「I could not look back,you'd gone away from me.
I felt my heart ache.I was afraid of following you~♪」
サイバリアンという名の真赤な車に仁王立ちしながら、紅の鎧に身を包んだワンキューが上機嫌そうに歌う。
かなりの大声を出しているのは、近付いてくる参加者を待っているため。
対主催ならば葉隠覚悟の見た目だけで信用するだろうし、マーダーだったとしたらただ殺せばいい。
相手が自分以上の力を持っていた場合など、ワンキューが考えるはずもない。ありえはしないのだから。
「くーれないーに染ーまったーこーの俺をー、止ーめられーるヤーツーはーもういーなーいー」
歌詞を多少アレンジしつつ、ワンキューは纏う強化外骨格『紅四国』を擦る。
先刻の戦いにより大破した『紅四国』は、もう再生が完了していた。
構成するのがDG細胞であるので、自己進化して耐久が上がっているに違いない。
また身体の方も、強化外骨格の治癒力によりほぼ回復していると言っていい。
静かに確認を終えて、ワンキューはサイバリアンを右折させる。
四国という勝手に人を集めてくれる巨大な目印があったのであまり動いていなかったが、今となっては自ら標的を探すしかない。
と言っても、このサイバリアンがあれば誰かに出会うのに長い時はかからないだろう。
そんなことを考えていたワンキューが唐突に跳躍し、彼がいた空間を凄まじい勢いでCDのような物が通り過ぎた。
飛行機能を使用してもらえず手放されたサイバリアンが、操縦者を失ったため速度を落として転倒する。
が、持ち主であるワンキューはそんなものを見ておらず。
空中でCDが飛んできた電柱の影を見やり、ワンキューの一見実直そうな顔が仮面の下で凶暴に歪む。
「DISCってことは……! はッ! また会えたなァ、ハーグ!!」
返事代わりに数枚のDISCが飛んでくる。
「クック! 空中に追いやったところで、無駄だァァ!」
『紅四国』の背面にあるバーニアを起動させて、ワンキューは空中移動。
DISCを危なげなく回避すると、電柱へと右腕を伸ばす。
右掌から巨大な昇華弾を射出して、ワンキューは口角を吊り上げる。
ミニチュア日本にて自分を出し抜いた相手は、今度は何をしてくるのか。
期待に胸を膨らませるワンキューの前で、電柱は昇華弾の直撃により消滅した。
次第に立ち込める爆煙が消えるが、その場に何者かがいる気配はない。
視線を外すことなく思案を巡らすワンキューは、背後に聞き覚えのある声を捉えた。
その正体はやはりワンキューの予想通り、
漫画ロワ書き手・ハーグ。
大柄な体型に胸に開いた神父服が酷くミスマッチだが、それよりも奇妙な人型が彼の傍らに存在していた。
「強化外骨格を手に入れてるとはなァ……面倒だが、もう関係ねえな!」
昇華弾が電柱を破壊する瞬間に、ハーグは波紋を足裏に集中させて地を蹴っていた。
そして爆風と舞い上がる塵に隠れて後ろに回って跳躍し、ワンキューの背後を取ったのだ。
時の止まった世界に入門できるスタンドを使えば、もっと余裕を持って接近できたが――それでは意味がないのだ。
「無駄無駄ァ!」
ワンキューが振り返る前に、スタンドを操作して拳の雨を浴びせる。
既に称号を使用しており、ホワイトスネイクから変化済み。
現在のスタンドは、『
黄金体験(ゴールド・エクスペリエンス)』。
無機物を生命と変えるスタンドだ。
ハーグの狙いは、強化外骨格の無力化。
例え魂が篭っていようとも、強化外骨格を構成するのは複合装甲展性チタン合金。
