学校からの帰り道で、あたしたち3人のやることはいつも決まっている。
「でね、それがまた何かの間違いかと思うぐらい臭かったわけよー!」
先日体験したとっておきのエピソードを聞かせると、
「あっははは!」
こちらの目論見どおり、こなたはプニプニした頬っぺたを赤く染めて大笑いを始めた。
「ほんと、あれはヒドかったよね。えへへへ」
つられて、つかさが控えめに笑う。
あたしも肩をすくめて、苦笑する。
「ヒドすぎて、もう笑うしかないって感じ?」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! いやはやまったく、どうして君はそうやって、いひひ、いつも極上のネタばかり提供してくれるかな!」
「……好きでこんな目に遭ってるわけじゃないっての」
「あ、分かった! もしかして、かがみって」
「ん?」
「どっかの国際的テロ組織の手先? んで、私を笑い死にさせようとか企んでるわけ?」
毎度のこととは言え……あまりにも唐突で突飛な想像に、あたしは頬を引きつらせるしかない。
「んなわけあるかっ! つーか、あんたなんかを暗殺して誰が得するって言うのよ!」
「それは……ふむ……むー……」
うわ、真面目に考えてやがる。
「んー。心当たりが多すぎて、ちょっと絞りきれないなー」
「おいおい……」
「え、え? そうなのっ?」
「おいおいおいおいおい!」
何をそんなに驚いているんだ、つかさ。
「こなちゃんみたいな良い子を恨む人がいるなんて、ちょっと信じられない……」
ため息を禁じえない。
こいつらは、いつだって全身全霊の大マジでボケに走るから困る。
あんたたちの間に挟まれて呻吟している常識人の立場も、少しは考えていただきたい。
「ふふん、甘いよつかさ。オタクたる者、1歩お家の外に踏み出せば7万人の敵が待っているんだヨ」
「ええっ、そんなに!?」
「押し寄せる人の波をかき分けかき分け、少しでも自分が相手より先んじられるよう策謀の限りを尽くし……ふう、今度の戦いも厳しいものになりそうな予感がするぜ!」
「い、色々と大変なんだね」
「あたしがいなくなるってことは、つまり熾烈な新刊争奪戦のライバルがひとり減るってことだからねえ。非常手段に訴えるヤツが出てくるのも、まー自然な成り行きなのかもしれないなー」
……こんなアホな話は、聞いてるだけで疲れ果ててしまう。
それでも一応、友だちの礼儀としてツッコんでおくことにする。
「あんたにとっちゃ、外の世界ってのはコミケしかないんかい!」
先日体験したとっておきのエピソードを聞かせると、
「あっははは!」
こちらの目論見どおり、こなたはプニプニした頬っぺたを赤く染めて大笑いを始めた。
「ほんと、あれはヒドかったよね。えへへへ」
つられて、つかさが控えめに笑う。
あたしも肩をすくめて、苦笑する。
「ヒドすぎて、もう笑うしかないって感じ?」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! いやはやまったく、どうして君はそうやって、いひひ、いつも極上のネタばかり提供してくれるかな!」
「……好きでこんな目に遭ってるわけじゃないっての」
「あ、分かった! もしかして、かがみって」
「ん?」
「どっかの国際的テロ組織の手先? んで、私を笑い死にさせようとか企んでるわけ?」
毎度のこととは言え……あまりにも唐突で突飛な想像に、あたしは頬を引きつらせるしかない。
「んなわけあるかっ! つーか、あんたなんかを暗殺して誰が得するって言うのよ!」
「それは……ふむ……むー……」
うわ、真面目に考えてやがる。
「んー。心当たりが多すぎて、ちょっと絞りきれないなー」
「おいおい……」
「え、え? そうなのっ?」
「おいおいおいおいおい!」
