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メロディー

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だれでも歓迎! 編集
―UR金沢駅、東口。
夏の太陽をバックに、不思議なラインを描く大きな門……『鼓門』って言うらしいんだけど……が、影を落としてる。
埼玉(じもと)ほどじゃないけれど、それでも厳しい真夏の日差し。
こういう日って、わずかな日陰でも救いの神に見えてくるよね。

「……パワー回復ゾーン、かぁ」
「絶望した!最後の一周でダブル一点読みに失敗した時は絶望したっ!!」
「はいはい。スーファミの『F-ZERO』ネタについてこられるオタクな娘がいてよかったね、おとーさん」


…………


駅前の喧騒を抜けて、通りを一つ曲がるだけで、ウソみたいに人通りがなくなった。
車の音にかき消されがちだった蝉の声が、わんわんと反響してるみたいだよ。

……ていうか……あづい。

何万個ものストロボをいっぺんに炊いた、みたいな光。アニメだったら間違いなく透過光使ってるねこれ。
目が痛くなる強烈なコントラストの中を、お父さんと二人、ふらふらと漂うように歩く。
願掛けを兼ねて伸ばしてたら、膝の裏まで届いてしまった、長くて長くて長ーーい髪がうっとうしい。

え、願掛けの内容?……別にいいじゃんなんでも。ノーコメントってことでよろしく。

「ここだここだ。……おー、変わってないなー」
お父さんの弾んだ声。その場に立ち止まるなり、店構えをフレームに収めてパシャリ。

昭和の時代のまま時が止まったような、通りの一角。
アナクロな自転車屋のすぐ隣。新聞で見た、あの小さな歌声喫茶があった。
学生時代、目をつぶってても迷わずたどり着けるぐらい、通い詰めた店だった……んだって。


―――――――――――
  『メロディー』  
―――――――――――


― x ― ― x ― ― x ― ― x ― 


「……なあ、こなた。俺、今度の週末実家(いしかわ)に帰るけど、お前どうする?」
お父さんが急に言い出したのは、ひと月前のこと。
「何?べらぼーに」
「これだよ、これ」
それを言うなら『ヤブから棒』だろ、っていう期待したツッコミもなしで、読んでた新聞を広げて見せる。

「……『艘 次郎先生・待望の最新作』?……へー、よかったじゃん、新聞広告打ってもらえて」
「え?……あーいや、そ、そっちじゃないんだ、こっちだよこっち」
デビュー作でもないでしょーに、そこまで照れますか、おとーさん。可愛いもんだネ。

お父さんが指差したのは、趣味欄の小さいコラム記事。
年代ものっぽいカウンターとコーヒーサイフォン。人の良さそうなマスターのお爺さんが、写真に納まってる。

『四十年間の思い出ノート……石川の歌声喫茶、閉店へ』

「かなたとの『思い出の場所』が、また一つなくなっちまうみたいだからさ」
オリンパスのOM-2N……だったかな。ここ一番でしか使わない、年代物の銀塩カメラを引っ張り出してクリーニングしながら、
「最後の風景だけは、この手で残してこないとな」
お父さんはそう言って、にかっと笑った。


いや、お父さんの『思い出の場所』がなくなったのは、別にこれが初めてってわけじゃないよ。
毎日通った中学校の校舎。道路の拡幅工事で移転させられた桜並木。先生の目を盗んで入り浸ったゲームセンター。
金沢の駅もそう。いっぱいの希望を胸に抱いて、お母さんと二人で後にしたあの駅舎は、二人の旅立ちを見届けたかのように、新しい駅舎に姿を変えた……って。

『思い出の場所』はいくつも失われていったけど、お父さんは寂しがるでもなく、のほほんとしてた。
思い出は心の中にあればいい。その場所は、新しく思い出を作る人のために空けてあげればいいんだよ、って。
それが、お父さんの考え方。
お父さんのそーいうとこ、私、嫌いじゃないよ。


……でも、この店だけは特別だって、お父さんは言った。
なくなる前にもう一度、この店に行って、

―どうしても、手に入れたいものがあるんだって。


― x ― ― x ― ― x ― ― x ― 


「……おまえ、泉かぁ?」
ちょっと間延びしたオジサンの声が、私を現実に引き戻した。

「そうですけど……ってお前、谷口か!?」
「おうっ。……しっかし、何年ぶりだ?全然変わらねーな、おまえ」
「お前は……ずいぶん横に成長したなぁ。声かけられなかったらわからなかったよ」
「うっせーよ」