ゴールド・エクスペリエンスの能力を使えば、別物と化してしまうはず。そう判断しての選択。
もともとハーグは零式鉄球を樹木と変化させ、体内から破壊するつもりであった。
と言っても、強化外骨格を纏っている以上はまずそちらに能力を使わねば仕方がない。
「……どうなってやがる」
着地したのと同じくして、ハーグが呟く。
確かにスタンドパワーを流し込んだというのに、地に伏しているワンキューの纏う強化外骨格が変化しないのだ。
それに応えるように、嘲るような笑い声。
その源は言うまでもなくワンキュー。
ハーグの狙いを見抜き倒れたままでいたのだが、堪えきれずに吹き出してしまっている。
「この『紅四国』は、ただの強化外骨格じゃねーんだよッ! DG細胞から成るのさ!」
「何ィィィィ!?」
種明かしと同時に立ち上がり、ワンキューはハーグに飛び掛る。
「超旋回! 千脚!!」
空中で激しく回転することでゴールド・エクスペリエンスのガードを崩してから、ワンキューは蹴りの乱打を放つ。
ハーグは波紋を集中させてボディを庇うが、その分だけ足裏に回す波紋が少なくなる。
そんな状態で衝撃に耐え切れるワケもなく、ハーグは吹き飛んで巨大な岩石へと身体をめり込ませることになった。
「が……ァ…………」
「くっく! DG細胞っつったといい、いまといい、スッゲエ予想外って表情してるぜ! テメーのそういうのが見たかったんだよォォ!!」
前フィールドにて一戦交えた時にも、ハーグは力ではワンキューに適わないと判断した。
しかし加えて強化外骨格を纏っており、威力もスピードも前回と比べて段違い。
殆ど一瞬のやり取りで、ハーグは自身とワンキューの力量差の大きさを感じ取ってしまう。
「ほらほらほらァァァ! ちゃっちゃか動かねーと、前は避けたアレを受ける羽目になるぜッ!」
浴びせられた言葉により、ハーグは思考の波から復帰する。
その頃には、もうワンキューは右手を後ろに回して腰を低く落としていた。
零式防衛術最速の滅技、渦螺旋の構え。
技から技に繋ぐ速度に呆然とするハーグの表情は、これまたワンキューが期待していたもの。
「トルネードォォォ! 螺旋!!」
称号の効果が切れたホワイトスネイクの力で、ハーグは岩から抜け出そうとする。
けれども、トルネード螺旋の速度は零式随一。
まだ岩に左足を突っ込んでいるハーグの鼓膜を、生々しい破壊音が震わした。
まず衝撃の瞬間に砕ける鈍い音、次に強制的に回転する風切音、最後に場違いなほど小気味よい破裂音。
全てが秒にも満たないうちに響き、トルネード螺旋を受けた対象が破片と化す。
四方八方に弾け飛ぶ、体毛と金属片。
ワンキューとハーグの間に飛び込んできた、犬型宝貝『哮天犬』は完膚なきまでに粉砕された。
「はァ?」
掌に伝わる奇妙な感触にワンキューがあげた怪訝な声は、射出音に掻き消えた。
首を上げて迫って来るレーザー弾を察知したワンキューは、特に慌てることもなくバックステップで回避する。
「何を勝手に殺されかけている」
巨石から足を抜き取ったものの現状を理解できていないハーグの前に、黒いボディスーツを纏った赤毛の少年が降り立つ。
ハーグが露骨に嫌そうな顔をするのを気にも留めず、名前を言うだけ言って勇者王は宙に浮かぶ。
肉体を貫通している巨大な双剣状の宝貝『金蛟剪』の能力だ。
若干距離を取ったワンキューを見据え、勇者王の口元が吊り上る。
「強いな。ヤツがお前の言っていた男か」
「……ああ。アイツのヤバさは言ってあったってのに、何で来やがった」
「俺だからな」
なーにカッコつけてやがんだコイツはよーなどと胸中で吐き捨ててから、ハーグはワンキューの方へ視線を向けて目を見開く。