何をそんなに驚いているんだ、つかさ。
「こなちゃんみたいな良い子を恨む人がいるなんて、ちょっと信じられない……」
ため息を禁じえない。
こいつらは、いつだって全身全霊の大マジでボケに走るから困る。
あんたたちの間に挟まれて呻吟している常識人の立場も、少しは考えていただきたい。
「ふふん、甘いよつかさ。オタクたる者、1歩お家の外に踏み出せば7万人の敵が待っているんだヨ」
「ええっ、そんなに!?」
「押し寄せる人の波をかき分けかき分け、少しでも自分が相手より先んじられるよう策謀の限りを尽くし……ふう、今度の戦いも厳しいものになりそうな予感がするぜ!」
「い、色々と大変なんだね」
「あたしがいなくなるってことは、つまり熾烈な新刊争奪戦のライバルがひとり減るってことだからねえ。非常手段に訴えるヤツが出てくるのも、まー自然な成り行きなのかもしれないなー」
……こんなアホな話は、聞いてるだけで疲れ果ててしまう。
それでも一応、友だちの礼儀としてツッコんでおくことにする。
「あんたにとっちゃ、外の世界ってのはコミケしかないんかい!」
毎日、毎日、飽きもせず。
お互い知り合った瞬間から今にいたるまで、あたしたちトリオ(時にはみゆきを含めてカルテット)は延々と下手な漫才を繰り広げ続けている。
拍手してくれるギャラリーがいるわけでもないのに、なんでそんな無益なことばかりをリピートしているのか。
改めて問われると困ってしまうけど……いやいやいや、これまで実際誰かに問いかけられたことはないし、この先にもそんなどうでもいいことを気にする人が現れるとは思わないが、とりあえず自問して自答するなら……
「だって、楽しいんだもん!」
の、一言に尽きる。
なんか舌足らずの幼稚園児みたいに幼稚な答弁だけど、本当にそう言うしかないんだからしょうがない。
お互い知り合った瞬間から今にいたるまで、あたしたちトリオ(時にはみゆきを含めてカルテット)は延々と下手な漫才を繰り広げ続けている。
拍手してくれるギャラリーがいるわけでもないのに、なんでそんな無益なことばかりをリピートしているのか。
改めて問われると困ってしまうけど……いやいやいや、これまで実際誰かに問いかけられたことはないし、この先にもそんなどうでもいいことを気にする人が現れるとは思わないが、とりあえず自問して自答するなら……
「だって、楽しいんだもん!」
の、一言に尽きる。
なんか舌足らずの幼稚園児みたいに幼稚な答弁だけど、本当にそう言うしかないんだからしょうがない。
うん。
あたしは今、すっごく楽しい。
「いくらなんでもコミケだけってことはないさー、秋葉原だって戦場さ!」
さらにボケを重ねて、あたしを決して退屈させてくれない……こなた。
「すごいなぁ。仁義なき世界に生きてきたんだね、こなちゃんは!」
森羅万象の一切を疑うことなく素直に受け止めてしまうという、純粋かつ危なっかしい性格の……つかさ。
この2人から、あたしはどうしても目を離すことができないんだよねぇ。
こいつらのお守りは、すごく、疲れる。
なのにあたしは、今日も結局こうやって同じ道を歩いている。
あーあ、あたしって物好きだ。
こんなことだから……こなたから「ツンデレ」だなんだと揶揄されちゃうんだよ、ちくしょう。
あたしは今、すっごく楽しい。
「いくらなんでもコミケだけってことはないさー、秋葉原だって戦場さ!」
さらにボケを重ねて、あたしを決して退屈させてくれない……こなた。
「すごいなぁ。仁義なき世界に生きてきたんだね、こなちゃんは!」
森羅万象の一切を疑うことなく素直に受け止めてしまうという、純粋かつ危なっかしい性格の……つかさ。
この2人から、あたしはどうしても目を離すことができないんだよねぇ。
こいつらのお守りは、すごく、疲れる。
