた奴が生き残れる。夢を掴むことが出来る」
 あきらは口端を歪め、不敵な笑みを浮かべた。
「だから私は生き残る。私には生き残れるだけの力があるからね」
 いつものあきららしい言葉を聞いて、白石は心底ホッとした。
 話が途切れた所で、ラジオのスタッフが控え室に顔を出し、収録が始まることを告げた。


 収録は滞りなく終わり、白石はスタッフに挨拶してスタジオを出た。
 出た所であきらに捕まった。
「すぐにタクシー呼んで。五秒以内」
「五秒って、子供じゃないんだから……」
 白石はすぐ携帯でタクシーを呼ぶ。急いで来てくれるよう言ったが、どうしたって数分はかかる。
 あきらは街灯が照らす道路脇で白石と並び、不機嫌そうな表情だ。
「しょっちゅう僕に送り迎えさせなくても、ジャーマネとかに車出して貰えばいいんじゃ――」
「あぁ? 不満なわけ?」
「いえいえいえいえ滅相も無い! 喜んで送り迎えさせて頂きますですはい!」
 やってきたタクシーにあきらを乗せ、白石も乗せられる。方向が違っているのだが、文句など言えるはずもない。あきらのマンションまで行き先を告げると、運転手は低い声で返事して車を走らせた。
 座席に深々と腰掛け、腕組みして黙りこくっているあきら。運転手も口数が少なく、車中の雰囲気は白石には重苦しかった。
「あ、ちょっと。そこのコンビニで止めて」
 角のコンビニであきらがタクシーを止めた。財布から紙幣を一つ抜き取り、白石に渡す。
「酒買ってきて。ビールとウイスキー。あと適当に」
「ええっ……あきら様、そんな堂々と――」
「とっとと行けっつの」
 急かされ、白石は仕方なくコンビニへ走った。ビールや酎ハイなどを適当にカゴへ入れ、レジに持っていく。私服なのが幸いだった。
 マンションに着き、あきらがタクシーを降り、そして白石も降ろされた。荷物持ちである。
 エレベーターを使ってあきらの住む部屋の前まで来た。酒の入ったビニールを提げている白石は、当然ここで帰されると思ったのだが、
「あんたも上がって」
「ええっ!? そ、そんな、いけませんよ、あきら様」
 思いっきり動揺する白石。あきらはそんな白石を白い目で睨む。
「……何を変なこと考えてんの」
「あっ、いえっ、そんなっ、滅相もありません!」
「ハッ。どーせあんたが、私に手ぇ出せるような玉じゃないのは分かってるわよ。酒に付き合えっての」
「は、はい! 分かりました! あの、でも、あきら様のお母様は――」
 父親は別居中で、あきらは母親と暮らしているはずだ。
「多分、男のとこ」
「……」
 十四歳の口からそうサラリと言われては、何も返せなかった。
(父親は別居で、母親は不倫……何とも絵に描いたような……)
 あきらが捻くれるのも無理はない、と白石はため息をついた。
(それにしても、今日のあきら様は何か変だな……)
 控え室での一コマといい、何かあったのだろうか。部屋に上がりながら、そんなことを考える。買ってきた酒をキッチンまで運んだ。
「冷凍庫にロックアイスあるから。あとその棚に柿の種とスルメ入ってるから出して」
 言われるままグラスや氷の準備をする白石を横目に、あきらはダイニングのテーブルで早々とビールを空けていた。
「……ぷはぁーっ! 白石、あんたも飲め。一気にいけ一気に」
「はっ、いただきます」
 グラスになみなみとビールが注がれ、白石は言われた通りそれを一気に飲み干す。
 柿の種とスルメをツマミにして、あきらは景気よくビールを流し込んでいく。
 一瓶空けた所で息をついた。体が小さい分、酒の回りも早いのか、顔は真っ赤だ。
「ふぅー……白石ぃ、飲んでるかぁ?」
「はいっ、飲んでます!」
 ペースとしてはあきらの半分ほどだが、白石も飲んでいた。まだ素面だが。
「でもあきら様、もう少しペースを落とされた方が――」
 白石の言葉を無視して、あきらはウイスキーの瓶を取り、自分でオン・ザ・ロックを作る。慣れた手付きだった。
 グラスと氷がぶつかる澄んだ音を響かせながら、琥珀色の液体をグッと煽る。飲み終えた姿勢のまま、額から机に突っ伏した。
「あ、あきら様!?」