「アンタ! さっさとそこから動け!」
「フン、あんな距離で構えているくらいで焦るな」
「そういうことじゃなく――」
「遅ェよ」
流れるように動かされていたワンキューの両腕が、ある角度で固定される。
右腕は下に、左腕は上に。両腕が、さながら北斗七星のような形状を模る。
天をも破ると語り継がれている北斗神拳が秘奥義。その名も天破の構え。
「北斗神拳奥義! 天破活殺!!」
「ム」
ワンキューに勢いよく両手を向けられた勇者王が、歯を噛み締める。
いきなり、勇者王の肉体に七つの穴が開いたのだ。
天破活殺とは、闘気を飛ばすことで触れずして秘孔を突く技。
そのことを知らない者は、何が起こったかも理解できないまま身体を炸裂させる。
予想外、と言わんばかりの表情で。
想像しただけでワンキューの笑みは深まり――――そのまま数秒。
「はァ?」
腑に落ちないような声をあげるワンキューに、勇者王は装着しているオレンジ色のボックスごと右腕を向ける。
M.W.S.という名のそれは、ただの鈍器ではなく幾つもの武装を内蔵した個人兵器である。
「宝貝人間に秘孔など効くか」
それだけ言い放って、勇者王はM.W.S.からレーザーとボムを連射する。
ワンキューの構えを見た時点で、勇者王は何をしてくるかを見抜いていた。
彼もハーグと同じく◆hqLsjDR84wなのだから、北斗神拳を知らぬはずもない。
「カカッ、なるほど! そりゃあ効かねえわな!」
漫画ロワ住人だけあって参戦作品以外の漫画も読んでいるらしく、ワンキューとハーグは宝貝人間という言葉の意味を理解する。
レーザーを回避しつつ、勇者王へと距離を詰めようとワンキューは地を蹴る。
「っらあ!」
ハーグがM.W.S.の弾幕に紛れさせてDISCを投擲するも、ワンキューはボムを蹴っ飛ばしてぶつけることで軌道を逸らす。
確実に近付いてくるワンキューに舌を打ち、勇者王は上空へ昇る。
空中を移動しながら撃ち続けることにしたのだ。
「ちょこまかしてんじゃねええええ!」
勇者王がちょうど真上にいる時を狙い、ワンキューは上空へと昇華弾を放つ。
レーザーやボムを焼き尽くして迫る昇華弾を勇者王が回避した時を狙い、ワンキューは跳び上が――れなかった。
「あんなにバカスカ撃たれちゃ近付けねえけどよォォ~~、それならそれでやりようはあるよなァァ~~~」
「ちィィ、生っちょろいスタンドをッ!」
「幽波紋を伝わる波紋疾走!」
ハーグは人知れず称号を使用して、スタンドを変化させておいたのだ。
茨型のスタンド『隠者の紫(ハーミット・パープル)』に。
そして、上空からの勇者王の攻撃に集中しているワンキューの足元に張り巡らせておいた。
ワンキューは波紋が及ぶ前にハーミット・パープルから離れようとするが、軽々しく引き千切ったのがミス。
仕掛けてあったロープマジックにより茨が余計に絡みつき、生命のエネルギーがワンキューに襲い掛かる。
強化外骨格を纏っているが、痺れは防ぎきれない。
当然だ。DG細胞という生命体よりなる『紅四国』のだから、波紋を通さぬ道理がない。
「らああああ……!」
脳を揺さぶる痺れに耐え抜き、ワンキューは『紅四国』に備え付けられた全てのバーニアを全開にする。
とっさにハーグは弾く波紋を流すが、強化外骨格の火力の前には無意味に等しかった。
しかし焼却されたハーミット・パープルを目にしても、ハーグは残念がった溜息を漏らしたりはしない。
足止めできたのは数秒にも満たないが、それで十分だ。
「やっちまえ」
「命令するな」