なのにあたしは、今日も結局こうやって同じ道を歩いている。
あーあ、あたしって物好きだ。
こんなことだから……こなたから「ツンデレ」だなんだと揶揄されちゃうんだよ、ちくしょう。
あたしたちの関係って、いつまで続くんだろうか。
今、あたしたちは3年生。
卒業式まで、あと3ヶ月。
年度が変わって4月になってからも、仲良しでいられるのかなぁ……
今、あたしたちは3年生。
卒業式まで、あと3ヶ月。
年度が変わって4月になってからも、仲良しでいられるのかなぁ……
ふと。
ほんの少しだけ、不安になる。
ほんの少しだけ、不安になる。
「あ、ところであんた」
つかさから間違った敬意を捧げられ、やはり間違った自尊心を刺激されて得意顔になっていたこなたが、ゆっくりとあたしの方を向く。
「なんじゃらほい」
「今年も、その、年末になったら」
12月という季節にそぐわない、この穏やかで暖かな空気を破るのはちょっと気が引けるけど……こなた本人のためにも、これだけはきちんと問いただしておかなくちゃいけない。
「コミケに、行くわけ?」
「もち! 行かない理由なんて、ないもん」
「えええっ! 気は確かかお前っ!」
相手の覚醒を促すよう、ちょっとオーバーに驚いて見せたけど、それでもこなたは本気で訳が分からないという顔をしている。
「いいかげん、自分の立場を自覚しなさいよ。年が明けたら、すぐに……」
「センター試験、だよね」
あたしの後を継いで、つかさが窮屈そうに、つぶやく。
するとこなたは、常時眠そうなタレ目をガッと見開いて、
「おおっ、そうだったっ! すっかり忘れてた!」
こいつの場合、一時的な現実逃避とかそういうことじゃなくて、本当にきれいさっぱり忘れ去ってしまっているのだからタチが悪い。
「……それ、かなりヤバくない?」
「まあまあ。なぁんとかなるさぁ」
「こなちゃん、一夜漬け得意だもんねっ」
「えっへん!」
「いやいやいやいや! 一夜で仕上げられるほど甘くないから! 範囲が決まってる学校の定期テストとは違うから!」
「じゃあ、3日ぐらいかけてじっくり漬け込めばオッケーかね?」
「まず間違いなくアウトです」
「うう、かがみん冷たいよかがみん……」
「あんたの現実認識がヌルいだけだっ!」
ツッコむ口調はいつもの通りだけど、内心の苛立ちはこれまでとは比較にならない。
「頼むからもっと本気で取り組んでよ、こなた。自由な春を謳歌するためにも、この冬ぐらいは趣味を自粛しないと……ね?」
「むむぅ」
姥捨て山に老母を捨てるべきかどうか迷っている青年のように、こなたは眉を歪めた。
気持ちは、分かる。
自分の愛するモノのためなら一切の妥協をしないあんたのことだ、決断を下すことはきっと死ぬほど苦しいことに違いない。
だけど……
「受験だよ? 一生を左右するビッグイベントなんだよ?」
「コミケだって、おんなじぐらいビッグでグレートなイベントなんだけど……」
睨む。
「か、かがみん怖いよかがみん」
「どう言われようと、あたしの目が黒いうちはあんたをコミケなんかに行かせないんだから」
「ほほーう」
こなたは急に不気味な笑顔を浮かべると、コートのポケットからケータイを取り出して耳に当てた。
「な、何してんの?」
「ふふふふ。切り札、使わせていただく」
そして……ダイヤルもしていないのに、あたしでもつかさでもない何者かとお喋りを始めやがった。
「あ、もしもしデューク? ちょっとサクッと消して欲しいヤツがいるんだけど」
「なっ!?」
「うん、報酬はいつもの通りスイス銀行の口座に振り込んでおくから。うん、じゃ、頼んだよっ!」
「あんたって人は……!」
つかさから間違った敬意を捧げられ、やはり間違った自尊心を刺激されて得意顔になっていたこなたが、ゆっくりとあたしの方を向く。