そう言いながら、オジサンの……谷口さんの目は笑ってる。
……かと思ったら、谷口さんは私の方を向いた。

「……な、何か?」
「かなたっちも変わってないな~……っつーか、この変わらなさっぷりは、もはや何かの冗談としか……」
「いえ、あの、私、娘ですから」
「……へ?娘?」
谷口さんの目が、ぱちくりと目ばたきを繰り返す。
「俺とかなたの娘だよ。名前はこなた」
「よろしくです」

「ま、マジかよ……学校(ガッコ)のアイドルだったかなたっちが、よりによっておまえと……」
「……なんだよ、そのリアクションは」


― x ― ― x ― ― x ― ― x ― 


カウンターが数席と、テーブル席が4組ほどの小さな店内。
白い壁とマホガニーの柱、年季の入った厚手の窓ガラス。
コチコチと音を立てる、本物の振り子がついた柱時計。

『馬○道』あたりの内装に似てるようで、それでいてやっぱり違ってる。
演出された古さじゃなくて、本当に長い年月を経てきた、っていう重みがあって。
まだうら若い乙女であるところの私(そこ、変な顔しない)を、圧倒しつつも優しく包み込んでくれる、居心地のいい空間。
……いや、『馬○道』をけなすつもりはないけど、なんて言うか、放出してるオーラが違う……っていうか。

お店の中にいるのは、私たちのほかには数人だけ。
本当は昨日で閉店してるんだけど、今日は元常連さん限定の『思い出パーティー』なんだって。

私はテーブル席の隅っこに陣取って、ぼんやりとカウンターを眺めてる。
店内に流れてるのは、私が産まれるずっと前に流行った歌。懐メロ番組でサビだけ聞いたことあるよ。
お父さんと常連さんたち、そしてマスター。みんな笑顔で、懐かしい思い出を話してる。

だけど、『その話』になった時。
みんなの表情から、笑顔がふっと消えた。

「……そうだったのか……それは悪いことを聞いちまったな……すまん!」
本当に申し訳なさそうな、谷口さんの声。
谷口さんは、卒業後すぐに海外へ出てしまって、ずっと連絡が取れないままだったんだって。
だから、お父さんとお母さんが結婚したことも、お母さんがずっと前に亡くなったことも、今日始めて知ったみたい。
お母さんが一緒に来てないのを気にはしてたみたいだけど、今の今まで離婚か何かだと思ってたみたいだね。
……まあ、お父さんがいまだにあんな調子だから、そう思うのも仕方ないけど。

「気にすんなって。もう遠い昔の話だよ……それに、あいつは俺に、こなたを遺していってくれたしさ」
水割りのグラスを鳴らして、お父さんがちらっと視線を向ける。
ふだんお酒は扱わない純喫茶だけど、今日は特別、ってことでマスターが出してきた、秘蔵のウイスキーなんだって。

……むー。
何かにつけてベタベタしてくる人だけど、そば聞きでもこんな話聞かされたら、あんまり邪険にできなくなっちゃうじゃん。

気づかないふりを装って、テーブルの脇にあるノートの山に手を伸ばす。
興味を引かれたってわけでもないけど、照れるような恥ずかしいような、そんな感じをごまかしたかったんだよね。
黄色く日焼けした古いものから、まだ新しいものまで。表紙に通し番号と年月日が書かれた、何十冊もの『雑記ノート』。
最新のノートは一昨年(おととし)からで、しかもまだ半分ぐらいしか書き込まれてない。
ちょっとアナクロなこのお店が、時代の流れに取り残されていった……ってことを物語ってるみたいで、なんかこっちまで寂しくなるよ。

お父さんがこの店に通いつめた頃、って言うと、20年ぐらい前かな。
そのあたりのノートを一冊抜き取って、適当にぱらぱらと眺めてたんだけど……



ページの真ん中あたり、日付は……3月12日。
見開き両面をいっぱいに使って、卒業記念の大きな寄せ書きが書かれてる。
端のほうに、小さく描かれたピースマーク。……指で作るVサインじゃなくて、丸の中に鳥の足みたいなのを描いたやつ。
その下に、お父さんの見慣れたクセ字と、丸っこい文字が並んでる。


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 『売れっ子作家になって帰ってくるぞー! ―泉そうじろう』
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 『東京に行っても、ずっと忘れないよ! ―   かなた』
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こすれて消えかかって、名字までは読めないけど、確かに『かなた』って書いてある。
……そっか、これ、お母さんの字だ……!