ハーグに答えた声に反応するより早く、ワンキューの横っ腹に電撃を纏ったM.W.S.が振り落とされた。
元より、ハーグの狙いは波紋を浴びせることではない。
勇者王が攻撃を当てるまでの隙を作るのが目的で、波紋はそのための手段だ。
「逃がさん」
バーニアを起動させていたのもありあらぬ方向へと飛ばされたワンキューを追いながら、勇者王はM.W.S.からブレードを伸ばす。
空中で体勢を立て直して着地したワンキューが構えるのを待たず、勇者王は右腕を振り下ろした。
「『乖離』」
横凪に振るわれたスペルブレードは、『紅四国』の左肘より生えた物体に受け止められていた。
シルエットだけならば棍棒の類に思えるかもしれないが、まともに見てしまえばとてもそうは思えない。
三つの円柱がそれぞれ異なる速度で回転しており、その色は毒々しい真紅。先に螺旋状の刃。
その正体が英雄王愛用の乖離剣エアであるなど、少なくともこの場では『紅四国』を纏うワンキューしか知りえなかった。
「袈裟……? いや、違う! 何だッ、内蔵兵器は!?」
よもや強化外骨格『霞』に内蔵された仕込み刀かと考えて、ハーグはその考えを否定する。
実際のところはどうであれ、『紅四国』の左肘から伸びる円柱が刃物とは到底思えなかった。
「何だか分からんが、壊せばいいだけの話だ」
勇者王は乖離剣から得体の知れぬ物を感じ取っていたが、己の力への絶対の自信ゆえ慎重に出たりはしない。
受け止められていたスペルブレードを引いて、間髪入れずに右腕を振り下ろす。
またしても防御されるが、その度に戻して攻撃を繰り返す。
攻撃をし続ければ勝てるという考えだったのだが、現実は勇者王を嘲笑うかのように展開される。
ただ受けられ続けただけだというのに、幾度か目にスペルブレードが半ばで折れてしまったのだ。
これにはあまり表情を露にしない勇者王も、三白眼気味の瞳を見開いてしまう。
「ク……くはッ! ハーッハッハッハー!
どうしたオイ! そんな『予想外だー!』って顔してよォォォ! ただの内蔵兵器にすぎねーんだぜ、これは!」
ワンキューの高笑いに血が上り、勇者王がM.W.S.をレーザーやボムを射出する形態へと変化させる。
しかし発砲する暇もなく、M.W.S.は乖離剣を振り下ろされて真っ二つになってしまった。
円柱状の誇る強度と切れ味が信じられず、勇者王の顔に驚愕の色が浮かぶ。
それにより生まれた隙は微々たる物だ。けれども現在前にする相手が相手ゆえ、あまりに致命的。
大きく肘を振りかざして、ワンキューは勇者王目掛けて振り下ろさんとする。
単なるエルボードロップではなく、乖離剣による刺突。
僅かに遅れて勇者王が飛び退こうとするが、その頃には乖離剣の切っ先が勇者王の左胸に突き刺さり――――
「時は動き出す」
次の瞬間には、乖離剣は勇者王より抜き出され、ワンキューの眼前にハーグと古代ローマの戦士を思わせるヴィジョンが立ち竦んでいた。
スタンドを『星の白金(スタープラチナ)』に変化させ、時を止めてここまで辿り着いたのだ。
そのことを理解した頃には、スタープラチナが両拳を硬く握り締めていた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァーーーーッ!!」
パワーにスピードに精密動作性、その全てがトップクラスのスタープラチナが繰り出す拳の雨。
何度か乖離剣にも拳を浴びせてみるが亀裂すら入らず、ハーグは途中でワンキュー狙いに専念することにした。
称号使用から十秒が経過して、ハーグのスタンドがホワイトスネイクに戻る。
乱打が止まったのを見計らって繰り出されたワンキューの上段蹴りは、しかし空を斬った。