「なんじゃらほい」
「今年も、その、年末になったら」
12月という季節にそぐわない、この穏やかで暖かな空気を破るのはちょっと気が引けるけど……こなた本人のためにも、これだけはきちんと問いただしておかなくちゃいけない。
「コミケに、行くわけ?」
「もち! 行かない理由なんて、ないもん」
「えええっ! 気は確かかお前っ!」
相手の覚醒を促すよう、ちょっとオーバーに驚いて見せたけど、それでもこなたは本気で訳が分からないという顔をしている。
「いいかげん、自分の立場を自覚しなさいよ。年が明けたら、すぐに……」
「センター試験、だよね」
あたしの後を継いで、つかさが窮屈そうに、つぶやく。
するとこなたは、常時眠そうなタレ目をガッと見開いて、
「おおっ、そうだったっ! すっかり忘れてた!」
こいつの場合、一時的な現実逃避とかそういうことじゃなくて、本当にきれいさっぱり忘れ去ってしまっているのだからタチが悪い。
「……それ、かなりヤバくない?」
「まあまあ。なぁんとかなるさぁ」
「こなちゃん、一夜漬け得意だもんねっ」
「えっへん!」
「いやいやいやいや! 一夜で仕上げられるほど甘くないから! 範囲が決まってる学校の定期テストとは違うから!」
「じゃあ、3日ぐらいかけてじっくり漬け込めばオッケーかね?」
「まず間違いなくアウトです」
「うう、かがみん冷たいよかがみん……」
「あんたの現実認識がヌルいだけだっ!」
ツッコむ口調はいつもの通りだけど、内心の苛立ちはこれまでとは比較にならない。
「頼むからもっと本気で取り組んでよ、こなた。自由な春を謳歌するためにも、この冬ぐらいは趣味を自粛しないと……ね?」
「むむぅ」
姥捨て山に老母を捨てるべきかどうか迷っている青年のように、こなたは眉を歪めた。
気持ちは、分かる。
自分の愛するモノのためなら一切の妥協をしないあんたのことだ、決断を下すことはきっと死ぬほど苦しいことに違いない。
だけど……
「受験だよ? 一生を左右するビッグイベントなんだよ?」
「コミケだって、おんなじぐらいビッグでグレートなイベントなんだけど……」
睨む。
「か、かがみん怖いよかがみん」
「どう言われようと、あたしの目が黒いうちはあんたをコミケなんかに行かせないんだから」
「ほほーう」
こなたは急に不気味な笑顔を浮かべると、コートのポケットからケータイを取り出して耳に当てた。
「な、何してんの?」
「ふふふふ。切り札、使わせていただく」
そして……ダイヤルもしていないのに、あたしでもつかさでもない何者かとお喋りを始めやがった。
「あ、もしもしデューク? ちょっとサクッと消して欲しいヤツがいるんだけど」
「なっ!?」
「うん、報酬はいつもの通りスイス銀行の口座に振り込んでおくから。うん、じゃ、頼んだよっ!」
「あんたって人は……!」
いつもの悪ふざけは、いつものように軽くスルーしておけばいい……とは、その時ばかりは思わなかった。
いや、思えなかった。
頭の中が、瞬間的に沸騰してしまっていた。
いや、思えなかった。
頭の中が、瞬間的に沸騰してしまっていた。
「マジメに心配してやってるのにっ!」
ばしり。
気が付くとあたしは、こなたの左手めがけて自分の右手を一閃させていて。
「あ」
「ああっ!」
「あっ……」
三者が三様に驚く中、あたしに叩き落されたケータイは重力に導かれるままアスファルトに激突し、ガキッ!と嫌な音をたてた。
「おおう、力道山も真っ青のナイスチョップ」
あたしとつかさが両手で口元を覆っている間、こなたは事も無げにその場にしゃがみこみ、掌ですっぽり覆うようにしてケータイを拾い上げた。
「ちょっと、すごい音したよね今! どっか壊れてない? 平気?」
「ん、へーき。たいしたこたーない」
本当に?