ドキドキしながら、前のページをめくってみる。
数日も空けずに、同じ筆跡があちこちに残ってる。


 --------------------------------------
 『もうっ、茶化さないでよ!(///)』
 --------------------------------------
 『やっぱり、ここから眺める桜が一番きれいだよね♪』
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 『来年の今頃は卒業かぁ……ここに来られるのも、あと一年なのね』
 --------------------------------------
 『そう君のバカ……』
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私が物心ついたころには、もうお母さんはいなかったけれど。
ノートの中には、お母さんがこの世界にいた証拠が、いっぱいいっぱい残ってる……


「これが一番古い書き込みかな……」
延々12冊ぶん戻ったところで、お母さんの筆跡は見当たらなくなった。
「……んー」
もう一度寄せ書きのページを見ようと思って、最初に手に取ったノートをぱらぱらとめくる。

「おっとっと、行き過ぎちゃった……あれ?」
寄せ書きのページから3ページ後ろに、またお母さんの筆跡があった。


 --------------------------------------
 『3月18日
  今日は、一人でここに来ました。

  私は明日、この街を離れます。
  そう君と二人で、東京で暮らすことにしたんです。(お家は埼玉だけどね)

  まさか、そう君が直木川賞を取っちゃうなんて、本当にびっくり。
  執筆活動のために、東京に出るつもりだって聞いて、またびっくりしたけれど、
  そう君が行くと決めたのなら……私も、ついて行くことにしました。

  実は今日、そう君と籍を入れました。
  みんなには内緒にしてたけど、少し前から決めてたこと。

  明日から、駆け出し小説家のそう君と、東京で二人三脚の生活が始まります。
  ……だから、ここに来るのも、今日で本当に最後の最後。
  学生時代の思い出はここに残して、笑顔で行ってこようと思います。

  ちょっと気が早いけど、何年かして落ち着いたら、子供も連れてまたここに来ます。
  名前は……"こなた"にしようかなって。(いくらなんでも気が早すぎるかしら?)
  男の子でも女の子でも、おかしくない名前だしね。

  必ず、またここに帰ってきます。
  ……だから、今はしばらくお別れ。
  マスター、奥さん、それにみいちゃんも……ずっと、元気でね。

                          ― 泉 かなた(予定♪)』
 --------------------------------------


「…………」

うわ、ヤバイ、これはヤバイ。ジーンときた。
あわてて天井を向く。暖かい色の照明がぐしゃぐしゃに滲んで、六角形の光の粒がたくさん見える……

「……いてて、目にホコリが入っちゃった」
ハンカチを取り出して、わざとらしく目頭を押さえる。
われながら"超"がつくぐらい不自然だけど、いつまでも天井向いてるのも不自然だし……

……ああ、もうどっちでもいいや。泣いてます。泣いてますよ私は。はいはい。

カウンターのおじさんたちは、ちょっとこっちを見たけど、何も言わないで思い出話に戻ってった。
きっと、察してスルーしてくれたんだろうね。ありがとね。



「……さて、久しぶりにあれでも弾いてみようか」
閑話休題(それはさておき)、とばかりにマスターが引っ張り出してきたのは、……『モーリスの白いギター』!?
うわ、すごっ。漫画のネタでは聞いたことあるけど、実物は初めてみたよ。

ボロン、とひと掻きしてから、マスターは一つ一つ確かめるようにコードを抑えてく。
曲は『いちご白書をもう一度』。懐メロ番組で以下同文。


 ♪いつか君といった 映画がまたくる
  授業を抜け出して 二人で出かけた……


……って、お父さんたちの時代でも十分懐メロじゃん。マジンちゃん(=鈴木真仁)がカバーしてなかったら、私だって知らなかったよ。
そういえば、こないだカラオケでネタ代わりに歌ったら、つかさもかがみもきょとんとしてたっけ。
みゆきさんは、なぜか知ってたみたいだけど。1975年に大ヒットした、ばんばひろふみさんのグループの曲なんですよ、だって。


 ♪就職が決まって 髪をきってきた時
  もう若くないさと 君にいいわけしたね……


生ギターの演奏をBGMに、お母さんの書き込みをもう一度追いかける。
涙もやっと落ち着いて、なんだか穏やかな気持ちで……


突然、ギターの音が止まって、
「…………?」
ノートから視線を上げると、

「うひゃっ!?ななな何デスカ!?」
いつの間にか肉薄していたお父さんたちと、いきなり目が合った。

「こなたちゃん……もう一度、ギターに合わせて歌ってくれないかな?」
「は、はいぃ!?」
「今の歌声……かなたっちが帰ってきたかと思った……」
うぉ、もしかして私、つられて歌ってましたか!?
「かなたぁあぁ~~! いや、こなたぁあぁあ~~!!」」
わ、わかった、わかったからおとーさん、泣きながら抱きつかないでって、痛いのよヒゲがーーー!!