舌を打って勢いよく首を上げたワンキューの瞳に映るのは、ハーグと彼を小脇に抱えて浮遊した勇者王。
「はああああああ…………ッ!」
ある程度上昇したところで静止して、勇者王は意識を集中させて息を吐く。
呼応するように勇者王の身体を貫く金蛟剪が上下して、七色のエネルギーが溢れ出す。
金蛟剪は飛行するだけの宝貝ではなく、仙人界二位の破壊力を誇る逸品なのである。
そのあまりの威力と攻撃範囲ゆえ、ハーグに流れ弾が当たる可能性を考慮して使っていなかったが、いまのように掴んでおけば問題ない。
金蛟剪より生まれるエネルギーが何かを模っていき、ついに虹色の龍の姿となる。
「行け」
勇者王が告げると、虹色龍が咆哮をあげて地上目掛けて飛び立つ。
「北斗剛掌波!!」
大口を開ける龍を目にしても焦らず動じず、ワンキューは闘気を右掌に集わせて放出する。
が、一撃必殺の威力を持つ衝撃波は龍に取り込まれてしまう。
「何ッ!?」
意表を付かれたかのように、ワンキューは目を見張る。
そんなことを意に介さず、虹色龍は加速していく。
「クッ、フハハハハハハハ! 凄ェな! もんんんんのスッゲェよ!
剛掌波喰いやがるなんて、よっぽどのエネルギーが篭められてんだろうなオイ! 思ってんだろォォォ!?」
バーニアを起動させて距離を取ることもなく、ワンキューは『紅四国』に隠れた口元をまるで三日月のように歪めた。
「回避はあっても『正面から返されるなんてありえない』ってよォォォォォ!!」
絶叫とともに、ワンキューの纏う『紅四国』が燦然と輝く。
一見すれば全体から光を放っているかのように思えるが、そうではない。
眩いのは一点。『紅四国』の左肘より伸びる乖離剣ただ一つ。
「だったら『紅四国』を見せてやる……!」
乖離剣の三つの円柱が、それぞれ激しく回転を始める。
貪欲に糧である魔力を求めてくる乖離剣に、ワンキューは闘気を流し込む。
円柱の回転に伴い生み出された暴風が大気を駆け巡るが、その程度で姿勢を崩すワンキューではない。
増して行く真紅の剣の発光が、いよいよ虹色龍をも凌駕する。
「伝承兵器! 戦術開闢――!!」
回転する乖離剣が、打ち落とすように振るわれた。
既にワンキューへと肉薄していた虹色龍の顔面に、乖離剣を包んでいた燃えるような輝きが叩き込まれる。
物質という概念すらもない時代から存在し、かつて世界を創造したと言われる光。
金蛟剪とて、人類誕生以前に地球に降り立った『最初の人』よりもたらされた異星の技術の結晶だ。
対物質用と対空間用の違いはあれど、二つの武器に大きなスペック差はない。
となれば勝敗を決めるのは使用者だが、いま乖離剣はワンキューの闘気を動力源としている。
その闘気の質は洗練されており、その量は反則的なまでに膨大。
結果――――真紅が虹色をじわじわと追いやり、最終的に勇者王とハーグのいた地点をも貫いた。
◇ ◇ ◇
「グ…………ッ」
勇者王は体内の全てを搾り出す勢いで、金蛟剪に体力を流し込む。
スーパー宝貝発動に加えて虹色龍の維持により、勇者王の肌には玉のような汗が浮かんでいる。
そこまでやっているというのに、目の前の現実はどうしようもなく冷酷で。
緩やかにだが明白に、虹色龍は真紅の輝きに押されている。
軋みを上げる歯の根に血液を滲ませて、勇者王は抱えているハーグを見やる。
相手の攻撃範囲を考えれば、仮に時を止めても逃げ切れない。
もうそのことを伝えておりいるハーグには、申し訳なさそうに俯くしかなかった。
そんなハーグへと、勇者王は静かに口を開く。
