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こなかが長編 2章

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  • 2章

 私は、自分の人生に不満を持ったことがない。
 ゲームとアニメと漫画と同人誌、そして個性的な家族や友だちに囲まれたこの生活に、いったいどんなケチを付けられるだろう。
 毎日が楽しくて、幸せで、身の周りの何もかもがキラキラ輝いていて……だから私は今日まで自分の人生に何の疑問も持たずに生きてきた。
 この幸福は、特別な努力をしなくても享受し続けることができるものだと錯覚していたんだ……
 バカだよね、ほんと。
「ぶくぶくぶく」
 落ち込んでいるアニメキャラがよくやるように、私も湯船の中に顔の下半分を沈めて唇の間から息を吐き、水面を泡立ててみた。
「ぶくぶくぶく」
 ……むう。
 少しは気持ちが落ち着くかと思って真似してみたのに、全く意味なし効果なし。
 二次元世界の住人ってのは、なんでこういう無駄な『お約束』が好きなのかなあ?
「おっと」
 そんなどーでもいいことを考えることこそ、時間の無駄だっつーの。
 今の私が優先的に考えるべきことは、明日かがみにどんな顔をして会い、どんな言葉をかければ良いのか……それについて、だ。
 浴槽から勢いよく飛び出し、洗い場のプラスチック腰掛けに座って髪の毛の手入れを開始する。
 こうして髪を伸ばしているのは、女の子らしいオシャレを追求したいからではない。
 単に、美容院に行くだけのお金があればそれだけ色んなグッズが買えるからだ……
 ……とまぁ、普段は雑念と煩悩にまみれてばかりの私だけど、こうやってやたら長い上にボリュームもたっぷりの髪を洗っている間だけは、無心になって考え事に耽ることができる。
 お風呂という空間の持つ魔力は、不思議で偉大だ。


(あんたって人はっ!)


 数時間前にかがみが発した、あの金属的な響きが耳の中に蘇る。
 あの時のかがみは、いつになく感情的だった。
 本気で怒ってた。
 そして……深く哀しんでいた、と思う。
 何に哀しんでいたかと言えば、それは当然……私のバカさ加減に。
 かがみはこれまで何度も何度も何度も何度も何度も、私の怠惰を叱り付けてくれた。
 なのに私は、生まれつきの面倒くさがりな性格を発揮するばかりで、1度として本気でかがみに応えることはなかった。
 のらりくらりと勉強をサボる言い訳をしたり、かがみの怒りっぽさを逆に揶揄したり……
 うわっ、私って実は相当イヤな女?
 こんなゴクツブシを相手に、かがみときたら……よくもまあ根気よく付き合いを続けてくれているもんだ。
 「宿題コピペさせてー!」とお願いすれば、毎回嫌な顔をしながらもそっとノートを差し出してくれる優しさ

『次こそはちゃんと自分でやらなきゃダメよ』
 うーす。
『本当に解ってるの?』
 へいへい、前向きに検討しますよー。
 それにしても冷えるね今日は。
『……やれやれ、望み薄いわねぇ』

 約3年の間、私たちはそんなやり取りを数え切れないぐらい繰り返してきた。

『次こそは』
『次こそは』
『この次こそは』
『ちゃんと』
『頑張ってよね?』

 今さらながら、私は後悔する。
 たまには『ちゃんと』かがみの期待に応えてあげれば、今日みたいな事態は回避できたはず……!


(マジメに心配してやってるのにっ!)


 かがみは、大事な友だち。
 かがみも、私のことを大切にしてくれている。
 でも、それは決して対等な関係ではなかった。
 私はいつも一方的に甘えてばかりで、しかもそれを当たり前のことだと思い込んでいた。
 今日だって、そうだ。
 かがみを傷つけるつもりなんて、1ミリもなかった。
 あれは吹けば飛ぶような軽いジョーク、私なりのコミュニケーションのつもりだったんだ。
 だけど、その結果は。


(マジメに心配してやってるのにっ!)


 ずっと抑え続けてきたものが、ついに大・爆・発!ってところだったんだろうな。
 正直、口の中が一気に乾ききるほどのショックだった。
 あの瞬間、私は無自覚のうちにどれだけの重荷をかがみに背負わせてきてしまったのかを悟り、慄然とした。
 我に返って慌てふためくかがみの顔が直視できなくて、急に襲い掛かってきた心臓の疼きに耐えられなくて、私は卑怯にも逃げ出してしまった。
 今頃、かがみはどんな気持ちでいるんだろう。
 もしかしたら、友だちに暴力を振るってしまった罪悪感で押し潰されそうになっているんじゃないか。
 あの子は、そういう人間だ。
 暗い部屋の中でひとり頭を抱えている様子が、簡単に想像できてしまい……ちりちり、胸の中が焦げる。 
「かがみは悪くない」
 原因は、私。
 キッチリとカタをつけなきゃ、ダメだ。
 熱めのお湯を頭からザバッと被り、決意を固める。
 明日はちゃんと真正面からかがみの眼を見て、そして頭を下げよう。
 そして、善意にすがるばかりで自分を高める努力を放棄し続けてきた自分に別れを継げよう。
 かがみを、安心させてあげたい。
 私は、かがみが『大好き』だから。
 かがみと、本当の意味での「友だち」になりたい。



 え?
 「友だち」?

 ただの「友だち」で、本当に満足なのかい?
 君が今頭に浮かべた『大好き』という言葉は、果して「like」の範囲内に収まる程度のものなのかなぁ?



「う……」
 私の中に眠るもうひとりの『私』が目を覚まし、意地の悪い問いかけを始める。

 かがみが君への苛立ちを抑え続けてきたように、君もまた、かがみに対して『ある感情』を隠し続けているんじゃないか?