 大慌てで白石が抱き起こす。
「ん~……」
 あきらは朦朧とした様子で目を開ける。
「飛ばしすぎですよ。まだそんなに飲める年じゃないのに……」
「うっさいわねぇ……私の勝手でしょうが」
「そんなわけにいきませんよ。あきら様はアイドルなんですから。自分一人の体と思わないで下さい」
「けっ……」
 舌打ち一つして、あきらは空のグラスを手に取る。まだ飲む気なら、何とかして止めようと身構える白石。
「……白石」
「は、はい」
「……水ちょうだい」
 ホッと胸をなで下ろす白石だった。
「あきら様、何かあったんですか?」
 酒瓶やグラスの後片付けをしながら、白石が尋ねる。
「別に……」
 まだかなり酔いが残っている。あきらは赤い顔を白石から背けた。
「……ひょっとしてあきら様、自分の進路について考えてるんじゃないですか?」
「……」
 あきらはグラスに少し残った水を飲み干し、口を開いた。
「私は今まで、アイドルとして芸能界で生きてきた」
 あきらは空になったグラスを手で弄びながら、視線を宙に浮かせていた。
「でもずっとこのままじゃない。アイドルの賞味期限なんてあっという間……いずれは選ばなくちゃいけない。女優か歌手かタレントか、どういう分野を選ぶにせよ、私はこれからも芸能界で生きていくつもり」
「あきら様なら、きっとどの分野でもやっていけると思います」
「でもさ……」
 あきらは急に声のトーンを落とし、顔を俯かせた。
「最近になって、ちょっとだけ……もし私がアイドルになってなかったら、って考えるんだよね」
「あきら様……?」
「もしそうなら、私も普通に学校行って、普通の友達作って、受験勉強に頭抱えて、家だってこんな……おかえりを言ってくれるような人もいない、こんなのにはなってなかったんじゃないかなー……って」
 あきらの両親の不和は、あきら自身が負い目を感じるようなことがあったのだろうか。部外者の白石には知るよしもない。
 小さな声で呟くように話すあきらは、普段の威勢の良さが無く、いかにも心細げだった。
「……あの」
 口を開きかけた白石を、あきらが手の平を上げて止めた。
「自分で分かってるから何も言わなくていい。ただの無い物ねだり、愚痴よ」
 あきらはグラスを白石に差し出した。
「水、おかわり。だいぶ酔ってるわ。何であんたなんかに、こんな話してんだか……」
 白石は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。
 冷えた水を一息に飲み、あきらは大きなため息をついた。
「……今日はこれでお開きね。まだ電車動いてるでしょ」
「あ、はい」
 白石は自分の鞄を取った。あきらは椅子に座ったまま。見送る気などさらさら無いらしい。
 ダイニングを出る間際、白石は振り向いて言った。
「あきら様。キリンの首の話ですけど、僕はダーウィンじゃない方のが好きです」
「ん?」
「キリンの首が長いのは、高い所の草を食べるために首を伸ばし続けたからっていうやつです」
「へっ……信じれば空も飛べるってか?」
 嘲るような笑みを浮かべるあきらに、白石は明るく笑い返した。
「空は飛べませんけど、僕もいつかあきら様みたいなスターになるために、首を伸ばし続けるつもりですから。それじゃあ、失礼します。お疲れ様でした」
 深々と頭を下げて、白石はマンションを出て行った。
 誰も居なくなった部屋で、あきらは一人、空のグラスに口を当て、
「……ばーか」
 虚空に向かって呟いた。


おわり



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  • うーむ。深いのう・・
    -- 名無しさん (2009-05-07 14:49:15)
  • あまーーーーーーーーーーーい? -- ぢょう (2008-12-20 11:22:01)
  • 酒・・・ -- 名無しさん (2008-08-06 16:56:36)

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