「このままでは終いだ。そもそも、個人の力でヤツに適うものなどいるのか」
わざわざ言われなくとも、分かり切っていたことだった。
返す言葉もなく唇を噛み締めるハーグに、勇者王は続ける。
「やはり、これしかないようだ」
思わせぶりな口調に、ハーグが顔を上げる。
強風に赤い髪を靡かせる勇者王の表情は、横から照らす光で伺うことはできない。
「一人に戻るぞ、『俺』」
「何、言ってやが……」
ハーグの言葉は、半ばから先で止まってしまう。
勇者王だけではなく、彼の方もまたもう一人の自分の存在にぼんやりと感付いていた。
しげしげと勇者王を眺めてから、ハーグが口を開く。
「ってことは、アンタのトリップってまさか?」
「フン、言うまでもないだろう。◆hqLsjDR84wだ」
「はー……」
同一人物が、二人の参加者として呼び出される。
書き手ロワではよくあることだとは知っているが、いざその当人となると反応に困る。
そんなことを考えているハーグに、勇者王が切り出す。
「戻るといっても、俺の精神をお前に流し込むだけだ。身体の方はお前のままということになる。で、どうする」
「どうするっつわれてもなァ……正直言って、一人に戻るってのがよく分かんねーよ」
それに……と口篭って、ハーグは意を決したように告げる。
「元は一人の◆hqLsjDR84wっても、俺はいまの俺に思い入れみてーなもんがあんだよ。
アンタのことが嫌いなワケじゃねえが……いや、ピンクダークの少年の件はおいといてな。
それでも他人であるアンタと一緒になるのは、実際のとこ同一人物だとしてもハッキリ言って怖え。
肉体は同じでもだ。意識や考え、性格や趣味。俺のそれらがアンタのとゴチャマゼになっちまったら、いまの俺はどうなっちまうのか……」
「…………何もない」
「ん?」
「融合したところでお前を変化させる物など、俺には何もない。
そもそもここに来た時点で、俺には殆ど何もなかった。
たった二つ。俺の強さへの自信と、もう一人の俺に出会うという目標以外は」
目を細める勇者王。
彼の視界は二つの光が独占しているが、そんな物は見えていない。
「あの男により自信は砕かれ、目標は既に達成してしまった。もう何もない。
もう一人の俺に死んで欲しくないという思いと、元の俺への興味はある。が、これも一つになれば消える類のことだ」
かける声が見当たらず黙り切っているハーグの横で、勇者王は自嘲気味な笑みを零す。
「元々の俺は、他にも何かあったハズなのだがな。
書き手としての情熱さえも、二つに分かれた時に消えてしまったのだろう」
再び、勇者王はハーグの方へと向き直る。
横顔になったことでようやくハーグが確認できた勇者王の顔は、とてもくたびれているように見えた。
「だがお前は違う。
漫画を焼かれて激昂したり、ヤツの強さを知りながらわざわざ死地に赴いたり、ヤツについて語る際に漫画ロワの良さを語る、お前はな」
何か言おうとしてやはり口篭るハーグに、勇者王は再び本題を持ち出す。
「もう一度言う。一人に戻らないか」
静かに零れた言葉は、真紅と虹色の接触による爆音に掻き消される。
それでもしっかりと申し出を耳にして、ハーグは深く溜息を吐いた。
「やれやれ、本当にやれやれだぜ。
ンなこと聞かされちゃあ、断れねえってもんだぜ。いいぜ、いいさ、ドンと来い。まだびびっちゃいるが、そんなに言うんならやってやるよ。
どうにかなるかもしれねーってのに試しもしないでこのまま死んじまったら、カッコ悪くてあの世で他の漫画ロワ書き手を待ってらんねーしな」
首の関節を鳴らしながら言うハーグに、勇者王は目を丸くする。
頼んでおきながら、断られるものと踏んでいたのだ。