……結局、恥ずかしながら3曲ほど披露するハメになっちゃったよ。
けど、あんまし悪い気はしない……かも。


― x ― ― x ― ― x ― ― x ― 


いつの間にか夜も更けて、気がついたらそろそろ終電の時間。
名残惜しいけど、そろそろおいとましないとね。

お父さんたちは、お互いに連絡先を交換してる。
今のご時世、連絡手段は電話とか電子メールとかいっぱいあって、世界のどこにいたって連絡は取れる。
思い出の場所はなくなっても……同じ思い出を語りあえる仲間がいれば、きっとこれからも大丈夫だよね。


「お、そうだ、肝心なことを忘れるところだった。……マスター、あの、ノートなんだけどさ……」
店を出ようとしたとき、お父さんが言いづらそうに切り出した。
「ん?『雑記ノート』のことかい?」
白くて立派な髭を撫でながら、マスター。
「いや、マスターもいろいろ思い出があるだろうし、コピーでもいいんだ。だから、その……」

「私の分の思い出は、この店にいっぱい詰まってるよ。……持っていきなさい」
「え?い、いいんすか?」
優しく微笑みながら、マスターは何も言わずにうなずいた。


― x ― ― x ― ― x ― ― x ― 


実家の少し手前でタクシーを降りて、田んぼの中をぶらぶら歩く。
埼玉(とかい)じゃ見えない満天の星空。じっくり見ないのももったいないもんね。

街の光がないと、星空ってこんなに深いんだね。
空を横切ってうっすらと見えるのは、薄い雲……じゃなくて、天の川だ。
星の事はゲームで覚えた薄っぺらい知識しかないけど、余計な知識なんてなくたっていいかな、って思った。


「……今日はありがとな、こなた。こんなに盛り上がるとは思わなかったよ」
横を歩いてたお父さんが、空を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
「んん、いきなり歌わされたのにはビックリしたけど、けっこう楽しかったよ。……お母さんにも、逢えたみたいな気がするしね」

お母さんは、歌うのが好きだったんだって。
あのお店に行くと、マスターの伴奏でいつも歌ってたって。
……私のちょっと作った歌声は、お母さんの歌声にすごく似てるんだって……

マスターから預かった(マスターはあげるよと言ったけど、お父さんは預かるだけだって言って譲らなかった)大事なノートを、ちょっと強く抱きしめてみる。

私が物心ついたころには、もうお母さんはいなかったけれど。
お母さんがこの世界にいた証拠は、いっぱいいっぱい残ってるんだね。

私やお父さん、マスターや常連さんたちの心の中に。
私の腕の中の雑記ノートに。

そして……私自身も、間違いなくお母さんの生きてた証、なんだよね。

「……おっ、また流れたな」
「今の、なんか二つに分かれなかった?」

今夜はなんだか、すっごく流れ星が多い。
そういえば、なんとか座流星群……って、みゆきさんが言ってたっけ。


ときどき星の流れる夜空を見上げて、お父さんが口ずさむ。……おっ、案外上手いじゃん。


 ♪君のこと 忘れないよ
  いつだって 楽しくやったよ
  メロディー 泣かないで……


曲の合間に合わせるように、ひときわ大きな流れ星が、夜空を横切っていった。


 ♪……あの歌は 心から 聞こえてるよ……



…………



「……よぉっし!充電完了っ!!」
「うぉ!? な、何事っ!?」
「感動はめいっぱい充電したから、次は萌えの充電だ!明日は金沢のオタショップ巡りしてから帰るぞ!」
「ちょ、おとーさん、感傷台無しっ!」
「『こなたよりかなたまで』ってギャルゲーがあるんだよ。なんとなく避けてたんだけどな、今ならプレイできる気がするっ!」
「うぉーい!?」

急にいつものテンションに戻るお父さん、ダメっぷり全開。
……けど、


あのさ、無理してんのがミエミエだよ、お父さん。


そんなお父さんが、この時ばかりはなんだか、すごく愛おしく見えちゃったんだよね。
帰ったら、ちょっと張り切って、美味しいものでも作ってあげよかな……


― Fin. ―















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  • かなたさん学園のアイドルだったのか~(マドンナと言う方がぴったり?) -- 名無しさん (2011-04-18 06:00:45)
  • らきすたでは、そうじろう、かなた、こなたの話が1番感動できます。 -- 名無しさん (2008-02-09 22:08:02)
  • かなたさぁーん!

    感動した!
    想い出の感傷に浸るオヤジ連中の青春がありありと見えるようだ… -- 名無しさん (2007-11-29 13:46:54)

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