 そんなことないっ!
 かがみは、私にとって仲良しの友だちのひとりで、私はその関係に満足していて……
「……んふ」
 そう思いながらも、私の右手の指は勝手に動いて脇腹に乗り、そのまま上に向けて走り出してしまう。
 つるぺた、貧乳、幼児体型。
 色んな表現の仕方があるけど、それらの意味するところはひとつ。
 起伏に欠けた胸板だけど、こうして指を滑らせていけば、小さくて柔らかい引っ掛かりを2か所見つけることができる。
 その片方を人差し指と親指で挟んで、力を入れずに捻ってみる。
 ……うう、くすぐったい……
 こういうことをされたエロゲーのキャラは例外なく「感じちゃう」ものだけど、私の場合ちっとも気持ちよくなんてなれない。
 ただ、こそばゆいだけ。
 なんだろなー、これ。
 やっぱ体がガキのままだと、いわゆる「感度」ってやつも一緒に発達を止めてしまうのだろうか。
 そう……私は、体も心もまだまだコドモなんだ。


 じゃあ、かがみは?


 かがみは、オトナ。
 私なんかと違い極めて真面目で、自分をちゃんと律することのできるかがみなら。
 きっと、「感じる」ことだってできるはず。
 あの年齢相応に実った胸をいじり回してやったら、かがみはどんな反応を示してくれるんだろう。
 あんなに可愛い子なんだから、きっと喘ぎ声だって鼓膜が溶けるぐらい甘ったるいに決まってる。
 そんじょそこらのエロゲー声優以上にドキドキさせてくれるに違いない!


 かがみ。


 ずっと一緒にいたい。
 私は、かがみが『大好き』だから。
 いつまでも傍に居て、そして、いっぱい、いっぱい、やりたい時に、やりたいだけ、かがみのことを……



「お姉ちゃーん!」
「うひゃああっ!」
 私の頭の中に立ち込めていたピンク色のモヤは、虚を突いて浴室のドアを開けたゆーちゃんによって打ち払われた。
「な、ななな何、なんか用?」
 別に慌てる必要なんてないんだけど、インナーワールドから急に引き戻された時って、どうしても動揺しちゃうよね……
「ん、別に用ってわけじゃないけど……お風呂、なかなか上がらないからどうしたのかなーって思って」
 部屋の中で趣味に耽る時間を一分一秒でも多く確保するために、私はいつもカラス級のスピーディさで入浴を済ませている。
 なのに今日はつい、ゆーちゃんが心配がって様子を見に来るぐらい長居してしまってしまったようだ。
「あ……ああ、ごめん。もう出るよ」
「珍しいね、お姉ちゃんが長風呂なんて」
「体の芯まで温まりたい夜もあるってことさ」
「うん、そうだね。今日は寒いし。邪魔してごめん」
 どうぞごゆっくりと言い残して、ゆーちゃんは申し訳なさそうにドアを閉めた。
 でも、私の方にはもうゆっくりしている気分など残ってはいない。
 さっさと全身の水気を拭い、パジャマに着替えて部屋に戻る。
「……ふぅ」
 やけに体が重い。
 机の上に投げ出されたケータイに視線が向かう。
 手を伸ばす。
 ついさっき邪悪な妄想に飲み込まれそうになってしまった後ろめたさもあって、今すぐ電話して謝りたい気分が無性に湧き出していた
 でも、いやいや謝罪の言葉とは相手と面と向かって捧げてこそ真に意味のあるものだ!という葛藤もあり、私はケータイの上に手を置いたまましばし固まる。
 くそ、いつからだろうなあ。
 かがみに対する私の感情が、フツーの「好き」から『大好き』にパワーアップしちゃったのは。
「困ったもんだネ」
 あえて他人事っぽく、ぶっきらぼうにそう呟いてから、2ツ折になって閉じていたケータイをパカッと開ける。
 悲惨なことになっているディスプレイを見て、唇を噛み締める。
 もちろん、かがみを恨んでいるわけではない。
 この目立つヒビは、情けない自分に対する罰としていさぎよく受け入れることに決めた。
 でも。
 外だけじゃなくて中のデータまで壊れてたら……流石に、ちょっと、泣くかも……
「むぅ」
 不安になったら、すぐ確認。
 ええとまず登録してある電話番号一覧……は、どうやら無事みたいだ。
 じゃあメールの送受信フォルダは……よし、オッケーだ。
 それなら、カメラ機能を使って撮りまくってきた画像だって……ああ、良かった。
 私が心の中で「幸せフォルダ」と呼んでいるデータ群は、他のデータ類同様、ひとつも損なわれていなかった。
 「幸せ」のほとんどは、友だちとの大事な思い出で占められている(一部、コミケで見かけたハイレベルなコスプレ写真も在り)。
 縁日のお祭りで、文化祭で、運動会で。
 海でアキバでカラオケ屋で。
 私たちは、めいっぱい暴れまわってきた。
 その軌跡をなぞるたび、私の頬は自然と熱っぽくなる。

 気が付けば、時間を忘れて画像の確認作業に没頭する私がそこに居た。

「あ」 
 1枚の写真が、私の熱を冷ます。
 それは、かがみの顔面のドアップだ。
 いつだったか……かがみが私の家に泊まりがけで遊びに来た時に、こっそり盗み撮りした寝顔。
 あの時は……目の前にこれほど奇麗で安らかな表情が存在していることが信じられなくて、それで思わず衝動的にシャッターを切ってしまったんだっけ。
 なのに、今見ると。
 ヒビが、ちょうど眉間に寄ったシワみたいで。

 とても、苦しそうだ。

















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  • ラストの部分が、秀逸。 -- 名無しさん (2011-04-18 06:55:54)

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