「感謝する」
「あいよ」
謝意の言葉に軽く返して、ハーグは融合する方法を尋ねる。
虹色を押し戻す真紅は、もはやすぐそこだ。
焦るのも当然といえる状況で、勇者王は傍らのハーグを眼前まで持ち上げる。
理解が追いついていないハーグの掌に、もう一人の彼の掌が合わさった。
「『鏡』」
呟くと同時に勇者王から白く輝き波のような物が溢れ、ハーグへと流れ込んでいく。
紡がれたのは、彼が唯一覚えていた書き手としての記憶。
鏡合わせのモノ同士が対峙した際に、彼が行うべき行動。
これしか残っていないために、勇者王はもう一人の己を求めた。
「これ、は…………?」
勇者王の精神が体内に流れ込んでくる中で、ハーグが誰にともなく問いかける。
一人に戻っていくことにより、ハーグの中に
ロボロワでの自身の記憶が蘇ってきたのだ。
融合するまで思い出せなかったことから、恐らく自分にロックがかかっていたのだろう。
ただ、気がかりが一つだけあった。
ロックを解除されたのは自分だけなのだろうか、という。
「なァ勇者王、アンタも思い出してきたか……?」
「ああ」
そんな気がかりは、杞憂にすぎなかった。
戻ったことで、両者のロックが解除されている。
すぐに宝貝:勇者王という存在は消えるが、僅かな時間でも記憶を取り戻したのだ。
ハーグの中にあった漫画ロワでの記憶も、喪っていたロボロワでの記憶も。
「よかった」
もう精神の殆どをハーグに受け渡したというのに、勇者王は安堵の息を漏らす。
なぜなら、取り戻した記憶が証明するのだ。
「俺は、俺たちは、こんなにも書き手だったのか」
紅に染まっていく世界で目を凝らして、ハーグは確認する。
普段表情をあまり崩さない勇者王の顔に浮かぶ満面の笑みを。
――――そして精神を喪って抜け殻となった勇者王が、天地創造の閃光に飲み込まれた。
【宝貝:勇者王@ロボロワ 消滅】
◇ ◇ ◇
巨大な虹色龍をも消し去った真紅が、ついに霧散する。
開闢の星が通った後には、何も残されていない。そのはずだった。
だというのに、明らかな異物が存在する。
とぐろを巻いて、まるで何かを護っているかのような金色の龍が。
「あァん?」
怪訝な声をあげるワンキューの前で、黄金龍は身体を伸ばす。
黄金龍が動いたことにより、庇われていた男の姿が明らかになる。
「ハーグ……か?」
ワンキューから漏れるのは、半ば納得に至っていない疑問を含んだ声。
瞳に映った男は、確かにハーグのように見える。
けれど、異なるのだ。
纏っている服が黒いボディスーツとなり、短く揃えられた髪は赤くなっている。
何より分かりやすい変化は、身体を貫く二本の巨大な双剣。
「……さっきまでいた宝貝:勇者王のトリップは、◆hqLsjDR84wだった」
「はッ、なるほど。そういうことか」
たったそれだけやり取りで理解したらしく、ワンキューは拳を握る。
ハーグの方も余計な会話は必要ないと判断したようで、空中で姿勢を変えた。
両者ともに睨みあったまま数刻。
ワンキュー付近の地面が、いきなり数箇所大きく抉れた。
抉れた地面が七色の粒子となって、ワンキューの眼前に集う。
この現象は、漫画ロワ書き手だけでなくアニロワ書き手も知っているであろう。
物質を分子単位にまで分解してから変換させる、アルター能力だ。
勇者王と一つになろうと、ハーグにはアルター能力などない。
となれば使用者はワンキューということになるが、いったい何の能力なのか。
少しだけ考えて、ハーグはすぐに結論を導き出す。
ワンキューは漫画ロワに参戦した三人のアルター使い全てを書いているが、最も印象に残ったのはあの男だ。