ポケットに仕舞い直す直前の、ほんの一瞬だけしか見えなかったけど……どうも、ディスプレイにヒビが走っていたような……
「やれやれ。こんなに凶暴なかがみが相手では、流石のデュークさんも秒殺されちゃうっつーの」
こなたは、妙に落ち着いていた。
「いやー負けた負けた。切り札が通用しない以上、そっちの要求を呑むしかないネ」
いつもどおりの、抑揚に乏しい、淡々とした喋り方だった。
なのに、その次に発した言葉は。
「……心配かけて、ごめん」
あたしの横を通り過ぎざまに搾り出したその一言にだけは、今にも泣き出しそうな響きが含まれていた。
「こなた。あたし、その……」
「そろそろ夕方アニメ始まる時間だから、急いで帰らないとっ! じゃーねっ! また明日!」
振り返れば、一転して無闇に明るいテンションで走り去っていくこなたの姿が、そこにあった。
あたしは言葉を失ったまま、ゆらゆらと手を振った。
「お姉ちゃん」
「ど、どうしようつかさ」
こなたが曲がり角の向こうに消えるのを確認してから、あたしとつかさは顔を見合わす。
「あたし、ドジった。こなた、絶対怒ったよね!」
頭を抱える。
仲が良い友だちを相手に短絡を起こしてしまった自分が、恥ずかしい……
「ううん、こなちゃんは怒ってなんかないよ」
「……だと、いいんだけど」
「それにお姉ちゃんの言ったことも、間違ってない」
いつになく、つかさの口調はハキハキしている。
場当たり的なフォローとして、あたしを慰めようとしているわけではないらしい。
さて……人の心の機微に疎いこいつが、自信満々にそう断言する根拠とは何だ?
「あのね、これ、こなちゃんには秘密にしておいてほしいって頼まれてたことなんだけど」
「え?」
「なんとなく、今ちゃんと伝えておかなきゃいけないような気がするから、言っちゃうね」
「何よそれ」
「こなちゃんの、志望校のこと」
「あ……!」
そう言えば。
こなたがどこの大学を狙っているのか、あたしは全く知らない。
何ヶ月か前に、それとなく本人に聞いてみたことがあったが、のらりくらりとかわされてしまい、それっきりになっていた。
「まさか、この時期になってもまだ決まってないんじゃ……」
もしそうであれば、センターの心配をするより先に、まずそのことについて話をしなければならない。
……そうだよなあ、まずそこから切り出すべきだったんだよなあ。
迂闊だった。
あいつの間抜けウイルスが、あたしにまで伝染してしまったのだろうか。
「ううん、いくらなんでもそれはないよ。あたし、こなちゃんから確かに教えてもらったんだもん」
あいつの場合、十二分にありえるから怖い……とは言え、その可能性はとりあえず否定されたので、胸を撫で下ろしておくことにする。
「あたしには教えてくれなかったのに」
「どこにするかすごく迷っててね、つい最近になってやっと決まったんだって」
「ふうん。で、どこなの?」
前置きはどうだっていい。
気になる。
「教えて」
あの能天気娘が珍しく真剣に考えて、そして決めた自分の進路。
それがどういうものなのか、私はとても知りたい。
「えへへ、それじゃ発表します! ずでずでずでずでずでずで……」
「自前ドラムロールはいいから、早く!」
「はぁい」
そう急かしたら、つかさはあっさりと、本当に一秒も勿体ぶることなく答えを吐いた。
ばしり。
気が付くとあたしは、こなたの左手めがけて自分の右手を一閃させていて。
「あ」
「ああっ!」
「あっ……」
三者が三様に驚く中、あたしに叩き落されたケータイは重力に導かれるままアスファルトに激突し、ガキッ!と嫌な音をたてた。
「おおう、力道山も真っ青のナイスチョップ」
あたしとつかさが両手で口元を覆っている間、こなたは事も無げにその場にしゃがみこみ、掌ですっぽり覆うようにしてケータイを拾い上げた。
「ちょっと、すごい音したよね今! どっか壊れてない? 平気?」
「ん、へーき。たいしたこたーない」
本当に?