設定年齢十九歳、蟹座のB型、そして美形のあの男。
そのアルター能力は――――
「『人間ワープ』かッ!?」
「正解、正解、大正解よォォ! ほら、とっとと来ねーと手遅れになるぜェェ!」
物質を空間移動させること。
隙を伺うのをやめて慌てて飛び掛ってくるハーグをせせら笑い、ワンキューは小気味よく指を鳴らした。
「じゃあなァ」
「てんめええええええッ!」
大地を震わすほどのハーグの絶叫は、途中から聞こえなくなった。
彼が飛ばされたのは、旅の扉に入る前にいたミニチュア日本。
声など届くはずもない。
「くかッ! ひゃはははッ! HAHAHAHAHAHAHAHAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHH!!」
彼方へと吹き飛ぶ寸前のハーグの表情を思い返し、ワンキューはマスクの下の顔を歪める。
両腕を大きく広げて逆海老に身体を仰け反らせて、喉を痛めるほどに声を張り上げる。
一しきり笑って落ち着いてから、ワンキューは視線を落とす。
アルター発動により抉れた地面から、青く輝く旅の扉が顔を出していた。
ほんの少しだけ思案して、ワンキューはサイバリアンを回収すると旅の扉に飛び込んだ。
派手な戦いを二度してしまったので、周囲には誰もいなくなっていると判断したのだ。
旅の扉に沈みながら、ワンキューはふと考える。
勇者王と一人になったハーグに人間ワープを使わず、正面から戦ったらどうなっていたか。
ワンキューは予想を裏切るのが一番好きだが、それに及ばないとはいえ戦闘自体もかなり好きなのだ。
実際、胸中で葛藤があった。
このまま戦うか、人間ワープを使うか。
結果として人間ワープを使い、ハーグの浮かべた予想外な表情を大いに楽しんだ。
もしあのまま戦っていた場合、さっき以上の楽しさを味わうことができたのだろうか。
「まっ、考えるだけ無駄か」
全身が旅の扉に沈んでしまう頃には、ワンキューはもう言い切っていた。
【現在位置・新フィールドへ】
【
【破転】ワンキュー@漫画ロワ】
【状態】テンションだけじゃなくボルテージも振り切れてきた!!、全身打撲、両腕火傷、疲労(大)、『 軽 症 』
【装備】拳、強化外骨格「紅死国」(戦闘による損傷、再生中)
【道具】支給品一式、ミカン三十個以上 、基本支給品、宇宙刑事ギャバンの装備一式@特撮ロワ、サイバリアン、不明支給品1~3
【思考】
基本:『覚悟は熱血対主催』という予定調和を裏切る為に皆殺し。主催も殺す。
1:人質の『真紅の悪魔』でおもしろいことをする。
2:ミニチュア日本で失敗したステルスでもやるか?
3:皆殺しだッ!!! 最終的には開催地もブッ壊すッ!!!
4:ハーグは、かーなーりー驚かして殺すッ!!!
【備考】
※外見は、学生服の上着を引き千切って半裸になっている葉隠覚悟@
覚悟のススメ。
※【破転】漫画ロワ書き手に与えられた称号にして、彼らの『切り札』。
追い詰められなきゃ使用できないと思ってたか!? その予想を裏切るッ!!!
※強化外骨格「紅死国」:自己再生・自己進化する真っ赤な強化外骨格零。
頭部の星マークに変わり簡略された四国が。七生ではなく破天と書かれている。
また、内蔵兵器にエアとレミリアのスペカが追加されている様子。
冥王が成仏したため英霊不在? 真紅の悪魔でDGモードで起動中?
エアは左肘部に収納されています。『霞』の『袈裟』のように。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2009年12月25日 21:56