ポケットに仕舞い直す直前の、ほんの一瞬だけしか見えなかったけど……どうも、ディスプレイにヒビが走っていたような……
「やれやれ。こんなに凶暴なかがみが相手では、流石のデュークさんも秒殺されちゃうっつーの」
こなたは、妙に落ち着いていた。
「いやー負けた負けた。切り札が通用しない以上、そっちの要求を呑むしかないネ」
いつもどおりの、抑揚に乏しい、淡々とした喋り方だった。
なのに、その次に発した言葉は。
「……心配かけて、ごめん」
あたしの横を通り過ぎざまに搾り出したその一言にだけは、今にも泣き出しそうな響きが含まれていた。
「こなた。あたし、その……」
「そろそろ夕方アニメ始まる時間だから、急いで帰らないとっ! じゃーねっ! また明日!」
振り返れば、一転して無闇に明るいテンションで走り去っていくこなたの姿が、そこにあった。
あたしは言葉を失ったまま、ゆらゆらと手を振った。
「お姉ちゃん」
「ど、どうしようつかさ」
こなたが曲がり角の向こうに消えるのを確認してから、あたしとつかさは顔を見合わす。
「あたし、ドジった。こなた、絶対怒ったよね!」
頭を抱える。
仲が良い友だちを相手に短絡を起こしてしまった自分が、恥ずかしい……
「ううん、こなちゃんは怒ってなんかないよ」
「……だと、いいんだけど」
「それにお姉ちゃんの言ったことも、間違ってない」
いつになく、つかさの口調はハキハキしている。
場当たり的なフォローとして、あたしを慰めようとしているわけではないらしい。
さて……人の心の機微に疎いこいつが、自信満々にそう断言する根拠とは何だ?
「あのね、これ、こなちゃんには秘密にしておいてほしいって頼まれてたことなんだけど」
「え?」
「なんとなく、今ちゃんと伝えておかなきゃいけないような気がするから、言っちゃうね」
「何よそれ」
「こなちゃんの、志望校のこと」
「あ……!」
そう言えば。
こなたがどこの大学を狙っているのか、あたしは全く知らない。
何ヶ月か前に、それとなく本人に聞いてみたことがあったが、のらりくらりとかわされてしまい、それっきりになっていた。
「まさか、この時期になってもまだ決まってないんじゃ……」
もしそうであれば、センターの心配をするより先に、まずそのことについて話をしなければならない。
……そうだよなあ、まずそこから切り出すべきだったんだよなあ。
迂闊だった。
あいつの間抜けウイルスが、あたしにまで伝染してしまったのだろうか。
「ううん、いくらなんでもそれはないよ。あたし、こなちゃんから確かに教えてもらったんだもん」
あいつの場合、十二分にありえるから怖い……とは言え、その可能性はとりあえず否定されたので、胸を撫で下ろしておくことにする。
「あたしには教えてくれなかったのに」
「どこにするかすごく迷っててね、つい最近になってやっと決まったんだって」
「ふうん。で、どこなの?」
前置きはどうだっていい。
気になる。
「教えて」
あの能天気娘が珍しく真剣に考えて、そして決めた自分の進路。
それがどういうものなのか、私はとても知りたい。
「えへへ、それじゃ発表します! ずでずでずでずでずでずで……」
「自前ドラムロールはいいから、早く!」
「はぁい」
そう急かしたら、つかさはあっさりと、本当に一秒も勿体ぶることなく答えを吐いた。
耳を疑う。
「それ、ほんとなの?」
「ほんとほんと!」
こなたは嬉しそうだが、あたしは正直……複雑な気持ちだ。
学部こそ違うけど、あたしと同じ大学を選ぶなんて。
「どうしてあいつが、あそこを選ぶわけ?」
「そこまでは聞いてないけど……きっと、お姉ちゃんの近くにいたいからだよ!」
「そう……なのかな、やっぱり」
いいのか、こなた。
そんな理由で自分の生きる道を決めてしまって、本当にいいのかっ!
「ほんとほんと!」
こなたは嬉しそうだが、あたしは正直……複雑な気持ちだ。
学部こそ違うけど、あたしと同じ大学を選ぶなんて。
「どうしてあいつが、あそこを選ぶわけ?」
「そこまでは聞いてないけど……きっと、お姉ちゃんの近くにいたいからだよ!」
「そう……なのかな、やっぱり」
いいのか、こなた。
そんな理由で自分の生きる道を決めてしまって、本当にいいのかっ!
こなかが長編 2章へ続く